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きょうのことば 『賛美の力』―「MAY。。。」特集 その1

  毎週日曜日にはインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教をお伝えしておりますが、2012年7月7、8日は「MAY。。。」さんをお迎えしての特集でした。礼拝も、この3人の音楽家たちの賛美と証しが中心となりました。

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【ピアノの木下真樹子姉妹のお話】
 私の家庭は父も母もクリスチャンでした。小さいときから教会に行っておりました。これほどの愛情の中に育ったなら、子どもも天使のように育つだろうと思うほど温かい家庭でした。けれども、残念ながら私は汚い心を持った子供でした。小学校2年の時、母が大好きだったにも拘わらず、母に、ここで言うのも恥ずかしいような言葉を吐いてしまったのです。落ち込んでいたのでしょう。母が夕食後に私を呼び、「いっしょにお祈りをしましょう」と言ってくれました。そのとき母は聖書を開きました。
第1ヨハネ3章1節「 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。
 これを分りやすく解説してくれたのです。「あなたは罪を持っていますね。でも、ほんとうはあなたが、その罪のために十字架にかかって死ななければならない。でもイエスさまが、あなたは十字架に架からなくてもいいよ、わたしが架かってあげるからと言ってくれて、代りに十字架に架かって死んでくださったのよ、だからイエスさまに、有難う、そしてごめんなさいと言おうね」と言ってくれました。わたしは単純に、イエスさまは私の代りに十字架に架かって死んでくださったんだ、イエスさま、ごめんなさい、有難う、とお祈りをしました。続けて母も祈りました。母は「このイエスさまの十字架を一生忘れないで過ごしていきますように」と祈ってくれました。
以来、幾度もぎりぎりのところを通りましたが神様のことを忘れないで、十字架を疑うことなく40数年経ちました。そして喜びと感謝に生かされています。
 いま言えることは、わたしがイエスさまと一緒にいるということがどれだけ素晴らしいことかということです。きょうも天に帰ったら力の限り神様を賞めたたえたいという賛美を車の中で歌いながら、ぽろぽろ涙がとまりませんでした。

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【ソプラノの西谷葉子姉妹のお話】(写真左)
 私は言葉の行き違いから友だちとの人間関係に行き詰まってとても悩み落ち込んでしまったことがありました。声楽のレッスン中にその思いが溢れてしまって、先生に悩みを打ち明けました。するとクリスチャンの先生は私のために涙を流しながら、肩に手を置いて祈ってくださいました。先生がご自分のことのようにそれを捉え、そして涙を流しながら祈ってくださったことに私はとても感激し、また癒されました。そのことをきっかけに、その先生とクリスチャン門下生でできた賛美グループがあったのですが、そのグループの祈り会ですとか練習に一緒に参加させていただくようになりました。そして少しずつ教会でのコンサートなどにもご一緒させていただけるようになりました。そしてそのグループのコンサートで木下さんが先ほどのお話をされたのです。それを聞いて、私は友人との人間関係において、自分が言ってしまった言葉で彼女を傷つけてしまい、逆に自分も深く傷ついたことで悩んでおりましたが、言葉で人を傷つけることも罪であると初めて知りまして、それまで罪という言葉に抵抗があったのですが、私も罪人なのだと初めて自覚しました。そして素直にその罪ということを受け入れることができたので、その夜、罪と思われることを一つずつ言葉に出して神様に告白しました。その初めてのお祈りはとても長くなったのを覚えています。そして後から聞いた話ですが、木下さんは、実は、別の話をしようと準備をしていたところに、神様に先ほどの話をしなさいと召されてしてくださったということで、それは私のためにそのように導いてくださったのだなと思いました。それ以来私は毎日お祈りするようになりました。そして神様とのお祈りの時間は私にとってとても大切な時間となっていきました。しばらくすると、辛い出来事がまた重なってやってきました。小さい頃から母と同じように母のお友だちが私を大切にしてくれていたんですけれども、その方が癌で亡くなってしまったり、また兄弟に癌告知がされたり、また家族が私に心を閉ざしてしまったりということが同じ時期に重なってやってきました。わたしはいつもよく食べて直ぐに眠れるほうだったのですが、まったく食事も摂れなくなり、夜になっても眠いのにまったく眠れない。もう何も手に着かない状態がしばらく続きました。そして心から神様助けてくださいと思い先ほどの声楽の先生にまた祈って勇気づけてもらいたいと先生の通っておられる教会の礼拝に出席をしました。そこで流れる音楽を聴いたときに溢れる涙が止まらなくなりました。それは辛いからではなくて何か温かくて大きなものに包まれたような安心感でいっぱいになったからです。そして泣きながらも、客観的に私の魂が喜んでいると思いました。それから毎週教会に通うようになって、そして出会った石鍋さんと一緒に5年半前に洗礼を受けてクリスチャンになりました。いまでは試練がきても神様はそのことを通して私に何を教えようとされているのかなと前向きに物事を捉えられるようになりましたし、先ほどお話しした友人や家族のためにも心からのお祈りができるようになって、また信頼関係も戻って、今ではまた大切な存在になりました。このように私を作り変えてくださった神様にほんとうに心から感謝しています。

【国光師の説教】
 与えられておりますおことばをご紹介しようと思います。詩篇40篇1~3節です。

1 私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は私の方に身を傾け、私の叫びを聞き、
2 私を滅びの穴から、泥沼から、
引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。
3 主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。

 今まで、この口からどのような歌が歌われていたのか。それまで歌ったことのない新しい歌、それは我らの神への賛美。私たちを愛して十字架にお架かりくださった、それほどまでに救いを成し遂げてくださったお方を心一杯賛美する、その賛美を主は与えてくださった。多くの者はそれを見てそして、ああそうだ、こういう人生があるんだ。恐れという、日本語の漢字ですと恐怖といったようなイメージがありますけれども、畏れかしこむというように理解いただくと相応しいかと思います。そして、私もあのような新しい歌を歌う生涯を歩みたい、これが聖書の中の賛美、これがもし紅白歌合戦にあったなら、大取りに出てくるのがダビデの賛美だろうなと私は思っているのですが、ダビデの賛美。これを覚えていただきたい、もしこれを覚えていただいたならきょうの御用は足りるのではないかと思っております。
 このような人生の歌を歌いながら歩むことができたならどんなに幸いでしょうか。

      ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 礼拝後、昼食をはさんで、午後2時からも、この音楽と証しの集会がありました。こんどはメゾソプラノ石鍋敦子姉妹のお話と、3人の童謡、賛美ですが、つづきは明日掲載いたします。
 コンサートの数日後、参加されたお客さま方から、「感動した」、「心が癒された」というお電話を頂戴しました。これは「MAY。。。」さん方の歌が、心からの祈りであったことの証左であると私は思いました。文責:中ぶんな

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