「世界・美の旅・ミレー~種播く人は~」より
ジャン=フランソワ・ミレー。彼は敬虔なキリスト教徒だった。彼の自画像を観る限り、風貌は農耕で日照や風雨にさらされた人のそれではない。彼は貧しさという現実を受け入れ自ら農に取り組む傍ら絵を描き続けた。30歳で結婚した妻は3年後天に召された。再婚しバルビゾンに移住。ここで『晩鐘』『落ち穂拾い』などを描く。9人の子どもの父親として農民として画家として生き、1875年死去。
彼が1814年に生まれ、育ったノルマンディーのグリュシーは住民が12家族にすぎない殺風景な小さな村だった。ただ父親は村の教会で合唱の指揮者だった。そんな中で彼の情操が育まれたのだろう。22歳でパリに出る。26歳で肖像画が初入選。
貧しいけれども、これが人間の、芸術家の一つの足跡だ。バルビゾンの風景、何枚かの絵、彼の使ったパレット、椅子にも理屈抜きに静かに語りかけてくるものがある。
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