終戦記念日か大震災追悼か
タイトルを「終戦記念日ー戦後66年ー」とすることも浮かんだが、今年は3・11の後遺症が重すぎて、なかなか終戦記念日には照準が合わない。
岩手の内陸部に住み、あの津波から4ヶ月経ったときに、やっと宮古市、山田町を訪れている。大震災を潜ったいまに終戦記念日を迎えて思うことは、どこか一隅を担って、すこしでも人としてまともに生きようと自分なりの努力をすることかもしれない。
義父はキリスト教に理解をしめしながらも、義母が仏教で葬られたことでやはり仏式での葬儀となった。初盆ということで、きのうわたしが家を空けた午後にも来客があったらしい。きょうも「仏壇にお線香を」の方々が。しかし不思議だと思う。実際にはもういなくなった人を訪れてくれるのだ。あすはわたしの弟と姉夫婦が、亡き義父に礼を尽くそうとやってくる。仏教の教義からいえば、盆中は霊が帰っているといった歴とした理由があるのだろう。わたしはイエス・キリストが神であると信じている。しかしまた伝来の宗教信条を決して蔑ろにしてはならないとも思っている。
室温28度。窓から風が吹き込んでいるので、それよりは涼しく感じられる。今夜はめずらしく救急車の音がしない。昼間の
暑さもいまは遠のいて、静かな夏の夜だ。
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