きょうのことばー『回復の福音』ー
きょうのインマヌエル盛岡キリスト教会(電話019-646-2924)國光勝美牧師の説教をお届けします。
説教題 『回復の福音』
聖書引証箇所 コロサイ書4:10
「10 私といっしょに囚人となっているアリスタルコが、あなたがたによろしくと言っています。バルナバのいとこであるマルコも同じです―この人については、もし彼があなたがたのところに行ったなら、歓迎するようにという指示をあなたがたは受けています。―」
3月の半ばのイムマヌエル第66次年会・聖会を迎えようとしておりますこのときに今に必要な恵をいただきたく、聖書の連続公開からすこし外れまして、唐突なようですがきょうはコロサイ書4章10節をお開き致し、これを足がかりとして、マルコという人物に心を向けてみましょう。
コロサイ4:10では、マルコという人物がバルナバのいとこであると言っています。このマルコは、聖書の「マルコの福音書」を書きました。なぜマルコを取上げるのか。それは説教題にあるとおり、マルコは見事に回復した人物だったからです。福音とはまさしくキリストの十字架の贖いによる救いであります。それをもう一歩深く別の表現をするならば、聖書の福音は、回復のメッセージであると言える。なぜなら、アダムとエバは罪を犯したが故に神との関係が絶たれてしまった。その神との関係の回復のためにもイエス・キリストに集約される神の救いが約束され、そして成就していると考えますと、福音とは回復とも同義である。その例証として、マルコという人物を聖書から開いてみましょう。
使徒の働きの12:12
「12 こうとわかったので、ペテロは、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家へ行った。そこには大ぜいの人が集まって、祈っていた。」
ここでマルコという人物がヨハネとも呼ばれている。聖書の中にはヨハネ伝を書いたヨハネとかバプテスマのヨハネといった、ヨハネという名前が多く登場しますが、マルコという人物もヨハネ・マルコと呼ぶ場合がございます。マルコがヨハネと呼ばれている。勿論このヨハネは「ヨハネの福音書」の記者であるヨハネとは別人です。バプテスマのヨハネもまったく別人です。ただマルコという人物が、ヨハネとも呼ばれていることを知っておくのはいいでしょう。
さてマルコの家で大勢の人が集まって祈っていた。ペテロは基督教会における重要な人物ですが、ヘロデ王によって牢屋に入れられ、翌日は処刑されることになっていた。使徒12章6節にあります。
「6 ところでヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれてふたりの兵士の間で寝ており、戸口には番兵たちが牢を監視していた。」
このペテロのために祈っているのが12章5節
「5 こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために熱心に祈り続けていた。」
この祈りの場所が実はこのマルコと呼ばれて居る人の家であった、という繋がりがおわかりいただけるとおもいます。ペテロは助かり御使いの導きによって、このマルコの家にやってきました。このことは青年マルコにとって、祈りがこたえられた!! という生涯的な経験だったでしょう。また言い伝えによりますと、イエスさまが最後の晩餐を召し上がった場所もマルコの家でありました。そればかりか、五旬節に120人近くの弟子達が祈っていたとき突然天から舌のごときものが現れてそれぞれの弟子達のうえに止まったというペンテコステののできごとがあったのも、これもまたマルコの家であったと言われています。いかにマルコがイエスさまの御生涯に深く関わっていたかがわかります。
またいま一つ、こんどはマルコの不名誉と思われるエピソードを「マルコの福音書」から見ていきたいと思います。マルコの福音書14章51、52節です。
「51 ある青年が、素はだに亜麻布を一枚まとったままで、イエスについて行ったところ、人々は彼を捕らえようとした。52 すると、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、はだかで逃げた。」
この場面は、イエスさまが、ゲッセマネで祈られた後、ローマの兵隊たちに捕縛され大祭司のもとに連行されるときのできごとです。このようなエピソードがなぜここに記されているのか。このある青年というのは勿論マルコ自身です。マルコ自身のちょっとしただらしなさを、あのとき亜麻布を脱ぎ捨てて逃げたのはわたしなのだとマルコは書いておきたかったのでしょう。これは面白いというか微笑ましいエピソードともいえるかもしれません。
いよいよこれから回復の福音という謂わば本題に入るのですが、こんどは由々しい出来事をマルコは私たちに残しております。
バルナバとあのパウロとのあいだに決定的な反目と離別が起きました。原因を作ったのは実はマルコでした。あのすばらしい福音書簡を書いたパウロが? と思われるでしょう。またバルナバは、当時のキリスト教社会からは疎まれていたパウロを認めた人物だったのです。パウロはクリスチャンになる前はクリスチャンを迫害の急先鋒でした。ですから劇的な回心をした後もクリスチャンの仲間には容易には受け入れて貰えなかった。バルナバは非常に心の広い人物であり、このパウロこそキリスト伝道の大器であると、タルソに一時引退を余儀なくされていたパウロを引っ張り出してきて、共に福音のために働こうとした。そんなときマルコの家に行き、とんでもない出来事を生じてしまった。それはどういうことかが使徒の働き15章にあります。先ずその前に理解していただくために使徒の働きの12章の25節を開きます。
「25 任務を果たしたバルナバとサウロは、マルコと呼ばれるヨハネを連れて、エルサレムから帰って来た。」
サウロとはパウロのことです。どこに帰ってきたかというと13章にアンテオケに帰ってきたとあります。アンテオケはパウロにとっては母教会のようになっていてそこを拠点として伝道旅行に出ていく。そのときにバルナバとパウロはマルコを連れて一緒に伝道旅行を始めたわけなんです。13章の2節をご覧ください。
「2 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、『バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい』と言われた。」
そこでバルナバとパウロは伝道のためにアンテオケから第一次伝道旅行に遣わされていくわけです。13章の13節
「13 パウロの一行は、パポスから船出して、パンフリヤのベルガに渡った。ここでヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰った。」
伝道旅行の途中でヨハネ、これはマルコのことですが、マルコは一行から離れてエルサレムに帰ってしまった。マルコがここでドロップアウトしてしまった理由ですが、初めは謂わばバルナバがキャプテンでした。サウロはバイスキャプテン。これは納得です。パウロをスカウトして表舞台にひっぱり出したのはバルナバでした。しかし所謂神様が用いてくださる働きにおいては明らかにバルナバよりもパウロの方が、全面に出て色々と働きを進めていった。バルナバの素晴らしいことは、パウロがすばらしい神様の器であることを誰よりも理解していた。神様がパウロを用いるのを心から喜んでいる。ところが、マルコはそうではなjかった。わたしのいとこのバルナバこそ主導権を握って然るべきだ。ところがいつの間にか13章13節を見ると明らかにスタンスがパウロの方に移行してしまっている。マルコは、パウロが主導権を握る旅を拒否して、一人エルサレムに帰ってしまったようです。勿論青年であったマルコには、その他にもこの伝道旅行が辛く厳しい旅であり、いよいよこれから奥地に向かって行くときに怖じけづいて逃げ帰ったのだという見方もできます。ですから先に語ったことだけが原因だったとは言えないでしょう。何れにせよマルコは伝道旅行を離脱してしまった。やがてこの第一次伝道旅行が終わり、14章の26節
「26 そこから船でアンテオケに帰った。そこには彼らがいま成し遂げた働きのために、以前神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。」
送り出された所、とはアンテオケのことです。
使徒の働きの15章には、エルサレム会議と呼ばれるキリスト教会の初期に於いては、人はどうすれば救われるか、モーセの掟を守ることなのか、それとも信仰によってなのかという一大教義問題が起りました。これに確たる決着をつけなければ一大事になるということで、これアンテオケではなく、やはり当時は教会の中心はエルサレムでしたので、アンテオケからバルナバとパウロがエルサレムに上って行き会議に参加。そしてパウロたちが主張する、人が掟によって救われるのではなく信仰によって救われるのだというところに衆議一決し危ういところを守られて15章の30節
「30 さて、一行は送り出されて、アンテオケに下り、教会の人々を集めて、手紙を手渡した。」
無事にエルサレム会議は終わりました。間違った教えに傾くことなく信仰によって救われるという基本線はしっかりと守ることができました。喜んでくださいといって彼らはアンテオケに帰っていったわけです。そして14章の35節
「35 パウロとバルナバはアンテオケにとどまって、ほかの多くの人々とともに、主のみことばを教え、宣べ伝えた。」
そして36節
「36 幾日かたって後、パウロはバルナバにこう言った。『先に主のことばを伝えたすべての町々の兄弟たちのところに、またたずねて行って、どうしているか見て来ようではありませんか。』」
第一次伝道旅行で福音を伝えた町の人たちがいったいどうなっているのか、もう一度訪ねようとしたのです。で、37節
「37 ところが、バルナバは、マルコとも呼ばれるヨハネもいっしょに連れて行くつもりであった。」
第一次伝道旅行でドロップしたマルコはエルサレムに帰っていきました。エルサレム会議に参加するため、アンテオケからいとこのバルナバとパウロがやってきました。そのときに関係を修復したのでしょう。そしてバルナバとパウロがエルサレム会議を終え、アンテオケに再び帰っていくときに、マルコを連れていった。バルナバには見る目があります。マルコは若気の至りで失敗した、けれども彼にもすばらしいところがある。彼のその素晴らしい恵みを引き出さなければと、ちょうどパウロを引っ張り出したように連れていったのでしょう。
バルナバはマルコと呼ばれるヨハネも一緒に連れて行きたい、そう提案したのですが、38節にありますが、パウロはがんとして承知しなかった。ダメだ、あんなヤツは絶対連れていけない。パンフリヤで一行から離れしまい仕事のために同行しなかったものは、一緒に連れていくことはできない。そして39節を見ると激しい反目となった。お互い最善を取ろうとした。バルナバの善意は痛いほどよくわかります。パウロの善意というのは人情には流されません。福音というものはほんとうに命を賭けて伝えていくそういう使命を持ったものが果たすべきものであって、誰が誰よりも尊く用いられているなどと妬み心を起こしたり、些細なことで尻尾を巻いて逃げるような者が仕えるものではない、絶対連れていかないとパウロは言ったでしょう。40節を見るとパウロはシラスという若者を選んで第一次伝道旅行のときも行ったわけです。そして方や39節、バルナバはマルコを連れて舟で地中海にあるキプロスに渡って伝道をする。
この深刻なマルコのエピソードは、先ほどは亜麻布を置いて裸でにげてしまったこととは違います。しかもこのエピソードは大きな大きな意味を持つ。これ以後10年間、マルコは表舞台には登場しません。
しかし新たに登場してきたときのマルコを見ようじゃありませんか。それは何を隠しましょうコロサイ書4章のところであります。これはパウロがローマの獄中にあったときに獄中書簡としてコロサイの教会にパウロが書き送った手紙です。囚人となっているパウロですから、40章の10節に
「10 私といっしょに囚人となっているアリスタルコが、あなたがたによろしくと言っています。バルナバのいとこであるマルコも同じです―この人については、もし彼があなたがたのところに行ったなら、歓迎するようにという指示をあなたがたは受けています。―」
コロサイの人たち、もしマルコがそちらに行ったら宜しくね、とパウロはこう念を押すように言っています。このときのマルコは囚人となっているパウロの近くにあってパウロに仕えているのです。それからみなさん、パウロがこの世を去る、つまり殉教する最期に書いた手紙が「テモテの第二の手紙」であることをご存じでしょう。パウロの遺書でもあるこの4章9節から。
「9 あなたは、何とかして、早く私のところに来てください。10 デマスは今の世を愛し、私を捨ててテサロニケに行ってしまい、また、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマテヤに行ったからです。11 ルカだけは私とともにおります。マルコを伴って、いっしょに来てください。彼は私の務めのために役に立つからです。」
パウロの気持の中にマルコがどのように位置づけられていたかが分かりますでしょう。どうかマルコを伴ってテモテに一緒に来てくれ。彼はわたしの務めのために役立つから。
このマルコの変貌がどの辺りにあったのか、非常に心引かれるところです。そして励まされるところです。なぜなら、変貌を遂げたマルコが登場してくるまでの10年間は、彼は自分の失敗、バルナバとパウロがあのような関係になってしまったことを思い巡らし、なぜわたしはあのときに帰ってしまったのだろうか。恐らく彼は徹底的に砕かれたでしょう。バルナバよりパウロのほうが神様に用いられているのを見てわたしはバルナバが軽んじられるように思われ面白くなかった。神様の前に何と人間的な思いを持ってしまったのだろうか。
このとき失敗して彼が信仰からドロップアウとしようと思えばその危険性というのはいくらでもあったと思います。失敗というのはそういうものです。失敗したときに、ああ、自分のようなものはもうダメだ、といって離れてしまうという危険性はいくらでもあります。しかし、マルコのすばらしいところは、自分の大きな失敗をしっかりと受けとめて、彼は神様の前に真実に扱われたのです。徹底的に扱われたからこそ10年経ったとき、パウロはマルコを彼はわたしのために有益だと言い、どうかマルコを連れて一緒に来てくれと言ったのです。
マルコの最大の貢献は、「マルコの福音書」を私たちに残してくれたことです。もしマルコがあの失敗のために、ああ、もう自分のようなものは神様の前に何の役にも立たない者だと自暴自棄になり信仰から外れてしまったならば、私たちが手にしているマルコの福音書はなかった。しかしマルコは回復してこの福音書を書いたのでした。
マルコはイエスさまの筆頭弟子であるペテロによって信仰に導かれたと言われています。第一ペテロの5章13節でペテロがこう言っています。
「13 バビロンにいる、あなたがたとともに選ばれた婦人がよろしくと言っています。また私の子マルコもよろしくと言っています。」
このペテロの表現から学者達は、マルコがペテロによって信仰に導かれたと説いています。これは容易に想像できます。
最期の晩餐の時の場所がマルコの家であったこと、ペテロがイエスさまを裏切ったときに鶏が鳴き、そのときに裸のせいで…などと、さまざまマルコの実体験を思いますが、何よりもマルコはイエスさまの近くいたペテロからイエス様の一生というものをようく聞いていた。そしてマルコは自分自身の使命としてペテロから聞いたイエスさまの伝記をいちばん初めにまとめた。おそらくマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネとありますけれども、この「マルコの福音書」が一番早くまとめられたといわれている。それにはこういう背景があったのです。あのマルコがまとめてくれたのです。
なぜきょうわたしがこのようなことを言うのか、それは私たちと同じような弱さを持った、失敗もある、その者がほんとうに神様の前に悔い改めて、そして扱われていくのならば、その人でなければならない素晴らしい神様の働きを担うことができるということです。それが福音なのです。回復の福音なのです。
※若干割愛編集してございます。文責:中ぶんな
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