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2010年11月

産直

 今朝舅を迎えに来てくださったディーサービスの車に舅が乗るのを見届け見送ったばかりのところに、近所の方が車で通りかかった。
 「おはよう!!今から太田の産直にいくの。一緒に行かない?そのままの恰好でいいからね」
 ここのところ出無精な私には有り難いさそいである。しかも身繕いしなくてもいいという。さっそく家の中に引き返し、家人にたずねると、「どうぞ」。小走りに彼女の車に飛び乗った。
 盛岡市太田。かつてわたしが小説に書いたことがある地域だ。ただ、現在産直があることは知らなかった。近づくにつれて、志波三山の連なりが美しく迫る。箱が森、赤林山(855)、南昌山(848)。箱が森には私も主人の友人だった山仕事クラブのメンバーらとともに7、8年前に登ったことがある。山好きの彼女は、何度か縦走した経験があるらしい。
 ほどなく、かつての「かんぽの宿」だったところにも近い産直に着いた。葱、人参、キャベツ、干し柿、牛蒡、ほうれん草、大根、しいたけ、花(ストック、小菊)、南瓜を買い込む。新鮮で格安。スーパー、他の産直の時価よりも安かった。

 いま産直がとても人気がある。実際にどの程度どうなのかを見ると
2010/11/13の「岩手日報」によれば

 「2009年度の県内の産地直売所施設の売上額が前年度比約3億円増の106億6100万円となり、4年連続増加した…売上高1億円以上は2カ所増え30施設に上り、売上高全体の3分の2を占めた。ホテルなど観光産業や食品加工業者への食品供給が増えるなど、直売所が地産地消に取り組む地域の拠点になりつつある。調査は今年5~6月、4月時点で営業している有人の直売所264施設を対象に行い、229施設から回答を得た。回答率87%。       

 直売所は前年度257施設だったが、16施設の開設、9施設の休業・廃止により7施設増え264施設になった。1施設当たりの平均売上額は4655万5千円

 客単価は791円で2年連続減少したが、利用者数は前年度比約54万人増の約1347万人で2年連続増加。1施設当たりの利用者数も577人増の5万8834人。景気低迷で消費者の低価格志向が反映された形だが、利用者の増加で売上高が伸びた形だ。    

 09年度売上高が1億円を突破した花巻市東和町の産直あおぞら(組合員約70人)の小原雍子(ようこ)副組合長(65)は「売り上げの多い組合員を表彰する制度を設け、一人一人が1個でも多くの野菜や果物を提供しようと頑張っている。『新鮮で安い』を意識することで徐々に売り上げ、客数ともに増えてきた」と語る。      

 調査によると、イベントなどの開催は前年度比7施設増の174施設、地域内産直との交流・連携活動は6施設増の117施設、地域内配食サービスは3施設増の21施設、食品加工業への食材提供は7施設増の33施設など。」  

 私が産直が好きなのは、新鮮さ、安さもあるが、より農家に近いところで野菜を買っているという感覚を得られるからだ。レジにも農家の方がいらっしゃる。特別に話を聞くことができるわけでもないが、心のどこかが安心している。今後も産直には機会があれば行きたいと思っている。

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休耕地拡大の歯止めは?

 「農業はどうなるんだろ」
午後に立ち寄ってくれた友人からこんな話題が。

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 目に見えて休耕田、休耕地が広がっている。農耕放棄地ともいうようだ。果たして全国でどのくらいあるのか。埼玉県の総面積とほぼ同じだという。3797,25㎢だ。
 1反(約992㎡)の面積でとれる米が500キロ(約8俵)。一人の年間の米の消費量は1人1俵。1反では約8人分の米が収穫できるようだが。

 農家の高齢化。後継者不足、農業人口の減少などで、作付けされず荒れ果てた農地が増加の一途をたどっている。農業経済が疲弊しつつある。 減反政策が大きな原因の一つ。農家の収益は減る一方だ。耕作放棄をした農地はすぐに使い物にならなくなる。
 休耕地の復元を目指す動きはある。千葉県の流山市、
横芝光町。岐阜県の白川郷など他にも、全国各地にあるだろう。検索してみると、東京都内では、芝生栽培のビジネスモデルがある。農家は投資がほとんどなく、 あたらしいエコロジービジネスに参入でき、 しかも米作りに匹敵する現金収入を確保できるようだ。栽培した芝生がCO2を削減していくという環境へのメリットが付くという。

 ざっと駆け足で知るのはこんなところだけれども、時間さえあれば農業体験してみたいと思う。白川郷でも受け入れているようだ。

 お日様を背中に背負って稼ぐ、これが基本なんだろうけれども、       


       

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きょうのことば ー『御子を囲む人々』

 きょうは曇り。この冬の到来を告げる憂鬱かげんの雲も、一枚の絵と描くことができる。してみるとなかなかに値のあるもの、と思いながら教会に行きました。
 世知辛い世の中。景気は、就職戦線は、平和は、と数え上げると答えのない事ばかり。ここがこうなれば、ああなれば、心がそちこちに突っかかり何だか角が多いみたい。そこで教会に行くのです。イエスさまのお話を聞きます。すると、だいぶ角が取れて生きやすくなるというわけです。

         ザルツブルク

 
いよいよアドベント第一週。イエスさまのお誕生を待つ一日一日のはじまりです。さてインマヌエル盛岡キリスト教会の國光勝美牧師のメッセージは
説教題:『御子を囲む人々』
聖書引用箇所:ルカ伝2:1~7

1 そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。
2 これは、クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった。
3 それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。
4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので
5 身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。
6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、
7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。


 今年も全世界のクリスチャンたちと一つになってアドベントの第一聖日を迎えております。これも兄弟姉妹あることの大きな喜びであります。
 ここに居られる皆様はクリスチャンになってから何回クリスマスを迎えたでしょうか。毎年クリスマスメッセージが取次がれているので、新しい事柄を見出すことはないかもしれません。しかしただより深く心に留めて思い巡らしましょう。

 イエスさまが生まれた時代にあって、クリスマスがどういう事であったのかをおさらいしましょう。
2:1に「
全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た」とあります。このルカ伝を書いたルカがいう全世界とはどの範囲をさすのでしょう。ルカ伝はローマ人に対して書かれたものです。ですから、強大な覇者ローマ帝国に宛てています。ラテン語でパクス・ロマーナ(Pax Romana「ローマ  の平和」という言葉があります。ローマ帝国の支配領域(地中海世界)内における平和をいいます。地中海世界の支配者ローマです。
 因みにマタイ伝の第一義的読者対象はユダヤ人たちです。
 ローマでは皇帝はアウグストと呼ばれていました。アウグストは尊称です。天皇が一人の個人名称を表わしていないのと同じです。元老院から最初にアウグストを送られたのはオクタヴィアヌスでした。
 ローマ帝国が財政力、軍事力がどの程度であるかを把握し、課税などに用いるため洩れなく住民登録をさせたのがこの勅令です。ヘロデ大王が治めている小さなユダヤの住民にまで命令が下ったところに、ローマの強制力の絶大さを感じます。これと比較にはなりませんが、この年10月1日に国勢調査がありました。法治国家ですから協力しないこともあり得る。しかしローマに従わなければどんなペナルティを科されるか知れないのです。どんな事情があろうと、どんな犠牲を払おうと服したでしょう。
 「
クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録」はローマの碑文による記録から計算できるようですが、その時代でした。
 それぞれに自分のまちに帰っていった。いまの感覚で言うと本籍地のあるところに行かなければなりませんでした。

 4節にはヨセフが登場します。
4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので
5 身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。

 ヨセフはガリラヤのナザレで大工をしていました。許嫁のマリヤが、まだ一緒にならないうちに聖霊によって身籠もりました。ヨセフはマリヤと一緒に登録するためにナザレから王家の出身地であるベツレヘムへと上ります。ヨセフはマリヤとともにダビデ王の家系でした。ナザレからベツレヘムまでは160キロメートルの道程です。経済的にも貧しい田舎の若い夫婦が有無を言わさずに移動させられる、こういった状況はすべての人たちにあったでしょう。ユダヤの人々は過ぎ越しの祭のために年一回旅をしますが、それとは違ったこのような旅が、殊にも臨月に入っているマリヤにとっても、連れて歩くヨセフにとってもどんなに辛い旅であったことか。
 ヨセフは出産間近いマリヤのために、何とか一部屋空けて貰えないかとベストを尽くして頼んで回ったはずです。やっと見つけた家畜小屋。宿屋の家畜小屋はいまでいえば駐車場でしょうか。多くの人々が乗ってきた家畜、
泊まっている客たちの家畜で溢れんばかりです。混雑し、しかも排泄物で不衛生極まりなかったでしょう。ふたりはそんな馬小屋の隅っこにやっと休んだのです。

 6、7節「
6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、
7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。

 宿屋には彼らのいる場所がなかった。イエスさまは誕生から十字架上で死ぬときまで拒絶された方でした。誰か一人でも、自分の部屋でよかったらどうぞ、と提供できなかったのかと思ってしまいます。これがイエスさまの誕生でした。
 もしヨセフとマリアにしっかりとした信仰と信頼がなければ、この旅でマリアの口から発せられるのは、「もう嫌だ」「どうして自分だけがこんなことになるの」といったヒステリックな不満ばかりだったでしょう。しかし聖書のこの箇所に見られるのは、実に穏やかな、まさに使命を為さんとするときのようすです。大きな意味をよく理解し、お互いを思いやりながら使命を全うしようとする姿。この互いの信頼、思いやりはどうして出てくるのでしょう。それは同じ神に仕え従っているからです。だからこそ乗り越えられるのです。

 最近、ある本を読んでいます。世の中の一般的な著書です。秋田出身の方でビジネスマンとして有能であり、日本を代表する企業の社長です。
 結婚して男の子が生まれました。自閉症でした。自閉症は育て方によって治るというものではない。当時それを受け入れてくれる幼稚園がなく苦労した。やがて重荷のために妻は肝臓の病となり入退院を繰り返す。ちょうど自分が30、40代という最も仕事が盛んなときだった。妻は悩んで鬱病となり、自殺未遂を3回。3回目はもし娘が見つけなければ死んでいました。7時間の手術で助かりました。あすも死ぬかも知れない、しかしそばに付き添っていてやることができない。この苦しみにある自分を支えたのは、
 これは自分の運命だ。これを引き受けて頑張ってみようと思ったそのことだった。育ててくれた母が、運命を引き受けて頑張らなくちゃ何も始まらない、といつも言っていたそうです。

 ヨセフとマリアも自分の運命を引き受けました。マリヤは人々から未婚の母と言われ、石打の刑に服すべきと侮蔑されもしました。しかしマリアはそれを引き受け、ヨセフも悩んだ末マリアを引き受けました。
 私たちもヨセフとマリヤが見上げたその方から来るほんとうの思いやりを持ちたいものです。それがこのクリスマスの出来事を成就させたのではないでしょうか。
 私たちは両親を選んで生まれてきたのではありません。健康や環境を選んで生まれたわけではありません。しかしそれをしっかりと引き受けて、すべての上に神の御手が動いていること、地上の最高権力者である神がすべてを治めておられることを信じましょう。

ミカ5:2
ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。
 神の御手は今も私たち一人一人の上に及んでいます。苦しいこと、辛いこと、頑張らねばならないこと、これらを引き受け信じて進むことができる。これがクリスチャンの特権ではないのか。これをヨセフとマリヤから学ぶことができるのではないでしょうか。
 

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雑感

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  今しがた番組表も見ずに気まぐれにTVをつけてみると、アーノンクール指揮のバッハのミサ曲ロ短調だった。1月の盛岡でのヘルムート・リリング先生指揮のロ短調が思い出された。あの出だしの素晴らしさがいまもって鮮やかにある。TVの視聴と生演奏を比べることはできないと思うが、息を呑んだ一瞬だった。盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、仙台宗教音楽合唱団&オーケストラ・アンサンブル金沢だった。
 アーノンクール、もっと聴きたくはあったが、時間の関係でキリエのみでTVを消す。
note

 きょう久しぶりに、もりおか童話の会にすこし遅れて出席。年頭に遅れないようにと言ったはずだったが…。目標を立てるのは良いが、先のことは断言できるものではないなと思う。歴史のこと、中国の興味深いはなし、果ては料理のことまでが話題となり久しぶりに書く仲間たちから刺激を貰う。
pencil

 さて明日に向かって動き出すとすれば、先ずは必要なのが睡眠。と気づいたなら0時すぎてしまった。アーノンクール盤を探していた時間が余計だったよう。これも成り行き。かくして土曜日のカレンダーに穴。
完璧はかくも難しい。ただ今0時8分。いや24時8分とでも言っておこう。

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たまには退行現象

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 こんにちは! きょうは僕のご主人さまの命令で登場しました。というのも、せっかく訪問くださっている方々に、また景色と樹と花の写真ばかりでは申し訳ない、かといってエキサイティングな宇宙の写真もなし。牧場にもとうとう行きかねて牛さんや馬さん豚さんの写真があるわけでもない。ならばと僕が引っ張り出されたというわけです。顔の半分がなんだか黒っぽくてやだな~。もっと可愛いらしいのにして欲しいのに。まっ、仕方ない。ちょっと恥ずかしいけど、何とかご主人さまをサポートしなくちゃね。
 きょうは運転免許センターに出かけて、更新した免許書を貰って帰ってきたようです。それから朝比奈先生の本をぱらぱらと捲って「こんどは『エロイカ』だ」と独り言をいってました。近頃ニュースはあまり見てないみたい。
 ご主人さま、ちょっと疲れ気味。僕も何度も喋らされて何だか疲れちゃった。というわけできょうは早い目に、「おやすみなさ~い」。

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心を騒がすな

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 あなたがたは心を騒がしてはなりません。
     神を信じ、またわたしを信じなさい。


           
ヨハネ14:1

        ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 これは最近心にかよっているお言葉です。
きょうもたいへん忙しく、ブログの更新どころではなかったのですが、何とか先ほど8時にはパソコンの前に。ところがログインがうまくいかず、あれこれ操作してみた。もうきょうはカレンダーに穴かな、と諦めかけたときにログインできました。
 昼頃に文芸誌天気図の編集長から電話で、パソコンが故障だったと伺い、やはりあり得ること、いつ急に機能しなくなるかもわからない。彼女のは無事復旧したようなのですが。
 これと同じ事で、21日に教会では世界宣教のビデオを見たのですが、いつも筆記をしていたのが、DVDであれば借りられるということで筆記せずにのんびり視聴。帰り際DVDをこれで楽勝とばかりに借り、さて自宅に持ち帰り自分のパソコンで再生しようとしたところ、これができなかった。読み込み能力のバージョンアップが必要かとも思ったが、非対応であるとし諦めた。
 会議のもようをテープ(これはもう時代遅れかもしれないが)に取ってあるからと安閑とはしていられない。いざ議事録を起こそうとして再生をかけても何らかの事態発生で、突如テープを利用できないこともあり得るだろう。
 文章を書くのもパソコン頼み。漢字も変換してくれる。そこに書いてみなさいと命令されたなら果たして漢字を何字正確に書けるのか自信がない。
 自分の能力の欠落分を補ってくれている特にパソコンが故障したなら悲惨な顛末になりそうだ。


 これできょうも何とかブログを更新できた。音楽でも農林水産の記事でもないけれどどうにか更新。意味があるのか無いのか、人様のお役に立つのか立たないのかわからないがとにかく更新。
 しかしパソコンの動作がどこかサクサクしない。すこしの不安をのこし、しかし心は騒がせることなく、というのはパソコンが故障しようとも、人が故障するわけではないわけだから。これできょうは閉じるとしよう。

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 岩山の展望台から18日に撮った写真。木々には雪がふるのを待っている気配が。
誰かが歩いていたので中心に入ってくれるのを待ってシャッターを。
ほんとうは人物を大きく撮りたいのですが個人情報が云々。
というわけでいつも人は小さく小さく。camera

 “蝶々夫人”に保護されたわがアゲハくんは、あれから4日後に無事蛹に。
この夫人から初めてチョウの飼育のはなしを聞いたとき、正直、お子さん方の小さいときのことでも思い出されるからだろうと思っていた。ところが繰り返しお聞きしてみると、チョウの心を研究していることが分かってきた。研究というと堅苦しくなる。心の交流をしている。私が連れていった蛹にも毎日話しかけているのだ。過去に旅だとうとしたチョウが、この方の回りを数回とんで、人差し指に留り、お別れをいうかに舞い去ったという。毎年十数頭のアゲハを羽化させ世に送り出している。
 私がお預けしたアゲハくんについて、夫人はこう語った。
「この子は此処に来てからサンショウの葉っぱをほんのすこしだけ食べて飼育箱の蓋に行って蛹に。ちょっと不安定で心配。春には羽化するでしょう。この時期に蛹になった子たちはみんな小さめ。小さめのチョウになるわね。この子は他の子たちとはちょっと体の色が黒っぽいからたぶんカラスアゲハかな」
 春が楽しみ。eye

 まだ書きたりなくはあるが、明日のことをかんがえなければ。
それにしても蛹、水も飲まず、葉っぱも食べずに春まで眠っていられる。すごい生き物がいたものだ。
night

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空洞は満たされて

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 落葉、17日ごろはこのような状態でした。放置するとタイヤに踏まれて路上に食い込み、取れにくくなるので、気づいたときには出来るだけ掃くようにしました。しかしいまはもう樹上にはほとんど葉っぱが残っていません。樹木にできた空洞を空が満たしています。spade

 きょうは舅の方の親戚筋が卆寿を祝わねば、祝ってくださるというので、随行し出席させていただいた。舅は皆様から大変元気をいただき、いつもはゆっくりと杖をついて慎重に歩を進めるのだが、会場では車椅子を降り、すいすいと歩いた一ときがあった。ほんとうにびっくりしてしまった。週2回のディーサービス以外は自宅にくらしている。多くの友人に先立たれ、病気療養中の友人も。外出も自力ではままならない。家族と同居しているが、そういつも満足のいく会話が得られるわけではない。やはりその分は空洞になっていたのだろう。それがきょうの喜びで心満たされ、大変な瞬発力が出たのではないかと思う。
 祝いによみあげられた俳句は
club マフラー朱しいよよ若やぐ卆寿翁   百合子 club

 立川編集長に仰せつかった文芸誌「天気図」に掲載する同人の原稿の校正を終え、きょうが 期限だったので車で郵便局に出しに行った。車には誰も乗せていない。しかし一瞬後部座席に誰かが乗っているような錯覚を覚えた。後ろをしっかりと 見る。確かにいない。あたりまえの事だが目で確かめておく。ずいぶんとおかしなことをしているようでもありますが。こんな錯覚から、やれあそこ の峠を通ったら確かに誰かが車に乗っていたなぞという幽霊話が成立することになるのでは。もし満席だったら、こんな錯覚はしない。空席があるからふっ と錯覚することがある。これも車の中の空洞がもたらす錯覚といえるかもしれない。CDをかけた。ヴェートーベンの3番(交響曲)が途中から鳴り出した。打 楽器が本源的な部分をストレートに打ってくる。こうして優れたオーケストラを車に積んで走る。郵便局での用足しも済ませ、またオーケストラの鳴る車に乗り 込み、楽団員とともに走り瞬く間に家に到着。一人一人と握手しないまでも、中途で切れた残りの音を惜しみながら車から降りる。diamond

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旧短大校舎

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  岩手県立盛岡短期大学の昔の校舎(住吉町1-48)です。平成10年に滝沢キャンパス(滝沢村滝沢字巣子152-2)に移転。
 これは真壁次郎氏の絵はがきです。
 よくこの旧校舎とテニスコートの狭い路地(東側)を通って買い物に行きます。フェンスに添って見事な紫陽花、薔薇などの花々がありますが、いまはすっかり草に埋もれてしまっています。近所の方が、この敷地内から白と紅のタチアオイの種を採ってきてくれました。この秋には西側にある銀杏の実を拾いました。北側のポプラは路地を暗くするという理由でか知らないうちに伐られてしまいました。
 建物が活用されないまま古びてゆくのをただ見守っているわけです。
 一方、盛岡市にはマリオス、アイーナといった建造物が。アイーナは総事業費約245億。維持コストは毎年7億かかるらしい。マリオスのような賃貸収入はほとんどなく県費を投入しなければならないという。県の税収はいくらだったか。これから検索するのも…。7億、どこからこんなお金が出るのか、出せるのかが不思議。いつまで出せるのか、万が一の非常事態にも策がありそうなのかどうかもわからない。
 それにしてもこの旧校舎、何とか活用できないのかな~。解体費がかかるからこのままなのか、建物自体にガタがきていて手の施しようがないものなのか、改築費をかける価値がないものなのか。

 二通りの不可思議な建物。税金を喰って生き、食い尽くしそうな建物。まだ利用出来そうなのに見放されている建物。

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きょうのことば ー『福音宣教の担い手』ー2010年世界宣教聖日

 きょうは世界宣教聖日です。DVDでの宣教メッセージ、宣教地祈祷課題、緊急祈祷課題、各宣教地からのレポート、国外局からのアッピールがありました。

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 インマヌエル綜合伝道団は全国に118教会(2009年度現在統計)ありますが、インマヌエル盛岡キリスト教会(電話・FAX019-646-2924 國光勝美・ひろ子牧師)は、その中の1教会です。この他、以下の国外宣教地に宣教師を派遣しています。

Photo

 フィリピン、ケニア・カボソン、ケニア・テヌウェック、ザンビア、台湾、香港、ボリビア、カンボジア、東京国際基督教会派遣(中国宣教のため)

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 きょうの説教は世界宣教局長梅田昇先生のショートメッセージで、宣教報告と併せてのDVD視聴でした。
説教題は『福音宣教の担い手』
聖書の引用 第一ヨハネ3:16

キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。

               
spade

 いまここにお祈りを依頼する一枚のコピーがあります。きょう教会の皆様に配られました。ザンビアの宣教師からです。車の必要が書かれているのですが、宣教地の実情がよく伝わってきました。

「ジンバで生活が始まって、やはり買い物は、リビングストンに行かなければ、用が足りないことがわかりました。銀行もやはり、リビングストンです。早く行きたかったのですが、バスの便も悪く、やっと先日、病院の車が出るときに便乗させていただき、行くことができました。
 私はグローバル・パートナーではないので、米国ウェスレアンのミッションカーを借りることができません。米国人宣教師が乗るときに、可能であれば便乗させていただくことができますが、めったにその機会はありません。現在ザンビアにおられる宣教師は、来年ファローで米国に帰国されます。この宣教師ご夫婦は、現時点では戻ってこられるか分かりません。宣教師としては、私一人になります。何か起った時に、身動きができない状態になります。ここジンバでは、梅田先生が視察の際に見られたショッピングセンターは、ほとんど機能していません。リビングストンに行っても、お店に行くのはかなり大変で、タクシーが必要になります。ここだけでの生活を努力していますが、どうしてもリビングストンやルサカでの買い物が必要になります。机も棚もまだ見にいくことができず、段ボールの生活をしています。地域教会にも行けない状態です。十数キロの片道は、歩けないと思います。この暑さのなかで、片道5キロがやっとでした。病院の車の申し込みは緊急には使えないことと、定期点検をきちんとしていないので、何時壊れるか心配のある車です。ドライバーがいるのは助かりますが、一回の出入りに費用が約UD$250前後かかります。ミッションカーはもっとかかります。ザンビア内で買うとUS$20000(162万 81円/$)。日本からの輸入車を南アフリカで買って持ってくると、US$17000(約138万)ぐらいでも入手が可能のようです。安いのを探して頂いていますが。やはり車高が高くないと地域のクリニックには無理が出そうで、車高の高い車を探しています。PWCで購入できる車(パジェロやプラドーなど)ですと、税金がかからないで購入できるそうです。」

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愉快な必然

2010119_021 
「すまんが銀行に行って来てもらいたいんだが」
快諾。
用事を頼まれ
嫌な顔をして何になる、
などという理屈で快く動けるものではない。
心の真ん中に何を置いているかで決まってくるというのは
ほんとうだ。

きょうも良い天気。
見上げると
黄色い薔薇が3輪咲いてる。
十字路をむこうに渡ってと、
車の間隙をぬって
するりと渡りきると
あらららら
偶然
いえ必然
こちらに歩いてくるのは
maruseiさん
とにかくとにかく大笑い

「散歩してるの」
「休んでいって」
忙中閑あり
そういうわけでコーヒーを淹れ
近況、感想を一くさり。
それほど長い時間じゃないけれど

楽しかった。

用足しも
快く引き受けたときには
こんな偶然
いえ
こんな愉快な必然も
ついてくるらしい。



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優れもの

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 夜の10時に何やかやと一段落し、ほっとするうちに何分かうたた寝をしてしまっていた。はっと気づくと救急車の音。近頃あまり聞いていないと思うのは、何かに没頭していたせいか、とにかく久しぶりに聞いた気がする。遠くに走り去っていった。

 落葉掃き。シバザクラやタイムの葉のあいだに潜り込んでしまった枯葉は、クマデで掻いてもなかなか取れない。最後にはやはり手で一枚一枚を除くことに。こんな作業をしながら、手が指がどれほどに優れた“道具”であるかに驚く。この表現はオーバーではない。人体に備えられている機能はみなそうなのだが。タイムのような繁みにすっかり入り込んだ枯葉を、植物を折らないように引っ張り出したり除いたり出来るのだ。もしこれと同じくらい正確で柔軟な動きをするロボットを開発するとしたら、どれほどの人材と経費を必要とするだろう。

 いま同窓会の役回りで、初期のハードディスクの開発に取り組んだ方の講演テープを興しているが、この方がアメリカの学会に参加。自分たちの研究発表の前までは100人以上の参加者が耳を傾けていたという。それが自分たちの番となったとき、殆どがいなくなり、残ったのは自分たちの関係者ばかりだったという。研究者の殆どの方はこのような厳しいところを潜られるのが寧ろ普通であるらしい。研究の結果、それが製品となり実用化されるのは多くの研究者たちの中のほんの一人いるかいないか。あとは“徒労”とばかりはいえないまでも、(実用化ということが目的であれば徒労と言えるかもしれない)研究、実験、結果のみで終わることに。どこかにはこんな詳しい数字も出ているのかもしれないが。何れある意味で実用化に至るのは奇蹟であるとも思われる。それをおもうときに、今日思ったのはクマデ代わりの人の指であるが、これが最初からこのように出来ているのは奇蹟中の奇蹟としか思えない。当たり前と思われているものほど奇蹟の顕れであるようにも思う。

 技術畑の特質、或いは文学的に秀でた何かが備えられ生まれたわけでもないが、この手のつくりだけでも奇蹟が備えられている、そんな気がする。大分使いこまれて小指の骨格が変形し、皺も刻まれている。できるだけより良いことに、できるだけ大切にできるだけ長く使いたいものと思う。

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盛岡市岩山からの眺望

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   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

           ヤーヴェ・イルエ

          (主は備えてくださる)

     
   いまこの言葉を碑としてわが内に建立する

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雑感

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 またまた12日の盛岡城跡公園の写真。
きょうのブログにと自宅の紅葉を撮ったところがご覧のとおりの下の写真。

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 今朝は久しぶりに真っ青な空を仰いだ。落葉掃きは朝、昼、夕の三回。家人とローテーションで対応。
 岩手山の冠雪がきれいだった。

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょうゲラが到着した。こんど文芸誌「天気図」に載せる方のものだ。何か手伝わなければと立川編集長に申し出たところ、このゲラの校正を仰せつかった。
 携帯小説が流行っているようだ。果たしてどの程度校正などが為されているものか。もうネットも正誤取り合わせて何でも転がっている実態だろう。斯くいう私もミスをしている。安易にネットに頼るよりも、幾たびも校正を経た書物に頼るべきと思いつつ、瞬時に手に入る簡便さに負けてしまう。
 それは兎も角、人様の原稿を預かるのには責任が伴う。あまり自分を信用せずに、極力手引きや辞書に伺いをたてるべきなのだろう。「23日までポストに」の指示あり。12月刊行予定。pencil

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雑感 ー髙田三郎氏ー

 

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 またまた金曜日の写真ですが…。トチの実はとっくに落ちて、紅葉もおわりかけています。
左手が岩手県庁。

 それにしても日曜日の音楽会のことがまだ脳裡に通っています。岩手の合唱を全国のトップクラスに引き上げた松田晃先生、松田順子先生合わせて105年の合唱指揮記念コンサート。
 14日のプログラム4、10、11、12は髙田三郎先生の作品だった。これまで「たかだ」と読んでいたところ正しくは「たかた」と読むとわかった。いったいどんな作曲家なのだろうと初めて検索してみた。クリスチャンであり、CD「教会の祈り」を出している。1913(大正2)年12月18日~2000年10月22日。亡くなって10年になる。幼少から教会に通い、40歳で洗礼を受けている。舞台作品、管弦楽曲、室内楽曲、独奏曲、声楽曲、典礼聖歌を作曲し、また指揮もしている。

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 きのう家の中に鉢植を運び込んだ。一つ隣の町内に住む方が、「観葉植物は何も鉢植に植え込んでおかなくとも、土から引き抜いて新聞紙にくるんでおけば来春まで死なない」と。しかし土から抜いてしまう思い切りがつかないので、鉢のまま引っ込める。いよいよ冬の到来だ。 

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「松田晃・松田順子 合唱指揮105年記念演奏会」を聴く

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 2010/11/14(日)、もう昨日となってしまいましたが。13時10分開演。「松田晃・松田順子 合唱指揮105年記念演奏会」を聴きました。
 とにかく壮観でした。これは盛岡市にとって、岩手にとって記念すべき音楽会であったように思います。
 コンサートの終盤で、松田順子先生が、先生方とは30年来のお付き合いだという司会者小野寺悦子さんのインタビューに答えて
「合唱コンクール岩手県大会があったとき(平成21年の第61回全日本合唱コンクールのことと思いますが)審査員でいらした先生方との話の中で今回のコンサートの構想が持ち上がりました」と仰いました。

 このコンサートを祝し、わざわざ遠くから合唱団の方々が盛岡まで来てくださったのです。お一人お一人のお顔を拝見しましたが、どの方もほんとうに輝いてらっしゃいました。

 松田晃先生へのインタビューのお答えは
「はじめは高校の教員をしていました。(県立)紫波高校と盛岡商業高校の兼任勤務(1954.4~)でした。大変だったが若かったので頑張れました。2校の音楽部を掛け持ちでみて給料は一人分。何とかコンクールに出たいとの願い、何とか出したいという想い。この11年間それぞれに違うタイプの生徒達をどのようにして良くしていくかを考えました。この11年間がその後の合唱指導の基になっています。盛岡コメット合唱団は47年間ですが、このときにも最初の高校のときのことがみな生かされています」

プログラムⅠ
1、雅声会  指揮:松田順子【以下、敬称略】
(1)雪 文部省唱歌 (2)どこかで春が (3)朧月夜
 以上は岩手の生んだ作曲家加藤學編曲 ピアノ:小笠原宣子

2、北上・コーラス せせらぎ  指揮:松田順子
 「グレゴリオ聖歌」より
(1)Ave Maria(2)Loquebar(3)Alleluia(4)Salve Regina

3、花巻ユネスコ・ペ・セルクル  指揮:松田順子
「啄木歌集」より  加藤學作曲  ピアノ:小笠原宣子
(1)病のごと(2)不来方の(3)かにかくに
(4)やはらかに(5)ふるさとの

4、宮一女OG合唱団  指揮:松田順子/ピアノ:小笠原宣子
女性合唱組曲「遙かな歩み」より
(1)機織る星(3)花野

5、女声合唱団 花野  指揮:松田順子
Missa Augusta
1Kyrie/ 2Gloria/ 3Sanctus/ 4Agnus Dei 

6、盛岡コメット混声合唱団  指揮:松田晃/ピアノ:雫石環
(1)流浪の民(2)風(3)Trost(慰め)

Ⅱ 招待演奏
7、うとう女声合唱団(青森市)
 指揮:辻村成子/ピアノ:浜田ゆか
(1)Salve Regina(2)Les Angelus(お告げの鐘)
(3)「Four  Russian Peasant songs」(4つのロシアの農民の歌)
(4)Clair de lune(月の光)

8、F.M.C.混声合唱団(福島市)
 指揮:高野洋子
(1)O magnum Mysterium(おお 偉大な神秘よ)
(2)Agnus  Dei(神の小羊)
(3)Sicut cervus(鹿のように)

9、多摩リヴィエール(東京都)
 指揮:辻志朗/ピアノ:辻悦子
(1)「光の丘のうた」より
(2)女声合唱組曲「悲しみの意味」より
(3)女声合唱曲「うたが生まれる」

10、指揮:須賀敬一(大阪府)  オルガン:田村久美子
  合唱:盛岡コメット混声合唱団・男性合唱団コールM
「典礼聖歌」
(1)主をたたえよう      作曲:髙田三郎
(2)いつくしみと愛      作曲:
田三郎
(3)しあわせなかたマリア  作曲:
田三郎
(4)平和の祈り        作詩・作曲:
田三郎

11、女声合同演奏  指揮:松田順子/ピアノ:小笠原宣子
              作詩:村上博子/作曲:
田三郎
合唱:多摩リヴィエール、宮一女OG合唱団、北上・コーラスせせらぎ、花巻ユネスコ・ペ・セルクル、女声合唱団花野、ローゼンコール、個人参加者(136名の方々)
☆女声合唱組曲「マリアの歌」
(1)街角で(2)カットグラス(3)病(4)答 

12、混声合同演奏  指揮:松田晃/ピアノ雫石環
              作詩:高野喜久雄/作曲:
田三郎
合唱:FMC混声合唱団、うとう女声合唱団、混声合唱団北声会、盛岡コメッット混声合唱団、個人参加者(129名の方々)
混声合唱組曲「水のいのち」より
(1)雨(2)川(3)海よ

13、おわりに「埴生の宿」(会場の皆様とご一緒に)
   指揮:須賀敬一/ピアノ:辻志朗

   
     spade     spade    spade

 岩手県民会館大ホールは1階が1287席。2階が400席。3階が304席。1階、2階はほぼ満席でした。3階は二階から見上げただけですが、まずまずだったのではないでしょうか。してみると、「埴生の宿」はステージ上合唱団の方々だけで129名、観客席1800として、2000人の大合唱!! まわりにも声の良い方々が多くいらっしゃり、また全員が歌っていたと思います。聴かせていただいた合唱曲の数々とともに、ほんとうに素晴らしい音楽会でした。有難うございました!!

       

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きょうのことば ー『陶器師なる神の作品』

 きょうは陶器師の話ですが、この写真の器は神の作品ではありません。銘も入っていない誰が造ったかわからない陶器です。イメージ写真です。

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さてきょうのインマヌエル盛岡キリスト教会國光勝美牧師のメッセージは
説教題 『陶器師なる神の作品』
聖書朗読  イザヤ書64:8

8 しかし、よ。今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で作られたものです。

 来週は世界宣教聖日となっています。所謂外局の働きを、インマヌエルの全国の諸教会が覚える聖日となっています。そして28日からはいよいよクリスマスの体勢に入ります。そうしますと、わたしたちが落ち着いて心備えをするのはこの聖日ではないかと主の御前に覚えることです。

 神さまが陶器師、陶造りであり、私たちが粘土であることは、聖書の中に多く記されています。挙げてみますと、

イザヤ41:25
「 わたしが北から人を起こすと、彼は来て、日の出る所から、わたしの名を呼ぶ。彼は長官たちをしっくいのように踏む。陶器師が粘土を踏みつけるように。」

神様が私たちをご自身の主権のもとに扱われることが書かれています。

エレミヤ18:3、4
「3 私が陶器師の家に下って行くと、ちょうど、彼はろくろで仕事をしているところだった。
4 陶器師は、粘土で製作中の器を自分の手でこわし、再びそれを陶器師自身の気に入ったほかの器に作り替えた。」

作成中に満足がゆかなければ自分の作った器を壊し、もう一度作り直す。イスラエルよわたしはこのようにするのだと神様は仰っています。

イザヤ29:16
「16 ああ、あなたがたは、物をさかさに考えている。陶器師を粘土と同じにみなしてよかろうか。造られた者が、それを造った者に、『彼は私を造らなかった』と言い、陶器が陶器師に、『彼はわからずやだ』と言えようか。」
造られた器が、どうしてこのように出来るのかと言うことができるのか。いや、陶器師がそうするのだ。これは神の主権から言われています。

イザヤ45:9
「9 ああ。陶器が陶器を作る者に抗議するように自分を造った者に抗議する者。粘土は、形造る者に、『何を作るのか』とか、『あなたの作った物には、手がついていない』などと言うであろうか。」
陶器師は自分の思った通りに作品を造る。これも神の主権からです。

ロマ9:20
「20 しかし、人よ。神に言い逆らうあなたは、いったい何ですか。形造られた者が形造った者に対して、『あなたはなぜ、私をこのようなものにしたのですか』と言えるでしょうか。
 神は自分の思った器を造る。
神は陶造りであり、わたしたちは粘土であることを、聖書のここかしこから確認することができます。

 きっと皆さんも粘土遊びをしたことがあるでしょう。粘土とはどんなものでしょう。
 粘土は地面の下のほうに地層としてある。もしも埋もれている粘土がそのままの状態であったなら、それはそれ以上の何ものでもない。ところが焼き物をしようとして粘土を求めている陶器師が訪ねてきて、陶器師が粘土を取上げたとき、何の価値もない粘土が価値を帯びる。それと同じ事が神と私たちの関係です。本来私たちは神に造られた良質な粘土であるはずなのです。神は良質な人間を土から造ってくださった。ところがこの粘土が罪という泥沼の中に埋没してしまっている。聖書によると罪と汚れの中に私たちの粘土は埋もれてしまっていた。ところが、私たちを愛される神ご自身が粘土を取上げてくださった。陶器師が陽の当たるところに取上げてくださった。俄然そこで価値を有するものになったのです。神によって罪から引き上げられる経験を持っているものがクリスチャンです。「人の子は失われたものをさがすためにやってきたのです。」
 御手の中に引き上げられたその時に、素晴らしい価値が与えられる。これを救いの経験、或いは新生の恵と言います。
 イエスさまはニコデモに「人の子は新たに生まれなければ神の国を見ることは出来ない」と言いました。神に引き上げられ治められたときに、その人は神の命が賦与されて新生経験をします。


イザヤ51:1
「1 義を追い求める者、を尋ね求める者よ。わたしに聞け。あなたがたの切り出された岩、掘り出された穴を見よ。
 この聖言は、救いを頂いてから、救われる前を振り返って自分がどのようであったか、どのようなところにいたのか。しかし今はそれとはまったく違ったところにある。神の救いへの感謝を語るためにしばしば引用されます。

 しかし今日、神が陶造りであり、わたしたちが作品であり粘土であるというときに、実はここにそれ以上の意味を見出すことができます。良い粘土を造るときには良い粘土を素材とします。「主はしっくいを踏むように粘土を踏む」。よい粘土となるために、水にとかし不純物が下に沈んだら上澄みを取り水を蒸発させ、天日干しにする。上澄みの良いものを集めて不純物の取り去られたものを材料とする。その粘土を工作しやすいように練って練って練り上げ、粘着力のある粘土とする。この過程がクリスチャンが標榜する聖潔の過程なのです。
 引き上げられて救いの経験はしても、まだ不純物、罪の性質が混じっている。神はそれを取り除きたく願い、練って練って練り上げるのです。
 たとえば、わたしはもう神さまの願う段階にあるのではないでしょうかと言っても、神は尚も踏みつけ練り直すということがおありのようです。なぜこのような試練、神の取り扱いがあるのかはわかりません。練られているときの辛さ、苦しさを覚えることはあります。しかし神はそういう扱いをしなければ出てはこない不純物を取り出すために尚扱われる。
 インマヌエル綜合伝道団の創設者蔦田二雄先生は、戦争中に宗教弾圧で投獄された巣鴨拘置所のあったところを指して、「あそこがわたしの大学院でした」と言いました。
 神のために尽力していながら、なぜこういう試練がうち続くのか。そのような扱いが必要であるほど神は、そのものを愛しておられる。わたしは、あの人と比べる必要はない。この人と比べる必要もない。神はわたしを愛している。
 作家の三浦綾子さんは、度重なる病気に、「神はわたしをえこひいきしている」と言いました。
 練られたのちにさらに素晴らしい人にしたいから練りに練る。あなたを更に良い器にしたいから神はわたしたちにそういう扱いをすることがある。
 ところが粘土には意志はない。私たちには意志がある。それが一番の違いです。練られている最中に、「わたしはもう嫌だ!」といって神の手から出てしまうことができる。人間とはそういうものです。神の良い作品となるためには、「分かりました。どうぞ不純物を私から取り除いてください」と身を置き続けることが、聖潔を標榜することなのです。

 土にも色々な産地があります。それによって焼き物の名前が違って来ることもあるでしょう。私たち一人ひとりも種類が違っていていい。粘土の産地が違うように個性があっていいのです。肝心なのは練られたときに聖潔(きよめ)られて主の用に適うかどうかということなのです。救いの恵のあとの神の取り扱いによって神に適うようになります。私たちが神の作品として適うために神に扱われ続けるのです。そして神はご自身が思った通りに作品を造られる。造られた私たちの側は、「神様どうしてわたしをこんなふうに造られたのですか、わたしはこんなふうにはなりたくなかった」などと言うことはできない。神はご自分の思う通りに、ご自分の目に適う永遠の祝福と永遠の知恵の中に、ご自分の主権の中に造られる。どんな作品に造られても、神による作品なのだから、心から有難うございますと感謝するべきです。そしてそれがどんな用途に使われようとも、それが神の作品であるときには尊い働きをします。

エペソ2:10
「10 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。
私たちは神の作品です。私たちの作品の底には「created in Christ Jesus」と刻まれている。

弟二コリンント4:7
「7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。」
 神の作品の尊さには二重の意味があります。
☆「
created in Christ Jesus」
 もうこれだけでも大変な価値があります。
☆もう一つは、作品がその器の中にイエス・キリストご自身という尊い宝をお入れしている、そのことです。

この器の尊さは、造られたものによる尊さ、造られたものに入れてある宝の尊さ
なのです。

※若干聞き落としがございます。ご容赦下さい。文責:中ぶんな

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「里の秋」

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きのう撮ったしゃしんですが。
しずかなこの佇まいをみているうちに思いだしたのは、

     

里の秋

静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた

明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨
(よがも)の 渡る夜は
ああ 父さんのあの笑顔
栗の実 食べては 思い出す

さよならさよなら 椰子
(やし)の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ 父さんよ御無事
(ごぶじ)でと
今夜も 母さんと 祈ります

斎藤信夫作詞・海沼実作曲

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

今朝は6時から落葉掃き。
昨夜の雨と風。
モミジ、桜の葉が和服地に描かれたかに濡れた路上に。
竹帚で1時間。
犬の散歩の方。
「おはようございます」。
一方通行から車一台。
どこからか白鳥たちの鳴き声。
詠みふるされた白鳥。
それでも詠まれる白鳥。
自転車一台。
出てこられたお隣さんも片手に帚。
「おはようございます」。
バイク一台。
吹き抜けていく風。


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紅葉

 ことしは庭の紅葉だけでと思っていたが、お天気に誘われ中央通りを歩く。盛岡城跡公園の方を見ると、まだ紅葉が。さっそく近づいてカシャ。

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本丸、二の丸、三の丸と歩けばよかったのですが、サンビル側からのみ。
しかし十分に紅葉を楽しみました。
カメラをしまったところで雨が。

ことしは遠出のチャンスも逃しましたが、このように、ほんのすこしのときではありますが素晴らしい紅葉を見ることができました。

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雑感 ーゆく秋を受け入れてー

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 ずいぶん前から庭の片隅に咲いていたようだ。ということは、この花が咲くのをそれほど待ってはいなかったわけだ。咲いているなとは思っても、しっかりと見てはいなかった。けれども鉢植の花を除けば、今咲いている花の代表花。野性ランらしい。いま気づいたことがある。これは姑が好きな花だったろう。そんな気がする。姑がのこしたたくさんの花瓶がある。どれもさりげない一輪、目立たない草花が似合いそうなものばかりだ。
 ホトトギス。あまりに増え広がったために有り難みを忘れていた。アオキの日陰にゆく秋を受け入れるかに咲いていた。club

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 ベートーヴェンの交響曲7番、第二楽章。朝比奈先生が「わたしが死んだら演奏を」とたしかにリハーサル(DVD)で仰っていた。ずっと交響曲を振るすがたを拝見していて、やはりこの7番第二には格別な思い入れを持たれていると私には見えた。この演奏に指揮者の人生を重ねて聴いている自分。しかし一指揮者の脳内に入り込むことはできない。
 「朝比奈隆 交響楽の世界」では(7番は)「非常にペザンテな重い音楽ですから、あれが軽く出来上がらないように心がけなくてはいけない。」、「曲想をみると明らかに葬送行進曲なんだけれど」などと語っている。
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蝶命救助

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昨日と同じ写真をまたアップしました。続報です。

 明朝の最低気温は4度。氷点下にはまだ日があるかと思うものの、いつ予報が覆るともかぎりません。幼虫くんがもしあしたサンショウの木の根元に、死んでいたらと思うと流石に可愛そうになりました。そこではたと思いついたのが、“蝶々夫人”。さっそく電話をしてみると、すぐに引き取ってくれるというご返事。しかも迎えに来てくれるというのです。しかしもう外は暗く寒いのです。幼虫くんが留っているサンショウの木の枝を植木鋏で切り、枝ごと連れてゆきました。
 チャイムを押すと、すぐに出て来られました。玄関の巣箱には3頭のアゲハチョウが蛹になっています。やはりそちこちから連絡のあったアゲハを引き受けたのだそうです。
 「あとちょっと食べさせれば蛹になるわね」と“蝶々夫人”。
玄関前のフラワーポットにはまだ美しい緑色のサンショウの30センチ丈の木が植え込まれていました。おいしそうな葉っぱです。これで栄養補給ができるでしょう。
 「この子たちは来春に羽化しますから」。

 きょう夕方6時半アゲハ君は、“蝶々夫人”宅に無事引き取られました。“蝶々夫人”は、ことしアゲハ蝶の幼虫を13頭羽化させた実績の持ち主。毎年飼育し危険から守り立派な蝶に羽化させています。

 アゲハチョウの有志が組織する「アゲハ健全育成協会」では、近く蝶々夫人の長年に亘る蝶命救助を讃え表彰すべく検討に入ったと、たったいま、その筋の蝶から連絡が入りました。

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幼虫くん続報

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もう辺りはこんなに紅葉。
アゲハくんはまだ幼虫です。
頭部の上の葉っぱは他の場所にあったサンショウの小さな苗を抜いてきてここに植えたもの。ついていた葉っぱの3分の2は食べたようです。

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深まりゆく秋。

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きょう日が照ったのはちょうどこの写真を撮った時間帯だけでした。

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介護は

  この写真に写っているモミジはいま真っ赤です。10月半ばに撮った写真。電線が入ってしまったので除外していたのですが、このように曇り空が続いてみると有り難い一枚となります。この青さは空気孔。小さな枠内を見ているだけでも、果てしない蒼穹が広がってきます。 

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 きょう91歳の舅をさる医院に連れていった。外科、内科の定期検診以外の診療科。駐車場に空きがない。最寄りにも無し。すこし路地に入ったところで月極駐車場を見つけ、地主らしい方に伺いをたてるとOKだった。さて駐車料金を支払うときにその方が仰るに、「わたしも舅を100歳で送るまで介護したった。そのときわたしは68歳。穏やかだった舅が95歳から暴力が始まってどこの施設もあずかってくれないから自宅で看たの。介護のときは縛られたけどいまは趣味を楽しんだり、人生で一番楽しい時だね。介護は人間として当たり前だからね」。脱帽してしまった。

 医院で舅と同じ年格好の女の方と話したが、その方は88歳。一人でタクシーで来たということだった。また逆に70代と見える方が家族に付き添われてきているケースとさまざま。近頃は100歳もざらに聞くようになっている。このような一場面、一側面だけで簡単には言えないけれども、できるだけ同じ年代で総合扶助しあうようなシステムを考えださないと、すべてを若い世代に依って頼むことには無理があるように思う。誰しもが考えていることではあると思うが。

 こういう自分もできるだけ息子の世話にはならずにとは望んでも現実どうなるものかはわからない。この青空のような空気孔のような解決の糸口はないものか。

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きょうのことば ー『時を支配される神』

 きょうは召天者記念礼拝でした。亡くなられた方々を偲ぶ日です。講壇の横には遺影が掲げられました。お一人お一人について、信仰を持たれた経緯、どのような人生の戦いを潜られたか、社会的なご活躍などの紹介がありました。
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 つづくきょうの牧者のメッセージ、このブログではインマヌエル盛岡キリスト教会国光勝美先生の説教をできるだけそのまま掲載しています。或いは聞き落としがあるかもしれませんがご容赦ください。

説教題 『時を支配される神』ー召天者記念礼拝ー
聖書朗読 伝道者の書3:11

11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

 この伝道の書3:11の「人の心に永遠を与えられた」は、「人の心に永遠をおもうおもいを与えられた」とも訳されています。
 愛するものを天に送る、これは別れ別れになることです。喪失の悲しみやつらさはそれを経験したものにでなければわかりません。誰もこの気持をわかってはくれない、わかろう筈がないというほどのものです。よく私たちは善意で「天国に入ったんだから」と気安くいうことがあります。しかし喪った本人にしてみると、それではとても喪失感を埋められないでしょう。
 「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」とありますが、たしかに自分の心の落ち着き先、落としどころとしてこの御言葉をとらえるのですが、ほんとうにこれが時にかなって美しいと思えるかというと払拭しきれない思いがある。この御言葉を納得はします。しかしぴたりと当てはまってはこない。ならばアーメン、その通りですと頷くにはどういったプロセスを必要とするのでしょう。
 これには二つのプロセスがあります。
一つは、
 私の喪失感、私の悲しみをほんとうに理解して下さるのはイエスさまだということ。誰にも分かる筈のない喪失感、苦しみをほんとうに理解してくださる方が居られるということです。そのお方が、私たちと同じ人となられて、私たちの人生の悲哀をつぶさに味わってくださったのです。
 ラザロ、マリヤ、マルタは3人兄妹でした。幼い頃に親を亡くしていますから3人はふつうの兄弟姉妹よりも緊密に結びついていたでしょう。それが突然、ラザロが亡くなりました。残された2人の悲しみはどれほどだったでしょう。そこにイエスがやってこられる。そして「イエスは涙を流された」のです。これは聖書中で一番短い言葉です。これがどれほどに私たちの慰めであることか! 誰もが分かってくれない喪失感を一緒に泣いてくださるお方、これがイエスさまです。兄弟のようになって下さった方、そう、イエスさまは人の悲しみをすべて知っておられるのです。
もう一つは
 ヨハネ11:25にある「私はよみがえりです。命です。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」とある通り、イエスさまご自身がローマの封印をいとも簡単に破り墓から甦ったことです。そして最も悲しみ、喪失感を味わわれたのは天のお父様でした。天の父なる神こそ最愛の一人子を十字架につけて死なせるために地上にお送り下さったのでした。イエスが十字架上で息絶えたとき、天が闇となりました。人類の救いのために十字架につけられたイエスさまを天の父は見るに堪えなかった。それらのことを思うとき、私たちの悲しみ辛さが、なぜこのときに、なぜこのようなあり方でと思うでしょう。
 なぜこうだったのかわからない。わからないけれども、私たちの神さまは私たちの悲しみに涙を流して十字架の勝利を示してくださる。それを知るときに、そうだ、神のなさることはすべてに適って麗しいのだと落ち着くのは、十字架の命、復活を知っているからではないのでしょうか。3:11の「人の心に永遠をおもうおもいを与えられた」といういま一つの訳、これもいったい人間とは何なのかを教えています。
 聖書の創世記には神は人をご自身の形に似せて造られ、それを男と女に造られたと書いてあります。ご自身の形、フォームに似せて人を造られたといういちばんの大きなエッセンスは、神は霊的な存在そのものであるが、それに似せたものとして人間を造られたところにあります。ですから神を意識して造られたのは人間だけなのです。神に似せて造られた神をおもうおもい、永遠のへの思いを与えられたというのはこのことです。ですから神を抜きにした人間はあり得ない。本当のふるさとは神のもとである。これが神が人に永遠の思いを与えられたということなのです。
 帰るところべきところはここ天なのだ、わたしたちには帰るべきところがある。人間はどの時代、どんな民族であろうと帰るところを求めている。心の深いところで神を求めている。それが人間なのです。そしてわたしたちは、永遠の命を与えるこの方を信じることにより、天に住まいが設けられているのです。


※文責:中ぶんな

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松田晃・松田順子 合唱指揮105年記念演奏会 ー2010/11/14(日) 岩手県民会館大ホール 13:10開演ー

☆先生方からのメッセージ(下段の中から抜粋)
「松田晃・松田順子の合唱指揮年数の合計が今年で105年になりました。
全日本合唱連盟はじめ全国の皆様にお世話になった105年です。
感謝をこめて記念のコンサートを開催いたします。
青森・岩手・福島・東京、
そして大阪から約300名集まっての演奏会です。

良い時間の流れに心を浸していただけたら幸いです。」

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朝比奈隆DVD(2000年5月10日大阪・ザ・シンフォニーホール)ー最後の「運命」を聴く

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          感動でした!!

NHKエンタープライズ発行・発売

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょう外に出て見上げると、真っ青な空が眩しかった。
午前中は裏庭の小さな畑の秋じまい。球根を植えるところまではできなかった。
午後は、ヤマアラシ風となった頭髪を切りに。一応ヒト用の髪切り店に。近頃は犬用もあるので。予約だったが混んでいて3時間半かかる。
 もう10年も前に読んですっかり忘れていた満鉄の本を奧から引っ張り出して携帯。居眠りをはさみながらボチボチ。置かれてある女性週刊誌もぱらぱら。
 そして夕食後、ほんとうに久しぶりにゆっくりと音楽を聴いた。その日の感動が伝わってきた。朝比奈先生は戦争ばかりではなく、関東大震災、阪神大震災も潜られたようだ。こうして93歳まで指揮台に立ち続けたことの凄さを思う。

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朝比奈隆とベートーヴェン交響曲第5番「運命」

 朝比奈隆の主要レパートリーはブルックナーの交響曲とベートーヴェンの交響曲だ。ただ、いまここでは朝比奈と第5番「運命」との関わりの妙を意識する。

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「最後のベートーベン交響曲全集」より大阪フィルとのリハーサルで「運命」の冒頭を振る朝比奈               

 朝比奈隆は1944年満州に渡りハルビン交響楽団と新京交響楽団を視察。45年には関東軍の嘱託として、常任指揮者に就任している。朝比奈の満州時代の音楽活動は満州侵略下での一つの記録であるといえるように思う。45年8月15日まで朝比奈はハルビン交響楽団で、やはりベートーヴェンの全交響曲の連続演奏をしていた。そして第5番「運命」の練習中に玉音放送だったという(三井実雄は何も知らされなかったともいっているが)。朝比奈は特務機関の庇護を受けていたハルビン交響楽団の指揮者であったわけで、捕まればシベリア送りだった。しかし朝比奈に恩恵を蒙った朝鮮人の音楽家林元植の自宅に匿われ命を繋いだ。

 朝比奈は1951~2000年のあいだベートーヴェンの交響曲連続演奏会を9回行っている。指揮者としての最高齢だったストコフスキーの95歳(演奏会出演は93歳まで)を追い越そうとしていたらしいが、2001年10月93歳で死去した。最期のステージは2001年10月の名古屋公演でチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番(ピアノ小山実稚恵)と、交響曲弟5番だった。

 2002年のシンフォニー・ホールでの「お別れの会」では朝比奈千足の指揮で、遺志に従ってベートーヴェンの交響曲弟7番第2楽章が演奏されている。式は無宗教で行われたらしい。

 ベートーヴェンの交響曲弟7番、これはわたしが一時期さまざまな指揮者の盤を聴き漁った曲だ。朝比奈が最期のお別れの会用として7番を選曲したことには最近気付いた。

 


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アゲハくん、だいじょうぶ?

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 びっくり! 朝晩こんなに寒くなったというのに、アゲハくんがいました。これは幼虫。塀の外回りにいつのまにか生えた50センチ丈のサンショウの木にしがみついて? いました。よく落ちないものです。落ちない秘密、すぐれた“性能”のメカニズムはわかりません。横から写しにくかったので背の側からだけの写真です。幼虫がいるのは5月~9月ごろまででしょ、と思いきやまだここに。11月じゃ遅すぎとネットの「幼虫図鑑」を覗いてみると、群馬県前橋市というところでは、9月3日に卵、11月3日に蛹の写真を撮ったヒトがいたらしい。
 こちらは11月3日でまだ幼虫くん。しかもこの木にはもう葉っぱの“ごはん”がないのです。「おかわり!」といっても食べられません。大きなサンショウの木に葉っぱはついてはいますが、おそらく硬くてまずくてとても食べられないでしょう。こうなればさっさと蛹になってしまうのかもしれません。図鑑に載っている仲間の幼虫よりも幾分スリムです。今年中に成虫になるのか、はたまた木にからだを固定して蛹の状態で越冬するものか? 蛹になるときには食草を離れるらしいので、こんどは最寄りの薔薇の木やブロック塀が居場所になるのかも。蛹にさえなれば水を飲まなくても葉っぱを食べなくても命を温存できやがてはまったく形を変えた、幼虫や蛹自身が想像もできないような(こう想像して楽しむのですが)まったく形の違う見事な羽を備えたしかも木を這うのではなく、枝にじっとしているばかりではない、自由に空中をとびかける生き物と変化する。これをあたりまえと言ってしまっては創造主に対してちょっと失礼なのかも。

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絵画グループ「青の会展」2010/11/6(土)~9(火)テレビ岩手ロビー(1F)

Photo わたしも絵を描きたくて、透明水彩を一式購入したにもかかわらず、まだたった一枚しか。花が描かれるのを待っていたはずが、去年は待ちくたびれて散ってしまい、ことしはもう諦めて散ったもよう。来年はへそを曲げて咲かないかも。昔油絵で人物を描いたときはもう難しくて…。目の表情、指先、衣服の襞がメチャむずかしかった。それなのに、それなのに、毎年毎年展示できる絵を発表しておられる方々がおられる。
 この葉書は、きょうの午後時子さんがみなさんにお配りしていたのですが、我が家にも忘れずに来てくださいました。久しぶりに庭のテーブルでコーヒーをご一緒しました。
 「お菓子がなにもなくて…」
 「お菓子はたべさせないでちょうだい」
というわけでコーヒーのみ。
 絵画展を開くにも会場を借りたり、額に入った重い絵を運び、高い位置まで持ち上げて展示したり、描く以外にもけっこう労力が要るようです。
 時子さんは人物画を3点か4点出品するようです。

       ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 いまは絵をかくのは大変です。文章なら何とか。そこで小説40(400字づめ)枚書きました。いわての文芸誌「天気図」にです。ほんとうは9月末締めで童話30枚だしたところ、童話としてはいまいちだったようでした。直せばいいとのことでしたが、童話はやめて急遽小説にしました。ギリギリになるまで何を書こうか思案したのですが、○○○○○という題で結局10月31日の23時半ごろまで推敲し添付メールで立川編集長宛に送信したのでした。もしこの方がこの童話は?と仰らなかったら、小説のほうは書いてはいませんでした。後で小説にしてよかったと思いました。

 12月頃に出版されるとのことです。№9号です。

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楽しかった! 「松見ヴァイオリン教室40周年記念演奏会」

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 ヴァイオリンが二台。これは松見和子先生、雅子先生が40年間指導にお使いになった、或いは幾多のコンサートで弾かれたヴァイオリンなのではと思うとしばらく見入ってしまいました。両先生は双子でらっしゃる。全国さがしてもそうあることとは思えません。1頁めのお写真も不思議な感じがします。
 「ごあいさつ」によると、盛岡をはじめ石鳥谷、花巻、二戸、水沢などの各地にも出張し指導しておられたことを知りました。
 現在、門下生が盛岡、花巻、仙台、東京、ウィーンに於いて演奏家、指導者として幅広く活躍、また合奏団の中心的なメンバーとして活躍している方々もいらっしゃる。そちこちに響く楽の音が聞こえるような気がしました。
 個人的なことになりますが、いまハルビン交響楽団に興味を持っていますが、近頃はコンサートにも行かなくなり、音楽の記憶が枯れかけていたのですが、ひさしぶりにこのコンサートを聴き、後半のプログラムにはハルビン響を重ね往時を想像しながら聴いておりました。ほんとうに明るく楽しいコンサートでした。ラッデーキー行進曲で思いっきり手拍子を打ち、キラキラ星では再び登場した可愛らしい出演者たち。心和むひとときを心から感謝したことでした。

          <プログラム>
            第一部

1、キラキラ星5つの変奏曲 鈴木鎮一 10人の合奏
2、メヌエット№3 バッハ          15人
3、ドレミのうた  リチャード・ロジャース 13人
4、ユーモレスク ドヴォルザーク     11人
5、動物の謝肉祭 サンサーンス
      第一ヴァイオリン  13人
      第二ヴァイオリン  11人
6、ヴァイオリン協奏曲イ短調
      第一楽章 ヴィヴァルディ 14人
7、アイネクライネ・ナハトムジーク 第一楽章
                      モーツァルト
      第一ヴァイオリン  11人
      第二ヴァイオリン  6人

            第二部

8、ヴァイオリン協奏曲 ト短調第一楽章 ブルッフ
9、ヴァイオリン協奏曲№5第一楽章      モーツァルト
10、カルメン幻想曲             サラサーテ
11、序奏とロンドカプリチオーソOp.27  サンサーンス

            第三部

12、チャルダッシュ  モンティ   18人
13、合奏協奏曲「四季」より“春”  ヴィヴァルディ
     指揮 黒瀧英一郎 先生
     独奏 大澤文代  先生
     松見和子先生、雅子先生&門下生19人
14、シンフォニー№40 ト短調KV550 モーツァルト
     指揮 黒瀧英一郎 先生 & 28人

この他賛助出演の他の音楽グループのステージでお見かけした方々23人の方々の賛助出演。そして伴奏の伊東麻奈先生、高堀耕志先生の出演がありました。   
         

       
              
  

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