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2011年6月

汝等心を騒がすな

  いま雷が空を徘徊か巡回か、稲妻がまるで止めを刺そうとするかに障子越しに明滅を繰り返している。パソコンをたたくのもすこし躊躇われるのだが、きょうで6月もおわる。

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 きょうはご近所のお茶の師範をしておられる方のご厚意で、薄茶をいただいた。お手前を拝見しながら、ほとんど儀式化した奥ゆかしさというものを感じた。おもてなしということがよく言われるが、お茶はほんとうに微に入り細に入り徹底的に形式を完成させたおもてなしの極致の一つとわたしは思った。spade

 蝶を飼育しておられる近くの“蝶々夫人”から、アゲハの幼虫を1頭里帰りさせてもらった。わたしがすこし前に差し上げたサンショウの木にすでに産み付けられていた卵が孵ったもの。それで里帰りである。姪の子どもたちに届けたい。いま蝶々夫人のところでは2頭が、夫人の愛情をいっぱいに受けて育っている。diamond

 夕方は歯医者。そして雨の晴れ間を縫って買い物。スーパーから出ると自転車のサドルが濡れている。買い物をしているあいだに降ったらしい。帰るときにはこのように晴れてくれたことに感謝。濡れることなく帰宅。ラッキー!heart

 発芽率65パーセント、これは表示どおりと思っていたが、カンパニュラ24個の育苗ポットのうち2個を残して全部芽が出揃う。かならず残りの2個からも発芽の予感。いま土の中でしずかにしずかに動き出しているに違いない。してみると表示の発芽率よりかなり上回って発芽したことに。なにか嬉しい。ことしは咲かないかも知れないが、地植えし来年に期待。club

 また余震のような雷の音が遠くに。

汝ら心を騒がすな。神を信じ、また我(主イエス)を信ぜよ(ヨハネ伝14-1)


 

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節電節電

 きょう義姉が、14時46分盛岡発の新幹線で帰っていった。停止が決まった浜岡原発から約30キロ圏内にある市に居住している。御前崎市などは市財政の4割以上、原発の“恩沢”を蒙ってきた。義姉の地域も原発停止から受ける影響は大きく、大声で話題にするのが憚られることがあるという。
 一方、岩手県滝沢村で、既に牛に食べさせる牧草1kgあたりから369ベクレルのセシウムが観測。家畜に牧草を与えないよう指示が出ている。福島県と思っているうちは、みんないったいどうなるの、恐ろしい、ほんとうに怖いとおもっていた。岩手県にも! この時点に至って、心底から怒りがこみ上げて来た。牧草食べさせるな? じゃ何食べさすの? 牧草の代わりは牧草しかない。自前の牧草をうち捨てて牧草買わなくちゃなんないの? そんなゆとりがどこにあんの? きょうの報道では畜産試験場だっていうけど、これが一般の畜産農家だったら……一般農家は、野菜は、穀物は、まさかまったく影響がないなんてことはないはず……その先その先を追ううちに頭が病めてきた。

 原発反対!!!!!!!
 
 そこにきょうの全国の最高気温を見ると、山梨県勝沼38、5。奈良県上北山37、0。こういった数字に目を射られた。33~36度がざらだ。熱にやられる!
 原発のメリットは二酸化炭素削減に繋がることだった。が、しかし原発の存続は、これ以上に生存を脅かしかねない。

 原発反対!!!!!

 電気のまったくない暮しは無理だとしても、ほんとうにここで生活水準を落とす覚悟をしなければならないというよりも、もうそうせざるをえないのだろう。

 節電!節電!節電!

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 あなた本当にできるの? いま自分に問うている。 「やるしかないでしょ」と理性の声がする。TVは1日30分も見ていない。見たい番組があるときには2時間ぐらいになるときもあるだろう。使わない部屋の電気はみな消している。そうだ、夕食のしたくはできるだけ明るいうちにしたほうが良いかもしれない。電気ポットは廃棄した。あっ、この部屋の蛍光灯、いま二本点いてるけど、これ一本でいいな。いま即消しました。
 わが家にクーラーはない。 ーこれが猛暑の地域の方にクーラー無しでなどとはやはり言えないー あとは電子レンジを使う回数を減らし、洗濯の回数を減らす工夫が要るな。

 それと話は飛躍するけれど、砂漠地帯の緑化は重要項目。盛岡で実際にこれに取り組んでいる宗教法人もあると知った。すばらしい。森よ甦れ! といっても、もう人が潰すだけ潰してしまってこの通り。失ってやっとその価値が、尊さがわかるものが様々にあるようだが、緑がどんなに大切なものか。砂漠化を食い止めなければならない! と私が言ってはおこがましい、分ではない、とも思うが、もうそんなことさえ言っている場合じゃなくなっている実態がある。

 すばらしい樹木が消えてゆく。いまこうしている間にも消えている。森は荒れはて森の機能を果たせなくなっている。治水ができない、酸素をだせない。その他その他その他……

 だけどこれらはみんな誰もが知っている。誰もが知っているのに止まらない。止められない。ほんとうに止められないのだろうか。なぜ?

 ああ、慣れすぎた。楽であることに慣れすぎた。快適であることに慣れすぎた。便利さに慣れすぎた。ナマケモノであることに慣れすぎた。面倒を避けてとおることに慣れすぎた。経済優先政策に慣れすぎた。ああ、慣れすぎた。慣れすぎた。慣れ過ぎた……………

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梅雨のさなか

  梅雨のさなか、27日には雨をすなおに受け入れながら、義父の49日法要が行われた。キリスト教にも理解を示していた義父だった。

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 マザーテレサが逝こうとする人を、それぞれの宗教に則って送ったことを思い出していた。

 昨夜は流石に疲れが出、体調が思わしくなかったが、自分のうちにあって自分を支えてくれている存在を覚え、あれ、具合はちと悪いけれどいま自分は守られている、わたしはそう思った。
 きょうの昼頃には元気回復。義姉と買い物に出かける。夕食のメニューは義姉の好きなワラビの味噌汁。タケノコの煮付け。うるいの煮付け、カツオの刺身。スピーディーにリズミカルに作り上げる。難しい料理の注文はないのでほっとしている。

 音楽関係のホームページを一巡。もうみな来年の予定が決まっている。それぞれに一年という時間をかけてあのような音楽を提供してくれている。じっくりと時間をかけた原稿というものを書いていない自分が見えた。ブログもその日のその時間。これはいったい……

 窓のそとは暗い。湿気を含んだ外気が網戸から吹き込んでくる。夕刻から垂れてくる暗幕。ああそうか、これを一気に引けば向こうには明るい光りが満ちている。なにも暗くないじゃない。明るいじゃない。さて早めにやすむとしよう。

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きょうのことばー『三つの涙』 その2

※このページは、きのうインマヌエル盛岡キリスト教会で語られたメッセージの続きとなっております。

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 『三つの涙』がきょうの説教題ですが、ゴスペルシンガーの岩淵さんが仰る『父の涙』がまず第一です。イエスさまが十字架にお架かりになったルカ伝23章44節をみますと、

44 そのときすでに十二時ごろになっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。
45 太陽が光を失っていた。

 とあります。このときがまさに天の父の涙の時であったでしょう。そして、二つめの涙、それはイエスさまご自身の涙であると思います。ヨハネの11:35には
35 イエスは涙を流された。
 これだけぶ厚い聖書のなかでいちばん短い節、それがこのおことばです。深いものを感じることです。イエスさまは私たちの置かれている状況、持場、立場をよくご存じでそこに同化し、私たちと一つとなってくださり、私と一緒に涙を流してくださる。この事実を信仰の目をあげて認めることができたならこれ以上のものはもうけっこうです。みなさんもニュースで津波の被害を見ています。そしてみなさんが実際にその場に身を置いたときには溢れる涙を抑えることができない。私たちの仲間が私たちの知っているあの場所で、これ以上ないような大きな悲しみ苦しみの最中にあることを目の当たりにしたときに、私たちは溢れる涙を止めることができません。イエスさまが泣いてくださるとはどういうことでしょうか。イエスさまが大きな悲しみを表現されるとき、「腸がよじれる」という言葉を使っているそうです。イエスさまが私たちのために涙を流されるとき腸がよじれる。その事実だけで私たちは大きく慰められます。励ましとなります。力となります。私たちは二つめの涙、イエスさまの私たちに注がれる涙というものをこの朝しっかりと心に留めたいと思うのです。「我らの大祭司は我らの弱きを思いやること能わぬものに非ず」。すべての点で兄弟たちと同じようになってくださった。だから試みられる者たちを助けることがおできになる。諸々の天を通られたこのお方がいま私のために涙を流していてくださるのです。
 私たちのために流される涙は、天の父なる神の涙、愛するひとりごを私たちの罪のために送ってくださった最愛の御子イエス・キリストをこの世に送ってくださった父なる神の涙。また主イエスさまは、ほんとうに私たちと一つとなって、貴い涙をともに流してくださるお方です。ヘブルの書にも、「彼は御子なれど大いなる嘆きと涙によって」とあります。ゲッセマネの園でイエスさまが血の汗を流されたあの涙です。イエスさまの涙というこの一つを取りあげても何と大きな恵みを与えてくださるものでしょうか。イエスさまはこの者を救ってくださるために、父なる神さまから捨てられることをも覚悟していたのです。そしてできるならばこの苦い杯を私から取り除いてくださいと願いもした。しかしイエスさまの望むところではなく、父なる神さまの御心をなしてくださいと血の汗を流し、大いなる叫びをもって流されたあのイエスさまの涙があるからこそ、私たちのいまの救いがある。何という貴い涙をイエスさまは流してくださったのでしょう。私たちの苦しみ悲しみに同化してくださる涙、それとともにいや、イエスさまのゲッセマネの園に於いて流してくださった私たちを救わんとして父なる神さまから捨てられることをもよしとして、流された涙であるということを覚えたいと思うのです。

 父なる神の涙、御子の涙、当然それでは聖霊の涙という表現ができるのだろうか。聖霊の涙という言葉が聖書のどこかにあるようで、検索してみますと、万一見過ごしていたならお詫びしなければなりませんが、聖霊の涙というのは見つかりませんでした。しかし「聖霊の涙」はおそらくあるだろうと思うのは、御霊が「言い難き嘆きをもってとりなしてくださる」というような表現、或いは、「御霊の呻き」、「御霊を悲しませてはいけない」などという表現から類推すると、「聖霊の涙」をあげることは或いはできるのだろうと思い巡らすうちに、はっと気づいたところがありました。それは十字架の救いにあらわされたこのうえない神さまの御愛に、そして汚れ果てたわれをさえも神は赦して受け入れてくださったという救いの喜び。そこから来るところの涙。救われた者たちがイエスさまの十字架の愛にほんとうに喜びと感謝をもって体験する溢れ出る涙。これを聖霊のくださる涙と表現してこれは間違いではない。そうです。聖霊という神さまはあのゴルゴダの十字架、カルバリの十字架、あのイエスさまにおいてなされた恵みの御業は「ほらあなたの罪の赦しのためだよ、神はこれほどまでにあなたを愛していてくださる」ということを、聖霊さまが私たちに示してくださって、この聖霊によるところの罪の覚醒、自分がいかなるものであるのかということを示され、聖霊によってイエス・キリストの十字架を示され、そして「御霊ささやくなぜためろうや」と「血潮に飛び込んでご覧、さあ、あなたのために用意されているその救いのところに飛び込むんだ」と示し続けてくださる十字架の愛、これはみな聖霊に感じた者だけが、経験的に知ることのできる恵みの涙なのではないか。御霊の与えてくださる涙、それは罪人がほんとうに主の前に十字架を示されその救いの恵みの中に入れられたときのその涙、それは聖霊が与えてくださる涙と言って間違いではない。こう思いました。


 そんなときに一つの例話が思い出されました。もう2、30年も前に読んだ本にあったのですが。
 天国から追放されたビリーという妖精がいました。ビリーは、もし地上にある最も貴いものを持ってきたならもう一度お前のために天国の扉を開けようと言われる。ビリーは地上におりていった。彼は一生懸命地上で最も貴いものを探し回ります。そして一つは自由のために命を捧げた若い兵士の心臓の血を取って持っていったが、天国の扉は開かれなかった。こんどは愛する恋人を失おうとしている若い女性の涙を一滴貰ってもっていった。ダメでした。こんどは、極悪人の悔い改めの涙を天国に持っていった。すると天国の扉が勢いよく開きました。
 忘れられない例話の一つであります。天国に於いていちばん貴いものは、それはほんとうに罪を悔い改めたその涙です。これが天国に於いていちばん貴く受け入れられるものとするならば、私たちはあのイエスさまの十字架の恵みをいただいたとき流したあの悔い改めの涙、またその十字架の恵みの故に溢れ出るところの感涙、それこそ天国に於いても最も相応しい者であり、そしてそれこそ聖霊が私たちに与えてくださるところの貴い涙に違いない、こう思うのであります。

詩篇126篇
を読んで締め括りましょう。
5 涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。
6 種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。

 十字架の救いの尊さがわかったなら、こんどはまだ救いに与っておられない方々のために、涙を流し種入れを抱え出て行きましょう。大先輩の器がここから、語られたことは、救霊の種、即ち神の言葉をあなたの涙によって潤し、あなたの涙によって種が芽生えるようにして出ていきなさい。その涙をわたしたちも流させていただきたい。私自身このような涙を流してこのご奉仕に当たらせていただきたいと願うことでございます。きょうは「三つの涙」というテーマで父の涙、御子の涙、そして敢て聖霊の与えてくださる涙。どうぞそれを持って御言葉を持って出ていくものであらせていただきたいと思います。

※若干割愛し編集してございます。文責:中ぶんな

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きょうのことばー『三つの涙』 その1

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 さて、きょうのインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-622-6304)の國光勝美牧師のメッセージは
説教題 『三つの涙』
聖書箇所 ルカ伝23:32~49

32 ほかにもふたりの犯罪人が、イエスとともに死刑にされるために、引かれて行った。
33 「どくろ」と呼ばれている所に来ると、そこで彼らは、イエスと犯罪人とを十字架につけた。犯罪人のひとりは右に、ひとりは左に。
34 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。
35 民衆はそばに立ってながめていた。指導者たちもあざ笑って言った。「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」
36 兵士たちもイエスをあざけり、そばに寄って来て、酸いぶどう酒を差し出し、
37 「ユダヤ人の王なら、自分を救え」と言った。
38 「これはユダヤ人の王」と書いた札もイエスの頭上に掲げてあった。
39 十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った。
40 ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
41 われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」
42 そして言った。「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」
43 イエスは、彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」
44 そのときすでに十二時ごろになっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。
45 太陽が光を失っていた。また、神殿の幕は真っ二つに裂けた。
46 イエスは大声で叫んで、言われた。「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。
47 この出来事を見た百人隊長は、神をほめたたえ、「ほんとうに、この人は正しい方であった」と言った。
48 また、この光景を見に集まっていた群衆もみな、こういういろいろの出来事を見たので、胸をたたいて悲しみながら帰った。
49 しかし、イエスの知人たちと、ガリラヤからイエスについて来ていた女たちとはみな、遠く離れて立ち、これらのことを見ていた。

 昨晩この教会で行われた岩淵まことさんのコンサートの余韻がまだここに残っているような気がいたします。会員の方々がお誘いくださった方々、またチラシを見ていらっしゃった方々とともに、たくさんの恵みを岩淵さんから頂戴しました。
 今回のきっかけは、この教会のS兄姉方が、去年のクリスマスに秋田教会で行われた岩淵さんの集会に出席され、大変恵みをいただき、何とか盛岡教会でもと提案され、今回の運びとなったのでした。
 何しろこのようなコンサートを開くのは初めてのこと。秋田教会の神谷先生の助言、またこの教会で音響に詳しいO兄弟がスピーカーの設置、ミキシングなどを担当し、岩淵さんとともに音合わせをしてくださいました。

 私たちにとって、非常に恵みの集会でございました。岩淵さんの代表的な歌は『父の涙』。これに纏わる証しもありました。昨日の集会のもようはCD化して皆さまにお分かちいたしますのでご利用くださいませ。
 岩淵さんの証しが載っている大きなトラクトがございます。だいたいここに書かれてあるとおりに語ってくださいました。仙台を出ていったきっかけ、東京でデビューをして、それからもう一度仙台に帰ってきて小坂忠というクリスチャンのミュージシャンに出会ったことなど一連の中に、ご長女の亜希子ちゃんの証しがあります。「亜希子ちゃんはイエスさまを見ていた」という副題がついてございますが、すこしご紹介いたしましょう。

 1986年長女亜希子ちゃんが小学1年生の夏休みが終わったころ、左の脳に腫瘍が見つかり、すでに手遅れだと言われ日本でも屈指の専門医により27時間に及ぶ大手術を受けたが、成功の確率は1パーセントと宣告されてしまう。担当医師がこういった「岩淵さんたちはクリスチャンだそうですね。祈っていてください」。人間の力の及ばないところで働く神さまの力をこの名医は何度も体験してきたのだろう。壮絶な手術だったのに、亜希子ちゃんのベッドサイドは台風の目の中にいるような平安に包まれていた。術後何度も危篤に陥りながらその都度持ち直した。その持ち直し方はドラマチックで「私たち医師の力ではありません」と担当医は驚きを隠さなかった。言語をつかさどる脳の部分を切除したにもかかわらず言葉はすこしは話せた。病床にずっと付き添っていてやりたかった。でも演奏の予定が入っています。心が引き裂かれる思いで祈っていると、神さまは私の心にこう語りかけてきました。「君がこれから出かける教会には悩みを抱えた人が待っているんだよ。亜希子ちゃんのことは私が責任を持つけど、君はどうする?」。僕は迷わず、娘のことは神に委ねて出かける決心がつきました。年齢よりもおとなびていた亜希子ちゃんが、通っていたキリスト教系保育園のクリスマスの降誕劇で2年続けてマリヤの役を演じたことがある。
「あっこ、クリスマス劇で2回もマリアさまの役をやったね」
由美子さんがこう話しかけると亜希子ちゃんはマリヤの台詞を突然語りだした。
「ほんとうにわたしは主のはしためです。どうぞおことばのとおりにこの身になりますように」
 あのおことばはあの子の神さまへの信仰の表れでしたと由美子さんは回想する。
 翌年2度目の手術後意識も薄れがちで失語状態に陥っていた亜希子ちゃんに岩淵さんは声をかけた。
「あっこイエスさまが見えるか?」
 亜希子ちゃんはこっくりと頷いた。それが親子の最後の対話だった。
 1987年10月27日、亜希子ちゃんは1年2ヶ月の闘病生活を終え、8年という地上生活を終えて天に帰っていった。

 こういうことが昨日のお話の背後にあったのだなと一層わかると思います。途中をすこし省略しまして、「父の涙」の背景を紹介しますが、

 闘病生活の中で岩淵さんは苛酷な病気を負わされた我が子に対する父親としての思いと、罪人を赦すために、ひとりごイエスさまを十字架につけた父なる神さまの思いと二重写しになって心に迫ってきた。苦しむ我が子に注がれる神の眼差しをありありと感じ、その目に溢れる涙を目の当たりにしたと思った。それが瞬間的に「父の涙」という言葉となった。岩淵さんは父なる神の払ってくださった計り知れなさを思って泣いた。代表作ともいえる「父の涙」はこうして生まれた。この曲は亜希子が作らせてくれたようなものだ。これを歌う度にあの子と一緒に働いているような気がします。岩淵さんは、愛娘を亡くして以来他人の悲しみや痛みに以前にも増して敏感になった。慰めや励ましの言葉すら当事者には重荷になることだってあるんだ。ただ黙って傍にいてほしい。神に祈ることすらできない、そんなどん底の経験をした。しかしイエスさまはそんなよれよれになった貧しい心をそのまま受け入れて寄り添ってくださる。そのために、天から降りてこられ、むさくるしい家畜小屋にお生まれになったのだ。その実感が岩淵さんに新しい歌を与えた。

 このように紹介されております。
             ーつづくー

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ゴスペルシンガー ー岩淵まことー

聴いてまいりました。ゴスペルソング。きょうは小姑さん、というとシャキシャキの現代ッ子からは、感覚にカビ生えちゃった? と言われかねない。義姉と言うことにいたします。義姉は「禁じられた遊び」が聴きたかったらしい。ところが岩淵さん、「フォークギターが流行りはじめたころは、こんな曲が」と出だしの数小節を擦っただけ。帰るときには岩淵さん、義姉に仰いましたよ。「こんどは『禁じられた遊び』(おわりまで)弾きます」。義姉に“こんど”というときがほんとうに来るといいな。

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ゴスペルシンガー岩淵まことさんの初エッセイを紹介します!!
2009年4月1日いのちのことば社フォレストブックス発行。1400円

 きょうはもう遅いので読めませんがざっとこんな内容

発刊によせて「岩淵くん」 岩淵由美子☆弟1章 1、父を知らずに 2、「いす引き」から登校拒否に 3、ギターとの出会い 4、ブラスバンド 5、初めてのバンド『のほうず』 6、PPM とS&G 7、人気バンド『ミューズ』 8、ついに高校中退、表札売りに 9、矢沢永吉の前座とギター教室 10、19歳の旅立ちが 11、阿佐ヶ谷北4丁目 12、やっぱり仙台へ帰る 13、『ピクニック・オールスターズ』 14、DJ時代(76年頃) 15、レコード・デヴュー、再び東京へ 16、スタジオミュージシャンに 17、ある出会い 18、「何が起きているんだ!」 19、「神さまがほんとうにいるのなら、よろしく」 20、キリストと私 21、新しい歌、新しい心 22、豪快な老牧師 23、小坂忠さんとのテュオ 24、出会いのコンサート 25、長女亜希子の発病 26、闘病生活 27、ジェリコ・ジャパン 28、人に向かって歌う 29、「遊ぶ会」 30、ペトラ通り 31、1000曲を目指して 32、「神さまの絵の具」 33、ゴスペルが「ごすぺる」と呼ばれるために 34、生かされて 35、『HEAVENLY』   そして弟2章に続く

 だいたい見出しだけで大まかな人生が磨り硝子から覗いたときのように見えてきます。 

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6月25日は岩淵まことコンサートを聴こうーインマヌエル盛岡キリスト教会ー

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ちょっとコマーシャルのし過ぎかな。eyesweat01
でもね、このチラシは、
note
あっ、そうだ
フライヤーと言った方が広くゆきわたりそうだし、
そう言ったとたんにキューピットみたいに一枚の紙片に二枚の羽が生えて
軽々とどこにでも飛んでゆきそう、
あなたの窓辺に、
あなたの玄関先に、
あなたの庭先に、
そしてあなたの心にね。
note
このフライヤーはね
教会の姉妹が製作してくれたものだし、
み~んなとっても楽しみにしている。
note
それからみ~んなお祈りしてる。
note
「父の涙」、いっしょに聴こう!
note
これだけじゃない
まだまだたくさん歌ってくれるんだ。
note 

6月25日(土) 夜7時 
み~んな、集まってきて!!
 
楽しいチャンスはみんなと共有さ!! 
というわけで、
コマーシャルし過ぎては……い・な・い!!
spadeheartclub

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アガバンサス

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 日々増え広がるドクダミと格闘している。地中ふかくはびこる根を掘り起こし引き抜いている。それでもそれでも増え広がり、えへんと腕組みをし威張っている。ところがコーヒーをすすりながらふと樹下に視線をおとすと、いまから4枚目の花びらをひらこうとする姿がほんとうに清々しく映じた。乙女だ。葉っぱの形も何てきれいなんだろう。カメラを取りにいそいだ。
 

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ことしは4輪咲いてくれたアガバンサス。

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 これは昨日T子さんからいただいた切り花。ジョーロに生けておいたもの。今朝からの雨でこんなに滴が。

 けさ6時51分、震度5弱の地震があった。4時には起きて朝食のしたくは終わっていた。久方ぶりに外に待避。鎮まるのを待つ。この頃は揺れるたび直ぐに福島に想いがいく。これ以上壊れてくれるな。しかし震源地はその時点では岩手県内陸北部と聞いた。岩手だった……原発が拘泥している。これだけの地上の英知を振り絞って何ともならないのが原発事故なのだ。

 雨が激しく降っている。きょうの日はこれで幕となし、また明日新しい一日を開こう!!

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岩淵まことコンサート 2011/6/25(土)19:00 開演 会場:インマヌエル盛岡キリスト教会(盛岡市大館町)入場無料


   つんつんと胸に突き刺さり

   涙があふれる風景

   ささくれだった神経系に

   癒されぬ悲しみ

   そんなときには

   そんなときにこそ

   心に染みるゴスペルソングを聴こうnotenote

 

岩淵まこと氏はいま被災地で泥かきなどのボランティアもしておられます。多忙なあいまを縫ってついに来盛!!

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雑感ー何か書かねば。一回書かねば。ー

  さて次のコンサートのご案内ご案内と前のめりになりそうな自分の手綱をキッと引く。ここで一息したいところ。かなり眠くもある。眠い瞼を意識というピンセットで持ち上げる。かなり抵抗しているが、ピンセットがどうにか持ちこたえている。何でもいい、何か書くのだ、とにかく一回書けば更新を待つブログが愛想笑いだけでも返してくれるかも。

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 近頃作った料理、というほどのものではないとしても、それは、ウドのスパゲティ。言うまでもなく言われるまでもなくブログネタに音をあげ、唐突な創作料理の登板なのだ。
 とはいえ、これはけっこう美味しかった。単純な思いつきで作った。冷蔵庫の野菜庫を開けたら、まだ食べられずに残っているウド。あれ、これって、もしかスパゲティに合うかも。最も簡便な作り方で実証に取りかかる。
 先ずスパゲティを茹でる。「汝等は地の塩なり」というあの塩をひとつまみ入れ、ぼこぼこと地獄谷のように怒る湯に、嫌がるスパゲティをバラバラと入れる。料理ってほんとうは残酷なものかも。切ったり焼いたり茹でたり。と、こんなことを言ってみたくて茹で方、などと言ったけれども、スパゲティの茹で方などは誰でも知っている。書く必要などない。肝心なのはウドの使い方。
 タマネギをクライスラー! スーラーの絵とばかりにスッススッスとスライス。言い回しが古びていて面白くなくともここは知らんぷり。振り返ったが最後時間のロスが。次にはベーコンを一口大に。いよいよ肝心の、ウドの大木となる前のウドの皮を分厚く下から上へときびきびと剥き、縦割りにし、斜めにスライス。厚すぎないように。実はここは切りたいように切ってもよいところ。ウドのあく抜きしたい方は酢を垂らした小型プールで遊ばせてやってください。
 タマネギ、ベーコン、ウドをオリーブ油なりサラダ油なり気の向くままの油で炒める。そして茹でたスパゲティを加え炒める。次に味付けに悩みたくない方は、ペペロンチーノの素をお使いください。美味しそうな色彩を望む方は、赤ピーマン、青ピーマンを千切りにして混ぜ込んでください。これでウドのスパゲティは出来上がりです。何だペペロンチーノウド風じゃないか、そうかもしれません。そう言っていただいても結構です。味には変わりありません。とても美味しいです。
 ウドは岩手の山々に自生しています。どうぞ山菜採りにおでかけください。お店でも売ってはいますが。
  

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モーツァルト・レクイエム演奏会を聴く~東日本大震災の犠牲者に捧ぐ~盛岡バッハ・カンタータ・フェライン 2011/6/19(日)

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  開演3時。待ち合わせた姉をじりじりする思いで待つ。もう駐車場に入れないのではないかという不安が過ぎった。ところが現れたときに訊くと、目の前で駐車スペースが一台分空き、速やかに駐車できたということだった。こうして開演には間に合うことができた。

 対訳付きのプログラムの冒頭に茂木容子代表のごあいさつが載っていた。1ページに、東日本大震災のお見舞いが述べられ、その中に「同じ地域に住む私たちは、被災地の皆様のために何ができるか考えない日はありません」とあり心打たれました。
 行けなかった方々のために一部分を転記すると、
「このような状況に私たちは、合唱活動をしているものとしていま何ができるかと考え、本日の演奏会を企画いたしました。大震災で亡くなられた多くの方々の御霊が安らかであられますように、また、大切なご家族を、ご友人を、お仲間を亡くされた皆様が、ひとときでも音楽の力によって心穏やかな時間を過ごされますように、ステージから心より願って演奏いたします。客席の皆様のお力をお借りできましたならば、きっとホールに満ちた祈りが必要とされている場所まで届けられることと思います。」

 合唱団、ソリスト、指揮者、オルガン奏者が間近な席に。今回は音盤では今一つ物足りない声楽の霊妙さ、響きの豊かさといったものに目を見開かれた。音楽に臨むときの姿勢によって、音楽から受け取ることができるものに違いを生じることがあるけれども、様々な側面から感動に満ちたというよりも感動が根のように下支えしているかのような力強さ凄さ、説得力を覚えた演奏だった。
きょうのこのきょうばかりの演奏の終演がほんとうに惜しまれた。

 最後に「東日本大震災の犠牲者の魂のよみがえり、永遠の命を願って、ともに祈り歌いましょう」という佐々木正利先生のエスコートで、讃美歌『球根の中には』の合唱。鎮魂を祈りながら観客席とステージが一つとなっての大合唱がホールに満ちた。

演奏会での差益、会場での募金、会メンバーからの篤志は、今回の主催であるIBCの岩手放送を通じて東日本大震災の義援金となるそうです。

☆捧げられた曲 および 演奏者☆

大中寅二  交声曲「主よあわれみ給え」(守山ふみか作詞)より、弟1章『オルガン前奏曲』、 弟2章『主よわれをあわれみ給え』。オルガン:平井良子

J.S.バッハ  モテット2番「御霊はわれらの弱きを助けたもう」BWV226  オルガン:平井良子

W.A.モーツァルト レクィエム ニ短調 KV626。 独唱:村元彩夏(ソプラノ)、谷地畝晶子(アルト)、鏡貴之(テノール)、佐々木直樹(バス)。オルガン:飯靖子

讃美歌 「球根の中には」 盛岡バッハ・カンタータ・フェライン&観客約1000人

合唱:盛岡バッハ・カンタータ・フェライン

指揮:佐々木正利

主催:盛岡バッハ・カンタータ・フェライン  IBC岩手放送

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きょうのことばー『あなたがたに平安を』

 きょうは暑い一日でした。教会の庭にはいまたくさんの花々が咲いています。

 きょうのインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019ー646ー2924)のお話しは國光ひろ子先生です。

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説教題 『あなたがたに平安を』

聖書箇所 ヨハネ伝14:1、27 

  1年に3回ほど、主牧不在のときに講壇に立たせていただいておりますが、1年に数回というとなかなか慣れるというわけにはまいりません。説教もむずかしいものです。そこで説教というよりも私が最近教えられております事柄から、皆さまに恵みをお分かちしお祈りとともに礼拝を守らせていただけたなら感謝でございます。
 先週、花巻に於いて当初4月の予定であった教区会が持たれました。特に仙台教会、郡山教会、福島教会それに大きな試練と戦いの中にあられる先生方のお証しを、お祈りいただくために、すこし紹介いたします。
 仙台教会では、副牧師館が傾き壊すしかなく、また隣との間の壁が崩れかけ修理が要ります。また塩釜の支部は1メートル半まで浸水、古い建物でもあり使用不可となっています。教会員の方々も被災。亡くなられた方はありませんが、家を流された方々がいらっしゃり、先生方も共々に力を尽くしておられます。田中紘子先生のご健康のためにもお祈りください。
 また郡山教会は隣にあるレホボテ館の修理をしました。原発の影響が大きく、30歳以下の人が郡山から離れていくという状況にあります。教会でも放射能が多く草取りを延期していましたが放置できなくなり、50歳以上の人たちで草取りをし、30歳以下の人たちでチラシ配布をしたということでした。
 また福島教会は古い建物でもあり、ヒビが多く入っていますが修理がなされました。
 もし私たちがそこに身を置く立場であったなら同じようなことであったのです。どうかお祈りに覚えていただけたのなら感謝です。

 この教区会で或いはこれを境に、考えさせられておりますことを皆様にお分かちしたいと思いますが、
 明治23年にイギリスから来た宣教師バックストンの記事を読み学びのときを持ちました。47年間のバックストンの日本伝道で、信仰の勇者と言われた多くの方々がそこから輩出されました。バックストンの息子が自分の父親の伝記を書こうとし詳しく父親を調査したところ、ついに欠点を見つけることができなかったといいます。ただ贔屓の引き倒しのような伝記ではありません。バックストンのようである秘訣はいったい何だったのか。それがずっと心にありました。そのような人格が作られたのは、絶えず神さまを意識した生活と祈りの姿勢にあるのではないかと思いました。そしてバックストン自身が、毎日聖書を読んでお祈りすることの大切さを語っています。特に神さまと二人だけの時を持ちなさいと度々勧めていたと聞きました。バックストン自身が度々神さまの前に一人で出て、神さまに向かってだけお祈りをする、神さまとだけともにいるという時を持っていたということが、その生涯に多くの方々から尊敬され、そして大きな感化を与えた原因ではないかと思います。
 特に祈りに関しては、教区会での学びのときに、1冊の本を皆さんで分けてそれを宿題として読み、一人5分ずつ発表するという学びがありました。私に当たったのは、「祈りを第一に強調したい」というところでした。その中に心に留ることばが幾つかありましたのでご紹介いたします。
「祈りは生活全体を高めるものである」
「真実な祈りによって霊的性格の戦いの勝敗が決まるのである」
「祈らない説教者や教師、霊的指導者が神の真理を伝えるときには、彼らを信じてはならない」
「祈りがないと人は霊的な事柄に無感覚になってしまう」
 ほんとうに神さまとのお交わりを通していただいたメッセージを講壇に立つ者は絶えず語らなければならない。それは祈りという神さまとの1対1のやりとり、またさまざまな生活の中で神さまから語られることをきちんと捉えていなければほんとうの説教者にはなれないことを、このときに強く感じました。そして祈らない説教者を信じてはならないというのはその通りであると思いました。そしてもう一つ、
「神のために私たちが人々にどれほど影響を与えるかは、結局目に見えない世界に対する私たちの体験に基づいた知識と祈りの経験に掛かっている。愛にしても洞察にしても機転にしても祈りと黙想の中に生まれるからである。冷淡さや霊的無知、他の人との衝突は神の交わりの欠如の結果だからである」
 このような的確なことばが心に留り、このような祈りを第一にするというときに、このように細かい部分に心を留めながら祈るということの必要を教えていただきました。わたし自身は年齢が加わることによって得られる経験的な判断というものに重きを置いてしまっていました。若いときには言えなかったけれども今は判断することができる、しかしその判断が年齢的な経験から来ている判断なのか、それとも、お祈りの中に積み上げられた結果から出ている判断なのかということを自分自身のなかで、ずっと思い巡らせておりました。自分の判断はいったいどこから出ているのかを考えておりましたので、このことばを読みましたときに、ほんとうに祈って積み上げられたもの、そこから来る正しい判断とか洞察とか機転、そして愛にしてもそういうものでなければほんとうに神さまの恵みをお分かちすることができないということを教えられております。そのような中で、きょう読ませていただきましたヨハネ14:1
1 「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。
 このおことばが与えられたのでした。

          ーつづく(この下に書き足しとなります)ー

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  イエスさまは、「あなたは心を騒がさないようにしなさい」といっているのではなく、「あなたがたは心を騒がしてはなりません」と強いことばを用いられています。心が大きく騒いでいるわけではないけれども、内側のどこかで小さくざわめいている自分の心。そんな心を神さまが指摘されたように思いました。なぜ心を騒がしてはいけないのか、また騒がす必要がないのかは、ヨハネ14:16にあります。

16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。

 イエスさまは、もう一つの助け主を私たちに与えてくださる、その助けぬ主がいつまでも私たちとともにいてくださる。だから心を騒がしてはならない。神さまが与えてくださる助け主とは、それは、ヨハネ14:26に

26 しかし、助け主、すなわち父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

 とあります。助け主は聖霊なる神さま、父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神と三位一体の弟三位である聖霊なる神さまである。この方が私たちに与えられ、しかも一時的に与えられるのではなく、いつも、いつまでも私たちと一緒にいてくださる。だから私たちは心を騒がせる必要はない、また騒がせてはならない。それはどうしてか。その先、27節を見ますと、

27 わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしててはなりません。恐れてはなりません。

 イエスさまは私たちに聖霊を与えてくださいますとともに、平安を残してくださると仰いました。その平安というのは、「わたしの平安を与えます」と仰っているように、キリストのもっていた平安のことです。キリストが十字架にすすんで行かれたときに持っておられたその平安を私たちに与えるとお約束してくださいました。この度の震災のときもそうでしたけれども、心を騒がしてはなりません、それは、心に平安が与えられているということではないかと思います。その瞬間何事が起きたのかとおもいましたし、あ、これはこの地震は以前から99パーセント来るといわれていた地震に違いないと揺られながら話し合いました。そしてそこに身を置きながら、やはり再臨のことでした。、再臨というのはこのように来るのかなとそのとき思いました。そのときに、27節のような平安が私にあるだろうかと考えました。私が救いに与り、そして将来を考え始めましたときに、先ず問題になったのは、きよめの問題でした。きよめをいただくことができない状態の中にずっと身を置きながら、いつもいつも心に平安がない自分。心が不安でざわめいている状態を長い間通りました。最終的にはきよめられるのを妨げている罪を見出し、それを神さまに解決していただいたときに平安が与えられました。私が切望しどんなに頑張っても頑張りで得ることができなかった平安を神さまは与えてくださいました。それ以来、私は、自分の心にいま平安があるかどうかで色々なことを判断してきました。神さまからいただける平安、それは自分で何とかできるものではなく、神さまが与えて下さらなければ、決して与えられない平安なのです。またその平安をいただくために、すべての判断をしてきたように思います。そして神さまはいつも助けてくださいました。数年前に心臓の治療も受けました。人間的には何が起るのか、次の瞬間にはどんなことが起るのか分からないような中にも神さまを見上げることができ、そしてそのことのゆえに威厳を与えていただいたことを思い出します。神さまからの平安をいただいている。イエスさまの持っておられた平安をイエスさまが与えるといってくださっている、それがどんなすばらしいものであるかを真剣に考えなければなりません。

 最初に戻りますけれども、バックストンが日本に留まって伝道し、多くの成果をあげ、また多くの方々にすばらしい影響と感化を与えましたが、その秘訣、理由は、彼の中に神さまからの平安があったからでしょう。困難なところも通ったようですが、その中で絶えず揺るがない平安を持ち続けていた、それがバックストンがあのように多くの方から尊敬を得、いまもすばらしい人として覚えられている秘訣であったろうと思いました。そして平和といえば真っ先に、「御霊の実は平安……」ということばがかよってまいります。「御霊の実は愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です」と私たちは繰り返し、また覚えていらっしゃる方もあるでしょう。平安、それは神さまからいただくものです。また聖霊なる神さまにつながり続けているならば、聖霊なる神さまとともにあり続けるならば、また共にいてくださると仰る聖霊に私たちも共におり続けるならば、必ずそこには御霊の実が結ばれます。御霊の実という中には喜びももちろんありますけれども、平安というものがある、それは私たちの人生のすべての鍵であると私自身実感するところです。

 キリストの平安は、神さまの与えてくださる平安は、御霊の実という中にある平安は、その人を支えるものです。そしてその人の人格をつくることを改めて思わされます。ほんとうにこのことの中に私も生かしていただきたいと切に願いました。わたしが子どものときに通っていた先生は、御霊に満たされるということは、しずしずと歩んだり、いつもにこにこしていたり、また優しかったりそういうことではない、そうではなく、御霊に満たされるというのは円満な人になることだと仰ったことを思い出します。それは頑張ってなれるものではない。それは、イエスさまにあるときに、イエスさまがご自分の持っている平安をあなたがたにあげますと仰ったその平安のことです。私たちはこの平安を絶えず意識して歩ませていただきたい。そしてその中に祈りがあり、また日々のデボーションがあるということを覚えていただきたい。それは一日二日でできるものではなく、取り繕ってできるものではなく、また頑張って鍛えてできるものでもない。神さまの前に真実に歩むことによってのみ与えられるものだということを尚肝に銘じながら、共に主の恵みの中を歩ませていただきたいと願っております。

※短くするために若干割愛してございます。文責:中ぶんな 

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綱取ダムサイト

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 11日放送予定だった佐渡裕&ベルリン・フィル、真夜中にかかるということで録画を取るつもりがすっかり忘れていた。どういうわけかこの写真をアップしながら思い出した。今晩はゆったりと過ごして明日に備えたい。
 
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 モーツァルトのレクイエム、いま二回目が鳴っている。

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 この綱取ダム湖畔の綱取大橋を渡りきったところに、2本のメタセコイアが立っている。眩しいような翠、美しさだったけれども思うようには撮れなかった。しかしこの3枚で何とかこのページに自然を持ち込むことができた。脈々とかようこの生命力が、これから先にある幾多の困難に打ち勝ち、力強い存在で在り続けてくれよと祈らずにはいられない。


 
「涙の日よ」、ここできょうは終わりとしよう。
涙の日
罪ある人が、裁かれるために、
ちりからよみがえるその日こそ、
涙の日である。
願わくは神よ、かれをあわれみ給え、
主よ、やさしきイエズスよ、
かれらにやすみを与え給え。


かれ=私 そう置き換えて聴くと癒されている自分がある。

書いているあいだにサンクトゥスが

いと高き天にホザンナ。

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モーツァルト・レクイエム演奏会~東日本大震災の犠牲者に捧ぐ~盛岡バッハ・カンタータ・フェライン 2011/6/19(日)午後3時開演  都南文化会館キャラホール

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 最近までとんと知りませんでしたが、どうもモーツァルトのレクィエムは一度は聴いておくべきもののようです。このことを知ったのは、CDで聴いてしばらく経ってからのことです。CDで。そうです。ほんものの合唱をまだ全曲聴いたことがありません。部分的な演奏はあったような。しかし全曲は。何しろ演奏時間も1時間近いという大曲。私自身初めて聴くことになります。モーツァルトが作曲のあいだに何度も失神したほどに全身全霊を注ぎ込んだこの大曲。そう滅多に聴く機会はないのです。合わせてJ.S.バッハの「モテット2番 BWV226」も演奏されます。

W.A.モーツァルト「レクイエムニ短調 KV626」の構成は
第1曲レクイェム
弟2曲キリエ
弟3曲セクエンツィア
弟4曲オッフェルトリウム
弟5曲サンクトゥス
弟6曲ベネディクトゥス
弟7曲アニュス・ディ
弟8曲コンムニオ

弟1曲レクィエム だけを取り出してみますと
主よ、
彼らに永遠のやすみを与え、
たえざる光をかれらの上に照らし給え。
神よ、
主の讃美をふさわしく歌いうるのはシオンである。
エルサレムでは、
主にいけにえをささげたてまつる。
すべての肉体の向かうべき主よ。
私の祈りをきき給え。
主よ、
かれらに永遠のやすみを与え、
たえざる光をかれらの上に照らし給え。


 このように一部分をとっても、まさしく鎮魂の歌、祈りの歌です。ひとりの聴衆として、深い祈りとともに東日本大震災で亡くなられた方々、また今尚困難にあわれている方々、原発で苦しまれている方々の心情に寄り添い、鎮魂の想いをもって耳を傾けたく思うものです。

2011/6/19(日)都南文化会館キャラホール
午後3時開演

合唱  盛岡バッハ・カンタータ・フェライン
独唱  村元彩夏/Sop.
     谷地畝晶子/Alt.
     鏡 貴之/Ten.
     佐々木直樹/Bas.
オルガン 飯 靖子
      平井良子
指揮  佐々木正利

(敬称略)

前売り券 2000円 当日券2500円

イシュトヴァン・ケルテス指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による「レクィエム」を聴きながら筆記す。

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この小っちゃな一つ一つにありがとう!!ー天からのプレゼントー

定植の儀。農業は神聖なり。

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ポットで育ったゴーヤの苗を14日に定植する。        

  

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こんな小さな畑でもぐんぐん育ち実るはず。近々ネットを設置の予定。

昨日は主人の声がかりで綱取ダムにつかの間のドライブ。たまたま雲がすばらしくアカシヤも咲いていて、こんなすばらしい景色の瞬間に引き合わせてくださった天に感謝。そして今夕、閉め忘れた窓に寄ると、闇の落ちた向こうには、

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ご覧下さい。月が煌々と照っていました。神々しい。この月に比べうるものはない、そう思いました。

 きょうは、天から授かっている自分という愛車の点検整備の日とし、休養の日といたしました。月は出ておりません。岩手県洋野町で観測された皆既月食写真がネットに出ておりました。それもすばらしい一刻一刻ですが、しかし昨夕のこの月は私にとっては天からの最高のプレゼントでした。

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佇むひと ー友だちー

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藻にゆらぐ夢二の夢や杜若

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弟34回水曜デッサン会展 を観る

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友人大信田時子さんの出品はこれ。

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わたしの好きな顔の表情です。

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静岡のSさん、大光隆先生のお作、写真に撮らせていただきました!!
なかなかうまく撮れなくてごめんなさい。


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ぐんぐんどんどん

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葡萄の実の赤ちゃん
       我は葡萄の樹、汝等は枝なり
         人もし我にをり
        我また彼らにをらば
        多くの果を結ぶべし

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赤いサルビアの種が次つぎに発芽中。48本になる予定。これは第一陣。第二陣用の種48粒はまだ袋の中に待機中。

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國光ひろ子牧師にいただいたヒソプの花。向こうはロベリア。

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ヘブンリーブルーのアサガオの予備軍。向こうはカンパニュラ。種をピンセットで埋め込む。一つまみ12から15粒。説明にある発芽率65パーセントは的中。

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ゴーヤの苗15本、ぎゅーぎゅー詰め。明日の定植の儀を待つ。農業は神聖なり。

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きょうのことばー『刷新の御業を』ペンテコステ講壇 

 きょうはペンテコステ。聖霊降臨を記念する日です。礼拝前の姉妹方のお話しが感動的でした。すばらしい讃美です。午後にはみなさまでアフリカの病院に送るための包帯作りもしました。主牧のメッセージも食しましたが、これは観念的なようでお腹に落ちると観念ではなくなる不思議な“たべもの”、元気の出る“たべもの”なのです。そしてお昼はひろ子牧師が作ってくださった食材による食べ物を食べました。これでまたまたパワーアップ。プラス包帯作業あとのコーヒーで、いま時間もシャッキリ、まずまずこのとおりです。

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 さてきょうのインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)國光勝美牧師の“たべもの”は、
説教題 『刷新の御業を』ペンテコステ講壇
聖書箇所 使徒の働き2:1~4

1 五旬節の日になって、みなが一つの所に集まっていた。
2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。
3 また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。
4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。


 私たちはきょうペンテコステを迎えております。毎年のことではございますが、やはり確認をしておきますと、クリスチャンにとってイエスさまのお誕生日であるクリスマス、イエスさまが復活されたイースター、そしてキリスト教会が誕生したペンテコステ、この3つがたいへん重要な記念日となっています。
 さて、それではこの聖書に書かれております時代、ユダヤの人たちの大きな宗教的イベントは何だったでしょう。3つありました。その第一番目が「過ぎ越しの祭」です。神がエジプト全土に十の災いをくだすとき、鴨居に子羊の血を塗ってある家のものたちには裁きをくださずに通り過ぎてくださった、過ぎ越してくださった、これが過ぎ越しの祭の起源です。それはイエスキリストこそ神さまが備えてくださった過ぎ越しの子羊であるということです。罪と滅びの世界で、神さまの裁きの使いが例外なしに訪れるとき、まことの子羊であるイエスキリストの十字架の血潮を信じその中に憩っているものたちには神の裁きが過ぎ越されるという真理がこの過ぎ越しの祭にはあります。当時のユダヤの人たちは、この真理には気づかなかったでしょう。けれども私たちは、この宗教的な行事の意味をはっきりと見ることができるのであります。
 さてもう一つは五旬節であり、それがペンテコステと呼ばれている祭りでございます。ユダヤの人たちにとっては、初穂の収穫を神さまに感謝しお祝するところから初穂の祭りと言われ、これがペンテコステ、五旬節とまったく同じ意味でございます。やがてユダヤの人たちによって、この五旬節は、モーセがシナイの山で神から律法を賦与されたことを記念するものとして位置づけられるようになりました。ユダヤの人たちにとっては、十戒が賦与された記念の祭の日、このように見ることができます。それを心に留めながら、エゼキエルという預言者が、神さまが後にどのような恵みの業をなしてくださるのかを預言している聖書箇所を読んでみましょう。旧約聖書のエゼキエル36:
26、27節、
26 あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。
27 わたしの霊をあなたがたのうちに授け、わたしのおきてに従って歩ませ、わたしの定めを守り行わせる。

 このお約束は、使徒の働き2:1~4にあるペンテコステのできごとに成就されている、こう理解することができましょう。
 「五旬節の日になって、みなが一つところに集まっていた」とあるこの場所は、最後の晩餐がもたれたところ、そして,それは或いはマルコの福音書を書いた、富裕であったマルコという人の家の二階だったのではないかと考える多くの方々もあるようです。何れにせよ、一つところに、お弟子さんたちみな、ペテロたちが集まっていたときに、突然天から激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らの家全体に響きわたり、また炎のように分れた舌が現れて一人ひとりのうえに留まるとみなが聖霊に満たされ御霊がはなさせてくださる通りに他国のことばで話し始めたとあります。
 これはモーセがシナイ山において、直接神さまの指によって記されたあの十戒が賦与された出来事と並行的に理解される事件でございます。まさにユダヤの人たちが、あのモーセの十戒が賦与されたということを記念してお祝しているこのペンテコステのときに、あのエゼキエルが預言したように神さまが私たちの心の中に、石の板に書かれた律法ではない、神を心から愛し神に従って歩むことを喜びとするまことの神さまのほうが聖霊によって与えられた。これが、ペンテコステの出来事であります。つまり、過ぎ越しの祭としてユダヤの人たちが国民的にお祝をしていたそれは実はイエスキリストの十字架を指さしている。ユダヤの人たちが五旬節、ペンテコステとお祝していたあの律法の賦与、我らの民こそ神さまから貴い律法をいただいた選ばれた民であるという民族的な誇りであるそのモーセの十戒が与えられたそれに並行する真理として聖霊が天からくだされて私たちの心の中に、肉の心、石の心が取り除かれて新しいきよい心が私たちのうちに与えられる。律法の為し能わぬところのそれを与えてくださったという大きな恵みでした。
 三大イベントのもう一つは、「仮庵の祭」です。モーセはイスラエルの民をエジプトから脱出させ、40年かけて約束の地へと導いていきました。そのあいだ彼らは、神の導きの雲の柱、火の柱によって旅をし、そしてその途上、神さまは日毎にマナを与え続けました。我らはいま、乳と蜜とが流れる神さまが約束してくださったカナンの地に入るためにこの地上の旅路を歩んでいることを忘れないようにと、毎年仮庵の祭を、当時の木を組んでそこで一週間近く生活をし、これをずっと民族的に行っておりました。これは何を意味しているのでしょうか。私たちクリスチャンは、いまのこの地上生活がほんとうに定住するべきところではない。私たちは神さまが約束してくださった約束の地カナンへ日々歩み続けている旅人なのだ、そのことを忘れないように。イエスさまが天に備えていてくださるまことの住まいこそ行くべきところである。安住の地であり目的の地であり、私たちはそこに向かって地上信仰生活を行っていく、私たちはいまその途上にあるということを示し続けているのです。
 ある本によれば、この仮庵の祭というのは毎年行われますが、7年に1度、宗教的な律法を教えるのに非常に力を入れたそうです。我らはいったいどういう旅であるのか、我らイスラエルのユダヤの者たちはどういうものであるのかを徹底的に毎年繰り返し、そして7年に1度しっかりとした大きなイベントとしてそのこを行う。これがユダヤの人たちの仮庵の祭であると知りましたときに、きょう敢て本論からちょっと脱線するのですが、なるほどと思い出されたのは大震災の釜石でのことでした。数日前にNHKの番組に群馬大学で防災専門の研究をしておられる方が出ていました。今回の津波が起るはるか以前から、もし釜石に津波がきたとき、災害のときにはどう行動するべきかを、教育委員会の協力も得ながら子どもたちに徹底的に教えたそうです。釜石では学校に行っていた子どもたちは全員助かりました。それは防災教育の成果でした。その日子どもを学校にやっていたお父さんが、津波が来ることに気付き、車ですぐに子ども迎えに行かなければと思ったそのときに、防災教育を受けていた子供が、「お父さん、もし万一津波がきた場合に、僕たちは僕たちで必ず逃げるから、お父さんは僕たちのことを気にしないでとにかく逃げるように、そう僕たちは教わっている。だから僕たちのことは大丈夫だ」、こう家で言っていたのを思い出し、子どもは逃げていると思い直し、すぐにそのまま逃げて助かったということです。この番組を見ながら、教育ってこういうことなんだと思いました。ユダヤの人たちの教育というのはこれだったと。こんな教育が毎年繰り返されていた。我らはアブラハムの子孫であり、我らは神の選民である。これを学校はなかったでしょうから、過ぎ越しの祭、五旬節、そして仮庵の祭のときに教わっていたわけです。そしてこの三大祭が
わたしたちクリスチャンにとっても大きな意味のあるイエスさまとの関わりなのだということを覚えておきたいと思うのです。
              ーつづくー

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(※以下は月曜日に書き足しました)   

 このペンテコステを迎える以前、何回かに亘りまして、私は、イエスさまがいま天において何をしておられるのか、大祭司としてとりなしの祈りをしてくださる、仲保者としていま神の御前に現れていてくださるのだということを心に留めたことでした。イエスさまが十字架の贖いを成し遂げ甦られそして天に帰っていかれた。そして私が天に帰っていったのならば、約束の聖霊をあなた方に与えるからあなた方はそれまで都に留まっていなさいとイエスさまはお約束をなさいました。ということは、これを逆に考えてみると、聖霊が来た、与えられたということは、贖いを成し遂げられたイエスさまがほんとうに天の父なる神の右の座に着座された、そのしるしであると見ることができます。つまり、イエスさまの救いの御業というものをこのペンテコステの出来事から考えてみると、見事に全部完璧に成し遂げられましたというそのしるしとしてこの出来事が生じた、こう見ることができるのではないでしょうか。ヨハネ7:37~

 37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

 この時点では十字架の贖いがまだ成就されていません。イエスさまが十字架の贖いをなされ、そして復活をされ、天に帰って使徒の働きの2章のときになってようやく聖霊が弟子たちみなに与えられた。イエスさまがまだこの世におられた仮庵の祭そのときに、人々が神殿の下から出る水を求め或いはシロアムの池から汲まれてお祝をしているところの水を指さしながらイエスさまが、あなた方がいまこのような水を記念し祝っているけれども、しかし誰でも渇くならばわたしのところに来て飲みなさい。私を信じる者は聖書が言っているとおりその人の奥底からいまあなたがたが祭で象徴的なものとして使っている水ではないその人の心のなかから生ける水が川のように流れ出るのだ、そしてこのことをヨハネは後になって解説しているわけです。39節はその意味において後になっての解説です。「信じる者が後になって受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ 栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかった」ということは、いま私たちはイエスさまが栄光を受けられたので、あのペンテコステのときに豊かな聖霊をお降しになった。あなた方はいま命の水をその心のうちに十分にいただくことができるんですよとイエスさまが言っておられるわけです。わかりやすい別なたとえでいうならば、いまT兄弟が仮設住宅の建設で全力を尽くしておられますが、このペンテコステの出来事はもし譬えでいうならば、天にあるところのまことの生ける水がたしかに配管工事は全部おわりましたと、その証拠としてこのペンテコステの使徒の働きの2章のときにそこから溢れるばかりの聖霊を水に例えたら申し訳ないんですが、しかし敢てヨハネ7章のおことばでいうのならば、生ける水が川々となって注ぎだされてきた、それが使徒の働きの2章のこの出来事だったのです。聖霊が豊かに豊かに注がれた。配管工事はイエスさま全部これで完成しました、はい、その証拠としてこれだけの水がふんだんに与えられていますよ。これで配管工事完成の記念式典のようなものです。すると先生、では私の心にも配管工事は完成しているのですか? そうです。それは私自身を含めてみなさま一人ひとりに配管工事が完成している証拠がこれなんです。ペテロさんやそのほかのお弟子さんたちには完成しているが、あなたはちょっと待ってくださいなどと言うことではないのです。ほんとうにこのときに、イエスさまは全部完成したのです。では私たちの心に生ける水が川々となりて流れいずるという経験がもし無かったとすれば、どこが問題だと思いますか。蛇口を開いていないからです。蛇口を開きさえすれば神さまの側ではぜんぶ終わっているのです。その証拠としてこれだけのものがあったのですから。同じように、あなた方にもこのことが約束されてもう終わっているのです。さあ、あなたも信仰をもって蛇口を開いてご覧なさい。神さまの恵みが溢れる。ヨハネ7:38に神さまは約束しておられます。

38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

 先生、開いたのですが、ちょろちょろとしか出てきません。ならば掃除しましょう。中に錆がついているかもしれない。水道屋さんを呼んで配管を取り替えて貰えばいいかもしれない。そうです。錆び付いている理由は、罪を犯して、或いは漏水してしまっているのなら、せっかく神さまの側でぜんぶ準備ができていても、私たちの側に問題があるとすれば、それは罪の故の障害なのか、或いは不信仰の故のひび割れで水が漏れてしまっているのか、それは神さまの側の問題ではない、私たちが主の前にほんとうに悔い改めて、主よ、あなたが約束しておられるこの恵みを何としても自分のものとしたいのです。へりくだって出ていないように出ていないのに出ているように振る舞うこともせず、また出ていないということを恥ずかしくて人の前にいえないようなそんな面子も何にもいらない。神さまの前に、主よ、あなたがこのペンテコステのときに約束してくださったその恵みをいま私はひつようとしています。あなたの備えは全部できています。どうぞ私にお約束の御霊をいま降してください、くだかれてほんとうに素直に主の前に出ていこうではありませんか。へりくだって主の恵みを求めるものに、主は測り無く弟子たちに、そういうのを待っていたよ。神さまは出し惜しみなさるかたではないのです。神は喜んでいつでも与えたく願い待っておられるのです。ー了ー

※割愛した部分もあります。 文責:中ぶんな

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雅声会コンサート「心のふるさと日本のうたをたずねてその34」を聴く

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  外国の歌曲、アリアなど日本語で歌う機会はないのかな、とはいうものの言語も音楽のうちとなればこれはなかなか、まっ仕方がない……と思っていたところ、何と、昭和54年から34年ものあいだ特に日本の歌を中心に、そしてその一部に日本語訳で外国の歌曲、アリアなどを歌い続けてきた方々がおられた。これが雅声会。きょうが34回目のコンサートでした。そしてこれもチャリティーコンサートなのでした。

きょう歌ってくださった雅声会のメンバーの方々は、(敬称略)
阿部佳代/池野桂子/萩原美智子/奧崎由樹子/駒木美和子/駒木恵/佐藤友香/田中恵子/新田順子/平野紅子/穂積佳穂子/丸岡千奈美/横山由希子/大畑孝夫/小坂博/澤村憲照/松田晃/山口剛
ピアノ
小笠原宜子/鈴木牧子/森明美

ナビゲーターは松田晃先生。作曲者、作詞者、曲を楽しいエピソードを交えて紹介くださった。
 滝廉太郎の「花」で開幕。これは明治33年に作曲された我が国の歌曲の第一号だという。このあとで、ご挨拶がありました。
「きょうはあの東日本大震災からちょうど3ヶ月目です。3月11日のあの激しく長い地震と停電、何の情報も入らない不安そして翌日のテレビに映った大津波の恐ろしいありさま。実際に被害に遭われた方々の想いはわたしたちの推し量ることのできないものであったに違いありません、被災地のようすは連日報道され心が痛む毎日ですが、私どもも力を合わせて復興への長い道のりをご一緒したいと願っております。」(若干言い回しが異なっておりますが、このような内容でした)

 「心のふるさと日本の歌を訪ねて」コンサートの第一回は昭和54年7月17日火曜日。それ以来今回で34回目。…34年前は松田先生も40代であったといいます。当時のお客様方もそれよりも随分年上の方が多かったそうです。いまこのメンバーでいうと、(
女性は差し障りがあると前置きして)、「男性については私を含めて5人ですが、5人の中で、60代が二人。70代が3人です。歌を歌っていると健康的な生活を送ることができるという証明だと思います」。この日本の歌という演奏会を始める以前は、たいてい外国の歌曲とかオペラのアリアを演奏。それを続けるうちに、「今年は日本語の曲だけで演奏会をしようじゃないか」という提案が。たいていの人たちから、「そんなことしたらお客さんさっぱり来ないんじゃないの」といった心配の声があがった。しかし蓋を開けてみると、いつもたくさんのお客様方が来場。「ほんとうに良かったなと思っております」とナビゲーター。

 会場の皆様と歌った「
朧月夜」は岡野禎一作曲、長野県出身の高野辰之作詞。高野は後に上京、東京音楽学校、東大で教えたという。
 「螢」の作曲者は下総晥一。下総は、かつては岩手師範の先生だった。
 「たき火」は紫波町出身の巽聖歌の作詞。「たき火」には面白い逸話があった。昭和16年12月7日に渡辺茂によって作曲されたが、放送されたのは12月8日、9日だけ。戦時であり、焚き火をすると敵の攻撃目標になる、それと落葉で風呂を焚くぐらいはできるので焚き火をするのはもったいないとクレームがつき、2日で放送打ち切り。戦後復活し教科書にも載せられた。ところが、こんどは消防署がクレームを。焚き火は危険だ、もし教科書に載せるなら付き添いの大人の姿、水の入ったバケツの絵も載せるように。それでそのような挿絵つきだったという。
 昔は空が真っ赤になるくらい蜻蛉が飛んだという。

 この他にも、このようなエピソードをたくさん織り交ぜての曲の紹介が楽しかった。

曲目
春 「花」、「蝶々」、☆「朧月夜」、「茶摘」
夏 「夏は来ぬ」、「螢」、「夢のお馬車」
秋 「紅葉」、「赤とんぼ」、「村祭」
冬 「雪」、「冬景色」、☆「たき火」、「スキーの歌」
ふたたび春 「どこかで春が」

堀内敬三訳詞の外国歌曲
「さすらい人」シューベルト、歌劇「カルメン」より「ハバネラ」ビゼー、「ます」シューベルト、「夢に来ませ」リスト

懐かしの歌謡曲 ☆「リンゴの唄」他5曲

☆「ふるさと」岡野禎一作曲、高野辰之作詞

☆会場と共に合唱


 今回の演奏会を聴いて、34年間歌い続けられた、34年の齢を重ねられた合唱には、清々しさ、瑞々しさがあった。そして新鮮だった。これは歌の心が生き続けているからだ、そう思った。最初の春夏秋冬を歌ったステージは女性の着物に袴といった衣装、明治、大正の教室にいて唱歌を学んでいるような懐かしさだった。「ふるさと」の大合唱では大震災のありさまが浮かび涙がにじんだ。「ふるさと」は、1番と2番そして1番の歌詞で。3番は歌われなかった。

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岩淵まことコンサート 2011/6/25(土)19:00 開演 会場:インマヌエル盛岡キリスト教会(盛岡市大館町)入場無料

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   つんつんと胸に突き刺さり

   涙があふれる風景

   ささくれだった神経系に

   癒されぬ悲しみ

   そんなときには

   そんなときにこそ

   心に染みるゴスペルソングを聴こうnotenote

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生きているということは

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  2枚目の写真は裏庭のちっちゃな畑。小松菜のあいだに葉大根が見えます。これは土を耕して畝を作らずに先に小松菜をばらばらと種を撒くように播き、そのうえに葉大根の種をおなじように播いたもの。粗放農業の極めつけです。5センチぐらいになったら大きめのものから引き抜いてどんどん食べます。粗放に耐えて育ってくれるものの方が億劫がらずに作れます。ほうれん草などはこれよりは若干デリケート。小松菜などは簡便です。

 

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 青いツユクサはよく増えます。けれども白いツユクサはあまり増えません。毎年同じところに生えて同じところで株を増やす。青いツユクサは、はじめは住まいの北側にあったのが、いつのまにか東西南北に点々と。根の張りぐあいといい、とても強い植物です。

 庭に腰掛けて草木たちの仲間に入れてもらってゆったりとしていたとき、たしかにこの樹木や花や草たちが息をしている。そしてたしかに木立を満たす空間に霊妙さが醸されているのがわかりました。生きているとは霊なるものを宿していることである、そんなふうに思ったことでした。

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弟34回水曜デッサン会展 2011/6/14(火)~17(金)テレビ岩手ロビー(1階)

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デッサンと絵画あわせた力作60点の展示です。ときを取ってお出かけください。

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あすは何時におきるの?

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 これはいつの空だったか。これは新庄墓園のうえに広がっている空。墓参りを終えて土手を見ると蕨が生えているのが見えた。わーっ! 喜んでさっそく蕨とり。ほんの一角であっという間に立派な蕨を一つかみ収穫。ほら、あっという間にこんなに採れちゃった。もっと探そう。ところがその一角を出たところには蕨はもうみな採られてほんとうに一本も生えてはいなかった。そうか!! わたしは気づいた。神さまはわたしを喜ばせようと一つかみ分だけ残しておいてくださったのだ。だいじに家に持ち帰って重曹で煮る。きれいな緑色になった蕨を水にさらした。
 まさかそんな……。だけどほんと。それがほんとうと思えることがほんと。

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 きょうは石屋さん来訪。ベテランの女性。「ほんとうにお硬い仕事ですね」とわたし。石屋さんがにっこりなさって「お墓の文字は楷書がよろしいですか? 草書がよろしいですか?」。「楷書に」と主人。
 「震災でお墓の被害はどうでした?」とわたし。
「矢巾町以南、水沢、一ノ関のほうが結構多くでたようです」
 石って硬いと思っていたところ、納骨の時など、石と石がぶつかった場合、簡単に欠け落ちることもあるらしい。「修理には2、3万かかりますよ。石と石を寄せて合わせようとするとき、間に紙一枚を当てるとけっこう防げます。新聞紙でもいいですよ」。

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 庭に絶えたと思っていた母子草、復活。そちこちに。
「あすは何時におきるの?」
「6時」と息子。
「ゆっくりじゃないの。たとえ3時であろうが4時であろうが、朝食は必ず出すからね。お弁当も必ず作るからね」

 

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主の祈り

いったいこれはどうなるのだろう。
先がまったく見えない。
もうどう祈ったらいいか、
何が何だかわからない。
八つ裂きにされたこの心を
いったい誰にぶつければいいのか、
いったい何にどう訴えればいいのか…
   ことばもでない、
   そんなときのために、
   こんな祈り方があります。
イエスさまが、そんなときのために、
こう祈りなさいとパターンを教えてくださった、
それが主の祈り
 
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天にまします我らの父よ、
ねがわくは御名(みな)をあがめさせ給(たま)え、
御国(みくに)を来らせ給え、
御心(みこころ)の天になるごとく地にもなさせ給え、
我らの日用の糧(かて)を今日も与え給え、
我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく我らの罪をもゆるし給え、
我らを試みにあわせず悪より救い出し給え、
国と力と栄えとは限りなく汝(なんじ)のものなればなり、
アーメン

  

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きょうのことばー『天に座する主イエスの御業』その2

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きょうのインマヌエル盛岡キリスト教会(℡019-646-2924)、國光勝美牧師のメッセージは

説教題 『天に座する主イエスの御業』その2
 ペンテコステがいよいよ来週の聖日に迫りました。イースターに復活されたイエスさまは、しばしばお弟子さんたちに現れてくださいました。使徒の働きを見ますと、そのあと弟子たちはオリーブ山に集められます。イエスさまは彼らが見ている前で昇天します。イエスさまは以前にお弟子さんたちに、「聖霊があなたがたに降されるまで、あなたがたは都に留まっていなさい」、こう命じられたのでした。そしてイエスさまが昇天し、父なる神の右の座に着かれ、使命を成就したしるしとして弟子たちに聖霊が降された。それがペンテコステという大きなできごとでございました。お弟子さんたちが聖霊に満たされたときから、イエスさまを信じる人々が多く加えられキリスト教会が誕生していった。それを記念するのがペンテコステであるということを御前に覚えながら、きょうは前回に引き続き、天に帰って行かれた主イエスさまは、私たちのために何をしていてくださるのか。そのところを御聖言(みことば)を中心に確認をさせていただきたい、このように思っております。

 前回、私は、最初にみなさんに質問を致しました。「よみがえられた主イエスさまはいまどこにおられますか?」。それから、「いまあなたにとってイエスさまはどこにおられますか?」ある意味にたような質問でしたが、あなたにとって主イエスさまはどこにおられますか?」、この2つです。みなさんに問いかけてから1週間のあいだ、私も何回か自問自答しておりました。最初の問いかけに対する答はエペソ人への手紙1:20にあります。

20 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、
21 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。
 よみがえられたイエスさまは、天に帰られて父なる神の右の座に着座しておられます。それでは、そのお方はそこで何をなさっているのでしょうか。きょうはそのところに焦点を合わせてみましょう。
 
 イエスさまがなぜ十字架に架かられ、救いの御業を成し遂げ、天に帰り着座されたのか、これはヘブルの9章に書かれています。

23 ですから、天にあるものにかたどったものは、これらのものによってきよめられる必要がありました。しかし天にあるもの自体は、これよりもさらにすぐれたいけにえで、きよめられなければなりません。
24 キリストは、本物の模型にすぎない、手で造った聖所に入られたのではなく、天そのものに入られたのです。そして、今、私たちのために神の御前に現れてくださるのです。
25 それも、年ごとに自分の血を携えて聖所に入る大祭司とは違って、キリストは、ご自分を幾度もささげることはなさいません。
26 もしそうでなかったら、世の初めから幾度も苦難を受けなければならなかったでしょう。しかしキリストは、ただ一度、今の世の終わりに、ご自身をいけにえとして罪を取り除くために、来られたのです。

 意味のあることばです。イエスさまは、いまは私たちのために天の神の御前に現れていてくださるのですが、イエスさまは、かつてただ一度この世においでくださって罪を取り除くためにご自身を生贄とし血を流してくださった。何回もわたしは、血を流してくださったと強調しています。それは、同じヘブルの9章に
22 それで、律法によれば、すべてのものは血によってきよめられる、と言ってよいでしょう。また、血を注ぎ出すことがなければ、罪の赦しはないのです。
 
これが聖書がいうところの真理であり、神から離れて罪を犯して永遠の滅びに定められているものが、神に受け入れられるようにするため、つまり犯してしまった罪を赦していただくために、どうしても必要なのは、血が流されることであった。神さまはこの真理を教えてくださるために、古くから地上に一つの本物の模型のようなものを与えてくださって、その模型の中で真理を表す儀式を代々行わせることによって、今はあなた方は模型においてこのようにしているけれども、ほんとうはこのことを教えたかったのだよと、十字架の贖いを教えているわけであります。
 24節に「本物の模型にすぎない、手で造った聖所に入られたのではなく」とありますが、実はイスラエルの民、聖書の民に、神さまは、いにしえモーセを通して、目に見える形の儀式、宗教的な営みを行うようにと掟を命令なさいました。律法ともいいます。人間が罪許され神の前に出るためには、これは本物の雛形ではありますけれども、神の臨在を保障するところの幕屋、その聖所の中のさらに第2の幕によって隔てられている至聖所、そこに、大祭司が年に一度生贄の動物の血潮を携えて入っていきます。これは模型でありますが、模型は本物のイミテーションなのですが、ここでは模型とはいうものの、決して軽んじてはならないのです。その意味するところを理解すると一層本物の意味が深くわかるのですが。
 至聖所には契約の箱があります。この中にはモーセが神に与えられた石版が入れてあります。これには神ご自身が指で刻んだ十戒が記されています。またマナの入った金の壷、アロンの杖が入っていたといわれていますが、最も大切なのは十戒の石版です。詳しくは旧約聖書出エジプト記に書かれていますが、ここでは簡単に述べます。
 十戒、これは神さまの聖なる律法なのです。戒めです。定めです。神さまはこれを守り行うなら人は神の前に受け入れられる。つまり別の表現をするなら、永遠の命の源であるお方に近づき受け入れられる。この律法を守ることによって、まことの命を得ることができる。これに則って生きるようにと示されたのが律法なのです。これは人を生かすために神さまが定められた企画であったわけです。ところが、ここに非常にすばらしい逆説がある。人が神の前に受け入れられるのは、これをこの通りに行う者なのです。だれもそれに抗うことができない。しかもそれは、神が私たちを愛してくださったからこそ与えたものであるのに関わらず、私たちが、このモーセの律法に生きようとするとき、この律法には到底適う者ではないことを知る。その鏡があまりに素晴らしすぎて、そこに映る自分はとても神さまの前に立つことはできない。聖なるパラドックス、逆説と申しましたのはここなのです。どうしても律法を完全にはまもれない、自分が罪人であることを認めざるを得なくなってしまう。つまりモーセの律法によっては誰一人命を得ることができなくなってしまう。これは皮肉です。しかしこれが現実なのです。
 神さまはそれを神と人との貴い契約として契約の箱の中に書いた。その契約の箱を覆っているふたがあります。純金の「贖いのふた」がかぶせられています。そこには金を鍛造して作っ  たふたりの翼を上の方に伸べ広げたケルブという天使を模した像が向かい合わせで  取り付けられています。単数でケルブ、複数ではケルビムといいますが。「贖いのふた」、何のことかおわかりでしょうか。アダムの裔である私たちは生まれながら神さまの絶対的な正しい基準の中に残念ながら歩むことができません。そこで、私たちにまことの命を与えたく願っておられる神さまが、モーセの律法を完全に満たす生き方をされた御子イエスさまをこの地上に与えてくださった。このお方だけが、モーセの律法をことごとく全うした生き方をこの世において成してくださいました。
 あの変貌山でイエスさまがすがた変わりをされたとき、モーセが現れ、エリヤが現れ、何よりも天から声があって、「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」という父なる神さまの、イエスさまを完全な人としても生きられたことを証しする声がした。そのときイエスさまはそのまま天に帰られてもよかった。だからこそ神さまは栄光の姿に変えてくださったのです。しかしイエスさまはそのためではなく、ご自身を生贄として罪を取り除くために留まった。そのためにただ一度地上においでくださった方でした。つまり神さまから、「わたしは完全に生き罪のないあなたを喜ぶ」というおことばを受けられたイエスさまは、こんどは顔をかたくエルサレムの方に向けて十字架へと進んで行かれたのです。そして罪ある私たちにくだされるべきモーセの律法の神の裁きを、まったく罪のないイエスさまがぜんぶ引き受けてくださった。イエスさまは、他のこれまでの大祭司たちが年々に繰り返し雄羊の血、雄牛の血を流さなければ神に近づくことができなかったところに、身代わりとなって貴い血潮をただ一度流してくださるためにこの世においでくださった。ですからイエスさまの十字架の贖いがなされたとき、聖所の幕が上から下に向かって裂けたというくだりがありますが、まことの大祭司イエスさまの十字架の贖いの血によって神と人とを隔てていた幕屋の至聖所が開かれたのでした。
 契約の箱に戻りますと、モーセの律法がおさめられているそこに贖いのふたというものが置かれたのです。モーセの律法によって裁かれた私たちをイエスさまの十字架の贖いの蓋がそれを覆ってくださって、御使いたちが驚きの表情をもってそれを向かい合い見ている、それが地上に於ける模型のそれだったのです。しかしイエスさまはいま、まことの天に入って行かれた。そして御自分の血潮のゆえに、どうかわたしを信じる者たちの罪を赦し受け入れてください。なぜならあの者は、わたしを、自分の罪の贖いをしてくれた救い主として信じていますから、どうぞ、神さま、受け入れてください。こういっていまイエスさまは、天において執り成している。私たちのために、父なる神の御前で執り成していてくださる。なんという特権の中で私たちは生きているものでありましょうか。色々な面で欠点の多いこのような者を神の御子イエスさまは天において、あの者を受け入れてください。なぜなら、あの者はあなたに受け入れられる資格のあるものですと言ってくださる。悪魔はそれに対して、いいや、わたしはあの者に関する総てを記録している、知っていると悪魔はいうでしょう。サタンは夜昼聖徒を訴えるものとして聖書の中に出てまいります。しかし神の御子はお父さま、わたしの血に免じてどうぞこの者を受け入れてください。とうとい神の血潮がものをいうのです。どうかこのことを覚えましょう。もう一度ヘブル書を読み4:最後14節
 先ほど私は、「いまイエスさまはあなたのために何をしておられますか?」と問わせていただきました。もう一度ヘブル4:14~16を読んでみましょう。

14 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。
 どうか、この福音の信仰をしっかりと保ちつづけましょう。地上生涯この信仰をもって歩もうとするものたちを阻もうとする勢力がいっぱいあるでしょう。しかしどうか、天がありこの私たちの救いがあるということに気がついているのならば、どうか、わたしたちはいまこの持っております信仰を決して奪い去られてはなりません。わたしたちの信仰の告白をかたく保とうではありませんか。
15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

 先ほど申しました至聖所のなかにあるあの契約の箱、そこにそれを恵みの座というのですが、贖いのふたで覆われているあの恵みの座に大胆に、文語訳では憚らずしてとあったでしょうか、大胆に憚らずして、ウェスレーの注解には何でも申し上げるとありましたが、そうか、何でも申し上げていいんだ。私たち神さまに遠慮してませんか。子供っぽい弁え、遠慮をしていませんか。何でも申し上げてみてください。神さまの招きを全面的に信じていれば大胆に言えるはずです。神さまは大胆に恵みの座に出ることを願っている。我らの大祭司は私たちがそう出来るように絶えず私たちのために執り成していてくださるのです。

※短くするために例話など幾つか割愛してございます。ICレコーダーを用いていますが、尚聞き違いがある場合もございます。文責:中ぶんな

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雑感ー何か書かねば。一回書かねば。ー

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  眠い。とにかく眠い。
けれども何かを一回書こうとすれば。

 今朝は久方ぶりに子ども会の廃品回収があり、小屋から古新聞、古雑誌、段ボール、牛乳パックを出した。中がすっきりと空洞になる。集積所から自転車の籠に乗せて、所定の場所へと向かう小学生。「ごくろうさま、感心ね」というと、「いいえ、町内会のためですから」という答が返ってきた。“町内会のため”、お母さんがそのように教えてくださったものだろう。心温まった。spade

 庭の草むしりが追いつかない。草刈り鎌を持ち出して裏の木陰を草むしりならず、ザックザックと草刈りをする。カメムシ、アリ、ハナアブがわんと逃げ去る。そういえば、福島県は昆虫王国でもあるらしい。計測数字を睨みながら動く、目には見えない妖怪か怪物か悪鬼か、それ以上に易々とは消滅しない、1万年か1千万年か、恐ろしい時間を喰って“生きる”放射能という魔物に多くの人々は待避し、防護服に身を固めた、まるで宇宙空間にでも出かけるような恰好をした人々だけが、この危険区域を出入りし、被爆を覚悟で作業しているというのに、牛は馬は犬は、鶏は全くの無防備、悲しいばかりの“丸腰”でこの居住区、魔の居住区を徘徊し、残されたものに食らいつき、果てはエサもなく、或いは処分され、さまよい倒れてゆく。夥しい昆虫たちも放射能に汚染されて飛跳ね飛びかけている。なんという酷い光景だろう。
カエルは、ミミズは、ヘビはどうなっている?これらの小動物たちが汚染されて区域外に逃げ延びたとして、これを食する動物たちはどうなる?人が逃げ延びるだけでは済まない連鎖もあるだろう。
 ここにいる虫たち、草花ももしかすれば雨に風に打たれ微量の放射能を浴びてしまっているかもしれないけれど、おまえたち、せめてここで元気にしていてね。草むしりが大変でも、除草剤には頼らないから。それだけは安心していてね。diamond

 あとは何かなかったか。……そう、5個の菊の鉢に輪のついた添え木をさしこんであげた。もう30センチ丈となり、拠り所となる、寄りかかれそうな添え木がなくて、どこか所在なげだったのが、一斉に安心したように、もうこれからははみ出さずにまっしぐらに上へ上へと伸びるだけという表情になっている。もうすこししたらまた追肥してあげますからね。club

 トランプは4つのマーク。あと一つを末尾にポンと置くためには、もう一つ書かなければ。さて何があったか。まさか一日暮してこれ以上何も無いなどということがあるはずがない。
 そう、ジャーマンアイリスが咲き始めている。わたしはピンク色のがジャーマンアイリアスなのだと長いあいだ勘違いしていたけれど、裏庭にいま咲き出しているのもその仲間。ほんのりと甘い香りがする。ネットでお目当てのピンクを検索してみると、品切れ。品切れで良かった。これ以上増やしちゃい・け・な・い・かも。
 まだある。ヘブンリーブルーのアサガオを地植えしたところ、2本が枯れるかも知れない。3本人様に差し上げてあと2本残っているが、これは予備軍として取り置いておかなければ。苗作りで100パーセントの発芽をめざすことはさほど難しいことではない。特にアサガオは。しかし根付かせるには、100パーセント根付かせることはなかなかに発芽させるほど簡単にはいきそうにもない。
 トマトにも添え木。葉大根、小松菜をまだすこし早いけれど収穫し、どんどん食卓にのせる。三つ葉は至るところに芽を吹いている。これもどんどん食べよう。どんどんどんどんどんどん。heart

 こうしてみるとまた草花のことばかり。お宅には人はいないの? と訊かれそう。はい、主人と息子がおります。主人はきょうはご法事。息子はきょうは仕事もお休み。出かけております。そして人と認定されておりますかどうか、わたしというものも一人おります。これからは、このわたしを、すこし大事にしていこうかななどと考えております。
spadediamondclubheart

 まだまだ小姑さんが焼いてくれた美味しいクッキーも食べました。蕨のお煮しめもたべました。玄関に宗教団体の訪問がありました。認知症とおぼしき方がどうも電話番号を間違えたらしい電話がかかってきました。町内女性部のリサイクルバザーの回覧と添付紙片が届きました。近くのお店に食材を買いに行きました。あとはあとは……あとは、もうあとにしないと、社会にとってさほど有益でもないきょうのページの文字の羅列は節電に反することに。よってこれでおしまいといたします。

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父の涙


ギターのイラストnotenote

  父の涙
note 試聴

心に迫る 父の悲しみ
愛するひとり子を 十字架につけた

人の罪は 燃える火のよう
愛を知らずに 今日も過ぎてゆく

父が静かに 見つめていたのは
愛するひとり子の 傷ついた姿
人の罪を その身に背負い
父よ彼らを許してほしいと

十字架から あふれ流れる泉
それは 父の涙
十字架からあふれ流れる泉
それはイエスの愛

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

もう一つの告白
  父の涙note 試聴

心に迫る 父の悲しみ
愛するひとり子を 十字架につけた

俺の罪は 燃える火のよう
愛を知らずに 今日も過ぎてゆく

父が静かに 見つめていたのは
愛するひとり子の 傷ついた姿
俺の罪を その身に背負い
父よ彼らを許してあげてほしいと

十字架から あふれ流れる泉
それは 父の涙
十字架からあふれ流れる泉
それはイエスの愛

むむむむ……

俺の罪は 燃える火のよう
愛を知らずに 今日も過ぎてゆく

むむむむ……

十字架から あふれ流れる泉
それは 父の涙
十字架からあふれ流れる泉
それはイエスの愛


 

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暮しの変化

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 洗われたばかりの翠色の街路樹に立つ信号が赤に切り替わると、まるで樹木に真っ赤な実がなったように見える。この写真は28日の午後にあった同窓会総会の帰りに撮ったもの。信号の赤、これは発光ダイオード信号なので実際はもっと鮮やかなのです。
 写真は書く文章に関連したものというよりも、退屈なページをすこしでもカバーする、或いは何とか体裁を整えるために載せています。また文章に興味はなくとも写真だけは見ていただけるわけです。

 義父が亡くなったという実感がまだない。ただ戸籍謄本から名前が抹消されたのを見たときには確かにひとりの存在がこの社会からすがたを消したのだと一瞬厳粛な思いになりました。
 大きな声が、足音が、ドアを閉める音が家の中に聞こえていない、しかしこれも、いないという事実を引き出してはきません。洗濯物が減ったことも、さほど実感がありません。食事のしたくが楽になったことはあります。ただ義父が決してわがままであったわけではない。わたしのほうが、義父が好きなものも並べないと申し訳ないような気がしてできるだけ嗜好は考慮しただけのこと。ただ気持的にかなり楽になったことは確か。補聴器をつけても耳が遠かったので、毎日大声で話し、また食事中でも筆談が必要でしたが、それにはけっこう体力と気力が必要でした。しかしそれも今となっては大したことではなかった。病院通いはさまざまな科を必要としたので、随分と同行することとなった。そのときはこれで半日が、一日が潰れるなと思ったりもしたが、やがては自分もそうなるのだろう。リースで借りていた介護用ベッドをお返しするときに、「こんどは私がお世話になるときが来たときにおねがいします」と言ったけれども恐らくはそんな日も来るかもしれない。それといつの間にか義父の居城となっていた居間で過ごす時間が増えている。気兼ねせずに気楽に振る舞うことができる。
 やはりさまざまに遠慮をしながら暮してきたことを思う。遠慮を無くしたら義理の間というのはすぐに破綻を来すとわかっていた。だから遠慮し、我慢するところは我慢をしてきた。人情はある人物だったので我慢しかねるほど苛酷なことはなかったとも言える。
 しかしどうだろう、こちらが遠慮し義父に我慢していたのと同じぐらい義父もわたしに遠慮し私のさまざまな欠点を我慢していたに違いない、そう思う。

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祭壇

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 大きさは約2.5メートル四方、高さ15メートル。
キリストが生まれるまえには、この祭壇で、小羊、雄牛、やぎ、その他の動物のいけにえが捧げられた。しかしキリストが生贄として十字架に架かかり血を流してからは、動物を捧げなくとも神に近づくことができるようになった。

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