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忘れてはならない音楽家ーチェリスト村井正一氏ー

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 この方がどなたかご存じの方々は多くいらっしゃるはずです。岩手県盛岡市長田町に住処を構えて、地道な音楽活動を貫き続けたアマチュアのチェリスト村井正一氏です。
 私が村井氏に初めてお会いしたのは、村井氏最晩年のとき、ちょうど奥様の介護をしておられたときでした。大正時代に太田村に産声をあげた弦楽四重奏団太田カルテットの主宰者梅村保氏についてお話をきくためでした。その時点では、太田カルテットを調べることに手一杯で、実は、村井氏ご本人についてはあまりお聞きしないでしまったのです。ところが近年になって、当時かき集めた資料を捲っているうちに、盛岡の音楽史には重要な方であることに気づくとともに、岩手に於いて僻地といわれるところに、或いは、それこそ良い感性の糧、温かさを必要とする少年院のようなところにも、如何にしてか音楽の楽しさを届けようと尽力されている。地域への貢献が、昭和42年時点で東北ではただひとりの日本青年会議所のゴールドメダル受賞となり、また少年院への貢献が、昭和48年の法務大臣感謝状となったわけです。
 村井正一氏は1912(大正元年)11月10日生まれ。この年には、12月7日一戸町小鳥谷に彫刻家舟越保武が生まれ、同じく1912(明治45)年4月19日東京渋谷には画家松本竣介(佐藤俊介。後に松本禎子との婚姻で松本竣介となる)が生まれています。この3人は後年揃って旧制盛岡中学校(現県立盛岡第一高等学校)に入学。しかし村井氏は5月半ばに喀血。僅かひと月半で退学せざるを得ませんでした。松本も入学した年に脳脊髄膜炎のために聴力を失っています。松本は3年次で退学し上京、太平洋画会研究所で絵画を学びます。舟越は1933(昭和6)年に盛岡中学校を卒業.。3年を経てから東京美術学校彫刻科に進学します。
 村井氏は独学で無線技術を習得し昭和14年東芝の技術部入社。同15年その子会社である七欧無線に入っている。本職よりも音楽に重きを置いている。
 音楽歴からいえば5、6歳の頃から梅村保宅に出入りしてはチェロを習っていた。昭和6年頃には梅村保らとともにカルテットを演奏している。これが村井氏の音楽の初発であるが、戦中戦後を通じて音楽界にあっては本流にあったと私は考えている。また1960年頃に武田忠一郎が、「音楽を職業とせずほんとうに趣味に生きる為に楽しんでいる人、しかも専門家以上のレベルに達している名手もいる。たとえばチェロの村井正一氏のごときである。この人などは日本でも一流の列におるべき人とわたしは思っている。」とこのように村井氏を讃えている。即ち、芸術に於いては、舟越保武、そして松本竣介に並ぶはずの方であると私は理解している。

 このことに今にして気付いているのだが、私は、村井氏が応召になり、外地に渡り、そして捕虜となってシベリヤに連行されるわけだが、この時期も、村井氏の音楽上には大切な時期となっているが、村井氏が、果たしてシベリヤの何という収容所にいたかなど、今以てまったく掴めていない。「デウという小さな町の病院にいた」とある、このデウという地名も探してみたがまだ見つけることができないでいる。最晩年にお会いしたあのときに遠慮せずに聴いておくべきだったと残念に思う。

 

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コメント

はじめまして 村井先生のお名前を見てコメントしました
私は 盛岡の小さな市民オケで活動しています
はじめて盛岡に来た 30年ほど前 
音楽が縁で知り合った仲間と カルテットを組んで活動しようとしていましたが
今と違って 練習会場が少なく 場所の確保に困っていました
そんな私たちを見て 村井先生が 快く ご自宅の2階を 練習場に提供してくださいました 

私は、村井先生がどんな方だったのか 当時はまったく知りませんでした
練習が終わって 階下の先生に御あいさつすると いつも優しい笑顔で応対していただいたことが思い出されます
若かりし頃 よく知りもせず 失礼の数々・・・・
今思うと もっと様々なお話をお聞きすればよかったと悔いが残ります
それでも 村井先生には 私たちの拙いアンサンブルを暖かに見守ってくださったことに
この場をお借りして 深い敬意と感謝を申し上げたいと思います

この歳になっても 音楽への憧れは止みません
アマチュァではありますが 村井先生のおかげであると
ひそかに思っております (まったくの個人的な思いですが・・・)
長文失礼しました

投稿: pacoca | 2012年8月12日 (日) 12時01分

pacocaさま
村井先生のこと、お教えいただき感謝です!!
勝手ながら、いま一仕事があり、先ずそれを終えなければなりません。
一段落しましてから、お尋ねしたいことがございますので、何分にも宜しくお願い申し上げます。
ほんとうに有難うございました。

投稿: 中ぶんな | 2012年8月12日 (日) 17時37分

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