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隠れた聖徒ー長尾巻ー

「緋の十字架(下)人間賀川豊彦伝」佃実夫著(文和書房)の中で、賀川豊彦は昭和11年4月、長尾巻の永眠三周年の記念講演で、長尾巻について次のように語ったという。

 長尾巻はこの世では位はなかった。牧師は皆貧乏だが、これくらい貧乏な牧師は見たことがない。明治40年豊橋に行ったが、肺病で彼のぼろ二階で親身も及ばぬ世話になった。自分は彼の中に平凡の生命芸術を見出した。日本人は何十年たっても長尾巻に多く教えられるに相違ない。長尾巻は貧乏、迫害、キリスト道による苦難を信仰によって突破しきったところの武者修行をしたキリストの武士であった。その根気強い点で彼ほどのものを知らない。名古屋諸教会連合の早天祈祷会を十数年続けたものは彼ただ一人であった。
       毎朝抜ける顎髭を10カ年間ためたのが八千六百三十三本、これで筆を作り、気根筆と名づけ子孫に伝えている。彼は貧乏のドン底にいながら愚痴、不平を一度だって彼の口から聞いたことがなかった。また彼が怒ったことを見たことがなかった。乞食を極めて丁寧にあしらい、行き届いた世話をした。いつも乞食を泊めるのでノミとシラミがわき、これをとって溜めたため、これを瓶詰めにして家宝として長男丁郎君に残している。自分が困っていながら、貧乏人を助けた。日本中の牧師で自分が一番感心し、自分が一番感化を受けたのは長尾巻である。日本にこのような伝道師が出たことを神に感謝する。私は彼が完全なる基督芸術であると思っている。日本にもこのような奥床しい聖徒が存在し得たかと思うと、私は嬉しくて嬉しくてたまらなくなる。長尾巻に接し、新約が日本人のものになったと思った。こんなのを「聖人」というのだと思った。「隠れた聖徒」これが長尾巻に贈るべきもっとも適当な称号であると思う。


 長尾巻という伝道者の名は初めて知った。社会的な名誉、地位には遠く、その苛酷な伝道、貧しい人々に己の肉を食わせるかの身を切っての人助け。しかしほとんど誰にも知られずにただ一筋の信仰を全うした人物。このすがたがあまりに輝かしく、照らされた自分の小ささ、ギャップの大きさに狼狽した。つくづくただキリストの十字架の赦しの力のみによって生かされている自分である。  
  
              
            

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