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ラーゲリのうた

 どんな音楽が、歌が人の心に染みるものか。それはその人の置かれた状況によってそれぞれであるようだ。
 ここのところ岩手県立手県立図書館の郷土にあったシベリア抑留体験記を3冊ばかり読んでいるが、その中で竹田正直著「酷寒シベリヤ抑留記」にあった、北原白秋作詞、中山晋平作曲の「さすらひの唄」に興味を持った。トルストイの「贖罪」を戯曲化した作品「生ける屍」の中でジプシーのマーシャに扮した松井須磨子が歌っていた。

    さすらひの唄♪

1、行こか戻ろか/北極光(オーロラ)の下を/露西亜(ロシア)は北国/はてしらず/西は夕焼東は夜明け/鐘が鳴ります中空に

2、泣くにや明るし/急げば暗し/遠い燈もチラチラと/とまれ幌馬車/やすめよ黒馬(あお)よ/明日の旅路がないぢゃなし

3、燃ゆる思を荒野にさらし/馬は氷の上を踏む/人はつめたし/わが身はいとし/街の酒場はまだ遠し

4、わたしや水草/風ふくまゝに/ながれながれてはてしらず/晝は旅して/夜は夜で踊り/末はいづくで果てるやら

 シベリヤでは収容所によって置かれた環境、また取り扱いがかなり違っていたようだ。都市部と地方では格段の差があった。どこでも同じ唄が日本人捕虜の心を捉えていたといえるものかは分らない。ただ、この「さすらひの唄」について、竹田氏はこういっている。
 収容所では、ソ連兵と捕虜のあいだの緊張状態も次第に和らいだ。最も帰国が決まってから脱走を企てて射殺されるという何ともいえない悲劇も起きてはいるけれども。
 ただ和らいできたときに、民主化運動の指導的立場にあった者たちが先頭に立って演芸会が企画、実行された。
 落語、ソ連兵から借りたマンドリン、バラライカ演奏、朗読劇、タップダンス、そして最後は歌謡曲だった。「花摘む野辺に日は落ちて」などが歌われた。そして「さすらひの唄」は殊にも著者の心に染みたという。
「ロシヤの大地で白夜の季節に、今自分は日本人によってこの歌を聞いている。…それまでにも笑い泣きしたり、こみあがるものを押さえきれず、そっと目頭に手をやるものが大勢いたが、このときは、全員が故郷を想って静かに泣き濡れていた。」

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 酷寒のラーゲリとは正反対に猛暑となったきょう一日だった。700人からの方々が熱射病になったらしい。
 高校野球、岩手県では盛岡大附が代表となった。

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 この町内では、こどもみこしが運行。太鼓の音とワッショイ!ワッショイの掛け声で御輿が練り歩いた。夏の風物詩として記録しておこう。

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