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岩手の合唱団  今昔 -その3-

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 盛岡ボーイフレンド合唱団が昭和24年に誕生しているが、同じこの年の秋に、盛岡交声会合唱団が盛岡に疎開していた芦野文雄(アシノ音楽学苑主宰)によって誕生している。杜陵合唱研究会が音楽教師ら中心だったのに比べ、盛岡交声会は、ごく普通の音楽愛好家が中心だった。

 芦野文雄は昭和8年東洋音楽学校(現東京音楽大学)を卒業し東京でアシノ音楽学苑を開いていたが、太平洋戦争末期に盛岡に疎開。その後アシノ音楽研究所(後に音楽楽苑と改称)を盛岡市天神町に開いた。結成に大きな役割をはたしたという小笠原哲男(盛岡鉄道学園長)の話によれば、盛鉄局には昭和23年4月から混声合唱団があり、芦野の指導を受けていた。ところが、24年8月の国鉄定員法で女子職員がほとんどいなくなり、合唱団は解散に追い込まれた。そこで歌を続けたいという仲間が、他の職場やアシノ研究所の人たちと一緒になって盛岡交声合唱団が生まれたという。結成当時は3、40人。25年には約60人に増え、25年11月25日岩手県公会堂で第1回発表会を開く。

 当初のメンバーには後に第8回晩翠賞、第5回H氏賞を受けた詩人村上昭夫(盛岡郵便局勤務)がいた。他に男声は福田清、藤原徳二治郎、鈴木四郎、赤坂精一、小和田千助、田沼賢一、嵯峨英治、吉田由三、長沢進、照井隆一、中島康正(仙台市)。女声は笠原和子(旧姓土屋)、栗谷川レイ子(同笹森)、木村和子(同大坪)、大和光子(同小野寺)、季村育子(同佐々木)、中島愛子(同谷藤)、星山茂子(同吉田)、新藤タマ(同藤原)、大里幸子(同今淵)、山口トモ子(同藤井)、庄垣幸子、鈴木礼子(同横沢・栃木県黒磯市)。

 第1回発表会は1000人ホールがほぼ満席。ピアノ伴奏は平野愛子(仙台市)。曲目は、ウェルナー「野バラ」、チャイコフスキー「トロイカ」、シューマン「流浪の民」など。他に佐々木育子、小野寺光子、福田清、藤原徳二郎の四重奏、土屋和子のヴァイオリン独奏など。大成功だった。

 結成当初から熱心に練習していた村上昭夫が発表会間際になって、結核で入院。そこで演奏会終了後、合唱団の有志が村上の病床を見舞い、歌ってきたばかりの歌をもう一度歌って聴かせたという。ー以上、岩手日報「いわて音楽の系譜」よりー

 芦野文雄氏の奥様斐子夫人は平成24年5月に100歳を迎え、天神町のご自宅に娘の真弓先生に見守られながらご健在です。

  

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