平平平平凡凡凡凡
上の写真はユリの蕾。もうすぐ真っ白な香り高い花が咲きます。
下はアジサイです。アジサイの右に垂れているシダのような葉っぱは合歓木。な~んだアジサイの話じゃないんだ。はい。写真を撮るときにはアジサイの話をするつもりだった。しかし午前中に低木の剪定をして回り、実はこの合歓も伐ってしまった。写真に写ってはいるけれども今はない。それで取りあえずは、追悼に合歓の話をして偲ぼうというわけです。
この合歓は10年ばかり前に径20センチほどだったものを切り倒し、太い根っこも地中を5、60センチ以上も掘り進めて汗水流しやっと取り除いたのでした。ところがもう翌年には出てきた。どうも残っていた細い根から復活したらしい。ことしは後ろのセイヨウスグリが見えないほどに葉を繁らせていました。皐をおおい、後ろの木々を隠してしまうので、思い切ってバッサリ。しかし来年にはまたひょっこりと出てくるでしょう。この諦めない生への“執着”、強さにたじたじ。それと同時に畏敬の念も。伐った本人が賞めるのも何ですが大した根性です。ご都合主義で伐るには伐りましたが、ほんとうは合歓木は繁らせておきたいのです。優しげな桃色の花をいっぱいに咲かせてくれる。ただ合歓を繁らせるにはこの庭では狭すぎる、それだけのことです。
追悼と言いましたが、実はやはり合歓木は生きている。地中で。根っこがある限り決して死なない。虐げられても根が生きていれば必ずまた枝葉を繁らせることができる。しっかりと根を張る、これが肝心なようです。
わが家のアジサイは昔ながらのスタンダード。平平平平凡凡凡凡凡と咲いています。それでどこまでも平和なのであります。
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