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2012年12月

2012年に感謝!!

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 2012年に与えられました多くの花と実と、そして、いただきました多くの叱咤、激励に感謝申し上げます。 


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きょうのことばー『天と地を繋ぐ道』――クリスマス聖日講壇ー

 日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924
)の講壇で語られる説教の要約をお伝えしています。2012年12月23 日(日)の
國光勝美牧師によるクリスマス講壇です。今回は録音の起こしではなく、聴きながら取ったメモをもとに書かせていただきます。

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説教題『天と地を繋ぐ道』ークリスマス聖日講壇ー
聖書引証 イザヤ35:8~10

8そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。
9 そこには獅子もおらず、猛獣もそこに上って来ず、そこで出会うこともない。ただ、贖われた者たちがそこを歩む。
10 に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

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【説教の要旨】
 

きょうは『天と地を繋ぐ道』が、三つの角度から解き明かされました。

1、天から始まった道

詩篇4078 には次のようにあります

そのとき私は申しました。「今、私はここに来ております。巻き物の書に私のことが書いてあります。わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。」

 この部分は、聖書学者によると、天における神さまの話しあい、やりとりの場面を、私たちに少しだけ垣間見させてくださった場面であるといわれている。神さまは、父なる神と子なるキリストと聖霊なる神さまがひとつである三位一体であるが、詩篇4078はこの三位一体の神さまのやりとりです。

 神に似せて造られ、神の喜びであった人間が、罪の中に滅んでいることを、父なる神は憐れみ、救いたく思っておられることが、聖書には始めから記されている。その父なる神が、救いのために何をしなければならないか。それは、罪を犯さない方が人間の罪を身代わりとして一身に引き受けることでした。イエスさまが詩篇40:8で、仰っているのです。「わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります」

 天と地を結ぶ御計画は、先ずこの詩篇40:8から始まっています。人間の側から天に繋ぐ道をつくることはできない、人間の側からは届き得ないのです。イエスさまが地上に来るという〝着工〟がなければ、天に繋がる道はできませんでした。

2、贖いの道

イザヤ358に、「そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない」

この道は、贖いの道であります。これは2000年よりすこし前に着工されました。暦はイエスの誕生を紀元元年としてできております。では、その道を、天から地上のどこに作られたのか。それはベツレヘムのナザレでした。作られるその目的は、私たちを罪と死から解放してくださるためでした。

私は11月に母を天に送りました。このとき、母がこの道を歩んでくれたことに感謝し、不思議に心が満たされ、喜びと感謝が湧きあがりました。これほどの確信を与えてくれた道は、何からできているのか。

ノアの方舟はコールタールで塗り固められていました。コールタールは「贖い」おいう意味に通じるといいます。ノアは「贖い」により、滅びの水から護られました。天地を繋ぐ施工資材は、イエスさまの十字架の血潮です。イエスさまの贖いは、ゴルゴダの十字架の道にまで通じています。私たちにこのような道をつくってくださった。イエスさまは仰る、「わたしが道であり、真理であり、命なのです」。このように大胆に仰るのは、御自身がこの道を十字架によって完成された。これは十字架の上で成就した天から架けられた梯子です。「成就した」とは、十字架の道が完成したという意味です。

3、 迷うことのない道

 イザヤ358「旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない」 

「迷い込むことはない」は、別訳で「迷うことはない」です。迷うことはない、これには、高速道のゲートが思い出されます。然るべき手続きをし、通行券を手にすれば、バーが開いて入ることができる。この通行券が信仰です。本来人は、罪に汚れて、この道を歩む資格のない者です。きちんと自分の罪を悔い改め、十字架は私の罪の身代わりであると信じるとき、バーは開きます。御子イエス・キリストの血が、通行許可証なのです。私たちはイエスさまが備えてくださった道を、有難うございますと入っていくときに、神さまは、「ウェルカム!」、よく来ましたね!と喜んで迎えてくださいます。

天国への道は、故郷に通じる道です。贖われた者たちが還ってくる道です。「われらの国籍は天にあり」。ほんとうの私たちの心の故郷、帰るべき道、それは、この神さまが備えてくださった道以外にはない。2000年前に、この道が備えられていたとは、何と感謝なことでしょう。このできごとが、ルカ伝2章1~20にあるイエスさまの御誕生であります。

亡くなった母のことで、盛岡と松本の間を往復しましたとき、道路わきに三角表示板を置いて停止している車を数台見かけました。エンジンか足回りにか何らかのトラブルがあったのか、或いはガス欠でしょうか。点検や給油を怠れば、車は不具合を生じます。クリスチャンもそうです。クリスチャンも、聖書を読んでおことばに触れること、お捧げすること、集会出席に励むことを欠かしますと、せっかく通行券を手にしていても、三角表示板を出すことになりかねません。どうぞ聖書によく親しみ、整備、点検、給油をきちんとして、神さまが備えた天国への道を豊かに歩んでまいりましょう。

※聴き落とし、或いは、誤筆記がある場合もございますが、お気づきのときには御指摘ください。文責:中ぶんな

 

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立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第13回ーSFマガジン2月号(早川書房)ー

いわての文芸誌『天気図』を率いる編集長である立川ゆかり氏の『是空の作家・光瀬龍』連載第13回(SFマガジン2月号 早川書房)が出ました。
 
立川氏の躍進は、即ち『天気図』同人の躍進にもつながると、毎号応援しています。

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 今回は、立川さんの担当誌面の多くが、光瀬龍の代表作『百億の昼と千億の夜』の読み解きに割かれている。光瀬の人生の何が、作品のどこに投影されているかを、丹念に探り進んでいく。以下に、立川さんが探知した鉱脈ともいえる数行を紹介しよう。 

 実際に光瀬の人生に当てはめて追っていくと、この滅びと創を描いたといわれる長編SF小説は、実は「命」という大変に神聖なテーマを込めて書かれた物語だということがわかるだろう。

 『百億の昼と千億の夜』の鍵は「天命」がもたらす「命」にあると私は考える。

 
あとは、それぞれに、この連載の13回目を読んでいただくことにしたい。

 

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眼の休日

書きたいこと、書くべきこと多々ありますが、眼精疲労のためお休みします。

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旅のフォト 後楽園

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冷え込み

  冷え込んでいる。昼ごろ盛岡市バイパスの北山付近を通過すると、気温マイナス5と出ていた。車は時速30キロペース。凍結路面の怖さを知るドライバーは、ただ粛々とこの速度に則って進む。今夜は氷点下10度まで下がるらしい。

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       旅のフォト  井の頭公園

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キャンドルサービス

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 昨夜、18:30から、インマヌエル盛岡キリスト教会で、キャンドルサービスが行われました。
あとは、これに何も付け加えることはなく、そして、ここに不足しているものは何もない、神のなしたもう集いはこのようであると私は思いました。

 讃美歌がたくさん歌われ、ヘンデルの「メサイア」
第三部(I Know That My Redeemer Liveth)がかけられ、奨励が語られ、キャンドルサービス。前の方から次つぎに蝋燭に火が灯されて、明かりに照らされる人々が、鏡のような母子室のガラスに映し出されておりました。

 そして奨励、『暗きを照らすまことの光』。この光は、
過去を照らす光である。過去に犯した罪を許し、その過去を明るく照らしてくださる。
現在を照らす光である。現在ある足元を照らし、歩むべき道を示してくださる。
未来を照らす光である。私たちの未来に希望を与えてくださっている。

 トーンチャイム演奏があり、最後に、『きよしこの夜』が歌われ、頌栄・祝祷をもってしめくくられました。神さまが喜び受け入れてくださった、豊かな聖霊の恵に満ちた集会でした。

きよしこの夜♪(クリックしてお聴きください)
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※画像は教会制作のプログラムから部分的にお借りしています。奨励は簡略に書いています。      

   
 

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きょうのことばー『その名はインマヌエル』――第Ⅲアドベントー

 日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会の講壇で語られる説教の要約をお伝えしています。2012年12月16日(日)を昨日掲載の予定でしたが、事情により、きょうお届けいたします。國光勝美牧師によるアドベント講壇です。

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聖書引証はマタイ伝1章18~25節です。

18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリアはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22 このすべての出来事は、主の預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。


【説教】

 おはようございます。寒さが和らいでおりますが、きょうは、国政選挙があります。国の為にも皆さんでお祈りいたしましょう。クリスマスもいよいよ来週にせまりました。いつも教会にいらしている方々が、仕事や健康上の理由から休んでおられますが、私たちが、ここに来ることができたことを感謝するとともに、来ることのできなかった方々にも、神さまの御配慮がありますようにと願いつつ、メッセージを取り次がせていただきます。

 「神は、私たちとともにおられる」(マタイ123)。きょうは、このおことばを次の三つの角度から学んでみます。

1、歴史的な事実

2、現在的な事実

3、自覚的な事実

1の歴史的な事実ですが、

「神が私たちを愛していてくださる」。これは一般の方々には抽象的な表現と聞こえるでしょう。しかし、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ316)とは、歴史的な事実です。神は御子イエス・キリストをこの世にお遣わし、この世に介入してくださいました。そして十字架の事実に心を留めましょう。イエスさまの誕生のときには、東方の博士たちがやってきました。また王座に執着するヘロデによって幼子たちが殺されております。イエスさまは、地上にある限り、愛と力に満ちて、神の国がどういうものであるかを説き、力あるわざをなし、神が力と愛に満ちた聖(きよ)いお方であることを教えてくださいました。 

 ある方が話しておられましたが、もし神が、私たちに、御自分の全貌を直接明らかにされたなら、私たちが灼熱の太陽に接すれば一瞬に蒸発してしまうように、その凄さには誰ひとりとして御前に立ちおおせるものはいない、と。なるほどと思いました。そこで神さまは、限界あるわたしたちにも解るように、御自身を絞り、制約したかたちで、御自身を示された、それがキリストの誕生であり、十字架の事実であり、復活の事実なのです。弟子たちが命を賭けて伝道を始めたのは、これらがみな事実だったからです。神はかくも私たちを愛してくださった、先ず第一に、これをしっかりと心に留めましょう。

 2の現在的な事実ですが、

 それは、私たちの心の中に主はおられるということです。そしてきよめの事実があります。「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」(ガラテヤ220)。それから復活の事実。よみがえられたイエスさまはこう仰いました「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい」(マルコ1615

 私たちの心の中に、主はいまもやってきてくださる。ベツレヘムの飼い葉おけの中に身を低くして降ったお方は、信じる者の心の中に宿ってくださる。これは事実です。

 さらに主の前に悔い改め、主に自分を明け渡すときに、心の中に喜びが満ち溢れ、平安をいただく。イエスさまが、「わたしの平安をあなた方にのこす」お仰ったその通りです。イエスさまを迎えるときに、どうか心の片隅にではなく、心の王座に、心の真中心にお迎えしましょう。このように祈り願うとときに、主は平和の君として王の王、主の主として私の心に天の喜びを満たしてくださいます。そしてこれに自分だけが満足するのではなく、他の方々にもお伝えしましょう。私たちには福音伝道の特権もあるのです。「神は、私たちとともにおられる」(マタイ123)、この事実が、ひとりでも多くの方々の現在的な事実となることを祈っております。 

3の自覚的な事実ですが、

 試練のときに、主はともにおられます。「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け」(詩4617)。ほんとうにそうです。またもう一か所、パウロがいま殉教しようとしているときに言いました「しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました」(第二テモテ417)。

 神はいつでもそこにおられる。神はいつでもともにおられる。これこそクリスチャンの自覚的な事実です。そしてこの事実ゆえに「たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。」(234)と証しできることになる。

213を見ましょう。

「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」

 神の幕屋が人とともにある、即ち、神の御臨在のしるしであるイエスさまが宿っていてくださる、これが私たちの自覚的な事実であります。神が私たちとともにいてくださる、これが私たちの信仰のいちばんのものです。この自覚が日ごとに深まり、その事実に融合、同化する、クリスチャン信仰というのはこれに尽きる。ですから、それに向かって、私たちはこの地上に許された信仰生涯を日々歩んでゆくことです。

 この月も、もしかすれば試みのときを通るかもしれない。その道すがらの一場面一場面に、「神は、私たちとともにおられる」この事実を、改めて位置付けたいと思います。

神さまは、三位一体であり、父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神がそれぞれの位格をもって存在されるのですが、クリスマスメッセージを準備するときには、どうしても子なる神イエスさまに焦点をあてている。極めて当然のことではあります。しかしこのすばらしいクリスマスの事実、「神が私たちとともにおられる」事実を、私たちに自覚させるのは、聖霊なる神さまであります。マリヤは聖霊によって身ごもりました。この聖霊のすばらしい働きによって、私たちには、「神が私たちとともにおられる」ことがわかるのです。この御聖霊さまの働きを一層深く心に留めたことでございます。

「神は、私たちとともにおられる」(マタイ123

これは歴史的な事実に立脚しているものであります。そしてそれは、いまの私たちに事実として働いており、そしてそれは、私たちに自覚させるものであるということを一層心に留めて、この次へのクリスマス礼拝へと歩ませていただきたいと思います。

文責:中ぶんな

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クリスマス礼拝 & クリスマス祝会

 本来であれば、ここで先週の説教をおつたえるところ ですが、ICレコーダーから起こしてはあるものの編集する時間がなくなりましたので、あす書かせていただきます。

 きょうは、世界中のキリスト教会でクリスマス礼拝が持たれたはず。私の行っている教会でも、午前中は讃美歌を歌い、聖書のお話しに耳を傾け、イエスさまの御降誕を感謝しました。私も、トーン・チャイムの端っこに入れていただきました。
 午後はクリスマス祝会。小6のふたりの独唱、Y家の小さな3人が、お星が光るピッカピッカ、と賛美。4人の兄弟姉妹によるギター演奏、そして、これが毎年とても愉快なのですが、T姉妹の司会で総参加のゲームを楽しみました。ひろ子牧師と姉妹方(私は入っておりませんが)制作のクリスマスケーキをいただき、交換プレゼントがありました。私はペンケースと温かいニ重構造の靴下でした。もしかして、いつもバック
の底にペンを探っていたのを、そして、かなり地味めの薄いめの靴下をはいていることを、神さまはご覧になってたのかな~。神さま、ありがとうございます!そして、きょうの皆さんの笑顔、笑顔、笑顔と温かさに感謝します!!

 あすはキャンドル・サービスがあります。どうぞおでかけください。

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クリスマス・キャンドルサービスの御案内 2012/12/24(月・祝)18:30~19:30 インマヌエル盛岡キリスト教会

 あなたの人生において、一度でも、教会でクリスマスを迎えてみませんか? いちどは行ってみたい、そう思っていらっしゃるあなた、思い切っておでかけください。

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※掲載のチラシは、國光ご夫妻の長女A姉による制作です。

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冬至・カボチャ

 きょう買い物に行った先で、以前この近所に住んでおられたGさんにばったり出会った。カボチャの話題となり、私はまたもや、ことし我が家で収穫したカボチャ3個の話しを持ちだしてしまった。重さはどれも3キロ代。ここのところ毎日食べている。カボチャ栽培の専門的なことはわからないが、このカボチャは私にとっては驚異的だった。いつかもこのブログに書いたのだが、カボチャを台にしてつくったゴーヤの苗を買って植えたはずだった。それが1週間ほど経って見ると、カボチャに変身していたのだ。人はゴーヤとしてつくった筈のところ、カボチャの性質を選択して生長を始めてしまったというべきかもしれない。つるの伸び方がゴーヤの特徴を示し、10センチ大の大きな花をつけた5センチ大の球状のちっちゃなカボチャが、ざっと見たところでも30個はできていたと思う。恐らくは隠れたところにもあったろう。この多くが、この大きさの段階でしなびたようになり、たった3つだけが大きく育った。とにかく庭もせましと縦横無尽に庭いっぱいに跋扈するという景観を呈した。これまでにカボチャのつるはいくつも何度も見たが、これほどにすごいのは初めてだった。
 Gさんが、「種をもらいに行きます」と仰ったところで、私は、はっとした。切ったときに、中は見事な、芸術的なまでに奥行きを感じさせる空洞となっていた。種はあったかしらん。種の形が記憶にないのだ。家に帰ってから、4分の1切り取ったばかりのカボチャの空洞を見ると、全体の大きさの割には小さく薄っぺらな種が、確かにできている。しかし直感的に、来年この種を植えたとしても、これと同じ実はならない、そう思った。よく見かけるごく平凡なカボチャになるか、或いは、実にまではならないだろう、そんな気がする。Gさんにこの種を提供し、自分も植えてみて、この直感が当たっているかどうか、来年試してみたい。
 姫踊子草に白い花が咲いたとき、私は新種ではないかと思い、わくわくしながら調べてみると、突然変異によって稀に咲くことがあるとわかった。そのとき、私は写真だけを撮って、その周りを保護しなかった。こういうことは一回きり、どこかでそう思っているところがある。しかし、このカボチャは試してみようかと思う。

 人がゴーヤをつくろうと、カボチャの性質のよいところを折衷しようとしたところ、それは思惑に反してゴーヤではなくカボチャになってしまった。そしてそのカボチャは隆々として立派だった。この成り行きが何とも面白い。

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誕生日

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 きょうの関連で思い出すのは、亡き舅の誕生日。
 80歳を過ぎたあたりだったろうか、朝の食卓でみなが「おめでとう」と声をかけていたときにこう言った。
「きょうは爺さんの誕生日だから、爺さんがみんなのために何かをする日だ」
 私は、誕生日にはやはり何があるかと楽しみにしているだろうと、ささやかながら準備をしていたのだが、舅はどうも逆を考えていたらしい。舅は、平たくいうと身銭を切って、ちょっとした買い物を私に頼んだのだった。
 ふつううなら、自分がこの日に何かをしてもらえるはずだと、またそうまで思わないとしても、何かいいことはないかなと思ってもみるだろう。ところがその逆バージョン。
 の発想に感心したものだった。

 さて、クリスマスはイエス・キリストの誕生日。
 もしキリストが、この地上で多くの物を手に入れようとするなら、
今でいうなら中東あたりの石油王の邸にでも生まれただろう。しかしキリストはナザレの馬小屋に生まれた。キリストは十字架に架けられ死ぬために来たという。それを信じる者には天国への“パスポート”を与えるのだという。イエス・キリストの誕生は、そのはじめから、人を救うため己が身を切って生まれきた、そういう誕生であったのだ。

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土の器

 

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 ひとの構成成分は、水分:60~70%、タンパク質:15~20% 、脂肪:13~20%、ミネラル:5~6% 、糖質:1%であるらしい。この成分のトータルの値段をどこかで見たように思うが、そこまでは検索しないでおこう。
 わたしの場合は、もしかすれば、脂肪や糖質がこれよりも多いかと思う。それと人生をここまで生きていれば、病名などというものがつかなくとも、そちこちが摩耗したり、湾曲したり、擦り切れたりもしているのだ。これを補修したり繕ったりしながら、構成体の耐用年限をどれだけ心身ともに健全に延ばせるだろうか。
 この一個の構成体も、土の器にすぎないと自覚せられる昨今だ。しかし今、血が通い脈があり、そして何者かに生かされている、この幸いを客観的に認識できることのありがたさを
 想う。

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サンタがやってきた!

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 きのうまでの天気で、かなり雪が解けたとほっとしていたところに、また今朝雪が降った。広報物をまだ配布していなかったことに気づき、午前中は雪を漕ぎながら町内を一巡。軽やかな雪を踏みながら歩くのは清々しく心地よいものだ。

 11時半から、もりおか童話の会がある。ことし最後の集まりということで、すこしでも顔をだそうかと出かけた。1時からは自治会のちょっとした集まりがある。みなさんが買い物をしてくださったり、ケーキを作ってくださったりしているので、端役でも手伝わなければと、童話の会を12時半に退出。

 何とか1時に間に合い、指示してくださるかたについてプレゼントの包装を手伝わせていただく。2時にはプチクリスマス会の開会となった。
 ケーキは4種類のフルーツを潜ませて生クリームは甘さ控えめ。そして、包まれたプレゼント。みんなの手から手へと渡され渡され渡されていく。神様は私に、いったいどんなプレゼントをくださるのだろうと期待して待つ。私のところで留まったプレゼントは、これ。

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 何と、サンタクロースがやってきたのです。どうやらプレゼントを持って来てくれたようです。これは100円ショップで買ったそうです。しかしこの値段がいくらであるかは問題ではありません。神様がこれを通して私に何を語ろうとしておられるかなのです。大げさでしょうか。こんな子供だましにと思われるでしょうか。
 しかし私はこう考えます。神様は毛皮やダイヤやブランド品を通して御自分のメッセージを伝えることは好まない。むしろ、あるかないかのほんとうにささやかなものを用いてメッセージをくださると。
 「メリー・クリスマス」と書いてあります。私にとっては最高のプレゼントでした。


 

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誰からも何処からもプレゼントが来なくたっていい

  サンタさんはもう11月から出現していました。クリスマス商戦、歳末商戦の真っただ中。年間売り上げの割合達成のため、企業も存亡を賭けての戦いです。

 ことしのプレゼントは何にしようか、今年はどんなプレゼントがくるのだろうか。サンタさんはもう煙突からやってはこず、子どもたちの大方は、実は親が準備することをもう知っている。

 しかし、しかし、クリスマスにどんなものを貰えるか貰えないかは、ほんとうは関係がない。クリスマスプレゼントが誰からも何処からも来なくても、クリスマスプレゼントはすでに準備されている。

 神の子イエス・キリストが、人間の赤ちゃんの形をとって、この地上に来てくださったこと、これこそが神からのプレゼンです。誰からも、何処からもプレゼントが来なくたっていい。ここに最高のプレゼントがあるんです。信じて、これを受け取るなら、クリスマスはもうあなたに来ています。

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初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

この方は、初めに神とともにおられた。

すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。

この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。

光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

               ヨハネ1:1~5

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確かで安心

 近頃はまともにニュースも見ていなかったが、断片的に見たところで驚いたのがコロラド、ワシントンで大麻の合法派が多数を占めたことだ。動転した。多数決が必ずしも正しいとは限らない典型だ。そして銃の乱射。神の裁きだなどというつもりはない。亡くなった方々にこんな死に方をしなければならない理由などない。しかし大変な悲劇が起きたものだ。
 そしてきょうはもっぱら衆院選の自民党圧勝報道だ。民主の旗がこれほどまでに惨敗するとは思わなかった。不安要素も大きい。このような日に私が一日中やっていたのは掃除。やり始めたら次つぎに気になる。

 原発は? TPPは? 尖閣は? 被災地は? 9条は? 不安だらけの世の中に、ほっこりと温みをくれたのは政治家の公約でもなんでもない、ごく近場にいらっしゃる方々だった。
 こんどのいきいきサロン、これは地域の自治会が行っているものだが、ひとりで家にいないでここに出てきてみんなでお茶のみましょうという企画。そのためにみなさんが、ケーキを試作してくださったり、景品を買いに走ってくださったり、さまざまな準備をしてくださっている。集まった人たちに何とか喜んでいただきたいというその行動には気分がほんわかとなった。このような政治の大逆転の日に、耳にした圧勝政党の選挙公約よりも、この地域の方々の一つ一つの行為の方に確かで安心な思いがしたのはなぜだろう。

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きょうのことばー『天からの梯子』――第Ⅱアドベントー

日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会の講壇で語られる説教の要約をお伝えしています。きょうは2012年12月9日(日)國光勝美牧師による礼拝説教です。
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【説教】

 

おはようございます。本格的な冬になりました。7日にはまた大きな地震がありましたが、皆さまは何処におられましたでしょうか。再び311の惨事が起こるかもしれないと思うと、胸に突き上げる悲しみ、疼きがあり、思わず涙ぐみました。沿岸の人たちは一刻もはやく逃げてくれと念じました。報道によると、まだまだ余震は起こり得るということです。また気を引き締めて対応しなければならないと思っております。

昨日から本格的な降雪、数時間かけて除雪しましたが、今朝見ますと、また積っており、雪かきをいたしました。これからが冬本番です。

 

きょうの御聖言(みことば)ですが、S兄が書いた多くの書の中に、篆書(てんしょ)で書いた一枚「かしこに 大路 あり』があります。篆書は隷書や楷書のもとになっている字体で、よく印章や碑銘に用いられています。この『かしこに 大路 あり』は、イザヤ358にあるおことばで、イザヤ書に記されているメシヤに関する預言のひとつです。S兄のお見舞いに行ったときに、これを揮毫するときの思い入れを伺うことができました。

 

創世記2810~にはヤコブという人物が、お父さんをだまし祝福を先取りしてしまい、双子の兄弟エソウを裏切り、エソウに憎まれ命が危なくなり、逃れるために急遽お母さんの実家であるバダン・アラムへと旅をしたことが書かれています。ヤコブという人物は、歴とした神の祝福の血筋です。イエス・キリストの系図にもアブラハム、イサク、ヤコブとその名が記されております。ヤコブという人物は狡猾であり、どちらかといえば、あまり友だちにはしたくない、付合いたくないタイプです。それでもけっこう神の祝福を受けているところが鼻もちならないと感じる方もいらっしゃるでしょう。しかし神様は、そのような人物をも恵に加えてくださっています。

 

創世記282022には、

20 それからヤコブは請願を立てて言った。「神が私とともにおられ、私が行くこの旅路を守り、食べるパンと着る着物を賜り、
21 無事に父の家に帰らせてくださり、こうして主が私の神となられるなら、
22 石の柱として立てたこの石は神の家となり、すべてあなたが私に賜る十分の一を必ずささげます。」

 

 とありますが、これは、ヤコブという人物の性格がよくあらわれているところでもあります。

 

 ここからが本題ですが、2811~を見ますと

 

11 ある所に着いたとき、ちょうど日が沈んだので、そこで一夜を明かすことにした。彼はその所の石の一つを取り、それを枕にして、その場所で横になった。
12 そのうちに、彼は夢を見た。見よ。一つのはしごが地に向けて立てられている。その頂は天に届き、見よ、神の使いたちが、そのはしごを上り下りしている。
13 そして、見よ。主が彼のかたわらに立っておられた。そして仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。わたしはあなたが横たわっているこの地を、あなたとあなたの子孫とに与える。
14 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、あなたは、西、東、北、南へと広がり、地のすべての民族は、あなたとあなたの子孫によって祝福される。
15 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。
16 ヤコブは眠りからさめて、「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった」と言った。
17 彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
18 翌朝早く、ヤコブは自分が枕にした石を取り、それを石の柱として立て、その上に油をそそいだ。

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そして、その場所の名をベテルと呼んだ。しかし、その町の名は、以前はルズであった。 

 S兄は、書で、『路』を象形化すると、上る足と下る足が含まれていると仰います。ヤコブが見た、天と地をつなぐはしご、そこには神の使いたちが上り下りしている。S兄が書かれた『路』に含まれる上る足とは、神様への賛美を頭上に掲げて上っていく足であり、下る足とは、神様のみことば、祝福をいただいて下りてくる足のことです。「かしこに大路あり」とイザヤはいいました。まさに天と地を結ぶはしご、これは天と地を結ぶイエスさまの十字架のことであります。私たち汚れた者たちを救いに至らせ、神様に結びつけてくださる十字架のイエスさま。

 

 イザヤ書の方には、贖われた者のみがこれを通ることができるとあります。このはしごは、地に立てられ、天に届き、そしてそのかたわらには主が立っておられる。インマヌエル、「神われらとともにいます」。これはまさしくクリスマスのできごとです。 

 主御自身が、天からこの地上に降りてきてくださった。そして、イエスさまは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハネ146)「わたしを信じるものは永遠のいのちを持つ」と仰って、そこに大路を敷いてくださった。あとは、私たちがこのクリスマスに、感謝と賛美を満たした器を神様にお捧げし、そして神様から、みことばと祝福をいただいて下ってくる。この上り下りが、あのイザヤの358と創世記28章に書かれていることなのです。

 

 創世記2816、ヤコブは眠りから醒めて、「まことに主がこの所におられる」とわかった。ほんとうに主はここのところに、私たちとともにおられるのです。

8 そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。9 そこには獅子もおらず、猛獣もそこにて来ず、そこで出会うこともない。ただ、贖われた者たちがそこを歩む。10 に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンに入り、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、悲しみと嘆きとは逃げ去る。

※書に関して説明不十分な個所もございますが、実物をご覧になりたい方は、教会にお問い合わせください。文責:中ぶんな

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齊藤直次さんの旧満州「吉林における終戦体験 その2

吉林を占領した国府軍は、八路軍の反攻を極度に恐れ、吉林を取り囲む山や河や野などいたる所にトーチカ陣地や砲台の建設を始めました。人夫は勿論日本人の使役です。いちばん辛いのは山上の陣地構築で、重い砂やセメント、砂利、それに水をt運ぶのに大変な苦労を重ねました。
 トーチカ陣地の構築に並行して、八路軍に破壊された松花江の鉄橋の修復工事が日本人に下命されました。八路を進撃するためには、この鉄橋の修復は絶対に必要なのです。6月鉄橋工事が開始され、私も陸軍兵舎の生田、今村家族に別れを告げて、厚生会館の塾に戻り、松花江の工事現場に向かいました。
 鉄橋工事は3工区に分かれ、満鉄グループ、市内一般グループ、対岸の化学工場グループがそれぞれ工区を受け持ちました。応急処置ですから、材木のピーヤを何本も打って枕木を並べるわけですが、私らはいわゆる土方で、ヨイトマケの綱引きを昼夜兼業でやりました。河岸に引き込まれた貨車の中が宿泊場です。満鉄組は私ら若者を中心に200名が動員されました。日本人が大勢でエカ(クーリー・土方)をやっているというので、中国人が次つぎと見物に来ました。それを当て込んで物売りが声をはりあげ、賑やかな盛り場に一変しました。
 やがて、新京から持ち帰った鉄道局幹部の情報によると、吉林日本人の帰還事務開始近しとの朗報に、工事現場の一同は雀躍して喜びあいました。この工事が終われば、日本に帰れるという大きな期待が確実になりつつあるので、夜を日につぐ突貫工事も順調に進捗し、予定通り試運転を迎えたのが7月3日のことでした。
 その日の喜びは二重でした。苦労したかいのあった鉄道の貫通と、内地引き揚げがほぼ現実となったことです。河原の炊事場では、当番がこの日の為に取っておいた白米のおにぎりと、豚肉の御馳走を準備しています。もう夕方に近かったのですが、国府軍の偉い将校も列席し、私たちは茶飲み茶碗にパイチュウをなみなみと注いで、今や遅しと、試運転機関車の通過を見上げておりました。めでたく試運転を終えて、すばらしい美酒の乾杯をと考えた塾長の粋なはからいだったのです。
 やがて蒸気をふかしながら待機していた機関車の先頭に赤と青の手旗をもった操車員が乗り、その脇に日本人の工務区長が現場責任者として乗りました。機関士も助手も中国人です。ひときわ高い汽笛を鳴らして試運転車は静かに動き始め、満鉄班の工区を通りました。メリメリメリ…と枕木がきしむような音がしましたが、そばにいた工務区線路班の男が、木のピーヤだからああいうめり込む音がするのだと云ったので、少し安心しました。しかし、悲劇はその直後にやってきたのです。
 満鉄工区を過ぎ、市内班工区にさしかかったとたん、機関車は轟音と共にまっさかさまに水の中に落ち込んでしまいました。         -つづくー 

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クリスマス・キャンドルサービスの御案内 2012/12/24(月・祝)18:30~19:30 インマヌエル盛岡キリスト教会

 あなたの人生において、一度でも、教会でクリスマスを迎えてみませんか? いちどは行ってみたい、そう思っていらっしゃるあなた、思い切っておでかけください。

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※掲載のチラシは、國光ご夫妻の長女A姉による制作です。

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齊藤直次さんの旧満州「吉林における終戦体験 その1

 こんど発行される予定の、いわての文芸誌『天気図』に、『槿花の露ー吉林のある音楽活動』と題し、齊藤直次氏の証言を基に多くを書かせていただきましたが、音楽の側面からの取り上げが主でしたので、取材するも、書き込めなかった事項が多くございました。戦争体験は他にも著書、ネット上に多くございますが、その体験はお一人お一人異なる重大な証言ですので、これを独断で無駄にすることは許されることではないと考え、このブログ上に記しおく次第です。以下は齊藤直次氏の証言です。

 親しくしていた梅村さんたちは、昭和21年8月17日、満鉄関係の第2陣、吉林第11遣送団として吉林を離れ南下した。私は独身者全員の留用命令に引っかかり、その約1カ月遅れで吉林を出発した。
 満鉄の第一陣は、陸軍兵舎にいた生田さんや今村さんたちで、第10遣送団に組み入れられ、8月14日に約2000人が吉林駅に集結し乗車した。
 吉林市の遣送が始まって、第一遣送団が出発したのは、7月21日です。開拓団など難民の人たちや、街の人たちが先に帰りました。
 八路軍が吉林を支配していた間は、内地引き揚げの話を聞くことはなかったが、5月下旬、国府軍(国民政府軍)が吉林に入城してから、こんどこそは帰れると大きな希望を持ち、日常の生活にも明るさが出てきた。
 八路共産軍と国民党軍の戦い、いわゆる国共内戦は、八路軍の吉林支配とともに顕著になり、吉林郊外の戦場から傷病兵が間断なく送られてきました。私らは軍夫として八路傷病兵を病院に運び、ときには阿鼻叫喚の戦場にタンカを持って出向き、夜陰に乗じて死傷兵を収用して貨車に運ぶなど、大変辛い思いをしました。しかしこの戦いは八路の負けであることがありありと見えたので、心の中では快哉を叫んでいました。
 新京方面の山々から、ドスーンという大砲の音が昼夜の別なく響いてきました。たったいま、駅から病院に運んだばかりの傷兵を、直ぐ駅に戻せという命令で、再びタンカを担いで大馬路を逆戻りしました。病院から医療器具を満載した大車(ターチョ・荷馬車)が大急ぎで駅に向かって走っていく。国府軍の大砲の音がすぐ近くに聞こえ、大馬路は、敗走する八路将兵と大車でごった返し、吉林の街はしばし混乱が続きました。
 記録では5月27日となっていますが、敗退する八路軍は、敵の進路を阻むために、松花江に架かった吉林大橋と、その下流にある鉄橋を爆破して逃げていきました。大砲の音と違うその爆破音に、不安と戸惑いを生じるばかりでした。この両方の橋の大掛かりな爆破作業はすべて日本人の使役にやらせたのです。この日梅村のおじいさん(梅村保)も遠方の使役に駆り出されていたらしく、爆破を目撃したのかどうかわかりませんが、吉林大橋が爆破されたと、その凄さ、怖ろしさを私に語ってくれたのをはっきりと記憶しております。
 こうして待ちに待った国府軍が、青天白日旗をへんぽんと翻しながら、吉林市に進駐してきたのだった。当然のことながら、吉林省政府と軍管区師団長の連名による布告が出されました。ソ連軍が撤退し、八路軍が後釜にすわって僅か1ヶ月半経ったばかりのことでした。
                                -つづくー

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サプライズ

 12月1日のふたりの息子たちからのサプライズはヘリコプタークルージングだった。2時から搭乗の予定だったが、天気が危ぶまれ4時に変更してくれないかとの電話が入ったようだった。もし2時に乗っていたなら、あの素晴らしい日没を見ることはできなかったろう。

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 今回は、家族4人がさまざまな越し方を、それぞれに胸中に振り返ったときだったように思う。主人は二男が駆けつけてくれたことが殊の外嬉しかったようだ。コンサートも素晴らしかったが、4人が何年かぶりで一つ心になることができたこのサプライズは、何にも代えがたい思い出である。

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 夕日は大きく眩く輝き西に没したが、二男が私の真向かいで、楽しそうにビルの一つ一つを説明してくれたことを、私は決して忘れることはないだろう。

  その翌日からは姉と甥がそちこちを駆け足で案内してくれた。特に甥が最終日に案内してくれた某大学の研究棟の中の雰囲気などには、さまざまに想うところがあった。感謝したい。 

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ベートーヴェン全曲演奏会ーバイエルン放送交響楽団&マリス・ヤンソンスー

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 11月26、27、30日、12月1日の4日間、サントリーホールでベートーヴェンの全曲演奏会があった。30日と1日、交響曲第6、7、8、9番を2夜に亘って聴くことができた。この演奏会への絶賛は、すでにウェブ上に溢れており、今更書くまでもないが、生涯記憶の中に反芻されるだろう。


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 ウェブ上で見かけなかった感想を書くとすれば、名演奏が間合いにもたらす静寂には、何人をも寄せ付けない高い緊密さ、緊迫感があった。それをも含め、徹頭徹尾、実にすばらしかった。いつ果てるとも知
れないブラボーと拍手、の嵐、それに幾たびも応えてくれたヤンソンス&バイエルン放送交響楽団、バイエルン放送合唱団!!

 今回のツァー予定は以下の通りでした。
11/23京都コンサートホール
11/24兵庫県立芸術文化センター
11/26、27、28、12/1東京サントリーホール
12/2横浜みなとみらいホール

 このコンサートを聴くチャンスをくれた神に、そして、プレゼントしてくれた息子に、喜びとともに心からの感謝を表します。

※2枚目写真はカラヤン広場。4枚目はまもなく開演のステージ

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きょうのことばー『暗闇を照らすまことの光』――Ⅰアドベントー

 日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会の講壇で語られる説教の要約をお伝えしています。きょうは2012年12月2日(日)國光勝美牧師による礼拝説教で、この日は他出しておりましたが、CDをお借りできました。

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説教題 『暗闇を照らすまことの光』

 ―Ⅰアドベントー

聖書引証 ヨハネ1:1~13
1
初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
2 この方は、初めに神とともにおられた。
3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。
6 神から遣わされたヨハネという人が現れた。
7 この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。
8 彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。
9 すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
10 この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
11 この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。
12 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
13 この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。

説教】

 すでにご存じの通り、長野県の松本におります牧師の母が1127日(火)やすらかに天に召されました。葬儀に際しまして、皆さま方からのお祈りと心遣いを頂戴しまして、心から感謝を申し上げます。有難うございました。松本のホーリネス教会をお借りして執り行われました葬儀に関しましては、後ほど例会で御報告申し上げます。

 きょうはアドベントの第一週でありますが、このたびの母の死という個人的な体験を通しまして、「すべての人を照らすそのまことの光」であられるイエスさまをお証しするのもまた相応しいことではないかと思っております。

 私は昭和22年生まれですが、初めて死を意識したのは、近所の年上の子どもたちと日が暮れるまで外で遊んでいた頃です。子どもたちが簡単に「死んじゃえ」という意味がわかりませんでした。家に入って母に訊くと、「そんなこと、子どもは考えなくていいの」と言われ、いよいよ判らなくなりました。そんなとき、近所の1つ年上のひできくんが亡くなりました。ひできくんの母親は、感染症を恐れて、ひできくんには決して生水を飲ませない程注意していたにも関わらず、ひできくんは病気で亡くなりました。これが死というものなのかと思いました。それから間もなく祖父が亡くなりました。私の家は理髪店でしたので、1、2か月に1度は、娘である母のところに散髪に来たものです。私はその祭壇の前で子どもたちと相撲を取ってあそんだ記憶があります。大人たちが、「孫たちがこんなに元気で賑やかにしていればおじいちゃんも喜ぶ」と、咎められることもありませんでした。

 決定的に死に直面したのは小6になろうという春、一緒に暮らしていたとおる兄ちゃんの死でした。私をとても可愛がってくれた人です。本当は叔父にあたるのですが、私と歳が近かったので、とおる兄ちゃんと呼んでいました。薬物で命を絶ったのです。その数カ月前から、私に記念となるようなものを作ってくれたり、古いアルバムを持ち出しては、夜遅くまで、あのときはこうだった、このときはこうだった、などと話していました。私は蒲団の中で相槌を打っていたのですが、いつの間にか眠ってしまっていました。それが松本の病院に運ばれることになろうとは。両親は、助かるかもしれないと付き添いました。私は姉と必死に仏壇や神棚でどうか助かるようにと祈りました。しかしついに329日に亡くなりました。

勝美は可愛がってもらったからと傍に行かせてもらい、とおる兄ちゃんに指で触りました.私は、自分はもう2度と笑うことはないだろうと思いました。担任が家庭訪問に来ました。私がぼうっとして窓の外を見ているのだが、何だかようすが変だと両親に伝えたようでした。とおる兄ちゃんが死んだ時から、私の心の中にどす黒い炎があり、いつまで経っても消えません。外から帰ってひとりになると、なにも苦しんで生きてることはない、薬を飲めば死ねるじゃないか。「なあに」「どうせ」が心の中で私の口癖になりました。実際それは死への甘やかな誘いでした。 

同じ心境で中、高時代を過ごし、大学時代を過ごしていたところ、4年のときに、イエス・キリストを信じました。これが救いというものかと喜びを実感していたときに、はっと気づいてみると、あの黒い炎が心の中から消えていることに気づきました。この黒い炎を消すために信仰をもったのではありません。結果的にそれが消えていたのでした。

毎年3月に教団の年会が東京でありますので、そこから松本に足を延ばしては、とおる兄ちゃんのお墓参りをしています。とおる兄ちゃんの死を無駄にはできない。牧師になってからは一層その思いが募りました。

私が20歳になったとき、両親が私にとおる兄ちゃんが便せんに鉛筆書きした遺書を見せてくれました。そこには、「おれの人生は八方塞がりだ」と書かれていました。

とおる兄ちゃんは、中学生の頃か、何度かキリスト教会に行ったことがあったようです。路傍伝道のチラシや聖書を家に持って帰り、見せたところ、おじいちゃんが「そんなヤソ教に行ってはならん」と止めたのです。私は、もし彼がイエスさまを信じていたなら死なずに済んだかもしれないと残念でなりません。私は、とおる兄ちゃんのように苦しんでいるひとに福音をお伝えしたい。それがとおる兄ちゃんの死を無駄にしないことだと思っています。

そしてまた、今回、親の死を経験しました。寂しさはあっても、悲しみはありませんでした。ただ母は天に移されたのです。良かったという晴れやかな思いを持っています。ヨハネ伝に「すべての人を照らすそのまことの光」なるお方が世に来たとありますが、人生の暗闇は、罪、病気などさまざまですが、最大の暗闇は死です。それをどのように迎えるかなのです。 

 イエス・キリストは、わたしの罪を背負って十字架に架かり、神の呪を受け、死というものを余すところなく経験され、よみがえってくださいました。そして、イエスさまは、わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。」「わたしを信じる者は死んでも生きる」と仰るのです。御自分がよみがえったことを弟子たちに証しし、そして、その弟子たちが、キリストの福音はよくできた作り話ではないのだと証ししています。

罪を赦し、永遠の命、栄光の望みを与え、暗闇を照らすまことの光であるイエス・キリストがこの世に来てくださった、これがクリスマスのできごとであります。これをしっかりと捉えて、この地上生涯をともに歩ませていただきましょう。 

※文責:中ぶんな

 

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きょうの不思議

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 短歌、俳句、川柳、詩を書いていた時期がある。新聞の投稿欄の見よう見まねで書き続けていた。そのうちに、大正時代の音楽関係をまとめる必要から、小説に転じた。そしてやっと、著書『光炎に響く』(新風社)を出版。後になって地元から出した方がよかったと思いもしたのだが。一方、文章修業のために「もりおか童話の会」(現在は会員のほとんどの方が小説を書いている)に入っている関係で、たまには童話も書いた。私の書く童話は自分でもよいとはいえない
 ところが、私の書いた童話を読んだ主人が、「この程度の童話なら自分にも書けるかもしれない」と、
 3、4、年前から1年に1作を書くようになった。そして今年書いた作品を、どうも県の芸術祭の児童文学部門に投稿していたらしい。何と、それが入賞してしまった。最高の賞ではないけれども表彰の対象となり、きょうがその表彰式だった。大雪のさ中に出かけて、雪が止んだところに帰宅。
 私は、表彰状を広げて読んだ。そしてきょうの日付に眼が留まった。天がこれを通して私に何を語っておられるかをしばし考えた。
 主人が児童文学を書く、これだけは予測できなかった。思えば不思議なこともあるものだ。

  
   

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バッハからの贈り物~珠玉のカンタータ~ VOl.2 -盛岡バッハ・カンタータフェライン&東京バッハ・カンタータ・アンサンブル 2013/1/13(日)15時開演 マリオス大ホール

 今夕またしても震度5弱という強い地震がありました。3・11がまざまざと思い出されたことです。このような日に、このようなコンサートの御案内をするのもまた意味のあることかと思います。

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 盛岡バッハ・カンタータ・フェラインは、1977年 「カンタータを歌う会」として発足。以来、一貫してJ.Sバッハの曲を中心としたドイツ・バロック合唱曲の研究、演奏を行っている。1991年ドイツにおいて「作品の語感、音、そして精神の完熟」という現地新聞の批評を受ける。合唱指揮者佐々木正利のドイツバロック音楽に対する卓越した見識に基づく、熱意溢れる指導の積み重ねがあり、H.リリング、H.ヴィンシャーマン、H.J.ロッチュ、J.ツィルヒ、岩城宏之等、世界的指揮者との共演を重ね各指揮者より、ドイツ・バロック音楽を音楽的かつ人間的に表現できる合唱団として、熱い評価を得るようになった。今回のJ.Sバッハのカンタータ・オンリーの演奏会は2008年6月以来、約4年ぶり。-以上は団の「プロフィール」からの転載です。-

【プログラム】

カンタータ第4番「キリストは死の縛めに捕われました」

カンタータ第93番「ただ愛する神の支配にまかせる人」

カンタータ第161番「来てください、甘美な死の時よ」

カンタータ第102番「主よ、あなたの目は信仰を顧みます!」

 ソリストは10人の方々が岩手出身、そして秋田、青森、福島、神奈川出身の方々です。

 

 

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きょうのことばー『主イエスに従う生涯』―ヨハネ伝連講(125)-

 日曜日には、インマヌエル盛岡キリスト教会の講壇で語られる説教の要約をお伝えしていますが、ブログ筆者が日曜日にかけて他出したことと、帰宅後ネット接続の不具合を生じたことで、掲載しかねました。大変遅れましたが、きょうは20121125日(日)國光勝美牧師による礼拝説教を書かせていただきます。

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 11月には國光勝美牧師のお母様が、牧師ご夫妻と御親族に見守られながら天に召されました。天にある更なる祝福を心からお祈り申し上げます。

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説教題『主イエスに従う生涯』―ヨハネ伝連講(125)-

聖書引証 ヨハネ伝212025

20 ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子があとについて来るのを見た。この弟子はあの晩餐のとき、イエスの右側にいて、「主よ。あなたを裏切る者はだれですか」と言った者である。
21 ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ。この人はどうですか。」
22 イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」
23 そこで、その弟子は死なないという話が兄弟たちの間に行き渡った。しかし、イエスはペテロに、その弟子が死なないと言われたのでなく、「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか」と言われたのである。
24 これらのことについてあかしした者、またこれらのことを書いた者は、その弟子である。そして、私たちは、彼のあかしが真実であることを、知っている。
25 イエスが行われたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う。

【説教】

 クリスマス節季を迎えようとしております。きょうで一先ずヨハネ伝の連講を締めくくらせていただこうと思っております。

 前回では、信仰生活というのは、主イエスさまから「わたしに従いなさい」というお声をかけられたなら、生涯このお方に従って歩んでいくことであるとお話ししました。きょうは、このおことばをまた別な角度からお話しします。

ヨハネ211819には次のようにあります。

18 まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」
19 これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話になってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

 ここにはペテロの殉教が予言されています。ペテロが最後にどのような死をもって神の栄光をあらわすことになるかをイエスさまは御存じのうえで「あなたはわたしに従いなさい。」と仰ったのです。ところが、ペテロはそれに対して、イエスの愛された弟子、即ちヨハネを指して、ではあの人はいったいどういう死に方をするのですかとイエスさまに訊いたのです。イエスさまの弟子の中で、誰がいちばん偉いのか、自分はいったい何番目なのか、自分が筆頭格であると思うものの、どうもヨハネの方がイエスに近しくあるようだなどと、ペテロにとってヨハネはいつでも気になる存在でした。ペテロの気持ちをよく理解しておられるイエスさまは、22節でお答えになりました。

「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」

 信仰生活を送りますとき、案外このような課題にぶつかってしまいます。聖宣神学院に深く関わりながら神様に仕えておられたK先生でさえ、同じところに共に労するI先生の働きの素晴らしさに、ちょうどペテロのような想いに陥ったといいます。神様の光が強い環境にいるだけに、一層追い詰められていく自分を感じていた。そんなときに、K先生は高熱に冒されました。医師が「危ないから会わせたい人たちを呼んでください」と言いました。駆けつけたK先生の母親Y姉が言いました。「K子、神様の前に悔い改めることがあったら悔い改めて天国に備えなさい」。高熱に冒されると体質が変わるといいますが、命を取り留めてからは、以前にあった健康的な課題やI先生に対する感情的な課題がなくなり、体力的、霊的に強められ、全く新しくなった自分を実感したそうです。

 信仰生活にサタンが持ち込むいちばんの罠は、「あのひとはどうなのか」という思惑です。しかしイエスさまは、「あの人がどうとかこうとかいうのは、あなたにとって何の関係があるのか、あなたはわたしに従いなさい」と仰る。こういったさまざまな思惑は、信仰生活を全うするうえで、神様からあつかわれなければならない大きな要素です。その角度からみますと、イエスさまのペテロとヨハネのあつかいは実に的確です。

 また、「わたしに従いなさい」というのは、無批判で無責任な盲従を強いているのではありません。服従しないと必ず悪いことが起きるなどといって人に恐怖心を与えようとするものでもありません。私たちが神様に従う、イエスさまに従うというのは、喜んで仕え従うことです。Sご夫妻がよい例です。S兄弟はいま人生の締めくくりを意識され、信仰生涯の締めくくりを的確に見据えておられます。訪問するたびに、むしろこちらが恵をいただき励まされました。

 S夫妻は真剣に聖書に向き合われるがゆえに、またホーリネスを求め続けて幾つかの教会を経て、最後にこの教会を選ばれ来会されました。ちょうどS夫妻が訪ねてこられたとき、この教会は会堂問題に直面していました。会堂が手狭になり、どうしても新たに獲得しなければなりませんでした。私は率直に、いまこの教会にいらっしゃいますと、皆さま方と共にこの重荷を負っていただくことになると申し上げました。するとS夫妻は仰いました。「私たちはイエスさまに献身して信仰生活を始めた者です。こんな光栄なことはありません。喜んでそれに加わらせていただきます」。これがS夫妻の選択でした。盲従ではありません。何が、どのような選択がイエスさまに喜ばれるのか、それが選択の基準だったのです。S兄弟は病床で、あの時の選択を、「私たちにとって、生涯の大きな喜びでした」と振り返っておられました。

 第一ペテロ221
21 あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。

 このようにあります。「従いなさい」というとき、これはイエスさまの十字架への足跡をたどることなのです。その十字架の先には、復活と栄光があります。イエスさまと一緒に十字架を負ってはじめて、復活と栄光という勝利があります。

 またこの十字架を負って歩む中にも、たとえリーダーであっても、完璧な人間はいません。神は完全です。しかしどんなに優れていようとも、完全な人間はいません。その欠けたるところを互いに補いあい、支えあいましょう。初代のリーダー蔦田二雄師を補佐する方々が周りにおりました。Y姉妹もそのひとりでした。Y姉妹は、蔦田師が苦境のときにも、聖書が説くように、油注がれた者、即ち聖職者には敬意と尊敬をもって仕えました。そのあり方に、私は、多くを教えられたものです。

 私も、果たしてどれだけのものを持って、この講壇に立っているだろうかと、自らに問いなおすことがあります。私には、この講壇で、教会に集っているこれだけの方々がゴールのテープを切るまでお導きする責任があります。どうか牧師の為に祈っていただきたい。このような者が、尊い神様の、キリストの体である教会をマネージメントし、聖言を取りつぐ立場にあるのです。皆さまに忍んでいただいて、そして祈りをもって助けていただきたい。

 イエスさまに従うということは、結局、キリストの体である教会に喜んでお仕えすることにつながっていく。そのような働き人であらせていただきたい、祈っていただきたい。ヨハネ伝連講を締め括ろうとするとき、きょう掲げました引証聖句に眼が留まり、またS兄姉方にそのありようを大きく教えられたことは、まことに相応しいことであると心から思うことであります。

 信仰生涯、これは始めから終りまで、主に従っていく生涯であるということ、そしてそれは決して、「主よ、このひとは如何に」というようなことではなく、飽くまでイエスさまを見上げて、イエスさまに従っていくことであり、そして、それはまた、キリストの体である教会を愛し建て上げるために自分はいったい何を為すべきかを、心から謙って、そこに身をあてはめていく、そのことに尽きると教えられたことであります。私自身も、まだ十分にこれを咀嚼しきれていないかもしれません。しかし、大切な真理を共にさせていただいたことであります。

※文責:中ぶんな

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