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2013年1月

ひとりの死

  主人が、そして我が家がお世話になった方が亡くなられた。このようなときには、なぜかバッハからカンタータの一曲を探してしまう。第106番、「神の時こそいと良き時」。

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神の時こそいと良き時。
            神が望みたもう限り
            われら神のうちに生き、動き、また在るなり。
            神が望みたもう時

            
われら神のうちに在りて、正しき時に死す。

 これは、2a.合唱、独唱の歌詞だけれども、106は、「哀悼行事」とも呼ばれ、イギリスの音楽学者バジル・ラムは、1708年6月に35歳の若さで亡くなった聖母マリヤ教会の牧師の妹ドロテア・テレジウスのために書かれたと推定している。


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 これは、その亡き方が剪定してくださったサルスベリです。やっと枝ぶりが落ち着き、樹肌も本来の美しさを取り戻しました。これはまだ咲き始めですが、昨年の夏の終わりには、これまでになく見事に咲いてくれました。 

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きょうのことばー『道を設けたもう主』

日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の聖書からのメッセージを一週間遅れで掲載しております。きょうは20131月20 日の 説教です。

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【聖書引証】イザヤ35110

 ことしはイザヤ358「ここに大路があり」に導かれておりますが、真っ先に心に留まりましたのは、出エジプトにある、神さまが紅海に開いてくださった大路です。これは神さまならではの大きな恵の業です。そこを信仰を持った者たちが、歌いつつ進み行く。これは、クリスチャン信仰生涯の一つのひな形と見ることができます。

先週は、大路、それは信仰の道であると申しました。イザヤ3021の「あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから『これが道だ。これに歩め』と言うことばを聞く」をベースとし、神さまの示す道に従っていくことがどんなに幸いであることか。そうありたく願うことです。こちらの道にすべきか、そちらの道にすべきかの選択を迫られるときには、信仰による選択をしたアブラムと、その対極にある選択をしたロトの例があります。アブラム的であるかロト的であるか、これは絶えず心にチェックしていかねばなりません。そのときこそ、「これが道だ。これに歩め」という神さまの声を聞き分けることが大切です。ラジオを例に挙げましたが、感度をあげることと波長を合わせること、そして何よりも私たちが受信機をもち、電源を入れてあることが肝心です。受信機を持ち、電源が入っている状態とは、これは、私たちの信仰生涯のいちばん基礎になっていることで、神を信じ生まれ変わって神の命を持っている状態のことです。だからこそ、神さまのお声を聴く能力を持つわけで、あとは、それをどのような形で感度をあげていくか、波長を合わせるかになるわけです。語り始めてくださるお方は、生涯、語り続けてくださるお方です。

ヨハネ1027「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます」

このように、聞き続ける生涯を辿らせていただきましょう。

但し、神の声を聞くというときに、妙に神秘的になってはいけません。そこには環境がどうであるかの常識ある判断もなければなりません。そして且つ、「これが道だ。これに歩め」という神さまの声への内的な頷きがあることです。神と共に歩み続ける信仰生活では、このような内的な頷きが強められてきます。これは大切な要素です。

環境的な要素だけですべてを決めるなら、それは、世の中の人たちとそう変わらないかもしれません。しかしクリスチャンの場合には、それに加えて、内的な頷きがあるかどうか、それを深めていくことが大切です。このとき、祈りが、この内的な頷きを強めていく要素になります。そして、さらには、みことばが与えられているということ。いちばん中心に神さまのおことばがあること。内的な納得と同じように、こころの中心にみことばがあるとき、この選択で良かったのだという喜びがあります。この喜びが、神の声を聞き分ける要素であろうと、このように思います。ここまでは前回の復習です。

 この年、神様が備えてくださる大路というものを思いますときに、出エジプト記の141314節を引きます。

13 それでモーセは民に言った。『恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。14 があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。』

 この13節の「恐れてはいけない。しっかり立って」、が鮮明に与えられています。これは、私の心の中に、語りかけのきっかけとなったおことばでした。モーセの立場に自分を置いて考えるのならば、「モーセは民に言った」というのですから、モーセが人々に語りかけていることばなのです。「恐れてはいけない」と真っ先に、ここに出てくるということは、逆なりに、恐れていたからこそ自分を鼓舞し励ますために、「恐れてはいけない」と出てきたのでしょう。前には海が広がり、後ろからは自分たちを殺そうとする軍隊が押し寄せてくるこのとき、恐れない人間などひとりもいるはずがない。たとえ信仰の勇者であろうともです。しかし、ここで恐れることと臆病であることは違うことを知りましょう。恐れることはあっても、臆病であってはいけません。

聖書の中で臆病とはどのようなものであるかを見ましょう。

黙示録の218に「8 しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である」とあります。

ここでは、臆病は、誰が見ても明らかに罪である不信仰や人殺しと同列に置かれています。これは新鮮な発見でした。臆病は決してよいこととは思いませんが、それほど悪いことであるとも思えない。そう思っておりましたが、聖書では、臆病は、非常に忌嫌うべき恥ずべきことであると教えています。

もうひとつ、テモテの第二の1:7には、「7 神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。ともあります。

 ここに「おくびょうの霊ではなく」とあります。恐れることは誰にでもあり得る。むしろあって当然です。モーセもそうでした。けれども、そこで彼は臆病ではなかった。つまり、恐れはするが、それを一歩上昇させて、それをきっかけとして、ひとつ上に飛躍する。つまり、恐れるという段階から、「だからこそ神さま、今はあなたが働いてくださるときです」というように、ギアを信仰に入れて進んでいく。これが出エジプト記14章のあの紅海の場面でした。そして神さまは、そこに大路を開いてくださった。誰でも恐れる。でもそこに、その恐れが臆病になるのではなくして、信仰というものによって高められて、新しい道ができる。

 マタイ14章もそうです。

22 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群集を帰してしまわれた。
23 群集を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。
24 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた
25 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ、恐れることはない」と言われた。
28 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
29 イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ、助けてください」と言った。
31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。32 そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ
33 そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です」と言った。

 イエスさまはしばしば、敢えて、私たちを難しい困難に直面させます。そして私たちがその恐れにどのように対処すべきかを学ばせ、こんどは飛躍するようになさる。

 大あらしに直面した弟子たちが、湖を歩いてこられるイエスさまに驚き、動転してしまう。そのとき、イエスさまは、「しかりしなさい、私だ、恐れることはない」と仰った。ペテロが、「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」というと、29 イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。

 イエスさまは、ここで、ペテロのために水の上に大路を開いてくださったのです。これは紅海に開かれた「大路」と共通している。神さまが与えてくださったその大路と理解することができます。弟子たちは、ペテロは恐れました。しかし、恐れから一歩踏み出すことによって信仰というところにギアチェンジし、高められて、そこに新しい道が出来たのです。イエスさまに水の上を歩いていく道ができたのです。イエスさまは、「来なさい」と仰いました。しかし御存じのように、嵐を見てしまって、ペテロは沈みかけた。しかしどうでしょう、イエスさまは、そのペテロをしっかりと受けとめて助け上げてくださいました。そして「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか」と言われた。

 私はこれを、きつい叱責であるとは思いません。決して「駄目だなあ」というのではなく、「よくやった、でもね、」としっかりと引き揚げてくださった。

 かしこに大路ありというときに、神様は、このペテロに水の上を歩いてきなさいと命じられるような道を私たちに、備えていてくださる。そしてそれを私たちに歩むことを願っておられる。歩み続けることを願っておられる。よし、失敗することがあったとしても、イエスさまは、湖の上を歩き近づいてくださるお方は、ペテロをしっかりと抱き上げて、引き揚げてくださるお方なのです。

「かしこに大路あり」。私たちはことし、このような神さまが設けられる信仰の道をともに歩み行くことができればと、このように願っていることであります。

 ※若干、編集してございます。文責:中ぶんな

 

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税を喰う雪

 きょう、ブログ、フェイスブック、ツイッターに、この記録的な大雪をつぶやいている方もあるだろう。雪を書くのはやめようと思ったものの、どれ、いま除雪費はどれぐらいに嵩んだかと検索してみたところ、産経新聞1月18日配信分が出ていた。
 岩手は年間予算24億。1月16日現在で16億執行。もはや3分の2を使い果たした。盛岡市では、年間予算3億5千。昨12月末で1億2千と。
 街並みを深々と包む雪景色、殊にも朝陽を浴びる白銀は美しいけれども、この借金大国には贅沢すぎるようだ。降雪のたびに喰われる税金。

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いわての文芸誌『天気図』VOL.11  盛岡タイムスが紹介

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 きょう夕方、大信田時子さん、そう、水曜デッサン会や青の会に所属し、絵を描いていらっしゃるあの大信田さんが、コピーして持ってきてくださった。文芸誌を覚えてくださっていることが嬉しかった。声をかけていただくと、それがまたエネルギーとなり励みとなります。有難うございました

【文芸誌掲載作品は以下の通りです】

<巻頭>勝山海百合「警官はうんざりした顔で言った」

<詩>安住幸子「キリン」  

<小説>菊池尋子「浮遊する記憶」

    大平しおり「神隠しの夜」

    渡邊治虫「十七歳 風は気まぐれ」

    中ぶんな「槿花の露」ー満州吉林のある音楽活動ー

    東森りつ「木崎邸の晩餐」

    武猛「忘れた教科書」

    立川ゆかり「オモイコキラン」

<時代小説>浅沼誠子「寄辺の家」

<児童文学>はら・まもる「お弁当、届ける!」

       やえがしこうぞう「カッパのサブのお話」

<エッセイ>野中康行「ニュン」

<エッセイ3篇>鈴木操・千葉静枝・田村睦子

 

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頑張れ!

               チェロクローズアップ

こたつ嫌いの我が家だったが、息子たちの帰還に合わせてついに出したこたつ。これをいいことに、夕食の後片付けが終わってから、ついつい潜り込んでいた。きょうはブログも、や・す・み・にしようかなと思ったところに「頑張れ」と声がした。無意識層にある自分が発したものか、どこぞの波長を傍受したものかはわからない。幻聴ではないことは確かだ。

 そして咄嗟に浮かんだのが、「ハバロフスク」、ロシア極東部の首都だ。いわてのいまは亡きチェリスト村井正一先生の軌跡が果たしてほんとうに彼の地にあるのか。先生がいうデウという小さな町とは…。調べは、いまだここからなのだが。

 すべては天に導かれるままに事は進むもの、そう思われる。

 私が、取材のためには、人様の家に頻繁に入り浸るかに誤解されている節がある。しかしそれは事実とは異なる。たとえば、今回発刊された『天気図』11号に掲載していただいた「槿花の露」の主人公齊藤さんの場合は、梅村功二先生の御紹介で、文書で質問を発し、御回答をいただき、またこれに関する問い合わせはすべて電話で、時には奥様からも取材させていただいている。実は、今もって、面識のない方である。梅村重光さんの御長男和成さんも、電話取材であり、面識はない。『天気図』10号掲載の「パッヘルベルの「カノン」」の主人公である梅村圭一ご夫妻・千佳子先生御一家についても、すべて電話取材で、この期間、いちどもお会いしてはいない。従って訪問はなかった。
 いちいち訪問しないのは、ご迷惑をかけたくないということと、時間的、距離的な事情からである。
 しかし、もしかすれば、それが手抜きとなっているかもしれないが、その点はご勘弁いただいている。今後も立場上、ほとんど、このような方法に頼ることになるかと思う。

 「頑張れ!」

 主人も書くことには反対していない。

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いわての文芸誌『天気図』VOL.11 好評発売中!

いわての文芸誌『天気図』VOL.11 

ツーワンライフ出版(℡019-681-8121)

『天気図』事務局(℡0198-44-2510)

いわての主な書店でお求めください。

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 この中には、16人の書き手の稿が詰めこまれています。そして、みな個性的な考え方と感性をもっている。どうぞ手にとって、独自性ある16通りの世界をお楽しみください。

<巻頭>勝山海百合「警官はうんざりした顔で言った」

<詩>安住幸子「キリン」  

<小説>菊池尋子「浮遊する記憶」

    大平しおり「神隠しの夜」

    渡邊治虫「十七歳 風は気まぐれ」

    中ぶんな「槿花の露」ー満州吉林のある音楽活動ー

    東森りつ「木崎邸の晩餐」

    武猛「忘れた教科書」

    立川ゆかり「オモイコキラン」

<時代小説>浅沼誠子「寄辺の家」

<児童文学>はら・まもる「お弁当、届ける!」

       やえがしこうぞう「カッパのサブのお話」

<エッセイ>野中康行「ニュン」

<エッセイ3篇>鈴木操・千葉静枝・田村睦子

 

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一日は足れり


010 息子に発送する宅急便に、食料をプラスしようと買い物に出かけた。蒼い空を背景に、きららかに雪の衣を着けた岩手山が、路上前方に秀麗なすがたを持ちあげている。4日間ほとんど家にこもり、近視眼的になっていた目には清新さが眩しかった。

 19日には、もりおか童話の会に、1時間参加。原稿を読みあげる順番を一番目にしていただいて、直ぐに帰宅。会は、新年度も菊池尋子代表のもとでスタートを切った。
 刷りあがった文芸誌『天気図』も19日には到着。

 日曜日20日は教会に。あさ目が覚めたときに、よく心に讃美歌が流れていることがある。 

 そうこうするうちに、もう23時過ぎ。25時、26時もある方々の真似はできない。

 銀行に行った。発送もした。食料も買い込んだ。家の片付けも。これできょうの一日は足れり、である。

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きょうのことばー『道の選択』

日曜日は、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の聖書からのメッセージを一週間遅れで掲載しております。きょうは20131月13 日の 説教ですが、今回は要点のみといたします。

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【聖書引証】イザヤ35:1~10
1 荒野と砂漠は楽しみ、荒れ地は喜び、サルランのように花を咲かせる。
2 盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。レバノンの栄光と、カルメルやシャロンの威光をこれに賜るので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。
3 弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。
4 心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。」
5 そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。
6 そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う。荒野に水がわき出し、荒れ地に川が流れるからだ。
7 焼けた地は沢となり潤いのない地は水のわく所となり、ジャッカルの伏したねぐらは、葦やパピルスの茂みとなる。
8 そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。
9 そこには獅子もおらず、猛獣もそこに上って来ず、そこで出会うこともない。ただ、贖われた者たちがそこを歩む。
10 主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

【説教】

イザヤ35:8「そこに大路があり」。この大路は紅海にも設けられた道です。神の力によってできました。神に期待し、自らに絶望した者たちのために。これは誰も通ったことのない道です。この道は信仰をもって歩む道です。

信仰をもって歩む道
イザヤ書 30:21
あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これ
に歩め。」と言うことばを聞く。
私たちの歩む道は、他の人たちには細い道、危うい道 しかしこれこそ確かな道
箴言 16:25
人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。
2ペテロ2:21
義の道を知っていながら、自分に伝えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知
らなかったほうが、彼らにとってよかったのです。

アブラハムが選びとった道、信仰の決断は1.ハランからの離別、2.ロトとの離別であった。
神の祝福と同時に、課題は生じる。
ロトは、世の中との妥協による共存を選択し、アブラハムは、年長者の持つ選択権をロトに譲渡した。
3.選択する自由が与えられている私たち

神の声を聞き分けるには感度を上げ、波長を合わせる。受信機を持っていること。電源が入っていること。

聖霊の声を聴く
わたしの羊はわたしの声を聴く(ヨハネ10:27)
「声をかけられた神さまは、生涯導き続けられる神さま」

環境的必要から為される信仰者としての選択には内的納得と神の喜びがある。

神の備えられる道は脱出の道でもある。第一コリント10:13あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

神の備えられる道は十字架を負う道である。ルカ9:23
23 イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。

神が備えられる道は、神がともに歩まれる道である。第一ペテロ2:21
21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。

※簡略ではありますが、不明の点は御指摘ください。掲載の書はこの教会のS兄の作品です文責:中ぶんな


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プチ冬眠の巣穴を出てみれば

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雪・ゆき・雪・ゆき

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聴く=バッハからの贈り物~珠玉のカンタータ~ VOl.2 -盛岡バッハ・カンタータフェライン&東京バッハ・カンタータ・アンサンブル

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 ことし一月のバッハ・カンタータ演奏会が終わった。
私が初めてこの合唱を聴いたのは2008年6月だった。まるせい呉服店さんの奥様からチケットをいただいたのがきっかけだった。翌年に聴くときには、予習をしなければよくわからないなと、予めCDを聴くなどしてから出かけるようになった。カンタータが今のようにわかるようになったのは、この合唱団のお陰かと思う。
 昨年は35周年だった。前半はビバルディの流麗さに感心したものの、後半、実は居眠りをしてしまったのだ。コンサートを聴くには疲れ過ぎていた。はっと気付いたときにはプログラムの最期部分。コンサートは演奏する側が体調を整え、最高のコンディションで臨むべきであることは確かだが、聴く側も、それがとても大切であることを思わせられた。半分は眠ってしまった。

 12月に入り、川徳のプレイガイドの前を通りかかった。今回どうしようかと迷った。一か月前だ。買うならいまだと思った。すこし考えて、一月はあれやこれやの出費がある。今回はパスしようと思って階段を下りた。二階分下ってから、やはり惜しい気がして、ちょっと立ち止まり心の中で祈った。聴いてみようという気になり、また階段を登ってプレイガイドに。一階の前列近くを取りたかったが、思うようなところがない。ニ階の最前列の中央が空いていたので確保した。

 今回も予習こそしなかったが、心境的には最も落ち着いて積極的に無心に聴くことができた。そして今回がこれまででいちばん印象にのこったというよりは、エッセンスが、まるで粒子となって心の中に沈着したように定着したとでもいったらいいかもしれない。できるだけこのコンサートの時間内にプログラムは読んでしまい、あとは対訳をしっかりと読み捉えるようにしながら、私は、さまざまなことを神に問うていた。神との会話である。そしてわかったこともわからなかったこともある。ただ今回でほんとうにカンタータというものがわかったといっていい。

 安息がある。安息へのひとつの入り口ともいえるかもしれない。対訳が語りかけ問いかけていることが、仏教土壌にある一般の方々に、果たしてどれだ歌詞が受け入れられ理解されるだろうか。ただたったひとりだけでも、これを通して、問いかけを真摯にうけとめ、深く想うかたがあったとしたら、この演奏会は大成功、ほんとうの意味での大成功といえるのではないかそう思った。

 弦の低音、管楽器の光が満ちてくるような明るい響き、ソリストの方々の声、そして圧倒的な説得力のある合唱が鮮やかに残った。
 

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きょうのことばー『聖書に見る〝道』

 日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)の講壇で語られる聖書からのメッセージを、一週間のお時間を頂戴して掲載しております。201316日の國光勝美牧師の説教です。

Artist:Francken, Frans II the Younger (1581-1642)
Title:The Israelites on the Bank of the Red Sea, 1621 (oil on canvas) 
Location:Hamburger Kunsthalle, Hamburg, Germany
Age:1621
Medium:oil on canvas

【聖書引証】イザヤ35:1~10

1 荒野と砂漠は楽しみ、荒れ地は喜び、サルランのように花を咲かせる。
2 盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。レバノンの栄光と、カルメルやシャロンの威光をこれに賜るので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。
3 弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。
4 心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。」
5 そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。
6 そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う。荒野に水がわき出し、荒れ地に川が流れるからだ。
7 焼けた地は沢となり潤いのない地は水のわく所となり、ジャッカルの伏したねぐらは、葦やパピルスの茂みとなる。
8 そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。
9 そこには獅子もおらず、猛獣もそこに上って来ず、そこで出会うこともない。ただ、贖われた者たちがそこを歩む。
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に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

【説教】

「かしこに大路あり」を、この教会に与えられております今年の御聖言として心に留めさせていただきました。

「大路」というのは、神によって、すべてのひとに備えられている道です。しかし、これには厳粛なパラドックスがあります。「大路」に入る資格として、人種や置かれている立場などによる制約は一切ありません。しかし、悔い改めなければ入ることができない狭い道であり、狭い門でもあります。門戸は広いけれども、贖われた者だけが通ることができる道なのです。

 このことを踏まえて、聖書に見る道を思い巡らしたとき、先ず、神が紅海に通した道が思い出されました。皆さんは、映画『十戒』をご覧になったでしょう。イスラエルの人々が、パロの軍隊に追い詰められたときに、神は紅海を分けて道を通してくださいました。この年、神さまが私たちに示してくださる道、大路は何だろうと思い巡らしていたときに、この場面が浮かびました。

イスラエルの民がエジプトの奴隷となり、苦役に喘いでいたとき、神は指導者モーセを立て、人々をパロの支配から脱出させ、約束の地カナンへ導こうとされた。ところが、パロの軍隊に追い詰められ、進退極まってしまう。実はそこに大路があった。これは到底人の力でできることではない、神さまのお力のみが設けることのできる大路です。更にいうなら、誰も歩んだことのない道です。そこに一歩踏み込むことが、どれほどに大きな決断だったことか。神さまが開いてくださった道だとわかったからこそ、主を見上げてその道を進んでいくことができたのです。

 この年、私たちの前に、どのような事が待ちうけているでしょうか。私たちが自分の欲や都合のためではなく、もし神さまの御目的のために道を選びとっているなら、たとえ窮地に立たされることがあっても、言い換えるなら、神さまによって窮地に追い込まれることがあったとしても、「14 があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」(出エジプト14)と神は仰る。あなたがたは静まって、この戦いが神の戦いであることを知りなさいと仰っているのです。そして本気で神さまを見上げるときに、そこに大路が開かれます。

 イスラエルを追ってパロの軍隊も紅海に開かれた道に踏み込みましたが、海はもとに戻ってしまい、滅ぼされてしまいました。同じ行動をとっているようでも、神さまに従うものには導きがあり、信仰がなければ滅ぼされてしまう。何が違うのか。主を見上げ、主の使命だと信じ進んでいくとき、神さまは、このような民を、決して滅びゆくままに放置するお方ではない。紅海を分けて大路を開いてくださったお方を見上げて、この年、進んでいきたいと思うことです。

 この信仰の道は、他の人たちには、非常に危うく、狭く、険しい道に思えるでしょう。

母の告別式のことですが、従兄が追憶のことばを述べました。私が牧師になる決心をしたときのことに及び、この従兄の父親、つまり母の兄が、心から心配して、私が牧師になることを黙認するのかと母に厳しく詰問したといいます。傍から見ると心配だったのでしょう。しかし、信仰の道は、歩む者にとっては確かな道なのです。そしてイザヤ3021は、「あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから『これが道だ。これに歩め』と言うことばを聞く。」といっています。

私たちは注意深く道を選んで行かねばなりません。

率直な失敗談ですが、東京から松本にいくときに、八王子インターを潜ります。入口がたくさんあるのですが、これまでとは違った入口に入ってしまいました。しかし同じ河口湖方面ではある。心配なのでサービスエリヤで訊くと、やはり間違ってはいない。間違いなく甲府に出ました。

ほとんどのクリスチャンは、明らかに罪である道の選択からは守られます。しかしどちらがベストで、どちらがベターかという選択のときには、往々にして迷うことがある。

「その道は聖なる道と呼ばれる」

神様の御心を最優先すべきだという思いをしっかりと持っているならば、そういう分岐点にさしかかったときに、「これが道なり、これを歩むべし」と、神さまは必ずや過ちのない方向を示してくださる。

先ほどの例で、インターで、いつもとは違った入口に入ったとしても、カーナビは河口湖を指していたので、たぶん極端な間違いはないし、どちらでもそれほど間違いではない、どちらがベストであるかということだったかと思うのですが、それがいちばんクリスチャンにとって問題だろうと思います。明らかな罪の道からは守られるとしても、どうかベターをもって、ベストを崩すということがないように、神さまが後ろべにて語る「これが道だ。これに歩め」を心に留めさせていただきましょう。そのところこそ、天国に通じる道であります。

 

「かしこに大路あり」

私たちは、この大路を歩むことができる。

そして「われは道なり、真理なり、命なり」(ヨハネ14:6)と仰るイエス・キリストというお方を踏み外すことがないように、「おろかなりとも迷い込むことなし」と文語訳聖書にありますが、この天国に向かう大路を、ことし皆さん方と共に歩ませていただきたいと心から願うところであります。

※文責:中ぶんな

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できすぎのひとコマ

 時々不思議な事がある。一昨日、6日のことだ。友だちから電話があった。「八幡宮に用事があるからどこかで1、2分でいいから会いたい、どこが良いか場所を指定してほしい」という。どこを指定すべきか迷った。指定した先の除雪が為されているかが心配だった。そこで私が八幡宮の駐車場に出向くことにした。30分まえには入って、車の中で待機した。彼女は必ず早目に来ると思ったからだ。若干これまでのいきさつがあり、失礼をお詫びしなければならないという事情もある。このとき私はほんとうに真剣な思いで彼女を待っていた。
 次々に車が入ってきて、あれだけの広さが埋め尽くされようとしている。そとは凍てつくような寒さだ。約束の時間が迫った。私の両隣りは勿論、真向かいの列にも車が見事に並んだ。やはり他にすればよかったと思った。一旦見逃したら駐車場の中をうろつく羽目になりそうだった。約束の時間が迫っている。とにかく車外に出て寒くとも立っていようと思ったときだった。真向かいに駐車している車が1台出て行った。
そして、まるで入れ替わるように彼女の車がやってきてこまめに切り返しながらバックし駐車したのである。私には気づいていない。眺めながら、私は、これがあまりに出来すぎた一コマであることに静かな驚きを覚えていた。
 私は、彼女より先に車を降りて、彼女の車のドアの傍らに立った。
 

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久しぶりに図書館へ

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 督促のあった本を返却するために、久しぶりに図書館に。主人も返却と見たいものがあるということで、運動不足解消のためにアイーナまであるいた。50分かかった。友だちが、ここから盛岡駅までを往復で1万歩だと言っていた。1万歩あるいた。つい車に頼りがちな冬、億劫、面倒といったマイナス思考を排して、できるだけ歩くことを心がけたい。

 図書館では、満鉄、新聞社制作による記録フィルム昭和17年前後のものを観た。こんど文芸誌に満州関連をちょっと書いた関係で、新京における満州国建国10周年記念式典のようすが映っていればと思ったのだが。

 いま見ると、溥儀が皇帝に祀り上げられていく過程に胸が痛んだ。それと、満州国を肯定するのではないけれども、この記録の一部を見ただけでも、満鉄がどれほどの巨大企業であったかを窺い知ることができ、改めてその凄さを思わせられた。軍国一色の記録、ノモンハンではハルピンの病院なども傷病兵で溢れかえったはずだが、そのような記録は一こまもない。もし細大漏らさずに録っていたなら、どれほどに価値のある記録となったかを思うと残念な思いがする。軍の報道管制下、こうしか記録の残しようがなかったのだろう。

チェロ関連著書を検索したけれども、参考になりそうなものはなかった。アマゾンでも覗いてみようか。

 


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白鳥

 シャワーが、ボイラーの部品のちょっとした摩耗が原因で凍結。水道屋さんに解凍をお願いする。近所の方が、水道管に電気を通していても凍ったと仰っていた。解凍は1週間待ちという状況にあるようだ。

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ハイフェッツ愛用のヴァイオリン

  連日よく冷える。それでも明るく日がさしている午前は清々しく、冷気の中にもどこか春の兆しが感じられる。
 29、30日に帰省した息子たちは、5,6日にそれぞれの勤務地に戻っていった。日頃忙しく過ごしている身には、この連休はいささか退屈だったようだ。親の側は、じっくりと骨休めはできたはずだと勝手に満足している。

 置き土産の中に、潮博恵:著『オーケストラは未来をつくる』があった。サンフランシスコ交響楽団だけを追ったも。名だたるオーケストラが運営に行き詰まっている中で、このオケの成功にその要因を探る。「テクノロジーを駆使し、市民と連携しながら、クラッシク音楽にイノベーションを起こしたマエストロとオーケストラの成功哲学」と帯文に紹介されてある通りだが、この著書の中で知ったことは、1742年製のグァルネリ・デル・ジェス(ダヴィッド)が、いまサンフランシスコ交響楽団のバランチックが使用していることだ。これはヤッシャ・ハイフェッツが愛用していた名器だ。2011年9月に、バランチックがこの楽器で、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いている。さて音色がどのように書かれているかといえば、「まるで人間がはなしているようなパーソナリティを感じさせる音色と響き」であったという。サンフランシスコの外に持ち出すことは禁止されているので、聴こうとすれば現地
で出かけるほかはないようだ。所有はサンフランシスコのファイン・アーツ・ミュージアムだ。
 

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齊藤直次さんの旧満州、吉林における終戦体験 その3

 齊藤直次さんの旧満州吉林における終戦体験の「その1」は、2012/12/12に、「その2」は2012/12/15書いてございますので、ご覧ください。

【その3】

 試運転はピーヤが折損し、完全に失敗しました。川底に投げ出された工務区長は重傷、中国人の操車員と機関士のうち一人が死亡、大変な事故となりました。手にした乾杯のためのパイチュウは川原の砂に流し込み、あこがれの白米のおにぎりは灰を噛む思い、心の中は一様に暗く閉ざされてしまいました。夕暮れになってから隊列をつくって久しぶりに厚生会館への道を急ぎましたが、すでに大事故を知った中国人の小孩(子供)たちが、「サーレン」(人殺し)と口々に叫びながら、石を投げつけてきました。

 悪夢のような日が去り、ようやく平静を取り戻しましたが、鉄橋を復旧せざる限りは日本人の送還はさせずーという国府軍当局の訓令に奮い立ち、無為に終わった日から10日ほどして、再び松花江岸に集まり、今までより一層張り切って杭打ち作業に精をだしました。

 余談になりますが、鉄橋事故の復旧工事は、敗戦前、旧関東軍が戦時目的のため、現鉄橋より更に下流に、低いピーヤを打ちかけていたのがあり、その追加工事のような形で急ピッチで建設を進め、内地への帰り間際には列車が通るようになっていました。

 鉄橋工事の話しなど、引き揚げとは何ら関係ないようですが、吉林の人たちにとっては、この二つは切っても切り離せない因果関係にあったことがおわかり戴けたと思います。

 話しを第11遣送団の出発のときに戻します。実は、私たち塾の独身者も、の頃、満鉄の第一次遣送に予定されていて、命令のくるのを一日千秋の思いで待っていました。ところが間際になって、独身者に待ったがかかりました。理由は判りませんが、どうも国府軍に協力することらしい、という話が伝わってきました。その時の言うに言われぬ不安な、困惑した気持ちは今でも忘れません。このまま軍隊と行動を共にして、内地に帰れないのではないか、という心配でした。

 先にふれたように、生田、今村の両家族は、満鉄組の先端を切って帰りましたが、私は、どうもこの皆さんをどんなふうに送ったか、全く覚えていません。短い期間ながら、戦後の苦しみを一緒に味わってきた仲間ですから、知らん顔をしているはずがないのです。しかし、梅村さんたちを吉林駅で見送った光景は、40数年経った今でも脳裡にこびりついています。

 

 

 

 

 

 

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バッハからの贈り物~珠玉のカンタータ~ VOl.2 -盛岡バッハ・カンタータフェライン&東京バッハ・カンタータ・アンサンブル 2013/1/13(日)15時開演 マリオス大ホール

 コンクールとは一切無縁。35年バッハを歌い続けるという独自路線を貫徹。プロかと思えば然にあらず。バッハ・カンタータ・フェラインは、謂わば、ザ・合唱団ともいうべき存在。バッハ研究の奥行きから汲みだされたバッハの響き。このような合唱を、県外に出向くことなく、盛岡にいながら聴くことができる、これは確かに幸運なことなのだ。

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 盛岡バッハ・カンタータ・フェラインは、1977年 「カン タータを歌う会」として発足。以来、一貫してJ.Sバッハの曲を中心としたドイツ・バロック合唱曲の研究、演奏を行っている。1991年ドイツにおいて 「作品の語感、音、そして精神の完熟」という現地新聞の批評を受ける。合唱指揮者佐々木正利のドイツバロック音楽に対する卓越した見識に基づく、熱意溢れ る指導の積み重ねがあり、H.リリング、H.ヴィンシャーマン、H.J.ロッチュ、J.ツィルヒ、岩城宏之等、世界的指揮者との共演を重ね各指揮者より、 ドイツ・バロック音楽を音楽的かつ人間的に表現できる合唱団として、熱い評価を得るようになった。今回のJ.Sバッハのカンタータ・オンリーの演奏会は 2008年6月以来、約4年ぶり。-以上は「プロフィール」からの転載です。-

【プログラム】

カンタータ第4番「キリストは死の縛めに捕われました」

カンタータ第93番「ただ愛する神の支配にまかせる人」

カンタータ第161番「来てください、甘美な死の時よ」

カンタータ第102番「主よ、あなたの目は信仰を顧みます!」

【ソリスト】

ソプラノ:赤塚温子・阿久津巴・金成佳枝

アルト:柿崎泉・新宮央子・田口千紗都・多田繭子

テノール:伊藤陽平・鏡貴之・西野真史・沼田臣矢

バス:小原一穂・千田敬之・松田亜蘭

【管弦楽】

東京バッハ・カンタータ・アンサンブル(コンサートマスター:蒲生克郷)

【指揮】 佐々木正利

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きょうのことばー『『凱旋』―年末感謝礼拝講壇―

 日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会の講壇で語られた聖書からのメッセージを、一週間のお時間を頂戴して掲載しております。きょうは20121230日の國光勝美牧師の説教です。

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【聖書引証 ローマ書82837

28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。

37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。 

【説教】

ことし最後の聖日礼拝となりました。

(今回は、メッセージに入るまえに、ことし掲げ歩んできた「凱旋」という御聖言を念頭に、教会の一年の祝福を振り返ることに約30分間が充てられました。このところは割愛いたします)

 ことしの元旦(2012年元旦)礼拝はどのようなところから始まったのか、もう一度みなさま方と御一緒に確認をさせていただき、このあとの聖餐式に臨みたく願っております。

 ローマ828「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」 

 摂理の神ということを、私たちは、おことばから想いを持つことです。摂理というのは善意に満ちた神の御配慮をいうわけです。ですから、善意に満ちた神様の御配慮の中に、今私たちは生かされているのです。そのことをしっかりと心に留めましょう。

「すべてのことを働かせて益としてくださる」といいますと、得てして、ご利益宗教かと勘違いされます。決してそうではない。ポイントは、「神を愛する人々」にあります。神を畏れ敬う人たちはたくさんいます。しかし、神を愛する人たちはそう多くはない。神を重宝にする人はたくさんいますけれども、神を愛する人たちは少ない。それはどういうことか。

「神を愛する」こと、それは、イエス・キリストによって生まれ変わり、御子イエスの十字架の愛を知って初めてできることです。そして、愛は、神との生命的な交わりのあるひとの内にあるのです。このような人たちのためには、神はまさに摂理の神として善意に満ちた御配慮をしてくださる。このことを年頭に心に捉えたことでした。

それでは、「神のご計画に従って召された人々」とはどういう人々をいうのでしょうか。

 第一コリント1013には、「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」とあります。

 神のご計画に従って召された人々とは、どんな人々か。ローマ837には、「これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです」とあります。ポイントは、「これらすべてのことの中にあっても」にあります。「すべてのこと」が、第二コリント1210に書いてあります。「 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです」。私たちは、「これらすべてのこと」から解放されているというのではない、「これらすべてのこと」の中にあっても、圧倒的な勝利者になるというのです。

みなさんは、「これらすべてのこと」という現状をどう見ますか。これを神の側から見、信仰の側から見るとどうでしょう。よく例話として使うのですが、見事な刺繍の裏側をご覧になったことがあるでしょうか。表は美しいけれども、その裏側はランダムに見える。私たちの人生も、たとえ見たところさまざまな苦難に満ちていようとも、神の側から見ると麗しくある。

ローマ83132には、「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」

 私たちは神の側に立っているでしょうか。私たちが神の側に立っていることが大切なのです。掲げましたおことばで、私たちは2012年をスタートさせていただいたのでした。どうぞ、これをもって今年を締めくくり、新たに2013年へと、踏み出させていただきたいと思います。

※文責:中ぶんな

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迎春 宮古ジュニア弦楽合奏団

 宮古ジュニア弦楽合奏団から、年賀状を頂戴しました。第47回「音楽の夕べ」に出演された方々の写真です。この楽の音が、沿岸の地にいつまでも鳴り響くことを願っています。

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ペチカ

 ここのところよく冷え、よく雪がふる。きのうなどは盛岡バイパスも、わたしが通った区間のかぎりでは圧雪となっていた。真っ白な路の前方3か所の交差点の信号がみな赤となる。銀世界に火の球が浮かんでいる。

 雪のふる昼ではなく、雪のふる夜の歌だけれども、『ペチカ』が思い出された。大正14年につくられた曲のようだ。ペチカは、日本では一般的にロシア式
暖炉 を指していうらしい。

   ペチカ♪     

雪の降る夜は 楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょ
昔 昔よ 燃えろよペチカ

雪の降る夜は 楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ 表は寒い
くりやくりやと 呼びますペチカ

雪の降る夜は 楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ じき春来ます
今にやなぎも もえましょペチカ

雪の降る夜は 楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ だれだか来ます
お客さまでしょ うれしいペチカ

雪の降る夜は 楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょ
火の粉ぱちぱち はねろよペチカ
 

作曲:山田耕筰
作詞:北原白秋

 わが家には勿論ペチカはない。一般的なファンヒーターだ。居間がいちばんあたたかく居心地がいい。主人がパソコンを持ちこみ、帰省中の息子もパソコンを設置、さながら共同書斎のようなありさまとなっている。私までが持ち込むスペースはないのだが、私には書かねばならない緊急性はない。もっぱら取り片づけ方に専念。二男と私は書くときには自室にこもる。

 火のあたたかさをさまざまに思いだす。子どもの頃、近所の方に連れられ、弟と共に岩手山の8合目に宿泊したことがある。夏だったがとても寒くて眠るどころではなかった。
そんなときに、誰かがストーブに薪を燃やしてくれたのだ。みなで感謝しながら温もったことがある。温かい火の思い出は、多くが、肉親や他人の温かさとともに思いだされる。

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雪のあさ

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大路 ー元旦 フォトー

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2013に一歩

         エリコの城壁

民が角笛の音を聞いて、大声でときの声をあげるや、城壁がくずれ落ちた。  (ヨシュア6:20)

ことしも宜しくお願い申し上げます。

 

 

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