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ヤッシャ・ハイフェッツの弦の音ー堀内敬三はこう聴いたー

 天才ヴァイオリニストヤッシャ・ハイフェッツ(Jascha Heifetzas 1901~1987)は、演奏技術の完璧さからとかく冷たいなどと言われているようだ。さて、その時代にあって、自らの耳で聴いた人はどのように語っているのか。それが大正12年11月5日の東京朝日新聞に載っていたのでご紹介しよう。

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「私の聴いたハイフェッツ
  十歳で壇に立った魅力の演奏」
                 堀内敬三

来る七日に来朝して九日から三日間帝国ホテルに開かれるハイフェッツ氏の演奏は、大震災後清純な慰安に渇した我が罹災地の人々への天恵の一つでなければならぬ、氏に就いて新歸朝の音樂研究家堀内敬三氏の印象をかゝげる(一記者)

 ハイフェッツはヴァイオリンの世界的大家であるが、年はまだ満二十四歳にしかならない。明治三十二年波●(判読不可)ウィルナ(ロシア帝国領ビルナー現在のリトアニアの首都ー)に生まれ、父は其地のシンフォニーオーケストラのコンヴェルトマイスター(主席のヴァイオリニスト)であった。彼は父の薫陶の下に三歳の年からヴァイオリンを弾き始め五歳の時には既に公衆の前で演奏を行ったと云ふ。ウィルナの王室音樂學校を卒へたのは七歳当時既に十分少年音樂家として認められてゐたであろう。やがて露都へ行ってレオポルド・アウアーの門下に加へられた。アウアーは今紐育(ニューヨーク)に居るが古くから世界無比と云はれるヴァイオリンの教授で、現代のヴァイオリニストは悉く其の門下から出てゐる●だから、入門も非常にやかましく、其の代り入門したら大抵は大家になれると云ふ見込みがつけられる位に評判が高い。ハイフェッツはアウアーの下で專心技を磨き、その下を離れて愈(いよいよ)本式に演壇に立ったのは僅かに十歳の時であった。
 ハイフェッツは斯くて露西亜全國の演奏旅行に非常な喝采を受け、續いて全欧洲に亙る演奏旅行に天才の名を謳われた。昨年没なった有名な指揮者ニキシが獨逸ライプチヒのゲワントハウスのオーケストラを指揮し、ハイフェッツの獨奏に伴奏したのはハイフェッツが十二歳の時で、其頃迄に此の有名なオーケストラに依って伴奏された少年音樂家はヨアヒムだけであったといふ。其後二、三年の間に彼は一躍大家の列に入り、欧洲各地の大オーケストラはその演奏會に争って彼を演奏者として招いたが、戦争が始まってから欧洲が不便になってきたので、彼は十七歳の時シベリヤ、日本を経由して紐育へ赴き、爾来其処に定住して益(ますます)名聲を高めた。
 彼の年齢は非常に若いが、其技巧は實に老練で、殊にパガニニやサラサテの作曲になる速度と複雑な技巧とを要する曲に就いては當代並ぶ者が少ない。ハイフェッツの音は常に美しい。どんなに早い所もピチカト、スタッカート、ダブルストップの連続する所も彼は其の輝くばかり●●な音色で奏して行く、苦しむ跡も渋滞の跡もない。いつも其の潤ひのある若々しい魅力に富んだ響きが彼の弓から奏し出される。その音程はどんな場合でも非常に正確で、細かい表情はフレーズイング、ボウイング、アクセント、強弱の正しい使い方によって明快に現わされる。そしてステージに於ける彼の態度は飽くまで平静である。
 ハイフェッツは、バッハやブラームスやバイトーヴェンの曲を好んで弾くが私の聴いた中ではブルッフ、メンデルスゾーン、ウィニアウスキーなどの曲が非常に巧であった。斯う云ふ落ち着いた曲、ケレンの少ない曲に彼の示す正直な技巧はその超凡の理解力をよく語るもので、此ヽに彼の音色の美しさと不思議な魅力とは明らかに現わされる。

 ハイフェッツは、趣味から云ってもなかなか豊かな人で、寫眞、ゴルフ、読書などその重なものであるが、就中寫眞は得意らしく、活動寫眞撮影機などをぶら下げて歩いてゐる所さへ見かけた事がある。年齢の割にふけた人で、いつも老人らしい恰好をしてゐる。
 音色というものに相当に鋭敏な感覚を持つ日本の聴衆にハイフェッツは最もよい印象を与へるであろう。私はこの二、三年彼の演奏を聴かなかったが、人の話では其の間にも幾らかの進歩を見せたさうであるから、今度も私は大きい期待を持って、その來朝を迎へるわけである。

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