きょうのことば ーもう一人の助け主 その3ー
こういった交通標識は、はっきりと行く道を示してくれますが、人生の途中では自分の判断では往々にして迷ったり戸惑ったりすることがしばしば。そんなときには聖書のことばが方向を指し示してくれることがあります。また何らかの直感を与えられたこともありました。
さてきょう、インマヌエル盛岡キリスト教会で聞いたメッセージをご紹介します。
聖書箇所 ヨハネ伝16:7~8
「7.しかし、わたしは真実を言います。わたしが去っていくことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去っていかなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。8.その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。」
説教題 「もう一人の助け主 その3」
ヨハネ伝16章の全体は、どこを切り口にしても、イエスさまが弟子たちに最後の最後に言っておきたいこと「あなたがたには、もう一人の助け主が与えられるんですよ」ということが語られています。
ところがこの時点では、弟子たちには、今一つわかっていない、わかったようでわかっていないので、質問をしようにもできない。
ヨハネ16:30「いま私たちは、あなたがいっさいのことをご存じで、だれもあなたにお尋ねする必要のないことが、わかりました。これで、わたしたちはあなたが神からこられたことを信じます」
ここで弟子たちは一応わかったと返事をしているのです。
ヨハネ16:31~32
「イエスは彼らに答えられた、『あなたがたは今信じている のですか。見なさい。あなたがたが散らされて、それぞれ 自分の家に帰り、わたしをひとり残す時が来ます。いや、 すでにきています。しかし、わたしはひとりではありません。 父がわたしと一緒におられるからです。」 いまここで、あなたが精一杯わかったと言っていることは信 じましょう。しかし、もうすぐあなたがたは、私を裏切ります。 私はそれを知っている。イエスさまはそう言い、さらに、しか し大丈夫。わたしはすでに世に勝っていると仰るのです。 ヨハネ3:33 「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなた がたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは 世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。 わたしはすでに世に勝ったのです。」 イエスさまが語ることの弟子たちの理解の危うさ、ちぐはぐ なところ、これはヨハネ3章にあるイエスさまとニコデモの語 りあいのときのそれと似ています。ニコデモはパリサイ人の 中でも良心的でした。イエスさまが十字架に架けられたとき アリマタヤのヨセフとニコデモがいち早く駆け付け、イエスさ まの亡骸を引き取ったのでした。ニコデモは真実な大人物 でした。自分よりはるかに若いイエスさまに出向いて教えを 請うたのです。ニコデモは神とは? 天国とは? ほんとう にまじめに質問したかった。それに対してイエスさまはこう 語っています。 「人は新しく生まれなけれぱ、神の国をみることはできな い」(ヨハネ3:3) これに対しニコデモは、 「人は老年になっていて、どのようにして生まれることができ るのですか。もう一度母の胎に入って生まれることができま しょうか。」 と尋ねているのです。 このイエスさまに対するニコデモの理解のちぐはぐさのポイ ントは何か。それは、ニコデモの聖霊についての無知、これ に尽きます。 イエスさまはここで言うのです。 「イエスは答えられた。『まことに、まことに、あなたに告げま す。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはい ることができません。』」(ヨハネ3:5) わたしたちはこのように聖霊によって生まれている者なので す。 彼らがなぜこれほどまでにイエスさまの話しにトンチンカン なのか。それは彼らのうちに、まだ聖霊が与えられていなかっ たからなのです。聖霊によってイエスさまの話しがわかり、 聖霊によって初めてキリストの証人となることができるので す。 ヨハネ14:26に「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの 名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべての ことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのこ とを思い起こさせてくださいます。」 聖霊なるお方が、神の国のこと、義について、裁きについて 罪について教えてくれるのです。 ヨハネ15:26「わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち 父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしにつ いてあかしします。 」 気持はわかるよ。だけど、まだまだなんだよね。御霊が与え られて初めてわかるんです。 Ⅰコリント12:3「ですから、私は、あなたがたに次のことを 教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエ スはのろわれよ。」と言わず、また、聖霊によるのでなけれ ば、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。」 聖霊に感じて、この方が内にあってくださる事により、主は あがない主ですと言えるのです。 わたしたちは天国を宗教上の架空のものと思い描いている のではなく、聖霊により神の命を持っているので、言葉での 表現上のことではなく、天国が慕わしく帰るべきところ、もと もとあるべきところに帰るということ、そこでは御霊によって 生まれた命と同じ命であるということなのです。 イエスさまがこの世に来た使命は? ヨハネ1:18「いまだかつて神を見たものはいない。父 のふところにおられるひとり子の神が、神を解き明か されたのである。」イエスさまは、神を私たちに啓示 してくださいます。「わたしを見たものは父を見たの です」ヨハネ14:9と仰っています。イエスが人として 来たのは、イエスさまの在り方と人格を通して、神と はこういうものなんだよ、と理解できるようになので す。 それでは、聖霊なる神の使命とは? ヨハネ15;26「わたしが父のもとから遣わす助け主、すな わち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたし についてあかしします。」聖霊の使命は、イエスさまってこう いう方なんです、とキリストを証しする使命をもっている。 ヨハネ16:14「御霊はわたしの栄光を現わします。わたしの ものを受けて、あなたがたに知らせるからです。」御霊はキ リストご自身の栄光を現わします。 私たちがあの有名な使徒1:8「しかし、聖霊があなたがた の上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、 エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てに まで、わたしの証人となります。」を知っていますが、この聖 霊なるお方の命に生きていて初めてキリストの証人となるこ とができるのです。 「わたしは去っていくが、聖霊はいつもあなた方とともにい る。だからあなたがたを捨てて孤児とはしない。」と仰った イエスさま。ヨハネ16章は、このことも、色々な角度から語 っているのです。 ※筆者に、2、3聞き落としがあったことをお詫びいたします。
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