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あすは日曜日ーバッハー

 土曜日になるとこの人を思い出す。

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 J.S.バッハ。誰でもが知っているこの方。音盤にも顔写真は少ない。ほとんどが演奏者の、楽器の、聖堂の、聖画の、或いはキリストの写真が使われている。これはレオンハルトのCDに使われている写真。

 バッハはカトリックだと思いこんでいた時期があった。しかし彼はプロテスタント。教会では、毎週日曜日に讃美歌をうたい、聖書からの説教を聞き、お祈りをしている。バッハは、毎日曜の礼拝に間に合わせて作曲していた。というわけでその作曲数は膨大な数にのぼった。2007年に完成した「バッハ全集」には1100収められており、整理はまだ続いているらしい。もしかすると散逸してしまったものもあるかもしれない。

 毎週日曜日に向けて牧師が説教を準備するのと、作曲をするのとでは、いったいどちらが大変だろうか。質的には作曲も神に献げるのであれば説教と同じくらいの位置づけをしてもよいのではないかなどと私は思ってしまう。それで土曜日のいま時間になると、真剣に五線譜に向かっているバッハを、なぜか現代の作曲家が音符を入れ替えたり、一オクターブあげてみたり、調を変えたりしているすがたに重ね合わせて想像してしまうのだ。そんなときには、おそらく妻は、子どもたちを父親の仕事場に行かせないように、うっかり話しかけないようにそれは神経を使っていたのではないかと勝手に想像する。1685~1750に防音壁はあったろうか。特に土曜日ともなると、曲想がすんなりと浮かぶときにはバッハのご機嫌はこの上なし。しかし真夜中ははや過ぎ、白々と夜が明け、それでも音符の一つも浮かばない、こんなことがあったかどうかはわからないが、そんなときにはやはりかなりの焦燥感に見舞われもしたのではないか。そんなことは無かったかもしれないが。それはともかく、彼は礼拝が始まる直前には間に合わせたらしい。毎週毎週である。

 曲が出来上がったときには、彼は必ず神に感謝しただろう。そしてまた新たに神への信頼を増し加えたに違いない。次から次へと溢れ出てくる音楽は、神という井戸につるべをおろし汲み上げていたからこそ涸れなかった、そんな気がする。そして聖霊によって宇宙全体と透過性のある関係があったのではないかとも思われるのだ。

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コメント

こんにちは、ご無沙汰しています。
きっとライプツィヒでのバッハの1週間は、
カンタータの作曲と練習が仕事の主だったのでしょうね。
想像するに土曜日はソロと器楽と合唱の合わせだったのでは
ないでしょうか?
そのときのメンバーにより編成変わるでしょうし、
上手い下手もあるでしょうし、
きっと楽譜に手を入れながら音にするという時間だったのも・・・。
失われてしまった多くのカンタータ(残っているものより多いらしいですね)も
聞いてみたいです。
タイムマシンがあったら、その時代のライプツィヒのトマス教会の土日に行ってみたいですね。

投稿: yocomo | 2011年8月29日 (月) 11時59分

yocomoさん
お久しぶりです。
おもしろいコメントありがとうございます!!
バッハがまたまた見えた気がして元気が出ました。
こちらにとっては心躍るライプツィヒの土日。
そうしますと、礼拝時間ぎりぎりに間に合わせたこともあるというのは、器楽、合唱との合わせを終えて楽譜を書き換えたりなどした後だったのでしょうか。う~ん。まだまだ未知、あたりまえですが。
トマス教会には心惹かれます。
もしいらっしゃることがあったなら、特に個人的に思いつかれたことなどお教えくだされば嬉しく思います。
失われたカンタータの数の方が多いなんて。どれもそれなりの精魂を注いでいるわけで、何だか悲しくなります。
残暑が堪えますが、どうぞご自愛ください。
これからも宜しくお願い申し上げます。

投稿: 中ぶんな | 2011年8月29日 (月) 14時03分

トマス教会には、一度だけ行ってきました。
町の中心にある大きな教会です。
教会の前にはバッハの銅像。
そして祭壇にはバッハのお墓があります。
そこで、カンタータの演奏をしてきました。
祭壇と真向かいのバルコニーにはオルガンと合唱団席(トマス教会聖歌隊~少年)
そこに立ってカンタータを歌い、牧師先生の説教を聞き(ドイツ語理解できなく残念)
いつも聖歌隊が使っている讃美歌集を貸してもらい賛美歌を歌いました。
感無量でしたよ。
演奏途中で救急車かパトカーのサイレンが聞こえ、曲間で演奏を一時ストップ
音程がわからなくなってしまったので、指揮者がオルガン奏者に指示を出して
音をもらって開始したなんてハプニングもありました。
その演奏旅行の時には、ルターの生まれた町、バッハが洗礼を受けた教会、
など、興味深い旅行をすることができました。
またいきたいです。

投稿: yocomo | 2011年9月 3日 (土) 13時04分

yocomoさん
ほんとうに夢のような体験をなさってたんですね。
MBKVとしてまた、然るべきコネクションあっていらっしゃるからこそ、こういった素晴らしい音楽交流、また聖堂での演奏のチャンスがあるわけで、個人で旅費をかけて行ったとしてもただの観光旅行でしかありません。何かほんとうにバッハ訪問を果たしたという感じがします。
救急車、パトカーのサイレンが筒抜けなのは我が部屋と同じ。思わず笑ってしまいました。これもよい思い出ですね。
一瞬自分がその中にいて歌っているような錯覚が。想像力とはありがたいものです。
キリスト教会がルターに蒙った恩恵の大きさがどれほどのものかを近頃わかるようになりました。プロテスタントにとっては、ルターのおったところは第二の聖地ともいえるかもしれません。
前回yocomoさんのコメントを読みました後、ライプツィヒの時代はバッハにとって非常に重要な時期であったなと再認識。もっときちんと読まねばと思っていたところでした。
ほんとうにまたいらっしゃるチャンスが巡り来ますようにお祈りいたします。
貴重な音楽の旅の思い出をお分けくださいまして有難うございました。

投稿: 中ぶんな | 2011年9月 3日 (土) 14時17分

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