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ベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツを聴くーデジタル・コンサートホールー

 25日23時を待ちに待って聴いたベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツ。ストラディヴァリウスによる演奏ということで、たとえネット上の楽の音とはいえ期待感は大きかった。いまアーカイブで出ているかを検索すると、まだ編集中であるらしい。

 世界中の何十カ国からどれだけの数の人々がアクセスしているかを思うとわくわくした。ところが、始まってほどなく画像が寸断。これがけっこう頻繁に起きた。どっと殺到したからか、こちらに原因があるのかは判りかねたが、とにかく諦めずに何度でも繰り返し繋いで、ついに1時間10分を聴きおおした。

 ホールに入ってくる人々が映し出されたときには、自分もそこにあるかの臨場感を覚えた。親子連れが目立った。子どもの泣き声も聴こえた。もしかすると、編集された後では、これは消されているかもしれない。
 ヴァイオリンの制作段階の映像も入った。制作するベルリンの高校生が制作に使用する工具を手にステージに登場する場面も。
 果たして倍音がどの程度損なわれず届けられるかが一つの聴きどころではあるのだが、如何せん、ストラディヴァリウスを直に聴く機会に恵まれない者の耳に測ることはできない。
 高校生制作のヴァイオリンの音は、率直と表現したら叱られるだろうか。いつかネットで、ヴァイオリンのキッドがあるのを見た。それを使えばある程度の器用さがあれば誰にでもヴァイオリンは作れる。しかし理想的な音色を備えたヴァイオリンとなると、作れる制作者は決して多くはないはずだ。
 個人的には
Bartók Bélaの曲でやっと寸断されなくなり、落ち着いて音色を楽しむことができた。低音では滋味、奥深さ。高音では明るさ、繊細さ、この繊細さは絹糸で紡ぎ出すような柔らかさ、優しさ、艶やかさとでもいったらいいだろうか。5月の軽やかな風にふるえるような、悲しみに細くすすり泣くような音色。優れた受信装置を備えた耳をお持ちの方ならば、さらに的確な表現をされるものと思う。

 今回一通り聴きながら、弾き手の楽器への信頼の強さが、その楽器からさらに良い音を引き出すのだろうとも思われた。

 アーカイブにアップされるのを待とう。どのように編集されているかを見るのも楽しみだ。もっとも判る違いは自分が興味を持って聴いたところだけになるだろうけれども。

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