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(わたしが)知っているようでよくは知らないバッハー聖トーマス教会カントルー

  じぶんが今日どのように過ごしたか、それはここに書いてひとが楽しめる、或いは参考になるといったものとはすこし違っている。きょう一日が天からわたしに与えられたわたしだけの一日であることには、社会的な価値とはまた別に大きな意味のあることではある。しかし読んだ方にはただ平凡で退屈なだけになるだろう。もたらすものが何もないでは申し訳がない。そんなふうに思われるときに、じぶんが知りたいと思うことを書き連ねている。
 
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 大バッハ。Wikipediaにも書いてあり、なにもここに書かなくともと思うのですが、これだけはと纏められているものを先ず知ることが、わたしの場合は、この後より親しみやすくなると思われます。


 バッハは聖トーマス教会のカントルでした。教会と附属学校の聖歌隊を指導する役目がありました。またライプツィヒ市全教会の音楽監督でもあった。当初カントルの候補は、彼のほかにもいました。3番目の候補者だったのです。しかし幸運なことに彼に白羽の矢が立ちました。最初の仕事は「ヨハネ受難曲」の演奏でした。以前から聖トーマス教会に頼まれていた作品です。「ヨハネ受難曲」「マタイ受難曲」「ミサ曲ロ短調」の3曲は現在でもよく演奏されています。バッハの深い信仰心が聴くひとの心を打つのです。「マタイ受難曲」の合唱の幕開けは聴く人に悲劇の始まりを予感させます。アリアとコラールが物語を美しく歌い上げます。彼は偉大な作曲家であり偉大な詩人でもありました。「ミサ曲ロ短調」の「サンクトゥス」は最も荘厳な宗教音楽と言われています。(Victor DVD 「バッハ物語」よりー岩手県立図書館蔵ー)

 「ミサ曲ロ短調」、この大曲が演奏されたのは去年の1月でした。盛岡で聴くことができた幸運。思えば夢のようなことでした。それを聴くために事前に何度も繰り返し聴いたことで、わたしなりに蓄積を得ることができたことも幸運でした。

 とは言いつつも今日聴いたのはヒルデガルトの「天空の光」と朝比奈隆のブルックナー9番。どちらも“ながら”。何かをしながら聴くのは、たしかに聴いたという実感が得られないのですが、これからは大いに“ながら”で聴くことに。うかうかしているうちに人生が終わってしまうこともあり得る。そのまえにはロ短調もまだまだ聴きたい。そして滑り込みセーフでも天の御国に入ることができたなら、「バッハ先生、ミサ曲ロ短調とトッカータとフーガはもう厭きるほど聴きました。厭きませんでしたけど。聴くことのできなかった曲もたくさん。先生はほんとうのところいったい何曲つくられたんですか?」と訊いてみよう。

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