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2013年2月

開かれた天国の門

 きょう、私が所属している教会の会員で、真実に神の御前に歩まれたひとりの方が、天に召されました。

心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。(マタイ5:8)

 このような聖書のことばが心に通いました。連絡を受けたときには悲しく思いましたが、私は、はたと立ち止まりました。ああ、天国に直行された、と。

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脈々と

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この雪の下には、カキツバタ群落が眠っているのです。初夏にはきまって爽やかに青く咲く。カキツバタばかりではない、ワスレナグサやタンポポやシロツメクサ、そして名も知られぬ草花も。いまは見えないだけなのです。この雪の下には、たくさんの命が脈々と生きている。そう、もしかすれば、ほんとうは、この雪の下で
も、いまこのときにも咲いているのかもしれません。

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川に下りる道はないと思っていました。けれども近づいてみると、踏み固められた細い道が、緩やかに川べりに続いています。大人の足跡や子どもの足跡がくっきりとついています。ネコの足跡もありました。犬の足跡もついています。そして鳥の足跡も。人の足跡を、踏み外さないように辿ってゆくと、青く澄み切った水底には、まるで世の哲理を悟ったかの石たちが、黙して、白鳥の水かきの下に、明晰に照り映えておりました。

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わがまち

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凍てついた樹木のあいだに
トライアングルがキンコンと微かに鳴り
光がトリルにおどるころには
V字に並んだ白鳥が
雪を積む家々と青い空のあいだを
カウカウと楽しげに呼びかわしながら
五弦の彼方へと小さくなっていく

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もう一つの会津城物語 守部喜雅(もりべよしまさ) 『新島八重と会津の女たち』ー「百万人の福音」に連載中ー

 NHK大河ドラマ『八重の桜』、ご覧になっている方も多いかと思う。主人公は新島八重。『百万人の福音』では、いま、この新島八重を 『新島八重と会津の女たち』と題して、守部喜雅が連載しています。今号で第九回です。守部喜雅(もりべよしまさ)氏 プロフィール. 1940 年、中国上海市生まれ。慶應義塾大学卒。ジャーナリスト。

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 今号の特集は「原発」でしたが、胸を抉られた記事がありました。

原発の被爆労働を繰り返された年配の男性の証言です。

「ノルマを果たすため、放射線バッジやアラームを着けることもできず働かされ、蒸し暑さでマスクを外し、ゴーグルも外すしかない過酷さ。さらにピンハネされても文句を言えない状況で、まさに使い捨てのボロぞうきんのようにして働かされます。孫請け、ひ孫請けなどまだいいほうで、六次請け、七次請けなどもザラ。どのくらい被爆したかがわからず、病気になるかもしれないという恐怖が付きまとう。もしガンになっても、因果関係が証明されないからと、労災が下りることはまずない。大小の事故やトラブルが起きたときは、もっと過酷になる。それらの被爆はよほどのことがない限り電力社員たちが浴びることはなく、保険も何の保障もない者たちに押しつけられている。」(日本福音ルーテル総合教会内藤新吾牧師による聞き書き

 

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きょうのことば 『ヤコブの神 2』

 24日の今朝は、降雪あり、所によっては吹雪あり。こんな日には、遠くの方々、高齢の方々、お子様連れは教会を休むのではないかしらと思いながら自分は遅刻をして到着。ところが、八幡平からいらしている方は地吹雪を突破して到着。それぞれが、雪深い路を慎重にしっかりと踏みしめて、いつもと同じように礼拝に出られ、会堂にはむしろいつもより活気が満ちておりました。

 日曜日はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる説教の要約をおつたえしています。きょうは、2013217日の國光勝美牧師の礼拝説教です。

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【聖書引証】詩篇146:1~10

1 ハレルヤ。私のたましいよ。をほめたたえよ。
2 私の生きているかぎり、をほめたたえよう。いのちのあるかぎり、私の神に、ほめ歌を歌おう。
3 君主たちにたよってはならない。救いのない人間の子に。
4 霊が出て行くと、人はおのれの土に帰り、その日のうちに彼のもろもろの計画は滅びうせる。
5 幸いなことよ。ヤコブの神を助けとし、その神、に望みを置く者は。
6 主は天と地と海とその中のいっさいを造った方。とこしえまでも真実を守り、
7 しいたげられる者のためにさばきを行い、飢えた者にパンを与える方。は捕らわれ人を解放される。
8 は盲人の目をあけ、はかがんでいる者を起こされる。は正しい者を愛し、
9 は在留異国人を守り、みなしごとやもめをささえられる。しかし主は悪者の道を曲げられる。
10 は、とこしえまでも統べ治められる。シオンよ。あなたの神は代々にいます。ハレルヤ。

【説教】

 「かしこに大路あり」(イザヤ35:8)。これを、ことし、この教会に与えられた御聖言(みことば)として歩んでおります。聖書に登場する人物には、さまざまな路が開かれていますが、いまは、「ヤコブの神」が、ヤコブに通らせてくださった路、即ち、ヤコブの信仰経験に焦点を当てて恵をともにしております。

 ヤコブは大きく2つの信仰の経験をしておりますが、それが、ベテルとペヌエルでのできごとです。ヤコブの人となりは、すでに前の週にお話したとおりです。兄エサウの憎しみを買い、伯父ラバンのもとに逃れる途中で野宿したときに、天から梯子が降りて天の使いが昇り降りし、しかも、神がすぐ傍にともにおられることを知り、信仰を持った。これがベテルでのできごとです。そして、こんどは、逃れた先の伯父ラバンにも悪感情を持たれてしまう。ラバンのもとで増し加えられた財産と妻たちとともに、ヤコブはまた兄エサウのいる故郷に戻る決心をする。贈り物を先頭に進んでいくという懐柔策を思いついたものの、兄エサウの怒りの前に、ヤコブの不安、恐怖は大きかった。そのようなときに、神に真っ向から向き合う時がヤコブにはありました。これがペヌエルでの経験です。これは創世記32章にございます。

24 ヤコブはひとりだけ、あとに残った。すると、ある人が夜明けまで彼と格闘した。
25 ところが、その人は、ヤコブに勝てないのを見てとって、ヤコブのもものつがいを打ったので、その人と格闘しているうちに、ヤコブのもものつがいがはずれた。
26 するとその人は言った。「わたしを去らせよ。夜が明けるから。」しかし、ヤコブは答えた。「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」
27 その人は言った。「あなたの名は何というのか。」彼は答えた。「ヤコブです。」
28 その人は言った。「あなたの名は、もうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだ。あなたは神と戦い、人と戦って、勝ったからだ。」
29 ヤコブが、「どうかあなたの名を教えてください」と尋ねると、その人は、「いったい、なぜ、あなたはわたしの名を尋ねるのか」と言って、その場で彼を祝福した。
30 そこでヤコブは、この名をペヌエルと呼んだ。「私は顔と顔を合わせて神を見たのに、私のいのちは救われた」という意味である。
 

 このペヌエルでの経験は、ヤコブの信仰における第二の転機、「きよめ」であるといわれております。

 S兄が、信仰上のことで大きな壁に直面したことがあるそうです。なぜこのとき、乗り越えることができたかを、このように語っておられます。

「私はこのことに遭うまえに、すでにペヌエルの経験をし、主の前に自我を砕かれておりました。これはほんとうに憐れみでした。もしそうでなかったら、あの時、好ましくない言動をとっていたかもしれません。けれども、神様に自我が砕かれることを学んでおりましたので、対処もでき、乗り越えることができたのです」

S兄のこの姿は、十字架の前にひたすら黙するイエスさまの姿です。言いたいこと、言い返したいこと、弁護したいことはさまざまあったでしょう。けれども、「毛を刈るものの前に黙す羊」、即ち、イエスさまのように、ただひたすら十字架へと向かうあの御姿を、私は、S兄の中に見ました。

ヤコブという名の本来の意味は、人を押しのける者、欺く者、かかとを掴む者という意味です。しかしヤコブはペヌエルで神様と格闘して勝ち、イスラエルと名を変えられています。「イスラエル」は「神の皇太子」と訳されます。事実、ヤコブは神の皇太子と変えられました。

 ヤコブがなぜ、これほどまでに神と争うことができたのでしょうか。神がイスラエルという名を授けるほど、とことん格闘できたのか。それは、あの創世記28章のベテルでの神の約束の御聖言があったからでしょう。

13 そして、見よ。が彼の傍らに立っておられた。そして仰せられた。『わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。』」

 ヤコブはベテルで神様からいただいたこの御聖言を持って、伯父ラバンのもとに行ったのです。そこでも、失敗、欺きなどさまざましでかしたことはあった。そのようなことも全部承知のうえで、神様は、ヤコブに相対されます。ヤコブが兄エサウのもとに帰る途中、恐れや不安におののきながらも、尚、神様との格闘を止めなかったのは、ベテルで与えられた神のおことばがあったからです。

「わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない」、こういったのはあなたでしょう。このように切り返しては、ヤコブは神様に祝福を迫ったのです。神と争って勝てる秘訣がここにあります。神様の約束のことばをしっかりと握って、それを神様の御前につき出すことです。信仰生涯は、これが出来るか出来ないかに掛かっています。

 どうかベテルでのように、神様と向き合って、神様から約束のことばをいただいて下さい。そして、それを握りしめ、神様と組み打ちをして下さい。そうすれば、神様の方から、参った参ったと言ってくださるに違いありません。ヤコブがそうでした。

 去年11月、私の母が天に帰り、郷里にあるホーリネス教会をお借りして、葬儀を執り行いました。そのとき、故人の息子である私が、なぜ司式者としてここにいるのかをお証しする機会がありました。そのとき、式辞として、創世記1212節の御聖言が与えられておりました。
1 はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。

 これは、私が、神様に献身して牧師になる決心をしたときの御聖言でもあります。私にとっては、ちょうどヤコブがベテルでいただいた御聖言に相当するものです。ですから私は、これからの信仰生涯にも、神様と組み打ちしなければならない場面があるでしょうけれども、最後に持ち出すのはこれです。「だって神様、あなたがこの御聖言で召してくださったんですよ。そうですよね、神様」、そう言える約束のことばです。

 ヤコブのようにというのは、このことです。神様としっかりと向き合って、御聖言をいただき、「だって神様、あなたは、このおことばを下さっています」と言えるように、それをしっかりと握りしめてまいりましょう。

※説教は約半分に編集しています。プロジェクター上で用いられた地図、解説などは省略しています。文責:中ぶんな

 

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いわてフィルハーモニーオーケストラ第1回定期演奏会ー第1回ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞受賞記念 を聴く

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 人生滑り込みセーフで繋いできたが、今回も、この好機を逃すかというところで、何とか、開演を待つこの列に付くことができた。

 イスラエルの楽団がバイロイトでワグナーを演奏した時点で、もはや解禁かと思いつつもなかなか聴くチャンスには恵まれなかったが、ようやく、わが郷土の、とはいえ、今は全国から応援が駆けつけるこのいわてフィルの演奏で『ニュールンベルグのマイスタージンガー』第一幕前奏曲を聴くことができたのは感謝だった。これが、いわてフィルの第一回定期演奏会の、まさしく第一幕前奏曲であったように思う。
 
 モーツァルト『ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調』K364、近藤薫さんのヴァイオリン、大島亮さんのヴィオラ演奏には引きつけられた。最近、ワーグナーが愛した楽器ヴィオラ・アルタの音色に興味を持った延長で、やはりヴィオラの音を選択的に聴いてしまったが、ヴィオラの持つ音色の奥深さも得心された。

 チャイコフスキー『交響曲第5番』ホ短調op.64、この演奏に近藤さん、大島さんが入ってくれたことで聴く側も盛り上がった。熱気と気迫がこもるいわて
フィル一丸となっての5番はほんとうに素晴らしかった。

 アンコールは「ゆきむすめ」。これは、2005年の小澤征爾&ロストロポーヴィッチコンサートキャラバンのときに、ロストロポーヴィッチがやろうといった曲だという。
のとき、寺崎さんも同行していた。今回のウィーン・フィル復興祈念賞では、ウィーン・フィルメンバーとの共演、及び指導を受けられることになっているという。「音楽を心から楽しめるときが来たときが、復興が成ったとき」と寺崎さんは語った。

 大槌の4小学校の統合に伴い、この4小学校の校歌をCDに残すために、いわてフィルのみなさん、大島さんたちは、明日、むこうに行くらしい。

 

 きょうは、存じ上げているクラリネット奏者の大向佐保さんをステージ上に拝見し、また会場では、お母さまやお姉さまに御挨拶する機会を得ました。 

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奉仕の温かさ

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 この地域
の自治会が「生き生きサロン」を開いている。みんな出てきてお茶を飲みながら交流をもとうとの趣旨だ。毎回の婦人部の方々の心づくしには、いつも温められる。クリスマス会のときには、ささやかなもので、皆さんを楽しませてくださった。クリスマスケーキも登場した。予算が潤沢ではないところに知恵を出し合って、いかに皆さんに楽しんでいただくかの奉仕なのだ。
 みずき団子を作ってくださった方もあった。この時は残念ながら、私は行けないでしまったのだが。みずきの枝先に紅白の小さなお団子を差し込む。まるで丸い可愛らしい春の花が咲いたようなのだ。
 この2月、今週水曜日には、もうすぐ雛祭りということで、有志の方々が、稲荷寿司を作ってくださった。3個ずつをパック詰めにし人数分だ。エビや卵、しょうがの千切りがのっている。カブの酢漬けも添えられていた。
 年代はさまざまだけれども、三つのテーブルに分かれた皆さんが、談笑するすがたを拝見しながら、実は、ほんとうに尊い奉仕というのは、こういうものかもしれないと思ったことである。このように見返りを求めない、言い換えるなら下心が一切ない奉仕こそ値がある、そう思われる。

 被災地ではまもなく仏教でいう3回忌を迎えようとしている。恐らくは、今までも見られたけれども、そのような多くの奉仕の姿にも出会うのだろう。じゃ、あなたは何をするの? そう問われている気がする。

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いわてフィルハーモニーオーケストラ第1回定期演奏会ー第1回ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞受賞記念 2013/2/23(土)18:30岩手県民会館大ホール )

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指揮:寺崎巖(岩手県芸術選奨受賞)

ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲

モーツァルト『ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲』変ホ長調K.364

チャイコフスキー『交響曲第5番』

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

実は聴きたかったこのコンサート。行けないな、無理。ところが、あさってというところで、道が開かれました。不思議なものです。行ってまいります!!

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バッハの「フーガの技法」

 You Tube に 初音ミクのバッハ「フーガの技法」www.youtube.com/watch?v=U-KjBPQdL4Q )がある。この解りやすさ、可愛らしさに、バッハも思わず口元を緩めるのでは。

昨夜、aostaさんのブログで「フーガの技法」を読み、バッハの最晩年の作品ということで、思い巡らすときがあった。バッハ最晩年というと、65歳ということでいいだろうか。


 aostaさんの解説には、「厳格で緻密な対位法によって構築されたこの曲集はバッハの遺作であり、音楽史上特別な意味を持っています。ポリフォニー(多声音楽)の技法である対位法は、同時に奏でられる複数の旋律が、それぞれの独立性を失うことなく共存する、いうなれば複音楽的な組合せによる音楽の形式のことであり、フーガとは、こうした対位法に基づいて、複数の声部の間で主題を様々なバリエーションによって模倣し、展開(応答)していく、ある意味では、数学的緊張感を伴った手法とされています。」とある。

 この作品の完成を見ることなく、バッハは天国に召されている。非常に興味引かれた。昨日のブログに備忘録代わりに書こうかと思ったが、自分はまだそれほどこの曲を知ってはいないなと、書かないでしまった。

 それが今日行ったクリニックに置いてある雑誌、これが音楽雑誌ではないので、一層驚いたのだが、それを開いたところ、何と、この「フーガの技法」の最後の19曲の自筆譜の写真が掲載されている。家庭画報3月号
だ。あとで図書館でみようかとも思ったが2度手間になるので、その場で手帳にメモした。写真はメモりようもない。音楽評論家諸石幸生の解説だけだけれども。
 バッハが最晩年に書き残した「フーガの技法」は未完ながらフーガ、即ち、対位法という作曲技法のあらゆる可能性が追求された労作である。最後の19曲ではバッハは自らの名を主題にして新たな展開を考えていたが、病のために、そこで絶筆となっている。楽譜に書きこまれた言葉は、次男カール・フィリップ・エマヌエルによるものとされ、無念の思いが伝えられる。(諸石幸生)

 きのうのきょうである。自筆譜の写真に出会ったときには、私も、まだバッハに見放されてはいないなという思いになった。
 バッハ絶筆の「フーガの技法」、この楽譜には楽器の指定はないようだ。初音ミクが可愛らしく“”唄う”のも、私には心地よい。


 またCDリコーダー四重奏のための「フーガの技法」14曲の中第6番も出ているようです。興味のある方はご覧ください。リコーダー演奏は武藤哲也(Papalin)さんです。

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息子の夢

 今朝夢を見ていた。玄関の戸のガラス越しに、人のシルエットが映っている。戸を開けると、息子が立っていた。「あら、お帰りなさい」と私が声をかけたところで目が醒めた。
 具合でも悪くしてはいないかと、今夜8時半ごろ電話をしてみた。「ああ、なに?」と息子。いつもの調子にほっとする。club

 パソコンで読書ができると知ったときは、これは画期的と、さっそくCD-ROM版新潮文庫の100冊を買いこんだ。ところが読んだのは1冊目の半分程度。いまだに読まれずに残っている。目が疲れるのだ。資料などの検索は仕方ないとしても、やはり読書は本に限る。紙に印刷されてある文字に、近頃はやすらぎさえ覚える。eye

 

 

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バッハのオーボエ

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寒気が幾分ゆるむのか、この辺りは最低気温氷点下4と出ていた。
何か一枚聴いてからきょうを閉じようと目を滑らせると、バッハのオーボエに目が留まった。
きょうの天からの祝福は数々あったが、この音楽がきょうの祝福の最後を飾っている。

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きょうのことば 『ヤコブの神』ーその2

※前ページを先にお読みください。

 人間の本質、実態というのは、ここ(前ページ掲載のリビングバイブルの抜粋)に書かれてある通りです。エサウとヤコブは双子でしたが、エサウは霊的なことに鈍感であり、世俗的でした。長子の権利を食べ物と取り替えてしまいます。一方、ヤコブは、狡猾で執着心が強い。エサウになりすまして父から長子の特権を奪ってしまいます。このようなヤコブとエサウの実態を先ず知っていただきたい。
 けれどもヤコブは、このような人間のままで終わりはしませんでした。あのベテルで、個人的に神と出会い救いの経験をしたことによって変えられるのです。そしてまた、ペヌエルの経験、神様にきよめられるという経験をし、また変えられる。変えられたヤコブを見て、「ヤコブの神は幸いなり」といわれるような人物となりました。
 ヤコブは、狡猾さから憎しみを買い、殺されそうになり、生まれ育った家から逃れて、神により頼むほかはないときに、神に出会いました。

創世記28:12見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
13見よ。が彼のかたらわに立っておられた。

15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。
 
イサクはエサウを愛し、リベカはヤコブを愛した。この夫婦の好み、性格上の問題もあったでしょう。しかし忘れてならないのは、ヤコブが石の枕での経験をした背後には、必ずや、イサクとリベカの祈りがあったはずなのです。祈らないではいられない。祈らない親がどこにいるでしょうか。ヤコブが出ていったその夜、
イサクとリベカは、t息子の御守りと供給と祝福とを、真剣に祈ったでしょう。イサクとリベカにどんな欠点があるかは、ある意味問題ではない。ともに祈り続けていくときに、息子は、ヤコブは、神ご自身の個人的な取り扱いを受けることになるのです。人は追い詰められたときにこそ、神様の啓示を知ることになります。
 
 
見よ。見よ。見よ。
ベテルの、ペヌエルのそのときに、その背後には必ず祈りがある。そうです。私たちも、祈られていたのです。このことを覚えましょう。


                    文責:中ぶんな

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きょうのことば 『ヤコブの神』ーその1

日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の聖書からのメッセージを、一週間遅れで掲載しております。きょうは2013年2 月10日の 説教です。

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【聖書引証】詩篇146:1~10

1 ハレルヤ。私のたましいよ。をほめたたえよ。
2 私の生きているかぎり、をほめたたえよう。いのちのあるかぎり、私の神に、ほめ歌を歌おう。
3 君主たちにたよってはならない。救いのない人間の子に。
4 霊が出て行くと、人はおのれの土に帰り、その日のうちに彼のもろもろの計画は滅びうせる。
5 幸いなことよ。ヤコブの神を助けとし、その神、に望みを置く者は。
6 主は天と地と海とその中のいっさいを造った方。とこしえまでも真実を守り、
7 しいたげられる者のためにさばきを行い、飢えた者にパンを与える方。は捕らわれ人を解放される。
8 は盲人の目をあけ、はかがんでいる者を起こされる。は正しい者を愛し、
9 は在留異国人を守り、みなしごとやもめをささえられる。しかし主は悪者の道を曲げられる。
10 は、とこしえまでも統べ治められる。シオンよ。あなたの神は代々にいます。ハレルヤ。


【説教】
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 聖書の中には、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神とt続けて記されているところがあります。詩篇146篇では、ヤコブの神と書かれていますが、神様がヤコブに備えてくださった大路とは、いったいどのような路だったのでしょうか。これを知るには、ヤコブがどのような信仰を歩んだかを見るべきでしょう。

 
それを学ぶに当たって、先ず、ヤコブたちが、どんな人間性をもっていたか、その本質をリビングバイブルで読んでみます。リビングバイルは、聖書に全く即しているというわけではありませんが、聖書を解りやすく砕いて書かれています。

先ず創世記2521

イサクは、リベカに子供ができるようにと、神様に祈りました。結婚して何年もたつのに、なかなか子供ができなかったからです。ようやく彼女は妊娠しました。ところが、まるで二人の子供がお腹の中でけんかをしているような痛さなのです。「とてもつらくて、我慢できないわ」と、リベカはこぼしました。あまりの痛さに、どうなることかと心配で、神様に祈ったほどです。神様の答えはこうでした。「おまえのお腹にいる2人の子供は、2つの国となり、互いにライバルとなる。そして一方がより強くなり、兄は弟に仕える。

言われたとおり、ふたごが生まれました。最初の子は、体中が赤い毛でおおわれ、まるで毛皮を来ているみたいだったので、エサウ(「毛」の意)と名づけました。次に生れた弟はエサウのかかとをつかんでいました。そこでヤコブ(「つかむ人」の意)と呼ばれました。ふたごが生まれた時、イサクは60歳でした。やがて子供たちは成長し、エサウは腕のいい猟師となりましたが、ヤコブのほうは穏やかな性格で、家にいるのが好きでした。イサクのお気に入りはエサウです。鹿の肉をよく持ってきたからです。リベカはヤコブのほうをかわいがりました。

ある日ヤコブがシチューを作っていると、エサウが疲れ切った様子で猟から帰って来ました。「あーあ、腹ペコで死にそうだ、その赤いやつを一口くれよ。」。このことからエサウは「エドム」(「赤い物」の意)とあだ名されるようになりました。

「ああ、いいよ。兄さんの持ってる長男の権利と引き換えならな。」

「今にも飢え死にしそうなんだぜ。長男の権利なんか何の役に立つんだい」

「そんなら兄さん、その権利を僕に譲るって、神様の前で誓ってくれよ。」

言われたとおりエサウは誓い、長男の権利を弟に売り渡しました。わずかばかりのパンと豆のシチューと引き換えにです。エサウはお腹いっぱい食べることしか頭にありません。長男の権利のことなど、軽蔑していたのです。

またもう一個所、創世記27章を同じくリビングバイブルで読んでみましょう。 

イサクは年をとり、目がほとんど見えなくなりました。そんなある日、長男のエサウを呼んだのです。

「エサウかい?」

「はい。何ですか、お父さん。」

「わしももう年だ。いつお迎えが来るかわからない。これから鹿を捕ってきてくれないか。わしの好きな鹿肉料理、知ってるな。あの実にうまい、何とも言えない味のやつだ。あれを作って持ってきてくれ。死ぬ前に、長男のお前を祝福したいのだ。」

ところが、2人の話をリベカが盗み聞きしていたのです。エサウが鹿の肉を捕りに出かけてしまうと、彼女はヤコブを呼び、一部始終を話しました。

「さあ、言うとおりにするんですよ。群れの中から子やぎを2頭引いておいで。お父さんの好きな料理をつくらなくちゃね。それをお父さんのところへ持ってお行き。食べ終わったら、お父さんは亡くなる前に、エサウではなく、お前を祝福してくださるよ。」

「だけどお母さん、そんあに簡単にだませやしませんよ。第一、兄さんは毛深いのに僕の肌はこんなにすべすべだ。お父さんがさわったら、すぐばれてしまう。そのあげく、お父さんはばかにされたと思って、祝福するどころか、のろうに決まってますよ。」

「もしそんなことになったら、私が代わりにのろいを受けます。今は言うとおりにすればいいのよ。さあ、何をぐずぐずしているの。早く山羊を引いておいで。」

ヤコブは言われたとおりにしました。連れてきた子やぎで、リベカは夫の好物の料理を作りました。それから、家の中に置いてあったエサウのいちばん長い服を出して、ヤコブに着せました。また、山羊の毛皮で手袋を作って渡し、首の回りにも毛皮を巻きました。あとは、おいしそうなにおいのしている肉と焼きたてのパンを渡して、準備完了です。ヤコブは内心びくびくしながら、皿を持って父親の寝室に入りました。

「お父さん。」

「何だね。その声はエサウかい?それともヤコブかい?」

「長男のエサウですよ。お父さんのおっしゃるとおりにしました。ほら、お父さんが食べたがってたおいしい鹿の肉ですよ。床の上に座って食べてください。そのあとで、ぼくを祝福してください。

「そりゃあまた、ずいぶん早く鹿をつかまえたもんだな。」

「ええ、神様がすぐ見つかるようにしてくださったんですよ。」

「それはそうと、ちょっとこっちへおいで。ほんとうにエサウかどうか、さわって確かめるからな。」

そばへ行ったヤコブを、イサクは手でなで回しながら、ひとり言のようにつぶやきます。「声はヤコブにそっくりだが、この手はどう考えてもエサウの手だ。」

まんまと計略にひっかかりました。もう祝福はこっちのものです。

「おまえ、ほんとうにエサウかい?」

「ええ、もちろんですとも。」

「じゃ、鹿の肉を持っておいで。それを食べて、心からおまえを祝福しよう。」

ヤコブが料理を持ってくると、イサクは喜んで食べ、いっしょに持って来たぶどう酒も飲みます。

「さあここへ来て、わしにキスしてくれ。」

ヤコブは父のそばへ行き、頬にキスをします。イサクは息子の服のにおいをかぎ、ついにエサウだと思い込むのです。

「わが子の体は、神様の恵みをたっぷりいただいた大地と野原の快いにおいでいっぱいだ。神様がいつも十分な雨を降らせ、豊かな収穫と新しいぶどう酒を与えてくださいますように。たくさんの国がおまえの奴隷となるだろう。おまえは兄弟たちの主人となる。親類中がおまえに腰をかがめ、頭を下げる。おまえをのろう者はみなのろわれ、おまえを祝福する者はすべて祝福される。」

イサクがヤコブを祝福し、ヤコブがまさに部屋を出ようとした時、エサウが狩りから戻りました。彼もまた父の好物の料理を用意し、急いで持って来たのです。

「さあさあ、お父さん、鹿の肉を持ってきましたよ。起きあがって食べてください。そのあとで、約束どおりぼくを祝福してください。」

「何だと、おまえはいったいだれだ。」

「いやだなあ、ぼくですよ。長男のエサウですよ。」

なんということでしょう。イサクは見る間にぶるぶる震えだしました。

「じゃあ、ついさっき鹿の肉を持って来たのはだれだったのだ。わしはそれを食べて、その男を祝福してしまった。いったん祝福した以上、今さら取り消すことはできない。」

あまりのショックに、エサウは気が動転してしまいました。わあわあ泣きわめくばかりです。

「そんな、ひどいですよ、お父さん。ぼくを、ぼくを祝福してください。ね、後生だから。」

「かわいそうだが、聞いてやれないな。おまえの弟がわしをだましたのだ。そして、おまえの祝福を奪ってしまった。」

「ふん、ヤコブのやつめ、全く名前どおりだぜ。『だます者』(ヤコブという名には、この意味もある)とは、よく言ったもんだ。やつは長男の権利も奪った。それじゃ足りず、今度は祝福を盗んだってわけか。お父さん、念のため聞きますが、祝福し残したことは、一つもないんですか。」

「すまんが、わしはあれを、おまえの主人にしてしまった。おまえばかりじゃない。ほかの親類の者もみな、あれの召使になるようにと祈った。穀物やぶどう酒が豊かに与えられるとも保障してしまったし…、ほかにいったい何が残っているというのだ。」

「それじゃあ、ぼくにはもう何も祝福が残っていないとおっしゃるのですか。あんまりだ、お父さん。何とかならないんですか。ねえ、ぼくも祝福してくださいよ。」

イサクは何と言ってよいかわかりません。エサウは泣き続けます。

「おまえは一生苦労が絶えないだろう。自分の道を剣で切り開いていかなければならないからな。しばらくは弟に仕えるが、結局はたもとを分かち、自由になるだろう。」

このことがあってから、エサウは、ヤコブの仕打ちを根に持つようになりました。「おやじも長いことはない。そうなったら見てろ、ヤコブのやつ、必ず殺してやるからな!」

ところが、このたくらみは感づかれてしまったのです。直ちに、リベカのところにその報告がきました。リベカは急いでヤコブを呼びにやり、エサウがいのちをねらっていることを教えました。

「いいね、カランのラバン伯父さんのところへ逃げるんだよ。ほとぼりが冷めるまで、しばらくやっかいになるといいよ。そのうち兄さんも、おまえのしたことを忘れるでしょう。そうなったら知らせるからね。一日のうちに息子を二人とも失うなんて、とてもたえられないわ。」

                次ページにつづく

 

 

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』天気図』合評会

 きょうは15時から、盛岡市中央公民館で、もりおか童話の会があった。その後、18時~21時まで「遠野物語」で、文芸誌『天気図』の合評会があった。

 同人の野中康行さんが2冊目の随筆・小説集『リッチモンドの風』を、菊池尋子さんが2冊目の小説『浮遊する記憶』を出版。また大平しおりさんがライトノベル(角川)からの文庫本で作家デヴューが決まっている。立川ゆかり編集長は現在、SFマガジンに「是空の作家・光瀬龍」を連載中です。

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もしも雪の中に

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またしても雪。

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雪の中からこんなアマリリスが咲いたならと、鉢植えを雪の中に置いてみたのです。

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あと1分で22時

 22時にはPCを修了予定が、始めたのが1分前、といっているうちに、22時の時点を通過。
昼に書いた原稿は、なぜか操作ミスがたて続き、嫌になって消してしまった。こういう日もある。といっているうちに、もう10分経過。何に、どこに資することもなくきょうは修了。

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    東日本大震災追悼演奏会   モーツァルト『レクイエム』 2013年3月11日(月)仙台市電力ホール  開演 15時

  東日本大震災の後、被災した沿岸には団体で2回、個人では3回、教会関係では1回訪れている。訪れたといっても、被災された方々とゆっくり膝を交えて話に耳を傾けたということでもなければ、瓦礫撤去作業、炊き出しなどに参加できたわけでもなく、その実態は、被災後、時を経てから現地を見て回っただけのことである。さまざまな事情があったにしろ、いまだに釈然としない思いがある。
 自分にできる事といえば、せめて私の子どもたちがお世話になった宮古市にあるヴァイオリン教室の被災を書くことによって、被災された多くの方々に弔意を表すことだった。そして、『ー東日本大震災の犠牲者にささげるーパッフェルベルのカノン』、これは、梅村ヴァイオリン教室の圭一氏、千佳子先生、妙子夫人に取材をして、若干創作を交えてはあるが、大方をドキュメンタリーとして書かせていただいた。やはり、文芸誌天気図に掲載したのだった。それと、東北・希望の祭典に参画、
世界的な福音伝道フランクリン・グラハムのメッセージをひとりでも多くの方々に聴いていただこうと、努力したことだった。

 あとひと月で2年が経とうとしている今、被災地に寄り添うという思いが、無意識のうちにどこか希薄になっている自分に気づいている。それを気付かせてくれたたコンサート情報があります。

   
   2013年3月11日(月)
       仙台市電力ホール

 開場 13:00  開演 15:00
   
 東日本大震災追悼演奏会
    モーツァルト作曲『レクイエム』

      指 揮:佐々木正利
      管弦楽:東北大学交響楽団
   合 唱:東北文化学園大学混声合唱団
       東北大学混声合唱団
       岩手大学合唱団
       仙台宗教音楽合唱団     
       盛岡バッハ・カンタータフェライン

       山響アマデウスコア    
        (総勢約190名か)

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今週いっぱいはまだ休眠ということで

 1月の下旬から、外部から入った特別な用向き以外には、活動の一時停止状態を保っている。仕事は食事作りのみ。雪掻きもほとんどでしていない。ストライキに入ったわけではない。免疫抵抗が落ちているようで、この土の器に罅がはいらないように注意を払っている。

 それできょうもブルーレイを聴いた。2008年日本武道館での収録。NHKエンタープライズ制作。おそらく何度か放映されているかもしれない。
『ジブリがいっぱい コレクションスペシャル 
   久石譲 in 武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~』

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 プロデュースが素晴らしかった。なかなかこういったカメラアングルを見る機会もないだろう。ステージ上のオーケストラを真上から撮っている。オケの配置がくっきりときれいに映し出される。また久石のピアノのほとんど真下にカメラを設置。ロックコンサートではざらにあり得る撮り方かと思うが、こういったコンサートでは新鮮だった。
 オーケストラ、合唱団の編成は、やはりマーラーを意識した大編成だs。合唱は一般公募も入っている。中学生、高校生のマーチングバンドが清新だった。楽器の美しさもよく捉えられていたと思う。
 スタッフ紹介には、ピアノ調律師の名前も紹介されている。とにかくありとあらゆる音楽技術、音楽機材を総動員させた一大ライブなのだ。
 最後に宮崎駿が久石に花束を手渡したが、こういった大掛かりなライブができるのも、宮崎作品の一連のヒットによるものか。
 音楽の素晴らしさで永遠に名作として残る映画には、たとえば鮮烈な旋律で「太陽がいっぱい」、甘く悲しい「ゴッド・ファーザー」があるように思うが、この場合はどうだろうか。ともに相俟って大ヒットしたものであるのか。
 ジブリは「となりのトトロ」と「天空の城ラピタ」「耳を澄ませば」しかまともに観てはいないが、このライブは作品に流れる音響といったところを超えて聴きごたえがあった。

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映画『鉄道員』

  きのう朝、予告もなしにひょっこり帰省した二男が、きょうの昼には戻っていった。大きな事故やけがから守られるように祈りながら 送り出す。気が抜けたような気がして、と書きながら、気が抜けるということは、自分も存外暇なのだ。
 よい天気で、写真を撮りに出かけようかとも思ったが、映画『鉄道員』を観ることに。


鉄道員 デジタル・リマスター版 [DVD]


 第2次世界大戦後のイタリア。頑固一徹な鉄道の機関士とその家族たち。末っ子の少年サンドロが、両親と姉と兄のありようを、純粋な眼差しで追い見つめている。父のマルコに、仕事上でさまざまなことが起きる。家族たちに愛情深く慎み深くよく忍耐する母サーラ。結婚に傷つき、しかし再び乗り越えてゆく姉のジュリアン。いちどはよからぬ仲間と接触をもつが、やがては、父の歩んだ路を歩みだすマルチェロ。
 ときには不運を嘆き、ののしり合い、叱り飛ばし、ぶつかり合う。諭したり、諌めたり、なだめたり、いたわり合ったり、涙を流したりする。
 そしてマルコが50歳のクリスマスのときに、すばらしい訪れがこの家に。反抗的で定職にも就かなかった息子が、心を入れ替えたすがたで帰ってきた。悪態をついて出ていった娘が、別れた夫とともにミサを終えたら帰るという連絡が入るのだ。サンドロと妻とたった3人で過ごすはずだったクリスマス・イブに、思いがけなく大勢の仲間たちが、そして自分の家族たちが帰ってきたのだ。メリー・クリスマス! そしてマルコは、その夜、眠るように安らかに息を引き取っていた。

 みんなが戻ってきたときには、ほんとうに涙があふれた。こういう貧しいけれども、人と人が互いの感情をぶつけあって、そしていつしか解り合って、明るくおおらかに寄り添っていく、こんなドラマを久しく忘
れていた。古くもあり、懐かしくもあるが、しかし、今なお新鮮で、感動的である。

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きょうのことば 『ベテルの大路』

日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の聖書からのメッセージを一週間遅れで掲載しております。きょうは2013年2 月3日の 説教です。

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【聖書引証】

10 ヤコブはベエル・シェバを立って、ハランへと旅立った。
11 ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、その場所で横になった。
12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
13 そして、見よ。主が彼のかたらわに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。
14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。
15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。
16 ヤコブは眠りからさめて、「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった」と言った。
17 彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
18 翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。


【説教】

 イザヤ358「かしこに大路あり」

ことし与えられておりますこの御聖言(みことば)をさまざまな角度から語らせていただいておりますが、これが私自身にも大きな励ましとなっております。

一つは紅海に設けられた路です。

神さまの御意(みこころ)に従い、御意を成就しようとして歩んでいるはずの私たちの前に、思いがけない困難が押し迫ってくることがある。進むことも退くこともできない。これは、実は、神さまが私たちをそのような状況に置かれるのです。後になって、それがわかってきます。

モーセは言いました。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい」(出エジプト記1413)と。これはモーセが民に語っているのですが、それと同時に、モーセは、このように神の前に信仰告白し、自分自身を励ましているとも思われます。まさにそのとき、神さまは、驚くべき御業をもって大路を備えてくださる。

これがどれほどに大きな意味を持つ出来事であったことか。旧約聖書の詩篇の中にも、「13 葦の海を二つに分けられた方に。その恵みはとこしえまで」(詩篇136篇)と後々までも誉めたたえられています。決して忘れてはならないことです。こういった経験をしますと、それがまた力になって参ります。このような経験をした方は、少なからずいらっしゃいます。

私も、教会建設に乗り出した折に、二つの物件の間で、主の路はどちらかと悩み祈り、そして兎に角行ってみようと交渉の窓口を訪れました。まさか、その窓口に、この家の真向かいの方がいることは全く知りませんでした。そして、その方が、「もし私があなたの教会の会員だったら、あなたが今考えている所よりも、むしろ、この場所を勧めますよ」とアドバイスくださったのです。また、丸の内教会が渋谷区広尾に移転するに際し、蔦田真理先生が、銀行の担当者にアポイントメントを取り、この路が開かれるかどうか、神さまの前に威儀を正して、銀行に出かけました。ところが1時間以上待っても担当者が対応に出てきません。見かねた支店長が出てきて用向きを訊き、対応してくれました。しかし、そのお陰で寧ろ交渉がうまくいった。先生は、「紅海に路が開かれるとは、こういうことなのだ」と帰って来られたのです。

どうしようかというぎりぎりのところで、神さまは、紅海に路を開いてくださる。このことを忘れてはなりません。

この教会にも業をなしてくださった神さまは、決して過去のお方ではない。この2013年、神さまが、私たち一人一人をどのように導いてくださるのかはわかりません。しかし、私の心ではなく、神の心に従って歩んでいくならば、大きな困難にぶつかったとしても、これを、「神さま、これはあなたの御栄光が現れるチャンスです」と捉え直して御前に出ることができる。「かしこに大路あり」とは、まさしくこのような事だろうと思います。

またもう一つ、語らせていただいたこの路というのは、マタイ14章にあるイエスさまが水の上に設けられた路のことです。信仰をもって歩みだし、しかし、沈みかけたペテロを、イエスさまはしっかりと引きあげました。信仰を持ってイエスさまに向かって歩みだすその一歩こそ、主が備えてくださる大路です。恐れてはいけない、疑ってはいけない、しかしそれでも沈みかけるときに、イエスさまは決して叱り飛ばしたりはなさらない。沈みゆくのを放置してはおかない。信仰を持って踏み出した者には、むしろ手を差し伸べて、私たちに大切な学課を体験させてくださる。それこそ私たちの歩むべき信仰の路ではないでしょうか。

そしてもう一つ、「かしこに大路あり」の大路は、創世記28章にあります。ヤコブは石を枕にして眠っていたとき、天と地を結ぶ梯子の夢を見ました。そして傍にイエスさまが居られることに気付きます。そこをベテルと呼びました。「かしこに大路あり」とは、まさにこの天に通じるところの祈りの路ですので、これを思い巡らしながら祈祷会を持ちますが、ほんとうにベテルの神と呼びたいと思うほど、天と地を結ぶベテルの路を大路として、ことし、位置づけさせていただきたいと願うことです。

さて、ベテルとは何処を指していうのか。エルサレムから北に19キロの地点にあります。ヤコブは兄エソウに憎まれ、ハランにいる母リベカの兄ラバンのところに身を避けます。このハランで家庭を持ち、富裕になりますが、ラバンにも恨まれ、こんどはペヌエルに戻って、神さまの取り扱いを受けることになります。

ヤコブは兄エサウと双子の兄弟です。霊的に鈍感だったエサウは、ヤコブに長子の特権をまんまと奪われたことで、折りあらばそれを取り戻そうという魂胆でした。ヤコブは年老いた父のイサクをもだまして、長子の特権を奪いました。何れ、エサウは人がいいばかりで直観力がない。一方、ヤコブは目ざとく狡猾でした。結局は、母のリベカもヤコブを贔屓し、ヤコブに加担してお父さんをだましました。兄と父を欺いたヤコブ。エサウは、父イサクが死んだらヤコブを殺すつもりでした。殺意を知った母リベカが、ヤコブを逃れさせたのです。

ヤコブがどんな思いで遠いハランに旅をしなければならなかったかは、想像に難くありません。その中で、天からの地に架けられた梯子に天使が昇り降りする夢を見たのです。

ヤコブの宗教経験には二つあり、これは、ベテルの経験、それからもう一つ、ペヌエルの経験があります。ペヌエルの方は、これはラバンからもいつしか不信感を持たれ身の危険を感じ、兄エサウのところに舞い戻ろうとしますが、その途中の出来事です。

ベテルの経験では、ヤコブは恐らく、ほんとうの意味で神さまと向き合う機会を持った。先祖代々がクリスチャンである家に生まれた場合、それは、親が信じている宗教であり、その影響下に暮らすことが当たり前になっているだけに、寧ろ、自分が個人的に神さまに真剣に向き合うことには、大変意味がある。それまでは、祖父アブラハムの神、父イサクの神が私の神であるという認識なのですが、ヤコブのように、自分が大きな不始末、問題を起こしてしまい、挙句に逃走しなければならない。これからどんな問題が起きるかわからないのです。もう神に頼り祈るしかない。悔い改める絶好チャンスだったでしょう。

ほんとうに神さまと向き合う機会、これが、私たちには必要です。どうぞ、ベテルの経験をしっかりと神経験する、これは天に通じる門です。彼はそこで気がついて、どうか神さまこれから私の道筋にともにいてください。そしてどうかこのところに連れ戻してください。どうぞ、このベテルの経験が、私たちのものとなり、また、私たちの家庭に真実なる神さまのお取り扱いがございますように、そのことに心を留めさせていただきたいと思います。

※文責:中ぶんな

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“エルマントーン” & 十戒

「ミッシャ・エルマンは、(1891年1月20日、タリノエ~1967年4月ニューヨーク)甘美な音色とロマンティックな芸風の持ち主で、ポルタメントやルバートを駆使した語り口には独特な魅力があった。旧吹き込み時代には、クライスラー、ハイフェッツと人気を競う。ロシアの名教師アウアーの門下。
 あらえびすによれば、1937(昭和12)年の来日時にはすでにエルマン・トーンは面影しか残っていなかったという。」<レコード芸術11月号より>

 エルマンの初来日は1921(大正10)年。太田カルテットのメンバーたちが帝国劇場で聴いたエルマン・トーンは健在だったろう。一世を風靡したエルマンの官能的ともいえる独特の美音は多くの音楽家たちを衝き動かしたにちがいない。
 ディスク、70歳前後の録音が多い。それでも彼独特の芸風の輝きを失ってはいないという。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 木曜からきょうにかけ、3回に分けて、映画「十戒」を観た。

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 これは十戒が神の指で岩に刻まれている場面。モーセに率いられてエジプトを脱出したヘブライの人々、パロの軍隊に追い詰められ、神が目の前で紅海を分けて路を通したのを目の当たりにし、そして実際にその海底にできた路を歩いて逃げ延びたにも拘わらず、神に会見するためにシナイ山に登ったモーセの帰りを待ち切れずに、偶像である金の子牛をつくり、またたく間に際限もなく堕落していく。神から目をそらした人間の本質を衝いていると思う。

 偉大な指導者モーセは、エジプトの王位を捨てて自分の民族の中に戻っていく。泥をこね、ムチ打たれ、過酷な労働に耐えるという底を担う奴隷の境遇をその民族と等しく身に受け、追放されてからは、砂漠の熱射、地獄の渇きを徹底的に潜る。そしてそのあとに、神との会見が待っていた。偉大な指導者は、こうして誕生したのだ。

 人々が堕落する場面は、いかにもハリウッド的という感じもしたが、しかし、見るたびにこの映画のすばらしさを実感する。


 神が石の板に記してモーセに授けた十戒は次の通りだ。

1、 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。
2、 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。
3、 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。
4、 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。
5、あなたの父と母を敬え。
6、殺してはならない。
7、姦淫してはならない。
8、盗んではならない。
9、あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。
10、あなたの隣人の家を欲しがってはならない。 

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雪の日のヒーロー

 先ほど19時半ごろ、近くで盛んに除雪車が動く音がしている。夕方のニュースで、きょうの盛岡の積雪は60センチと。家の前の小路もずいぶんと歩きにくくなっていたところ、このように出動してくれた除雪車。お陰さまです。これで歩きやすくなります。緊急車も入ってくることができます。これだけの除雪を人海戦術で行うとすれば、どれだけの人員が、労力が、忍耐が必要でしょうか。大雪ともなれば真夜中にも出動し、夜を徹して路を切り開いてくれる北国のヒーローの登場です。

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健康はたいせつ

  高校時代の友だちから電話があり、学年会をやるので集合、というわけで出かけてみると、即幹事の役目が待っていた。もっと適任者はあったはずと思いながらも、いつの間にか、往復はがきの宛名書きを終え、きょう郵便局へ。発信完了である。
 卒業年度のひとクラスを担当したが、約50人のうち、ひとりが亡くなっている。半数近くは県外に居住。県が育てても半数は県外に出てゆく。学校によってその割合は異なるだろうが、何れ、実際に自分がこういった役目をしてみて、はじめてそれが現実として捉えられた。前回のクラス会で返信はがきが戻ってこなかったかで、所在が不明の方々も幾人かある。
 最終学年、同じ空間で、同じ時間を共有した人たちが、県内に半数しかいないとは。みなが元気でいて欲しい、そう思った。ひとりも欠けることなく、誰も病気などせず、病にあるなら直ちに治ってもらいたい。治ってもらわねば困る、そんな思いになった。

 22時にはパソコンから離れようと決めたのももう忘れ、きのうは真夜中になってしまった。きょうもあと1分で、といっているあいだにもう過ぎてしまうが、健康維持のために、ここで終了とする。エルマンの書きかけよりも、健康が第一だ。みんなと一緒にいつまでも名簿に残っていたい。

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ミッシャ・エルマンのランキングは

ミッシャ・エルマンが今の世に、どんな位置を占めているかを知る一つの参考として、2011年11月のレコード芸術の評論家の投票によるヴァイオリニスト・ランキングがあった。こういったもので測れるものかは私にも解tらないが、興味深くはある。
 ミッシャ・エルマンは20位だ。。因みに、このときの1位はヤッシャ・ハイフェッツ。五嶋みどり46位、諏訪内晶子51位。  ー 続くー

 

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ミッシャ・エルマンに曲をプレゼントした山田耕作

 きのう、ミッシャ・エルマンの来日にすこし触れたが、このとき、ミッシャ・エルマンに曲をプレゼントした日本人作曲家がいる。山田耕作だ。
 

 大正15年3月7日(日)午後2時、日本青年舘に於いて、『杉山長谷夫 提琴獨奏會』が行われたが、その「曲目と解説」に書かれている。

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三、山田耕作 曲       伴奏 ジェームズ・ダン氏
  『哀愁の日本』(ミッシャ・エルマンに捧ぐ)
セノオヤマダ楽譜に掲げられている山田氏自身の手記を、その儘載せる事とします。

「大正10年2月楽友ミッシャ・エルマンが来朝した。
歓迎の為、私は彼を招き伴って、一宵、某所に清遊した。その夜私は彼の寝衣(ピジャーマ)をさへかりて帝国ホテルの一室に同じ寝台に並臥して一夜を過ごさねばならなかった。彼は珍しくもその夜哲学者であった。宵の印象を想いだしてか彼は。
ー光のうちにただよう哀愁ー
かうした言葉を繰り返し独語した。やがて彼は突然私の方へ寝返りを打った。そしてあの甲高い声を上ずらせながら私を詰るもののように極めて早口に、
ー他のいかなる招待よりも作曲者である君が自分に対する一曲こそは自分が東洋に於けるはじめての楽旅を永遠に記念するに、最もふさわしい嬉しい贈り物となるであろうにー
といひ出したのである。
私はそれまで提琴の獨奏曲を作ったことはなかった。さうした欲求を、実は覚えなかったのである。従って、エルマンから、さうした申し出を聴いたときにも、果たして彼の望みを容れ得るかどうかを疑わずにいられなかった。しかし、その翌朝であった。私は高田の馬場の假寓に帰りつくと同時に筆を走らせた。そして、その午後にこの曲は生まれたのである。
ー光のうちにただよう哀愁ーその心がこの曲の内を流れる血となった。私は彼の日本最初の演奏を記念する意をふくませる為特に『哀愁の日本』という題を附して彼にこの曲を贈ったのである。そしてこの一曲は、彼の東京に於ける告別演奏の第二回と憶へる帝劇の晴れやかな空気のうちに、彼自らの手によってこのはじめての響きをつたへたのである。」

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『幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語』(平野真敏著 集英社新書)

 私が弦楽器の質に興味をもったのは、やはり盛岡の弦楽四重奏団のさきがけである太田カルテットのメンバーである赤澤長五郎が、ヴァイオリンには一方ならぬ拘りを持ち、身代さえもかけて良い楽器を手に入れようとしたことを知ってからだ。
 手元にあるプログラムだけでいえば、彼らは、大正、昭和のはじめ、上京しては主な演奏会には触れるようにしていた。彼らの音楽熱が沸騰したのは、大正10年2月に帝国劇場にきた世界的なヴァイオリニスト、ミッシャ・エルマンの演奏会を聴いた直後である。

 ミッシャ・エルマンの演奏が素晴らしかったことはいうまでもないが、私は、ミッシャ・エルマンが果たしてどんな楽器を携えてきたかが気になった。調べると、ストラディバリウスには間違いない。ではどのストラディバリウスだったのか。彼が婚約者から贈られたマダム・レカミエであるならおもしろい。それからは、マダム・レカミエをネット上や著書のうえで探し求めたが、来日の時のヴァイオリンを特定するまでには至らなかった。この調べは、当然、私には荷が重すぎ
のである。それでも一挺の楽器を追い求める楽しさは満喫できたように思う。

 さて、先ごろ、ある書店で用足しを終え帰ろうとしたところ、新刊コーナーにふと目が留まった。そしてそこにあったのが、楽器との出会いとそのルーツを辿った一冊、『幻の楽器 ヴィオラ・アルタ物語』(平野真敏著 集英社新書)である。一つの楽器を徹底的に追い、それを一冊にまとめる、そんなことができたならという私の具現不可能な夢を実際にやり遂げていた音楽家がいたのだ。ヴィオラにはそれほど興味をもたない私だったが、この楽器をどのように解き明かしていくのか、その成り行きには大いに興味を引き出された。


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 著者が初めてこの楽器の音色を聴いた時、「良質な音に包まれて、私の心はすっかり酔っぱらってしまったようだった」と表現している。著者との出会いがなければ、この楽器はいつまでも工房のショーケースの片隅に眠っていただろうともいう。ヴィオラにしては大きすぎ、チェロにしては小さすぎるこの楽器。専用ケースもない。後にこの専用ケースはドイツで作られることになる。先ずは、楽器の特徴を確認し、最後に、これが最も重要な情報が秘められている f 字孔を覗く。そして判明したのが、“Viola alta”。この楽器の名である。そして平凡社の音楽事典から、これが1872~75年、ドイツのH・リッターが考案したことを突き止める。この楽器はワグナ-に認められた。
 
 著者は、「この楽器がドイツのどこで生まれ、どのような生涯を送り、どうしてあのショーケースの片隅になどやってきたのか、それを解き明か」す旅を始めるのだ。
 おもしろい事に、ヴィオラ・アルタが脚光を浴びていた時代は、滝廉太郎がドイツ留学した日本の西洋音楽の黎明期と重なっているようだ。

 著者はついに、イギリスで出版された事典でリッター教授を知る。彼はドイツを代表するヴィオラ奏者だった。ヴィオラ・アルタは1876年に発表され、ワーグナーの興味を引き、ワーグナーは、主催するバイロイト歌劇場オーケストラの首席奏者にリッターを招く。5人のヴィオラ・アルタの弟子とともに演奏している。リッターは、1879年、ビュルツブルク王立音楽院のヴィオラ科と音楽史の教授となる。
 
 ヴィオラ・アルタのために書かれた曲は存在しても、そのほとんどは、ヴィオラ・アルタが指定されていることを知らせないままヴィオラの譜面として販売されているらしい。著者はまた、リスト作曲の『忘れられたロマンス』は、一般にヴィオラのために書かれたとされているが、実は、ヴィオラ・アルタのために書かれたものと考えるのが自然であるとしている。

 すばらしい音色を持ちながらも、ヴィオラ・アルタが完璧なまでにすがたを消し、痕跡までみあたらなくなったのは、やはりワーグナーに愛され重用されたことから生じたというのはあながち間違いではなく、ワーグナーによって「ドイツの正統を担う楽器」とされたことが思わぬ不遇な運命につながったのだという。

 最後には、著者は、「私は、ヴィオラ奏者、から、ヴィオラ・アルタ奏者になった。そこにあるのは、この楽器の美しく天に向かう音楽性の将来に対する確信だけだ」と語る。

 これから先この楽器が、どれだけ広く認識されていくものか私にはわからない。或いは将来ワーグナーが演奏されるときに、いつのまにか5挺のヴィオラ・アルタがどこかの工房で作られており、音色のパレットを豊かにしてくれる、そのような時が来ないとも限らない。

ヴィオラ・アルタ演奏『浜辺の歌』 
クリックして幻の音の復活をお楽しみください)

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きょうのことば 『三本の大路』

日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の聖書からのメッセージを一週間遅れで掲載しております。きょうは20131月27日の 説教です。この日は聖餐式と教会総会がありましたので、説教はごく限られた時間となりました。北国の牧師先生方はみなこの大雪の除雪と戦いながら伝道をし、教会を牧し、多くの働きに携わっておられます。

【聖書引証】創世記28:10~19
10 ヤコブはベエル・シェバを立って、ハランへと旅立った。
11 ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、その場所で横になった。
12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
13 そして、見よ。主が彼のかたらわに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。
14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地上のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。
15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。
16 ヤコブは眠りからさめて、「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった」と言った。
17 彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
18 翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。
19 そして、その場所の名をベテルと呼んだ。しかし、その町の名は、以前はルズであった。

【説教】イザヤ358「かしこに大路あり」

これをさまざまな角度から学び、多くの恵をいただいてきましたが、今、総会を前にして、三つにまとまったように思います。

その一つは、紅海に設けられた道で、出エジプト14章に出ております。私たちは、時として、進退極まる現実に直面させられます。しかもそれが、決して自分勝手に歩いた結果ではなく、むしろ神さまに祈り、導きを求めながら進んでいる途上で遭う場合がある。しかしそのときこそは、神さまがそこに乗り出し、干渉の御手を現わして下さる。神さまのお力を知るチャンスである。聖書はこのことを、私たちに教えています。

13 それでモーセは民に言った。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。
14 があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」

私たちは、これが過去に起きた大きな出来事であることを知っています。しかし、これは今日にも起こることなのです。私たちのきょうの信仰生活に、同じ神さま、同じ主が大路を開いてくださる。これが主の戦いであるなら、大路は必ず開かれる。このような神さまへの確信をもって、大路が開かれることを期待したい。「かしこに大路あり」とは、まさにこのことだろうと思います。

また一つの「かしこに大路あり」というときに、ガリラヤ湖の上を歩かれるイエスさま、そして、そのイエスさまのすがたを見たペテロたちがいます。この場面はマタイ14章にあります。

28 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
29 イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ、助けてください」と言った。

いにしえ、紅海に道を設けてくださったお方は、このペテロの歩みの途上にも大路を開いて下さっています。ペテロは、嵐を見て沈みかける。しかし、イエスさまは、そのペテロの信仰の歩みを喜んで引き揚げてくださった。ペテロのように大胆なことは誰もしなかった。しかし、ペテロは信仰を進めていった。かしこに大路あり。失敗をし沈みかける、そのすがたにこそ、私たちには、自分自身の信仰生活を当てはめやすい。そうだ、何もしないより、一歩踏み出すなら、主は決して叱ったりはなさらない。冷たく放ってはおかれない。よくやったと言わんばかりに、しかし、信仰の薄い人だな、どうして疑ったのだという学課を私たちに教えてくださる。そんな道も、神さまは、私たちに開いてくださる。

「かしこに大路あり」。この御聖言(みことば)が、今年の私たちへの、主からの大きな励まし、導きであります。

そのときに、S兄が、御自分の書を、「この大路というのは、ベテルでのヤコブの経験、これをイメージしているのです」と語られました。

Img060 この路という字を真ん中から二つに分けて考えるならば、左側は上に昇る足、そして右側は下に降る足。上に昇る足が捧げ持つ器には、私たちが神さまに捧げる感謝、そして、ねぎごとなどが入っている。神さまに向かうところのものを携えて上に。そして、降る器には、神さまからいただいた恵の数々とお祈りの答えが入っている。それらのものを与えられて降ってくる。これがS兄が霊感を授かり認めた書の意味です。

 この創世記28章の1213節には、「見よ」ということばが、非常に強調されております。

12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
13 そして、見よ。主が彼のかたらわに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。そしてここに梯子が地に向けて立てられている。

 まさに天と地を結ぶ大路がそこにあったにも拘わらず、そこに、彼の傍らに主イエスさまが立っておられたことにもヤコブは気付かなかった。ヤコブは眠りから覚めてやっと気付いている。

私たちの信仰生活を今年歩みますとき、すでにこの道がある、主イエスさまが傍らにおられる。そして12節を見ると、神の御使いたちが、梯子を上り下りしている。それは私たちの祈りを携えて天に昇り下りしているに違いない。

そうです。今年、この天に通じる路、イザヤ358にありますこの路は、これは小道ではないのです。大路なのです。これを開拓しましょう。大路を開拓するような在り方、姿勢を、神さまは期待しておられます。だからこそ「かしこに大路あり」と仰るのです。祈ってご覧、主は共におられるから。御使いたちはすでに上り下りしている。あなたはそれに気がついていなかっただけ。さあ、見よ、しっかりと。大路があるよ。そういう祈りの路とまとめることができるのではないか、このように私は導かれております。どうぞ、個の年、紅海を二つに分けたもう神さまの導き、御干渉の路が、私たちの前に開けますように。あなたのもとに行かせてください。来たれ。このような信仰の一場面を見る路を歩ませていただきたい。「かしこに大路あり」、これに励まされて進み行きたく願うことであります。

※筆者の聞き間違い、理解の間違いがある場合がございますので、お気づきの点は御指摘ください。文責:中ぶんな

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立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第14回ーSFマガジン3月号(早川書房)ー

いわての文芸誌『天気図』を率いる編集長、立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第14回(SFマガジン3月号 早川書房)が出ました。
 
立川氏の躍進は、即ち『天気図』同人の躍進にもつながると、毎号応援しています。

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 光瀬龍の代表作といえば『百億の昼と千億の夜』、SFマガジン連載は1966(昭和41)8月号で完結しているが、脱稿は同年6月だったようだ。

 その後、瀬は中国旅行をしている。大きな眼目はシルクロードであったという。このときの中国側の案内役もおもしろい。個人的にはさまざまな樹木のある街の佇まいに好感を持ちながら、交換日記や旅先からの紀行文を興味深く読んだ。
 管理統制された中国社会に光瀬が重ねた未来社会がどんなものであったか、毛沢東語録に聞いた足音とは、それをここに書きだしてしまうよりも、是非読んでいただきたい。

  帰国後は2カ月間に1000枚以上の執筆をこなしたようだ。教職との二足のわらじ、よく健康を害さなかったものと思う。
 光瀬作品に登場する女性のモデルに関する押井守の証言も取り上げ、それは、妻千歳ただひとりだったとする。
 1967年からは、TBSで、『キャプテンウルトラ』の監修をしている。この頃にSFの人気が沸騰したという。
 人気作家たちがホテルなどに缶詰めになって原稿提出を迫られたときにも、光瀬は、自宅での執筆を選んでいた。よく銀座にも繰り出したらしいが、光瀬は下戸だったという。光瀬らが飲んだ文壇バーが何処であるか、またどのような錚々たる作家たちが坐を占めていたかは、これも、本誌で確かめていただきたい。

 最後に、立川さんは、SF界から芥川賞、直木賞候補が出たこと及び、「平成文壇は、SFの中に秘められた文学に、今気づきはじめている。」と締め括っている。

 今号からも、光瀬先生のさまざまな側面を教えていただいた。「北の文学」の合評会では近づき難かったが、いまやっと身近になったという感じがしている。   
 

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主よ、人の望みの喜びよ

  この寒さとウィルス猛威を侮ってはならないと、巣穴にこもった日数が何日間であるか、ブログ上の1月のカレンダーを確かめないうちに、はや2月。耳元にはバッハの106番、管の響きが明るい。

 神にあるときには、いつ心停止となっても魂に問題は生じない。とはいうものの、一月は思い切って休養に徹した。
 そしていまは、カンタータ第147番6コラールが、明るい日差しのもとに輝き咲く花々のさざめきのように流れている。「主よ、人の望みの喜びよ」として有名なところだ。

      
イエスをもつ私は幸せ
      おお、何と固く私は、イエスを抱きしめることだろう。
      イエスはこの心を活かしてくださる、
      病の時も、悲しい時も。
      私にはイエスがある、イエスは私を愛し、
      私に身を委ねてくださる。
      ああ、だからイエスを離しません。
      たとえこの心が疲れ果てても。


 誰でもが「主よ、人の望みの喜びよ」を知っている。しかし、このコラールの歌詞に、こう歌われていることは、あまり知られていないのではないか。

 「主よ、人の望みの喜びよ」はまた、カンタータ第147番10コラールでは、次のように歌われている。

     
イエスは変わらざる私の喜び、
      心の慰めにして、命の糧。
      イエスはすべての悩みから守ってくださる。
      イエスは私の命の力、
      目の喜びにして太陽。
      魂の宝にして楽しみ。
      だからイエスを離しません。
      この心と視界から。

 

 こうした神への愛は、恐らく仏教土壌のこの国では理解されにくいものかと思われる。しかし誰でもが知っている、知らないひとがいないほど有名な「主よ、人の望みの喜びよ」は、このように、まぎれもなく神への愛と信頼とに貫かれた歌詞が付されているのだ。

 

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