音楽の位置ー『異国の丘』
軍歌を歌うと眉をひそめる方々もおられる。わたしも一時期、よく考えもせずに否定していたことがある。しかし今回戦前吉林に暮らした方の話しを伺い、また当時唄われていたさまざまな曲を聴いて思いめぐらすとき、たとえその始めが軍歌として作曲されたものであったとしても、その歌がどこでどのように愛され唄われ、或いは演奏されるかによって、その曲の、人にとっての価値が見えてくるように思った。だからと言って戦争を肯定するのではない。それとこれとは別問題で、謂わんとするところは曲の持つ独立性といった特質のことである。
またクラッシクはたしかに素晴らしいけれども、どん底にある多くの人たちが励まされる曲が流行歌であったとしたなら、やはりそれは素晴らしいものであるという認識を持った。
曲は歌詞によってイメージを決定づけられる場合も多い。しかしときには、曲と歌詞を切り離して聴いてみるとき、また違った共感が得られることもある。
さまざまな芸術、芸能の中では音楽は、殊にも曲となると、独自の独立性があるように思う。
『異国の丘』は一九四三(昭和十八)年に吉田正が軍歌として作曲している。そのとき吉田も満州にいた。陸軍上等兵だった。当時大興安嶺では耐寒訓練が行われていたが、この原曲はもともと『大興安嶺突破演習の歌』だ。戦後シベリアに抑留された増田幸治が作詞。原題は『昨日も今日も』であるが、この歌は抑留され極限にある多くの日本人の心を慰め励ました。
今日も暮れゆく 異国の丘に
友よ辛かろ 切なかろ
我慢だ待ってろ
嵐が過ぎりゃ
帰る日も来る 春が来る
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