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2010年12月

大荒れの大晦日にー2010年の感謝ー

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 大荒れの大晦日となりました。これは夕方6時ごろの写真です。午前中はいっとき雨がふり、あれあれとおもったのですが。夕食の後片付けを終えて一段落してみると横殴りの風。窓に吹き付けられた雪が角にカーブを描きながらたまってゆきます。しかしこの厳しい冬のさ中にも、春はちゃんとこの雪のしたで出番を待っているわけです。
 昼間には雪掻きをしていた息子たち。帰省した同級生たちとの約束があるようですが、こんな天気でも出かけるつもりのようです。pencil

 ことしほど3年とも5年とも思われた一年はありませんでした。充実していたかというと、例年よりはまともだった、しかし、それとおなじくらいの失敗もあった。予定をすっかり忘れてしまって人様に迷惑をおかけしたこと。やるべきことを抱えすぎて取りこぼしがあったこと。
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 2010年写真ハイライト

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        白いヒメオドリコソウ

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       アガバンサス

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ことしの猛暑から守ってくれた椅子とテーブル

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        月下美人の蕾

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 ことしも写真でたどりますだけでも豊かな一年であったこと、ほんとうにみなさまに生かされた一年であったことを深く感謝いたします。ありがとうございました。

 「主に感謝せよ。主はまことに慈しみ深い。その恵はとこしえまで。」
 

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シモバシラ

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 シモバシラの写真2枚。盛岡市清水町の佐藤明子さんが岩手大学の植物園で撮影。
きょう盛岡市の中央郵便局を出て道路の向かいにある喫茶サンを見ると、写真の個展をしている。どんな写真かなと扉をあけると、暁の太陽の写真が並んでいた。会社の休みを利用してはカメラ片手に被写体を追いかけていらっしゃる。そこで頂戴したのがこの写真である。

 シモバシラを撮った写真があると聞いたとき、てっきりやわらかな土を持ち上げるあの地表の夥しい氷柱のことだと思った。しかし、それが植物であると知って興味がわいた。

 WIKIによると
シモバシラが生えていたところには、冬になると氷柱ができる。シモバシラの茎は冬になると枯れてしまうが、根はその後長い間活動を続けるため、枯れた茎の道管に水が吸い上げられ続ける。そして、外気温が氷点下になると、道管内の水が凍って、茎から氷柱ができる。この現象は、地中の根が凍るまで続く。
シモバシラの花はこちら

 あとになって思い出したのだが、子どものころに林の中で見たことがある。雪寄草ともいうらしい。

 わたしがこれまで撮った写真はほとんど消してしまった。まだ保存してあるものと、これから撮るものをあわせたなら、このような個展ができるかもしれない。

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雪雪雪

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  一枚目はきのう、二枚目はおとといの写真です。
昨夜は雨がふりました。

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「いわての文芸誌天気図 VOL9」 好評発売中!

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  立川ゆかり氏の編集後記(原文のとおり)
●今号は、直木賞作家の高橋克彦氏に巻頭を寄稿していただいた。それが書く炎を燃えあがらせたのか。特にふれ回ったわけでもないのに我も我もと原稿が集まった。結果、創刊以来初の200ページ超え。氏が望む通りにはたして調理せずとも美味しく食べられるテーマに巡りあえたのか。それは読者の皆さんが判断してくれるだろう。
●「調理は無用」は、書くテーマさえ吟味すれば「あなたも作家になれる、かもしれない」ことを的確に書いてあった。なるほど、である。目標とするきざしが見えた者もいる。氏に感謝しつつ、あとは油断なく結果として返さねばならない。ありがとうございました。
●四号から同人となり闘病を続けながらも執筆に情熱を燃やした高野京子氏が七月に天のひととなった。「一度きりの人生を悔いなく生きました」と喪主である旦那様からの言葉。悔いなく生きつつ、きっとあちらでもペンを握り新作の構想を練っていることだろう。ご冥福をお祈り申し上げます。
●投稿作品が今号も多数寄せられた。吟味して読ませていただいたが掲載には至らなかった。真面目に書いているのはわかるが「読ませる」と真面目は違うのである。めげず、精進して再投稿を願いたい。
●やえがしこうぞう氏が芸術祭の児童文学部門で芸術祭賞を受賞した。氏の実力をもってすれば当然のことだろう。また、今号では、はらまもる氏に特別参加していただいた。嬉しい限りである。

 

各書店に出ております。是非手にとってご覧ください。

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「第九」を聴く

※26日日曜日の「きょうのことば」の続きは、26日のページに書き足してございます。pencil

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 25日土曜日16時からのコンサートだった。当日は0時半より某ホテルで、ある方のお葬儀があった。随分と迷った。告別式当日の「第九」である。主人に、私に代わって行く気持がないかどうか尋ねると、出かけるつもりはないということで、97歳で亡くなられたということで、天寿を全うされたのだと考え、コンサートに行くことに。
 告別式終了後、一旦家に帰るつもりだったが、圧雪で交通も渋滞。時間までにまた会場まで戻れるか自信がないので、最寄りで簡単な昼食を摂り、早々とマリオスに。こういったときは滑り込みセーフが常。このように早すぎたことは初めてだ。ところが、チケットを出して席を確かめていると、出演の中学生のおまごさんを見にきたというご婦人が話しかけてくれ、時間はあっという間に。この方全国転勤のご主人とともに幾つかの都市を歩かれ、退職で盛岡に落ち着かれ、そのお陰で、こうして孫が第九を歌うという姿を見ることができると、きょうのステージに乗るひまでのことを感慨深げにお話くださった。

 今回は打楽器の効果に耳を澄ませた。もっとも打楽器がより大きく聞こえ、比較的よく見える位置にいたわけだから。久しぶりに聞く第九だった。ソリストの納得のゆく声量、素晴らしさ。そして終始一貫し、びーっと芯のとおった合唱は感動でした。拍手の嵐。久しぶりに手が千切れそうなくらい拍手しました。

 5時過ぎると、夕食、家のようすが心配となるのは主婦の性。終演の5時半近くに真っ先にマリオスを飛び出し、滅多にタクシーは使わないのですが、時間節約のために、滑って転倒しないように注意しながら小走りに駆け飛び乗り一安心。これで無事家に着くはず。ところが、圧雪の凸凹道。車渋滞。遅々として進まない。まずい、まずい、まずい。それでも何とか6時には帰着。舅はお冠。しかし7時にはしっかと食事を整えました。しっかといっても豪華というのではなく、午前に予定していたとおりのメニューを何とか食卓にアップしたわけでした。

 亡くなられた方のこと、第九のこと、この二つの重大事の25日のクリスマスでした。

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きょうのことばー『ただ、おことばをください』ー

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  大雪がふったきょう、教会ではとても除雪が間に合わないだろうとおもい、幹道から外れる地点に車を置いて途中から歩いていったところが、いつもの台数が入るのに十分なスペースが除雪されていました。まちのいたるところで、終日除雪する姿が見られたきょうでした。

 さて、きょうのインマヌエル盛岡キリスト教会(國光勝美牧師・國光ひろ子牧師)のメッセージは
説教題:『ただ、おことばをください』
聖書引用箇所:マタイ伝8:5~13

5 イエスがカペナウムに入られると、ひとりの百人隊長がみもとに来て、懇願して、
6 言った。「主よ。私のしもべが中風で、家に寝ていて、ひどく苦しんでいます。」
7 イエスは彼に言われた。「行って、直してあげよう。」
8 しかし、百人隊長は答えて言った。「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。
9 と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私自身の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。」
10 イエスは、これを聞いて驚かれ、ついて来た人たちにこう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしはイスラエルのうちのだれにも、このような信仰を見たことがありません。
11 あなたがたに言いますが、たくさんの人が東からも西からも来て、天の御国で、アブラハム、イサク、ヤコブといっしょに食卓に着きます。
12 しかし、御国の子らは外の暗やみに放り出され、そこで泣いて歯ぎしりするのです。」
13 それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。


 大雪の朝となりました。隣の公園でスチールの物差しを突き立てると40㌢でした。交通機関も渋滞しているでしょう。
 昨日はーこの教会のー兄弟の告別式でした。遺族の方々もいま疲労のピークにあるのではないかと思います。主の御支えと生きる希望が与えられますようにと祈っております。

 きょうはマタイ伝にある百人隊長のところを開いて年末感謝礼拝のメッセージを取次ぎたく思っています。
 亡くなられた兄弟の容態の異変を知らされた前後、全能の神を信じ、憐れみを信じて祈りました。神の憐れみがもうひとたび加えられますようにと。
 私たちはラザロを救ってくださったことをアーメンと頷き
、全能の神を紛れもなく信じ、主のなさることに遅すぎるということはない確信を聖書のおことばからもっています。一方、ダブルスタンダードに立っているクリスチャンがいます。ダブルスタンダード。辞書によると「仲間内と部外者、国内向けと外国向けなどのように、対象によって異なった価値判断の基準を使い分けること」とあります。おことばの真理と世の中の価値観を状況によって使い分ける。クリスチャンはこのことに安易になりがちなのではないでしょうか。これは自省を含めてのことです。
 自問自答しながら、信仰とは何か、はたしてダブルスタンダードは赦されているのだろうか。それはないはずだ。聖書ではこういっているけれども現実はこうじゃないか。たしかにラザロを甦らせた全能の神を信じる。しかし、みんなが癒されたなら死に至る病はなくなるじゃないか。いくらお祈りしてもその通りにならない、そう思いがちです。しかし神の業はもっともよいときに為されます。

                           つづく

 ー この下に、きのうの続きを書かせていただきます。ここからは12月27日に書き足した分となります。年末で何かと忙しく落ち着き無くおります。何卒ご容赦ください。また記事は要約してあります。例話も割愛したところもございます。ー

 イエスさまがお喜びになるのはどのような信仰でしょうか。一般の方々から見て異常と思えるような、狂信者のような在り方は聖書のいっている信仰ではありません。イエスさまがお喜びになられた信仰者がいます。マタイ8:10に「イエスは、これを聞いて驚かれ、ついて来た人たちにこう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしはイスラエルのうちのだれにも、このような信仰を見たことがありません。」とありますが、こうまでイエスさまが絶賛された百人隊長の信仰は8:5~にあるとおりです。この百人隊長のしもべが病気だった。この時代のしもべはふつう使い捨てのような存在だったでしょう。しかしこの百人隊長は何とか助けたくイエスさまに懇願したところ、イエスさまは、行って直してあげようと仰ったのに対し、わざわざご足労いただくまでもなく「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。」、ただおことばをいただくだけで十分だと彼はいいました。彼は御言が神の権威に裏打ちされていることを理解していました。決しておみくじやお札さえ貰えばといったような意識ではありません。「私も権威の下にある者ですが、私自身の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。」」。御言の背後にある権威、ことばと権威の関わりをよく知っているものとして、彼はイエスさまにおことばを懇願したのでした。イエスさまはこれを聞いて驚かれたのでした。

 さきほどのダブルスタンダードがわたしたちクリスチャンにあってはならない。ではそれを見事に調和するのは何なのかと自問自答したときに、さきほどイエスさまを驚嘆せしめた権威、権威というものとの理解、関わり、それに集約される。ここにすべての解決のカギがある。ダブルスタンダードを変える、いや、それを超えるほんとうのわたしたちクリスチャン信仰の土台は権威というものにある。クリスチャンとしてわたしたちは、どれだけ権威あるお方に仕えているでしょう。そのところに大きな光を頂戴しました。主人の命令を権威の下にあっておことばをきくという生活をしていないと、それをいい加減にした生き方をするということは、即ち、それは権威を認めていないということになってしまうのです。

 きょう一日の始まりをおことばを聞かずしてスタートするなら、わたしの生涯の権威者を誰?とそこに疑問を生じさせる。朝、神様の前におことばを聞くことをしないなら、それはクリスチャンではあったとしても、神様のおことばの権威をないがしろにしている。主人のことばというものにいい加減な理解、観念しかもっていないそういうクリスチャンということになります。

 これは落語ですが、そそっかしいでっちの噺です。

「おまえ、ちょっと郵便局に行ってきてくれ」/「ヘ~イ」/「おいおいあいつ何をしてくれといわないうちに飛んでったよ」。しばらくしすると、でっちが帰ってきて、「旦那様、郵便局に行ってきました。大丈夫、何にもありませんでした」/「馬鹿!郵便局で何をしてもらいたいのかをお前はきかないで出ていってしまった。だからおまえはそそっかしいんだ」

 そそっかしいでっちの話なんですけれども、案外わたしたちやってるんじゃありませんか。案外こういうクリスチャンやってるんじゃないですか。たしかにクリスチャンなんです。だけれどもご主人からのおことばを聞かずして、ヘ~イ、といってその一日をスタートしてしまう。先ず何をしてもらいたいのかを聞かないでしまう。私は主の権威のもとにある、わたしたちの信仰生活の基礎として主のことばを聞く、それに従うという根本をしっかりと捉えているならば、私たちはイエスさまを驚嘆させるかどうかは別としてもイエスさまに満足をしていただけるような歩みができるでしょう。おことばを聞くということは、わたしの主人はあなたですと証しすることなのです。私はきょう、年末の感謝礼拝のおことばをくださいと主の前に出ようではないか、そして新しい年を始めようではないかと思いますのは、実はそのことなんです。どうかわたしたちが、そそっかしいでっちのようにならないようにいたしたく思います。

 一日を始めるにあたり、主が何を期待し命じておられるかをしっかりと求めて、一日を始める、そういう生活が習慣づけられますと主のおことばというものに絶対的な権威とその信頼を得て、それに生きることができるようになってくる。それがクリスチャン信仰生活であるとするならば、そのようにやっていればダブルスタンダードなどということは超越するんですね。問題の解決方法として、こういう問題が起きたらこういう解決法があるというマニアルに則った解決というものもあるでしょう。しかしこういう事にはこういう解決があるというときに、これを超えた権威を認めるとき、解決されない問題には悩まされなくなる。というのは、すべてのものを支配しておられる全能の神様のもとにすべてがあるのだから、いまわたしが直面している課題も権威あるお方のお許しのもとにあるのだからと納得することができる。
 病のとき癒してくださいと祈る。でも人間的な疑惑と現代の医学から見て癒してくださいという祈りが答えられなかったという表現は適切かどうか、こたえられなかった。しかし私たちが権威の下に信仰生活を送るとき、そういった現実を超越した全能の神様がすべてのものを最善に導き為してくださるということも納得できる。ダブルスタンダードなどということで逃げているのではなく、ほんとうにそうなる。主はそう為してくださる。深い意味に於いて納得することができる。これがわたしたちのクリスチャン信仰のイエスさまから認めていただくことのできる生き方ではないだろうか、そう言えるのではないかと思います。極めて乱暴ないい方をするのならば、このとき癒された百人隊長のしもべや、復活したラザロもその後は死んでいる。そういう意味で、祈っても願っている形で答が得られないことはある。しかしそれは常識的なこととして、ああ聖書ではこういっていると簡単にダブルスタンダード的な考え方生き方をするのではなく、その中に真剣に身を置いてイエスさまの権威に心を留めて信頼を置くときにおことばが与えられ、ほんとうの解決が得られる。これが勝利なのです。わたしはそのことを皆様方とともにこの朝心に留めさせていただきたいと願っております。

 いま大きな喜びとしては、T姉妹からクリスマスカードが届き、神は憐れんでくださると何とも言えない喜びがありました。また長野県の上田教会の先生からお電話があり、Aさんの息子さんが熱心に求道しておられるという連絡。大きな喜びでした。このように神は亡くなられた兄弟のための祈りは私たちの望むようには答えられないとしても、祈り続けていると、別な形でこのような答を下さる。必ず何らかの形で答えてくださいます。祈っていれば全能の神様が御業を為してくださるとの確信を得たことでした。

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まだまだ降り積る

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 22時ごろ戸をあけてみると、埋もれゆく車。

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   こんな雪の夜も緑のあるやすらぎ。

   ◆  ◆  ◆  ◆

 

きょうは97歳で亡くなられた方の告別式がありました。
 2時間後にはコンサートでした。97歳という帰天、おそらくコンサートも許されるのではとおもいました。帰りの圧雪、凍結に車の渋滞。それでも何とか6時には帰ることができました。時々居眠りしながら書いていますが、またキーの押し間違いがでないうちに閉じようと思います。

  

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マザー・テレサのことば

 マザー・テレサのことばに躊躇することがあります。裏返せば、わたしはまだまだそのようにはなっていない、或いは、とてもそのようにはなれない、それを自覚し自認するからです。そんなひとりである自分ですが、赦しのもとに、マザー・テレサのことばを尊いものとして掲げさせていただきます。

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 今日福音のために最も尽くしている人物は、ヨハネ23世、ルーサー・キング、ガンジー…などのうち誰かときいたジャーナリストに対してマザーは答えました。
 「今日の世界で最も重要な人は貧しいひとであると思います。貧しい人は苦しみ、辛い仕事をする力をもっているのですから…」

 雪です。白い点描の向こうに青いクリスマスイルミネーションが点滅しています。あすは銀世界になるでしょう。

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クリスマスキャンドルは灯りました

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 厳かで静かな奏楽にはじまり、8曲の讃美歌が歌われ、イザヤ書の交読。奨励。トーン・チャイム演奏。頌栄、祝祷。
 「きよしこの夜」を讃美したあとで、前列から後列へとキャンドルが次つぎに点されていきました。イエスさまがこの世の暗闇に光としておいでくださった事を感謝しつつ。

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キャンドルを点そう

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キャンドルをそう!
     インマヌエル盛岡キリスト教会 (クリックで地図)

            12/23(木)18:00~19:00

※このチラシは教会の姉妹が制作くださいました。

     ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょうは一日雨。夕方40分ばかり主人と最寄りのスーパーに買い物に出たほかは終日家の中で過ごした。
 夜の8時半を回ったが依然強風が外壁を煽っている。たまに障子紙がくふくふと鳴る。明け方には風速が11メートルともなるようだ。一刻もはやくこの陰々としたときが過ぎ去って欲しい。いま樹木が激しく揺さぶられる音がしている。クリスマスイルミネーションを点滅させている家もあるが、どのようにしているだろう。この冬は米価が下がり、冬場の仕事を見つけるのも厳しい状況下、雨風は誰の身にもこたえる。

 家の中の階段を駆けのぼる足音。
 威力を増し加えた風が唸っている。
 救急車のサイレン
 樹木のざわめき
 ヴィヴァルディの冬が
 耳の奧に過ぎる。
 しかし
 外は泥水と
 濁流
 
 こんなときにも
 なぜか
 自分のまわりにあって
 自分を包むのではなく
 自分の内側にあって
 自分を包むシェルターがある

 「神われらとともに在す」

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感謝です

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 きょうは早いめにやすもうと思うが、一回更新を外したくないなとここにいる。
 年末になると、流石にふだん見過ごしてきた汚れが気になりだす。きょうは電子レンジとオーブントースター。冷蔵庫の中も、日にちが経ってしまった食品を処分するなり、火を通すなりする。などと書いても、読んでいただく方々にはすこしも面白くないだろう。実際決まり切った時間が決まり切ったように進んだ一日だった。と書けば益々面白くなくなる。
 しかしこの一日に感謝です。いよいよつまらないかもしれません。それでも今日このように生かされた事がいかに有り難いことであるか。きょうもこの紋切り型を更新します。

 

そうでした。ことしの教会での交換プレゼントは、写真のカードとコーヒーでした。

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 これでまたコーヒータイムが楽しみに。

※誤操作かパソコンの不具合で昨日公開した記事「マザー・テレサのことば」が消えてしまいました。お詫びいたします。

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きょうのことばー『クリスマスの意味』ー

           

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 待ち望んだクリスマス礼拝のきょう、礼拝ではトーンチャイムが澄んだ響きで演奏されました。昼には持ち寄りの美味しいお昼。祝会ではクリスマスのDVDを観たり、姉妹の愉快な司会に爆笑しながら幾通りものゲームをし、兄弟姉妹のギターの演奏、詩吟に耳を傾け、牧者の手品も登場。ケーキをいただき、プレゼント交換をし、みんなで歌ったのは讃美歌。ハレルヤ!!

この日、インマヌエル盛岡キリスト教会の國光勝美牧師によって語られたメッセージをお伝えします。

説教題 『クリスマスの意味』クリスマス礼拝講壇
聖書引用箇所 ルカ伝2:8~20

8 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現れて、神を賛美して言った。14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」15 御使いたちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼いたちは互いに話し合った。「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」16 そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。17 それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。18 それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。19 しかしマリヤは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。20 羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

 2010年のクリスマスをこのようにクリスチャンとともに守ることができ感謝しております。
 クリスマスおめでとおうございます。
 日本キリスト教団の讃美歌107番「馬槽(まぶね)のかたえに」があります。

1馬槽(まぶね)のかたえに  我は立ちて
 受けたる賜物(たまもの)  献(ささ)げまつる
 命の命よ  我が物すべてを  取りてよみし給え

2救いの御恵(みめぐ)み  我が身に満ち
 輝く御姿  心に映(は)ゆ
 妙(たえ)なる我が主よ  君より離れて 
 我はいずこに行かん

3きらめく明星(あかぼし)  厩(うまや)に照り
 わびしき乾草(ほしぐさ)  馬槽に散る
 黄金(こがね)のゆりかご  錦の産着(うぶぎ)ぞ
 君にふさわしきを

4この世の栄えを  望みまさず
 我らに代わりて  悩み給う
 貴き貧しさ  知り得し我が身は 
 いかにたたえまつらん

 この讃美歌の歌詞は、クリスマスの意味そのものです。

 2010年を振り返りますと、喜ばしいニュースの一つは、6月に小惑星「イトカワ」への探査機「はやぶさ」が60億㎞の旅から帰還し、小惑星から表面の物質(サンプル)を持ち帰ったことでした。サンプル、微粒子を分析することによって、惑星、太陽系の成り立ちを探ることができるのです。クリスマスの出来事もこれと似ています。持ち帰られれた微粒子が巨大な太陽系の手掛かりとなるとすれば、、イエスさまがこの地上にお生まれになったのは、世の中から見ればごく一般的で、謂わば惑星の微粒子のように小さなことでした。ベツレヘムにはこれ以上に衆目を引く出来事は他にたくさんあったはずです。しかしただ一度このお方を見るだけで、神様とはどういうお方であり、人間とはいったいどういうものであるかが理解できるのです。イエスさまは、神さまを知ることのできる最大のカプセルの発見である、その恵を思います。

 クリスマスの意味を3つの角度から考えてみましょう。
Ⅰ、失われた人をさがして救うために来られた。
 失われた人をさがして救うためにクリスマスしてくださった。
 ルカ19:9、10には

9 イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。10 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」
 とあります。失われた人とは。
 みなさんは携帯電話を持っているでしょう。私もひろ子先生もそうですが、たまに、「どこに置いたっけ」と探すことがあります。「どこだっけ?」「さあ…」。「呼び出してみようか」「あれ、どこで鳴ってるのかな…」「車の中だ!」といった具合です。みなさんもこのような経験があるでしょう。これは失われている携帯電話です。多機能で便利な携帯電話。しかしこれが手元に無いとしたら失われている状態です。
 神に似せて神のごとくに造られた人間が、神のもとから失われてしまっているとしたら。
 
神のもとから離れて、あなたはいったいどこにいるのか?
 神がクリスマスしてくださったのは、このように神のもとから離れている人間をさがして救うためなのです。スイッチが切ってあったり、マナーモードにしてあると、呼び出しても見出すことができません。人間は感謝な事に応答できる予備電力というか待ち状態にあります。待機能力があります。神がさがすのは、私たちが呼びかけに応じることができる能力、恵を持っているからなのです。「あなたはどこにいるのか?あなたを救うために来たんだよ」と、神の声はいつでも満ちているのです。この神のさがしもとめ給う声に「はい、私はあなたのもとに行きたい、応じます」と答えられたなら何と幸いでしょう。

Ⅱ、仕えるためにイエスは来られた。
 マタイ20:28には次のようにあります。

28 人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです。
 これがクリスマスの第2番目の意味です。
 わたしは昨日、ヒソプ工房のクリスマス祝会でお話をさせていただきました。そこで率直に考えさせられた事があります。もしスタッフの方々が、施設に通っている方々に手伝ってあげなければできないのだ、と思いこんでいたとしたら、これは上からの目線ということになります。これは仕える姿勢ではありません。その方々と同じ所に下りてゆき、一緒の立場となってプログラムを進めることの大切さを思いました。
 これをクリスマスに置き換えると、
 自分勝手にやっている人がいる、かわいそうだから助けてあげようとやってくる。ヒソプのスタッフの方々は障害をもった方々と同列の立場でそれを行おうと努力しているのが見えました。
 しかしイエスは、その人と共になって救いのために己を虚しくし十字架の死にいたるまで仕えてくださった。
人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり
 見下ろす目線ではなく、このものに仕えようと来てくださった。これがクリスマスです。讃美歌107番の3、4番のとおりです。

Ⅲ、マタイ20:28に「
多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるため」でした。これが十字架の実質です。
 私たちは、神の小羊として、まさに神殿にささげられる羊としての使命を負われたイエスさまの出現を、野宿しながらいたときに御使いが現れこの誕生を知らされたのでした。私たちのため殺されるために、羊が、神の小羊がお生まれになった。すべての人々の救いのため命をささげるために今ベツレヘムにお生まれになった、これがクリスマスなのです。

 神学院時代、蔦田真実先生が語ってくださいました。
 「クリスマス・カードを書くとき、よく『メリー・クリスマス』と書かれてあります。しかしこれはほんとうではない。ほんとうは『blessed・クリスマス』と書くべきです」と。
 謂わんとするところは、メリーの意味は、「陽気な、快活な、笑い楽しむ、お祭り気分の、浮かれた」といった意味であり、blessedは、「神聖な、きよめられた、神の祝福を受けた、崇むべきという意味で、さらにblessingは、「~に恵まれた、幸いな、すばらしい、ありがたい、喜ばしい」といった意味です。
 私たちは、どちらのクリスマスを迎えようとしているでしょうか。どちらのクリスマスを迎えたでしょうか。


 讃美歌107番「馬槽(まぶね)のかたえに」
をもう一度味わい、心からアーメンと歌いましょう。

文責:中ぶんな 

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すべての人を照らすそのまことの光

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    クリスマスの最大のプレゼントはこの世にイエス・キリストがきたことです。

              すべての人を照らす
        そのまことの光が世に来ようとしていた。
            この方を受け入れた人々、
         すなわち、その名を信じた人々には、
        神の子どもとされる特権をお与えになった。

                  聖書

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インマヌエル盛岡キリスト教会(詳しい地図は前ページ参照)
    
クリスマス礼拝 12月19日(日)午前10:30~12:00
              愛餐(お食事会)があります。無料。
    クリスマス祝会    19日(日)午後13:00~15:00
    キャンドルサービス 23日(木)午後18:00~19:00

         ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

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 ひるどきに撮った写真ですが30センチは積ったでしょうか。庭木がみな白い帽子を。

 きょうはもりおか童話の会の祝賀会&忘年会がありました。
 会員のやえがしこうぞうさんが岩手県芸術祭児童文学部門で芸術祭賞となりそのお祝でした。夕方5時半から。祝辞、記念品の贈呈があり、和やかに歓談。8時半終了。その後は二次会組とコーヒー組、帰宅組とに別れ、私はコーヒー組に参加。楽しい時を過ごし9時半帰宅でした。

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インマヌエル盛岡キリスト教会のクリスマスー礼拝12/19 10:30 祝会12/19 13:00 キャンドルサービス12/23 18:00

インマヌエル盛岡キリスト教会では次のようにクリスマスの集会をいたします。

 クリスマス礼拝12/19(日)午前10:30~12:00
                      (持ち寄り食事会)
        クリスマス祝会12/19(日)午後13:00~15:00  
        キャンドル・サービス
                 12/23(木)午後16:00~17:00

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盛岡市「 カフェ クリンゲン・バウム」

 近頃の日本人の音楽界での活躍がめざましい。日々ニュースに縁遠くなりつつあるこの耳にも聴こうとしなくても入ってくるほどだ。

 9月の長野県松本市での小澤征爾さん(74)、もしかすればこれが見納めかもしれないと思いきや、12月14日にはカーネギーホールでサイトウ・キネン・オーケストラを率い、ブラームスの交響曲第一番の指揮を果たした。「見納め」などとは、まったく言語道断でした。スタンディングオーベーションの嵐。出演した内田光子さんも再起を祝福したもようだ。そしてこの日に配信されてきたニュースが橋本大進さんのベルリンフィルの第一コンサートマスター就任だった。自分の中で、音楽世界にある日本人の位置づけが変わった。

 それにしてもヴァイオリンはしまい込んだまま。楽器ひとつまともに弾けない自分に物寂しさを覚えている。岩手の田園ホールではいま寺崎巌先生がオケ、矢巾町の合唱団とともに「第九」演奏に向けて音創りをしておられるようだ。宮古市居住時代には、60歳でヴァイオリンを始めた方がいらっしゃった。凄い事だと思う。オケの中で弾くことができたならどんなに幸いだろうか。いまは何か一つ、どれか一つを選択しなければやってはいけない。とはいうものの、いま耳が聞こえ、こうして音源をたどることができるだけでも大変な幸運であるとの認識はある。

 音源をたどる道すがらにもさまざまな幸運があり、きょうは忙中閑ありで、午後近所の友だちのお誘いで、「カフェ クリンゲン・バウム」に行く機会を得た。盛岡市本宮4-20-5 電話019-656-5606。

 オーディオJBL MODEL4344mkll がある。たしかタイムドメインのスピーカーだったはず。原音を再生するアンプ内蔵タワー型スピーカーという優れもの。友だちが「何かリクエストしたら」というので、小澤征爾のアルプス交響曲をお願いしてみた。さながらオーケストラの臨場感である。ほんとうに引込まれてしまった。そして「カフェ クリンゲン・バウム」の店主がかけてくださったのが、これ

       アダージョ・カラヤン 

 そのときのわたしには、ベスト・チョイス。すばらしい響きでした。
そこではたと気づいたのは、こういったときには自分の好きな盤を真っ先にかけるのではなく、先ずこういった先輩のお薦めの盤を聴くことのほうがはるかに有益であるということでした。

 またこの方は2009/12/17 16:00 【岩手日報】に

心停止超え復活盛岡「クリンゲンバウム」
 8月末から休店していた盛岡市本宮4丁目のカフェ・クリンゲンバウムは、22日再開する。店主の馬場新樹(しんき)さん(61)が、心室細動を起こし一時は心停止したが、蘇生(そせい)措置と入院、手術により順調に回復。入院での休店期間を経て、店に立つ喜びを胸にコーヒーの香りと心地よい音楽で再び客を迎える。  「マスターが倒れた」。常連客の突然の叫び声に、店舗奥の自宅にいた妻えみ子さん(62)は驚いた。8月27日。営業中に、新樹さんは心臓がけいれんした状態の心室細動を起こして倒れた。心停止したが、常…    [記事全文]

 と紹介されている不死身な方なのです。小澤征爾さんのような復活組がここにもいらしたのでした。あやかりたい方は是非おでかけください。オーディオのすばらしい響きとともに美味しいコーヒーとケーキで心のリラックスを。

 

 

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ニゲラ

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 ここのところ花の写真がなく、というよりも撮るのを怠っています。そこでバザーであまり、というよりもまったく人気がなかったニゲラの種に添えた写真を登場させてみました。

 花巻市では借家住まいでした。すぐ近くに大家さんの畑があり、ご主人を亡くされて間もない奥様がこのニゲラをたくさん咲かせていたのです。夏場は朝の4時頃から草取りをしていました。他にも花を植えていたのですが、なぜかこのニゲラだけが記憶に鮮やかです。朝な夕な陽を浴びて咲くさまはほんとうにきれいでした。
 盛岡に引っ越して直ぐには庭作りにまで手が回りませんでした。2、3年経ってから、自分の好きな花も植えたいと真っ先に植えたのがニゲラでした。種を買ってきて外回りに播くと、それほど手入れをしなくともきれいに咲いてくれました。驚いたのは種がたくさんできることでした。通りかかった方々が眼を留めてくださり、種を差し上げたりしたものですから、この花は人気があると思ったわけです。
 ニゲラが咲くたびに大家さんを思い出します。そういえば、当時私が書いた短編小説「脱皮」や「霧の中の眼」などを読んでくださり、「面白くて寝ないで読んだった。あとはないの?」と励ましてくださったこともありました。
 私たちが引っ越したあと、家は長い間空いていたようですが、4年前に息子と行ったときには会社の寮になっており、ニゲラが植えられていた畑には貸家が建てられていました。ニゲラの畑が消えていたのはすこし残念でした。 

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主よ御許に近づかん Nearer, my God, to Thee

Cross

 

主よ御許に近づかん Nearer, my God, to Thee

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

E'en though it be a cross that raiseth me,
still all my song shall be, nearer, my God, to thee.

主よ御許に近づかん
いかなる苦難が待ち受けようとも
汝の為に我が歌を捧げん
主よ御許に近づかん

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

主よ御許に近づかん 主よ御許に近づかん

Though like the wanderer, the sun gone down,
darkness be over me, my rest a stone.
yet in my dreams I'd be nearer, my God to thee

放浪の中 日は暮れゆき
闇の中 石の上で体を休める
ただ夢見るは 主よ御許に近づかん

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

主よ御許に近づかん 主よ御許に近づかん

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ガラクタ

 さてきょうは何を書こうかとここに座ったきり、あれこれと気楽に思い巡らした。
 ニゲラの花のきれいな写真を添えた種の小袋。これが30個ある。バザーに出品したのだった。写真の他に、ネットから花の説明を見つけ出しプリントして添付。この花の種ならば欲しい方があるに違いないと。ところがまったく売れなかった。自分ではかなり良い思いつきと思っていたのだが。たとえ1円という値段をつけるとしても、人様に商品として買っていただくことが如何に難しいことであるかがわかった。ならば差し上げましょうと言ったとしても、ノーサンキューとなるだろう。
 
 わたし自身はあまり物を買わない方だと思う。衣服、置物などを買った後で後悔することが多い。買い物が下手なのだ。買わなければよかったと後悔し、さりとて捨てるのも勿体ないとしまい込んでしまう。これがガラクタだ。
 そう、あれこれ思い巡らすうちに浮かんだのがこの「ガラクタ」という言葉。
 年末ともなると、何とか始末しなければと気になりだす。引っ張り出す。すこしながめるうちにまた引っ込める。一昨年まではそんな繰り返しだった。しかし昨年頃から思い切りが良くなった。今年はどうか。

 さっき「ガラクタ」という言葉が浮かんだとき、私はなぜか「ガラクタ」か、いい言葉だと思った。小屋の軒に吊してある今は使わない薪ストーブの煙突3本。邪魔で仕方がなかった昔古い家屋を解体したときに出たという板や柱。半ば赤錆びて朽ちかけた波形のトタン板。柄のない赤錆びたツルハシ。小さくてあまり役に立たない素焼きの鉢。レリーフ、額縁…その他にもたくさんある。

 このガラクタにも人と共にあった時代があった。
 煙突は毎日燃やされる薪の煙を取り込み外に流し出してくれていたろう。腐りかけた柱は、家族を雨風から守ってくれる屋根を支えてくれていた。波形のトタンは、もしかすれば雨漏りから救ってくれたかもしれない。汗を拭き拭き氷を砕いたかもしれないツルハシ。サボテンや小菊の苗を育ててくれたろう小さな鉢。レリーフも額縁も真剣に製作にあたった人たちがあった、そして見る者の心に安らぎをくれてもいた。

 「ガラクタ」、かつては人を生かし、守り、楽しませてくれた多くのものたちの総称だ。「ガラクタ」、いい響きだ。


 

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きょうのことば ー『御使いとクリスマス』ー2ー教会のクリスマス礼拝は12/19(日)AM10:30

ー前頁のつづきです【12/12(日)の説教の続きです。】ー

 御使いも人間も神の被造物ですが、御使いたちには十字架に贖われた救いの経験がありません。私たちは救いの喜びを持っている、そしてそれを伝えることが私たちの役目です。キリストの贖いを伝えるメッセンジャーとしてここに存在している。私たちはここに心を定めてクリスマスを迎えようではありませんか。            ー了ー

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  集会案内
  
12/19(日)礼拝10:30~12:00
        祝会13:00~15:00
        (昼食を共にいたしましょう)
  12/23(木)キャンドルサービス
           18:00~19:00

  何れも会場はインマヌエル盛岡キリスト教会です

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盛岡市大館町12の26
          電話 019-646-2924 

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きょうのことば ー『御使いとクリスマス』ー1ー

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            義妹製作リース

 第三アドベントのきょう、インマヌエル盛岡キリスト教会の國光勝美牧師のメッセージをお届けします。
説教 『御使いとくりすます』
聖書引用箇所 マタイ伝1:18~25
18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリアはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22 このすべての出来事は、主の預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。
 

 さて来週は世界中のクリスマスですが、きょうはそれを待ち望む第三アドベントの日です。アドベントを迎えてから、イエスさまを囲む人々に思いを巡らせていますが、この朝は、待ち望む人々の範囲を広げて考えてみましょう。
 クリスマスの多くの飾りの中に天使があります。実はこの天使もまた御子を囲むひとつの存在です。いったい天使がどの程度、どんな関わりをもって登場しているか、クリスチャンは知っているようで、既成の概念から抜けだせないところがあるでしょう。この機会にきちんと御使いについて学んでおくのも意味のあることです。

 いま読んだ聖書の箇所で、夢の中で御使いがヨセフに現れています。きわどい決断のときでした。マリアの出産の意味を伝えたのです。大切なメッセージを伝えるメッセンジャーの役目でした。24節では主からの伝言通りにヨセフはマリヤを迎え入れます。
 聖書の中で御使いが登場してくるとき、たとえばアダムとイブがエデンの園で罪をおかし放たれたときに、剣をもってそこを統治する御使いが登場しました。
 また創世記16:7~11にも登場します。

7 の使いは、…彼女を見つけ、8 「サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来て、どこへ行くのか」と尋ねた。…9…の使いは彼女に言った。「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい。」10 また、の使いは彼女に言った。「あなたの子孫は、わたしが大いにふやすので、数えきれないほどになる。」11 さらに、の使いは彼女に言った。「見よ。あなたはみごもっている。男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。があなたの苦しみを聞き入れられたから。
 とあるように、女奴隷ハガルがアブラハムの子を身籠もり妻ハガルのいじめにあい逃れたときにも、主の使いがハガルの子イシマエルの誕生に関わって現れています。天の使いは旧約の時代にもしばしば必要に応じてメッセンジャーとして登場しています。
 また創世記22章にも、神がアブラハムの信仰をテストし、一人息子のイサクを献げよと命じられ、アブラハムが正にそれに従わんとしたときにも御使いが現れる。

9 ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。10 アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。11 そのとき、の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」12 御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。…あなたが神を恐れることがよくわかった。…」13 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。
 この場面はイエスの十字架の場面と二重に理解を深めることができるでしょう。最愛の神の一人子のイエスさま、一方最愛のモーセの一人子のイサク。イサクのときには、待った! がかかりました。しかしイエスさまのときには手が下されたのです。イエスさまが捕縛されたとき、天の父はすぐにでも12軍団を送って助けることもできたでしょう。しかしイエスさまは、すすんで十字架に架かって死ぬことを貫徹なさいました。この雛形としてもこのようなイサクの場面があります。

 旧約聖書はヘブル語で書かれていますが、ローマが覇権を握ったころに、ギリシャ語に翻訳され紹介されました。これが70人訳聖書です。紀元前3世紀中葉から前1世紀のあいだに翻訳、改訂されました。ラテン語でセプトゥアギンタとも呼ばれます。
 「天使」はギリシャ語のアンゲロス(Ἄγγελος)が語源となり英語でエンジェル(Angel )と訳されるようになりました。旧約聖書の天使はアンゲロスと訳され、新約聖書もアンゲロスが使われています。本来「伝令」「使いの者」という意味で、大切なメッセージを相手に届けるという意味あいです。

 御使いについてさらに広げますと、
聖書によると、神による被造物で自由意志をもって行動できる霊的な存在は、この宇宙には二つあります。霊的といってもオカルトとはまったく質を異にするものです。「神は霊なる方」ですが、この霊と交わり、共鳴することができる存在はこの宇宙には2つある。その一つは人間です。人間は霊的な存在であるからこそ神抜きには存在し得ません。そしてもう一つは御使い、天使と呼ばれる存在です。天使は神によって造られた被造物であり神ではありません。天使を礼拝することは偶像礼拝です。このことをしっかり心に留めるべきです。
 聖書の中には、アブラハムに現れた神と同じ扱いを受け、礼拝を受けている御使いの存在があります。この御使いはソドムとゴモラが滅ぼされるときにも現れていますが、これは誕生前のイエスさまです。うっかりすると、イエスさまは2000年前に厩にお生まれになったときに初めて現れたとの理解を持ちやすいのですが、正確にはイエスさまは神ご自身なので世の始めから存在していました。地上に生まれる遙か昔に、燃える柴の中からモーセに「わたしはある」と語ってくださった第二位格であるイエスさま、このイエスさまが、アブラハムがイサクに刀を振り下ろそうとしたときに待ったをかけてくださった。人間が必要としているときに御使いとしてイエスさまが登場してくださっていたのです。
 ギデオンにも現れ励まし勝利を与え、サムエルが生まれるときにも現れている。このように、神ご自身が御使いとして現れてくださることがあります。

 神の第二位格のイエスさまが人としておいでくださった出来事、これがクリスマスの大切な意味です。第二位格の方イエスさまがコンタクトを取ることもありますし、またクリスマスに現れた被造物なる天使がメッセンジャーとしてコンタクトを取ることもあります。

 それでは、被造物としての天使、メッセンジャーなる御使いは、いつから存在したのか。神が人間を造られたときよりも前か後か
 創世記1章をみると、神は森羅万象を造られたあと自分のかたちに似せて人を造られました。天使を造られたとは書いてはいません。実は神が人間を造られた以前に既に存在しました。アダムとエバがエデンで蛇に欺かれました。蛇という存在を通して語りかけ人間を欺こうとする霊的な存在が既にそこには存在していた。天使は人間が造られる以前に存在していたのです。

 本来御使いの最大の使命は神をほめたたえることです。被造物としての最大のわざが、専ら神をほめたたえることでなくて何でしょう。
 礼拝のプログラムには頌栄があります。神をほめたたえるための賛美歌です。被造物が被造物なるがゆえに神をほめたたえるのが頌栄です。礼拝は頌栄で始まり頌栄で締め括られます。
 神をほめたたえるべき御使いが、自分がその讃美を受ける側に立ちたいと思い、自由意志をもってスイッチを切り替えたときに、御使いは堕落したのです。ここに悪の起源を見ます。神の側に被造物が立つ、立ちたいと思うとき、傲慢や高慢となってしまいます。それが天使の堕落であり、天使が堕落したのがサタンです。その頭にあたるものがサタンの配下にあるものとして悪霊や悪鬼があります。たとえば旧約聖書のイザヤ書14:12以下にこうあります。

12 暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。13 あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。14 密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』15 しかし、あなたはよみに落とされ、穴の底に落とされる。
 ここに悪の起源があります。この13、14節にある高慢、傲慢さ。神の位置に自らを置こうとする有り様は、十字架の姿とは対極にあります。イエスさまは神と等しくあることをかたく保たんとは思わず、これを虚しくして人と同じくなり、十字架の死に至るまでもご自分を卑しくしてくださった。私たちが救われるのは、このイエスさまのお陰なのです。これは天使が堕落した悪の始まりの裏返しであるといえましょう。
 イエスさまが如何に自分を空しくして飼い葉桶に生まれてくださったか。イザヤ書にあるこの堕落を無にしてくださろうと神が十字架につくために地上に来てくださった、これがクリスマスの出来事です。
 御使いはルカ伝1、2章のイエスさまの御降誕に現れ、クリスマスに限らずイエスさまが荒野の試練でサタンに悉く勝利したときにもやってきて主に仕えました。あのとき御使いたちはどんなに固唾を呑んでこの白兵戦を見ていたか。主がどのようにサタンに答えるか、御使いの最大の関心はここにあった。
 イエスさまは十字架につけられたときも、悪者のためにどうしてイエスさまがそこまでしなければならないのかと思うほどに、お前たちはこれほどまでしてもまだ解らないのかと十字架の苦しみを受け入れられた。御使いたちは、ゲッセマネ、十字架、復活と大きな関心を持っていた。自分たちの仲間が堕落して、その多くの者たちがその支配下になった。神の喜びの対象であったはずのものを上手く騙して罪の世界に連れ込んだ。三位一体のお方の思いとして、これを何とかしなければならないと御子をお下しになったのです。
 御使いが堕落したときには、なぜ神はそこまでなさらなかったか。ある意味で御使いたちには聖なる羨みや妬みがあったでしょう。最愛の一人子の代償は罪にある人間の救いだからこそ御使いは最大の救いの御業のときに多くの現れを私たちにしているのではないか、しかも喜びに溢れて。
 ガブリエルと多くの御使いたちが

9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。11 きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。
 と大々的に告知する意味がわかるように思います。

                           明日に続く

 

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盛岡バッハ・カンタータ、岩手大学合唱団、岩手大附属小・中学校&エッティンガー&東京フィル2010/12/25(土)マリオス

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 新聞広告の転載で恐縮ですが、25日(土)マリオス開演午後4時の「第九」演奏会。指揮と楽団は老眼でもよく見えます。ソリストの顔写真も何とか。しかし合唱団が何とも小さくて読みにくいのです。何とかならないかな。地元としては、これをもっとでかく書きたいわけです。そこで拡大してみました。

  盛岡バッハ・カンタータフェライン/岩手大学合唱団/岩手大学教育学部小・中学校【指揮:佐々木正利先生】

 今回は一般公募の合唱団ではありません。一般公募の場合も良さがあります。感動します。ただ今回の合唱団である盛岡バッハ・カンタータフェライン、岩手大学合唱団は、まえにもこのブログに書きましたが、この年の一月のヘルムート・リリング先生とバッハの「ミサ曲ロ短調」を。聴き応えがありました。それに小学生、多感な中学生が合同で。すばらしいハーモニーの予感がします。第4楽章でソリストとともに感動をくれるはずの合唱団、書かせていただきました。

 この機会に日本では最古のオーケストラ、東京フィルハーモニー交響楽団って? とネットランしてみると…1911(明治44)年名古屋の「いとう呉服店」(現松阪屋)が少年音楽隊を結成。ブラスバンド主体。1926(大正15)年前海軍軍楽隊隊長の早川弥左衛門が楽長に就任、弦楽器を積極的に取り入れ、本格的なシンフォニー活動を開始。1924(大正13)年、名古屋で第1回選抜高等学校野球大会(センバツ)の開会式演奏。第2回から甲子園で、東京に移る第15回大会まで続ける。1932(昭和7)年、名古屋交響楽団に改称。1938(昭和13)年東京に移転。中央交響楽団と改称。1940(昭和15)年、現代ドイツの作曲家で指揮者のマンフレート・グルリットが初代常任指揮者に就任。翌年6月30日に東京交響楽団に改称。来年で100周年を迎えるようです。

 以上東京フィルHPから、わたしの興味ある昔の部分だけを抜粋しました。

 ダン・エッティンガー先生は、2010年に東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者に就任。就任披露はマーラーの交響曲第2番『復活』。イスラエル出身。1971年生まれ。バリトン歌手でありピアニストであり、指揮者。現在、イスラエル交響楽団の音楽総監督、マンハイム国民劇場の音楽監督。巨匠バレンボイムの秘蔵っ子としてベルリン国立歌劇場のカペルマイスター及びアシスタントとしても活躍中だ。2009-10シーズンにメトロポリタン歌劇場のオープニング公演で成功を収め、2010年にはロイヤル・オペラ・ハウス、2011年にはパリ・オペラ座を指揮する予定と、世界中からオファーが殺到しているらしい。

 今回の「第九」演奏会は次の各地各コンサートホールで
12/19(日)埼玉県所沢市
12/21(火)サントリーホール
12/23(木)オーチャードホール
12/25(土)岩手県盛岡市
12/26(日)東京オペラシティ

岩手が最終日ではなく、何か嬉しい。演奏旅行でフィル、指揮者は疲れても、合唱団は疲れていない。これが地元の強味。期待できそう。まだ行ったことのないオペラシティ、一度は行ってみたいオペラシティだ。

                    
 
       

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ヒイラギ

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     ヒイラギの花
     枝の腋に
     ほんの2、3ミリ
     白く小さな鐘が
     深く裂けそり返っているが
     それさえも
     さがし
     のぞきこまなければ
     咲いていることさえ気づかない

     でもここにいるんです
     ここに咲いているんです

     誰も気づかなくても
     誰も見ていなくても

     あの空が

     微かな動きや移ろいを
     まことや偽り繕いを

     じっと見ているんです

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「いわての文芸誌天気図VOL.9」 10日発行

 きょうは「いわての文芸誌天気図」の立川編集長の“指揮”に従い、お手伝いのためにツーワンライフ出版に出向いた。10時からということだったが、20分遅れで社屋のある紫波郡矢巾町の矢巾温泉の建物群に到着。すぐに見つかった。
 わたしの手伝いは、発送に伴う簡単な事務だったが、これがほんとうに楽しかった。久しぶりに会社に出勤して働いている、そんな気分を味わうことが出来た。働きたいと思ったことは何度かある。しかし実家の母の介護、そしてそれが終わったときには舅の用足し、通院などが控えていた。しているうちにおいそれと事務仕事などには就けない年代になってしまった。また業種を問わずに就こうにも、手を必要とする家族達を放って出ることもできない。
 事務仕事をしていた独身時代に戻ることのできたほんの数時間だった。


Photo
Tennkizu  

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プラスα

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                  「画廊のルートヴィヒ2世」
   (ラインハルト・セバスチャン・ツィンマーマン)

 自室を片付けているうちに、こんな絵はがきが出てきました。景色の写真の連続を救ってくれる一枚です。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

「アドナイ・ニシ」(主はわが旗)
毎朝こんなことばが自分を起こし
立ち上がらせてくれる。
生かされているのだ。
自分の本来の力は微弱だが
何者かに生かされるとき
眼を醒まし
立ち上がることができる。
そして気づけば
歩き回り
いつものように
為すべきことに取りかかっている。
いつも通りであること
これがどれほどに有り難いことか。
自らの内に
足りないことは多々あるが
しかし
これで十分でもある。
赦されているという実感。

息子が帰ってきた。
「はい」と差し出されたのはケーキ。
「○○店が閉まってたから、
ちょっと遠くの店まで行ってきたんだ」


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クリスマス礼拝・祝会・キャンドルサービスはいつ?

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インマヌエル盛岡キリスト教会(クリックで地図につながります)の
        集会予定は次の通りです。
     イエスさまがお生まれになったお祝を
         教会でいたしましょう。

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 ことしは忙しくクリスマス前の会堂掃除や飾り付けには参加できませんでしたが、これらの集会には、日曜は必ず、またキャンドルサービスにも何とかして参加したいと待ち望んでいます。きょうはゴルドベルクも聴きましたが、一日のおわりにはやはりこの“人生の応援歌”を聴きました。是非是非クリック、クリック、クリックして試聴ください。 

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2010年8月現在の中洞牧場

  随分と酪農から離れてしまっていますが、それというのも、自ら牧場に出かけまた再び酪農を体験させていただくなどの時間を取るのがとても難しいことから、ついつい疎遠になっておりました。10月6日でしたでしょうか、このブログに記載されてある中洞牧場が現在とは違っているのではないかと、現在の牧場のURLを頂いたことがありました。一旦は書いたのですが、誤操作で記事を消してしまいそのままに。しかし早師走。年を越すまえに、それを転載するだけでもと書かせていただく次第です。(青い字の部分が転載です)

牧場の概要
 山地酪農実践の拠点である中洞牧場は、三陸海岸から20km ほど入った山間部に位置しています。
 岩手県の約6割を占める北上山地は、本来、なだらかな地形と豊かなシバ草地、そして白樺林が広がり野生動物が多く生息する自然豊かな地です。
 中洞牧場は、株式会社企業農業研究所を事業主体として、2010年春から再構築計画を進めています。 2011年の夏〜秋には、乳製品製造プラントや研修宿泊設備も完成します。また、牧場の一角を利用して、新時代の農業ともいえる「自然栽培農業=無肥料・無農薬栽培」にも挑戦してまいります。どうぞお楽しみに。

<中洞牧場の概要> 2010年8月現在

所在地 岩手県下閉伊郡岩泉町上有芸水堀287 〒027-0505
電話:050-2018-0112 ファクシミリ:050-2018-0178

スタッフ 7名
面積 50ha( 自然栽培農場1ha含む )
頭数 約50頭
平均乳量 2,200〜2,400ℓ/頭/年
事業主体 株式会社企業農業研究所


 事業主体は株式会社企業農業研究所とありますが、株式会社企業農業研究所は(株)リンクの関連会社が3社あるうちの1社です。(株)リンクは東京都港区赤坂にあり、業務内容はIT系、物販系、農系(岩手中洞牧場の乳製品の製造・販売、山地酪農場構築のコンサルティング)、広告系、その他となっています。売上高は2010年5月期で37億9600万円です。

 当然のことながら、しあわせ乳業と袂を分かってからは独自の経営路線を歩み、(株)リンクの関連会社である今日です。

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きょうのことば ー『御子を囲む人々 2』ー

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さてアドベント第2週
インマヌエル盛岡キリスト教会の国光勝美牧師のメッセージは

説教題:『御子を囲む人々2』
聖書引用箇所:マタイ伝2:1~12

1 イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
3 それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
4 そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。」
6 『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」
7 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。
8 そして、こう言って彼らをベツレヘムへ送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」
9 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。
10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
11 そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
12 それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。


 きょうはアドベント第二のメッセージです。
先週はルカ伝からイエスさまの誕生を学びましたが、クリスマスのできごとは、もう一つ、引用しましたマタイ伝の中にも書かれています。
 イエスさまはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムにお生まれになったとありますが、ヘロデ王もまた御子を囲む一人であり、密接な関係があります。
 ヘロデ王はローマー皇帝、或いは元老院から任命を受けてユダヤ人を統治していました。ヘロデ大王とも呼ばれていますが実に狡猾だったようです。オクタヴィアヌスがローマの覇権を握ると見るやいち早くオクタヴィアヌスに見方します。
政治的に先見の明がありました。ヘロデがギリシャ・ローマ文化に憧れを持っていたという背景もありました。しかしユダヤ人からは非常に嫌われていたのです。一つは、彼がユダヤ人ではなくイドマヤ人の血筋だった。ユダヤの正統的な血筋はハスモン家或いはマカベヤ王朝であり、これはすばらしい信仰的な戦いによって確立したものですが、時代を経るうちに内紛が起き、統一できなくなりました。この機に乗じて、このイドマヤ人ヘロデはハスモン家の血筋を引く王女と結婚し、名目上ハスモン家の系譜を継ぎ王家の称号をもって君臨、ぬかりなくローマに巧みに取り入っていたので、元老院から血筋的にも政治的にも相応しいとされユダヤの王と任命されたのでした。
 だからこそヘロデは王となるや、マカベヤ王朝の血族を徹底的に粛清しました。
 ユダヤの人々にとって、マカベヤ王朝には内紛があったものの慕うべき王家でした。そこに軽蔑するヘロデがローマの威光を笠に着て、家系に納まってしまったのです。「ヘロデ王の王子に生まれるよりも豚の子に生まれたほうがましだ」といわれるほどヘロデは嫌われていました。
 ヘロデはAD4年に死んでいますが、彼の晩年、王位を脅かす者を病的なまでに怖れ緊張していたはずです。そんなときに遠くからはるばる博士たちがお祝にきたのです。
 博士たちは、星を見てユダヤの王が生まれたとの導きを得、星の先導でエルサレムにきました。博士たちは、王ならば王宮にうまれるであろうと王室を訪ねたのです。

ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」と聞いたヘロデの驚きと戸惑いは想像に難くありません。とんでもない! と思ったでしょう。人々のあいだにも、これでまた血なまぐさいことが起るぞ怖れがエルサレム中に広まっていった。
 ヘロデは直ぐに「
民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。」彼らは「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。」と答えています。東の博士たちには、実はヘロデがイエスを殺そうとしていることなどはわからない。ヘロデは博士たちに、ユダヤ人の王が生まれるしるしの星を一体いつ頃見たのか、その星に導かれてエルサレムに着くまでどれだけの日にちがかかったのかを聞き出して、いまイエスが何歳ぐらいかを計算したのでしょう。8節に幼子のことを詳しく調べ」とある幼子は乳幼児ではありません。この時点で博士たちはヘロデが悪者とは知らないので、幼子の居所がわかったら知らせに来るつもりでいたでしょう。王宮ではなかったなとそこを後にしたときに、星がまた彼らを先導しました。星に導かれたのです。
 この星についての資料は色々ありますが、どれも私には納得できません。
「紀元前6年にうお座付近で木星と土星と火星の大接近をして一緒に輝いていた」とか、「中国の天文記録では、紀元前5年の3-4月にかけて山羊座付近に彗星が現れた」とか、「紀元前12年にハレー彗星が現れ、また紀元前5年にも他の天体が中国や朝鮮半島の観測者によって目撃されている。 その天体は70日間観測されている」(Wiki)といった説に納得できないのは、そういった説のように星が高い位置にあったとしたなら、これが導きの星であると博士たちには認識できなかったでしょう。たとえば「月が大きく輝いている、だからこの家だとわかる」などということはあり得ない。となれば超自然的な神の導きによって、その星の下に神の家族がいるとわかったわけです。どの説よりも、この星は超自然現象と理解すべきであると思っています。
 博士たちは導きの下に、9節にあるように「
見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。」のでした。
 9、10節、「
9 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。
10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。

 この「東方」とはバビロンの方でありましょう。バビロンでは天文学、暦と一体となり進んでいました。博士たちも天文学、占星術には通じていたでしょう。
 11節「
11 そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。」。そしてヘロデの言いつけ通りヘロデのところに戻るところだったのが、夢で「戻るな」と警告を受け博士たちはまったく別な道から帰っていったのでした。
 これがマタイ伝に書かれてあるクリスマスの出来事です。
 博士たちが帰った後直ぐに神の使いが夢でヨセフに現れ、「
立って、幼子とその母を連れ、エジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」と告げられ、夜のうちにエジプトに逃れました。
 ヘロデがいくら待っても博士たちが帰ってはこない。ヘロデは激怒しベツレヘムとその近辺の2歳以下の男の子を一人残らず殺させる。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出した。
 この幼子のいるところとは、先週お話したルカ伝に出てきた飼い葉桶に誕生された場所ではありません。誕生間もないイエスさまが「逃げなさい」と言われて直ぐにエジプトに逃げるなどはできません。彼らは人口調査を無事に済ませたあと宮参りをし、動けるようになってからナザレに帰っていった。
 そして何よりもヨセフとマリヤは生まれたイエスがどんな使命を持っているかを知っていた。イエスはナザレではなくダビデの町ベツレヘムで育つべきであると。1~2歳近くになったときにいたマタイ2章の場所は、厩ではなく家です。
 
 博士たちは救い主の誕生の星をバビロンで見ました。
 昔ユダヤの人々はバビロンの捕囚となりました。宗教的な営みをするソロモンの神殿は破壊され、その後は自分たちはアブラハム、イサク、ヤコブ、ダビデの子孫であることを誇りとし、モーセの書、律法が記された旧約聖書を信仰生活の土台にしていました。博士たちはそんなユダヤ人たちの宗教観を知っていたでしょう。まことの神を礼拝しているというユダヤの人々、われらのもつものを超えた、あのユダヤ人たちの信じる神こそまことの救い主が与えられるというそれではないか。とうとうその星が現れたとき、イスラエルの人々には啓示の本はあったが、バビロンのような異邦の地には聖書が無かった。異邦の地にあって、まことの神を求めている人々に、神は星を現し導いてくださる。私たちも、アブラハムからまったく離れた異邦の偶像の中にいる民です。ほんとうの生き方をしたい。聖霊の微かな光に導かれて救い主の方に行ったのではないか。その意味で博士たちは私たちの姿なのです。意味や価値のない生き方をしていたときに、真実を求めた博士たちに星が現れたように私たちには聖霊の働きが臨みました。この星は聖霊の働きであったにちがいありません。
 博士たちは当時政治的な指導者の一人でもありました。聖教一体とするならこの博士たちは王としての立場にあった。実際「王」という別訳もあります。単に学者としての権威ばかりではなく、王としての力を持っていた。ユダヤ人の王を訪ねる旅に出かけなければ、それなりの地位が保障されていたわけです。それをかなぐり捨てて旅に出た。当時は旅するにもキャラバンを編成し、護衛を雇い、水や食料を積んで出なければならない。準備だけでも数ヶ月はかかり、しかも大変な散財です。盗賊や危険が待っています。
 博士たちがようやくエルサレムに着いたときには、1年~2年近く経っていた。幼子とあるのは嬰児ではない、すでに2歳未満になっていた。
 マタイ伝2章の博士たちに多くを学ぶべきです。イエスの誕生に、救い主にまみえるというときに、どれだけ犠牲を払い真剣さをもって主にまみえようとするお互いであしょうか。真実に主にまみえようとするとき、主は聖霊の働きをもって導いてくださる。星とは聖霊の導き、救い主に導く星は見えているでしょうか。
 東方に輝き導き、エルサレムに着いたときに消え、再び現れた星。エルサレムで星がいったん消えたのはなぜか。これは考えようによっては聖書の深読みとなるかもしれませんが。王の宮殿がある、ここに生まれたに違いないという人間的な判断が先行したときに、霊的な導きが彼らの眼から霞んでしまったのかもしれない。そして主よ、と祈ったときに、また同じ星が再び見えるようになった。

 10節「
その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
 これはほんとうの喜びです。
 私たちは、往々にしてこの世の中的なクリスマスを楽しむことで、ほんとうのクリスマスの喜びを失ってはいないでしょうか。この世的なクリスマスをやっていると、クリスマスは消えてしまいます。
 ほんとうに救い主にお目に掛かりたいと願うとき、ほんとうにまみえる方はこの方だよと導いてくれる博士たちを導いてくれた星。私たちにこのクリスマスの星は輝いているでしょうか。

※若干の聞き違い、聞き落としなどある場合がありますがお許しください。
 文責:中ぶんな

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西本智実 & “これ”

  きのう聴いた西本智実、きょうまた午前中にじっくり聴いてみた。振りに萎縮しているかに見える部分、女性であることに腰掛けている部分が全くない。当然のことかもしれないが、私にとっては、そこが魅力だ。大きな振り、これは彼女自身かなり研究を積んだ成果なのだろう。振りの美しさという点でカラヤンを思わせる。

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 ボロディン、ハチャトゥリアン。ロシアの民族的気分が聴衆の反応をも取り込んで沸き立つ。難なく共有できたところでもある。

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 西本智実のうちにあるロシアがどんなものか不勉強で掴めてはいないが、齢を重ねて彼女がどの作曲家を最も得意とするようになるかが楽しみだ。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 夕方に聴いたのはこれ
是非クリックして聴いていただきたい。すばらしい歌声、これぞ夕闇落ちるときの、孤独感迫り来るときの応援歌です。

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それとなく西本智実ー「ニューイヤーコンサート2004イン・モスクワ」ー

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  もう12月3日。11月末には、今月は何々がありました、こんな月となりましたと反省方々書き込もうと思っていたが、慌ただしく忙しいままに12月に滑り込んでしまっていた。西本智実が盛岡に来たことさえとんでしまっていた。行けなかったこの機会にとはおかしないい方だが、何か聴きたくなってかけてみた。

 「ニューイヤーコンサート2004イン・モスクワ」。DVDだが、ステージにスマートに登場した姿だけを見て、いま画像は消してある。滅多に聴きながら書くことはしないのだが。

 ヴェルディ:「凱旋行進曲」(歌劇「アイーダ」)
 スメタナ:交響詩「モルダウ」(連作交響詩「わが祖国」)
 ブラームスのハンガリー舞曲。
 ハチャトウィリアン:レズギンカ(バレエ音楽「ガイーヌ」)
 シベリウス:交響詩「フィンランディア」
 ボロディン:ダッタン人の踊り(歌劇「イーゴリ公」)
 チャイコフスキー:祝典序曲「1812年」 
アンコール
 ハチャトウィリアン:レズギンカ(バレエ音楽「ガイーヌ」)

 実際彼女が何を得意としているか、どの曲がどうのと私が言うのは、「だいそれている」と、今晩はこのように自戒。しかし若い才能溢れるしかも女性が男性と遜色なく活躍しているのは、とにかくカッコイイ。リスナーの熱気ある反応が嬉しい。

 2004年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートはリッカルド・ムーティーだったという。一方ロシアのニューイヤー・コンサートは西本智実。あちらのワルツ、ポルカより重みのあるところが自分的には性に合っている。

 きょうは一日雨降りだった。日頃掃除を手抜きしている。この月ばかりもすこし力を入れよう。

 

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間伐材のリース

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岩手県公会堂です。昭和2年(1927)に昭和天皇のご成婚記念事業として建てられたゴシック系の近代建築です。議事堂、大ホール、西洋料理店、宿泊所を備える。設計は早稲田大学教佐藤幸一氏で日比谷公会堂や東京市政会館、早稲田大学大隈講堂などを手がけており、それらの建物との類似点が多い。

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 きのう通りかかったところ、このようなリースが飾られていました。この写真では、緑の美しさがよく撮れていないので、若干美観を損じていますが、実際には、自然な鮮やかさのある緑です。市販の煌びやかなリースに決して遜色ない自然な輝きと美しさがあります。しかも落ち着きのある存在感。変わった花だと近づいて見ましたところ、これが何と経木でできてるんですね。経木というのは杉や檜などの木材を紙のように薄く削ったもので、よく菓子や料理の包装に使われます。これを花びらの形に切り取って重ね合わせているわけです。見事でした。これは湿度によって若干の反り返りがあるかもしれませんが、わたしが見たときには、みな平らにきっぱりとすっきりとした花びらを見せておりました。

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 けさ珍しく新聞を覗き込むと、このニュースが出ていました。
「Waのまちもりおかリースプロジェクト」の街灯展示だとわかりました。どうやら街灯に90個設置されたもよう。中ノ橋際のプラザおでって前がシンボルリースで直径2メートルらしい。こちらはまだ見てはおりません。リースの花は南部アカマツとわかりました。たしかアカマツは機械処理には適さない材質だったとおもうが、しかしこれだけの経木にするにはやはり機械処理なのでは。イルミネーション付きはカワトクや県公会堂など10箇所らしい。展示は25日まで。


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セルゲイ・エデルマンのショパン 「バラード四番」

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 ショパンのバラードをじっくり聴いたことがなかった。今晩のTV番組で、四番の感想を聞き、聴いてみようという気になった。紹介の盤はクリスチャン・ツィメルマンだったが、セルゲイ・エデルマン「ショパン:バラード全曲」の中の四番で。

 CDの解説は、しもだこうじ氏
「1842~43年作曲。43年出版。ナタニエル・ドゥ・ロスチャイルド男爵夫人に献呈。
 4つのバラードの中で最も評価が高い。それはこの曲が、音楽的にもテクニック的にも、非常に高度なものを要求しているからである。
 大きなソナタ形式風で、ハ長調の世にも美しい序奏から始まる。その後、ヘ短調のテーマとその美しき変奏、コラール風のテーマが続いていく。コーダの演奏効果は凄みさえ感じ、ショパンの才を存分に見せつけてやまない。」

 序奏の音を惜しむように拾いゆくうちに、ヘ短調でついと異次元に拾われてしまう。たしかに微妙な音色が問わず語りに内側を揺らす。漂泊する魂の告白とも聞える。

 セルゲイ・エデルマンへのインタヴューが2009年4月のレコード芸術に載っている。抜き書きで転載すると、「1980年代から精力的な演奏活動。RCAの名プロデューサー、ジャック・ファイファーのもとで、数々の名盤をリリース。父アレクサンデルはブルーメンフェルト、ネイガウス門下の逸材でホロヴィッツの友人であり、チャイコフスキー国際コンクール創設に尽力した教育者。

 セルゲイ・エデルマンは1960 年6月ウクライナ生まれ。5才から父の手ほどきを受ける。10歳でオーケストラと共演。7年間日本に滞在した。武蔵野音楽大学で教鞭をとる。在日のあいだ日本では一度も公開の演奏会は開かなかった。2009年3月にヨーロッパで演奏活動を再開。ベルギーにヴァイオリニストの妻と娘がいる。エデルマンはロシア・ピアニズムの主流、核心部で勉強した。1978年ソ連脱出、イタリアを経て1979年アメリカに亡命。同年の1979年ヤング・コンサート・アーティスト・コンクールに優勝。ファイファーとの録音はその後。ジュリアード音楽院の教授になってからは、教育活動に専念。」

 インタヴューはエデルマンが日本を離れる直前のもの。

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