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エフレム・ジンバリスト 1932年来盛

 エフレム・ジンバリスト(1889~1985)ロシアのヴァイオリニスト、指揮者、作曲家。ユダヤ系音楽家。ペテルブルク音楽院でレオポルド・アウアーに師事。卒業後ベルリンでデヴュー。1907年ロンドンデヴュー1911年ボストン交響楽団と共演しアメリカデビュー。アメリカ定住。息子はテレビ俳優、娘は女優で、ともに世界的に有名。1922年初来日、以後四度にわたって来日した。1941年カーティス音楽院院長に就任。日本の江藤俊哉は高弟のひとり。1962~1966チャイコフスキー・コンクールの審査員。『アメリカ狂詩曲』『交響詩ダフニスとクロエ作曲』(ラヴェルのダフニスとクロエのほうが有名)『ヴァイオリン協奏曲』を作曲。

 このエフレム・ジンバリストが1932(昭和7)年10月20日に盛岡の岩手県公会堂に来ている。主催は盛岡コロムビア特約店、後援は岩手日報社。そのときのプログラムがあります。

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 このときにジンバリストを岩手公園に案内したのが民謡研究家の武田忠一郎先生だった。ジンバリストは武田先生の持っているコンチェルトの楽譜ぜんぶにサインしてくれ、そして「盛岡は芸術の都と聞いてきましたが、この温床の上にやがて小さな花が咲く日も来るでしょう」といったという。桜山神社側の入り口のエノキの大木にしばらく佇んでいたらしい。それから公園の上に立って一羽のトビが輪を描いて飛ぶのをうれしいといっていつまでも眺めていたという。

 

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