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朝比奈隆のブルックナー

 指揮者が曲をいったいどのような解釈を交えて音づくりをしていくものかには、音楽の専門知識が希薄であるものにとっても興味のあることだった。聴いている指揮者の数もそう多くはないが、その中で朝比奈隆のことばが、ああ、そうなのかと一つの納得をくれた。

 朝比奈隆はブルックナーについてこういっている
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「ブルックナーの作品解釈で一番いけないのは弾き易くすることなんです、弦楽器を。ヴァイオリンだったら、一ケ所スラーをかけると弾き易くなるのがあるでしょう。そうじゃなくてそれを全部書かれた通りに弾かないとブルックナーの音は死んでしまうんです。」
「自分を無にしなければ人の作品の中へ入れないですよ。やはりブルックナーのミサをやるときは、カテドラルでやりたいですね。素朴な十字架を見てただやるんです。それしか演奏家の道はない。ところがそれがわかるのに何十年もかかるんです。」
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 朝比奈が楽譜の原典どおりの演奏を心がけるようになったのは、50歳を超えてからだという。それまではやはり楽譜に書きこみをやっていたのだ。しかし後になると、「わたしたちは職人…作曲者のつくった作品を、できるだけ忠実に聴衆の耳に伝える、いわゆる音の再生職人なんです。」とまで言い切っている。
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 私が「これが朝比奈だ」と思って聴いた2000年収録の「最後のベートーベン交響曲全集」や1997~2000年収録のブルックナーの交響曲の4、8、9番は、もっとも作曲者の創作意図に適った演奏なのだ。ただこの時点でも朝比奈はブルックナーがどんなことを考えて書いたかはわからないと言っている。わからないけれども絶対に信頼をすることにしたのだと。

 一時期展開の早い、ダイナミック、ドラマテッィクな演奏ばかりを追うようにして聴いた自分が出会うべきことばだったように思う。bell

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