昭和2年活動写真舘「紀念舘」主である圓子(円子)正、自作を指揮
随分と昔の新聞記事コピーを引っ張り出しスキャナを潜らせました。20年もまえにマイクロからコピーした記事を、当時はまさか自分がブログを公開するようになり、記事として掲載するだろうとは想像だにしませんでしたから、コピーにはもう○囲みしたり、傍線を引いたりの落書きだらけですが。
「紀念舘では今囘海軍軍樂隊出身の優秀なる樂士数名を招聘して充實したオーケストラを組織したのでその披露のため十八日から三日間に亘る公會堂映畫大會の休憩奏樂に出演することになったが演奏樂は同舘主作曲の秋の夜の夢で同氏がタクトをとるが和洋樂合奏となってゐる演奏時間は多分午後八時半となるだろう。」
岩手県公会堂は大正14年に着工。644日を費やして昭和2年に竣工となった。644日間多くの大工、左官、ガラス職人、レンガ職人その他の方々が労を注ぎ込まれた。この中の一人にわたしの友だちのお祖父さまがいらしたということを知り、公会堂がいよいよ身近となった。(設計者、請負業者名、当時の岩手県知事などのことは割愛)記事は、この公会堂の落成記念行事への参加である。
紀念舘主とは圓子正(2008年6月17日のブログに書いてございます)のことであり、貧苦の中にも盛岡に音楽の灯を絶やすまいと粉骨の努力を傾けた人物で、梅村保や赤沢長五郎に楽器の手ほどきをし大きな音楽的影響を与えた。
当時を知る方々は「紀念舘に行けば生演奏が聴ける」といったものだという。
この記事で圓子正が「秋の夜の夢」という曲を作曲していたことがわかる。楽譜が残っているかどうかは分からない。
もしかすればシェークスピアの「真夏の夜の夢」と関係はないだろうかと三日間に上映される映畫のプログラムを見たが、シェークスピアの映画はない。もしや「真夏の夜の夢」の向こうを張った? と、ちらりと過ぎったのは、やはりわたしの勘違いだったと思った。圓子正作曲の「秋の夜の夢」、どこかから楽譜が見つかり聴くことができたなら嬉しいのだが。
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