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「野村胡堂没後50年の集い」に思う

 日曜日の午後2時から、「野村胡堂没後50年の集い」の第一部に参加するために記念館に出かけた。標識を一か所見落とすと厄介なことになりかねない。そのことに神経を使いながら走ったせいか、盛岡市内から紫波町彦部までが距離がとても遠く思われた。これも滑り込みセーフ。いちばん後ろの戸口に近い席、もっとももうそこしか空きがなかったのだが。しかし戸口付近に座ると終わった時に出やすく、駐車場が混雑しないうちに車を発進させることができるというメリットがある。会場を出たのは2番目だった。途中のスーパーに立ち寄って買い物をしても4時半には帰宅できた。会場で時計は見なかったが、かなり進行がうまく行われていたようだ。

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 今回、すこし残念だったのは、あらえびすの音楽の話はなかったことだ。あらえびすは、自著名曲決定盤のなかで「私は音楽家でも音楽批評家でもない。新聞記者であり、小説家である。しかし新聞記者になったのは30歳を越してからのことで、小説を書き始めたのは46歳のときである。音楽愛は少年時代からのことであり、それは道楽に過ぎないといっても、音楽と私との関係は本職の新聞よりも、副業の小説よりも遥かに遥かに古い」と語っている。胡堂にとって音楽は欠くべからざるものだったのだ。30年近い間に1萬枚以上のレコードを集めた胡堂である。そして30年近くの間に聴いたレコードは数萬枚。しかも繰り返し繰り返し聴いている。そして、10回、100回聴いても飽きないレコードを取り上げるようになっていく。財を注ぎこむところに心もあるとよく言われる。胡堂のレコードへの注ぎこみようは大変なものである。

 個人的には、あらえびすは、パリのバッハ教会の会長であり、バッハの権威ある研究者であったシュヴァイツァーの理解者であり、またシュヴァイツァーの弾くオルガンの真髄を捉えており、現代のバッハ演奏にも時代を超えて一石を投じている点など興味深い。

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