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ヤッシャ・ハイフェッツのCD「バッハ ヴァイオリン協奏曲集」

  息子が自分の部屋の置き所に困ってたまに実家に送ってよいかを打診してくるものを一応みな受け入れている。近頃はよく見もせずに棚に並べておいている。ところがこの小さな部屋で近頃展開している掃討作戦でとにかく捨てられるもの処分できるものを探しているうちに図らずも手に取ったのが何とヤッシャ・ハイフェッツの復刻版だ。HEIFETZと眼に入ったときにはまさかと思った。顔写真を見ると紛うことなくたしかにハイフェッツ。あったのだ。この部屋の中に。今までそれに気づかずにいたのだ。

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 ヤッシャ・ハイフェッツは過去に於ける天才ヴァイオリニストであることに加え、私の中では謂わば骨董的価値というものも付加されている。個人的な興味の糸口は、やはり大正時代の盛岡市の弦楽四重奏団太田カルテットのメンバーたちが帝国劇場で彼の演奏を聴いたと考えられるからだ。関東大震災のときにも被災支援のため来日している。1949年にはルービンシュタイン、ピアティゴルスキーと「百万ドル・トリオ」と呼ばれるトリオを組んだ。彼自身はこのニックネームに嫌悪感を持っていたという。
 彼の写真を見るとき、ハイフェッツに特別な感懐を抱いている自分を覚える。これは何も暗喩でいうのではなく、若干は調べようと努力したところから来ているように思う。彼もやはりユダヤ人だ。

 このアルバムに収録されているバッハのヴァイオリン協奏曲第1、第2番は1953年12月にハリウッドで録音されているが、この2つの協奏曲は彼が残した唯一の演奏である。
共演はウォーレンスティン指揮ロサンジェルス・フィル他。「2つのヴァイオリンのための協奏曲」は1946年10月にやはりハリウッドで録音されている。共演はフランツ・ワックスマン指揮RCAビクター室内管弦楽団。ともにハイフェッツの絶頂期の名演奏である。(株)ソニー・ミュージックエンタティメント2001


諸石幸生 解説
バッハのヴァイオリン協奏曲第1、第2番
 絹のようにやわらかくて艶々とした音色、すべての音が正確かつ明快に、しかも充分な豊かさをもって響きわたる爽快感、そして何よりも冷静かつ客観性に優れた鏡のような演奏といえようか。一時期、ポーカーフェイスの名手が作り出す演奏は、技術的な完璧性のみがクローズアップされ、「冷たい」「自動機械のようだ」「情緒に乏しい」などと避難されたこともあるハイフェッツだが、半世紀を経た今耳を傾けると、完全無欠の技巧と徹底した読みを背景にした演奏はかえってモダンで新しく、時代の荒波を超えて生き続ける普遍的演奏、演奏活動の一つの理想像のようにも映ってくる。
 ハイフェッツは情緒に傾かなかったのではなく、あくまでも作品そのものに焦点をあて、その真の姿を謙虚かつ誠実に音にした演奏家であったことが痛いようにわかってくるバッハといってもよいであろう。情緒不足などではなく、余情を混入させて作品を汚すことを戒め、自身がもつ技術と音楽性とをただひたすらに作品に奉仕させた実に潔い演奏なのである。それは何かといえば個性や感情表現が喧伝される時代にあっては潔いほど無垢な美しさにあふれた演奏であり、ハイフェッツに耳を傾けていると個性などというつまらないもので作品の姿がゆがめられるくらいなら、ない方がまし、そんな感慨にすら襲われてしまうほどである。素晴らしい歌心にあふれた第2楽章も、ハイフェッツで聴くと凜とした気品があり、毅然とした甘美さとでも言えばよいのか、感情や個性といったものに逃げない演奏のすごみのようなものを感じさせられるが、そうした感慨を抱くのは決して筆者だけではあるまい。
2つのヴァイオリンのための協奏曲
 …当時としては画期的な多重録音の技術を駆使したもの…ハイフェッツは2つのソロ・パートを一人で弾いている。…ハイフェッツは理想のバッハ演奏を実現させるため、巡礼のような気持でこの録音に臨んだのかもしれない。2人のソリストは可能な限り似通っているべきだとハイフェッツは考えていたと伝えられる…。しなやかで何よりも融和度の高いソロは光の波が歌を交わすかのような境地すら作り出しており、他に2つとない二重協奏曲の世界へと聴き手を誘う名盤となっている。

 しかしできるだけ身の回りのものを処分しようと思いたったはずが、結局さまざまな発見をすることとなり、これら音盤も整理処分することは中止。手狭な空間ではあるがすべて保存してゆこうと決めた。大改革はいったい何だったのだろう。
 いま第2番のアレグロが鳴っている。切れの良さが心地よい。終日の暑さは消え、いま窓から吹き込む涼しい風を受けながらこのすばらしい演奏を聴くことに与る幸せを何に感謝したらよいのか。すべてにだ。こんなに幸せなときは神に、家族に、人みなに、ものみなに、この風にさえも感謝できるのだ。


 

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