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2013年3月

きょうのことば 十字架と私たち』ー棕櫚の聖日ー

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょうはイースターです。イースターおめでとうございます。Img090_2

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 説教は一週間遅れで掲載しておりますので、2013年3 月24 日の國光勝美牧師の礼拝説教をお伝えします。イースター説教は来週掲載いたします。

【聖書引証】ルカ伝233249

32 ほかにもふたりの犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために、引かれて行った。
33 「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。
34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。
35 民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」
36 兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、
37 「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。
38 「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。
39 十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。
40 ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
41 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」
42 そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」
43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
44 そのときすでに十二時ごろになっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。
45 太陽が光を失っていた。また、神殿の幕は真っ二つに裂けた。
46 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。
47 この出来事を見た百人隊長は、神をほめたたえ、「ほんとうに、この人は正しい方であった」と言った。
48 また、この光景を見に集まっていた群衆もみな、こういういろいろの出来事を見たので、胸をたたいて悲しみながら帰った。
49 しかし、イエスの知人たちと、ガリラヤからイエスについて来ていた女たちとはみな、遠く離れて立ち、これらのことを見ていた。
 

【説教】 いよいよ受難週に入りました。きょうはパームサンデー(棕櫚の聖日)、そして次の日曜日(31日)がイースターでイエス様の復活を記念する日です。パームサンデーからイースターまでの1週間を受難週といいます。イエス様の十字架に格別に心を向けるときを持っております。

 きょうは、「福音の手」をお話したいと思います。去年の3月にも同じ話をしておりますが、大切なことなので、また取り上げてみます。5本の指で、福音というものを実に解りやすく説明できます。

 親指:神は愛です

 人差指:私は罪びとです

 中指:イエス・キリストの十字架

 薬指:信仰

 小指:御言(みことば)の約束

親指には、物をつかむとき、一本の指で4本の指を受け留めるほどの力があります。すべてを包み込む神様の愛をあらわすことができます。これはとても大切なポイントです。

人差指、これをよく人に向けては非難や中傷をしがちですが、自分に向けてみましょう。自分が罪びとであるとわかるはずです。パウロもこれを自覚しておりました。罪びとというと、法律を犯すことや不道徳などを思うでしょう。しかしここでは、第一義的に、神様が私たちをお造りになった本来の目的から外れて、自己中心的に生きていることを罪といいます。このような歩み方をしていると、ついには一般の社会でいわれているような罪の状態になるわけです。

ここにある私の時計は、私のもとにあって、私の用に適うからこそ存在の意味があります。私という本来の所有者から失われてしまったなら、いかに正確な時間を刻んでいようとも、私にとっては何の意味も持たない。神様と人間の関係もこれと似ています。神様は人間を、御自分の最高傑作として造られました。にもかかわらず、神様を愛し、喜び、お役に立つ、これを神の栄光をあらわすと申しますが、そういう本来あるべき姿から外れてしまっているならば、人間が世の中的にどんなに素晴らしいとしても、これは、失われた状態なのです。失われた状態にあるから、犯罪や不道徳に傾いていってしまう。切り花も見事な花を咲かせはしますが、命は断たれていると見ることができます。人間も同じです。命の源である神様から離れていると、永遠の滅びに行く運命となる。これを罪びとの状態という。聖書でいう罪びとは、世の中でいう罪びととは、概念が大きく異なっています 

昔、私の郷里であったことですが。ある精米所で、まさかそこに子どもが隠れているとは知らずに機械のスイッチを入れたところ、子どもがベルトに巻き込まれて腕を切断してしまうという痛ましい事故がありました。私の家は床屋です。事故に遭った方がやってきては、数十年ものあいだこう言っていたそうです。「俺は絶対許せない。あのおじさんは俺は悪くないといってついに謝らなかった。許せない。だけどこうやってずっと人を恨み続けている自分も嫌で仕方がないんだ」と。私が牧師をしているので聞くことがありました。

罪の苦しみとはこういうものです。人を許せない思いで日々を生きるのは辛いことです。この罪の苦しみから救ってくださるのがイエス・キリストの十字架です。自分ではどうすることもできない心の罪。さまざまにあるでしょう。それらぜんぶを含めて、キリストは十字架についてくださいました。

真ん中にいちばん高くある中指が、この十字架です。神の愛がわかり、自分が罪びとだとわかったなら、その次には信じること、信仰です。薬指です。信じさせてくださいと言わざるを得ないほどのものが福音なのです。薬指を上にして他の指を握ろうとしても難しいでしょう。神の愛と、罪びとの自分と、罪を赦してくださる十字架、あとは、信じればいい。信仰です。では小指は何か。これは神の約束の御言(みことば)です。御言は水漏れを防ぐパッキンのようなもの。信仰や救いが漏れ出さないように、ぴっちりと隙間を埋めてくれます。世の中のパッキンは劣化しますが、聖書の御言のパッキンは、劣化しません。これで福音は揺るぎません。

私たちのために十字架に架かってくださったイエス様をおわかりいただけたでしょうか。

罪のないイエス様が、私たちの罪をぜんぶ背負って十字架の上で罰を受けてくださったのです。それで私たちは罪赦され、救われる。第二コリント521に「神は、罪を知らない方(イエス・キリスト)を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」とある通りです。

 十字架は、よく美しく素晴らしく尊いとイメージされます。しかし、十字架は、実は、人間の最も醜く汚らわしく、おぞましいもののすべてが結集されたものであり、この罪に含まれない罪はないところのものです。これを神様は裁かれた。そのとき、まさに地は暗くなった。光を失った。イエスさまは感心なお方、すばらしいお方といった見方ははるかに超えて、私たちの身代わりに、神様から忌嫌われ醜い裁きの対象でしかないものとなったイエスさま。「こんなものは!」と、きよい神様から遠ざけられ、投げ捨てられ、拒絶された者になってくださったイエスさまの十字架です。この十字架に赦されない罪があるでしょうか。これが福音の中心です。これがわかる人には、神がひとり子を給うほどにこの世を愛してくださったという神の愛がわかります。主よ信じます。自ずとそう出てくるはずです。

 もう一つ、私たちの救うべき十字架というものがあります。これが何を意味するか。私たちは罪を赦され救われても、心の中には依然として、神にそむきがちな性質が残っています。このままでは神に救われた者として相応しくない。赦されていることがわかればわかるほど、きよめられる必要を覚えるようになります。きよめられた状態が、ガラテヤ220にあります。

20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。 

 これは、神にそむきがちな罪の性質、これが自分ではどうすることもできないことを正直に神様の前に告白し、もう自分の罪はイエス様と一緒に十字架につけられてしまったと信じたことによる結果です。最早私が生きているのではない、キリストが私の命になってくださる。キリストが私の内に生きておられる。私が今生きているのは、このお方を愛して信じる信仰によるのだということです。ガラテヤ202020 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。とある通りです。

 そして私たちの負うべき十字架があります。クレネ人シモンは何も知らずに主の十字架を刑場まで背負わされましたが、しかし背負い続けたときに、彼の生涯には転機が訪れました。イエス様を信じるとき、思わずも神様からあなたにだけ背負わされる犠牲がある。自分が選んだわけではありません。しかし、神様は、背負ってごらん、私と一緒に背負ってごらんと仰います。十字架を背負わなければ栄光はないのです。キリスト教に批判的なある方々は、こんなに生きながらえていないで今すぐにでも天国に行けばいいのだと言います。しかし私たちには、尚生きる使命がある。私にしか負えない十字架、重荷を感謝して、イエスさまを見上げながら背負い行くとき、それが栄光にかわるのです。十字架を負うという特権がなければ栄光はない。キリストと共に苦しみを忍んで十字架を背負って初めて栄光がある。だからこそ、イエスさまも、己が前に置かれた喜びの為に辱めをものともせずに十字架を忍んで行かれたのではないでしょうか。

 十字架があるからこそ、復活の栄光があります。どうか私たちも、この十字架をキリストとともに負う人生を歩ませていただきましょう。

「わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすればあなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ1129 

※先週の復習は割愛しました。文責:中ぶんな

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痛みはシグナル

 昨夕、あれこれ思っていたのは 高校野球、盛附、春の選抜2回戦敗退、惜しかった。花巻東の校歌の作曲者は太田代政男。盛附の校歌作曲者は千葉了道。太田代対千葉、どちらの校歌がより多く歌われることになるかなどと、つい考えたり。立川ゆかりさんの連載、もう出ていると思ったり、武蔵音大のコンサートがあるな。きのうの地域のいきいきサロンで、春らしい和紙を準備下さった方があったり。すこし庭仕事をやりすぎたかなと思ったり。
 しているうちに頭痛がしてきた。以前なら、鎮痛剤を服んだものだが、近頃は、痛いからといって直ぐに薬に頼るのは間違いだと思うようになった。痛い時は、これは警報。直ぐにやすみなさいということと捉えている。夕食もそこそこに、休息の態勢に。
 今朝はすっかり痛みも取れて、午前はパソコンを習いに行く。まだまだ補わなければならない事が多い。午後は自治会の広報物の配布。その後書店へ。
 目がすこし疲れ気味。これも休息せよのシグナルか。
 無理はしない。
 
 何がどうあれ、今週は受難週。こんどの日曜日がイースター。

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脱皮

   「羽化しました」。毎年そうお電話をいただくたびに、カメラを持って急行していた。このN夫人宅の蝶はただの蝶ではない。アゲハは、自分の声を聞き分け、心を解っていると信じ、アゲハが卵のときから毎日声掛けをして育てたものなのだ。
 ある旅立ちの日、アゲハは、N夫人の回りを、まるで別れを惜しむかのように何度か旋回し、肩や背中にとまってから、大空に旅立っていったという。
 こんど羽化したアゲハはどんな行動をとっているか、なにか変ったことはなかったか、そんな興味もあって毎年見せていただいている。
 秋に蛹になったアゲハが、きのう羽化。  屋内が温かかったのか、はやいめに脱皮したのだろう。はちみつを薄めたものを皿に準備してあった。

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 これは蛹だが、抜けがら。ふつうはベージュ色、茶色なのだが、きれいな薄緑だった。


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まだよわよわしい。

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30分ほど経ってから見ると、羽を広げていた。
カラスアゲハだ。
何度見ても、この蝶の変化ほど奇想天外なものはないと思う。球形から、白の斑の黒い芋虫となり、こんどはきれいな緑色の芋虫となり、ついに見事な蝶に脱皮する。これから温かくなってくると、そこかしこで目にすることだろう。

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シンフォニエッタ・盛岡「2013春のコンサート」 2013/5/18(土)18:00開演 マリオス小ホール

  第42回盛岡芸術祭管弦楽部門「春のコンサート」、これは、シンフォニエッタ盛岡の春の定期演奏会です。クラッシクのみならず、ポップスなども演奏してくださいます。



<プログラム>
第一部
 モーツァルト
  交響曲第6番
  ピアノ協奏曲第24番
第二部
 小田和正&松任谷由美 アレンジ集

ピアノ:水原良子
アレンジャー:佐藤公治


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きょうは小雪がちらついていましたが、こんな日に屋内で、何と、羽化したアゲハがいました。蝶をまるで御自分の第三子、四子、五子のようにも愛情をもって保護し、育てている方の玄関でのことなのですが。シンフォニエッタ盛岡の定期演奏会がある爽やかな5月ごろなら、それもあるだろうと思われますが、梅、桃、桜の開花もまだまだのこの盛岡で。おそらくは、ことし最初の変身第一号なのでは。


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松田晃歌曲リサイタルⅩⅦ  聴きに行ってきました

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 今回のプログラム『美しき水車小屋の娘』を取り上げることになったのは、前回の「冬の旅」が終わった後、村上敏明先生から訳詞が郵送されてきたことからだったようです。<若い粉ひき職人の哀歌>であるこの作品を、今の年齢では自分には遠いと思われたといいます。この作品を、ウィットの利いた解説、エピソードを交えながら、聴かせていただきました。また、背景である小川や水車をあらわす音を取り出してピアノだけで聴かせていただくこともできました。

 詩の中に同じことばが並んでいるのを見た時、それは、1、旅修業にある「石臼、石臼、石臼、石臼」でしたが、この4回をどのように歌い分けるかは、大変な興味でした。そして聴いたとき、なるほどと納得。たしかに4通りに歌われていたからです。私は勝手に、石の重み、石の明暗、石のフル回転、石臼は快調などと想像しておりました。

 1952年に、バリトン歌手ゲルハルト・ヒッシュが初来日したようですが、そのときに、ヒッシュが最後の言葉を方言で歌ったらしい。盛岡弁でいうなら、さしづめ「喋ってけろ」といったところだったとか。ヒッシュさんのユーモアだったのか、おくにを想う心をそのままに歌ったものかは判りませんが、会場は爆笑。

 最後は、いつものシューベルトの『楽に寄す』。もしかすると、私は毎回これを聴きに来ているかもしれない。現在このように歌われるためには、どれほどの声の鍛錬を必要とされるものか、これは、声楽を学んだことがない者にはわからないが、推測はできる。もう次のリサイタルの日も決まっています。平成26年3月9日(日)岩手県民会館中ホール。このことに感動を覚えます。

  <シューベルト作曲「楽に寄す」の楽譜>

 音楽の素晴らしさ、音楽への感謝が歌われている。

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きょうのことば 『完走を目指して』ー着任礼拝ー

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。2013年3 月17 日の國光勝美牧師の礼拝説教です。

 尚、國光牧師夫妻は、今年は40年目の盛岡での奉仕となります。その始めは、アパートの一角を借りての開拓伝道からでした。これまでに多くの方々が訪れ、去っていった方々もあります。しかし、多くの方々がご夫妻から多くのお世話をいただき、多くの方々が救いに導かれました。毎週日曜日の説教が途絶えたことはただの一度もなく、いくつものカップルが結婚の式に与り、また多くの方々が天国に召されて行きました。迷い出た者も或いは導き返されて、今の教会があります。

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【聖書引証】ヘブル書1212 

1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。
2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

【説教】

 皆様のお祈りのうちに、教団の年会を越えまして、盛岡に40回目の任命をいただきました。異動のありました諸教会では、きょうが離任の挨拶であり、来週の日曜礼拝では、新任牧師が着任の挨拶をすることになります。それらの諸教会に、主の恵みがありますようにお祈りいたします。

 さて、きょう与えられておりますヘブル書1212の御言(みことば)に心を向けたいと思います。

 クリスチャン信仰生活は、よく、はせ場を走る者や、空中の権をもつ君との戦いにたとえられます。「空中の権をもつ君」とは、悪魔のことです。エペソ書6章には、悪魔の策略に対抗できるように、神の武具を身につけなさいとあります。私たちが格闘するとき、眼に見える欠肉とするのではなく、眼に見えない相手を心でしっかりと見極めて戦いをしなければなりません。

 また、たとえには、よき兵卒であるように、よき競技者であるように、よき農夫であるようにとあります。よい兵卒といいますと、その昔、武士たちは、恩に報いるために忠誠を尽くし命を賭けて戦いました。またよい競技者は、その規定に従って戦わなければ勝利を得ることはできません。第二テモテには、よき農夫として勤勉に働きなさいとあります。どうか、キリストの兵隊として、各々召された競技場に於いて、キリストのからだの立て上げのために、この年、勝利を目指して労させていただきたいと思います。

 ヘブル121を読みますと、ああ、自分もこの競争する者たちの中に加えられているという実感を持ちます。この栄えある競技に参加していることに、先ず、心いっぱい感謝しようではありませんか。東京マラソンに参加したくても、それには先ず抽選に当たらなければならない。それが容易ではないそうです。私たちのマラソンは、東京マラソンどころではない、天国というゴールを目指しての戦いです。多くの人々は、このような競技があることさえ知らないでいる。しかし、私たちはこれに参加している。この事実だけでも大いなることです。

果たして、この競技は、クリスチャンの信仰生活は、個人戦でしょうか、団体戦でしょうか。神様の前に一人一人が整えられていくという視点からみれば、個人戦のように見えます。しかし、イエス様が、教会を非常に大切に意識しておられ、キリストのからだであるとしている、イエス様の御おもいを遂行していく役目が教会に委ねられているという視点から見ると、皆が集まって教会を構成しての団体戦であるといえます。団体戦の中にいま一人一人がある、このように理解いたしました。

いま私の中には、皆さんお一人お一人の顔や姿がありますが、この方々と一緒に、この教会を立て上げて行こう、このように導かれております。

団体戦といいますと、私の好きなラグビーが、この教会の戦いに当てはめることができるかと思います。

大学で単位を修得するためにラグビーをやりました。クラブには花園で活躍した選手もいます。コーチが私に「君はフォアード。右プロップやりたまえ」と有無を言わさずに決めてしまいました。ラグビーは15人態勢。フォアードとバックスの2陣に分かれます。フォアードはスクラム組んで球を奪う役割。バックスは奪った球をもって敵陣でトライ、点を取る役割です。単位を取るために、志賀高原で1週間合宿したこともあります。そこで一般の人たちがしごかれる。日本を代表するような選手は、100キロの体重もざらです。その人たちが、がっちりとスクラムを組んで球を取るわけです。ロックはフォアードの花形ですが、ロックは堀口が有名ですね。ロックが球を後ろのバックスに渡す。このときに、スクラムハーフが、いち早く相手の陣形を見極めて、球をスタンドオフに渡すのです。そしてこのスタンドオフが一瞬の判断で前に蹴るか、転回していくかを決める。スクラムハーフ、スタンドオフが作戦を立てる中心となります。往年の松尾もそうでした。花形はタックルをかわしながら球を持って走るウィングです。秋田の吉田は名ウィングでした。

松尾雄二のおもしろい話を聞いたことがあります。ラグビーの選手には一流のひとはいない。足がほんとうに速いひとは陸上に行く。体格のいいのはウェイトリフティングに行く。だから、ラグビーには二流が来るというのです。二流、けっこうじゃありませんか。指導くださった桑原先生が言いました。「君たちはラグビーやったことがない人たちばかりだ。体格もそれぞれに違うが、それぞれに当てはまるところがある。これがみんな一つになって一つの目標に向かって進んでいく、これがラグビーのおもしろいところなんだ

どうでしょうか。私たちがラグビー選手だとして、自分はどこに入りますか。みんな個性が違う。でもキリストのからだの立て上げの為に、そして私は、団体戦であり、個人戦であるといいましたが、それぞれが、それぞれの自覚で、その場所で、自分を創り上げていく。そのことが望まれているのではないでしょうか。

神様は、忍耐もできる恵を与えていてくださるお方です。イエス様は十字架を忍び、自分の目の前に置かれているものをしっかりと見上げて忍耐をして勝ちを得られました。

ヘブル書122から、イエス様が歩まれたような走り方、イエス様のような信仰を模範として学びましょう。2月に召された兄弟も、義の冠のみを目標としました。イエス様が目標としたのが義の冠です。私たちはこのイエス様の十字架から目を離してはいけません。試練、困難に直面しても、十字架に架けられるという犠牲を払っても耐え忍び、栄光を手にされました。

自分のポジションはどこでしょう。神はそれぞれに相応しい場所を用意しておられます。着任いたしました今日、わたしは、皆さまと一つになって、ゴールに向かい前進しようと、このように思っております。

※この説教は約半分に編集しております。文責:中ぶんな

 

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松田晃歌曲リサイタルⅩⅦー2013/3/24(日)14:00開演・岩手県民会館中ホール

  音楽生活62年の松田晃先生の17回目の歌曲リサイタルは明日!!

  東日本大震災から2周年。松田先生は2011年、15回リサイタルを3月12日に予定していたのでした。それが3月11日のあの 大惨事。急遽、日程を4月2日に変更し、大震災のチャリティーとして歌われたのでした。これが、県内で初の東日本大震災 のためのチャリティーコンサートであったのでは。

 こんどは、17回。「音楽生活50年+12」は、まだまだ更新される気配です。

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【プロフィール】
1931年盛岡市生まれ
岩手大学を経て東京芸術大学委託課程修了。
岩手県立紫波高校教諭、盛岡短大教授、盛岡短大附属こまくさ幼稚園長、 岩手県合唱連盟理事長及び名誉会長、全日本合唱連盟常務理事兼財政委員長及び同監事、 同東北支部長、岩手県声楽研究会会長、岩手県教育振興基本対策審議会委員、岩手県芸術文化協会常務理事、岩手県文化振興事業団評議員を歴任。

指揮者、独唱者として県内外の演奏会に出演多数。 岩手県教育表彰(芸術・文化)、地方文化功労者表彰、岩手日報文化賞をうける。 声楽を糠塚ハル・千葉了道・秋本雅一朗、ピアノを三神昭子・岩崎操、指揮法を渡辺暁雄・髙田三郎・濱田徳昭・大谷研二の諸氏に学ぶ。

1962年より盛岡コメット混声合唱団指揮者。現在、岩手県立盛岡短期大学名誉教授、岩手県合唱連盟顧問、日本合唱指揮者協会会員、岩手声楽研究会名誉会長、雅声会代表、盛岡市文化振興事業団評議員。

 

 

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庭しごと & 小岩井

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 朝食後、ちょっと庭に出たところが、去年の秋じまいが雑であったために、雪が解けた庭のそちこちに枯葉がへばりついている。これでは、草花も芽を出しにくいかとせっせと掃除。枯葉の下には、チューリップ、ヒヤシンス、水仙、クロッカス、ムスカリが芽吹いていた。30分ばかりと始めたのが、そろそろ小休止と家の中に戻って時計を見ると、もう昼近く。時の経つのははやい。

 午後からは、そろそろ小岩井で羊が生まれているのではないかと、近所の、あの絵を描いてらっしゃるT子さんが、一緒に行ってくださるというので出かけてみた。子羊公開はまだだったけれど、岩手山がとてもすっきりときれいだった。

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 帰ってからまた庭をきれいにしなければと動き回りながら、イエスさまがこの庭を散歩してくださったならと願った。


 

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何度聴いても飽きないーバッハー

 友だちに、「バッハは何がいいかしら」と聴かれて、はたと。人様にお教えできるほど、私は、知ってはいない。いま、なかなかいいなと思って聴いている、現在進行形の一枚をご紹介するとすれば、これです。

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 どの盤で聴いてもいいのでしょうけれども、二枚組のこの盤は、装丁がなかなかいいのです。表紙の写真はモノクロ。

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扉を開けると

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CD1を取り出すと

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CD2を取り出すと

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バッハの直筆の楽譜の写真。

きのう、そしてきょうも、聴いておりました。この解説書の翻訳を読みましたが、向こうの文化土壌の違いを感じました。より専門的な内容でした。作曲家に関して、また曲のアウトラインに関しては、すでにリスナーは知っていることを前提として書かれているなと思いました。しかし、解説をどの程度理解できようが、できまいが、そこは音楽のありがたさです。聴いてよいとおもうならそれでOK!

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お墓参り

 といっても、きょうのことではありません。きょうは一日くもり、そして時折小雨、黄砂となりました。お墓参りはきのう、たいへんよい天気でした。

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 主人が、同僚だった方のお墓もお参りしたいというので、そちらの方にも行きましたところ、お墓の前に椅子を置いて、熱心にお参りしている御婦人が遠くに見えました。故人とたくさんたくさんお話をしているようでした。心惹かれるすがたでした。

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ひと冬ごくろうさま

 きょうスーパーの駐車場の片隅に、除雪で活躍したブルドーザーが、春の日差しを浴びていた。ひと冬ほんとうにごくろうさま。

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             チェーンが外されるのももうじき。

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ブルが駐車場でかき集めた雪も、まもなく解けるだろう。

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音楽評論家によるブルックナーのお薦め盤ー『レコード芸術3月号』より

レコード芸術3月号にブルックナーが特集されている。
       『ブルックナー交響曲の大海へ』-伝統と新潮流を探る

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 私がブルックナーの音楽と出会ったのは、マーラーの次あたりだった。ブルックナーが0~9番の交響曲を作曲していることも知らなかった。ただ、やたら改稿、改訂の多い作曲家であることは、何かで読んでわかってはいたが。
 カラヤンには、いまはすこし遠ざかっているが、カラヤンのDVDに夢中だったときがあり、そのカラヤンの生涯最後の演奏会がウィーン・フィルとのブルックナーの交響曲第7番だった。カラヤンはこの曲を痛みの中で死を賭して振ったのだ。
 「テ・デウムと交響曲第7番は、ブルックナーに莫大な成功と名声を与え一気にブルックナーの名を知らしめることになった」と.wikipediaに出ている。しかし、全曲を、より速やかに、できるだけ好ましいディスクで聴く手だては、となるとよくわからない。どれがブルックナーをよく捉え得ている演奏であるのかは一層判りにくい。たとえば、
カラヤンが命がけで振った7番なら間違いなかろうと思っても(たしかにこれが優れているとの評価は受けているのだが)、一考の余地はあるだろう。朝比名隆もバーンスタインも、その他多くの指揮者が振っているブルックナーなのだ。果たしてどれが名盤かとなると、このブルックナーに関しては、ディスクについている解説書を一読しただけでは一概に決められない難しさを覚えている。いまだクラッシクの入り口に立つ私には尚更である。
 それを今回のブルックナーの特集では、非常に解りやすく分類し、名盤への道案内をしてくれているのだ。レコード芸術の宣伝のようになってしまったが、読んでみての実感である。ただ、これが絶対というのではない。たとえば3番
が、評論家Aの耳にはアーノンクールが最高と聞こえても、評論家Bの耳は、ここにランキングされていない指揮者に価値を見出すかもしれず、何れこれは目安なのだが、何れ指針となして近道をとることができる。 

 作品についての解説も載っているが、とりあえず、交響曲2番からのお薦め盤「一家に一枚の必携盤」だけをを書き出してみたい。


2番 シモーネ・ヤング指揮 ハンブルクpo 2010録音
   マリオ・ヴェンツァーゴ ノーザン・シンフォニア 2011
3番 ジョージ・セル指揮 クリーブランドo 1966
   ベルナルト・ハイティンク指揮 ウィーンpo 1988年
   ニコラウス・アーノンクール指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウo 1994
4番 カール・ベーム指揮 ウィーンpo 1973年
5番 ベルナルト・ハイティンク指揮 ウィーンpo 1988年
6番 ヨゼフ・カイルベルト指揮 ベルリンpo 1963年
   オイゲン・ヨッフム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウo  1980年
7番 ヘルベルト・プロムシュテット指揮 ドレスデン・シュターツカペレ 1980年
   マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送so 2007年
8番 クラウス・テンシュテット指揮 ロンドンpo 1981年
   ギュンター・ヴァント指揮 北ドイツ放送so 1990年
9番 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 ウィーンpo 1988年
   フランツ・ヴェルザー=メスト指揮 クリーヴランドo 2007年

 これは自分のためのメモである。また改めて誌をひっぱりださなくとも、これを検索して参考にしよう。
 それにしても、曲は一旦作曲者の手を離れると、指揮者、演奏者の譜面の読み込み、理解によって、ある意味、千変万化を遂げるようだ。幾通りもの個性ある生き物としての命を与えられる。やはり音楽は生き物だという気がする。

 きょうは終日雨。庭仕事をしたくとも外にはでられない。しかし、ゆっくりとブルックナーについて思い巡らすよいときとなった。レコード芸術を開くまえから、また、ことし11月にベルリン・フィル来日のプログラム②にブルックナー7番が入っていたからというわけでもなく、近頃は、とかくブルックナーの7番が気になり、切れ切れに聴いていた。このブログに、ほんの断片をつぶやいただけでも、すっきりとした気分になった。




   

 

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きょうのことば 『われ善き戰鬪(たたかひ)をたたかひ』

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。2013年3 月10 日の國光勝美牧師の礼拝説教です。

 きょうは聖餐式も執り行われました。

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                ひろ子牧師のフラワーアレンジメント

【聖書引証】第二テモテ4:6~8

6 私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。
7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
 

この教会では、ひところまで文語訳聖書を使っていました。訳としての格調の高さがあります。謂わんとしている意味を、的確な漢字を用いることによって、内容を深く伝えてくれます。たとえば、「義の冠」の「冠」は、文語訳では、「冠冕(かんべん)」と訳されており、この「冕」は、ふつうの冠ではなく、天皇や皇太子が儀式で着ける冠のことです。私たちが天に於いて受ける冠は冕であることを、文語訳聖書は教えてくれます。S兄弟が、「イエスさまから義の冠をいただきたい、ただこの一事です」と仰ったのは、「冠冕(かんべん)」のことなのです。

前回はアブラハムの生涯から、人生の節目には神の前に壇を築き、神との間を更新、刷新して、信仰の道を歩み続けたことを学びました。S兄弟も同じ道を歩み、天に召されましたが、この時に、今一度、私たちも、壇を築き直しましょうと締めくくっております。

きょうは、「われ善き戰鬪(たたかひ)をたたかひ」(第二テモテ4:7)に焦点を当ててみましょう。この手紙はパウロが書きました。パウロは、斬首刑となり殉教しておりますが、そのすこし前に、愛弟子テモテに宛てて、その心境を綴った、謂わば遺書ともいうべき手紙です。パウロは、自分の生涯を振り返り、「善き戰鬪」を戦ったと言っています。

さて、「善き戰鬪」とは、どういう戦いなのでしょう。これには、三つのポイントがあります。動き、実践、結果を見てみましょう。 

 動きにおいて

第一コリント15910

9 私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。
10 ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
 

 リスチャン迫害をした大罪人だったパウロが、神の恵みによって救われ、その恵みと憐れみを深く自覚したことが、伝道という動きになっています。

S兄が亡くなられる数週間目に仰っていました。

「まだ信仰を持ったばかりのとき、大きな聖会に出たことがあります。献身者の奨励があったときに、私は、主が赦されるなら神学校に進みたいと献身の決意をしました。しかし、牧師になるようにとの召命のおことばは与えられませんでしたので、私は、信徒として牧師の右腕となり主に仕えようと決心し、そこで神様にお約束したことがあります」と。

 

 このS兄弟にして、救われる以前は、酒の失敗もあった。自殺しようとしたこともあったといいます。しかし兄弟は言われるのです「こんな私をも、イエスさまは救ってくださった。これがS兄弟の動因となっていたのです。 

 戦いの実践において 

第一コリント92427

24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。
25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。
26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方をしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。
27
私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になることのないためです。

 S兄弟も力の限りに教会生活を送られました。兄弟がこの教会に来られたときのことを思い出します。私は兄弟に、いまこの教会に来るということは、教会建設の重荷を負っていただくことにもなるのですと申し上げました。兄弟は「その重荷を負うのは私たちの特権です」と答えられたのです。このように、その時々でベストを尽くされた方でした。これはみな第一コリント9章に掲げましたことのためでした。 

 結果について

第一ヨハネ32

2 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。

私たちは往々にして、目に見える数などの成果を結果であると思いがです。しかし、良い結果というのは、あのホーソンの『大いなる岩の顔』に出てくるような顔のことでしょう。

 ある峡谷の村に、いつか必ず岩の顔に似た人物があらわれるという伝説があり、少年アーネストは、師と仰ぐべき人が現れるのを、毎日岩の顔を見ながら待っています。大金持ち、戦場を潜ってきた将軍、大統領候補、詩人が現れますが、どの人も違っていました。アーネストはしだいに人々の魂に響くお話をする人になっていましたが、老年になったアーネストの話を聞いていた詩人が、アーネストを指して、この人こそ岩の顔の人物だと言ったという短篇小説です。

 どのように生きることが、ほんとうに価値のある人生を送ることなのでしょうか。

 キリストに似た者となるように生きること、これに尽きるのではいでしょうか。S兄弟が仰ぎ従いつづけてきたお方はどなただったでしょう。その方に似ないはずはないのです。

うかイエスさまを見上げて、動機、実践、結果において、よい戦いを戦い抜きましょう。そして最後には、こう言いたいものです。

「今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです」 

※野球の例話などございましたが、割愛させていただきました。文責:中ぶんな 


フォームの始まり

 

フォームの終わり

 

 

 

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もりおか童話の会&須知得平先生の命日

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  きょうは、盛岡中央公民館で、午後1時から、もりおか童話の会の勉強会があった。
菊池尋子代表が、「あすは、須知得平先生の命日です」と、須知先生の好きだったお団子を買ってきてくださった。先生は吉川栄治文学賞第一
回の受賞者だ。
 このブログを検索してみると、

作家須知徳平先生が2009年3月17日、心不全で亡くなられ(享年89歳)

という記事が出ている。また、

1994年に発行された須知徳平先生監修のもりおか童話の会 童話集№5『つぼっけ』の中で、現在の代表である菊池尋子(つぐこ)さんが、「平成4年の夏、エフエム放送が『遠野民話博』 のイベントの一つとしてずっと放送し続けていた、童話番組の公開録音を行うことになりました」と述懐しています。平成4年がそのスタートとなったようで す。この放送終了後、引き続き学びの場として、須知先生監修のもとに発足したのがもりおか童話の会です。放送のあったころは30人ほどの会員が。そして放 送終了後は真摯に学びたい方々が残りました。

 
これは、私が図書館で調べたのだが、どうも、この中にある公開録音で、須知得平先生と菊池子さん対談があり、須知先生がファンタジーについて語られたようだ。きょうは、菊池子さんが、その内容を皆様にお分かちすることで、皆さんで須知先生を偲んでから、いつもの勉強会に入った。

※写真は、須知先生を囲んで学んだ盛岡市中央公民館別館控室の写真です。先生はいつもこのテーブルの奥の椅子に腰かけられ、眼を閉じて、皆が読み上げる原稿に聞き入っておられたものです。
 
 

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軌道にのるか

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 一昨日、村井正一先生の御子息に、「お姉さんをご紹介いただけませんでしょうか」と思い切ってお願いしてみると、午後になってお姉さんの方から電話が入った。協力してくださるとのこと。嬉しかった。御子息よりも6歳年上でらっしゃる。話してみると、さまざまに私と共通の話題などもあり、一気に活力をいただいた。先生の歩みに関する調査を何とか軌道に乗せたい
他にも懸案事項はまだ幾つか残ってはいるが、先ずは、このこと。大丈夫かな、頑張れるかな。

 それにしても、写真のトリミングは面白い。ちょといびつだけれど、それでも四角形の中に収まる画像より変化はある。
 

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諏訪根自子

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 さて、昨日のブログでは、昭和30年に村井正一(チェロ)・内藤裕一(ヴィオラ)とトリオを組んだ小柳達男が、諏訪根自子と合奏したことがあると書いた。諏訪根自子は日本初のt国際的なヴァイオリニストといわれている。驚いたことに2012年3月6日まで存命だったようだ。わたしが新聞を見落としていたものらしい。
 小柳と諏訪の接点を探ると、どちらもアレクサンダー・モギレフスキーに師事した時期がある。諏訪は1920年生まれ。小柳は1905年生まれ。合奏をしたのは、恐らくは諏訪が子どもだったときではないのか。ただこれは想像の域でしかない。
 さて諏訪根自子は、ナチスの宣伝相ゲッペルスから、ストラディバリウスをプレゼントされ、戦後、物議を醸した。ナチスが持っていた楽器は、掠奪したものと、正式なルートを経て購入したものとがあるらしい。諏訪が貰い受けたストラディバリウスが果たしてどちらであるのか、明確にされたという話しはまだ聞いていない。
 写真は、当時、東京朝日新聞に掲載されたもの。私は見るたびに、いまだに信じられないような心境になる。

     ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きのう、たまたまテレビを点けると、フランクルの『夜と霧』が紹介されていた。ナチスのユダヤ人迫害の酷さには、ほんとうに鬱になりそうな心境になるのだが、この番組では、過酷な収容所で生き延びることができたのはどんな人々であったかを語ってくれた。

 音楽を歌うなどして気分転換が図れる人、そして神に祈る、つまり、過酷な中にあっても別な次元に心をシフトできる人。このようにして希望を持ち続けることができる人々であったという。

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ベートーヴェン 弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調 Op.8

ベートーヴェン 弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調 Op.8(クリックしてお聴きください

 盛岡市には、大正の時代から弦楽四重奏団太田カルテットが存在していた。戦後もこのカルテットの流れを汲む弦楽四重奏団があった。実質村井カルテットである。幾度かメンバーの入れ代りがあり昭和29年頃には、村井正一(ラジオ商)と内藤裕一(岩手県庁職員)だけとなった。
 昭和30年、そこに、岩手大学農学部で昭和26年から栄養化学講座を持っていた小柳達男教授が加わる。小柳は東京出身。アレクサンダー・モギレフスキーに12年間師事、諏訪根自子とも合奏したという。地方の音楽にも寄与したいと願っていた。
 ヴァイオリン小柳、ヴィオラ内藤、チェロ村井によるこのトリオは、昭和30年3月のはじめから
ベートーヴェン弦楽三重奏のためのセレナード ニ長調 Op.8」の練習を開始。同年5月29日岩手教育会館でコンサートを開く。このコンサートには、小柳の弟子たちも出演している。

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大いなる力と共に

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 雨であろうと風であろうと雪であろうとさほど頓着なく出かけたいときにはでかける、そんな無茶をしたときがあった。しかしいまは、天気予報によく注意し、危険などを予め見通して行動しなければ、ほんとうに命を落としかねない場合がある。どうか守られるように、そしてある意味、いつ命を落としてもよいように、神の存在を信じ、神と共に歩きたい。 

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3・11追悼コンサートに与る

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 仙台市の電力ホールでの追悼コンサート、きょうのモーツァルト『レクイエム』、ハイドン『交響曲第一番』、そして追悼曲は、犠牲になられた方々とご遺族に捧げられており、午後2時46分の黙祷の後に、与らせていただいた。
 帰る道すがら、このコンサートをどのような言葉で表現できるものだろうかと思い巡らし、語彙の足りなさを覚えたが、一つ、このコンサートを聴くことによって、追悼の思いを新たにすることができ
ました

高橋信雄『追悼曲』 指揮:高橋信雄
ハイドン『
交響曲第一番』 指揮:高橋信雄
モーツァルト『レクイエム』 指揮:佐々木正利

ソプラノ 杉元彩夏 アルト 在原泉
テノール 鏡貴之  バス 松田亜蘭

オーケストラ:東北大学交響楽団

合 唱:東北文化学園混声合唱団/東北大学混声合唱団/岩手大学混声合唱団/仙台宗教音楽合唱団/盛岡バッハカンタータ・フェライン/山響アマデウス・コア



  

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きょうのことば 『アブラハムー築壇の生涯』

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょうは、2013年3 月3 日の國光勝美牧師の礼拝説教です。

 また、3日午後からは、2月28日に亡くなられました愛兄の告別式が執り行われました。自ら、ただ一人のキリスト者として、極力質素であることを選ばれた御遺言を尊重しての心打たれるお葬儀でした。

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【聖書引証】創世記22:6~14
6 アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。
7 イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん。」すると彼は、「何だ。イサク」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」
8 アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。
9 ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。
10 アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。
11 そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」
12 御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」
13 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。

14 そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた
。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。

【説教】
 228日に安らかに天に召されました愛兄の前夜式、火葬をすでに執り行わせていただき、そして今日の午後の告別式を控えての礼拝となっております。
 

 先週は、アブラハムから、信仰を全うするための「離別」ということを学びました。この朝は、アブラハムから、「築壇」を学びたく願っております。 アブラハムが、神を礼拝するために壇を築いた場面を聖書から引いてみましょう。

創世記127 そのころ、主がアブラムに現れ、そして、「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える」と仰せられた。アブラムは自分に現れてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。

創世記128 彼はそこからベテルの東にある山の方に移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は主のために、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。

創世記1334 彼はネゲブから旅を続けて、ベテルまで、すなわち、ベテルとアイの間で、初めに天幕を張った所まで来た。
そこは彼が以前に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。

創世記1318 そこで、アブラムは天幕を移して、ヘブロンにあるマムレの樫の木のそばに来て住んだ。そして、そこに主のための祭壇を築いた。

創世記229 ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。 

 このようにアブラハムの生涯は、今自分が置かれた状況や現実を受け止めながら、節目節目に壇を築き、神との関係を更新し、刷新しつづけた生涯でした。

 このほど召されました愛兄も、この築壇の生涯を全うされた方でした。入院したときから、御自分の病状、そして、近く天に帰ることを把握されておりました。お見舞いに伺いました私に、教会の今年の御聖言であり、また愛兄が書として表わされたことのある「かしこに大路あり」(イザヤ358)を、創世記28章のヤコブのベテルでの経験を結びつけて説明くださったのでした。また愛兄はペヌエルの経験をお話くださいました。大きな壁の前に立ったときに、ヤコブがしたように本気で神様と相撲をとった。つまり、きょうのお話でいいますと、神様の前に壇を築いて、神様と1対1で向き合い、神様と自分との関係を整え、神様から自我に触れていただいた。それで、信仰の危機を乗り越えられたということですいよいよ御自分がこの世を去るとき、愛兄は仰いました。

「私は天に帰った時に、イエス様から義の冠を頂戴したい、ただその一事です。それ以外のこの世の地位、名誉は塵芥にすぎない」

 愛兄の信仰者としての真実なすがたに触れたときでした。また葬儀の在り方については、ご自分で、極力質素であることを選ばれ、ご家族の御理解を得た上で、教会に託されました。

愛兄の信仰による葬儀が、私たちの信仰の壇を築くときとなりますように。私たちはこのときに、神の御前にもう一度壇を築き、信仰を整えさせていただきましょう。

文責:中ぶんな

 

 

 

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3・11の2周年間近に

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3・11の2周年はあさって。

盛岡市のマリオスで追悼式典やセレモニーがある。これは市の広報に案内がある。

また仙台市一番町にある電力ホールでは、午後2時46分に黙祷が捧げられ、続いて、ご遺族や犠牲になられた方々のために、モーツァルトの『レクイエム』とハイドンの交響曲第一番が演奏される。開演15時。

後援:宮城県 宮城県教育委員会 仙台市 仙台市教育委員会 岩手県 岩手県教育委員会 NHK仙台放送局 東北文化学園大学同窓会 東北文化学園専門学校同窓会

出演者:指 揮 佐々木正利 高橋 信雄

オーケストラ:東北大学交響楽団

 

合 唱:東北文化学園混声合唱団/東北大学混声合唱団/岩手大学混声合唱団/仙台宗教音楽合唱団/盛岡バッハカンタータ・フェライン/山響アマデウス・コア

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

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 P.F.ドラッカーといえば、経営やマネジメントの人であることが先ず浮かぶ。ところが、ドラッガーの考え方の根本にはオーケストラという組織があるという。関連を読んでいるうちに、ドラッガーが70歳で小説を書いていることが判った。それが、『最後の四重奏』。きょう、さっそく最寄りの書店に行ったが見当たらない。どうしても読みたかった。スタッフの方に話すと、絶版になっているという。まだ信じられない。まあ、何とかなる。というわけで、今ごろアマゾンを検索してみると、何と、敵もさるもの、参考価格1943円、しかし新品はなし。中古のみで7500~15000円。たしかに、7500円出しても読みたい人はいるだろうと思う。果たして図書館にあるかないか、それが問題。

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過食と飢餓

ブログ更新が、 毎日写真の連続ではと、きょうは、2013年1月に、もりおか童話の会で読みあげた原稿を載せることに。

           ☆   ☆   ☆


題 「飽食と飢餓」

 滅多にテレビを見ることはないが、最近、気まぐれに点けてみると、肥満解消法などという番組にあたった。肥満時の腹囲を測り、解消法を実行したあとにまた測るといった内容だ。ダイエットのコマーシャルだ。

 世界の肥満人口は今や20億。一昔まえ、肥満の原因は特定の地域や文化グループの特徴だと思われていた。しかし、最大の原因はむしろ、所得が増え、高カロリーで肉中心、ファストフードに依存した「欧米型」の食生活にあることが判っている。それに伴ってライフスタイルが変わることも大きな要素だ。

 過食の例としては、アメリカ心臓協会が、中程度の運動をする男性は2500カロリーでよいとしているが、実際には、3770カロリー摂っている。オーストリア、ギリシャもこれに並ぶ。食べ過ぎなのだ。しかし一概に過食とはいえず、遺伝的な要因が絡んでいるケースもあるようだ。それはともかく、かつては、自分もこれと同系列であったといえる。

 一時期、簡便なダイエット法に注意を向けていたことはある。どれが最も簡単に、つまり、楽をして痩せられるか、言い換えるなら、食べたいものはぜんぶ食べて、そして尚且つ痩せられるという、まことに怠惰で身勝手で好都合な方法を探していたわけだ。

 ところが、たまに血圧が跳ね上がっているのに気づくようになった。上の数値が145と見て不安が兆した。身近に、脳梗塞で倒れて救急車で運ばれたとか、車いす生活になってしまったという方々のようすを耳にしたときでさえ、なに、自分は大丈夫という慢心があった。ところが、そうも言ってはおられない。しているうちに、夜中まですこし無理をしたりすると、血圧計が160170を指す。ついに降圧剤かとクリニックに相談すると、先ず食生活を改善するよう指導された。これは結構大変だった。身体的苦痛は伴わないものの、なかなかに実行が難しい。しかし、兎に角、塩抜きから実行した。野菜にはドレッシングやソース、醤油をかけない。納豆もからしか大根おろしなどを混ぜて食べる。肉の脂身をできるだけ除く。食油を極力抑える。青物系の魚を中心に摂る。ケーキのような洋菓子は極力我慢する。先ずはこのようなことを約半年実行した結果、血圧が3040下がり、いまは上の数値が110前後、高い時で130とほぼ一定している。体重も5キロ減った。そして現在、血圧降下剤は必要としていない。

 暇なときほど、食べたい、それは空腹だからではなく、何となく食べたいというのなのだが。目的意識がはっきりとあり、為すべきことがあるときには、さほど食べ物に意識は向かない。

 体重が減り、血圧も安定したいま思うことは、自分の場合、明らかに以前は過食であったということだ。動物は空腹が満たされると、それ以上は狩りをしない。ただ冬眠に入る直前や、授乳のためには、普段より多く食物を摂ることはある。何れ、空腹が満たされても尚食べ飽きて止まないのが人であるようだ。

 農林水産省で出された家庭における食品廃棄の現状を見ると、買い込んだ食品で手つかずで投棄されるものが11.1パーセント、食べ残しとして捨てられるものが27.7パーセント、つまり、食品廃棄物の約4割がまだ食べられるのにゴミとして処分されている。我が家には、グルメの人間もいなければ、美食家もいない。それでも、たしかに毎回何らかの食品を廃棄している。

 さて、このように食品が堂々と投棄されている一方で、世の中には食べられない人々が存在する。これには、バイオマス燃料の需要による穀物投機も要因としてあるようだが、たとえ、どこにどんな連鎖があり、何が要因であるとしても心の痛むことである。

シベリヤ抑留に遭い生還してきた叔父が、井戸で野菜を洗っていたときに流されてしまったネギを、勿体ないといってどこまでも追いかけたという話を母から聞いたことがある。どれほどの飢餓に耐えてきたかが想像せられ、涙を禁じえなかったという。しかし世界にもこのすがた、過酷な現状はいつの時代にもある。

今でも世界では9億2500万人の人々が飢餓に苦しんでいる。アジア・太平洋5億8700万、サハラ以南のアフリカ2億3900万、中東・北アフリカ3700万、ラテンアメリカ・カリブ海5300万人。またこの国にも、それより身近にも、米の一粒、パンのひとかけらでも必要としている人々がいる。もしこれが自分の息子であったなら、家族であったならと思うと何か安閑としてはいられない思いになる。或いはこの厳しい時代、息子たちも、自らも、いつこの予備軍とならないとも限らない。

何れにしろ、これまで、一応まだ大国であるという圏内にあって、国力で獲得した物資に甘んじ、過食にも甘んじ、驚くべき飢餓人口を知りつつも食品投棄してきた罪は、決して軽くはないだろう。

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光の白鳥

 盛岡市上田の市立図書館へ行ったついでに、白鳥がどのようなようすかを見てきました。
たまに自宅上空をコウコウと翔け抜けているのは、近々、力強く渡りをするためのウォーミングアップだったのでは。

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 高松の池の水面の大方にはまだ氷が。 

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 カモとも自然体で仲良く。

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 午後の陽ざしに眩い水辺で。


 ただの一羽も海のも中に沈まぬように。羽がぼろぼろになっても、やせ衰えても、命が尽きかけても、彼の地に着くまではただひたすら翔けつづけて欲しい。

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8℃

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 この写真は2009年3月に撮ったもの。春の兆しが感じられるので、今ごろになって載せてみた。
 朝には白鳥が高く飛んでいた。もう帰っていったのだろうか。このところ道端の雪が見た目に嵩を減らしている。夕方主人が散歩に行くと言うので、ついて行った。4時すこし過ぎていたと思うが、盛岡市バイパスに出て、岩山入口交差点を岩山方面に直進。道がカーブする地点にある温度計が8度と出ていた。中津川を水源とする新庄浄水場を右手に見て加賀野方面にくだる。以前、右手には暗い杉林がつづいていたのが、近年伐採されて、山側一帯が明るくなっていた。斜面には
、木の切り株が点在している。光がさすことの心地よさ。清々しい空気だ。このまま大雪も黄砂もなく草木が萌えだしてくれたなら申し分ないのだが。

 

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松田晃歌曲リサイタルⅩⅦー2013/3/24(日)14:00開演・岩手県民会館中ホール

  音楽生活62年の松田晃先生が、17回目の歌曲リサイタルを開かれる。
 まもなく東日本大震災が2周年を迎えようとしているが、松田先生は2011年、15回リサイタルを3月12日に予定していたのだ。それが3月11日のあの大惨事。もしや中止となるのではと思っていたところ、急遽、日程を4月2日に変更、大震災のチャリティーとして歌われた。これが、県内で初の東日本大震災のためのチャリティーコンサートだったのではないか。

 こんどは、17回。「音楽生活50年+12」は、まだまだ更新される気配です。

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【プロフィール】
1931年盛岡市生まれ
岩手大学を経て東京芸術大学委託課程修了。
岩手県立紫波高校教諭、盛岡短大教授、盛岡短大附属こまくさ幼稚園長、 岩手県合唱連盟理事長及び名誉会長、全日本合唱連盟常務理事兼財政委員長及び同監事、 同東北支部長、岩手県声楽研究会会長、岩手県教育振興基本対策審議会委員、岩手県芸術文化協会常務理事、岩手県文化振興事業団評議員を歴任。

指揮者、独唱者として県内外の演奏会に出演多数。 岩手県教育表彰(芸術・文化)、地方文化功労者表彰、岩手日報文化賞をうける。 声楽を糠塚ハル・千葉了道・秋本雅一朗、ピアノを三神昭子・岩崎操、指揮法を渡辺暁雄・髙田三郎・濱田徳昭・大谷研二の諸氏に学ぶ。

1962年より盛岡コメット混声合唱団指揮者。現在、岩手県立盛岡短期大学名誉教授、岩手県合唱連盟顧問、日本合唱指揮者協会会員、岩手声楽研究会名誉会長、雅声会代表、盛岡市文化振興事業団評議員。

 

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その十人のために

 創世記のそちこちをアトランダムにめくっているうちに、18章のあの有名なアブラハムがソドムのために神に嘆願しているところに目が留まった。
 
 アブラハムが、もし町に50人の正しい者がいたら、その者たちのために、町を滅ぼさないでくれるかどうかを神に訊くのだ。すると神は、もしその町に50人の正しい者がいたなら、その人たちのために、その町全部をゆるすと答えている。さらに、アブラハムが、45人だったら? 40人だったら? 30人だったら? 20人だったら? 10人だったら? と質問をつづける。神の答えは、「滅ぼすまい。その10人のために」であった。



 私は、はたと思った。宗教は衰退しているかに見える。善人が愚直に見え、素朴に見え、正しいっていったい何? もうそんな考えは古い、力がある者が勝つのよ。そんな放言さえ聞こえてきそうだ。しかし、いま自分たちが生かされているのは、苦しくとも正しく生きよう、みな離れていくとも伝道しよう、そう努力しつづけて生きているごく少数の人たちのお陰なのではないか。

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きょうのことば 『アブラハムの神』

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要旨をおつたえしています。きょうは、20132月24 日の國光勝美牧師の礼拝説教です。

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【聖書引証】創世記1219
1 主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。
3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」
4 アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。
5 アブラムは妻のサライと、おいのロトと、彼らが得たすべての財産と、ハランで加えられた人々を伴い、カナンの地に行こうとして出発した。こうして彼らはカナンの地に入った。
6 アブラムはその地を通って行き、シェケムの場、モレの樫の木のところまで来た。当時、その地にはカナン人がいた。
7 そのころ、主がアブラムに現れ、そして、「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える」と仰せられた。アブラムは自分に現れてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。
8 彼はそこからベテルの東にある山の方に移動して天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。彼は主のために、そこに祭壇を築き、主の御名によって祈った。
9 それから、アブラムはなおも進んで、ネゲブのほうへと旅を続けた。 

【説教】

 

 きょうは、今一度、アブラハムの信仰を捉え直してみたいと思います。

 アブラハムのはじめの名はアブラムといいますが、ここでは、神が後に改めたアブラハムという名で呼ぶことにいたします。アブラハムの故郷はカルデヤのウルです。アブラハムは、ここで、神様から、カナンの地に向けて旅立つようにと召命を受けます。カナンには「祝福」という意味があり、神様がイスラエルに与えると約束した地です。

 

 チグリス・ユーフラテス川流域にあるカルデヤのウルの辺りは、異教文化の源であり、偶像の神々に仕える人々の地域です。実は、神様は、このような中から、御自分に仕える者を選びだして、その祖先としました。アブラハムの父テラは、旅の途中のカランで亡くなっています。しかし神様はさらにアブラハムにカナンへの旅を続けるようにと導きます。

 

 出エジプト記には、よく、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」という表現が出てきます。マタイ伝の1章にあるイエス・キリストの系図にも、最初にアブラハムの名が出ています。これで、いかにアブラハムが、神の祝福の源になっているかを見ることができます。

 

 聖書を見ますと、神様は明らかに、アブラハムを選ぶために異教社会と離別させています。あなたはそこにいるんじゃない、離れなさいと神様は仰る。

 

 カナンの地とは、天国のことです。神様は私たちに、よしその先にどんな困難が待ち受けていようとも、イエスさまが十字架上で「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」と仰ったその天国への旅をしなさいと言われる。天国への旅をするといっても、このこと、あのことがまだわからないという方もあるでしょう。しかしアブラハムは、ただ信仰によって異教の地と離別し、約束の地を目指して出発しました。誰にでも、これまで生きてきた地域の習慣、世界観、或いは、良くも悪しくも未練や愛着、義理人情、しがらみもある。しかし、もし私たちが、まことのゴールであるカナンに入ろうとするなら、それらをかなぐり捨てて、それらと離別し、カナンを目指して旅を続けるべきです。これは信仰による旅路です。アブラハムの旅はこの模範を示しています。

 

 主はアブラハムに仰いました。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」(創世記1213

 

 ここに、「あなたは」、「あなたの」、「あなたを」が何度も使われています。これは即ち「私」なのです。神様はアブラハムを通して、私に、このように仰っているのです。私たち一人一人が、このような神様の取り扱いを受けていることに気付かされます。

 

 アブラハムは、一人の存在として、個人的に神様と真剣に向き合いましたが、実は、これがヤコブの信仰であり、ダビデの信仰であったことに思い至ります。神様の祝福を受けたいと思うなら、いかに神様と真剣に向き合うか、ひとえにこれに掛かっているのです。

 

 アブラハムの家系からイエス・キリストが生まれることによって、人類は大いなる祝福を受けました。極東にあるこの私たちまでもが祝福に与っています。まさしくアブラハムは多くの者の父となったのです。

 

 また、「あなたをのろう者をわたしはのろう」という神様のことばを、不可解と思われる方もあるかもしれない。みなさんが、神様を愛し従っていくときに、これに悪意を持ち、妨害したり、災いをもたらしたりするものを、神様は決して放ってはおかない。それほどまでに、神様は、私たちを愛してくださっています。ロマ書1219にもあります。

 

「愛する人たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。…復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる」

 

 ですから、恐れることなく、心から神様を信じて、アブラハムとともに、約束の地カナンへと進んで行こうではありませんか。もしそこに仇する者があったとしても、神様は、御自身の御名のゆえに、決着をつけてくださいます。私たちは、アブラハムとともに、はっきりとこの世と離別しましょう。離別というと物議を醸すかもしれません。これは極端な反社会的な行動をとるということではありません。謂わんとするところは、究極の目標である地カナンにしっかりと目を留めて、これを妨げるものは、未練があろうが、情があろうが、断ち切っていくべきということです。「そうすればわたしは、あなたを祝福する」と神様は言われます。この生き方を学んでいきましょう。

※説教は半分の長さに編集しております。プロジェクターで用いた資料などは割愛しています。文責:中ぶんな

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また雪

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 きのうでかなり雪が解けて、堆い雪の嵩も低くなり、これはもうぐんぐん春にと思っていたところ、昨夕の気象予報の的確さ、今朝は雪が舞っていた。

 室温でいち早く咲いたアマリリスが、不思議そうに雪景色を眺めている。


    ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

いつくしみふかき(クリックしてお聴きください)

主よみもとに近づかん(クリックしてお聴きください)


 

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立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第15回ーSFマガジン4月号(早川書房)ー

 いわての文芸誌『天気図』を率いる編集長、立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第15回(SFマガジン4月号 早川書房)が出ました。
 
立川氏の躍進は、即ち『天気図』同人の躍進にもつながると、毎号応援していま。今回すこし遅れてしまいましたが、ご紹介します!

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 今回、立川さんは、東京オリンピックを境に海外旅行者が急増したなかで、光瀬、そして小松左京、安部公房らが、こぞって海外に出かけたはなしから稿を起こしている。海外ミュージシャン来日も盛んになっていく。映画は空前のSF怪獣映画ブーム。政府がこの怪獣映画を輸出し、外貨獲得に乗り出した一幕もあったようだ。光瀬も「現代最高のSF作家」とされ監修を務めている。

 また今号では、早川書房の「世界SF全集」刊行に関わる一連にも触れているが、最初に手掛けた福島正美と、後を引き継いだ森の企画上の路線の違いも面白い。この頃に雑誌の中で組まれた覆面座談会で、果たして光瀬龍はどう評されたか。そりゃないよ、と言いたいその評は、どうか本誌でご覧いただきたい。

 光瀬は鎌倉に住むのが夢だったようだが、1967(昭和42)年七里ガ浜に土地を購入、その4年後に別荘を建てている。昭和44年、41歳で13年余の教員を辞職し、作家に専念。別荘では、4人の子どもたちにも、良き父親としての時間を充てている。
 別荘にはSF小説の翻訳に携わったジュディス・メリルも招待している。メリルは、特に光瀬の作品を気に入っていた。光瀬の短篇SF「落陽2217年」は、ニューヨークにあるSF系では古参出版社であるエース・ブックスに、矢野徹とメリルの共訳採録されている。

 福島原発事故をあたかも予期したかの光瀬のSF「日本の未来図 火災21世紀」は、いまは、身近で興味深い。これも本誌で是非どうぞ。

 意外だったのは、光瀬の“火事好き”。光瀬は火事に、一つの美を見ていたようだ。そして、2010年12月11日、といえば、つい昨日のことのようにも思われるが、妻千歳が、深夜に自宅で火事に遭遇。原因不明の漏電があったという。さて、このときに焼け残ったものは何であったか。…これがまた面白いのだ。

 以上は、立川さんが仔細に調査し、本誌に掲載くださった貴重な資料の中から、自分が面白く読んだところを御紹介しました。まだまだ詳しく書かれていますので、是非手にとってみてください。 
     

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