« 最後の晩餐 | トップページ | 「ブランデンブルグ」の予感 »

この人を見よ

2010317_062

2010317_061
 その祭りには慣例として望みの囚人ひとりだけを釈放してやっていた。イエスのほかにバラバという極悪人も捕えられていた。ピラトが「誰を釈放してほしいのか。バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」と民衆に問うと、民衆はバラバの釈放を選んだ。そして罪のないキリストが十字架に架けられる。
 事実関係をよく確かめもせずに罪なきものをつるし上げる。いまでもよくあることだ。しかし神はキリストをねたむ者、憎むものたち、また群集心理をさえも総動員させて、十字架の贖いを成し遂げられたのだ。

「父よ彼らを赦したまえ、彼らは何をしているのかわからないのですから」

 これは、自分をだまし、裏切り、陥れ、捕縛し、つるしあげ、虐待し、あらゆる手段を尽くして、のたうち回らせようとする者たちのために祈ったイエスさまの言葉です。

|

« 最後の晩餐 | トップページ | 「ブランデンブルグ」の予感 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: この人を見よ:

« 最後の晩餐 | トップページ | 「ブランデンブルグ」の予感 »