汝をまもるものは微睡たもうことなし

汝をまもるものは微睡(まどろみ)たもうことなし
きょうははやいめにやすもうとおもうけれども、と書きながら、いつもなら、やすもうとおもうが、と書いているところだな、などと思う。独白めいているときには無意識のうちにかたい言い回しになっているようだ。読んでくださる方があるかもしれないという意識が働いているときには丁寧な言い方となり、そういった意識が薄れたときにはかたくなる。さてきょうは…とおもうまでもなく、きょうははやいめにやすむことが必要だ。わたしがやすんでいるあいだにも、一睡もせずに見守っていてくださる存在がある。真夜中に目をさましたときでも、きっかりと目を見ひらいているという。子どもが赤ん坊だったときに熱をだした。一晩中見守っていた。いつ熱がさがるのだろう、真夜中にこの子が目をさましたときにも傍にいなければと。子どもも今そばにいるかを確かめるかのようにうっすらと目をひらくことがあった。それがいま自分をまどろみもせずに見守っていてくれる存在があるという。わたしが真夜中にほんとうにそこにいるかどうかをたしかめたときには必ずそこにいてくださるだろう。ほんとうにごくろうさま。これで朝までぐっすりとやすませていただきます。花粉症の鼻づまりでたまに目がさめるときもありますが、そのときにもどうか宜しく。そしてどうかお疲れになりませんように。
讃美歌 「キリストにはかえられません」 URL
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