「第9回 啄木忌前夜祭」に行ってきました
きょうは、近所の方のお誘いで行ってきました。
第一部は岩手大学のタイ、中国、フランス、ロシアからの留学生4人の登壇。啄木の句を読んでの感想を述べ合うというもの。これは、感想の内容よりも、真剣に学びに取り組んでいるらしいそれぞれのすがたが印象に残った。コーディネーターは国際啄木学会会長望月善次先生。
第二部は、雫石環先生の伴奏で、盛岡コメット混声合唱団常任指揮者、声楽家松田晃先生の歌曲だった。
清瀬保ニ:作曲 いつとなく我にあゆみ寄り…
はたらけど…
越谷達之助:作曲 砂山の砂に腹這ひ…
ふるさとの空遠みかも…
高田三郎:作曲 やはらかに柳あをめる…
病のごと…
ふるさとを出でて五年…
はづれまで一度ゆきたしと…
加藤學:作曲 病のごと…
不来方のお城の草に…
石をもて追わるるごとく…
やはらかに柳あをめる…
ふるさとの山にむかひて…
それぞれの作曲者の紹介があったが、特に、加藤學先生に関しては、いわての方でもあり書いておきたい。
加藤學:1950(昭和25)年生まれ。1998(平成10)年47歳で死去。 昭和48年岩手大学教育学部音楽科卒業。簡素な手法の中に深い音楽性をたたえた良い歌曲や合唱曲の数々を残した。
松田先生は、加藤學先生について、こうお話くださいました。
「純粋なあまり、世渡りがへただった。ちょうど学生運動が盛んだった昭和46年頃に『啄木歌曲集』をつくった。よく、わたしはこのまま音楽をやっていてもいいのでしょうかと問われたが、その答えをわたしは見つけることができませんでした」
(※若干の聴き違いがあるかもしれません)
第三部は、ハーナムキャ景観研究所所長米地文夫先生の啄木の短歌から賢治の反戦童話「月夜のでんしんばしら」が生まれたというはなし。途中から、あらら、きょうは賢治の講演会だったかなと一瞬錯覚。しかし、先生はとても大切なところに結論を導いてくださいました。このあと、戦争で300万人という犠牲者をだしたとい過去がある。今この時代、きなくさいこの時代に、果たして経済ばかりを優先させているときであろうか。このような疑問を投げかけられた。
以上、音楽中心の報告となってしまいました。
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