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2013年5月

そtの辺りを回れば



 きょうで5月も去る。しかしまた永遠につづく時間の一部分、また一部分が連続して限りなくやってくるのだ。
 きょうは午前中は自治会の仕事をする。ポスティングだ。わたしが変わりますと言ってくださる方が現れるまでは、楽しくできる工夫をしながら運動がてら郵便受けから郵便受けへと回ろうと思う。今は庭に咲いている花々を見るのも楽しみ。
 ピンクのオダマキが、お向いの塀の際に咲いているのを見つけたのは去年のこと。もともとそこにはなかった。意図的に植えたものではない。きょうこの町内を歩いて気付いたのは、そちこち、ほぼ町内全域にわたって、このオダマキが咲いていたことだ。意図的に植えたと思われるのは数軒、あとは増え広がったものではないか。タンポポがどれほどに増え広がっていても驚くことはないが、このオダマキはちょっと意外だった。
 
 私の家の庭は、ガーデニングといったものからはほど遠い。緑があるだけで有難いといったところだ。しかし歩いて見るとさまざまな趣向を凝らした庭がある。和風を頑として崩さない庭。洋花は一切取り入れていない。また特徴的なのはお茶花を集めている庭。この庭が出現するまではお茶花に興味を持ったこともなかった。蠟梅、つばき、れんぎょう、一人静、雪柳、大山蓮華などなどである。中でも大山蓮華はさもあろうという風情、特にこの蕾の形には何とも云われぬ味わいがある。蕾のよい写真がリンク先にあるので、興味のある方はクリックしていただければ。

 その辺を回れば、季節ごとに様々な色彩の花の演出。更地になったところには、いつの間にか一面にタンポポが。道路のコンクリートのひび割れには、花壇から飛ばされたらしい種がぎっしりと芽吹いて。廃屋になり、樹木の枝葉が分厚く堆積した間からチューリップがきれいに咲いていたり。ボランティアでたったひとりでお隣に空き地に学校にと植えたというサクラソウも咲いている。犬の吠えるのもご愛嬌。歩くたび、回るごと巡るごとに新たな発見がある。


 

 
 

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内藤裕一という人ー村井氏、小柳氏とトリオを組んだ人ー

 

 これは、内藤裕一さんの奥様からお借りした写真です。実はこの写真は、昭和30年5月28日の朝日新聞に掲載されています。左から小柳、村井、内藤。

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 裕一さんが結婚されるまでは、この加賀野にある内藤さんのお宅で毎日のように練習していました。
 このブログの2013年3月13日のページにも書いておきましたが、写真に映っているトリオはチェロ村井正一(ラジオ商)、ヴィオラ内藤裕一(岩手県庁職員)、ヴァイオリン小柳達男(岩手大学農学部)の3人です。

 
 奥様からお聞きしたところでは、
内藤裕一さんは
ふだんはヴァイオリンを弾いていたが、この時はヴィオラを担当した。ヴァイオリンの基礎から協奏曲までを、小柳先生のところにレッスンに通い学んだ。盛岡で開かれコンサートはほとんど聴いていた。カラヤンが来日したときには夫人とともに日比谷公会堂に出かけている。居間、台所、自分の部屋にも音響装置を備え、家のどこに居ても音楽を聴くことができる環境を作った。スピーカーはイギリスのクォード(いまはどうかわからないが、当時はBBCも使用)を用いるほど音質にはこだわりを持っていた。自分でもヴァイオリン教室を開き、子どもたちや会社員の方々を指導した。小柳が海外に行っていたときには、弟子たちの何人かを引き受けていた。転勤で宮古市にも7年間いたことがあり、毎年夏に開かれる宮古ジュニア弦楽合奏団の「音楽の夕べ」に参加していた。
 内藤の父親が戦地に行っているとき、暮らしに困ってはいなかったが、父が外地で苦労しているときに、とても自分ばかりが安閑としてはいられないと、1年間新聞配達をした。内藤の話を慕って集い来る人々も多く、内藤学校ともいわれた。先祖が江戸時代から肴町で米屋を営み、甘酒も作っていたところから、晩年、先祖の生業の追体験を少しでもとの想いから、自ら甘酒の製法を研究、試行錯誤を繰り返し製品として甘酒屋を自宅の敷地の一角に開業していた。

内藤裕一:昭和3年10月28日生まれ。函館水産専門学校卒。昭和34年結婚。二女に恵まれる。岩手県農林水産部に入り、後に岩手県水産試験場長を務める。平成18年12月11日逝去。

「海」4号に「鮭の豊漁と課題」を寄稿している。昭和61年2月20日発行。発行人菊池貞次。発行所ウオテイレストランシステム株式会社。非売品。

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雑感

 明け方にニ男の夢を見ていた。どこかの牧師とはなしをしているようだった。私の行っている教会の牧師でも、かつてお世話になったことのある牧師でもない。涙が出た。目を覚まして時計を見ると午前4時。具合でも悪くしてはいないだろうか、何か心配なことや困ったことがなければいいがと気になったので祈った。南海トラフの報道も、真っ向から受け留め、もし今きてもの備えを促している。その日には、もしそれが避け難い結果となるとしても、避ける事ができたとしても、何れそのときに神と共にあって欲しいと祈る。
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 午後はmaruseiさんのお世話で、村井正一先生の関係者Nさんの奥様とお会いできた。「主人が生きているうちに来てほしかったのに」と奥様。実はこのご夫妻がまだお店を営業していたころに主人とお店に入ったことがあった。店内を見回して、音楽の好きな人らしいと思たのが10年ほど前のことだ。maruseiさんと知り合わなければ、ここの店主だった方が、かつて村井先生とトリオを組んだその人であることを知ることもなかったろう。Nさんは亡くなられたが、巡りに巡っての奥様との出会いである。

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ベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツを聴くーデジタル・コンサートホールー

 25日23時を待ちに待って聴いたベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツ。ストラディヴァリウスによる演奏ということで、たとえネット上の楽の音とはいえ期待感は大きかった。いまアーカイブで出ているかを検索すると、まだ編集中であるらしい。

 世界中の何十カ国からどれだけの数の人々がアクセスしているかを思うとわくわくした。ところが、始まってほどなく画像が寸断。これがけっこう頻繁に起きた。どっと殺到したからか、こちらに原因があるのかは判りかねたが、とにかく諦めずに何度でも繰り返し繋いで、ついに1時間10分を聴きおおした。

 ホールに入ってくる人々が映し出されたときには、自分もそこにあるかの臨場感を覚えた。親子連れが目立った。子どもの泣き声も聴こえた。もしかすると、編集された後では、これは消されているかもしれない。
 ヴァイオリンの制作段階の映像も入った。制作するベルリンの高校生が制作に使用する工具を手にステージに登場する場面も。
 果たして倍音がどの程度損なわれず届けられるかが一つの聴きどころではあるのだが、如何せん、ストラディヴァリウスを直に聴く機会に恵まれない者の耳に測ることはできない。
 高校生制作のヴァイオリンの音は、率直と表現したら叱られるだろうか。いつかネットで、ヴァイオリンのキッドがあるのを見た。それを使えばある程度の器用さがあれば誰にでもヴァイオリンは作れる。しかし理想的な音色を備えたヴァイオリンとなると、作れる制作者は決して多くはないはずだ。
 個人的には
Bartók Bélaの曲でやっと寸断されなくなり、落ち着いて音色を楽しむことができた。低音では滋味、奥深さ。高音では明るさ、繊細さ、この繊細さは絹糸で紡ぎ出すような柔らかさ、優しさ、艶やかさとでもいったらいいだろうか。5月の軽やかな風にふるえるような、悲しみに細くすすり泣くような音色。優れた受信装置を備えた耳をお持ちの方ならば、さらに的確な表現をされるものと思う。

 今回一通り聴きながら、弾き手の楽器への信頼の強さが、その楽器からさらに良い音を引き出すのだろうとも思われた。

 アーカイブにアップされるのを待とう。どのように編集されているかを見るのも楽しみだ。もっとも判る違いは自分が興味を持って聴いたところだけになるだろうけれども。

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立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第18 回ーSFマガジン7月号(早川書房)ー

いわての文芸誌『天気図』を率いる編集長、立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第18 回(SFマガジン7 月号 早川書房)が出ました。 立川氏の躍進は、即ち『天気図』同人の躍進にもつながると、毎号応援してい。ご紹介します!

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今回立川さんは、光瀬龍にとって畏敬の人、SFマガジン編集長福島正美が逝去したことから稿を起している。1976(昭和51)のことで47歳という若さだった。SFの擁護者であり、多くのSF作家を育てた。「SF作家クラブ」、「少年文芸作家クラブ」ともに、福島の存在なくしては語れないという。光瀬は葬儀委員を務め、<SFマガジン>19766月号に追悼文を掲載した。

 立川さんは福島を、「編集者としての人なみはずれた勘と洞察力、そして執念が多くの個人誌ライターを幼虫から成虫に脱皮させた。人は福島氏をさして名伯楽という。まことに言い得て妙である。お仕着せ編集者が多くなりつつある昨今、福島氏が果たした役割と氏の執念は、まさに編集者魂の具現として、永く人々の胸に記憶されるであろう」と称えている。実は福島正美の名は、私の心にも銘記されている。

 光瀬・眉村、南山宏(森優)らは、福島が残したクラブを振興すべく、岩崎書店の協力を得て、福島の新人作家発掘の遺志を引き継ぎ、「福島正美記念童話賞」を創設、光瀬が選考委員を引き受けている。

 三好京三の直木賞受賞に刺激されて光瀬は奮起、時代小説に活路を得る。光瀬はそれまで時代小説に方向性がないわけではなかったようだ。すでにレイ・ブラッドベリイが歴史にアプローチするきっかけになっていたのだという。光瀬の“歴史観”がどのようなものかがなかなか面白いので誌をお読みいただきたい。

 光瀬は長編の時代小説で3通りの宮本武蔵を書いている。それは吉川英治が書いた「求道」、「剣聖」といった捉え方とは異なっていた。第一作目『秘伝宮本武蔵』、第二作目『新宮本武蔵』、第三作目『宮本武蔵血戦録』、このそれぞれに興味深い解説がなされているので、これもご自分で確かめていただきたい。何れ光瀬は正史の裏に隠されたいわば外史に真実性を捉えていた。光瀬は、異端視されていた青森県の村役場編纂の『東日流外三郡誌』を弁護している。

 宇宙SFを盛んに書いていた頃の光瀬と、自由に書く境地を得た光瀬の精神的な質の違いを、立川さんは、「SF作家として、自分の心の傷を作品に込めてきた光瀬は、自覚しないままトラウマの治療を続けてきたというわけだ。結果、治療のおかげでなにものにも縛られない自由な自分を得ることができたのだった」と意外な洞察を大胆に述べている。

壮年になった光瀬は、「SF作家クラブ」の会合には滅多に出なくなったが、「少年文芸作家クラブ」の方には熱心だったようだ。50代ごろからマージャンにはまったり、良識は超えずして好きなように過ごし始める。光瀬先生、もしや凡人になってしまわれた? と思いきや、ここに新しい“家族“犬の「はな」の登場となる。何とこの犬の登場には、1981(昭和56)年と年代までが書き入れられている。また光瀬先生に新しい創作の展開がありそうだ。次回が楽しみである。

 


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きょうのことばー『助け主なる聖霊』ーペンテコステ講壇ー

日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょうは、國光勝美牧師の519日のペンテコステの説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。 

【聖書引証】ヨハネ伝141617
16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

 

【説教】

きょうはペンテコステ、聖霊降臨を記念する日です。クリスチャンには三つの大きなお祭りがあります。クリスマス、イースター、そして、このペンテコステです。ペンテコステはユダヤの人たちの種を入れないパンの祭りであり、大麦の初穂を捧げてから50日目にあたるので五旬節とも呼ばれています。

ペンテコステで特に大切なことは、モーセの時代に神の指で石の板に記された十戒がユダヤの人たちに授けられましたが、実は、このペンテコステのとき、イエス様を信じる私たち一人一人の心に、天から聖霊の火が降されたことです。

きょうの聖書引証ヨハネ伝141617で、イエス様は、私たちに授けられる私たちの助け主である聖霊のことを語っておられます。

イエス様は十字架に架かられ、墓に葬られ、三日目によみがえられました。イエス様は弟子たちの見ている前でオリーブ山から天に帰ってゆかれました。その時にイエス様は、「私が天にあげられ父の右に着座したならあなた方に聖霊を与える」とお約束くださいました。そして、「この聖霊はもうひとりのわたし自身である」と仰る。「私はあなた方から見えなくなる」。しかし聖霊が降されるとき、もうひとりの御自身ともいえるお方が与えられるというのです。イエス様が父なる神の右の座に着座しておられる場面は私たちには見えないが、しかし、着座したなら聖霊を下さるというのです。この聖霊降臨の事実は、使徒の働き2章に書かれています。

聖霊降臨、これは、信仰者にとって、非常に生命的なことです。聖霊は、イエス様の十字架の贖いを理屈ではなしにわからせて下さいます。もういく度も私たちは、神はあいであり、私は罪びとであり、イエス様は私の罪のために十字架に架かられた、だからそれを信じれば救われるのだと聞いています。この福音の真理を頭脳的にではなく、心の奥底から、ああ、ほんとうにそうですと心の中に命として働くのは、聖霊なる神様の働きがあってはじめて言える事なのです。

教会というのは、こういった聖霊経験を持った人たちの集まりです。逆に、どれほど神学的に優れた知識を持っていたとしても、聖霊とはこういうものであると的確に解説できたとしても、その人が必ずしもクリスチャンなのではない。このヨハネ141617にある助け主である聖霊が与えられていなければ、いかにに学問的を哲学的を極めたところで永遠の命を得ることはできません。イエス様の贖いを信じ、聖霊経験をしたときに初めて、驚くべき救いに目が開けるのです。

このことによって、全く変えられたのがペテロでした。捕まることを恐れて逃げ隠れしたペテロが聖霊に満たされたとき、もはや何ものをも恐れることなく、果敢に伝道説教をする者となりました。私たちもこのように在ることができるのです。

私たちと聖霊との関わり合いはどのようなものでしょうか。地球ゴマを例にしてお話したことがありますが、コマが安定的に回っていれば、私たちと聖霊の関係は緊密で良好です。しかし、もしすこしでも中心がずれますと、コマは安定を失います。よく回らなくなる。私たちも、神への愛、十字架、復活と福音の軸がしっかりと定まっているなら、私たちの信仰はいよいよ豊かになります。地球ゴマが力強く回っている例がローマ831~にあります。

31 では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。
 

私たちが今どこに居て、どんな状況にあろうとも、もし私たちが、聖霊様と揺るぎない関係を持っているなら、聖霊様は、「わたしが一緒にいるよ」と、ある時は励まし、ある時は導いてくださる。そして弱い私たちのためにとりなしていて下さる。聖霊様は、私たちの心に、イエス様をズームアップしてくださいます。これが聖霊なる神様のおお働きです。私たちが弱さからズームバックし、イエスさまを小さく捉えてしまっているところに、聖霊様は、イエス様を大きく捉え直し、そこでぴたりと焦点を合わせてくださいます。イエス様は聖霊様をもう一人の御自身であるとお示し下さったことが頷かれます。このような御聖霊様に想いを致しながら、きょうの聖餐式に与りたく思うことです。

※この説教は、初めての方々のために簡略に編集させていただいております。またユダヤの三大まつりについても、プロジェクターを用いて詳しく解説が為されましたが、ここでは割愛しております。文責:中ぶんな

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復興支援コンサート~共に生きる~2013/5/26(日) 14時開演 宮古市浄土ヶ浜レストハウス2階ホール

小松智佳子さんのヴァイオリン、野崎千賀子さんのフルート、小野寺智子さんのキーボードで、3・11の記憶が風化されつつある今、復興を願い祈り心をこめてお送りするコンサートです。是非おでかけください。

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 あすは事情があって、残念ながら浄土ヶ浜までは行きかねますが、この場所にあって成功を心からお祈り申し上げます。

       ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きょうは盛岡市中央公民館でもりおか童話の会の集まりがあった。8人が参加。それぞれの個性的な作品を批評しあった。

 近頃は、草や木のあいだに身を置いていることがいちばん心地よい。5月にこうして過ごすことができるのは至福である。

 庭にハクビシンのものと思われる穴が見られなくなった。捕獲されたものかどうかまだ確かめてはいない。豆類を畝に埋め込んでいると、カラズが樹上からその様子をうかがっていた。クマが里に下りてきたり、ハクビシンが住宅地に現れたり、カラスがしっかりとゴミ対策されたタウンネットを恨めしそうに見ていたりと、山にばかり引っこんではおられない事情が動物の側にも深刻化しているのだろう。

 きょうはベルリン時間16時、アジア・東京時間23時でベルリン・フィルがストラディバリウス演奏を生中継する。ネットがトラブルに遭わなければよいが。ここのところできるだけ10時就寝を心がけているが、今晩だけはちょっとだけ夜ふかし、23時に備えよう。

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天沼三津子さんの七宝ジュエリー、川徳に 29日まで

 昨夜は降ったようだ。夕方になって裏庭に出てみると、水滴がまだ乾かずにルピナスの葉っぱのくぼみにたまっていた。買い込んだもののまだ植えていなかった野菜の苗を植える。
 日中は障子貼りのつづき、そして午後は川徳に天沼さんの作品を見にでかけた。7階いわて特産品フェアの一角に陳列されている。所謂きれいなアクセサリーとはすこし違った重量感、そして一見地味に見えるが、用いる人の着衣を引きたて個性的な演出をしてくれる。
 今回はいわてのさまざまな特産品も見ることができた。

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 また自分の時間が足早に流れだしている。音楽をじっくり聴くひまもないまま明日は土曜日。川徳での天沼さんの展示は29日までだ。
 


 
  



 

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わらび座公演 ミュージカル「幕末ガール」鑑賞 -自治会女性部 研修旅行ー

 

 秋田県仙北市 のたざわこ芸術村にあるわらび座で、ミュージカル「幕末ガール」を楽しんだ。これは自治会女性部の企画で、部長、副部長が、新聞や広告、ネットから、この公演内容の資料作りをして後に実現してくださったもの。劇団で送迎バスを出してくださり、観劇、入浴、昼食はセット料金。

 イネの女医としての働きをオーバーラップさせながら特異な厳しいイネの人生の出会い、愛、使命、命の尊さへの想いが力強く歌いあげられ、さまざまな人生を生きる人々への応援歌ともなっている。

 国道46号線の途上、仙岩トンネルの新緑は眩しく、みなさまの心に自然に浮かんだ曲は「わか葉」でした。

    
 わか葉♪
       (作詞: 松永みやお  /作曲:平岡均之 
    あざやかな みどりよ
    あかるい みどりよ
    鳥居をつつみ わら屋をかくし
    かおる かおる 若葉がかおる   
    さわやかな みどりよ
    ゆたかな みどりよ
    田畑をうずめ 野山をおおい
    そよぐ そよぐ 若葉がそよぐ.



大先輩の方々とともにゆったりとご一緒できたとてもよいバス旅行でした。

「幕末ガール」公演は6月9日(日)ま
で!!

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   葡萄の芽吹き

 3月下旬に種苗ポットに植えた種が、4月に入っても寒かったからか、なかなか芽を出さなかった。それが5月の下旬に入ったとたんに目に見えて発芽。果たして出るものかどうかやってみようと去年取っておいたエニシや黄色のオダマキ、ロベリアのどれもが順調に発芽し続けている。ロベリアの種は砂粒よりもまだ小さく、こんなあるかないかの種子が果たして発芽するものだろうかと思っていたが、この中にも確かな命が宿っていたのだ。息子がどこぞでサービスで貰ったミニトマトの種も100パーセント発芽。トマトは割合に確実だ。命とは実にすばらしいものだ。
 まだ播かないでいる種もある。日本たんぽぽ、ニゲラ、カンパニュラ、白いアサガオ、ゴーヤ、これはもう播くのに遅過ぎるかもしれないクリンソウ。そして中津川沿いに咲いていたマリーゴールドの種。もう置きどころに困りそうなので、これらはそのままになっている。
 発芽した全部を地植えするスペースはないわけで、何割かはもう里親が決まっている。エニシダは花をつけるまで数年かかるかもしれない。発芽して花をつけるまでには3年かかる、5年かかると聞くと、以前は、そんなにはとても待てないと止めていた。しかし、最近では、たとえ明日死ぬことになろうとも種を播き、花や樹木を植えたいと思っている。体力、時間の関係で、そう多くはできないのだけれども。

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野崎千賀子先生のフルート演奏ー自治会のいきいきサロンでボランティアー

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 きょうの午後2時に、この地域の自治会主催のいきいきサロンに舞い降りてくださったのは、フルート奏者の野崎千賀子先生です。いうまでもなく舞台、照明、音響といった設備はなく、背景の目隠しもなし。ついでにギャラもない。それでも宮古市から車を飛ばし駆けつけてくださいました。

 上野学園大学音楽学部フルート科卒業後、宮古市でフルート教室を主宰。多方面の音楽団体、音楽家たちとの共演があります。現在、被災地の仮設住宅の慰問にも力を注がれています。また、世界最高峰のトリオダンシュ、ケルン放送管弦楽団のメンバーとも共演しています。ぜひこちらをクリックしてお聴きください。

 宮古市鍬ヶ崎にあった千賀子先生の御実家にあった教室が被災、またご主人のいとこ夫妻が重茂半島で津波に遭い、いまもって行方不明とのことです。 東日本大震災の記憶が風化しつつあることを憂い、是非被災地に、足を運んでもらいたいと訴えられました。大震災直後は錚々たる音楽家たちの慰問がたて続いたが、2年経った今はもう殆どなくなっている、こんなときこそと仮設住宅などの慰問をしておられるということです。

    ♪演奏曲目♪
カッチーニ 「アヴェ・マリア」
ビゼー 「アルルの女」より『メヌエット』
フォーレ 「シチリアーノ」 
プッチーニ 「トゥーランドット」より『誰も寝てはならぬ』
映画 「風と共に去りぬ」より『タラのテーマ』
新井満 訳詞・作曲 「千の風になって」
美空ひばり 「川の流れのように」
岡野貞一作曲「故郷」



また次のコンサートの紹介がありました。

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シンフォニエッタ盛岡 2013年春のコンサートを聴く

 シンフォニエッタ盛岡 チェンジ!
どなたのデザインかわかりませんが、一転クラシックな雰囲気に。畑村代表の挨拶にもありましたが、指揮も前任の先生が退任され、こんどは小野佳保先生が引き継がれていました。6回の出演者の方々のお名前を辿りながら7回の方々を書かせていただき、メンバーの変遷もすこしわかりました。

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 第一回から毎回楽しく聴いていますが、モーツァルトと日本の歌メドレーが定番かなと思っていたところ、第二回の大向佐保さんのクラリネット協奏曲を聴いてからは、イメージが変化。そして今回は24番と水原良子さんのピアノ協奏曲。かなり早くから綿密に練習を積まれたとのこと。盛岡の音楽家たちだけで奏でる協奏曲にはまた格別な感慨がありました。24番はホールいっぱいに明るく響きわたり、また協奏曲も力強くドラマティックでした。

 前回までは、曲のアレンジを無頓着に聴いておりました。第一回から佐藤公治さん担当。私にとってアレンジは心地よければそれでよいというものでした。しかし今回、主旋律を支える旋律の方を選択的に聴いてみると、このアレンジがいかに難しいものかがわかりました。楽器にアレンジの意味が汲み取られているかどうかも吟味しての演奏なのだろうと思いました。

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 ロビーでの出迎えコンサート、これはシンフォニエッタ盛岡ならではのもの。ホールへの階段を下りていくと、何やら足元から楽の音が。ああ、自分は今音楽会に来たんだな、そう思えるひと時。今回はショーロ、これはブラジルのポピュラーのジャンルの一つであるようだ。「ティコティコ」など、ラテン系サウンドの登場。演奏は去年の秋のアンサンブルコンサートに出演したフルート(佐々木宏)とギター(千葉幸成)、そして、(本郷由紀子)のトリオ。明るく軽快なリズムが少々疲れ気味の下向きな気分を引き揚げてくれました。

 近頃は音楽会に足を向けない主人も、シンフォニエッタ盛岡には出向きます。誘った友だちに聴いたところ、「楽しいね~」。この楽しさがシンフォニエッタなのかも。実感のこもった一人のこの言葉のまわりには、同じ感想を持たれている多くの方々がいらっしゃるはず。
 創生に関わられた成田浩先生が、ご夫妻で観客席で演奏を見まもっておられました。一昨年までは、ヴァイオリンでステージにおられました。多くの方々がご挨拶に。

ごくろうさまでした。そしてありがとうございました!!

【演奏メンバー】

 ヴァイオリン:相川直子/高橋由香利/大森久仁/北川貞之 /熊谷友見子/柴田紀子/鈴木道子/武田浩/宮野ゆかり○/藤浪路奈/古舘翔太郎♪   ヴィオラ:小原学/佐藤俊樹/田村絵里香/橋本剛行  セロ:安保尊/佐々木松子/畑村保裕/民部田里美  コントラバス:田代毅/白築真夏♪  フルート:佐々木宏/樋口さとみ/松舘紘子   オーボエ:今野朋枝/佐藤光彦  クラリネット:堀江淳/堀江稔英子♪  ファゴット:佐藤雅宏/西舘ゆかり/塙佳代子  ホルン:畑澤巧/高橋瑠依♪  トランペッ ト:中台雅之♪青柳一恵♪  パーカッション:本郷由紀子♪ 指揮:小野佳保(おのよしお)

○コンサートミストレス♪エキストラ

 表記、親しみから「さん」付けにした方もありますが、敬称略の団員の方々も、ソロの方々もみな先生とお呼びできる方々です。

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きょうのことばー『砕かれる恵』ー信仰の人たちに学ぶー

日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょう519日はペンテコステ、聖餐式がありました。そして午後からは先ごろ亡くなられた兄弟の納骨式がありました。ペンテコステの説教は来週になります。きょうは2013512日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】詩篇2316

1 は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。
6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

【説教】

 ようやく5月らしい暖かさを覚える穏やかな日曜日に、皆様方とともに礼拝を持つことができ感謝しております。

 ここのところ旧約聖書に登場するアブラハム、ヤコブ、ヨセフ、モーセといった人物たちの信仰から学んでおります。彼らに共通しているのは、神様によって砕かれるという経験を持っていることです。偉大な人物には大きな出来事が数多くありますから、その中のどれを捉えるかということになります。

 ここでアブラハムから、「イサクの献納」のときのできごとを取り上げてみます。神様はアブラハムに、子孫を星の数ほど多く与える、あなたによってすべての国民は祝福されるとおっしゃいましたが、彼にはなかなか子どもが与えられませんでした。そしてようやく授かったのがイサクでした。ところが神様は、イサクをいけにえとして捧げるようにと命じます。彼はいくらなんでもこれは空耳だろう、神様がそんな理不尽なことを命じるはずがないと悩み抜きます。しかし神様ははっきりと、あなたの愛するひとり子をいけにえとして捧げなさいと命じられます。これは実はアブラハムを試みるためでした。アブラハムは、死人をもよみがえらせることのできるお方を信じて、ほんとうにイサクを捧げようとします。ところがまさにそのとき、神様は、待て、あなたが神を畏れていることがほんとうにわかったと、イサクの身代わりにする子羊を与えてくださいました。

 神様は私たちにもこのような試みをなさいます。そして、私たちが自分の願望を優先させるのか、それとも神様が喜ばれることを優先させるのかを見ておられる。そこで、それまでは気付かなかった自分の心の中にある愛着や意外な自分の本質を知らされることになる。私たちは、このような試みを受けることによって、砕かれることを学んでいきます。

 ヤコブという人物も、ペヌエルで神様と格闘します。自分の我を通すか、それとも全面的に神に従うのか、夜を徹しての争いでした。ヤコブはなかなか砕かれません。もう夜も明けようというときに、やっと彼は神によって砕かれました。ヤコブは、「私を祝福してくださるまではあなたを去らせません」と神様にすがりつきます。自分の力で何とかできると思っているうちはだめです。神様にすがりつく以外に方法は何もない、どうしようもない。これがわかり、砕かれたからこそ、ヤコブはヤコブとなりました。

 モーセという人物も、何とか自分の力で同胞を救おうとしましたが、うまくいきませんでした。そしてエジプトでの特権の座をおりて羊飼いをしながら、自分の在り方を見つめたときに、神様が現れてくださったのです。神様は絶体絶命となったその人にご自分を現わしてくださいます。人のピンチは神のチャンスです。神様はそこで、モーセを指導者として立てることをモーセに告げました。モーセは、とても私にはできないとしり込みしました。しかし彼が神様に砕かれて立ちあがったときに、これはもう神の業なのだとモーセは知っていたでしょう。

 イスラエルの民は、うなじがこわい民だと神様は仰いました。だれにとってもうなじを砕かれるのは嫌な事です。アブラハムにしても、ヤコブ、モーセにしてもそうです。人から拒絶されること、無視されること、反抗されること、みな心を引き裂かれるような辛いことです。でも神様は、これらを通して、ほんとうに見上げるべきお方を見つめ、見上げるように導いてくださる。

 この教団を創立した蔦田ニ雄先生を思い出します。先生は、戦争中に宗教弾圧で拘置所で過ごさなければならなかった。どのような獄中生活であったかは、網走に資料館があり、それによって想像することができます。先生は最初は久松警察署に捕まりました。手首を縛られて省線、これは現在の山手線でしょう、省線で巣鴨の拘置所に連行されます。その時に、先生は、ああイエスさまもこのような辱めをうけたのだと実感しました。福音のためにこのような事態になっているのだと、そのことを一層深く知ったと述懐している先生の記述があります。

 蔦駄先生は中田監督のもとにあって、福音のために全力で働いていたときに拘束されました。それまで労していた東京日本橋教会の方々や家族からも強制的に隔絶されてしまった。神様なぜですか? そのとき、自分が行ってきたことのすべてを主の前に思い起こして悔い改めたそのときに、「神われらとともに在す」というおことばが与えられました。もし出獄したなら、この福音の核心を述べ伝えようと決意されたのです。先生に、もし神様に砕かれるという経験がなかったなら、このインマヌエルという群れは存在しなかったでしょう。

 詩篇23篇をご覧ください。この4節にある「死の蔭の谷」を蔦田先生も通りました。そして神様にあつかわれたわけです。羊飼いは時にはむちと杖をもって私たちをあつかいます。そして、それが「わたしのなぐさめ」となったというのです。羊飼いは先頭の羊を、むちや杖で行くべき方向に向かわせます。この詩篇はダビデが晩年に書きましたが、彼は言うのです。「それが私の慰め」だと。このようなときに、私たちもこのようなときにこそ、ふだんは学ぶことができないことを学ぶのです。そして追々その意味がよくわかってくる。

 これはイエスさまご自身がゲッセマネの園で神様から受けた事と同じではないでしょうか。イエス様も誤解され、人から捨てられ、辱めを受けるという苦悩のことごとくを受けながら、「それが私の慰めです」と学んでいかれたのです。砕かれるとき、私たちは、眼に留めるべきお方をはっきりと知ることができます。ゲッセマネで、イエス様は、父なる神を思い、自分の前に置かれている栄光をしっかりと見つめました。

 ヘブル書122に「 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」とあります。どうか砕かれて、見るべき方をのみ見上げましょう。他のものに目を留めるから信仰がおかしくなるのです。イエス様のみを見上げるときに、ほんとうの祝福が私たちに訪れるに違いありません。

※説教は約半分の長さに編集しております。文責:中ぶんな

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労働のあとのコンサートは…

  今夜はシンフォニエッタ・盛岡のコンサートだった。きょうそれを載せるには体力と時間が若干枯渇ぎみ。月曜日に書かせていただいて、といっても大層なことは書けそうにもないのだが、とにかく感謝の言葉だけでもネットに送りこもうかと思う。

 きょうは朝から終日、稼いだな~と実感できる“労働”をした。主人は主人で自分の持ち分を果たしてくれた。兎に角忙しい一日だった。

 コンサートを聴きながら、北海道に農民管弦楽団があるのを思い出していた。農学校の教員や学生も加わっているようだが、基本的に農業を営む方々が主体だ。私のできる労働というのは、その方々から見ればままごとにすぎないだろう。だから私の労働は“労働”と記した。一日の農作業の労働量はかなりのものだろう。休日以外にも、そのような仕事の後で楽器を手にするのだ。ほんとうに好きでなければ続くはずがない。いつか聴きに行ってみたいとおかしなことに、シンフォニエッタを聴きながら思った。
 シンフォニエッタも、それぞれに職業を持っている方々から成っている。職業を退かれて悠々自適の方もいらっしゃるかもしれない。何れアマチュアの方々だ。社会的な仕事もこなし、好きな音楽を趣味とし、公演もする。さしあたって適切なことばも浮かばないが、こんな人生もやりたかったな、そう思った。
 明日はいつもの通り説教を載せるつもりでいる。

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シンフォニエッタ・盛岡「2013春のコンサート」 2013/5/18(土)18:00開演 マリオス小ホール

 シンフォニエッタ・盛岡の春のコンサート、開演18時とお伝えしておりますが、17時35分まで入場すると、ロビーで素敵な音楽を聴くことができるようです。18時の滑り込みでは遅すぎます。17時35分までどうぞ。

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    ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きょうはすばらしい五月晴れ。岩手山もくっきり。緑は輝き、広い空はどこからどこまでも蒼一色。こんな日に何をしていたかといえば、庭の椅子で樹木のざわめきを眺め、そして近所の方と花と野菜の苗を買いに。夕方からは気が向いたときに一気にやらねばと障子貼り。常人ならば年末に貼り変えるだろう。それでも爽やかですばらしい一日であったことは確か。明日も天気はよさそう。きょう買いこんだ花や野菜を植えたい。書かねばならないあれこれを
気にしながら。それから夕方にはコンサートへとなる。

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白花姫踊子草の謎

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  白い花の姫踊子草を初めて見つけたのは一昨年だったろうか。もしかすれば新種かもしれないとわくわくしながら調べてみると、突然変異で稀に出ることがあるとわかった。その年は、庭のいたるところに明るい赤紫色の姫踊子草があるうち、白い花はそれ一本だけだった。突然変異の場合には次はないだろうと勝手に判断し、特にその周りを保護するでもなく、花が終わってしばらくしてから雑草扱いにし取り除いてしまった。ところが去年、別な場所に白い花をつけたものがあった。そしてことしはといえば、そちこちの赤紫色の群落の中に一本ずつ埋め込んだようにまじっている。一応は根を横に這わせて増えることにはなっているが、見たところ、種で増えているような景観を呈している。ほんとうに根だけで増えるものなのだろうか。
 

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球根の力

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 このアマリリスは、友だちのお見舞いのために求めたものだった。病む友だちの傍で、一つまた一つと咲いてくれたならと願っていた。ところが事情があって、受け取ってもらうことができなかった。まだ雪が深かったときのことである。それが第一陣として出ていた花芽が4つの花を咲かせた。第二陣がまた4つ咲き、そして5月の半ばのいま、このように第三陣の花芽にこんどは5つの蕾をつけ、いまそのうちの3つが豊かに咲いている。実物の色はこれよりも落ち着いた深みのある赤だ。

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花径が約20センチ。遠近感が出たために、写真では花がそれ以下に見えますが、確かに20センチはあります。

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花の厚みというか、これが約10センチ。
第四陣の花芽は出ておらず、第三陣
で最後、この第三陣が格別に見事に咲いてくれている。

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 中央の右側の小さな蕾がアンカーを務めることになるだろう。
たった一つの握りこぶし大の球根が、このような大輪の花を13個も咲かせ楽しませてくれるとは!
 花の持つイメージ、優しさとはまた別なこのアマリリスの球根のパワーのすごさ、豊かさに脱帽だ。


 背景がよくないのだが、写真に細工している暇はなさそう。というわけで、このまま
公開
 


 

 

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世界最大級ともいえるストラディヴァリウスのコレクションの音色を披露ーベルリン・フィル、デジタルコンサートホールー

  有料で ベルリン・フィルのデジタルコンサートホールを聴くことができる。息子が提供してくれたクーポン券一か月分を楽しもうと開けてみると、ライブ中継で、ベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツの演奏があるとわかった。2013年5月25日(土)ベルリン時間で16:00だ。

演奏されるのは、トーマス・タリス、サミュエル・バーバー、ヨヴァリハン・セバスティアン・バッハ、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの作品。

以下はページからの転載です。
 アントニオ・ストラディヴァリは、今日に至るまでもっとも著名な弦楽器の制作者として知られています。北イタリアのクレモナで工房を営んだ彼は、そ のヴァイオリンの響きによって1つの神話となりました。ストラディヴァリは使用する木の強度やニスの種類などにおいてさまざまな実験を繰り返し、その結果 生まれた音色は、世界中の音楽家やコレクターを魅了し続けています。 
 今回のファミリー・コンサートでは、ベルリン・フィルハーモニック・ストラディヴァリ・ソロイスツが、マシュー・ハンターの司会のもと、世界最大級 ともいえるストラディヴァリウスのコレクションの音色を披露します。演目はタリス、バーバー、バッハ、モーツァルト。一方では、ヴァイオリン制作者ジャ ニーヌ・ヴィルトハーゲのワークショップにより、ベルリンの高校生が仕上げた楽器を使って同じ演目を奏でます。それにより興味深い比較もできるでしょう。 どうぞご期待ください。


   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 やれ古楽器だ、ガルネリだ、ストラディヴァリだという世界からはもうかけ離れてしまった。楽器の良しあしを活字上に辿ることにも若干疲れを覚えていた
れども、たとえデジダタルでも聴くチャンスがあるとなると、またまたストラディヴァリウス・サミットコンサートのあの弦の輝きが耳奥によみがえり、遠くにあるふるさとを望みみるかの心境になっている。
 しかしほんとうに不思議なのは、高い技術力をもって、どんなものでも作り出せるかに思われる今日に至るも、1644~1737を生きたアントニオ・ストラディヴァリ制作のヴァイオリンを超えるヴァイオリンができたというはなしはいまだ聞かない。彼が制作したのは約1200挺、そのうちの約600挺の存在が現在確認されているようだ。

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花はどこへ行った?

 

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 6、7年前の事であったかと思う。塀の外に咲いている山吹を見て、「これは園井恵子の好きだった花だ」と仰った方がいた。また古い塀の内側を指して、「私は70年前に、ここにあった家に住んでいたことがある。この入口も木も昔のままだ」とも仰った。昔我が家の場所には岩手医科大学のサッカー部の寮があったと舅にきいたことを私は思い出していた。この敷地を懐かしがられ、舅とさほど歳も違わないということで、何度か舅のところに話しをしに来ておられた。後に、この方が岩手町の地域医療に多大な貢献をされたK氏であることを知った。園井恵子の顕彰に尽力されてもいた。ここ2、3年前まで杖を片手に矍鑠とこの辺りを歩いておられた。それが12日の早朝に99歳
 の生涯を閉じられた。

 そして、この地域の地区活動に長らく熱心に貢献された方の御主人が、13日に亡くなられた。家も離れており、個人的にはよく存じ上げないが、こちらはほんとうに心が痛んだ。

 母の日あたりには、母の日のことでも書こうかと思っていたのだが…まわりではこのような変化が。

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きょうのことばー『感情と信仰』ー信仰の人モーセー

日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょうは201355日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】出エジプト331216

 

12 さて、モーセは主に申し上げた。「ご覧ください。あなたは私に、『この民を連れて上れ』と 仰せになりました。しかし、だれを私といっしょに遣わすかを知らせてくださいません。しかも、あなたご自身で、『わたしは、あなたを名ざして選び出した。 あなたは特にわたしの心にかなっている』と仰せになりました。
13 今、もしも、私があなたのお心にかなっているのでしたら、どうか、あなたの道を教えてください。そうすれば、私はあなたを知ることができ、あなたのお心にかなうようになれるでしょう。この国民があなたの民であることをお心に留めてください。」
14 すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」
15 それでモーセは申し上げた。「もし、あなたご自身がいっしょにおいでにならないなら、私たちをここから上らせないでください。
16 私とあなたの民とが、あなたのお心にかなっていることは、いったい何によって知られるのでしょう。それは、あなたが私たちといっしょにおいでになって、私とあなたの民が、地上のすべての民と区別されることによるのではないでしょうか。」

 

説教】

 

 モーセという人物を色々な角度から思い巡らしているうちに、私は、モーセがなにも私たちとかけ離れたスーパーマンのような存在ではないことに気付きました。そこで、モーセがイスラエルの民を導くという大事業を、どのような信仰を持ち、どのような感情をもって進めていったかに焦点を合わせてみました。

 

 イスラエルの民は、エジプトでパロの圧政に苦しんでおりました。これを憐れんだ神様は、指導者モーセを立てて、イスラエルの民をエジプトから脱出させ、約束の地カナンへの旅をさせます。紅海を二つに分けて渡らせ、そして、結果的には彼らは40年間荒野を旅し、ついに約束の地カナンに到達します。

 

 私たちは東日本大震災を通っていますが、これを体験した者として、紅海をわたるという出来事をもう一度見なおしてみたいと思います。眼前には海が広がり、背後からはパロの軍隊が追い迫ってくる。絶体絶命のこのときに、神は紅海を二つにわけるという奇跡を起こして、イスラエルを助けてくださった。これは尋常ならざる異常な経験です。エジプト脱出前の、神がエジプトに下した10の災いや脱出も異常なことでした。彼らは短期間にこのような超自然的な経験を次つぎにしているのです。このことは、彼らに大変な高揚感をもたらしたでしょう。彼らは疲れていても疲労感を覚えないほど異常興奮していたはずです。

 

 去年、釜石で被災した教会の先生にお会いしました。被災して後のイースターの辺りから、信徒の方々や教会のための奉仕に全身全霊で当たっておられたそうです。それが、1年経ち、2年経ちするうちに、このストレスが重く堆積していったということでした。津波の第一波は、あの甚大な被害をもたらした311であるけれども、その後に、教会で中心となっていた人々が釜石を去ってしまうなどの第2波、第3波があったということです。そして復興、復興と叫ばれる中で、それが次第に風化してきているという事実。その被害、ストレスがどれほどのものかを率直に証ししておられました。このお証しに、私は、モーセもこのようなところを通ったであろうと思いました。いったいこれをどのようにモーセは乗り越えたのか、こういった角度から、モーセの信仰、そしてモーセの精神的な営みを探りたく思いました。

 

 さてイスラエルの人たちが直面した課題を聖書から見てみましょう。

 

エレミヤ2:6  彼らは尋ねもしなかった。『主はどこにおられるのか。私たちをエジプトの国から上らせた方、私たちに、荒野の荒れた穴だらけの地、砂漠の死の陰の地、人も通らず、だれも住まない地を行かせた方は』と。

 

彼らは、まるで死の世界のような荒野、食べ物も水もないようなところを放浪しなければならなかった。モーセに率いられて乳と蜜の流れる地に行くはずだったのが、あまりにかけ離れている現実に彼らはつぶやきはじめます。

 

出エジプト1522 22 モーセはイスラエルを葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒野へ出て行き、三日間、荒野を歩いた。彼らには水が見つからなかった。

 

出エジプト162  そのとき、イスラエル人の全会衆は、この荒野でモーセとアロンにつぶやいた。3 イスラエル人は彼らに言った。「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。」

 

 この二つの引証部分は、人のつぶやきの本質を見事に表わしています。彼らはエジプトで、ムチ打たれ牛馬のごとくにこき使われ、ろくに食べ物も与えられてはいなかった。にも関わらず、脱出させたモーセに、何で余計な事をしてくれたのかと言わんばかりに詰め寄り、モーセを拒絶してしまったのです。モーセはどんな思いになったでしょう。

 

 イスラエルの民はうなじがこわい民だとしばしば出てきます。

 

出エジプト3315  はモーセに仰せられた。「あなたも、あなたがエジプトの地から連れ上った民も、わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、『これをあなたの子孫に与える』と言った地にここから上って行け。
2 わたしはあなたがたの前にひとりの使いを遣わし、わたしが、カナン人、エモリ人、ヘテ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人を追い払い、
3 乳と蜜の流れる地にあなたがたを行かせよう。わたしは、あなたがたのうちにあっては上らないからである。あなたがたはうなじのこわい民であるから、わたしが途中であなたがたを絶ち滅ぼすようなことがあるといけないから。」
4 民はこの悪い知らせを聞いて悲しみ痛み、だれひとり、その飾り物を身に着ける者はいなかった。
5 はモーセに、仰せられた。「イスラエル人に言え。あなたがたは、うなじのこわい民だ。一時でもあなたがたのうちにあって、上って行こ うものなら、わたしはあなたがたを絶ち滅ぼしてしまうだろう。今、あなたがたがの飾り物を身から取りはずしなさい。そうすれば、わたしはあなたがたをどう するかを考えよう。」

 

 イスラエルの民は、神様からそっぽを向かれ、神様から愛想を尽かされるような民だった。それでもモーセは、「神様、どうか彼らを赦してください。そしてどうかあなたご自身が私と一緒に行ってください。あなたご自身が一緒に行ってくださることこそ私たちの存在意味なのですから、どうか見捨てないでください」とモーセは切に祈りました。

 

 どうでしょうか。モーセのように、自分がよかれと思ってやっていることが、ことごとく否定されるとしたら、どういう感情になるでしょう。「もうやってられない!」、こう思っても当然でしょう。しかしモーセは自分のことを「モーセは地上の誰にもまさって謙遜であった」といっています。神様にお委ねすることです。自分がどう言われようと、どう評価されようと捉われないことです。うなじが砕かれているなら謙遜になれるのです。モーセは神様のまえにくつを脱ぎ扱われ砕かれておりました。ですからこのようなイスラエルを導く使命を放り出すことはしませんでした。感情には支配されずに寧ろとりなしの祈りをしている。

 

 もっとも彼の生涯にたった一度だけ、感情を爆発させたときがあります。神様が水をわきださせようと、モーセに「岩に命じなさい」とおっしゃったのに、モーセは民にあきれ怒り、思わず杖で岩を2度打ってしまった。神はこれを見とがめられました。それぐらい怒ったっていいじゃないかと私たちには思われます。しかし、それでモーセはカナンの地に入ることは許されませんでした。

 

 皆さん、地球ゴマをご存じでしょう。回っているこの地球ゴマのように、神に従え、という思いが絶えず私たちの中で回っているなら、私たちは感情をコントロールすることができます。できないとすれば、これが回っていないのです。十字架を見上げて、イエス様の贖いの愛に心を癒していただき、こんな者をも神様はお赦しくださったという恵のうちにコマがある。自分のことばに態度にトゲが出てきてしまったとき、そのときは、絶えずイエス様の贖いの愛を仰ぎ、十字架にしっかりと自分をつないで回転を続けるなら、私たちはモーセのように、どんなに困難な中にあっても、主にあって感情を治めながら信仰を進めてゆくことができるようになるのではないでしょうか。

※先週の復習は割愛しています。また約半分の長さに編集しております。文責:中ぶんな

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大信田時子 人物画展7 の作品から

 喫茶ママで開かれている大信田時子さんの人物画展を昨日撮らせていただきました。実際の絵にはない光が点となって映ってしまい、だいぶ迷いましたがアップしました。色彩がやわらかくあたたかい感じがしました。ほんとうはあと2点とてもよい絵があったのですが、写真が実物を損なうほど違っており、掲載は遠慮いたしました。

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   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 けさ庭を見ると、この2日間の温かさで 一気に草がのびていました。庭の桜はまだ美観を留めています。午前中いっぱいは机ではなく庭のテーブルで仕事をしました。新緑を身近にしながら、共存しているかに数々の芽吹きに共感、交信できることは、この5月から命を分けてもらうことでもあると思われます。昼間にはミントを摘んでお茶にし、夕方にはサンショウの木の芽を摘んで田楽にしました。5月の輝きが満ちています。 

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3行修業だけでも

  1日は24時間じゃない、1日は25時間、いや26時間だと、午前1時、2時就寝がざらであるいまだが、私は22時を目処にしている。実際には、これはなかなか難しい。きょうもすでに22時半。しかし3行は書かねばならない。書く力を持続させるためだ。人がこれを読んでつまらなかろうが、くだらなかろうが、とにかく3行は書かねばならない。よしそれが、味噌汁の具に大根を千切りにしただけのことでも、洗濯物を干しているうちに洗濯ばさみが足りなくなり、家の中に取りに戻ったぐらいのことだとしても。

 と、一応は言うものの、きょうは、大信田時子さんの絵画展におじゃました。写真をアップしようとしたところ、充電の必要あり。これには2時間かかるわけで、明日に。
 夕刻からは食事を交えての同期会のごくろうさん会、楽しいひと時だった。

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 きょうは朝から大忙しで若干疲れ気味。3行は書けたろうということで、PCを閉じることに。

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出没

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 近所のMさんにお会いしたときに、「庭の土があちこち掘られていない?」と訊かれた。そういえば、4月にはよくノラと思しき猫が庭に現れては土を掘っていた。見るとトイレにしているのだった。土を掘ってから用をたしまた土をかけておいている。球根を植えたばかりの花壇を掘られたわけだが別段腹立たしいとも思わなかった。むしろなかなか行儀がいいものだと感心したのだ。ただ度重なるようなら方策が要るとは思った。ところがMさんのいう穴は、これとはちょっと違っていた。小さなシャベルで掘ったようなもので、ある方はタヌキではないかと仰ったらしい。そのはなしを聞いてから家に帰ったところ、こんどは、近所のSさんが見えていた。同じ話題だった。そういえば確かに10~15㌢深さの穴が庭に二つばかりあったのだが、これも猫の仕業かと注意深く見もしないで土をかぶせていた。Sさんと一緒に庭を回ってみると、塀の際や低木の下、土管の周囲にいくつも穴が開いており、モグラや猫ではないのは明らかだ。家の屋根裏にまで入り込まれたある方が専門筋に問い合わせた。ハクビシンではないかという返事らしい。あす然るべきところに方策を相談することになっているようだ。
 いま23時を回っている。たぶんまたこの辺りのそちこちの庭に出没して土を掘っているかもしれない。Sさんは、ゴミ減量のためにかなり深くに埋めた残飯を掘り返された。目撃もしている。2匹いるようだ。ハクビシンは夜行性で植物食中心の雑食性。はたして本当にハクビシンなのか。実際に見るまでは確かなことはわからない。まもなくお目にかかることもあるだろう。そういえば、5月に入ってからは猫を見かけていない。

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シンフォニエッタ・盛岡「2013春のコンサート」 2013/5/18(土)18:00開演 マリオス小ホール

 すでに3月にもお知らせしましたが、ことしもシンフォニエッタ盛岡の春のコンサートがあります。今回は水原良子さんをお迎えしてのピアノ協奏曲。また第Ⅱ部は佐藤公治さんのアレンジ集です。御期待ください。

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       ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 まえにこのコンサートをお知らせしたのは3月26日、小雪がちらついておりました。5月には新緑が輝きあたたかくなるだろうと思っていたところ、きのうまで肌寒く、今朝は氷点下だったとか。しかしきょうはほんとうにあたたかい一日となり、庭でお茶を楽しむこともできました。爽やかな風にのって、モーツァルトがもう聴こえているような気がします。

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降ろうと照ろうと

 大型連休も終わった。来客や帰省した息子たちの“世話役”に終始した一週間だった。帰省早早、次男がスポーツで足をねんざ、しかし一日で復活、きょう勤務地に帰っていった。長男は咳をしていたが、結局は当初の予定をみなこなして昨日帰っていった。やってきた姉一家、「向こうでいえば冬の気温かな」などと言いながら寒い岩手をそれなりに楽しんだようだ。

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 近頃は、パソコンに向かって何かを書こうとするときに、個人情報にあたるか否かに戸惑い、二の足を踏んだり書くことを止めてしまう事が多くなった。良かれと思って書いたことでも、字義通りに世間に受け容れられるかどうかはわからない。さして深い意味を持たずに使ったことばが、まったく逆に捉えられていたこともある。何よりも迷惑をかける事になってはと思ってしまう。加えて、第三者によって何をどのように情報化されるかもわからない時代になっている。では、書いても誰にも何処にも迷惑がかからず、支障を来さず、差し支えない事柄は何だろうと考える。そして書こうとする意欲が希薄になっている自分に気づくのだ。

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 お天気のはなしと、食べ物のはなしが無難だという方がいた。そうかもしれない。それにしてもこの5月の寒さは。きょう農家の方とすこしだけ話をした。この寒さで、田んぼに水を入れられないで困ったと仰っていた。野菜が高くなるという。ハウス内の作物だけは順調らしい。春の花もそこそこ、農耕にもすでに大きく影響しているこの天気。こうなると天気の話が無難かどうかも怪しくなってくる。
 この寒さについてすこし検索してみると、「春の寒さ、北極圏の海氷の減少が原因か」があった。氷の減少は、気温の上昇につながるんじゃないの、こう思っていたのだが、どうもそう単純なことではないらしい。

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 「もし神なかりせばこの世は闇、その闇の深さはいかばかりであろうか」。そんなことばが心を過った。降ろうと照ろうと光はあるのだ。

※一枚目は最寄りの児童公園にある歌碑です。

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大向佐保クラリネットガーデン

ゴールデンウィーク最終日のきょう、異色のトリオ演奏がありました。


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大向佐保さんのクラリネットと千菅道子さんのピアノに、意外や意外、柿崎幸史さんのドラムが入ったのです。大向さんというと、モーツァルトの協奏曲やプーランクやミヨーの演奏が記憶に新しいのですが、今回はジャズナンバーからも楽しませていただきました。これまでは、しんとした森がしずかにしずかに明けてゆくような光の移ろいを感じさせてくれるクラリネットの響きを選びとるように聴いていたものですが、今回は、ジャズの自在な響きに、新しい息が感じられました。いつか、クラリネットは表情をつけにくい楽器と言っておられましたが、大向さんの音の表情の変化はほんとうにすばらしい!!

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千菅道子さんのピアノ、特にジャズ演奏、迫力がありました。偶然に私たちの席の隣に座ったのは主人の従姉でしたが、どうしてもピアノが見える席がいいということで、訊きますと、「千菅先生に合唱の御指導をいただいている」とのことでした。

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ドラムは好きな楽器の一つです。かなり繊細な音を持続させることもできることは発見でした。自作の曲スパニッシュ・ダンスを掲げての登場、なかなかいい曲でした。

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※「管野」は「菅野」と訂正されておりました。それはともかく、私が抱いていた大向さんの音のイメージと同じ雰囲気のプログラム、爽やかな5月の森のようです。

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お詫び

 毎日曜日には、教会の説教をおつたえしておりますが、うっかり昨日アップしてしまいました。いつも木曜日あたりからICレコーダーから起こします。ブログ上で長時間編集作業をしますと、ちょっとした誤操作で、また若干不安定なこともあり、書いた文章をいっぺんに消失してしまうことがあるために、一旦ワードの方で作成し編集してからブログ画面にコピーしております。先週は取り掛かるのが遅くなってしまい、土曜の午後から時間を見ては作業をしておりましたが、つい、はやくしなければと思ううちに土曜日であることを失念、アップしてしまいました。恐縮ですが昨日のページをご覧ください。

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きょうのことばー『逆転の祝福』ー信仰の人モーセー

日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょうは2013428日の國光勝美牧師の説教です。日常さまざまなことを考えるうえでも、何らかの参考になればと願っております。

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【聖書引証】出エジプト3112

1 モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。
2 すると主の使いが彼に、現れた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。
3 モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」
4 は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ」と仰せられた。彼は、「はい。ここにおります」と答えた。
5 神は仰せられた。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」
6 また仰せられた。「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。
7 は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。
8 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。
9 見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。
10 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」
11 モーセは神に申し上げた。「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」
12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。あなたが民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない。
 

【説教

 きょうはモーセという人物に焦点を合わせます。モーセの一生は、映画『十戒』で御存じかと思います。先週は、ヨセフがエジプトの総理大臣にまで上り詰めたことを語らせていただきました。飢饉を逃れてエジプトに移住してきたイスラエルの人々は、はじめは70人ぐらいでした。それが増えに増えて次第にエジプトを脅かすほどになったのです。これに危機感をもったエジプトは、それまでは優遇した民族を、こんどは圧政をもって支配するようになり、生まれてくる男子を皆殺しにします。神はイスラエル民族を憐れまれ、一人の男の子を救いだされました。これがモーセです。モーセはエジプトの王女にひろわれ、王女の子として宮殿で最高の教育を受けながら、しかも、実母を乳母として育てられます。モーセのその後の歩みから、恐らくは、実母から授乳を受けるたびにイスラエル民族の宗教的な影響をも受けていたでしょう。

 モーセは、一生をエジプトの名宰相として送ることもできたのです。しかし、自分がユダヤ人の血筋であることを知ってからは、決してそれを忘れなかった。そして、過酷な使役に苦しむ同胞を何とか救おうとしていた。あるとき、痛めつけられている同胞を救おうとしてエジプト人を殺してしまいました。

 モーセは追放され、荒野をさまよった末に、ミデアンの地で羊飼いをすることになります。エジプトの王子としての地位にあったモーセが、一転羊飼いに。何という落差、違いでしょうか。自分には権力もあり、何でもできるという自負心に満ちていたモーセは、ミデアンで一介の羊飼いとして老境を迎えます。

 このままで一生を終えるのかというときになって、神様は、ホレブ山でモーセに現れます。ホレブ山はシナイ山ともいわれ、一説にはシナイ半島の先端にあるジェベル・ムーサ(モーセの山)であると言われています。神様は燃える柴の中に現れた。この柴が燃え尽きなかったところからして、自然発火や森林火災といったものではないでしょう。ここに現れた神様は、受肉まえのイエス様だという説もあります。

 私たちが人生を送る時に、幾たびか決断をし、さまざまな選択をしてきています。ホレブ山で神様の顕現に出会うまでのモーセもそうだったでしょう。もしあのとき無理をしてまで同胞を助けていなければ、エジプトでの多くの特権を棒に振ることはなかっただろうに。自分の判断がそれで良かったのか、イテロの羊を飼いながら、モーセは幾たびも自問自答し悶々としていたに違いありません。悔やんだときもあったでしょう。しかしそのようなときに神様は神様の側からモーセに現れてくださいました。モーセはこのとき齢80でした。そして、は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。」

 あなたの気持もわたしは全部知っている。さあここから大逆転があるのだと神様は仰るのです。

 5節で、神様は、神様の仕事に当たろうとする時に次の心構えを命じます。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」

 神様の働きを為そうとするときには、自分は今、きよい神様の御前にあるのだということを認識しておくべきです。「足のくつを脱げ」とは、「ひれ伏しなさい」ということです。これは神様のしもべになることを表わします。

 自分の生涯がこれで良かったのかを真剣に自問するとき、神様はまるでそれを待っていたかのように御自身を現わし大逆転をしてくださいます。

 最近、内村鑑三を扱った番組を観ました。彼が、神の前における自分の心のきよさ、正しさ、即ち神の前における義を求めようと自分を突き詰め内省していたとき、彼を指導していた方が、「内村くんはあまりに内省的すぎる。あなたの義のために十字架につけられたお方を仰ぎ見ること、それが義なんだよ」と導かれたそうです。番組の解説員の方が、これを聴いて、いままでは一方方向からしか見ることができなかったことを、視点を変えて反対の方向から見ることができるようになったと言っていました。私たちが神に扱われるというのはこういうことだと思いました。

 モーセは、80歳になるいまもってただの羊飼いかと無念であったかもしれない。絶望していたかもしれない。中途半端ではなく、徹底的に自分の人生に絶望するとき、不思議にも、まるでその時を待っていたかのように神様は、燃える柴に現れてくださった。神様は、私たちにも同じ経験を与えてくださいます。アブラハムのときにも、モーセのときにも、そして私たちにも、神様は、自分が自負していたものがくだかれ、絶望し十字架を見上げたそのときにこそ、新たなビジョンを与え、あなたにこう仰るのです。

「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ」

※この説教はICレコーダーをもとに起こし、読みやすくするために、内容に忠実に約半分に編集しております。聴き間違いがある場合もあります。お気づきの点はご指摘いただければ有難く思います。文責:中ぶんな

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はや2年

007 

  舅が亡くなってから早2年。きょうが命日というのではないが、皆でお墓参り。東日本大震災の予兆とともに入院、それから2カ月後にこの世を去った。ユニークな人だった。事細かに書こうとすれば、あっという間に5、60行にもなるだろう。どこまで書いてよいのやらも、これは義姉たちの意向もあることでもあり、とりあえずはこの数行だけにしよう。
 

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桜とともに咲いた梅

019

 いつもの年であれば梅が咲いてから桜が咲くのがふつうだった。ところが今年は待てども待てども梅が咲かない。一昨日、桜の開花を見ながら、諦めていた梅の木をみやると、何と、まばらに咲いている。いったい今年はどうなっているのか。近くの桜並木も今時期が満開のはずと思いきや、いつになく寂しげに花をつけはしたものの、はや葉桜に移行する気配だ。

 きょうも寒かった。しかし予定通り姉一家来盛。盛岡で生まれた姪が、ハイハイとつかまり立ちができるようになった子どもを乳母車に乗せている。きょうは岩手公園と石割桜を散策する。あすは我が家も“行事”を抱えている。それぞれに分かれての行動となる。長男も帰省し、これで一応我が家も全員そろったことにはなる。

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花・花・花

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 水仙なんて、チューリップにしても、どこにでもあるじゃない、とはいうものの、この色彩の美しさ、形の完璧さはどうだろう。フーガの技法ならず、天の花造りの技法には舌を巻く。

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