被災地はや4ヶ月を経て ー山田町 留められた形に見る惨劇ー
3・11から4ヶ月を経て、やっと宮古市、山田町を訪問させていただきました。
インマヌエル盛岡キリスト教会の國光勝美・ひろ子牧師夫妻がインマヌエル綜合伝道団の全国の教会から寄せられた支援物資を届け、また集まった義援金をどのような形で被災地の方々にお届けするかを決めるための訪問に便乗させていただきました。牧師夫妻の被災地訪問は4回目です。私は勿論初めてです。
被災した住宅地などは随分と撤去作業が進み、幾多の曝された土台が被災地の青空の下に広がっておりました。
岩手県立陸中海岸青少年の家を訪問。牧師夫妻の来意に対し、代表者が、「ユニクロが避難所の皆様に新品の夏服を送ってくださったばかり」だということで、主に新しい下着類を牧師夫妻から受け取っていただきました。
気温30度のきょうの山田町で瓦礫の撤去作業をしていたのは「滝沢社協」と入ったオレンジ色のベストを着けた1団体。これならわたしもできるかもしれないと見ました。
次は山田町立船越小学校に向かいました。
時計が夕方4時すこし過ぎたところで止まっています。
体育館の床は波間のように上下に波打ち無数の剣のように鉄杭が床に突き抜け、鉄扉は外れ斜めに中折れています。襲いなだれ込んだ津波に、この体育館の内部がまるで巨大な洗濯機を回したときのように、瓦礫、物品そして人が……このようにひろ子牧師が話してくださいました。
廊下の天井は剥落、渡された鉄棒も歪み或いは落下。これはかなり瓦礫がかたづけられた後のようすです。
アルミサッシは飛び出し、ぐにゃぐにゃに歪んでおりました。
電柱は幾本もの太い鉄線が根元に露わとなり、根元の方が輪切りのように分断され転倒。
ご遺体がどのお顔も、大人の顔も、子どもの顔も苦痛に歪んでいたとは、実際に奥様のお身内を捜しに遺体安置所を訪れたT兄弟の証言です。
ご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
あすは宮古コミュニーティーチャーチの岩塚牧師夫妻から伺ったことを書かせていただきます。
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