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きょうのことばー『聖書の示す幸福の道』その2ーウェスレアン牧師相原雄二先生

 前ページのつづきとなっております。 

あなたが今どういう境遇におられる人であっても、置かれているところが明るくても暗くても、今までどんな人生を生きられた人であっても、心配なことがある方であったとしても、あなたは必ず幸福な人になれます。なります。これはある恵まれた者しか幸福になれないという道ではありません。誰であってももう遅すぎるということはないのです。何歳でも。今からなれます。こういう境遇の人は無理だということはない。どんな境遇にある人でも、あなたも、ほんとうに幸せな人になることができます。神は愛なるお方だからです。

私たちは神を目で見たり触ったり耳でその声を聞いたりすることはできません。でも実は神の存在というのは、今私たちがここに座っていることが事実である以上に実存的な事実なのです。私たちの体は心臓が止まって腐敗が始まるか始まらない頃に火葬にされて煙と僅かな灰になってしまいます。何回も火葬場に行って経験しました。いまから17年ぐらい前に一緒に暮して一緒に伝道していた妻が、燃やされて出てきたとき、もうほんとうに、ちょっぴりの灰。何処へ行ってしまったのでしょう。煙になってしまったわけです。親の時も、教会の指導者の時もそうでした。ところが、この家も地球も無くなるときがあるかもしれない。そんなことは滅多にないでしょうが、しかし神の実在というものは変わらないのです。ですから人生というものは、私の人生は何かの気まぐれで偶然の積み重ねでできたのではない。私の命というものは、万物をお造りになった目に見えない神のお心の故にきょう、わたしは生きているのだということを知ることが必要なのです。そうすると人生の意味ががらりと変わって来る。もしも偶然の産物で、偶然に死んでいって終わり、僅か80年か90年この世に生きて、また偶然のように消えていってしまうとしたら、人生って無意味だとしたらどんなにさびしいことでしょう。何だろう一体人生ってということになる。でも違うのです。あなたの人生はただ偶然の積み重ねではない。徒にできた無目的な無意味な無価値なものではないのです。ですから私たち、自分の命を先ず大切にしましょう。そしてあの全知全能の神に心のなかで感謝するところから始めましょう。ですから聖書はこういっているのです。第一テサロニケ弟518節、

すべてのことについて感謝しなさい。これがキリストイエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

これは使徒パウロという人が初代のクリスチャンになったばかりの人たちに2000年前に書き送った手紙なのです。テサロニケという今でもあるギリシャの一部ですが、そこにある町に送って、いまはテサロニッキといっているようですが、そこに送られたのでそう呼びますが、ここに二つの手紙が送られ、それが聖書に含まれている大事な手紙です。

テサロニケ弟一の手紙518節。

give thanks in all circumstances;for this is the will of God in Jesus for you.

どんな状況にあっても、どんな環境にあっても、感謝しなさいということなのです。あの大震災のときに、また津波の時に、アメリカでもこれは実に詳細に報道されていました。その前後だけですけれども、NHKがニュース、この東日本大震災関係のニュースだけを、インターネットで無料で流したのです。ですから、あるインターネットのサイトに入ると、ふだんは見られない日本のニュースがいつでも見ることができました。それから、NHK  worldが英語で或いは、さまざまな国の言葉で放送されているのですが、その津波の日には、私も聞いていたのですが、NHKで国際でしょうかワールドでしょうか、そこに雇われている色々な外国の人たちが自分の国の言葉で、海岸の人は高台に逃れろということをもう日本語、英語、韓国語、中国語、フィリピン語、フランス語、ドイツ語、あらゆる国の言葉で次から次へと同じことを言っているのです。でも地名は日本名ですからよくわかる。もう岩手県の一つ一つのこの港の町、都市、日本海側の人についてまで、その頃はそっちにもこっちにも、来るという恐れがあったのでしょう。山に逃れよ、高地に逃れよ、高地に上ってください。あれは日本に住んでいる人のためにしたのでしょうけれども、世界でも聞くことはできたのです。大変なショックでした。涙がとまりませんでした。何週間も経った後に、あの陸前高田でしたか、そこの避難所に寝泊まりしている人たちのところに、そこの高校生たちが、自分たちの力でポスターを作ったのです。頑張れ!陸前高田。その土地の名前をつけて。頑張れ!何々。生きていることを感謝しよう。その高校生達はたぶんクリスチャンではなかったと思う。でも、あの苦しみの中で、今まで自分が所有していると思っていたものを全部奪われた。家もない。町もない。テレビもない。金庫もない。今ある、いま私のものだと思うものは何ですか。自分の命だけでした。人間はすべてを剥ぎ取られると、人生の本当の意味が分かってくるのです。あまりに無駄なもの、あっても無くてもいいものがついているために、目つぶしを食らって人生のいちばん必要でいちばん大切なことに気づかないで無駄にしているのです。でも自然を通しても神がときどき、私たちに心の目を開いてくださる。こんどのこの災害がどうして東北で起きたのか。どうして岩手県、宮城県がいちばん、福島もこの被害にあったのか。私たちにはわからない。東京都知事が、日本人が我欲に捕われているから天罰だといって非難を浴びました。後日撤回しましたが。ほんとうのところ、回答はわからないのでありますけれども、正しい態度でこの中を生きるということは無駄無意味ではない。東京の方の主婦、若い奥さんたちでも、このごろは無駄な買い物が無くなった。買い込みが人生で意味あることじゃないと気づいた。それは良いことだとわたしは思うのです。それからある人はこう気づいた。人生というのは今日生きているということを十分に認識して感謝して今日精一杯に生きるということが大切だと分かったと言っていました。試練は辛い謎。しかし試練はほんとうに大切なことに自分を向けるチャンスになるのだなと覚えたのです。ですから、幸せになるためには、きょう、神から天から与えられている自分の命を先ず肯定的に受けとめて感謝する人になる必要がある。捨て鉢になってはなりません。絶望してはなりません。不安になる必要もありません。自分の命を大切にしない人たちは落ちこぼれの青少年ですね。自分たちの命はどうなったっていいと思っている。ですからすぐに事件起こしている。アメリカでは諸中ピストルで打ち合いをしている。ロサンゼルスのダウンタウンの方に行くとピストルの音が聞こえない日はない。それぐらいギャングに入った青少年達は簡単に人の命を取ったり取られたりしている。自分の命を軽く見ているのです。私たち自分の命を軽く見て決して充実した人生を生きることはできません。ある人はこう考えている。私は、1億2千5百万人のうちの一人で、私みたいな者は居たって居なくたって構わない。そうではないのです。あなたと同じ人間は世界に一人もいません。ほんとうに私は幸せな人だ、価値ある人だと自覚した人生に入るためには、自分は世界で唯一のユニークな人間であると自覚する必要がある。そして人との比較を止める必要がある。落ちこぼれの青年達は、人との比較で落ち零れてしまう。もう幼稚園のうちからよその子と比べて評価されていくので、自分がよくできると思う子はいよいよ鼻が高くなって、誰も教えなくても高ぶっていくわけです。いつも下の方だと思う子はいつも自己卑下してひがんでしまうわけです。そして軽い自己評価をしてしまう。

みなさん、大人になってもそういうことがあります。私たち、自分と人との家の大きさを比べたり、預金があるとかないとか、或いは外側の見かけがどうだとかこうだとか背が高い低いとか、そういうことばかり気にして生きていきますと、心の安まるとき、感謝なときはありません。あなたと同じ人を神はこの世にただ一人もお造りにならなかったのです。世界にあなたのようなユニークな特性を持っている人はあなたしかいません。ですから、感謝を持って、高ぶる必要はないのです。自己卑下したり、ひがんだり、さびしくなったりする必要は全然ないのです。あなたはユニークな価値ある存在。小学校でも中年でも、若くなくても同じです。あなたに、使命があるから。あなたが生きている必要があるから神はあなたをこの世に置いていらっしゃる。

パウロという人はコリントの教会にこんなお手紙を書きました。コリント人への手紙第一 122122節、
21
そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うこともできません。
22
それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。

     ―次ぺージにつづくー

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