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ヤッシャ・ハイフェッツー氷のような演奏と熱いハートの慈善ー

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 恐らくいまの方々はご存じないと思われる世界的なヴァイオリニストヤッシャ・ハイフェッツ(Jascha Heifetzas 1901年2月2日 - 1987年12月 10日)。あまりに技巧的に卓越しているが故に、その演奏はとかく冷たいとか機械的だなどと評されている。わたしもこのブログにマシーンと書いたことがある。しかし、しかし、その昔、といっても大正12(1923)年のこと、9月1日の関東大震災のとき、アメリカでこのニュースを聞きつけたハイフェッツは、被災者を支援すべく1日のうちにニューヨークを出航した。21歳の若さだった。さっそく船上でチャリティーコンサートを開き3000圓の義援金を集めた。流石に天才ヴァイオリニストである。
 真っ直ぐに日本へとはならなかったようで、先ず上海に上陸、継いで北京、天津、再び上海に。またまた乗船、大連上陸、京城、陸路を南下し、こんどは日本に上陸。
 11月7日神戸から特急で13時間かけて東京入り、演奏会場である帝国ホテル宴会場に立つ。どうも帝国劇場が被災したために宴会場でのコンサートとなったらしい。掲載してあるのがそのときのプログラム。開いてみたいという方は2011年3月29日の中ぶんなの日記をご覧ください。
 ハイフェッツは和やかに人々に接したものの、震災の惨状にはかなり心を痛めていたようです。というのもハイフェッツ自身が革命を逃れて17年にロシアからアメリカに亡命するという辛酸を舐めていたかららしい。
 このプログラムを除き、実はこのようなことが分ったのは、こちらのブログのお陰なのです。
何だそうか、はい、そうなのです。
 あとはこのブログに飛んでいただけば分る
ー実は書いている最中に地震がありましてちょっと揺れました。外は大雪。震度1かと思いますが。ー
と思いますが、演奏は三日間。この宴会場の後には日比谷公園の野外ステージにも立っております。11月です。ハイフェッツは吹きっさらしの寒い寒い、弦を押さえるにも指がかじかむようなステージで演奏をやってくれたんです。いまの盛岡の冷え込みのような氷のような演奏と評されたハイフェッツ。しかし、しかし、この事実を知るときに、そのハートは温かな温かな人であった、そんなふうに思うのです。その後は関西方面で演奏し、11月27日にプレジデント・リンカーン号で帰米したようです。ハイフェッツは船上と日比谷だけでも約5800圓の寄附を集めたということです。
 これからは、彼の氷のようなヴァイオリンの音を何かで何処かで聴くたびに、私は彼の温かい温かいハートを思い出すでしょう。
 東日本大震災にもそんな温かい音楽家たちがたくさんおられました。

 慈善は被災者ばかりではなくこうしてその貴い行為を知った者をも温めてくれます。いま外には路上の圧雪を削る除雪車の音がしています。冷え切っています。しかしこれを書いた心はすっかり温まりました。きょうの盛岡のようすがどうだったか、ついでに写真も載せてみます。

201221_006

こんなふう。けれども温まりました。冷たい旋律のハイフェッツのお陰で。3・11のために心をくだかれた多くの音楽家たちのお陰で。また音楽関係以外の多くの方々のお陰で。

 

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