岩手県民オーケストラの草創期は
ベルケア。なかなか写真うつりがいい。すこし枯れ気味と見えても、カメラには無難におさまってくれる。花のことは一先ずおいて、
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きょうは、岩手県民オーケストラについてすこし思い巡らしてみた。そもそもの創立のきっかけはいつだったろう。
1972(昭和47)年、○月27日夜、盛岡市内で「県民オーケストラ」(仮称)結成の設立準備委員会が開かれた。委員長はチェロ奏者村井正一。
7月9日に設立総会を開き、正式に発足することを決める。
この時点で、東北地方ではすでに仙台、山形、秋田、郡山の各市に市民オーケストラが結成されており、定期演奏会をはじめ、巡回公演をするなど、幅広い活動で市民・県民の芸術文化活動に大きく貢献してきているが、本県でもおそまきながら、県民オーケストラが誕生することになり、各方面から期待されている。
県民オーケストラを結成しようという機運は過去に何回となく生まれたが、そのたびに一致した協力態勢がなかったことや、経済的な問題、会場難も手伝い、実現の運びにいたらなかった。しかし、県民会館建設で、音楽愛好者の間から再度オーケストラ結成の声が強まっていたことと、県教委が同開館落成記念式典に、県民によるオーケストラの演奏を行いたいーと音楽愛好者に呼びかけたことで、話がトントン拍子に進み、同日の設立準備委員会開催となった。
準備委員には、長年の夢を、これを機会に必ず実現させたい、という盛岡、花巻の愛好者15人が出席した。設立に必要な組織案や役員団体募集要項、事務局などについて話し合われ、事務局は盛岡市本町通3丁目岩手医大教養部物理研究室磯部寛教授気付けに置く。団員は経験者に限り、年齢、性別を問わず広く県内から募集する。同オーケストラの設立総会を7月9日に開き、正式発足させる。-などの具体策を決めた。
準備委員長の村井正一氏は、「盛岡市内ばかりでなく、花巻、宮古、釜石にも賛同者がおり、とにかくみんなが集まってオーケストラをつくろうということになった。運営は、それぞれ団員の分担を決め、全員が責任を持って当たるようにしたい。また団員は上下隔てなく平等で、楽しいものにしていきたい。文字通り、“県民”の名で発足させるが、県民の力強い協力とバックアップをお願いしたい」と話している。
(以上、当時の新聞記事から)
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