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きょうのことば 『走り寄る神』

日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。201377日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】ルカ伝151124

11 またこう話された。「ある人に息子がふたりあった。
12 弟が父に、『お父さん。私に財産の分け前を下さい』と言った。それで父は、身代をふたりに分けてやった。
13 それから、幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまった。
14 何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めた。
15 それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。
16 彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしなかった。
17 しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。
18 立って、父のところに行って、こう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。
19 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』
20 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。
21 息子は言った。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』
22 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
23 そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。
24 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』

【説教】

 きょうは「走り寄る神」と題して、ルカ伝151124に書かれている放蕩息子を取り上げます。放蕩息子のは章からは、すでに多くの名説教があります。ここには、神と人間の関係がよく凝縮され言い表わされています。1518をご覧ください。

 立って、父のところに行って、こう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

 ここで放蕩息子はありのままの自分を直視しています。自分がどん底に落ちてしまった原因を、環境が悪かったとか、あの人のせいで、この人のせいだと、自分を正当化したり言い逃れをしたりしていません。

アムとイブが罪を犯したときはどうだったでしょう。神様が食べてはならないといった木の実を食べてしまったアダムは、「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」と言い訳をし、エバは「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」と言い訳をしました。

しかし、放蕩息子は、アダムとエバのように自分を正当化したり言い逃れしなかった。そして自分の現状をありのままに認め、彼は言ったのです。19節、

もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。

 ダビデも自分の罪をありのままに認めているところがあります。詩篇51篇です。ダビデがバテ・シェバと姦淫の罪を犯し、預言者ナタンに指摘されたときに、ダビデは率直にこれを認め全身全霊で悔いあらためている、その詩篇です。 

5 ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。
6 ああ、あなたは心のうちの真実を喜ばれます。それゆえ、私の心の奥に知恵を教えてください。
7 ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってください。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。
8 私に、楽しみと喜びを、聞かせてください。そうすれば、あなたがお砕きになった骨が、ぶことでしょう。
9 御顔を私の罪から隠し、私の咎をことごとく、ぬぐい去ってください。
10 神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。
11 私をあなたの御前から、投げ捨てず、あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。
12 あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。

 神様は、放蕩息子が悔いあらため、このように告白するのを待っておられた。神様は砕かれ悔いた魂をさげすまれません。ルカ1521で放蕩息子が『お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。』といったとき、父親は、父なる神様はどうしたでしょう。

22 ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。
23 そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。
24 この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』

 放蕩息子は想定外の祝福で覆われたのです。

 ルカ伝15章はよく伝道メッセージとして語られますけれども、しかし、それだけではない、クリスチャン一人一人が神の御前に砕かれたとき、神は想像をはるかに超えた祝福をもって私たちを覆ってくださる。

 この息子は、こんなものでしかない自分だ、お父さんのところで雇い人という身分で置いてもらうしかない、いやそんな資格さえも自分にはないのだと思って帰ってくる。それをお父さんは、神様は、ご自分の方から走り寄ってきて、想像をはるかに超える祝福を与えてくださいました。

 私たちの歩みも、2013年の下半期に踏み出しています。一人一人、神様の御前に真実に悔い改め、心を新たにして進みゆくとき、必ずや神様は祝福を与えてくださいます。信じましょう。  

※先週の復習は割愛しています。また読みやすくするために短めに編集しております。

      

  ☆  ☆  ☆  ☆

この7日にはH兄が、岡山から音響の設備を整えるために来てくださいました。H兄は、小学校5年のときに、蔦田二雄先生から洗礼を受けたということです。礼拝の後で、例会という茶話会が持たれますが、そのときにH兄が、大原孫三郎のことをお話し下さいました。

大原孫三郎は、大原美術館の創設者。大原孫三郎は、岡山孤児院の創設者である石井十次との出会いによって自らもプロテスタントに改宗。大原美術館のみならず、大原社会問題研究所、労働科学研究所、倉敷中央病院を設立。親の代からの紡績業(現クラボウ)を営んでいたが、大原は、当時の女工哀史にあるような冷遇はせず、女工に教育の機会を設けるなど、大切にしていた。日本キリスト教団倉敷教会の創設者の一人。このときの創設者の中には、1657年創業の薬屋である林源十郎もいたということでした。 

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