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2012年6月

二男の帰省

  二男の突然の帰省。お盆に帰るとばかり思いこんでいた。そろそろ部屋を掃除しておかなくてはと思いつついたのだが。事前にちょっと電話をくれればよいものを。しかしこれが二男、これで二男。
 電話でも自分からはあまり話さない。この機会に訊きだしてみると、けっこう自分で食事作りをしているようだ。スーパー、コンビニの惣菜、弁当はもう食べたくないという。やはり飽きるのだろう。グリルがあるのでよく焼き魚を作っているらしい。自分の力で自分が暮すのに必要な分を稼ぎだし、掃除、洗濯、炊事をまずまずこなし、とにかく日々を生きている。
 帰るなり、「趣味を満喫してるね」という。庭先に並んでいる種から増やした花々や苅りこんでこざっぱりとした木々を見ている。今にも咲きそうなアマリリス。明日帰るまでに咲いてはくれないものか。珍しくもないだろうが、アマリリスの花を見せたい。

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  遅い昼食を摂っていると、玄関のチャイムが鳴る。出てみると存じ上げない方が。外回りに植えてある薔薇の名前を知りたいという。
 「近所の方が引っ越されたときに、その方からいただいたんですが、まだ名前も調べてないんですよ」と花を剪ってさしあげた。「パソコンで検索すれば出てくるとおもいます。怠けて調べてないんです」。
 名前がわかったら教えてくださるという。

 二男の部屋で掃除機の音がしている。そのまま食材の買い出しに。魚、魚か。今晩は肉系にしてみようかな。お煮染めもいいかも。
  それにしても息子たち、何と厳しい時代に生きているものだろう。消費税はあがる、原発も片付いてはいない。巨大地震予測、大雨、台風被害の大型化、環境問題。TPP等々、圧迫感がひしひしと。先が案じられる。「神われらとともにいます」、この安らぎあってこそ日々こなしゆける人生かとも思う。

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 スーパーで、「ことしも、もう半年が過ぎたんだね~」という人さまの会話を耳にし、えっ、もう半年も? と驚く。夢中であれこれ過ごすうちにときの移ろいに、いつしかあまり拘らなくなっていた。そろそろ文芸誌の原稿のシーズン。この忙しさでできるのだろうか。息子たちに遺せる財産というものはないことを思えば、せめて書きつづったものでも「重要」と記しておいたなら、文芸にまったく興味を示さない息子たちも何かをきっかけに読んでくれることもあるだろうか。

 

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「いのち、愛そして平和への願い」ージョン・チャヌ(丁讃宇)岩手応援コンサートー を聴く

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  きょう、マリオス小ホールで、18時半からジョン・チャヌ岩手応援コンサートがあった。財団法人日本聖書協会主催
 先ず、日本聖書協会総主事渡辺信氏の挨拶、そして司会者から被災地支援活動紹介、盛岡朝祷会/日本キリスト教団内丸教会中原眞澄師の聖書朗読・祈祷、いわて教会ネットワーク/盛岡聖書バプテスト教会近藤愛哉師のお話を伺うことができましたのは、大変感謝なことでした。

 ジョン・チャヌ氏のコンサートは、武田香奈子氏のピアノを伴奏として、聖書のキリストの誕生から、また十字架、復活、世界宣教そして現代のパレスチナ問題までのわかりやすいお話を交えたヴァイオリン演奏でした。曲目を記したプログラムはありませんでしたが、簡単にメモってきました。演奏順に筆記いたします。

1、チィコフスキー交響曲第6番『悲愴』弟一楽章
  東日本大震災の犠牲者を悼んでの心の打ち震える演奏でした。
2、映画『太陽がいっぱい』/映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(愛のテーマ)
3、カッチーニ『アヴェ・マリア』
  これはイエスさまに捧げて奏されました。
4、アルビーノーニ『アダージョ』
  イエスさまが息をひきとるまでのさま。
5、ヘンデル オラトリオ『メサイア』ハレルヤ
6、映画『ミッション』ガブリエルのオーボエ
  ガブリエルの神父が吹くオーボエに人々がしだいに心を開いていく
7、『屋根の上のヴァイオリン弾き』
  ユダヤの人々の生活風景
8、ケテルビー『ペルシャノ市場にて』
  イギリス人が作曲したイスラムの曲。長い間虐げられてきたイスラエルの人々は今や加害者の立場になっている。コーランを真面目に信仰するイスラムの人々のイスラムの曲ということで取上げられている。
9、モンティ『チャルダッシュ』
  イスラエル流浪、アラブの流浪を想い、ジプシー音楽から

10、アンコール
『きみは愛されるために生まれた』♪ 
    
作詞・作曲/イ・ミンソプ  訳詞/神 明宏 朴 鍾弼 & B.B.J. 
                                         
きみは愛されるため生まれた
きみの生涯は愛で満ちている
きみは愛されるため生まれた
きみの生涯は愛で満ちている

永遠の神の愛は われらの出会いの中で実を結ぶ
きみの存在が 私にはどれほど大きな喜びでしょう

きみは愛されるため生まれた 今もその愛受けている
きみは愛されるため生まれた 今もその愛受けている                                 

 ジョン・チャヌ氏「イエスさまを信じる前と後のことをききたいですか?」
 私は、私たちはこころのなかで、「それは勿論!」
イエスさまを信じる前は、ステージに立つ直前までものすごく緊張したそうです。練習のときはうまくいっていたのが、実際にステージに立ったときに、出来が、練習のときの50パーセント、60パーセント程度になってしまうこともある。不安に襲われてもいたといいます。しかし、イエスさまを信じてからは、みんなに聴いてもらうのだという想いで弾くことができる。そしていつもまるで背後霊でもあるかのように、イエスさまが自分と一緒にいてくださる。そして意外だったのは、うまく弾けたなら、それはあなたの力だということにしてもいいんだよとイエスさまが仰っているというのです。しかしこういいながら、氏はこれがイエスさまがついていて下さるお陰であることを証ししたのでした。
 イスラムの人々のための曲も選んで弾かれたところに、平和を考えさせられ、ほんとうにそれを心から願ったことでした。

 チャヌ氏が最後に引用した聖書のことばは
「あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している」

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ながまことはおおいなり ー気力増進ー

 当分のあいだは、10時就寝を心がけようと思っている。
 ということで雑事などを終えてパソコンの前に座るのが遅くなると、30分弱で書ける内容は自ずと決まってくる。きょうは何をしていたか。
 きょうも庭仕事。これも健康的に安心を得られたからできることだ。血圧降下剤を飲まなくとも血圧は安定。医療の恩恵と食事の徹底的な改善とで気力も得ることができた。それまでは何をするにも不安がつきまとい、これが手かせ足かせとなっていた。健康であることがどんなに有り難いことかを思う。

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 きょうは庭仕事。昨日、大きな樹は職人さんにお願いし、残った自分の背丈以下の低木を苅りこんだ。プロの仕事の後を見ると、これほどまでに枝を落としてしまっていいのかなと思うほどだ。それに習い苅りに苅りこむ。敷地内というよりこの“居住区”が、がらんどうに見えるほどになってしまった。枝葉がないと風通しがよいかというと、繁っていたほうが風が吹き込んできてくれるようにも感じられる。

 いま涼しい風が窓から吹き込んでいる。生かされていることを有り難いと思う。ケニヤの宣教師のブログ『音ノート』
(www.voiceblog.jp/ant2/ )を開いて掲載されている音源をクリック。現地のひとたちの楽しそうな笑い声、そして賛美歌『ながまことはおおいなれば』が流れてきた。アフリカでも同じ讃美歌が歌われているのだ。うまく繋がっているかどうか…、念のために歌詞を書かせていただこう。

      
ながまことはおおいなれば♪

       ながまことは おおいなり
       たのむかみは きみのみ
       かわらぬなが あいのてに
       ささえらるる いのちぞ.
       ながまことは おおいなれば

       あした  ごとに ほめうとう.
       めぐみひびに ゆたかなり
       みかおつねに さやけし.

      

 

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アマリリスーきっと咲くよー

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 なかなか花芽がでなかったアマリリス。こんどこそ咲いてくれそう。上はどちらもピコティ。右側のピコティが左のに比べても遅いと思っていたところ、出てきた花芽は二つ。
 下は通常の5分の1値段で投げ売りされていたアマリリス、一応大輪の赤であるらしい。もし芽が出なくともと思いつつ、だけどきっと咲くはず咲きたいはずと植えてみると、こんなに立派な花芽が出ました。

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          きっと咲くよ   

       ほうら
       庭のみんなが見守っている
       きっと咲くさ
       きっと咲くよ
       おそくなっても
       かならず咲くよ
       小さくたっていい
       大きくたっていい
       もちろん中くらいだっていいんだ
       暑くはないかい
       のどは渇いていないかな
       おなかは空いていないよね
       みんなみんな見守っている
       きっと咲くさ
       きっと咲くよ
       おそくなっても
       かならず咲くよ

              ーぶんなー

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「特集名演奏家ランキング&名盤選ピアニスト編」ウラディーミル・ホロヴィッツ

 レコード芸術6月号で「名演奏家ランキング&名盤選ピアニスト編」が特集されていた。30人の投票によるピアニストのランキングだ。芸術に序列をつけるのが好ましいとは思わない。絵画でいうならピカソとルーベンスに点数をつけて序列を決めるといった具合だろう。その価値は比べようがなく、ピカソはピカソ、ルーベンスはルーベンスだろうと思う。それは兎も角興味深くはあった。
 いったい誰がどういった内容を持たせた点数を投じるかは大いに重きをなすが、詳しくはレコード芸術6月号をご覧になっていただくとして、

 第 1位 ウラディーミル・ホロヴィッツ
 第 2位 スヴャトスラフ・リヒテル
 第 3位 マウリツィオ・ポリーニ
 第 4位 マルタ・アルゲリッチ 
 第 4位 アルトゥール・ルービンシュタイン
 第 6位 グレン・グールド
 第 6位 アルトゥーロ・ベネデッティ ・ミケランジェリ
 第 8位 フリードリヒ・グルダ
 第 9位 サンソン・フランソワ
 第10位 ルドルフ・ゼルキン
 第26位 内田光子
 第26位 クリスティアン・ ツィマーマン

 ざっとこうなっている。実際には90位までランクされている。投票者の方々の見識や聴いている枚数、鑑賞に割いている時間数には舌を巻く。5位、7位の表記はない。
 書き出した理由というのは、あっ、私が好きなピアニストがランクされている、というたわいもない嬉しさからなのだが。ホロヴィッツ、ルービンシュタイン、グールド、ゼルキン、内田光子、ツィマーマンとこうなっている。

 そこできょうは『ウラディーミル・ホロヴィッツ ベルリン・コンサート1986』を聴いてみた。

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 大変な歓呼だ。音源を載せることはできないけれども、これで往時のホロヴィッツを偲ぼうと思う。

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MAY。。。さんとともに童謡や賛美歌を歌おう!! 2012/07/7(土)・8(日)インマヌエル盛岡キリスト教会

  すっきりとした青空が広がり、岩手山や南昌山の緑が美しい一日でした。
 きょうはMAY。。。さん、これは三人のユニット、木下真樹子さん、西谷葉子さん、石鍋敦子さんによるコンサートのお知らせです。

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 思えば、誰でもが知っている曲、誰もが歌える曲がいかにすばらしいか。旋律で、歌詞で一度にたくさんの人たちが心一つになることができる。そこに子どもがいて、大人がいて、男の人も女の人も、そして、ありとあらゆる職種の方々が会することができたなら。そんな人たちのさまざまな声が一つになって響いたなら。
 MAY。。。さんたちの歌声に耳を傾け、そしてご一緒に歌いましょう!!

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きょうのことば 『エリコの城壁を前に』ー賛美歌の力ー

2012年6月17日(日)のインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の礼拝説教をお伝えします。

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説教題 『エリコの城壁を前に』ー賛美歌の力ー
聖書引証 ヨシュア記6章1~7節

1 エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。
2 主はヨシュアに仰せられた。「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。
3 あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ。町の周囲を一度回り、六日、そのようにせよ。
4 七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。
5 祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上って行かなければならない。」
6 そこで、ヌンの子ヨシュアは祭司たちを呼び寄せ、彼らに言った。「契約の箱をかつぎなさい。七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、主の箱の前を行かなければならない。」
7 ついで、彼は民に言った。「進んで行き、あの町のまわりを回りなさい。武装した者たちは、主の箱の前を進みなさい。」

きょうお開きしますヨシュア記は、旧約聖書の中にある歴史の書といわれる最初の部分です。十戒で有名なモーセに継いで指導者となった若いヨシュアの最初の難関はエリコの攻略でした。その戦いを目の前にしているところがきょうの主題となっています。

【説教】

 先週は、心から神さまに賛美を捧げるとき、神さまがそれに呼応してくださること、そして私たちの小さな賛美が大きな神さまの力となって現れてくることをコロサイ3:16、使徒16:26から学びましたが、先週は、投獄されたパウロとシラスが、突然の大地震で扉が開き、鎖が解けて助かったお話をしました。これに付け加えたいのは、その後の看守のことです。当時、もし囚人に脱獄された場合には、看守はその囚人の受けるべき罰と同じ罰を受けなければなりませんでした。囚人たちに逃げられたと早合点した看守は、剣で危うく自殺するところだった。自殺を止めたパウロたちを看守は家に招きました。そして自分が救われる方法を訊いたのです。するとパウロは「主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます」と教え、看守はそうしました。パウロとシラスの賛美の力は、看守の、そしてその家族の救いにまで及んだのです。

 さてきょうのエリコのお話です。攻撃目標の古代都市エリコには先住民がおり、堅固な城壁に守られていました。ヨシュアはヨルダン川を挟んで東側にいるあいだに斥候を放ちました。斥候はエリコの町のラハブという遊女に匿われます。こうして斥候たちはエリコの情報をヨシュアの陣地にもたらすことができたのです。

 ヨシュアたちがエリコを攻略するには先ずヨルダン川を渡らなければなりませんでした。神さまが与えると仰ったカナンの地に最初に立ちはだかっていたのがエリコだったのです。ヨルダン川は折しも水嵩の増す時季、とても渡ることができません。このような状況下に、神はエリコに攻め込むことを命じられたのです。どうすればいいのか。
 しかしこのとき、ヨルダン側の上流にあるアダムという町に大きな土砂崩れが発生しました。このとき、神の御臨在をあらわす契約の箱を担いだ祭司たちがヨルダン川に足を浸ける否や、流れが切れ止まったのです。ヨシュアに率いられたイスラエルの人々はこうして難なくヨルダン川を渡ることができました。昔モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエルが、追ってくるパロの軍隊によって海に追い詰められたとき、強い東風が吹き、背後の紅海が二つに分れた歴史を知っています。いま指導者としての力量を人々の前に問われているまだ若いヨシュアに、神さまはこれほどの輝かしいご配慮をくださったのでした。
 
 ヨシュア記5:13をご覧ください。
さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。
 いままさに戦いに挑もうとしているヨシュアの前に、いきなり抜き身の剣を持った人物が現れたとあります。そしてその人物は答えます。
14 すると彼は言った。「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」15 すると、主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。
 15節にある「主の軍の將」、実はこれは受肉前のイエスさまです。イエスさまがヨシュアに現れて、ヨシュアよ、お前は自分がこの軍の將だと思って何とかエリコを攻略しなければならないと思っているだろうが、まことの軍の將はわたしなのだと仰っているのです。ヨシュアはそれがわかったから顔を地につけて伏し拝んだ。さらにイエスさまは「はきものを脱げ」と仰った。これは奴隷が取る態度です。ヨシュアは聖なる地ではきものを取って奴隷の立場を取りました。

 イスラエルの民はヨルダン川を渡ってギルガルに宿営します。いよいよエリコ攻略が目の前です。そして最初に掲げましたヨシュア記6:1~7にありますが、ヨシュアは主が命じられた通りに行進の隊列を組み、6日間毎日エリコの城壁の周囲を回りました。
 「角笛を吹き鳴らす」、これを今の私たちがいうなら賛美歌を歌うということです。
 剣を振りかざして総攻撃をかけるのではなく、イスラエルの人々は、先ず契約の箱を担いで、角笛を吹き鳴らして、6日間、ただぐるぐると回って歩きました。一体これは何を意味するのでしょう。
 本当に戦われるお方は神ご自身であり、神さまが自ら敵を包囲してくださる。つまり、いま私たち一人一人が直面している課題がどれほどに難攻不落と見えようとも、神さまは戦いを命じておられる。それが困難であればあるほど、私たちはどのような対処、攻略をすべきかを、このヨシュア記6章のエリコの戦いは教えているのではないでしょうか。
 問題、課題との戦いの將はあなたではありません。問題、課題との戦いの将はイエスさまです。このことを各々にしっかりと刻むための6日間の行進だったでしょう。
 このようなヨシュアの軍勢を、エリコの人々はどのように見ていたでしょうか。二重の城壁に囲まれたエリコを攻略しようというイスラエルが、武器をもって戦いを挑んでくるどころか、ラッパを吹き鳴らしてただぐるぐる巡り歩くばかり。意気地無し、能なしとも珍妙、奇妙とも映ったことでしょう。嘲笑、揶揄したかもしれない。
 私たちが直面している課題を乗り越えようとし神に祈り賛美するとき、或いは世の中の人々は言うでしょう。そんなことじゃこの世知辛い厳しい世の中を渡っちゃいけないよ。祈ったり賛美している間に、もっと援軍を頼むなり効率の良い手段を講じた方がいいと。
 しかしヨシュアたちはただ黙って城壁の周りを回り続けた。これは尋常な戦いじゃない、神さまの戦いなんだ、必ず神さまが成就してくださる。このことを皆の者が得心するまでに6日かかったかもしれない。もしかすれば1日目にそれを確信しているのは指導者だけで他の人々は何でこんな馬鹿げたことをしなくちゃならんのかと呟いたかもしれず、この6日間の間、人々の胸中にはさまざまな想いが交錯したでしょう。しかし主の臨在のもとに角笛を吹き鳴らしながら、つまり賛美歌を歌いながら回れば回るほどに、確かにこれは主の戦いであることが自覚されてきたのではないでしょうか。
そしてついにヨシュア記6章20節には
そこで、民はときの声をあげ、祭司たちは角笛を吹き鳴らした。民が角笛の音を聞いて、大声でときの声をあげるや、城壁がくずれ落ちた。そこで民はひとり残らず、まっすぐ町へ上って行き、その町を攻め取った。
 このようにございます。
 いま世の中に伝道することが如何に困難な時代であるかは周知のことであります。しかし敢て申しますが、堅固なエリコの城壁を、この福音伝道のために回り続けようではありませんか。

また、ヨシュア6:23~25
23 斥候になったその若者たちは、(ヨシュアが言ったとおり)、ラハブとその父、母、兄弟、そのほか彼女に属するすべての者を連れ出し、また、彼女の親族をみな連れ出して、イスラエルの宿営の外にとどめておいた。24 彼らは町とその中のすべてのものを火で焼いた。ただ銀、金、および青銅の器、鉄の器は、主の宮の宝物倉に納めた。25 しかし、遊女ラハブとその父の家族と彼女に属するすべての者とは、ヨシュアが生かしておいたので、ラハブはイスラエルの中に住んだ。今日もそうである。これは、ヨシュアがエリコを偵察させるために遣わした使者たちを、ラハブがかくまったからである。
 ここにありますように、イスラエルの斥候をかくまった遊女ラハブとその家族と関係者らはみな助け出されました。エリコを攻略したとき、ラハブの家と他の家々との区別がつくように、ラハブの家は赤い布をおろしておいたのです。この赤い布はイエスさまの十字架をあらわしています。マタイ1章4、5節にあるように、イエスさまの家系にはこの遊女ラハブのような人物も記されています。それは主はすべての者の救い主であってくださるということなのです。

 エリコの攻略のとき、イスラエルの人々は、7日目には7回この町を回りました。民が角笛の音を聞いて大声でときの声をあげると城壁は崩れ落ちました。
 兵の数や武器の数や性能、優れた戦略で勝ったのではありません。ピリピの獄舎で賛美したときのように、エリコの城壁を回った角笛での賛美、これに神さまが呼応してくださったところの勝利です。私たちが心から神さまを賛美するとき、そこに神さまの驚くべき御業がなされることを知り信じている私たちです。このようにあらせていただきましょう。

※約50分の説教を1ページに収まるように(約半分に)編集してあります。プロジェクターで用いられた図、地図、絵画などは割愛しております。文責:中ぶんな

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寒々

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 草が生えようとも死にはしないと数日は放ったものの、たちまちのうちに繁茂。庭は楽しい。たとえそう広くはなく、ガーデニングの趣がなくとも、ただの草を眺めているだけでも楽しい。ところが一旦出てしまうと某か手を掛けることになり、止められなくなり、あっという間に半日をそこで過ごしてしまう。やはり無意識のうちに心も癒されているように思う。
 すこしばかりの畑で数種類の野菜を作っただけでいうのも気恥ずかしいのだが、農耕で土地に定着するということが心理的な面でもすこしわかった気がする。畑の管理、世話をしていると、そこにあって落ち着いた心持ちが得られるという想いが生まれる。つまり自分が労を注いだ土への愛着といったものだ。
 農家の方々が経営が厳しく営農放棄に追い込まれることがあるが、それは経済的な打撃ばかりでなく、自分とは不可分ともなってしまっている土地を引き剥がされるという非常に辛く苦しい心境を強いられることであることが推測された。
 原発問題で村を去らざるを得ない方々もあった。また今後はTPP でこういった事も加速されてくることかと思う。寒々とした風景だ。

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岩手の合唱団  今昔 -その3-

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 盛岡ボーイフレンド合唱団が昭和24年に誕生しているが、同じこの年の秋に、盛岡交声会合唱団が盛岡に疎開していた芦野文雄(アシノ音楽学苑主宰)によって誕生している。杜陵合唱研究会が音楽教師ら中心だったのに比べ、盛岡交声会は、ごく普通の音楽愛好家が中心だった。

 芦野文雄は昭和8年東洋音楽学校(現東京音楽大学)を卒業し東京でアシノ音楽学苑を開いていたが、太平洋戦争末期に盛岡に疎開。その後アシノ音楽研究所(後に音楽楽苑と改称)を盛岡市天神町に開いた。結成に大きな役割をはたしたという小笠原哲男(盛岡鉄道学園長)の話によれば、盛鉄局には昭和23年4月から混声合唱団があり、芦野の指導を受けていた。ところが、24年8月の国鉄定員法で女子職員がほとんどいなくなり、合唱団は解散に追い込まれた。そこで歌を続けたいという仲間が、他の職場やアシノ研究所の人たちと一緒になって盛岡交声合唱団が生まれたという。結成当時は3、40人。25年には約60人に増え、25年11月25日岩手県公会堂で第1回発表会を開く。

 当初のメンバーには後に第8回晩翠賞、第5回H氏賞を受けた詩人村上昭夫(盛岡郵便局勤務)がいた。他に男声は福田清、藤原徳二治郎、鈴木四郎、赤坂精一、小和田千助、田沼賢一、嵯峨英治、吉田由三、長沢進、照井隆一、中島康正(仙台市)。女声は笠原和子(旧姓土屋)、栗谷川レイ子(同笹森)、木村和子(同大坪)、大和光子(同小野寺)、季村育子(同佐々木)、中島愛子(同谷藤)、星山茂子(同吉田)、新藤タマ(同藤原)、大里幸子(同今淵)、山口トモ子(同藤井)、庄垣幸子、鈴木礼子(同横沢・栃木県黒磯市)。

 第1回発表会は1000人ホールがほぼ満席。ピアノ伴奏は平野愛子(仙台市)。曲目は、ウェルナー「野バラ」、チャイコフスキー「トロイカ」、シューマン「流浪の民」など。他に佐々木育子、小野寺光子、福田清、藤原徳二郎の四重奏、土屋和子のヴァイオリン独奏など。大成功だった。

 結成当初から熱心に練習していた村上昭夫が発表会間際になって、結核で入院。そこで演奏会終了後、合唱団の有志が村上の病床を見舞い、歌ってきたばかりの歌をもう一度歌って聴かせたという。ー以上、岩手日報「いわて音楽の系譜」よりー

 芦野文雄氏の奥様斐子夫人は平成24年5月に100歳を迎え、天神町のご自宅に娘の真弓先生に見守られながらご健在です。

  

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課題は運動不足

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 ここ1週間血圧は 110/65 あたりに留まっている。力も増したように思う。当分のあいだは指導のレシピを作り続けよう。塩分、糖分、脂肪制限の自分のための料理だ。しかしおかしなもの。こうなるまでは、家族の好きなものを中心に作り、自分の好きなものを作る機会は少なかった。それがこうなってみて自分用の料理を毎日作っている。
 これまで塩分を如何に摂りすぎていたか。サラダはドレッシング抜きでもけっこう食べられる。納豆も大根おろしでOK。麺類のつゆの醤油も半分に。味噌汁は煮干しだしをしっかりと取るとこれも今までの半分の味噌で十分。甘い菓子が入ってきたときには、迷わず冷凍庫へ。魚、肉はニンニク、ワイン、タマネギ、トマトでの調理が基本。また大根おろしにレモンと醤油数滴でたいていの肉、魚は食べられる。青魚を出来るだけ使う。肉、あぶらげは湯通しして油をぬく。
 何れトマトの素晴らしさを実感。調味料を使わずにトマト味で多くのものを食べられる。今年は図らずもトマトをたくさん裏の畑に植えてある。感謝、感謝。
 もう一つの課題は運動不足。庭の草取りだけでは十分とは言えないだろう。

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きょうもブランデンブルク

 台風4号は仙台方面から海上に逸れたようだ。きょうはくもり、夕方に小雨がぱらつく。またしてもブランデンブルク。トレヴァー・ピノックのチェンバロで協奏曲第3番が明るいヴァイオリンを和気藹々と引き連れて、それでも先急ぐ時の流れのように滑ってゆく。

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   一時期毎日ゼルキンのチェンバロを聴いていた。勿論バッハ。あの切れのよい響きが自分の中に基礎と収まっているように思う。別な盤を取り出すときでも、先ずゼルキンが鳴りだす。最初に聴いた盤の影響の大きさを思う。

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 イングリッシュ・コンサートは1973年にピノックによって結成された古楽器演奏の団体だ。いまはブランデンブルクの2番。リコーダー、トランペット、オーボエ、ヴァイオリン。神経が安まる第2楽章は終わり、第3楽章が互いの楽器に追いつ追われつしながらリズミカルにあそんでいる。
 そしてその時は去り、管弦楽組曲第2番ロ短調。こうだよ。そう、こうなのさ、何やら人生訓を垂れる響きにフルートが屈託なく笑いながら那辺ををかけめぐるようでもある。


 そしてきょうもまもなく一日がおわる。無駄な一日だったかな、無駄なんかじゃないさ。この一日の中に何か一つ、どんな小さなことでも、したことが何かあったとしたら、それはもう無駄な日なんかじゃない。そう、いい一日だったのさ。

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負けないで!

  強い台風4号が北上している。昔なら強風にしなる樹木も見ごたえがあるなどと迎え撃つぐらいの気構えでいられたこともある。しかし近頃は予測もつかない大被害をもたらして駆け抜けてゆく。後続で発生した台風5号は四国沖に向かうようで船舶が気遣われている。4号、明朝6時には気仙沼市だ。何とか暴れん坊の気勢が削がれるようにと祈らずにはいられない。この岩手を通過するころには温帯低気圧になるようだ。
 それにしても、今ここでも、けっこうな風雨の音。打たれぬうちの庭の花々をアップしてみよう。 

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 私がこの家に住むまえからあり、雑草に淘汰されそうだったのを、草取りなどをして保護したところ、丈が2メートルほどになり、このような香りのよい花を咲かせてくれた。花房を剪り花瓶に挿したところ部屋中によい香りを放ってくれている。
 「日本の樹木」(山と渓谷社)でさがしてみたが、特定しかねた。モッコウバラの一重かと思ったが、花びらの形が違っている。

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ナス。ひと株きりのナス。たった一つだけ咲いたナスの花。

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5センチ大のキュウリ。まだ先っぽに花がついたまま。これからぐんぐん大きくなります。

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 これは我家のアマリリス。まだこんなに小さいのです。我家にあるアマリリスはなぜかみな遅咲き。あとの3本も花芽が出たばかりです。ゆっくり、ゆっくりと咲いてくれるでしょう。

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 カルミア。目の醒めるような真っ赤な蕾が開くと、このように穏やかな趣きに変身。別名をアメリカシャクナゲ・ハナガサシャクナゲともいうらしい。原産地は北米。原産地では高さ10メートルにもなるようだ。

 

風雨にも負けず、あすもこのようにしっかと地面に立って咲きつづけていてほしい。
 

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田園フィルハーモニーオーケストラ第9回演奏会を聴く

 近道と思いきやどこぞの道に迷い込み、田園ホールに着いたときには、第1部「無窮動」の終わりの部分がモニターに映っておりました。

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 第1部の「狩人の合唱」と「喜びの歌」。子どもたち奏するさまざまな音がうねりのように響いてくるのには宮古市在住のときにお世話になった梅村ヴァイオリン教室の「音楽の夕べ」が思い出され懐かしさがこみあげた。指揮者の寺崎先生自身宮古ジュニアの出身。履歴には必ず梅村功二先生に師事したことを記しておられる。

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 指揮者 寺崎 巖 
「出演の奥州ジュニアオーケストラスクールは、昨年4月にコンサートを開催しスタートする予定だったのが、本拠地である胆沢文化創造センターが4月の初旬の地震で天井が落ちてしまい、しばらくはレッスンもできず、結局胆沢スクールも延期となり、奥州ジュニアオーケストラスクールは9月からのスタートとなった…また同じく出演している花巻金星少年少女オーケストラの楽器は、花巻市がアジア各国から、是非芸術で子どもたちを元気づけてください、と支援として受けたもの。群馬でオーケストラを指導している南先生がボランティアでこのオケを指導。金星も奥州と同じ時期に始まったオーケストラ。これからほんとうに子どもたちが色々な援助をいただきながら音楽に親しみ楽しんでいけるようになれば、世界の平和につながるのではないかというふうに思います。」

 「喜びの歌」。これはヴェートーベンの「第九」からだ。寺崎先生のヴェートーベンの「第九」の指揮としては、2010年田園ホール20周年において合唱付で、また2011年2月、雫石1000人の第九を指揮し多くの方々に感動を与えている。また震災後、2011年6月、いわてフィルハーモニーを組織、被災地からの要請に応えて演奏活動を継続している。岩手ならではの弦楽団といえるように思う。

第2部のバッハの「チェンバロ協奏曲第1番」チェンバロ:長谷川恭一先生、「2つのヴァイオリンのための協奏曲」第1ヴァイオリン:熊谷啓幸先生、第2ヴァイオリン:斎藤弦先生 
 チェンバロの音がもっと強ければと思った。それは楽しみにしていた演奏が、それがよい演奏だったので、耳にとどくまでに、そのエッセンスが途中で観客席に吸収されてしまい全部を受け取らないでしまったような悔しさがあった。疲れると聞き取りにくくなることがあるので、そのせいかもしれないが。チェンバロという楽器は、あまり広くない部屋で、せいぜい多くて十数人で聴くのがちょうどよいのではないかと夢のようなことを考えてしまった。
 ただ作曲家がチェンバロという楽器を主役として協奏曲を書く場合には、それ相応にどちらも埋没させずに拮抗させ或いは和させるように旋律を組むものではないかとも思った。
 ヴァイオリン協奏曲は第2、3楽章、清新と聴かせていただいた。

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第3部「弦楽のための交響曲第2番」はメンデルスゾーンだが、第2楽章から引込まれて聴いていたが、この曲自体がやや単調だと思われた。ところが終わってからの解説に、私の中でどんでん返しが起った。何と、この曲をメンデルスゾーンは12歳で作曲しているというのだ。たかが小学生とつい今に当て嵌めたわけだが、しかしされど12歳。12歳で第一ヴァイオリンはこう奏で、第2はこう、ヴィオラはこうだな、バスはこう弾いてもらおうかなどと曲想を練っている場面を想像し、ほんとうに唸ってしまった。

 アンコールはシベリウスの「アンダンテ・フェスティーボ」。シベリウスのお気に入りの曲でよくアンコールに取上げたそうだ。明るく輝く弦の響きがホールいっぱいに満ちた。

♪2012 田園フィルハーモニーオーケストラメンバー(敬称略)

ヴァイオリンⅠ 漆原洋子 金子真理子 菅野公男 熊谷奈々子 ★水本淳一 ○伊東秀 ○山口あうい ○阿部寛子 ○滝沢明美

ヴァイオリンⅡ 梅沢明子 小林敦子 佐々木美香 中野順子 村松令子 山岸恵美子 馬場雅美(講師) ○岡本千代子 ○加賀谷寿子 ○金沢杏子

ヴィオラ 飯田裕美子 小川文子 工藤美和子 白澤考子 吉田ひろ子 ○藤澤英子

チェロ 大澤曜子 工藤かおり 昆理子 番匠美加子 ○三浦祥子

コントラバス ○寺山貴大

ステージマネージャー 蒲澤茂

賛助出演 奥州ジュニアオーケストラスクール 花巻金星少年少女オーケストラ

※このブログで書かせていただくコンサートで出演される方々はみな自分から申しますと何かを教えてくださるという意味でも「先生」という敬称が相応しいと思っておりますが、そうなると先生と書かねばならぬ頻度があまりに多く、なるべく「先生」を使わずにきましたが、やはり先生は先生であるなという事実を思い直し、またやはり不遜であってもいけませんので、若干読みにくくなるとしても然るべきように今後は敬称を用いたく思っております。ただ、やむなく敬称略とさせていただくこともあるかもしれません。


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きょうのことば 『パウロと賛美歌』ー特集を前にー

 2012年6月10日(日)インマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の礼拝説教をお伝えします。

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説教題『パウロと讃美歌』―特集を前にー
聖書引証 コロサイ書3:16

16 キリストのことばをあなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。

【説教】
 私たちは7月7(土)、8日(日)にMAY。。。を迎えて、「童謡と賛美歌を歌う会」を持とうとしておりますが、プログラムが決まったと連絡をいただきました。3人のクリスチャン音楽家の姉妹方が貴く用いられますように祈り待ち望みましょう。

 きょうはコロサイ書でございます。
パウロはローマで軟禁の身にありました。それまでは果敢に伝道しておりました。投獄によって命に関わるほどの迫害は免れたようです。この軟禁状態の身で、パウロはエペソやコロサイにある教会に獄中書簡といわれるお手紙を書きました。これが貴重な写本となって廻し読みされたと考えられます。ですからエペソ5:19「詩と賛美と霊の歌をもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」と掲げましたコロサイ3:16などはほんとうに共通しております。
このエペソ、コロサイにある「互いに」ということばに注目してください。教会というのは建造物のことではありません。教会というときには、当然そこにはイエス・キリストを信じる人と人との交わりが前提としてなければなりません。聖書は一人だけの信仰というものを教えてはいません。私たちは教会というイエス・キリストの体を通し、互いに語り主に向かって讃美する。そして知恵を尽くして互いに教え、互いに戒めあう。これがありませんと、私たちはどうしても自分本位の理解に陥りやすい。コロサイを見ますと、知恵を尽くして互いに教え、また教えられやすい心を持っていることが必要です。戒めを素直に聞くことを期待されております。そして、その人たちと神に向かって心からの讃美を捧げます。

コロサイ3:16には「キリストのことばをあなたがたのうちに豊かに住まわせ」とあります。これは一体何のことなのでしょう。「キリストのことば」、これはイエスさまが実際に語られたおことばのことだとする解釈もあります。またイエスさまについて語られていることばであるとする解釈もあります。何れにせよ、ここにだけ書かれている表現です。何れにしろ「キリストのことば」には命がありますから、そのことばが私たちの内に住まうとき、そこに命が与えられます。「聖言うちひらくれば光をはなちて愚かなるものをさとからしむ」というおことばがありますが、正しく、これが私たち信仰者の命の中心です。
詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい
MAY。。。さんとともに、賛美歌、そして童謡も歌います。そのときに、その賛美を通してキリストのことばが私たちの心の中に住まうことができますように祈りつつ臨みましょう。

使徒の働き16章には「25 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。」とあります。これはローマが直轄する拠点ともなる都市ピリピでのできごとです。
パウロたちがのべ伝えている福音は、ローマ人にとっては不都合なものでした。パウロとシラスはきものを剥がれムチ打たれた挙げ句に牢にぶち込まれてしまいました。このときに使われたムチは、掃除に使うはたきのようなもので、握る先には何本ものロープがついており、そのロープに鉄片か何かの鋭いものが結びつけられているもので、40回以上ムチを加えると死に至らしめるものでした。ですからパウロとシラスは血まみれだったでしょう。囚人たちも一体この2人の男がどんな大罪を犯したのか興味津々。ふつうの者なら、こんな場合、失望落胆のうちに痛みを堪えるのがやっとです。しかしパウロとシラスは神に祈り、賛美の歌を歌っていた。激痛の中で、他の者たちが聞きとれるか取れないかのか細い声であったかもしれない、しかし2人は神への賛美の歌を歌ったのです。そしてどうなったでしょうか。
使徒の働き16章「26 ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。
ここに、私たちの届くか届かないかのか細い賛美が、しかし神への心からの賛美が、実は途轍もない大きな力に結びついていることを見ることができます。これは共振といっていいものかもしれません。

例として相応しいかどうか、3・11のとき、東北にいた人たちはもう自分のことで精一杯でした。ラジオから東京、大阪の状況が流れても意識の片隅に置く程度でした。TVも点かず電話も通じない。自分たちの住む盛岡の映像を見たのは
24時間後、或いは地域によってはもっと経ってからです。ずっと後になって、あの時東京、大阪も高層ビルなんかもけっこう大きく揺れたんですって。このようなことでした。
それは共振ということがありますね。或いは共鳴といったらいいのでしょうか。ある種の揺れの周期といったらいいのか。それにちょうどぴったり合ったときに共振する。小さな揺れであったとしても、それがある条件に適うと非常に大きくそれが揺れる。建築に携わっておられるかたはそれを慎重になさるのでしょうけれども、そういう大きな建物の場合には共振というようなことが今の私たちの社会の中であるわけです。
私たちは、この使徒の働きを見たときに、まさにこれは共振だ。そういうくくりで見るときにぴったりするのです。波長が合うのです。
それは何か。私たちがこのような苦しいときに、そして、迫害の中にあっても、パウロやシラスが神さまを誉めたたえて、たとえそれが途切れとぎれの小さな声であったとしても、その小さな声は、贖われたクリスチャンたちの賛美というものは、神さまを共振させる。神さまを共振させて大きな力となって、この使徒の働き16章のできごとに結びつくのだろうと思います。

私たちの賛美、一人一人のそれは小さなものであるかもしれない。しかし、心から神さまに賛美を捧げるとき、それは神さまに共鳴を与え、神の波長と、つまりそれは贖われた救いの恵に与ったクリスチャンだけが持っている固有の振動といったらいいのか、それに神さまが呼応してくださる。私たちの小さな賛美が大きな神さまの力となって現れてくる。これが賛美ではないでしょうか。私たちはそれを心から期待し、そのような賛美を歌う者でありたい、そう願うものでございます。

※約40分の説教を半分に編集いたしました。地図、絵画、イラストでの説明は割愛しております。文責:中ぶんな

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田園フィルハーモニーオーケストラ第9回演奏会ー2012/6/17(日)田園ホール 開演14:00ー

 6月17日といえば、そう、明日なのですが、このようなコンサートがあります。

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指揮:寺崎巖

【プログラム】
《第1部》 子ども達との合同ステージ
   賛助出演/奥州ジュニアオーケストラスクール
         花巻金星少年少女オーケストラ
《第2部》コンチェルト
    バッハ:チェンバロ協奏曲第1番 第1楽章
         ソロ 長谷川恭一
    バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲
         ヴァイオリンⅠ 熊谷啓幸
         ヴァイオリンⅡ 斎藤弦
《第3部》弦楽オーケストラ
    メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第2番
                           ニ長調


    ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 ついに東北も梅雨入り。
きょうは数ヶ月ぶりで、もりおか童話の会に出席。6人の方々の作品、話題に耳を傾けてきました。この会の渡邊治虫さんが小説「野うさぎたちの草原」で「北の文学」を受賞、第64号誌に掲載されております。
 近頃の外出はその日の事情と相談となっており、たとえ家人の了解が得られてもその日の体調次第。人生に幾つかある過渡期のうちの一つを通過中です。   

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第35回水曜デッサン会を観る

 午後から水曜会デッサン会に行ってきました。どの作品も所謂画風というものが備わった力作ぞろいです。

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 友人大信田時子さんの作品です。

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 TV岩手ロビーから見える庭もとてもきれいでした。

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 ありがとうございました!!

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岩手の合唱団  今昔 -その2-

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 終戦の年、昭和20年に結成された杜陵合唱研究会を指揮、指導した沢崎定之が東京に帰り、千葉了道がその後任となり、23年6月第5回定期演奏会が内丸の岩手県公会堂で開かれた。賛助出演は声楽の伊藤武雄、花子夫妻。ピアノ伴奏は伊藤由里子(岩手女子師範)。昼夜2回の演奏で、ワーグナーの『タンホイザー』等を歌う。新メンバーは男声の佐藤洸、太田金次郎、高橋護郎、大矢冨二郎、佐藤典成、、諏訪弘、吉田睦郎、女声の内田喜代子、三浦トク、佐藤八重子、中村静子らがいた。
 23年秋にはヴェートーヴェンの交響曲第9番に挑戦したが、演奏方法を巡って団員間で意見対立が起き取りやめている。
 沢崎のときには年2回だった定期演奏会は23年から年1回となり、次第に低迷気味となる。25年7月第7回定期演奏会までは確かに開かれている。
 その後の新しい団員は、松田晃、工藤哲男、藤沢昭子、伊藤由雄、小林一三、内藤寛二、大和光子、金矢妙子、寒河江怜子他。またピアノ伴奏は保坂和子。創設からの団員延人数は100人を超す。
 活動低迷、財政的窮状のところ、千葉了道がQGボーカルフォア(後の盛岡放送合唱団)の指揮に専念することとなり、また一部の団員はこの年の6月に創設された和久井敬三指揮の盛岡混声合唱団へ移るなどし、27年3月に杜陵合唱研究会は解散となった。

 昭和24年には岩手県男声合唱団のはしりであるボーイフレンド合唱団が誕生している。杜陵合唱研究会で活躍したメンバーが中心だった。指揮者は吉田睦郎、松田晃。団員は佐藤洸、工藤哲男、沢恩、金矢光紀、吉田久五郎、照井隆一、伊藤由雄、内藤寛二、佐々木正太郎、石塚邦男、小林一三、佐藤誠、佐藤由太郎、一戸武司等。週一回善隣館で練習。定期演奏会はなく随時ステージに立ち、伴奏もなく自由奔放な合唱団だった。10人余りの少数精鋭だが、その質は高く、評価の厳しかった新藤武、和久井敬三から良い評価を受けた。主なステージは25年12月県公会堂で、盛岡学生音楽友ノ会主催「クリスマスコンサート」。26年3月盛岡デージィー合唱団と村井弦楽四重奏団との共催「合唱と楽器の夕」。26年6月大館市民公民館での演奏旅行。
 ボーイフレンド合唱団のレパートリーの中心はロシア民謡とフォスターの曲。盛岡の中央ホールで映画『シベリア物語』の幕間を務める。NHKラジオ放送に4、5回出演。

 男声合唱団は、ボーイフレンド合唱団の他に国鉄盛岡工場(杜陵合唱研究会出身の佐藤典成が率いる)にあった。また盛岡デージィー合唱団もボーイフレンドに刺激され結成されたが活動はあまり熱心ではなかったようだ。
                     ー以上、「岩手音楽の系譜」よりー

             
 

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麗人

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 「合唱団 今昔ーその2ー」 はお休みにして、きょうはこの写真。夕暮れに佇み、薔薇の香りを楽しんでいるご婦人の後ろすがたです。

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岩手の合唱団  今昔 -その1-

  6月10日(日)に岩手県民会館で第35回全日本おかあさんコーラスの東北支部大会があった。地元開催であることからか、岩手県からは「コーラスななしぐれ」「アンサンブル ガリーナ」「コーラスグループ琥珀エコー」「コールTonan」の4団体が出場していた。この他にも、おかあさんコーラスかどうかはわからないが、さまざまな合唱団の名前を耳にすることがある。おかあさんコーラスに限らず、詳しく調べたなら、岩手県下の合唱団の数はかなりなものかと思う。

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 一般として一定のランク付けがなされているのは、盛岡コメット混声合唱団、男性合唱団コールM、一関市民合唱団、混声合唱団「北声会」、女声合唱団コール・パレッタ、宮古木曜会合唱団、盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、「深山会」盛岡第一高等学校音楽部OB・OG会の8団体。高校では不来方高校音楽部OG会、大学では岩手医科大学合唱団となっている。
 この中に挙げられていないコーラスが、そのことで格付けが上であるか下であるかは私にはわからない。何れ存在の価値には何ら変わりはないのではないか。

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 岩手の合唱団はいったいどんな変遷を経てきているのか、昔は自分は合唱を調べる任ではないと、弦楽を調べたときの副産物であった資料をしまいこんでいたが、この機会に引っ張り出してみた。

 岩手大学教授だった吉田九五郎の「岩手の音楽教育」によれば、明治15年岩手師範学校附属小学校で、東京女子師範卒である17歳の女教師菊池ノブが女子児童68人に唱歌教育をしたのがその始めであったという。戦前で名が残っているのは太田カルテット、これは弦楽四重奏団であるが。合唱では昭和10年代に岩手師範教師新野仁助による盛岡混声合唱団といったところだった。

 ー以下は岩手日報の「いわて音楽の系譜」(昭和56年8月~)からの抜き書きですー
 太平洋戦争後はいち早く杜陵合唱研究会が誕生。東京から盛岡に疎開していた東京音楽学校(現東京芸術大学)声楽主任教授の沢崎定之であった。メンバーには岩手大学教授千葉了道、附属小学校教官野崎哲郎、千葉了道がいた。第一回定期演奏会は昭和21年4月2日。国民劇場。賛助出演は梶原完(ピアノ)、佐々木成子(アルト)、森正(フルート)の豪華メンバーであった。このとき団員53名。
 メンバーにはテノールに新藤武、千葉了道、渡辺精治、島田伍朗、佐藤綾夫。バスに野崎哲郎(バス)、沢恩、吉田九五郎、日沢典男。ソプラノに沢チエ、平野品子、大木貞子、上村トモ、池野実子、菊池聡子。アルトには糠塚ハル、松本紫、平野盛子。指揮は沢崎定之の娘よね子ら。この他にも沢チエによれば、男声に星、北田、女声に藤沢、豊川、及川、今井、熊谷、安本、天野、小野寺、吉田、遠藤、村井といった人々がいたという。唱歌、シューベルト、信時潔などがうたわれた。
 沢崎は昭和22年暮れに東京に帰ったが、その翌年自宅で逝去している。その後、合唱研究会の指揮は千葉了道に引き継がれた。

                    つづく

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おかあさんコーラス「コールファンタジー」で『ええと』を聴く

  庭の草取りもきょうは見て見ぬふり。できるだけゆったりと過ごした1日だった。10時就寝を目ざしパソコンの前に座す。鳴るのは指揮、チェンバロ:トレヴァー・ピノックのブランデンブルク協奏曲。

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 日曜日の昼頃に岩手県民会館に駆け付け、第35回全日本おかあさんコーラスを聴いた。受付でプログラムを受け取り、42団体出演しているのには驚いた。全日本の東北支部大会である。
 目的は山形県の「コールファンタジー」。岩手県からは「ななしぐれ」が出場していたようだ。「ななしぐれ」の時間帯には私は教会の礼拝に出席していた。また岩手勢では「アンサンブル・ガリーナ」、「コールTonan」、「コーラスグループ琥珀エコー」。なぜ山形を聴きに? それは、高橋直子先生率いる「コールファンタジー」の2曲目『ええと』の作曲者がうにさんだったからだ。うに、こと作曲者木島由美子。作詞は茨城のり子。館内にいたのは、この曲を聴くためだけの20分間ほどだったかと思う。できれば最後まで聴きたかったのだが…当分は自重、自重。うにさんの曲『ええと』は、明るく元気のでる曲だった。
 私は作曲はできない。音符の10個くらいは並べることはできても、それ以上のことはできない。自分の心に通ったまったく新しい音楽を、誰かが楽器で、どこかの合唱団で演奏してくれるのを聴くことが出来たならどんなに素晴らしいだろうかと、作品の一曲も持たないというのに夢のように考えたことがある。作曲家はこれを実現できた人々なのだ。
 いまバッハを聴いているが、バッハにしても、自分の曲が奏者にどのように演奏されるかには全神経を逆立てたろう。楽譜を用いて演奏する、当たり前のことだが、音も人の感性に授けられ、音符によって形を定められ、それが楽器や声をとおして届けられることの妙を思う。

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きょうのことば 『讃美歌の力』ー特集を前にー

毎週日曜はインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の説教を載せております。インマヌエル教会は福音的な教会です。統一原理、エホバの証人といったカルト教団とは関係ありません。何らかの参考ともなれば幸いです。

説教題『賛美歌の力』

聖書引証 詩篇4013

1 私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は私の方に身を傾け、私の叫びを聞き、
2
私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。
3
主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。

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【説教】

7月7日()、8日()には、「MAY…」さんをお迎えして讃美の集いを持とうとしております。「MAY…」というのは、西谷葉子(ソプラノ)、石鍋敦子(メゾソプラノ)、木下真樹子(ピアノ)という3人の音楽ユニットであり、それぞれにクリスチャンとしてのすばらしい証しをお持ちです。準備をして待ち望んでおりますが、この讃美の力というものについて、聖書の3箇所、詩篇、第二歴代、使徒から学んでみたいと思います。

この教会で毎年出しております文集『葡萄の樹』の今年のテーマは「讃美について」でした。さまざまな角度から綴られた原稿をお寄せいただきましたのはとても感謝なことでした。

現在この教団では「インマヌエル讃美歌」を使っておりますが、こんど福音讃美歌協会の編集により「教会福音讃美歌」が刊行されました。これは聖書を神のことばと信じる福音的な諸教会によって編纂されており、インマヌエル讃美歌にあるものも多く取り入れられております。教団としては、今後は、この「教会福音讃美歌」に緩やかにシフトしていく方針でございます。

因みに聖書は現在「聖書 新改訳」の3刷を使っておりますが、2016年には新改訳聖書の改訂による新しい翻訳聖書が刊行予定です。以降は、私たちの公用聖書としては、この聖書が用いられることになります。

さて、賛美歌とはいったい何なのでしょう。先ずそれは、神への捧げものです。それからもう一つは、神さまへの証しの歌である。讃美歌には救われた喜びに満ちています。そしてもう一つは、神さまの前に永遠に続く奉仕であります。

詩篇33:「1 正しい者たち。主にあって、喜び歌え。賛美は心の直ぐな人たちにふさわしい。2 立琴をもって主に感謝せよ。十弦の琴をもって、ほめ歌を歌え。3 新しい歌を主に向かって歌え。喜びの叫びとともに、巧みに弦をかき鳴らせ。

このように私たちは神さまから讃美を捧げるように命じられている。勿論神さまは暴君ではありませんから、「歌え」と命じられるときに、歌うことのできる恵を与えてくださっております。

もし私たちが救いの恵に与っていなかったら、いまどんな歌を歌っていたでしょうか。私は牧師になる前は、あるレコード会社に勤めておりました。忘れもしません、当時大ヒットしていたのはJRT1015『長崎はきょも雨だった』、SV2045『港町ブルース』でした。もうレコードナンバーが記憶に焼き付いております。もしあのまま会社にいたなら、もしかすればどんなものがヒットするか、そんなことばかりに一生を費やしていたかも知れません。それが今こうして心に力を与えてくれる讃美歌を歌うものとせられている。これはけっして当たり前のことではないな、きっと皆さま方も同じ想いなのではないでしょうか。

きょう礼拝のために選びました讃美歌『めぐみの光は』には、「恵の光は/わがゆき悩む/闇路をてらせり/神はあいなり/我らも愛せん/愛の御神を」と歌詞がございます。

神さまは私たちに歌えと命じておられる。行き悩む、闇路もある、悲しみもある、なぜかはわからない。「後に悟るべし」。天国に行ってからわかることがたくさんあります。だから讃美しなさい。神さまは歌うに足る充分な恵を与えておられます。

正しい者たち。主にあって、喜び歌え

先ほど、讃美歌とは、神さまへの証しの歌であると申しましたが、詩篇40篇をご覧下さい。

1 私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は私の方に身を傾け、私の叫びを聞き、2 私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。3 主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。

このほど、MAY…さんから、紹介のチラシの原案が送られてまいりました。『童謡と賛美歌を歌う会』と題しまして「心あたたまる賛美歌を歌いたい方、童謡をなつかしいと思う方、子育て中の方などどなたでもお越しください。楽しく歌いながら、童謡や賛美歌にちりばめられている生きる力に触れてみませんか?」とございました。集会は77日(土)午後2003308日(日)は日曜礼拝午前10301200、昼食を挟み、午後2003303回予定しています。童謡に賛美歌がもとになっているものがありますが、特に土曜日は、来会された方々とともに童謡を歌いたいと願っております。MAY…さんのお証しは日曜日にお願いしております。この集会に来会された方々が、このような人世があることを見出し、「主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、に信頼しよう。」と証しすることができたなら何と幸いだろうかと、このように思うことでございます。

賛美歌とは、神さまへの永遠の奉仕であると申しました。

第二歴代誌20:「20 こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。『ユダおよびエルサレムの住人よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。』21 それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。『主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。』22 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。

ここには、神さまを恐れるヨシャパテ王が敵の襲来に直面したときのことが記されています。ヨシャパテ王が、武装した自分の兵士たちの前に、神を賛美する一群を配備したというのです。そのものたちが歌いはじめたとき、主は伏兵を設けて敵を打ち破ったとあります。楽隊が先陣を切るのは異例です。ほんとうに不思議なことです。ちょうど戊辰戦争のときの官軍マーチを思い出しました。新撰組、旧幕府軍はこれに弓を引くわけにはいかず矛を収め敗走します。まして私たちがほんとうの神さまを誉め称える賛美を心の底から歌い前進するときに、ヨシャパテのような勝利を経験できると期待してはいけないでしょうか。新しい歌、われらの神への賛美をMAY…さん、そして私たちが歌うとき、「多くの者は見、そして恐れ、に信頼しよう」というこの神さまの御業を期待いたしましょう。

そして賛美とは、神さまへの永遠の奉仕です。

黙示録5:「9 彼らは、新しい歌を歌って言った。『あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、10 私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。』

私たちが神さまに向かっていつまでも為しうる奉仕は賛美です。これは御使いさえもが羨む奉仕です。というのは御使いは、神の愛のゆえに、神のひとり子の命と引き換えに罪赦されて救われたという経験を持っておりません。黙示録にあるような賛美は、罪人であった者のみが歌うことのできる賛美です。わたしたちはこの恵を永遠に神のまえに捧げ続ける存在なのです。何と大きな意味のあることでしょうか。賛美、それは神が私たちに命じられたものなのです。

私たちはこの世にあっては、証しをするために賛美歌を歌いますけれども、しかし、私たちがやがて主の前に出るときには、いつまでもいつまでも続く喜びのものが子羊の賛美の歌であることを心に留めたいと思います。

※文責:中ぶんな

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SFマガジン7月号(早川書房)に立川ゆかりさんの連載第6回「是空の作家・光瀬龍」

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  『いわての文芸誌 天気図』を率いてくれる立川ゆかりさんの「是空の作家・光瀬龍」連載第6回が掲載された『SFマガジン7月号』 (早川書房)が出ています。

 今号では、結婚を反対された光瀬龍と飯塚千歳が「秘めやかに、しっとりとした、趣の中に」愛情を営んでゆくうち、光瀬の側はついに反対の理由をクリア、一つは、洗足学園第一高等学校付属の中等部、後には高等部に移るのだが、ここに生物と地学担当として定職を得る。そして今一つ、
光瀬の実家が、光瀬が千歳と結婚するためには婿入りしかないという決意を知って折れ飯塚家への婿入りを了解し、昭和34年10月に結婚。新婚旅行先は伊豆の下田だった。これを立川さんは、「光瀬の精神世界を再確認する旅」と捉えている。伊豆の下田は光瀬が教育大学動物学専攻時代に臨海実験場として通ったところだった。また長楽寺は、日露和親条約が調印された寺であり、唐人お吉が祀られている寺であるという。ただ光瀬にとっては別な意味でSF作品創作に影響を受けた寺であったようだ。
 「小説の勉強」宣言、また「宇宙塵」入会の経緯は前号でも触れているが、千歳は、この時分に書いた光瀬の小説を読んでいるが、SF小説はよくわからなかったという。
 光瀬龍というペンネームがボクサーの名前から取られていたのは意外だった。井上靖の『チャンピオン』に出ているという。「(チャンピオンに登場する)光瀬はパンチをよけたりせず、最後までカマキリのように体半分を折り曲げたまま、ふらふらと近寄ってきて戦いのポーズを崩さなかった。彼はそんな最後まで戦いをあきらめない男、『光瀬龍』として登場する」と立川さん。『チャンピオン』の中で、チャンピオンである主人公は光瀬龍が夜空を見上げる姿に惹かれる。このあたりのことも詳しく印象深く述べられている。光瀬龍とは「決して逃げない、激しい生き方を通し続けた」パンチドランカーの名だった。
 1956年には『宇宙塵』に処女作SF小説「タイタン六世」を発表。『宇宙塵傑作集』掲載作品は『宇宙塵』の創刊から15号のうちから選考されたが、アンケートで弟一位となった。
 この他、『宇宙塵』はSFサロンでもあったが、ここで論客であった今日泊亜蘭のようすなどが興味深く紹介されている。またテレビ界、SF界で活躍した野田昌宏が1958年『宇宙塵』の会場が光瀬の実家の千葉家であったときに初参加しているが、そのときにSF作家の感覚というものに驚いたことや、サロンでの矢野徹や今日泊、星新一、光瀬の会話の役割が証される。「科学派が柴野拓美、泉十四郎、光瀬とすれば、文学派は星、宮崎惇だったという」。
 光瀬は『宇宙塵』に1958年4月号「夜の霧」、1959年8月号「葬いのタンゴ」(後に改稿して「ボレロ1991」1962年7月号SFマガジン掲載)
 最後には昭和30年代以降の日本の文学の変質にも触れている。本格SFが求められる時代となり、「1959(昭和34)年12月アメリカの『ファンタジィ・アンド・サイエンス・フィクション』誌と早川書房が提携して、日本でもSFの専門誌が創刊された。これが『SFマガジン』№1(1960年2月号)の誕生だ。」という。

 何とも、今我々の文芸誌『天気図』の編集長は、このSF界の魁けとなった『SFマガジン』誌に連載をしているというわけです!!!

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疲れたときには

  疲れたときには疲れたと正直にいえば、その1行でも事足りてしまうこのページ。しかしバッハのブランデンブルクはピノックに導かれながら、疲れを知らぬように古楽器を歯切れ良く鳴らす。

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 いつもモミジの木陰に咲いていたツツジですよ。もうほとんど散ってしまいました。

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 きょうは休息が肝心。それでまた明日につながる。きょうも一日ごくろうさま。きょうも一日ありがとう。

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パリパリの命を食べるースナックエンドウー

  スナックエンドウの花が咲いています。

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 スナックエンドウの実がなっています。

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 今夕、スナックエンドウを食べました。漬け込んだスナックエンドウではありません。乾燥させたスナックエンドウではありません。冷凍させたスナックエンドウではありません。穫ったばかりのスナックエンドウをさっと湯がいて食べました。穫ってすぐに湯がきました。命から命をもらったのです。きれいな緑色のぱりぱりの香りの高いスナックエンドウです。

 花も咲いていますよ。

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 こんなにきれいに。

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 そしてきょうもバッハのヴァイオリン協奏曲、2番のアレグロ。この花々にさす光のようです。

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映画 『恋するトマト』

 きょうは午後小雨がぱらついたこともあり、庭仕事は措いてNHKBSプレミアムで映画『恋するトマト』を観た。

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              わがやのトマトの苗

 最初は農家の嫁問題がテーマかと思われた。たしかにそうなのだが…。農家には嫁の来手がない。ならば農家の子女ならと願えば、農家ではサラリーマンに嫁がせることを望んでいるのだ。
 誰でもが幸せになりたいと願っている。農業の後継者である45歳の野田正男(大地康雄)も真剣に伴侶との出会いを模索する。しかしなかなかうまく進展しない。やっと農村生活に理解を示し婚約した女性からは、やはり農家に嫁ぐ自信はないと断られてしまう。こんどはパブで働くフィリピン女性と付き合い女性の積極さに引かれて結婚の申し込みに女性と共にフィリピンを訪れその家族に農協から借りてきた金で経済的な支援までするが、この一家が女性とともに忽然と消えてしまう。詐欺に引っかかったのだ。

 正男は日本に帰る旅費にも事欠き路上生活を余儀なくされる。路頭に迷う正男は中田という日本人に拾われるが、これが言葉巧みにスカウトしたフィリピン女性を日本に送 り込んだり、裏では売春の斡旋や売春婦として売り飛ばす女性たちを買い集めていたが、善人に見える正男をそのやくざなスカウト役に雇い入れる。ここで、正男は自分を騙したフィリピン女性への怨念をフィリピン女性に向けたものかと思われるうちに、正男はあるレストランで身の硬い女性クリスティナ(アリス・ディクソン)を認める。

 仕事の道すがらを運転するうちに正男はラグーナという農村を通りかかる。懐かしさで車を停め見入る正男。折しも稲刈りの真っ最中だった。この風景が現れたところから俗っぽいエンタティメントに終わるのかという疑いは霧散する。そして何とそこにはレストランで見かけたあの女性クリスティナが稲刈りをしているのだった。彼女の父親は病気だった。正男はそのまま腕まくりし、ズボンの裾を捲りあげて稲刈りを手伝うのだった。やくざな自分が遠のきやっとまともな己に突き当たり、いまだとばかりに自分を取り戻そうとするかに一心に働く正男。そして近くあってともに労働の汗を流すクリスティナへの愛情を抱くようになる。

 やくざな稼業からは足を洗い出直し、真っ当な想いをもってクリスティナの両親に結婚を申し出るが、太平洋戦争での日本軍の怖さを知る両親は決して首を縦には振らない。またク リスティナはフィリピン人の教師にプロポーズされ悩み、正男に想いを寄せるものの家族を捨てて日本に渡ることが出来なかった。これだけならば悲恋のラブストーリーというところだが、素晴らしかったのは、クリスティナと正男の結婚を望んでいるクリスティナの弟の存在だ。自分たちに大玉のトマトの栽培を教え自分たち家族に愛情をもって接してくれる正男に、この青年は信頼と愛情を抱くようになっていた。また大きな真っ赤なトマトが撓わになった畑は実に見ごたえがあった。ほんとうの豊かさとはこういうものだという無言の説得がある。 結婚を反対された正男は、もしトマトが成功したら知らせるように、また種を送るからと青年に住所のメモ書きを託す。

 フィリピンで、「まことに大切なものは太陽と土と水である」ことをクリスティナとフィリピンの働く人影が動く農村風景からスピルチャルに心に刻み込んだ正男は日本に帰ってからは大らかな想いをもって農業に専念する。そしてそんなある日、正男がトラクターを動かしながら、バスが農道を走り去ったあとに一人降り立った人影を朧に見る。近づいてくるその人こそ、ラグーナの村で別れを告げたあのクリスティナだった。正男に幸せが飛び込んできた瞬間は感動だった。農村の青年の働きが報われこのような幸せなすがたがあるようにと願われ、農業に光をくれた作品だった。

 なぜか最後にTPPと画像に映っているような気がした。いよいよ農を破壊するTPP反対。しかしそれを声高に言おうものなら、この映画は風邪をひく、そんな気がした。

監督:南部英夫脚本・脚本・製作指揮・主演:大地康雄音楽:寺田鉄生
2005年公開。配給:ゼアリズエンタープライズ
原作は『すばる』(集英社)掲載小説「スコール」(小檜山博)

因みに今私の裏庭に植えてあるトマトの生育は順調である。真っ赤なトマトを手にするたびに私はこの映画を思い出すだろう。

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第35回水曜デッサン会ー2012年6月12(火)~15(金)ーTV岩手ロビー

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 きょうは時子さんのお庭にお邪魔しました。駐車スペースから玄関までの曲線の道に沿って、昨年から植え込まれた美しい花々が色彩豊かに咲いておりました。そこでこの案内状を頂戴してきました。どうぞお出かけください。

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 午前中はトマトの定植。畝を立てないでしまったのですが…。写真では雑然と見えています。

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 この周りにスイカやナス、花の咲き始めたトマト、実のなり始めたスナックエンドウなどの野菜が植えられています。
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 きょうのアガバンサス(手前の真ん中)。ほんとうに緩慢な伸びです。やっと立ち上がった葉はまだたったの1センチ丈。
 きょうもハイフェッツのヴァイオリン協奏曲。アガバンサスに聴かせたなら、もしかして癒されリラックスしてすくすくと伸びてくれるでしょうか。

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雑感ーきょうもやっぱりハイフェッツ/定植を待つ苗/米内浄水場見学ー

  ここにあるCD、DVD、ブルーレイは次の世界に旅立つまでに一度は聴こうと思うものの、恐らく聴くことができるだろうと予測するものの、なにか危うくなってきている。いまこの時に聴いているのはハイフェッツ。昨日も一昨日もハイフェッツ。恐らくは明日もそうなるだろう。
 それにしても今はもう向こうの世界にいるヴァイオリニストののこした演奏を日々聴いているこの不思議さ。存命で活躍中のヴァイオリニストは多くいるというのに。
 まるで奏者がいまそこに立って奏でているようなそんな気さえしてくる。たしかにこの響きには、奏者が死して尚息づいているものがある。これがきっと魂というものなのだろう。spade
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 花の種子が発芽してからの成長の仕方にはばらつきがある。ジョーロで水やりをするときにも多くかかるところ少なめにかかるところがあり、終日同じ場所に置いているようでも、他の植物の陰になったり或いは先に大きくなった苗の陰になったりもする。たとえば24個の種をまったく同じ条件のもとに置くなどは温度、湿度、光を一定に保つことのできる温室でもなければ難しいように思う。土の成分を均一にすることも難しい。水やりの加減で土の成分が微妙に流れ出しているように思う。個体差のどこまでが環境によりどこまでが持って生まれた性質によるものかは素人には見分けようもない。
 それは兎も角、アガバンサス、マリーゴールドを除いては、やっと定植可能な大きさににまで育ってくれたトマト等々。もらい受けたクマガイソウとともに何としても明日のうちに定植させなければならない。午後には堆肥40リットルを買い込んだ。
 いまエニシダが黄色の花を華やかにつけている。見るとサヤエンドウの小型のような実がついている。種子がどのようなものかこれを開いてみたことはなかった。しかし今年はこの種子を取り置いて来年発芽するかどうかやってみようと思う。
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  午前中は米内浄水場の見学をした。いま主人が水に興味をもっている関係で、私の友人とともにその随行というわけだった。spade 

  

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きょうのことば『ペテロのように』

毎週日曜日は自分の行っている教会の説教をICレコーダーから起こし掲載しております。何かを考えるときのヒントともなればと願っております。

2012年5月27日(日)インマヌエル盛岡キリスト教会℡019-646-2924)國光勝美牧師によるペンテコステ礼拝説教です。

説教題『ペテロのように』

聖書引証 第二ペテロ1章1~11

1 イエス・キリストのしもべであり使徒であるシモン・ペテロから、私たちの神であり救い主であるイエス・キリストの義によって私たちと同じ尊い信仰を受けた方々へ。
2 神と私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。
3 というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。
4 その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。
5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、
6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、
7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。
8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。
9 これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。
10 ですから兄弟たいよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。
11 このようにあなたがたは、私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国に入る恵みを豊かに加えられるのです。

【説教】

きょうはペンテコステ(五旬節)を迎えております。新約聖書から申しますと、イースターから50日目にイエスさまのお弟子さんたちに聖霊が降り教会が誕生した日です。また旧約聖書で申しますと、ユダヤの人たちが過越しの祭りから50日を経て祝う仮庵の祭りに相当するものです。過ぎ越しの祭り、七週の祭り(刈り入れの祭り)、仮庵の祭りはユダヤの三大祭です。仮庵の祭りというのは、エジプトから出たイスラエルの民が、神に導かれて荒野を旅したことを忘れないように行った祭りです。過ぎ越しの祭りというのは、イスラエルの人々の苦役の地エジプト全土に神の裁きが下るときに、鴨居に子羊の血が塗ってあるイスラエルの家は裁きを下さずに過ぎ越してくださったことを記念する祭りです。それから50日後にはさまざまな説がございますが、モーセがシナイ山で神さまから十戒を与えられた記念日であるとされております。神の新しい契約が石の板に神の指で記された日、これが即ち新約でいうところのペンテコステ、新しい契約が神さまから与えられ私たちの心に刻まれる、ペンテコステの意味の大きさを思うことでございます。

ペンテコステのときに風が起きて天から聖霊が与えられ、そこに臨んだ弟子たちがみな変えられたのです。この弟子たちを変えた力とは一体どんなものでしょう。それは罪の力、死の力に勝つ力です。使徒の働き1:8「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」というその力です。そして「地の果てにまで、わたしの証人となります」とありますが、キリストの証人たり得るためには、何としてもこの聖霊の力を必要とします。

きょうは第二ペテロを引証とし、説教題を「ペテロのように」といたしました。みなさんは、あのペテロのどんなところを思い出すでしょう。

ペテロ、ヤコブ、ヨハネは三大使徒徒と呼ばれ、弟子たちの中でもより多くイエスさまの傍近くで教えを受けました。ペテロはガリラヤの漁師でしたが彼の兄弟アンデレとともに「わたしについて来なさい」とイエスさまに召し出されました。そしてペテロが「あなたは生ける神の御子キリストです」と信仰告白したとき、イエスさまはこのペテロの信仰をいたく喜ばれました。そしてマタイ1618にあるように「ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます」と仰ったのです。これがペテロの位置づけであり、三大弟子の筆頭格です。

ペテロはヤコブとヨハネとともに、十字架を目前にしたイエスさまのヘルモン山でのすがた変りのとき、モーセとエリヤが現れたことを見、父なる神がイエスさまを「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞きなさい」と仰せられたその声を聞いています。後にペテロは自分がまもなく殉教するであろうというときに、第二ペテロ116に「私たちは、あなたがたに、私たちの主イエス・キリストの力と来臨とを知らせましたが、それは、うまく考え出した作り話に従ったのではありません。この私たちは、キリストの威光の目撃者なのです。」と、このように書き留めています。イエスさまのゲッセマネの祈りのときにもペテロはおりました。イエスさまの復活のとき、真っ先に空虚な墓の中に飛び込んでいったのもペテロです。たしかにイエスさまはよみがえられた。そしてその後、これからガリラヤにもどってそこでわたしと会う、というよみがえりのイエスさまからの伝達を聞いたとき、ペテロやお弟子さんたちはガリラヤに行き、ほんとうにイエスさまにお会いしたのです。これが幻ではない証拠は、イエスさまは弟子たちのためにパンと魚で朝餉の備えをしてくださっていた。

イエスさまが捕縛され十字架に向かうとき、恐れてついていくことができなかったペテロ。十字架上で死を遂げたイエスさま、この大きなイエスさまという柱を失ってしまい路頭に迷うがごとくであったときに、ペテロはペンテコステ、聖霊降臨を体験します。そしてネロによるヤコブ殉教にもすこしも恐れることは無かった。ペテロは投獄されたときに、教会の祈りによって牢獄の扉が開き、祈っている信徒たちの前に姿を現わすという体験もしています。そして彼は最後にペテロ第一の手紙、第二の手紙を記しました。また忘れてはならないのは、マルコの福音書には多くのイエスさまのエピソードが書かれていますが、これはペテロから聞いたものであります。

あのペテロがなぜこれほどまでに変えられたのか。ペテロはイエスさまによって名前を岩と変えられました。聖書の場合、名前が変わることはその本質も変わることを意味します。イエスさまがペテロを変えてくださった。ペテロはペンテコステのときに力を得て変えられたのです。あのペテロがとは言いましたが、さて私たちはどうでしょうか。

ペテロには、あらゆる面でエリートであったパウロのように学ぶ機会はありませんでした。ガリラヤの漁師一筋でした。しかしある日イエスさまと出会い、このお方こそ生涯かけて従うべきと後についていった。しかしそこに数多くの失敗があり、イエスさまの赦しとお取り扱いがあった。私たちもそうです。あるときイエスさまに出会いました。従い続けて今日あるお互いです。イエスさまは聖霊によって私たちを変えてくださる。

これからのアメリカの大統領選の行方はわかりませんが、かつてオバマ大統領は言いました。「チェンジ!」、「イエス・ウィ・キャン!」。変わろう! 変えるんだ! 我らはやればできるんだ! ホーリー・スピリット、ペンテコステの聖霊の力によって!! あのペテロがこれによって変えられたのです。そしてこれこそが、聖書によるところの変貌を私たちに可能とさせるのです。

ペテロが大きく変えられたことの一つに、自分とは正反対であるパウロへの意識の変化も挙げることができます。パウロは出自の家柄も学歴も社会的な地位もペテロのそれとはかけ離れた存在でした。それを踏まえてか、ペテロはユダヤ人の救いに大きく用いられ、パウロは異邦人の救いに大きな役割を果たしました。2人ともに福音のために貴く用いられたのですが、タイプは違っておりました。確執もあった。ペテロがついユダヤ教の律法主義に譲りすぎてしまったときに、パウロはペテロに面と向かって指摘する。ペテロにすれば大先輩の自分によくも言ったものだと不快感を持ったでしょう。しかしペテロは第二ペテロ315に「また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。」とこのように書き記している、「愛する兄弟パウロ」と。

続く16説でもパウロの手紙のことを言っているのですが、「16 その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所の場合もそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。」

パウロの手紙の中には解りにくいところもある、率直に特にわたしのような無学な者や心の定まらない人たちには無理にわかろうとしてパウロの言わんとするところを曲げてしまっている、とこのようにパウロの書簡を曲解から守ろうとしています。これには心が温かくなります。ライバルが自分より用いられ活躍している場合、妬ましい思いが先に立つでしょう。しかしパウロを尊重しパウロの言わんとするところがそのまま理解されるようにと心底から願ったペテロでした。

ペテロはネロの迫害で殉教いたしました。そのときに我らの主と同じ十字架では申し訳ない畏れ多いことだと、自ら逆さ磔(はりつけ)選び殉教しました。ペンテコステが彼のチェンジのときでした。

「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」 

彼は変えられました。彼は変わりました。イエスさまが十字架に磔となり、次ぎに捕まるのは自分たちだと恐れに震えていた弟子たちに聖霊が降ったときに、弟子たちの恐れはもはや消えて、人々の前に立って、あなた方が十字架につけたあのお方こそ神さまが救い主としてお与えくださったメシヤだ、と大胆に伝えていったのです。私たちは主の前に祈り求めましょう。

※例話など割愛したところがあります。文責:中ぶんな

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マリス・ヤンソンス&バイエルン交響楽団来日の報

  今朝の5時頃眼をさまし動き出すと身体に不調を覚えた。まっすぐに直立するとまずい予感がし、低いめの姿勢を保ったまま移動していると、主人が血圧を測るようにという。上が165下が85。白湯を飲んでまた安静体勢に入る。7時までには徐々に回復130、75というところに落ち着いた。朝食は主人に自分で支度をしてもらった。きょうもやりたいことが山積みだったが、ひとまずは不動の構えを通す。
 昼には118、65といつもの数字に回復。まずはほっとする。体調がいいときのリズムで動きすぎたことに思い至り午後も自重。
 夕食は裏のミニ畑から二十日大根を収穫。水で土を流す。まんまるな赤がほんとうにきれいだ。写真を撮ってブログに載せようかとも考えたが、この水色のボールでは合わない、はてザルは小屋の中だったなどと考えるうちに、今回はまあいいや、という結論に。
 近くのお店からゴーヤ、トマト、納豆、サヤエンドウ、キュウリなどを買い込み、キュウリと二十日大根の酢の物、豚肉と豆腐とゴーヤでチャンプル、ニンニクと酒、醤油で漬け込んだ鶏肉を油をしいたフライパンで焼き、サヤインゲンと麩の味噌汁,あとはトマトを切って並べ、何とか朝食と昼食の手抜きを埋め合わせた。
 後片付けも一段落し時計を見ると8時。二階にあがって昨夜も聴いたハイフェッツをかける。よい出だしだ。高音の細部にも硬質な輝きが失せない。そしてパソコンを開く。どこからもメールが来なくなって久しい。それでも息子たちから緊急メールがあるかもしれないと一応開いてみると、何という幸いなことだろうか。
 マリス・ヤンソンス&バイエルン交響楽団が来日するとの報。ヴェートーヴェン交響曲の全曲演奏会だ。勿論全曲を望みはしない。ただ、私が、今日の、このときの、この報に幸せを感じるのは、息子からということもある。音楽会のチャンス到来ということもある。そして何よりも今朝方にあのようなことがあったその日のうちに、天がこのような報をもって私を喜ばせ励ましてくれたというこのことである。

         
マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団 ベートーヴェン交響曲全曲演奏会 2012

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アガバンサス発芽

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去年咲いたユリ科の水色のアガバンサスの種を20粒取り置いた。4月29日に土に植え込んだ。他の花の種はだいたい10日経つと芽が出る。マリーゴールドは3日ほどで発芽、その元気さに驚いてしまった。アガバンサスの芽が出たのは5月26日ごろだった。約一ヶ月かかっている。あまりに出ないので何か特別な技術を必要とするのかもしれないと思い始めたときにやっと緑色のプッチンが出たのだった(写真一枚目の真ん中よりやや左に出ている)。6月1日のいま4つの芽が出ている。少なくともあと2つは出てくれそうな気配だ。これがどの程度に育ってくれるかはわからない。とにかく花が咲くまでには5年かかるという。発芽さえしてくれれば丈夫なので案外育ってくれるのではないかと期待している。
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 順調に育った場合には5年後には、このような花が咲いてくれるはず。

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 シモーネ指揮ヴィヴァルディ『四季』のDVDに映っている庭園に咲いているのを見たのがこの花との最初の出会いだった。

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