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内藤裕一という人ー村井氏、小柳氏とトリオを組んだ人ー

 

 これは、内藤裕一さんの奥様からお借りした写真です。実はこの写真は、昭和30年5月28日の朝日新聞に掲載されています。左から小柳、村井、内藤。

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 裕一さんが結婚されるまでは、この加賀野にある内藤さんのお宅で毎日のように練習していました。
 このブログの2013年3月13日のページにも書いておきましたが、写真に映っているトリオはチェロ村井正一(ラジオ商)、ヴィオラ内藤裕一(岩手県庁職員)、ヴァイオリン小柳達男(岩手大学農学部)の3人です。

 
 奥様からお聞きしたところでは、
内藤裕一さんは
ふだんはヴァイオリンを弾いていたが、この時はヴィオラを担当した。ヴァイオリンの基礎から協奏曲までを、小柳先生のところにレッスンに通い学んだ。盛岡で開かれコンサートはほとんど聴いていた。カラヤンが来日したときには夫人とともに日比谷公会堂に出かけている。居間、台所、自分の部屋にも音響装置を備え、家のどこに居ても音楽を聴くことができる環境を作った。スピーカーはイギリスのクォード(いまはどうかわからないが、当時はBBCも使用)を用いるほど音質にはこだわりを持っていた。自分でもヴァイオリン教室を開き、子どもたちや会社員の方々を指導した。小柳が海外に行っていたときには、弟子たちの何人かを引き受けていた。転勤で宮古市にも7年間いたことがあり、毎年夏に開かれる宮古ジュニア弦楽合奏団の「音楽の夕べ」に参加していた。
 内藤の父親が戦地に行っているとき、暮らしに困ってはいなかったが、父が外地で苦労しているときに、とても自分ばかりが安閑としてはいられないと、1年間新聞配達をした。内藤の話を慕って集い来る人々も多く、内藤学校ともいわれた。先祖が江戸時代から肴町で米屋を営み、甘酒も作っていたところから、晩年、先祖の生業の追体験を少しでもとの想いから、自ら甘酒の製法を研究、試行錯誤を繰り返し製品として甘酒屋を自宅の敷地の一角に開業していた。

内藤裕一:昭和3年10月28日生まれ。函館水産専門学校卒。昭和34年結婚。二女に恵まれる。岩手県農林水産部に入り、後に岩手県水産試験場長を務める。平成18年12月11日逝去。

「海」4号に「鮭の豊漁と課題」を寄稿している。昭和61年2月20日発行。発行人菊池貞次。発行所ウオテイレストランシステム株式会社。非売品。

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