« 家族の入院 | トップページ | 主のまもり »

「ヤッシャ・ハイフェッツ氏バイオリン大演奏會曲目①」は事実か幻かー大正十二年十一月 帝國ホテル演藝場にてー

ヤッシャ・ハイフェッツ(1901~1987)。ロシア生まれ。ユダヤ人。
7歳でメンデルスゾーンヴァイオリン協奏曲を演奏し、デビュー
12歳でアルトゥール・ニキシュに招かれベルリンデビュー
同年ニキシュの指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と演奏
1917年にはカーネギー・ホールアメリカデビュー
20世紀を代表する巨匠
演奏のテンポは概して速く、晩年になっても遅くなることはほとんどなかった。
(以上はWikipediaからです)

 エルマンがこのプログラムに記載された通りに来日したとすれば1923(大正12)年です。16歳でカーネギー・ホールでのデビューを果たし、22歳で来日。マシーンと見紛うばかりのハイテクニック。どれほどに輝かしさをまとっていたことか。動画があることに気づかされリンクすることに。参考として。できればチャイコフスキーをつなぎたかったのですが、この際これ以上の贅沢は望まないことにします。動画とブログ掲載のプログラムは関係ありません。念のために。

 大正時代にはクライスラーやエルマンやジンバリストも来日しています。彼らのプログラムはきちんとした活字印刷なのですが、ハイフェッツのだけが、ガリ版刷りのようです。これは関東大震災が大正12年9月1日でしたから、ハイフェッツが来日した大正12年11月はまだその直後ともいうべきとき。被災地そのままの状況下であったでしょう。

 来日したとすればと申しましたのは、帝国劇場は関東大震災で外郭を残して焼け落ちたということです。この度の関東東北大震災でわたしが楽しみにしていた小林研一郎のコンサートが中止となりました。このように幾多の催し物が中止となったでしょう。ハイフェッツのコンサートはプログラム上では関東大震災から3ヶ月経ったころです。果たしてこのコンサートは中止されたのでしょうか、それともハイフェッツは罹災救恤で来日してくれたものでしょうか。そしてもしかすれば場所を変えて演奏してくれたでしょうか。これが実際にあったコンサートであるか、あるいはプログラムだけの幻のコンサートとなってしまったのか、今後調べる機会があったのなら幸いです。

Scan10020
Scan10021
Scan10022

Scan10023
Scan10025
Scan10024
※三つ折りになっている裏表の一面ずつコピーしています。
 これはモノクロコピーしたものです。

|

« 家族の入院 | トップページ | 主のまもり »

音楽」カテゴリの記事

コメント

ハイフェッツの大正時代の来日公演についてですが、これは確かに開かれました。美談として、ハイフェッツはコンサートの収益金を震災の復興に当てるために寄付したということが言われています。
関東大震災の年は巨匠の来日ラッシュでクライスラー、エルマン以外にもウィリー・ブルメスターが来日しており、しかもブルメスターは日本で録音まで残したということは海外では余り知られていません。
またハイドンカルテットの音については大正時代のNipponophoneのテストプレスで音が残っているそうで、私の知人が音を持っています。

投稿: 田中隆雄 | 2011年4月 6日 (水) 15時07分

田中隆雄さま
この度の東北関東大震災に鑑み、ハイフェッツが罹災救恤で来日、収益を義援金にとこのブログにも書きたく思い、当時の東京朝日新聞から当たってみようと思いつつも家庭的事情により図書館にも行きかねておりましたところ、このように情報をお寄せ頂きまして感謝申し上げます。当時の名だたるヴァイオリニスト、あのエルマンでさえ顔色を失ったハイフェッツ。彼が確かに関東大震災のあの焼け跡に足跡を印して存分に弓を引いてくれたかと思うと想像するだけでも愉快でなりません。やっぱり来ていましたか!!
誇り高きハイドン・カルテットの妙音は如何にと思えども、私にはそれこそ高嶺の花と思われてなりません。
さまざまにお教えいただきまして大変有難うございました。
精進を重ねたく微力ながら努力してまいります。

投稿: 中ぶんな | 2011年4月 6日 (水) 23時43分

中ぶんな様、
はじめまして、Jascha Heifetzのヴァイオリン、音楽全般が大好きなアメリカ在住の兼業主婦です。私もここ数年いろいろHeifetzのことを調べておりまして、このページを拝読しました。Heifetzの震災後のチャリティーコンサートについては、このページ↓に詳細が書いてありました。また、このとき日本に向かう船の中で震災のことを知り、乗客を招いて船上でのチャリティーコンサートを行い、集まった寄付5000円前後(?)をすべて寄付したという話もどこかで読んだことがあります。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page081.html

7月26日に発売になったばかりのJascha Heifetz - God's FiddlerというDVDでも、この日本公演のことが触れられておりました。

http://www.peterrosenproductions.com/productions/jaschaheifetz/

ご参考になれば幸いです。

投稿: kyokotag | 2011年8月 1日 (月) 02時05分

kyokotagさま
Jascha Heifetz、参考になるページをお教えいただき感謝申し上げます。
実はまだ図書館にも行きかねておりました(縮図版を見るためですが)。ネットに出ていても実際活字でみないことには不安だという事もあります。また自分で当たってみると様々な“副産物”も手に入ることがあるわけです。図書館で調べ物をするには最低2、3時間は要ります。痛し痒しです。
船上でのチャリティー収益は3000円だったようですね。
Heifetzが大正5年にも来日していた、面白いはなしです。
彼の演奏はたしかにマシーン的。温みからいえば、当時の日本の多忠亮の弦の音が甘やか柔らかさを感じるところです。ただこれはほんの一部分を試聴していうに過ぎません。
何れプログラム一枚から私がHeifetzを類推した多くは的中していました。資料って面白いものだと思います。
私はこういうことをやるべきかと思いつつ、つい安閑と日を送ってしまっております。忙しいからとは言い訳でしょう。忙しくとも成果を出す方は出している。
何かに何処かに或いは神にであるかもしれませんが、申し訳なさを覚えております。
起爆剤たらんと書いてくださったかと思います。
感謝申し上げます。

投稿: 中ぶんな | 2011年8月 1日 (月) 11時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/461668/39414529

この記事へのトラックバック一覧です: 「ヤッシャ・ハイフェッツ氏バイオリン大演奏會曲目①」は事実か幻かー大正十二年十一月 帝國ホテル演藝場にてー:

« 家族の入院 | トップページ | 主のまもり »