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ミッシャ・エルマンに曲をプレゼントした山田耕作

 きのう、ミッシャ・エルマンの来日にすこし触れたが、このとき、ミッシャ・エルマンに曲をプレゼントした日本人作曲家がいる。山田耕作だ。
 

 大正15年3月7日(日)午後2時、日本青年舘に於いて、『杉山長谷夫 提琴獨奏會』が行われたが、その「曲目と解説」に書かれている。

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三、山田耕作 曲       伴奏 ジェームズ・ダン氏
  『哀愁の日本』(ミッシャ・エルマンに捧ぐ)
セノオヤマダ楽譜に掲げられている山田氏自身の手記を、その儘載せる事とします。

「大正10年2月楽友ミッシャ・エルマンが来朝した。
歓迎の為、私は彼を招き伴って、一宵、某所に清遊した。その夜私は彼の寝衣(ピジャーマ)をさへかりて帝国ホテルの一室に同じ寝台に並臥して一夜を過ごさねばならなかった。彼は珍しくもその夜哲学者であった。宵の印象を想いだしてか彼は。
ー光のうちにただよう哀愁ー
かうした言葉を繰り返し独語した。やがて彼は突然私の方へ寝返りを打った。そしてあの甲高い声を上ずらせながら私を詰るもののように極めて早口に、
ー他のいかなる招待よりも作曲者である君が自分に対する一曲こそは自分が東洋に於けるはじめての楽旅を永遠に記念するに、最もふさわしい嬉しい贈り物となるであろうにー
といひ出したのである。
私はそれまで提琴の獨奏曲を作ったことはなかった。さうした欲求を、実は覚えなかったのである。従って、エルマンから、さうした申し出を聴いたときにも、果たして彼の望みを容れ得るかどうかを疑わずにいられなかった。しかし、その翌朝であった。私は高田の馬場の假寓に帰りつくと同時に筆を走らせた。そして、その午後にこの曲は生まれたのである。
ー光のうちにただよう哀愁ーその心がこの曲の内を流れる血となった。私は彼の日本最初の演奏を記念する意をふくませる為特に『哀愁の日本』という題を附して彼にこの曲を贈ったのである。そしてこの一曲は、彼の東京に於ける告別演奏の第二回と憶へる帝劇の晴れやかな空気のうちに、彼自らの手によってこのはじめての響きをつたへたのである。」

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