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きょうのことばー『インマヌエル教会とは』ー教団創立記念礼拝ーその2

※前ページのつづきとなっております。

残るしばらくのとき、ではなぜこのような働きを新たに始める必要があったのか、このイムマヌエル綜合伝道団にいるものとして考えさせられました。

一つは、紛れもない一つの大きな動機は、蔦田二雄先生が、とてつもない試練に遭ったということです。治安維持法違反で検挙され、家族と離れ、教会と離れて独房生活を強いられた2年間があった。やはり私たちも人生に於いて、理不尽で不可解な試練に直面することがある。直面したときに、どういう生き方でそれに出遭い、それを越えていくか、そこに大きな意味があると思うことです。

最近よくマスコミなどで取上げられている日野原重明先生は100歳。現在も聖路加病院に勤務するすばらしいクリスチャンです。この先生は、1970年に共産主義者同盟赤軍派がハイジャックした日本航空便よど号の人質の中におられた。無事生還してから先生は仰いました。「あのときで私の命は終わっていても不思議ではなかった。でも、今こうして生かされている。こんどはほんとうに今までとは違った生き方をしなければばならない」と。そして今日のように、大きな意味のある働きをしておられます。

また聖書に舞台をもどしますが、聖書の中にもそういう理不尽な苦しみの中にあい、神さまに泣きながらなぜかと食らいついている人のすがたがある。ハバククという預言者がそうです。「たしかに我が同族は神さまのまえに不忠実であった。だから神様からお叱りを受けることは頷くけれども、しかし、分からないのは、なぜ私の民が、私たちよりも遙かに悪辣な異教の国に蹂躙されなければならないのか」、彼はこのことが納得できなかった。。そのとき、神様はハバククに、「正しい人はその信仰によって生きる」(ハバクク2:4)「もしおそくなっても、それを待て。それは必ず来る。遅れることはない」(ハバクク2:3)と仰いました。実はこの御聖言こそ時代を超えて、宗教改革の先駆マルチン・ルターに、或いはメソジスト運動の先駆ジョン・ウェスレーに働いた御聖言であったのです。

私たちも311という途轍もない試練を経験しました。ほんとうに理不尽です。では私たちはこれにどのように向き合い乗り越えていったらいいのか。どのように越えるべきなのか。一人ひとりに、311という事実が突きつけられ、また膨大な記録が残されております。それはそれなりに意味のあることですが、問題は、私がそれをどう越えるかということなのです。社会全体がというよりも、その理不尽な出来事に直面した私がそれをどう越えていくか。ハバククもそうでした。そして広島の原爆に直面した長谷川先生方もそうでした。震源地の近くにいながら助かった自分が、じゃ、これからどう生きればいいのか。あの迫害と戦後の混乱の中で直面したときに、自分がこれをどのように越えて受けとめていったらいいのか、これはもう、ほんとうにハイジャックで人質となった日野原先生もそうです。何故かはわからない理不尽さに直面しながらも越えていく。

 

蔦田先生が拘置所で先ず行ったのは反省でした。これまでのキリスト教会の在り方は一体何だったのか。独房の中で非常に大きな反省を強いられたのでした。それは従来の日本の教会には、福音における対等性と私は敢て申し上げますが、それが無かった。このことを簡単にお話しして締め括りたいと思うのですが。

福音に於ける対等性。つまり、図式的に簡単に言えば、当時は、先進国と言われている欧米の宣教師たちが、後進国の日本に福音を携えてきた。そして貧しい者たちに豊かな物を与え、またミッションスクールの建設をするなど、そういった福祉的なこともしながら伝道を行った。それはいいことです。いいことですけれども、しかし非常に微妙な表現ですが、事実として、先進国から後進国に宣教師がやってきて日本に福音を伝えた。だからいつの間にか日本のキリスト教会は欧米、アメリカ、ドイツ、ノルウェイといった国々から支援を受けるのは当然、向こうが宣教してきたのだから、財政面でも人材的な面でも支援を受けるのが当たり前のように違和感もなくそれを受けていた。明治以来被宣教国であった教会の脆弱性です。それに対して、非常に深刻な反省をもってスタートしたのがイムマヌエル教団であることを申し上げたい。蔦田先生はイムマヌエルの働きを始めるときにそれを強く感じておられた。福音に於いてわれらは全く対等だ。欧米の方が進んでいて我らが遅れているということはない。福音というものはすべての人類に対してまったく同等でなければならない。ただ、私たちが忘れてはならないことは、どれほど欧米の宣教師たちに多くの斯業を受けているか、財的な犠牲を受けているか、もうこのことは謙ってよく心に留め感謝の思いを持つこと、それは当然です。そのことさえも、否定するような傲慢なありかたは決してあってはならない。

イムマヌエルがアメリカのウェスレアン教会と連盟関係をもったときに、さきほどの例でいうなら、アメリカのウェスレアン教会は日本のイムマヌエル教会をウェスレアンの世界の働きの中の日本の宣教の一つの結果としてイムマヌエル綜合伝道団を位置づけようといった意識を持ってしまう。そのときに我々が見識として持っていたのは、私たちはそういう連盟には絶対に加盟しない。日本に於ける福音の働きのために連携するとすれば、アメリカのウェスレアン教会、日本のウェスレアン教会、日本のイムマヌエル綜合伝道団のあいだは、全くフィフティ・フィフティの関係で日本に於ける活動を展開していきたい。そういう理解のもとに、イムマヌエル、ウェスレアン連盟を発足させるのならば、これは、大賛成だというのが蔦田先生の意識だった。当時のアメリカのウェスレアンのニコルソン博士は、「それそれ、それなんだ。私たちが他の国と連携していくときに、こちらが与えてやる側、向こうが受ける側というような形であるのは、それはほんとうではない。だが、日本のイムマヌエルは、そういう形で私たちと向き合ってくれた」とこのように語っている。アメリカのウェスレアンは体の大きさで言うなら象かもしれない。私たちは犬ぐらいだろうか。しかし連盟としての立場はフィフティ・フィフティなのだ。日本の教会に欠けていたのはこれである。イムマヌエルの歴史を見ましたときに、ここに、この教団の特色が有ると思いました。そして、これを私たちがしっかりと理解をしていきましたなら、たとえばテヌウェク病院への支援も、させていただくと言うことができると思うのです。  

向こうが貧しいから、こちらが優位だからしてあげるのではない。ほんとうに福音のために私たちが協力をさせていただく、そのために私たちの心は世界に開かれていく。来週はパプア・ニューギニアに日本から宣教師としてイムマヌエルから送られた初めての器である相原先生がいらっしゃいます。今朝ほどメールが届きました。「いま名古屋に来ています。家内は金曜日に羽田に着きます。そして土曜日には盛岡に行きます。こんどの23日皆さま方にお会いできるのを楽しみにしています」というメールが届きました。私も、お待ちしています。祈っていますとお返事をさせていただきました。

このようにイムマヌエルから宣教師が送られることが何を意味するのか。今まで日本は宣教師を受け入れていたのです。しかしいつまでもそうであってはならない。日本から宣教師を送り出すようにならなくてはいけない。どうぞその意味あいを持っていただきたいと思うのです。

きょうは聖書の講開という形ではない礼拝となってしまいましたがお許しください。さいごに、第二テモテ417節、これは、パウロが殉教を目前にしているときに、彼が書いた最期のことばですが、みなさんでお読みしましょう。

17 しかし、主は、私とともに立ち、私に力を与えてくださいました。それは、私を通してみことばが余すところなく宣べ伝えられ、すべての国の人々がみことばを聞くようになるためでした。私は獅子の口から助け出されました。

「神我らとともに在す」

このお方によって、どうぞ一人一人が、なぜと思うようなところに直面したときに、この御聖言によって乗り越えさせていただき、意味のある人生としていただきたいと心から願うことであります。

文責:中ぶんな  1時間の説教を簡略に編集してございます。

 

 

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