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2012年1月

身に染みる寒さ

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  1月もおわる。きょうは一日中雪もようだった。19時ごろにはもう-6度と冷え込んでいる。大雪注意報も出ている。真夜中の除雪車出動となるか。除雪に従事する方々は文句を言われることがあっても誉められることがないそうだ。

 ちょうどこんな日に、寒空を眺めながら読んだのが竹内勝のこと。日本に於ける日雇い労務者の失業保険を最初に実施した人のようだ。賀川豊彦とともに労している。賀川もそうだが、労働者達のために真剣に改善を図った人々がいた。今はどうだろう。企業自体が冷え込み労働運動は鳴りを潜めた。きょうの冷え込みが一層身に染みる。これから先、いったい誰が彼らを、我々をかもしれないが、守るのだろう。

 

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まさかのトラブル

  これまでに私が聴いたコンサートにトラブルがあったことはない。これはプロ、アマに限らずである。これは驚くべきことだと思っていた。尤もコンサートに行く機会が少ないからだろうといわれればそうもいえるかもしれない。何れ演奏家たちがその日に備えて如何にコンディションを整えて臨むものかにいつも感心していた。ところが、佐野之彦著「N響80年全記録」(文藝春秋)によると、立て続けにトラブルが起ったコンサートがあった。これは何も楽団員の心ぞなえが悪かったというのではないようだが。
 95年2月、N響は、ホルスト・シュタイン指揮でワーグナーの『さまよえるオランダ人』(全曲公園)を演奏する予定だった。リハーサル開始2日前に、出演予定だったダラント役の歌手がインフルエンザで来日できなくなり、やっとスウェーデンから代役を招いた。この歌手がストックホルムを発つときは欠航となっても不思議ではないブリザードに見舞われている。ゲネプロに滑り込みセーフ。次なる事態は、公演2日目の開演10分前。バストロンボーン奏者が倒れた。場内の医者が診察。演奏は無理だった。観客にバストロンボーン無しで演奏してもよいかを問うと盛大な拍手。演奏は始まり、あと30分で終演というときに、こんどは袖でオランダ人役の歌手が声の不調を訴えた。ソプラノと15分間のクライマックスのデュエットがある。それが歌えないというのだ。だがこの訴えは退けられ、ひどい声ではあったが歌いおおしたというのである。

 そのときの指揮者の激昂ぶり、運営関係者の様子も書かれている。副理事長の原武さんの機転、折衝、奔走、対応が印象に残った。

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きょうのことばー『わたしの霊によって』

2012122日(日)のインマヌエル盛岡キリスト教会(電話0196462924)國光牧師の説教をお届けいたします。この日は聖餐式があり、年に一度の教会総会が開かれましたので説教時間は約15分間でした。

説教題 『わたしの霊によって』

聖書引証 ゼカリヤ書46

6 すると彼は、私に答えてこう言った。「これは、ゼルバベルへの主のことばだ。『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって』と万軍の主は仰せられる。

【説教】

このゼカリヤ書は、いかにも預言書らしい預言書という響きのするものでございます。特に神殿の再建築を使命としてゼルバベルとヨシュアというふたりの指導者が神によって立てられているのですが、そのときに神さまがかけられた恵みの御聖言(みことば)を一箇節だけ抽出し語らせていただきます。

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   これはゼカリヤ4章6節の文語訳「是は權勢(いきおい)に由らず能力(ちから)に由()らず我靈に由るなり」をインマヌエル綜合伝道団の初代総理蔦田二雄牧師が昭和四十年夏に書にしたものでございます。教団創立20周年の記念アルバムに載っております。

この御聖言は折りあるごとに私たちに励ましと挑戦を与えてくれます。

「権勢に由らず」、この意味するところは、何か事を為そうとするときに、たとえば効率のよい富、或いはそれが戦いであるなら軍隊、先ず念頭に置かれるのはこのような力、権力です。権勢とはそういう意味合いを持つ言葉であるようです。それから「能力に由らず」、これは、良くも悪しくも兎も角人間的な一生懸命さで成し遂げようとする。しかし、神さまの働きをするときには、そのような能力でもない。よりよい働きをするために経済力を人材を備えての組織を整えることによるのでもないし、また一生懸命にやるのだという人間的な頑張りにもよらず、わたしの霊による。神さまはこう仰っている。

「霊」というこの言葉を調べて見ると、息、風、霊という意味があります。

イエスさまは、いよいよご自分が天に帰られるときに、大がかりな霊的な御業としてはペンテコステがありました。「天から大いなる風の吹きたるごとき音がして」というそれです。またヨハネの福音書を見ますと、イエスさまがよみがえられたあと息を吹きかけて「聖霊を受けよ」と仰っているところがあります。

息、風、霊。これを見ますと、ああそうか、私たちはこれから教会総会に臨まんとしているが、私たちは今から決して効率的な軍隊、或いは体制といったものを整えようとしているのではない。さあこれから一生懸命頑張りましょうというのではなく、頑張りではなく、私たちがいま関わっている教会の活動というものは、わたしの霊、神さまの霊によって企画され成し遂げさせていただくものであるのだ。

ゼカリヤ書4章をイラストにいたしましたものです。ユダヤの背景を知りませんとなかなか理解しにくいのですが、これでゼカリヤ書の4章で言っているところがおわかりになるかと思うのです。

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 神さまが大切な働きをするときに、わが霊によるなりという油そそぎを指導者達に与えてくださった。この「権力に由らず」とありますときに、ざっとこの背景を見ますと、ユダヤの人々は当時の世界の超大国ペルシャの王様から許されて或いは好意を得てといったらいいのでしょうか、「自分たちの国に帰って自分の国を再建しなさい」という非常に憐れみ深い庇護のもとに帰っていった。これを見ますとゼルバベルたち或いはヨシュアという指導者或いは更にそれに代表される彼らにとって、ペルシャという国の援助を受けようとする誘惑、もっと援助を引き出せるのではという思いが、ゼカリヤ書の中には書いてありませんけれども、そんな思いもあったかもしれない。しかし神さまは世の中のそういった援助、その権力といったものを期待してあなた方は神殿の再建という大きな神様のプロジェクトに関わるべきではないと仰る。そうではない。これを敷衍いたしますと、私たちが神に関わることを為そうとするときには、何か世の中の力、庇護、援助、そういったものをどこか期待してやってしまうとすれば、そうではない。それからもう一つ、「能力由らず」、彼らは一生懸命でしたから自分たちならばできる、いや、やるんだと頑張っていましたけれども、これは非常な危険を伴っているものなのです。つまり、うまくいくと、ほうらこれは私がやったことだという誇りにも直結してしまいます。また自分の力に頼っておりますと、それが巧くいかないと、ああ自分はもうダメだ、自分のような者は何にも出来ない、こういって落ち込んでしまう。立ち上がれなくなってしまう。これは、ほんとうにゼルバベルやヨシュアたちが直面していた課題だと思うのです。それに対しゼカリヤはこれは世の中の大きな力を背景としてやる仕事ではない、またあなた自身の頑張り、能力、権勢というものによるのでもない、これはわたしの霊によることなのだ。由らず由らず由る。わたしの霊に由る。そうだ神さまが私たちの味方であってくださるなら、いったい誰がわたしに敵対することができるだろうか。神もしわれらの味方ならば、たれか我らに敵せんや。そうだ、「わたしの霊に」というこのお方の働きに本当に期待して、「権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による」というこのところにしっかりと心を留めて、年に一度の教会総会の議事に入っていくことができたならば、何と幸いでしょうか。わたしの霊による。神もしわれらの味方ならば、誰か我らに敵せんや。これらのことのなかにありて圧倒的な勝利者である。わたしの霊による。うぞこれを心に留めさせていただきたいと存じます。

文責:中ぶんな

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揺さぶり

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揺れるたびに原発か、都市直下かと情報を探る。
このような一日を締め括るに、川面に静かにすがたを浮かべる鳥たちの写真が心に静けさを与えてくれている。

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「いわての文芸誌 天気図 VOL.10 記念号」(ツーワンライフ出版) 好評発売中

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2012年1月24日(火)盛岡タイムス掲載記事から

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   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

冷え込んでいる。しかし文芸誌はこの冬空に対峙。しかと定位置を占めて前進しています。
県下各書店で、または(有)ツーワンライフ にお問い合わせください。

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盛岡市富士見橋より

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 久しぶりにまるせい呉服店さんにお邪魔した。お忙しいところに30分ばかりお話しを伺い、それからスーパーに行く途中の富士見橋から白鳥や川縁を写した。まるせいさんのブログにお邪魔しては見ていた白鳥をやっと自分のデジカメで撮ることができた。
 きょうは日中も寒さが厳しく川縁には見事な氷の造形が、まるで、「どうだいきれいだろう 」とでもいうように静かな輝きを放っている。この一瞬に感謝しながらシャッターを押した。

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自殺

ちょっとまって!!
あなたの目にはみえないけれど
あなたを見ている方がいる
この一行を読んでほしい。

「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
             [聖書 ヘブル人への手紙-13章5節]

神さまがこういってるんです。
いま生きておられ
いまあなたを見ている
この神さまを信じるとき
神さまはいつもあなたといっしょにいてくださるんです。



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雑感ー首都直下型地震「4年以内に70パーセント」

 今夕首都圏在住の息子に電話をした。路面凍結でトラックの横転やスリップ事故場面をニュースで見たからだ。東北育ちであってみればほんとうは息子については心配などしてはいない。
 第一声が明るかったので先ずは一安心。しているうちに、きょうの新聞に載っていた「首都直下型地震『4年以内に70パーセント』」に及び、笑いながら言う、「もうこれからの電話は一回一回がこれが最後かもしれないからね」。こちらも笑ってはいるのだが、子機を置いてから、そうなったら日本は終わるなとつい一瞬悲観的になった。いつもどこかが傷んでいる。東日本が癒えぬまにこんどは首都圏となったなら。それでも働き口がなければ首都圏に職を求める。毎年この圏内に進学する若者はいったい何万人いるのか。「4年以内に70パーセント」の予測で、地方の人口流出に歯止めがかかるとも思えない。東京などは1,318万人も住んでいるならば危機感も薄まるものなのか、みんないるから怖くないのか、理想の或いはそこそこの暮しを維持、確保するためもあるだろうが、何れ切迫感をもって逃れようと術を探っている気配は伝わってはこない。安全対策を強化しているのだろうが、この大震災で予算なども影響は大きく受けているだろう。
 首都圏には住まわせたくない、できるならすこしでも安全と思われる地方に住まわせたいそれが本音である。

  故郷note 

  1. 兎追ひし かの山
    小鮒(こぶな)釣りし かの川
    夢は今も めぐりて
    忘れがたき 故郷(ふるさと)
  2. 如何(いか)にいます 父母
    恙(つつが)なしや 友がき
    雨に風に つけても
    思ひ出(い)づる 故郷
  3. 志(こころざし)を はたして
    いつの日にか 帰らん
    山は靑き 故郷
    水は淸き 故郷
 

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隠れた聖徒ー長尾巻ー

「緋の十字架(下)人間賀川豊彦伝」佃実夫著(文和書房)の中で、賀川豊彦は昭和11年4月、長尾巻の永眠三周年の記念講演で、長尾巻について次のように語ったという。

 長尾巻はこの世では位はなかった。牧師は皆貧乏だが、これくらい貧乏な牧師は見たことがない。明治40年豊橋に行ったが、肺病で彼のぼろ二階で親身も及ばぬ世話になった。自分は彼の中に平凡の生命芸術を見出した。日本人は何十年たっても長尾巻に多く教えられるに相違ない。長尾巻は貧乏、迫害、キリスト道による苦難を信仰によって突破しきったところの武者修行をしたキリストの武士であった。その根気強い点で彼ほどのものを知らない。名古屋諸教会連合の早天祈祷会を十数年続けたものは彼ただ一人であった。
       毎朝抜ける顎髭を10カ年間ためたのが八千六百三十三本、これで筆を作り、気根筆と名づけ子孫に伝えている。彼は貧乏のドン底にいながら愚痴、不平を一度だって彼の口から聞いたことがなかった。また彼が怒ったことを見たことがなかった。乞食を極めて丁寧にあしらい、行き届いた世話をした。いつも乞食を泊めるのでノミとシラミがわき、これをとって溜めたため、これを瓶詰めにして家宝として長男丁郎君に残している。自分が困っていながら、貧乏人を助けた。日本中の牧師で自分が一番感心し、自分が一番感化を受けたのは長尾巻である。日本にこのような伝道師が出たことを神に感謝する。私は彼が完全なる基督芸術であると思っている。日本にもこのような奥床しい聖徒が存在し得たかと思うと、私は嬉しくて嬉しくてたまらなくなる。長尾巻に接し、新約が日本人のものになったと思った。こんなのを「聖人」というのだと思った。「隠れた聖徒」これが長尾巻に贈るべきもっとも適当な称号であると思う。


 長尾巻という伝道者の名は初めて知った。社会的な名誉、地位には遠く、その苛酷な伝道、貧しい人々に己の肉を食わせるかの身を切っての人助け。しかしほとんど誰にも知られずにただ一筋の信仰を全うした人物。このすがたがあまりに輝かしく、照らされた自分の小ささ、ギャップの大きさに狼狽した。つくづくただキリストの十字架の赦しの力のみによって生かされている自分である。  
  
              
            

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きょうのことばー『逆説的凱旋』

日曜日には、ICレコーダーかCDに録ったキリスト教会の説教を書かせていただいておりますが、2011年1月15日の礼拝に出席はしたものの、私がICレコーダーの携帯を忘れたことと、諸事情により音声の記録ができませんでしたので、今回は説教の梗概のみを掲載させていただきます。

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インマヌエル盛岡キリスト教会(019-646-2924)國光勝美牧師の説教です。

説教題 『逆説的凱旋』

聖書引証 コリント人への手紙第二129節、10

9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
10
ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

【梗概】
背景

 
第一コリントの後、パウロに対して批判的な風評がコリントの教会に広がっていった。 

パウロの懸命な様子

 そこまで言うのならば言わせてもらいましょう

コリント第二11:23
23
彼らはキリストのしもべですか。私は狂気したように言いますが、私は彼ら以上にそうなのです。私の労苦は彼らよりも多く、牢に入れられたことも多く、また、むち打たれたことは数えきれず、死に直面したこともしばしばでした。

コリント第二12:1

1 無益なことですが、誇るのもやむをえないことです。私は主の幻と啓示のことを話しましょう。

ピリピ4:13

13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

コリント第二12:10

10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。 

私が弱いときにこそ……その困難

 弱さを認めることの困難

  罪を認めることと酷似

  心の最奧部に存在しているプライド

  残存している罪の性質が、それを妨げる

 弱さを経験するときの危機

  肉体的・環境的な課題

  パウロも経験

  エリヤも経験(1列王19:)

 弱さを経験するときの危機 

  サタン(悪魔)の策略

   外に向かって攻撃的 批判的言動・行動

   内に向かって攻撃的 自己憐憫

 

私が弱いときにこそ……その好機(チャンス)

 弱さを経験するときの好機

  聖霊(神)による扱い

   自分の本質と直面     

   神なき自分の醜さ無力さを徹底的に自覚させられる 

   キリストの素晴らしさを反比例的に知る

  十字架経験に導かれる

  神の十全さを知るようになる


※写真は盛岡市にあるマリオスから望む市街地です。

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雑感

  N響アワーの録画を視聴した。シャルル・デュトワのマーラー『千人の交響曲』だ。
興味深かったのは、まわりの音と合わせながら演奏するわけだが、編成がここまで大規模になると捕えようとする音が自分の耳に届くまでに時間がかかるために、聞こえてから合わせたのでは遅いのだという。大音響の坩堝のなかでは自分が演奏する音などはかき消えてしまって聞こえないとも。何とも“恐ろしい空間”で演奏をしているわけだ。野外ステージで演奏する場合も、自分の演奏する音が聞こえないために怖いといった話しはどこかで読んだことがあるが、ホールの音響設備の整ったステージでさえもこういうことが起こりうるのだ。
 指揮者などというものは、公演当日前までが勝負で、当日は恰好よく自分を演出しているだけなのではないかと思ったこともあるが、『1000人の……』のステージを観てからは、演奏の成果はまことにまことに総てこの棒の振り具合一つにあることを実感したことであった。note

    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 去年の暮れに懐かしい方から電話があった。私は、昭和61年4月から宮古市に居住していた。18世帯が暮らす職員宿舎だった。同じ3階に住んでいたYさんだった。そのときに「今度あの時の人たちと温泉にでも行きましょう」と電話が切れた。そして1月に入るとほんとうに電話をくださった。参加は私を含めて4人。みなお世話になった方々ばかりである。
 きのうの午後2時過ぎに盛岡駅のタルトタタン付近のベンチに集合。2時45分のシャトルバスで鶯宿温泉の偕楽園へ。Wさんとは2年ほど前にばったりと近くの繁華街でお会いしている。Kさんともダイエーシティ青山がまだあった頃にそこでお会いした。Yさんとも2、3年前に路上でばったり。みな連れ合いが退職した後には盛岡に居住している。その時は互いに忙しく「またいつかゆっくりね」とお別れしていた。
 鶯宿温泉、205号「能登」に一泊。半島の名前の付いた部屋であることがいまだ訪れたこともない様々な半島を連想させ、その連想はやはり重茂半島で止まった。
 正月過ぎた今時期が料金的にいちばん格安であるかもしれない。その割には部屋も食事も決して悪くはなかった。
 当時のこと、子育てのこと、今の暮しのことと話しは尽きなかったが、やはり宮古市であるということで3・11にも話しは及び新たに或る方が被災され家屋を失ったことを知った。いまはご主人の実家に身を寄せているという。
 風呂より食べるより話し話し話し話し。Yさんのバイタリティ、パワフルさはすこしも衰えてはいない。私とKさんは専ら聞き役。当時はしっかりとした宿舎の模範的存在だったWさんの柔和さに驚き、当時の話術にさらに磨きをかけたYさんの話しに目を白黒させ、当時とまったく変わらない温厚なKさんに頷き、そして私がどのように彼女らに映ったものかは確かめてはいない。その他の共通した変化は割愛するとして、翌朝10時に宿を出、11時頃に彼女たちとさよならをし、駅ビルで買い物をし12時に帰宅。そしてこうしてブログを書きながら浮かんだのは、何と綾小路きみまろの“名台詞”、「あれから30年!」であった。
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馬頭琴と朗読のつどい 平成24/3/10(土) 開演14:00 おでってホール

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失敗!!!

 昨日は大失敗をしてしまった。予定を失念しそこに集まるみなさまに大変なご迷惑をおかけしてしまった。私が行かなければそれが始まらないというポジションにはないけれども、ほんとうに申し訳なく、気づいてから、とてもブログを書く気にもなれなかった。

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「いわての文芸誌 天気図 VOL.10記念号」(ツーワンライフ出版) 好評発売中

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「いわての文芸誌 天気図 VOL.10 記念号」が刊行されました。各書店でお求め頂くか、ツーワンライフ出版にお問い合わせください。

【NO10. CONTENTS】より
〈記念2大寄稿〉
松田十刻     「前に向かって」
石野晶   「現実は厳しい」
〈エッセイ〉野中康行  「ユリの木」
〈詩〉安住幸子  「出会い」   
〈小説〉北園力野  「羽衣天女が舞う夜は」
〈時代小説〉浅沼誠子  「古家の子守り唄」
〈エッセイ3篇〉武田文子・中村清子・大西喜久子
〈児童文学〉やえがしこうぞう 「駒ヶ峰神楽」
〈小説〉大平しおり 「青天の大地」
〈歴史評論〉細矢定雄
        「発信!前九年合戦終焉950年祈年祭」
〈小説〉菊池尋子  「たそがれの菊人形」
〈記念コラム〉立川ゆかり  「天気図と脳天気な私」 
〈連作エッセイ〉渡邊治虫  「記憶の輪郭」 
〈小説〉中ぶんな  「パッヘルベルのカノン」      
〈表紙・イラスト〉須藤麻衣子・須藤愛里砂

〈編集後記 立川〉
●今号は10号記念として、作家の松田十刻氏と石野晶氏に巻頭をお願いした。松田氏からは元気をもらい、石野氏からは物書きの心構えを教えられた。ありがとうございました。
●「東日本大震災」が起って、日本の文学界も絆や優しさをテーマにした作品が増えた気がする。このまま思い遣りに満ちた日本であって欲しい。
●今号もおなじみのメンバーが力作を書いてくれた。大人の愛を書いた北園氏。ぞくぞくするミステリーを書いた菊池氏。昔の盛岡を背景に時代小説を書いた浅沼氏。戦争ものに新挑戦の大平氏。神楽の舞台を踏むまでの少年の姿を書いたやえがし氏。震災の様子や音楽が被災者を癒すさまを書いた中氏。皆、自分のテーマを見つけている。「天気図」に留まらず外に向かってどんどん作品を発信してもらいたい。
●安住氏の詩には神の目を感じた。野中氏のエッセイは氏ならではの温かさがあった。勉強させてもらうことばかりだ。また、今号では特別参加として渡邊氏が連作エッセイで初登場。ぜひ一読を。
●「SFマガジン」 2012年2月号(早川書房 2011年12月24日刊)より拙子の「是空の作家・光瀬龍」 が連載となった。尊敬する光瀬龍先生の大型評伝。書店で見かけたら、宜しくお願いします。
(原文のまま)







             

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雑感

   昨夜Eテレで「1000人の交響曲」を一部分、というのは夕食の後片付けが遅くなったために、ながらで聴いていたからである。Ⅱ部の終わりの部分をすこしだけ聴いた。
 音楽というものはやはり理想的にはコンサートホールで聴くべきものであるとつくづく思った。あのホールの熱い雰囲気からはひどく遠いものだった。当たり前といえば当たり前なのだが、TVの前に座っていても、TVはTV、視聴者は視聴者とそのあいだははっきりと隔絶されている。ステージとの交流がない。ステージで演奏する人の思いが十分に伝わってはこない。
勿論それを期待するのは無理であると分っていても、聴いたあとに無念な思いが残ってしまうのだ。
 ただ録画でよい点は、コンサートホールでは指揮者の背中ばかりを見ることになるが、カメラは指揮のようすを前から捕えて見せてくれる。細かな演奏のようすも間近にできる。そういった楽しさはある。
 それと昨日はもう一つ嬉しいことがあった。たかが観客の一人にすぎなかったのだが、偶然席の後ろに管楽器が並んだために、管楽器が写されるときに自分のすがたも息子とともに映っていたのだ。こんなささやかな事だけれども、私はいまでもこれは天からのプレゼントだと思っている。神さまはこんなことで、わたしたちを喜ばせてくださった。2月5日にまたノーカットの再放送がある。息子が録画して送ってくれるという。自分でも出来ることではあるけれど、そうしてくれるというので頼んでおいた。

 コンサートに出かける前日まで、当日も実は疲れ切っており、コンサートに行くならもっと元気のあるときに行きたいと思いながら出かけたのだが、やはり行ってきて良かったと今は思っている。
 そうこうしているうちにもはや時計は零時を過ぎた。また夜更かしとなってしまった。なかなか早寝早起きとなりそうにもない。遅くとも11時には休むつもりだったのだが。

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きょうのことばー『パウロに見る凱旋的生涯』

 201218日(日)インマヌエル盛岡キリスト教会(0196462924)國光勝美牧師の説教をお届けいたします。

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説教題 『パウロにみる凱旋的生涯』

聖書引証 ピリピ人への手紙413

13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

【説教】

 きょうはパウロの凱旋的生涯とは何かを扱ってみたく思います。

 ピリピ人への手紙はパウロが書いたピリピの信徒への手紙です。ユダヤ人の讒言により捕えられ獄中にあったときに書かれました。彼はここで自分が伝えている福音について深く思い巡らし、それを各教会の必要に応じて手紙として書き送ったものが聖書に編纂されいまに受け継がれています。ピリピ教会はアジアからヨーロッパへの伝道で最初にできたキリスト教会です。パウロは獄中で、このピリピ教会を励ますために三つの証しを認めました。

 一つ目はピリピ121

21 私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。

 パウロのただ一つの目標はイエス・キリストに仕えることであるといっています。

 二つめは同じく25

5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。

 パウロはここで、ただ一つの模範はイエス・キリストであり、このように生きるといっている。

 三つめは同じく413

13私は私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。

 パウロは人生に於ける最大の力はイエス・キリスト御自身であるといいます。

 つまりパウロの凱旋的生涯の秘訣はイエス・キリスト御自身を力としていた。パウロは、ローマ837節で、

37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

といっています。このような証しをしたパウロとは、どんな人なのなか。当時のユダヤ人から見れば最も恵まれた環境に育ち、最高の経歴を持っていました。

 アブラハムはイスラエルの中にあっては、神の祝福の象徴であった。神の祝福はアブラハムとその子孫に与えられ、彼らは割礼をもって自分たちがイスラエル民族であることを目に見える形で証ししていた。パウロは生まれて8日目に割礼を受けています。イスラエル民族の中でも、パウロは王を輩出しているベニヤミンの系統に属しており生粋のヘブル人であり、特に律法に熱心なパリサイ人でした。だからこそパウロは、当時出てきたばかりのユダヤ教の一派かと思われる教祖的な「この道」即ちキリスト教といわれるものを見過ごしにはできなかった。たかがガリラヤの大工であるキリスト、その回りを世の中から見捨てられた取税人や無学な漁師や罪深い者たちが取り巻いて、やれこの男が奇蹟を起こしたとか素晴らしい教えを説いていると騒ぎ立ててエルサレム周辺を混乱に陥れているという。許すべからず。パウロは燃えるような正義感を以てキリスト教徒迫害に立ち上がったのです。パウロはユダヤの人たちにとって次の時代を担う希望の星だったのです。

 パウロは使徒の働き223節で、

3 「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳粛な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。4 私はこの道を迫害し、男も女も縛って牢に投じ、死にまでも至らせたのです。

 こういっています。そしてパウロは生まれながらローマの市民権を持っていた。類推でパウロの両親はおそらくローマに多額に納税していたでしょう。裕福だったのです。ユダヤ人でありながらローマの市民権を持っていることは、パウロには大きな力となりました。同族の妬みで死刑にされそうになっても、ローマの庇護を受けられる彼は、その市民権を行使してカイザルに訴えることができました。

 パウロの凱旋的な生涯を探るとき、この事実を抜きにして考えることはできないし、これこそがカギであると思います。

 パウロはイエス・キリストによって徹底的に砕かれた人でした。パウロはイエスとの出会いにより、それ以前のものを全面否定されてしまう。ピリピ38節には

8 それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。

 パウロはこれほどまでに変えられてしまいます。「この道」の迫害のためにダマスコへ向かう途上で、キリストとの出会いがありました。

1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
2
ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
3
ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。
4
彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いた。
5
彼が、「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、お答えがあった。わたしは、あなたが迫害しているイエスである。

 パウロは復活のイエスに出会ったのです。彼はイエスに出会い、心の隅々まで隈無く自分がどんなに罪深いものであるかを自覚させられました。彼はその後、アラビヤに3年間と、後年は或いはモーセが扱われたシナイ山の辺りにいたのではないかと考えられますが、何れ彼は自分のこれまでの生き方を徹底的に深く思いを致す機会が与えられました。

 私はきょうみなさま方に、凱旋的な生涯を送る秘訣はここにあると申し上げたい。一人一人がほんとうの意味でキリストに出会い、自分の本質というもの、もしキリストに出会わなければ自分がどういう者であるかをとことん突き詰めて、こんな罪深い者のために、キリストは十字架に架かり救いを為してくださったことを心に留めていただきたい。これができているかいないかで、その人の信仰生涯がまったく異なったものになる。それができたとき、パウロはガラテヤ人への手紙220節に、こう告白しています。

20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。

 きょうの結論ですが、イエス・キリストの贖いの前に徹底的に砕かれることです。砕かれてこそ、「すべてこれらの中にあっても勝ちえてあまりある」生涯となる。あらゆる境遇に勝つ力、ここで特に私は、孤独に勝つ力を挙げたいのです。最後にはパウロは殉教しますが、テモテの手紙第二に彼の最後のことばが書かれています。

17 しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。

 そうです。私たちがいまどんな境遇に置かれていようとも、私を強くしてくださる方が私の内にいてくださる。だからこれらの中にあっても勝つことができるのです。しかもこのお方は、私を愛しておられる。これをパウロが教会の人たちに宛てたことばで言うならば、コリント第二12章、

10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

 これがパウロの証しです。

私たちはいま、どのような環境にありますでしょうか。

「神を愛する人々,すなわち,神のご計画 に従って召された人々のためには, 神がすべてのことを働かせて益としてくださることを ,私たちは知っています。」(ローマ人への手紙828

私は、私を強くしてくださる方によってどんなことでもできるの です。」 ピリピ人への手紙 413節).

 弱いときにこそ、強い内なるお方を認めまつり生きていきたく思うことでございます。

教会集会(初めての方も気軽にご参加ください)

 毎日曜日 礼拝  午前10時半~12

 毎水曜日 祈祷会 午前10時半~12

            午後7時半~9

 先週の復習は割愛しました。約40分間の説教を短く編集させていただいております。

文責:中ぶんな

 

 

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N響アワー Eテレ 15日(日)午後9時  マーラー「1000人の交響曲」シャルル・デュトワ

N響アワー Eテレ 15日(日)午後9時  マーラー「1000人の交響曲」シャルル・デュトワ

これは12月3日(日)のコンサートです

    ☆  ☆  ☆  ☆

他に「1000人の交響曲」の演奏では

CD演奏
 サー・ゲオルグ・ショルティ / シカゴ交響楽団      
 マイケル・ティルソン=トーマス / サンフランシスコ交響楽団
 
DVD演奏
 クラウス・テンシュテット / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 
 

といったよい盤があるようです。

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見えぬ手

 編年体大正文学全集第九巻に入っている賀川豊彦の「死線を越えて(抄)」改造社刊を一読した。この小説の主人公栄一が貧しい方々が多く住んでいる町に身を投じて伝道するあいだ予め予測されたさまざまな状況に遭遇する。そして彼は「神は愛では無い、暗黒と、絶望と、死と貧乏の創造主だと罵りたかった」とまで絶望的な悲鳴をあげる。
 しかしこの現実に身を置く決心をしたあたりの栄一の心境というか宗教的なスピリチャルな体験は興味深い。
「そして彼は父なる神の手にしっかり握られていること、……否……神は父と呼ぶ可きものよりか更に接近したものであって、彼自身にすら住み給ふものであって神自身に彼が漬かって居るという実感の喜びを感じた。」

 神との合一、一体感というにはさらに宇宙的なる感覚、これが内に充当され確信を与えられ大いなる決意を抱くことを可能にするのだろうなどと思い巡らした。「神われらとともに在す」という状態の一つのケースであると思われた。 

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蔦田二雄 & 賀川豊彦

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 季節に相応しい写真が何か無かったかと探してみると、一昨年撮ったものが出てきた。今朝は氷点下11度と冷え込んだ。青空駐車の車の窓ガラスもさぞかしガリガリに凍てついているだろうと見たが、雪の結晶に似た氷が表面に薄く疎らに貼り付いているだけだった。実は降雪もなく、この写真のようではなかったが。

 去年から気になっていた賀川豊彦、今日やっと図書館から2冊関係図書を借りることができた。熱心なクリスチャンであるが、インマヌエル綜合伝道団の創始者蔦田二雄牧師が、戦時中のキリスト教弾圧に際し獄中体験をしており、これによって神の臨在を明確に知るに至っている。一方、賀川豊彦は、そういった道は取らなかった。大宅壮一によると、天皇の存在意義を積極的に認めていたという。これが一概に所謂一時的な棄教と見なすべきか、或いは、何らかの考えで知恵を用いたものか、このあいだの真相はまだ本を読み始めたばかりで掴めてはいない。蔦田牧師は果敢な伝道一筋に生涯を全うしている。一方賀川豊彦も伝道には熱心であったが、社会運動家としての役割、社会改良、戦前日本の労働運動、 農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動などに於いて顕著な働きをしており、ノーベル文学賞、平和賞候補にもなっているようだ。

 私が本来やっていることからすれば、またまたの寄り道とはなるが、すこしのあいだ、賀川豊彦の足跡を辿りながら、この賀川にとっての天皇制に対する考え方がどんなものであったのかを垣間見てみたく思う。そうすることで、蔦田二雄牧師を一層よく知ることにも繋がるのではないかと思っている。 

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友が聴いていた。ニューイヤー・コンサート。

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 友だちを予告無しに訪問したところ、ちょうどニューイヤー・コンサートがテレビ画面に大きく映っている。DVDだった。なるほど、空には冬特有の鈍色の雲、路はてかてかに凍てつき気晴らしにでかけるのも大変。こんなときには温かい部屋で明るい音楽がいちばん。
 考えてみると、ニューイヤー・コンサートを聴くことはなかった。自宅に帰ってから、眠っている2002年の小澤征爾版を取り出した。
 オーストリア放送協会(ORF)が毎年ウィーン楽友協会からシュトラウス一族の音楽を誇り高いウィーン・フィルの演奏で世界40カ国以上に中継放送している。
 このコンサートは、クレメンス・クラウスが60年前にアカデミー・コンサートとして始めたものだった。1987年にフェルベルト・フォン・カラヤンが指揮台に立ったときから世界的なイヴェントになったらしい。2002年には日本人では初めて小澤征爾が指揮し、センセーショナルな成功をおさめた。成功の理由は、小澤が十二分に準備してリハーサルに臨んだこと、ウィーン・フィルの自主性を重んじたことにあるという。(参考:音楽ジャーナリスト眞鍋圭子)
 重かった2011を越え、いまはこのような明るく美しい曲に元気を貰って2012年を歩むのもいいかもしれない。

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息子の高所作業

 きょうは亡き姑の誕生日だ。主人が今朝起きがけに思い出したようだった。10時ごろになると小姑さんが、「きょうはおかあさんの誕生日だから」と仏壇を拝みに立ち寄った。私は姑が生きているあいだは誕生日を覚えていたが、姑が亡くなってからは忘れていた。cake
 それは兎も角、午後になって、金属を切断する音が聞こえるので外に出てみると、息子が作業をしている。煙突を屋根に固定していた金具が壊れたのでそれを修理しているのだった。主人が壊れているから見て欲しいと頼んだところ、部品を調達してきて早速取りかかってくれたのだ。息子が買い込んだドリルやグラインダーを見ながら、春になったらすこし工作をしてみたくなった。wrench
 親ばかな私は、今夕は慰労に手巻き寿司にでもしようかといそいそと買い物に出かける。結構刺身も高く付く。しかし、しかし、きょうは息子が主人に代わって危ない高所作業をやってくれた記念の日じゃないの。ちょっと大袈裟かなあなどと思いつつ、手頃な刺身を買い物籠にそっと入れた。wine             

                              door

 と、ここまで書いて、この一文は果たして「快心一投」となっているかを自問。集中力の点からいえば、書き終えどっと疲労感が来たわけではない。微に入り細に入り神経を使ったわけではない。どこに飛ぶかどのように読まれるか予測したわけではない。もっと適切なことば、言い回しがないかを模索したわけではない。まだまだ脆弱と見えて、写真の一枚も足そうとしたくらいだが、如何せん、デジカメのご機嫌が、というよりもどこか具合が悪そうで、電池に異常はないものの接触がよくないため、めっきりと写真の数が減っている。ドック入りさせるかどうかは思案中。
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 「快心一投」、アスリートはみな快心一投なのだろう。すごいことだ。key

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SFマガジン2月号(早川書房)に立川ゆかりさん、連載開始「是空の作家・光瀬龍」

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 読みました。立川ゆかりさんの新連載評論「是空の作家・光瀬龍」。
立川ゆかりさんと私との関係は、立川さんは、「いわての文芸誌天気図」の編集長、そして私は立川さんに鍛えられているその同人という立場だ。ならば光瀬龍先生と私との関係はとなると、私が岩手日報社発行の第38号北の文学賞を受賞したときに、直木賞作家三好京三先生、吉川英治文学賞作家須知徳平先生とともに、その時の選考委員であられた。このブログでは文学関連書籍を載せることは滅多にないのだが、そのようなご縁で書かせていただいている。

 立川さんの評伝は、2009年東京国立博物館平成館で開催された奈良の興福寺の創建1300年記念企画「阿修羅展」で始まっている。彼女は光瀬龍夫人である飯塚千歳さんと上野公園で落ち合い一緒に会場に足を運んでいる。日本SF界の金字塔小説『百億の昼と千億の夜』の作中の阿修羅王はこの阿修羅像の他、千歳さんもモデルにしたという。
 戦後民主主義の時代を迎え人々は外国作家のSF小説に捉えられるが、独自の宗教学と哲学を織り交ぜ、和製SFを創り出したのが光瀬の『百億の昼と千億の夜』であり、萩尾望都の漫画化でいよいよ大ヒットした。
 立川さんは、光瀬夫人に取材を申し込むが、躊躇う夫人からやっと承諾を得、2006年7月7日に面会するが、これが光瀬の命日だった。取材時期が夫人の引っ越し時期とも重なり、資料発掘にも拍車がかかり、立川さんは、光瀬が新婚前につけていた日記や写真、原稿、メモ、手紙に出逢うこととなる。その資料を基に、ー「魂の墓碑銘」の時代ーとして光瀬が本名千葉喜美雄として過ごした青春時代の日記から、光瀬の詳しい学歴、学校観、女性観、文学観、そして小説家としての光瀬の下地が見える詩、また処女小説『肖像』が書かれた周辺など、それぞれが興味深く綴られている。
 そして立川さんはいう。
「かつて、独特な作風で東洋的無常観を書きあらわした作家がいた。滅びの美学ともいうべき救いようのない絶望的な状況をも理(ことわり)として受け入れる広い心、混沌の中においても前向きな姿勢を崩さぬ強い生き方を教えてくれたSF作家がいた。それが光瀬龍だった。彼の大きな愛をロマンを解き明かしていきたい。」

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きょうのことばー『凱旋』ー元旦講壇ー

 日曜日には、福音的な教会の説教をお届けしております。掲載は、編集のお時間をいただくために、1週間遅れとなっております。201211日(日)インマヌエル盛岡キリスト教会(0196462924)國光勝美牧師の説教です。

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説教題『凱旋』―元旦講壇―

聖書引証 ローマ人への手紙82837

【説教】

 新年明けましておめでとうございます。

 大災害に見舞われました2011年を越えさせていただき、いま、時を支配したもうお方に2012年の御聖言(みことば)を聞かんと御前に座していることでございます。

ここのところずっと、ここに掲げました引証聖句が心に通っておりますが、特にローマ828節、

28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。

 現状がいまだ311の大きな影響下にあり、これはいったいどういう事なのかという思い巡らしの中に、このおことばがしばしば浮かんでまいりました。

 「神を愛する人々」と「ご計画に従って召された人々」が、「すなわち」で結びつけられている。そして「すべてのことを働かせて益としてくださる」。ここに見る摂理の神を私たちは心に留めたく思うのです。「摂理」は、神学的には、「善意に満ちた神のご配慮」であります。運でも宿命でもありません。ならばあの311は善意に満ちた神のご配慮であるのかを自問しました。

 ここでいえますことは、私たちの信仰は決して御利益宗教ではありません。ローマ828節を一般的な解釈をなさる方は、必ず最後には御利益的な力が働いて利益となるのだろうと思われるかもしれません。しかしそうではないとすれば、いったいどういう事なのか。解こうとすれば、「神を愛する人々」にカギがあるのではないでしょうか。この関連としてヨハネの手紙第一410節、

10 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物として御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

 私たちが神を愛するときには、もう既にその前に神が私たちを愛してくださったという事実があります。

 信仰に導かれた頃に覚えた讃美歌があります。

♪おお、こんなにも私は神を愛している/こんなにも神を愛している/私は神を愛している/ それは神がはじめに私を愛してくださったから♪

 短いただこれだけの歌詞です。「神を愛する人々」というときに、私たちは先ず、このことばを心に留めたいものです。

 神を畏れ敬う人々はたくさんいます。しかし神を愛する人たちは少ない。恐らく今夕のニュースで、盛岡八幡宮、世界遺産の平泉の中尊寺の初詣が映し出されるでしょう。これも神を畏れ敬うことの表れです。しかし神を愛する人たちは果たしてどれだけいるでしょうか。私たちは、ただ神を畏れ敬っているだけではなく、神を愛するものになった者たちです。それはイエスさまが私を愛していてくださるから。神を、つまり、信仰を重宝にしている人はたくさんいます。家内安全、商売繁盛、試験合格等々。それを揶揄するのではありません。ただ多くの人たちは信仰を手段として、神さまを重宝な手段として詣でている。しかし神さまを愛する人たちはいない。

 「神を愛する人々」、それは、イエス・キリストの愛を体験的に知った人のことです。イエス・キリストが私のような者を罪から救ってくださった、そして、私の身代わりとして御自身の命さえも惜しまずに贖いを遂げてくださったことを個人的に知っている人だけが、ほんとうの意味で神さまを愛する人になるのです。そして神さまと生命的な関わりを持ちつづけます。「私は神を愛している/それは神がはじめに/私を愛してくださったから」と讃美できる。こういった神さまとの関係にある人たち、その者たちのために、神さまはすべてのことを相働かせて益としてくださる。私たちはこのことを信じています。

 ここでコリント人への手紙第一1013節を見ましょう。
13
あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

 3・11。この大きな試みを通った者たち。しかし、神さまは真実な方ですから、決して耐えることができない試練にはあわせない、神さまは必ずこれを益としてくださる、これを私たちは知っています。ここに信仰の告白があります。

 そしてローマ人への手紙837

37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

 ここに、「これらすべてのことの中にあっても」とあります。試練の状況下の外に出してあげようとは書いてありません。困難、苦しみの中にありながらも圧倒的な勝利者となると書いてあります。これこそがまことの凱旋です。

 そしてコリント人への手紙第二129節にはこうあります。

9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

 これはパウロが言っているのですが、パウロには生涯悩まされた眼病がありました。それに加えて地中海世界の伝道旅行では、間歇的に発病する高熱や悪寒に見舞われることも度々でした。マラリヤなどの風土病と思われます。パウロはこの肉体のとげを取り除いてくださいとお祈りしたのですが、この祈りは聞かれませんでした。神さまのお返事は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」というおことばでした。パウロは試練のただ中にありながら、神さまの十分な力、恵みを知ったのです。

 そしてその後に、10節が以下のようにつづきます。

10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

 私はきょう説教題を「凱旋」とし玄関に掲げました。これはただ単に年のはじめだから目出度い言葉、威勢のよい言葉を選んだといったようなことではないのです。世の中的な表面的な凱旋ではなく、パウロが証ししているところの、「これらの中にあっても圧倒的な勝利者になる」という意味の凱旋、これこそまことの勝利なのではないでしょうか。

「これらすべてのこと」即ち試練、悩み、苦しみといった諸々を、私たちがしっかりと神の側から見ることができるかどうか、これは私たちに対する挑戦です。

「神がすべてのことを相働かせて益としてくださる。アーメン」

 この毅然とした信仰の態度が、「これらの中にあっても」というおことばの中には含まれているのではないでしょうか。

 ローマ人への手紙83132

31 では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
32
私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

 南北戦争の時のエピソードがあります。北軍の最高責任者であるリンカーンに側近が言いました。「神が我々の側について下さることは感謝なことです」。これに対しリンカーンは言ったそうです。「それは違う、我々が神の側にいることが大切なのだ」と。

 どうか私たちが、神の側に立ちつづける者であらせていただきましょう。

「これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となる」ことができますようにお祈りをおささげいたします。

※出来るだけ短めに編集するために、例話などを割愛しております。文責:中ぶんな 

 

 

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「イタリア・バロックの煌めき」盛岡バッハ・カンタータ・フェライン35周年演奏会ー2012年2月12日(日)15時開縁 盛岡市民文化ホール(マリオス)大ホールー

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盛岡バッハ・カンタータ・フェライン35周年演奏会

ソプラノ 村元彩夏 金成佳枝
アルト  上杉清仁(カウンターテナー)
テノール 鏡貴之
バス   佐々木直樹

管弦楽 東京バッハ・カンタータ・アンサンブル
         (コンサートマスター蒲生克郷
合唱  盛岡バッハ・カンタータ・フェライン
指揮  佐々木正利

A.ヴィヴァルディ  キリエ                Kyrie RV587
            クレド                Credo RV591
            マニフィカト         Magnifical   RV610
M..コレット      主を誉め称えよ  Laudaie Dominum
J.S.バッハ      ミサ曲イ長調     A-Dur Messe BWV234

S席5,000円(指定席) A席4,000円 (指定席)  B席2,500円 (自由席)

 

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「自然体 快心一投 金メダル」 ー円盤投げ 大井利江 選手ー

 大井さんといえば、パラリンピックの円盤投げで、銀、銅のメダル保持者だ。2004年アテネで57歳で銀。2008年北京で60歳で銅。26㍍62㌢の世界記録保持者。

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 大井さんは、高校2年の時に漁師だった父親が亡くなる。大井さんは生計を支えるためにマグロ漁船に乗る。船長となるかの一歩手前で、39歳のとき、ミッドウェイ沖で操業中に時化に遭遇、重さ20キロの漁具が落下し頸椎を損傷、車椅子生活となった。ほんとうにドラマのような人生を歩まれている。

 円盤投げを始めたばかりのときには8~10㍍という記録だったようだ。

 私はこのブログに2008年9月に大江さんのことを書いている。その時に、ロンドンも目指すと聞き、えー、ほんとうですか? と内心思った。こんどといったら64歳じゃないですか。
 それから2年ばかりは、今頃はあの公園で練習しているはずと種市町や洋野町を耳にするたびに思っていた。それが次第に、やっぱり大変じゃないかな大井さんとなり、しまいには、この震災で、自分の心のどこかが被災した関係で、すっかり消極病に冒され、これもキビシイだろうな、あれもムリだろう、となっていた。しかしきょうテレビに出られるはずと、久しぶりに拝見。ああ、やっぱり、ロンドンだと恐れ入った。ひどく愉快だった。須恵子夫人は大井さんが練習するときに、投げた円盤を拾っては大井さんに手渡すという役割を続けておられる。私にはもう既に須恵子夫人の胸には金メダルが輝いていると思う。常人の及びもつかない内助の功を成し遂げられている。

 このTV出演で大井さんが色紙に書かれた言葉は、

   「自然体 快心一投 金メダル」。 

       快心一投 

 この言葉が私には説得力をもって響いた。

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アメイジング・グレイス

 正月三が日は年末にやり残した“仕事”をこなす事に没頭。そしてきょうは久方ぶりに、家の中で蝶か蛾が羽化しているとT子さんからのお電話でカメラ持参で直行したが、小さな黒っぽい蛾と見えた。しかしこれを巧く撮る自信はないのですこし観察するだけに。
 一日がけっこう長い。新年に入ってからは長く感じられる。いまのところ充実感があるが、今日からはまた早寝早起き、健康管理をしなければならないと思っている。
 何を聞こうかと思い巡らしたところに浮かんだのは「アメイジング・グレイス」。自分の中で何の異論もでない曲の一つだ。

 'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.

神の恵みこそが 私の恐れる心を諭し
その恐れから心を解き放ち給う
信じる事を始めたその時の
神の恵みのなんと尊いことか

Through many dangers, toils and snares
I have already come.
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

これまで数多くの危機や苦しみ、誘惑があったが
私を救い導きたもうたのは
他でもない神の恵みであった

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復興途上の漁業に見えた海の現況「3・11 その時、それから わたしたちが伝えたかったことー31人の声ー」より

 昨日このブログに紹介した本「3・11 その時、それから わたしたちが伝えたかったことー31人の声ー」(ツーワンライフ刊)の寄稿者31人のうちのお一人の振り出しは、どうも水産庁の研究機関だったようで、以降水産畑を歩まれてきている。
 沿岸では水産の復興途上にあるわけだが、ニュースに水揚げなどが報道されても、甚だしいダメージに水産を直視できないでいたのだが、しかし、この方が以下のように書かれていた。

 「驚天動地の異変は海底地盤の滑り、隆起と陥没をもたらしたが、その規模は過去と比較すれば破格ではあるが、黒潮と親潮の流況から見れば影響は考えられない規模。従って、これらの海流が混合する三陸沖の特徴は今後も変わらない。言い換えれば、この三陸沖の混合域を舞台に生育する海産生物は、津波後の一時的減少はあっても変わらず活用できる。従って、北海道から千葉までの漁港に水揚げされてきた混合域起源の漁獲量約224万㌧(平成20年度総漁獲量の約41㌫を占める。このうち岩手・宮城・福島3県に水揚げされるのは、約65万㌧)は今後も到達できる水準であろう。もちろん沿岸域では堆積した瓦礫、浮泥の影響により、しばらくの間は生物生産への支障は考えられる。しかし、過去の津波後の体験から、津波後の沿岸域からは筏に垂下されたカキなどのほかこれに付着する生物まで含む多くのバイオマス(生物体量)が取り除かれるため、海域の上位捕食者は平年以上のプランクトンを享受出来る状況となり、海の生産力は衰えない。特にカキなどの養殖漁場ではこのことが昭和35年のチリ地震津波後に確認されている。すなわち、漁業の場である「海」は立派に残される。」

 甚大な被害も勿論証言されていたが、この箇所には、久方ぶりに漁業に明るみを見たように思った。ただ一方では、懸念される放射能として、

 「高濃度放射線物質が海に放出されてしまったために、長期にわたる影響調査が必要。現在までのところ、限られた海域範囲に止まっている放射能汚染であるが、生物作用を伴う長期の影響については世界の誰も確かめたことがない。人体や生態系への影響を確認し、危険性を排除する努力は、継続的に行うモニタリング抜きに進めることはできない。水産物は水揚げされてからの調査では間に合わないので、漁獲、収穫以前の調査を行わなければならない。早急にモニタリング体制を整え、調査結果を公表する以外に風評の防止はできないであろう。」

 と指摘、示唆している。

 この他、編著「3・11 その時、それから わたしたちが伝えたかったことー31人の声ー」には、議員、教員、図書館長、新聞店、会社員、商店主、主婦、寺、画家、小5、情報誌などさまざまな分野の方々の3・11気仙沼の目撃証言が記されています。山内繁・柳希嘉子編著。1500円。

 この益金はすべて震災孤児たちの支援に回されます。

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「3・11その時、それから わたしたちが伝えたかったことー31人の声ー」柳希嘉子・山内繁編著

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 「もりおか童話の会」に所属する柳希嘉子さんは気仙沼の方ですが、3・11で被災されました。しかし、そのような中で、31人の方々からその体験を取材し、山内繁さんとの編著で「3・11その時、それから わたしたちが伝えたかったことー31人の声ー」をツーワンライフから出版しました。
 この本の収益はすべて3・11の大震災で孤児になられた子ども達への支援に回るということです。是非お買い求めいただき、気仙沼の方々の声を心の耳にしていただきたくお願い申し上げます。

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小説化させていただきました 弟46回 「音楽の夕べ」ー宮古ジュニア弦楽合奏団 主幹ー

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 この年賀状は梅村ヴァイオリン音楽教室から頂戴いたしました。第46回『音楽の夕べ』の写真です。

 昨年、3・11のときに、この教室で習っている生徒の方々が10人も、家屋損壊、流出、そして、そのご家族を失われるなどの苛酷な状況を通られました。過去45年間毎年8月に開催されてきた『音楽の夕べ』もやむなく中止かと思われたところ、この教室を通して国内外からの多くの支援が寄せられ、第46回『音楽の夕べ』は消えずして、8月には陸中ホールの3階に、弦の音は松明と響きました。
 わたしは、今回これを400字詰め80枚の短篇ではありますが、小説化し、この1月に発行となる「いわての文芸誌 天気図 VOL.10」(ツーワンライフ出版)に掲載していただくこととなりました。「パッヘルベルのカノンー東日本大震災の犠牲者にささげるー」。悲しみを、慟哭を負われ乗り越えられて、三陸沿岸壊滅という状況下、宮古市という本州最東端の港町に音楽の灯を高く掲げられたお一人お一人に、また支援を惜しまれなかったお一人お一人に、心からの感謝と敬意を表したく思います。

 以下は、第46回『音楽の夕べ』のようすです。

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きょうのことばー『聖なるパラドックス(逆説)』ークリスマス講壇ー

2012年年頭ではございますが、むしろこの日に相応しいのではないかと思いつつ、クリスマスの説教をお届けいたします。

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 2011
1225日(日)インマヌエル盛岡キリスト教会(電話0196462924)國光勝美牧師のメッセージです。

説教題『聖なるパラドックス(逆説)』―クリスマス講壇―
聖書引証 ルカによる福音書
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クリスマスおめでとうございます。

東北地方はクリスマス寒波といわれる中にありますが、その中でも、盛岡は比較的守られているのでしょう。このようなときに、遠くから雪の中を車で走って来られた兄弟姉妹方がおられます。きょうのクリスマスをご一緒に迎えることができ、大変嬉しく思っております。

きょうは先週とおなじところですが、ルカの福音書2:11に「布にくるまって飼葉おけに寝ておられる」とございます。これほどまで貧しい状況に救い主がお生まれくださった。最も高貴な方が最も低くなってくださった。よく私たちはパラドックスという言葉を用います。一見反対のことのように思われる事柄であるけれども、しかし、一念よく考えてみると、それこそが真理を言い表している。

私は、宇宙、天体がよく分らないのですが、果たして、宇宙がどれぐらい広いのか、宇宙は膨張しているというけれども、それは一体どういうことなのかには好奇心を掻きたてられます。光が1年かかって届く距離を1光年とするなら、宇宙の果てから地球までの距離は約137億光年と推定されている。そして私たちが住んでいる銀河宇宙は、これが無限というほどにある。まさにその銀河の中にあり、しかもその太陽系という中の、しかもその中の地球という、しかもその中の……と考えていくともう気が遠くなります。その想像を絶するようなところに創造主は目を留めてくださって、創造主なるお方が私たちと同じ人のすがたを取っておいで下さった。これはもう殆ど信じがたいことですが事実です。

私はミミズが苦手です。毛虫の方がまだ可愛いと思うことができる。しかしミミズには親しめない。もし私たちが地面の下に棲息するミミズを可哀想に思い、何とか救おうとしてミミズになろうとミミズに生まれ変わることができるでしょうか。あんなグロテスクなものにはなりたくないのが本音でしょう。創造者なるお方が人となってくださるというのは、こういうことなのです。最も高貴なお方が、人間として生まれてくださるということは、最もご自分を低いものとなって下さることでした。クリスマスのこのとき、これを先ず心に留めたいと思うのです。

もう一つ、飼葉おけにいらっしゃるこのことですが、今の病院の新生児室が如何に清潔、適温で安全が保たれているかはご存じのところです。ところが不潔で危険極まりない馬小屋に主はお生まれくださった。しかし、実はこの場所こそが安全だったのです。もしヘロデの宮殿に生まれていたなら、これほど危険なところは無かったでしょう。世の中で此処こそが絶対に安全だというようなところが、実は寧ろ危険であることを私たちは知っています。人間が考える安全が保障されるところが、必ずしも本当の意味で安全が保障されるとは限らない。この飼葉おけが安全である理由を考えますと、私たちが神の御心に素直に従っていくとき、往々にして世の中の人たちの目には愚かだと映るでしょう。しかし神の御心に従って淡々と歩むことが最も安全なのです。なぜなら、そこには神の見守りがあるからです。クリスチャンの選択は、世の中的な損得勘定ではない。神さまが自分に何を求めておられ、何をすればお喜びになるのか、基準はこのことにあります。マリヤもヨセフもそうでした。このように選択した道を歩むことが、このような道を歩んでいく者たちこそ、最も安全なところにあることを覚えましょう。最も貧しい環境が、最も祝福されたところになることを最後に心に留めたいと思っております。

先日、H病院にI姉妹をお訪ねしました。院長先生がクリスチャンであるかどうかは確かめてはおりませんが、この病院の玄関先や病棟の所々に、もしかしたらと思わせるようなパンフレットが置かれていました。その中の一枚が、ニューヨーク大学病院リハビリセンターのロビーに掲げられている或る患者さんの詩「神の慮り」でした。 

大きなことを成し遂げるために
力を与えてほしいと
神に求めたのに
謙虚さを学ぶようにと
弱さを授かった


より偉大なことができるようにと
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱な体を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の称賛を得ようとして
権力を求めたのに
得意にならないようにと
失敗を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられていた
言葉に表されていない祈りが叶えられていたのだ

ああ、私はあらゆる人の中で
もっとも豊かで祝福されていたのだ

クリスマスのできごとが、聖なるパラドックスであると申しましたが、あのベツレヘムの馬小屋で寝ておられるお方を理解できるのは、この詩「神の慮り」を心からアーメンと頷ける人々なのではないかと思っております。

 人は最も高く上る事を以て成功したといいます。しかし神は最も低く降ることによって最大の恵みを私たちに与えてくださいました。飼葉おけにお降りくださったお方は、さらにカルバリの十字架にまで下って行かれたお方でもあります。人は最も高く上ることによって勝利を得たといいます。しかし、このクリスマス、神は最も低く下ることによって、私たちに恵みを与えてくださったのであります。クリスマスの祝福がお一人お一人のものとなりますようにお祈りいたします。

※短く編集するために内容の一部を割愛させていただいております。文責:中ぶんな

 

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2012年元旦

               2012年元旦

2011123_056
    わたしは、あなたがたに平安を残します。
  わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。
       わたしがあなたがたに与えるのは、
         世が与えるのとは違います。
      あなたがたは心を騒がしてはなりません。
           恐れてはなりません。


            イエス・キリスト

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