岩手の合唱団 今昔 -その2-

終戦の年、昭和20年に結成された杜陵合唱研究会を指揮、指導した沢崎定之が東京に帰り、千葉了道がその後任となり、23年6月第5回定期演奏会が内丸の岩手県公会堂で開かれた。賛助出演は声楽の伊藤武雄、花子夫妻。ピアノ伴奏は伊藤由里子(岩手女子師範)。昼夜2回の演奏で、ワーグナーの『タンホイザー』等を歌う。新メンバーは男声の佐藤洸、太田金次郎、高橋護郎、大矢冨二郎、佐藤典成、、諏訪弘、吉田睦郎、女声の内田喜代子、三浦トク、佐藤八重子、中村静子らがいた。
23年秋にはヴェートーヴェンの交響曲第9番に挑戦したが、演奏方法を巡って団員間で意見対立が起き取りやめている。
沢崎のときには年2回だった定期演奏会は23年から年1回となり、次第に低迷気味となる。25年7月第7回定期演奏会までは確かに開かれている。
その後の新しい団員は、松田晃、工藤哲男、藤沢昭子、伊藤由雄、小林一三、内藤寛二、大和光子、金矢妙子、寒河江怜子他。またピアノ伴奏は保坂和子。創設からの団員延人数は100人を超す。
活動低迷、財政的窮状のところ、千葉了道がQGボーカルフォア(後の盛岡放送合唱団)の指揮に専念することとなり、また一部の団員はこの年の6月に創設された和久井敬三指揮の盛岡混声合唱団へ移るなどし、27年3月に杜陵合唱研究会は解散となった。
昭和24年には岩手県男声合唱団のはしりであるボーイフレンド合唱団が誕生している。杜陵合唱研究会で活躍したメンバーが中心だった。指揮者は吉田睦郎、松田晃。団員は佐藤洸、工藤哲男、沢恩、金矢光紀、吉田久五郎、照井隆一、伊藤由雄、内藤寛二、佐々木正太郎、石塚邦男、小林一三、佐藤誠、佐藤由太郎、一戸武司等。週一回善隣館で練習。定期演奏会はなく随時ステージに立ち、伴奏もなく自由奔放な合唱団だった。10人余りの少数精鋭だが、その質は高く、評価の厳しかった新藤武、和久井敬三から良い評価を受けた。主なステージは25年12月県公会堂で、盛岡学生音楽友ノ会主催「クリスマスコンサート」。26年3月盛岡デージィー合唱団と村井弦楽四重奏団との共催「合唱と楽器の夕」。26年6月大館市民公民館での演奏旅行。
ボーイフレンド合唱団のレパートリーの中心はロシア民謡とフォスターの曲。盛岡の中央ホールで映画『シベリア物語』の幕間を務める。NHKラジオ放送に4、5回出演。
男声合唱団は、ボーイフレンド合唱団の他に国鉄盛岡工場(杜陵合唱研究会出身の佐藤典成が率いる)にあった。また盛岡デージィー合唱団もボーイフレンドに刺激され結成されたが活動はあまり熱心ではなかったようだ。
ー以上、「岩手音楽の系譜」よりー
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