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2010年3月

「天使」

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 これは、昨日友だちが玄関先に届けてくださった絵はがきです。深沢省三氏の「天使」。鈴木三重吉氏創刊の「赤い鳥」に昭和2年8月に掲載されました。

 深沢省三氏(1899~1992)
岩手県盛岡市生まれ。洋画家、童画家。
東京美術学校で藤島武二に師事。
在学中から「赤い鳥」に挿絵を描く。
1920年帝展初入選。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 キリスト教会では、いま受難週を過ごしています。
28日(日)は棕櫚の聖日
29日(月)は宮きよめ
30日(火)イエスさまが論争された日
そして31日(水)はイエスさまの詳しい記述がない沈黙の水曜日です。

3月最後の音楽はバッハのブランデンブルク。午後の光に煮え立つ海の面に、たくさんのヴァイオリンの弓が上下し、波間に金管が冴え鳴りわたる光景がうかびます。3月おわりのこの一日を主に感謝しつつ。

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クレネ人シモン

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 いつの間にか裏庭にこんな花が。はしゃいでいるような、すましているような。明け方の冷え込みにじっと堪えて、久しぶりに迎えた明るいひざしに笑みがこぼれています。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

月報「あしょろ」(2009年11月号)に「クレネ人シモン」(マタイ27:32から)のことが書かれています。平井実先生のエッセイです。抜粋します。


 イエスの生涯、たとえいっしょに死ぬようなことがあっても主に従います、と断言したペテロたちが、イエスの処刑の日、だれ一人イエスの十字架を負 うどころか、イエスを見捨てて逃げ去りました。それからわかるように、人間の決心とか、喜びの感情とか、恵みによる自発性などは、いかにもろいものである かを知ることができます。
 これに反して、無理やりに負わせられたクレネ人シモンは、キリストの十字架を最期まで負っ て、彼の後についていきました。後日、……この十字架がきっかけとなって、シモンも妻も、息子たち二人もクリス チャンになり、教会の中で重要な働きをするようになりました。

(ここからはブログ筆者です) 十字架の意味も知らずに十字架を負う、それはたしかにあることです。しかしそれを最期まで担いきるなら、神の祝福は必ずある、そう教えられました。


 

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草地

 春先には、チューリップや水仙の芽の間に生えたはこべや姫踊子草を雑草としてむしり、夏が近づいたときには、それこそカゼクサ、メヒシバのようにさまざまな草がはびこってくる。一本一本を気をつけて見ることもなかった。

Timothee (Phleum pratense subsp. pratense).jpg

 けれども、この写真にあるチモシーのような草は懐かしい。早朝に玉の露に光り、高原の薫風にゆれるさまは胸の隅々までを爽やかにしてくれる。

 実はこれを牛や馬、ウサギも喜んで食べるらしい。チモシーだけではない。牧草地の草をクリックしてみると家畜たちが喜ぶ草はこんなにたくさん! 山地酪農では牛がクマザサも食べているらしい。消化機能が驚くほどに優れているのだ。もちろんクマザサだけを食べさせているわけではなく、場合によっては穀物などの飼料もプラスしている。
 草地で育った牛は牛舎に繋がれて育った牛よりも小腸、大腸の重量が大きい。ここでも放し飼いの方が牛が本来持っている機能が存分に生かされることが分る。牧歌的な情緒でいうわけではないが、牛や馬が、このような風も香り虫が飛び交う豊かな草に鼻面を触れさせてゆったりと青い草を食べられるとしたら。

 近頃は、スーパーに肉が並んでいると、すこしはのんびりと草を食べた牛かな、それとも牛舎につながれて濃厚飼料ばかりを食べさせられた牛かな、虐待されなかったかな、などと見るようになった。屠殺、解体を潜った肉ではあるけれども、そこまでに至る過程がどんなであったかに思いが至る。

 いまどれだけの食品が、スーパーや飲食店、ホテルなどで投棄されているか、数字はわからないがこれもまた気になる。食品を粗末にすることは、命を粗末にすることでもある。食前に感謝の祈りをすることは、自然体系にも適っていることのように思う。

             

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きょうのことばー棕櫚の聖日ー

 きょうはキリスト教会ではパームサンデー(棕櫚の聖日)として礼拝が持たれました。「棕櫚は西洋絵画では勝利及び殉教を象徴する図像として描かれる。」(wiki)ようです。イエスさまはこの日、ろばの子に乗ってエルサレムに入られました。群衆は上着や棕櫚の木のえだを地面に敷き、
  ダビデの子ホサナ(主よお救いください)。
  祝福あれ、主の御名によって来られる方に。
  ホサナ。いと高き所に。」
と歓呼の声をあげて、イエスさまを大喜びで迎えたのでした。


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  さてきょうの礼拝での國光牧師先生の説教の
題は「十字架の福音2」 
聖書の引用箇所は「第一コリント15:1~11」
           ー主の御受難を思うー

 パウロが受けた福音。即ち十字架の贖(あがな)いの完成こそが福音なのですが、人々の間には、キリストに対する偏見、誤解があります。福音の真理をわからせまいとするこの世の原理がはたらいています。それは
第二コリント4章3、4節にあるとおりです。「それでもなお私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは、滅びる人々の場合に、おおいが掛かっているのです。その場合、〝この世の神〟が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。」

 福音がなぜこの世の人に受け入れられないのか。それはこの世の暗黒の勢力が何とかして人々を福音から遠ざけて、まったく関係のない生き方をさせようと日夜動いているからです。人を福音の圏外に追い込んだ悪魔は、してやったりと手を叩いて喜ぶのです。
 実は、イエスさまがエルサレムに入って来られたときに、人々が、ホサナと歓呼で迎えたのは、イエスさまに福音を求めていたのではなく、イエスさまがこんどこそダビデやソロモンのような栄華に自分たちを引き上げてくれるに違いないといった期待からでした。〝この世の神〟はキリストを徹底的に否定します。イスカリオテのユダは3年半の間イエスさまと一緒にいました。いつかはイエスさまがもの凄いサプライズで、人々を驚かせるだろうと思っていたところが、どうも違っていたようなのです。そしてユダはイエスさまを裏切りました。
 回心するまえのパウロは、律法学者たちと同じように、どうしても受難のキリストに目を開かれることはありませんでした。ステパノが石打ちの刑で殉教したときにも、ーこのときステパノは神の右の座に着く栄光のイエスさまをはっきりと見たのですがー、パウロは、その現場に居合わせた人物だったのです。しかしこのステパノの殉教が、後の大使徒パウロの誕生に大きな役割を果たしました。
 〝この世〟で価値があるとされるものの多くは、何とかして聖書から私たちを引き離そうとします。多くの人々がそんな濁流の渦中にあるのです。

 しかしパウロは
第一コリント15章10節で、こう言っています。「ところが、神の恵みによって、私はいまの私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての弟子たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。」
 パウロの言うところの福音は、神の恵みの福音なのです。「聖書に従って」「聖書の示すとおり」の「神の恵みの福音」なのです。この「恵み」は重要です。第一テモテ1章11節で「…栄光の福音によれば、こうなのであって、私はその福音をゆだねられたのです。私は、私を強くしてくださる私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。…私たちの主のこの恵は、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました。『キリスト・イエスは罪人を救うためにこの世に来られた』ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。」と語ったパウロ。ここに、こんな者が神の福音に与ったとは、というパウロの感謝が溢れています。

 福音は神の恵みそのものなのです。そして、人間がこの神の恵みを受け取る手段は信仰以外にはありません。有難うございます、感謝します、といって受け取るだけでいいのです。業や行いによって救われるのではありません。もし行いによって救われると説いているなら、これはパウロのいう福音ではありません。
 きょうはパームサンデーですが、私たちはいったいどのような動機、心根から「ホサナ」と歓呼を発しているでしょうか。イエスさまは、他でもない罪の赦しと永遠の命とを与えるために来られたのです。そのことをしっかりと覚えながら、歓呼の声をあげさせていただきましょう。
 イエスさまは、神殿に来てまで商いをしようとする強欲な者たちを、縄のムチで追い払いました。私たちの心をきよめてくださるのは主イエスさまです。私たちが、自分の力で自分の心をきよめようとしても不可能です。ただ信仰によって私たちは罪からきよめられるのです。イエスさまを罪の贖い主として、「ホサナ」と心からお迎えしましょう。


 
宮きよめの月曜日、論争の火曜日、沈黙の水曜日、最期の晩餐とゲッセマネでの捕縛された木曜日。そして金曜日にはイエスさまは朝に十字架に架けられ午後3時には絶命され、贖いを全うされたのでした。この受難週を意義深く過ごそうではありませんか。pen

教会の所在地 インマヌエル盛岡キリスト教会   

〒020ー0147 盛岡市大館町12ー26  電話019ー646ー2924

※説教は教会の一信徒の聞き書きです。先週の復習の部分は割愛しています。また聞き違いも若干あるかもしれませんがご容赦ください。

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あすは棕櫚の聖日

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 去年の今ごろに撮った写真です。小岩井。羊が生まれていると聞き急ぎかけつけたのでした。光と雲がきれいでした。逆光です。
 きょうはすこし頭痛がしていますので、これも警告と受けとめ早めにやすむことにします。
 
 5月ごろからは牛や馬、羊もこのような牧場に放牧されるのでしょう。去年も載せましたが、羊もアップしておきます。

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 きょうは一日雪。とくにもりおか童話の会に出かけるときには、雪を落としたばかりのフロントガラスがすぐに見えなくなるほどに降りました。ワイパーが重そうに雪を掻きながら孤を描きます。向かい来る対向車、信号機の青にも雪、雪、雪。
 
 一回の推敲で10枚となった原稿を読む。母のことを書き残したいと思っていたが、取りあえず文字には成した。

 ここで区切らないとだらだらと長くなりそう。健康第一。明日は教会、棕櫚の聖日。

 

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雑感 ー思いつくままにー

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 長男が500㌔遠隔の地に移住してまる二年。厳しいときもあったようだが、何とか切り抜けたようだ。二男はぼちぼち先ざきの思案を始めたもよう。教会と兄弟姉妹方の熱心な祈りをいただいている。神様の憐れみと守りとのお陰です。

「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い、その恵はとこしえまで。」詩136:1

    ◆  ◆  ◆◆

 ちょうどカラヤンのブルックナーの第7番も終わりました。作業に没頭した部分は聴いていないのですが、ハイライトになると無意識のうちに耳が7番に向いている。作曲家というのは凄いものです。カラヤンについてはリンクしたRadikal紙にさまざま書いてあるのですが、こればかりではなく最晩年、カラヤンは、激痛に見舞われながら指揮台にあがっていたらしい。この7番を振ったときのカラヤンはそれまでのようなカラヤンではなく、神の何らかの取り扱いを受けたあとのカラヤンだったとわたしは信じたい。

 あすの午後は童話会。善し悪しは別として原稿を8枚書きました。諸先輩の原稿を楽しみにしつつ。

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少女

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 また雪がふりました。たしか去年の今ごろもふったような。春の雪ですからすぐに解けます。けれども一日中ふっていました。

 お人形をだっこする少女。ほんの5㌢ほどの大きさです。このような写真を載せたことはありませんでした。酪農をやっている友だちのお嬢さんも、こんなに小さなときがあったでしょう。それが大きくなって、いつのまにやらお嫁入り。いまはお母さんとなって、こんどは、こんなふうに赤ちゃんをだっこしているのです。

 あどけなく無心に遊ぶ少女。我が子に傾けた慈しみの深さ。忙しければ忙しいほど注ぎたかった愛。こどもへのその心は永遠に生きるのでしょう。

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雑感 ー思いつくままにー

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 さて何を書こうかなと思い巡らすうちに、酪農経営をしている友だちの声が、どういうわけか声だけが闊達に蘇った。いま顔が過ぎった。彼女には孫がいるのだ。「娘が結婚するのよ」と聞いたときは嬉しかった。次に会ったときには「生まれたの」。感無量だった。その喜びはここに簡単に言い尽くせるものではない。磊落な笑い。深刻な腰痛で、ありとあらゆる病院、医院、治療院にジープを駆っていたときも、彼女は笑っていた。あらゆる状況を笑い飛ばしていた。牛舎に響く牛の鳴き声。スタンチョンの金属音。バルククーラーをたっぷりと浸す搾られた牛乳。機嫌よく草をはむ牛たち。草地に動く糞尿散布車。高原に延々と続くキャベツ、大根、白菜、デントコーン。乾草の収穫。脳裡に見るスライドショーに苛酷さは映ってはいない。むしろ生きており輝いている。不思議な光景だ。spade

 アガバンサス、去年はたった一輪だけ咲いた。品性かぐわしい薄い藤色の花だ。今年はもう八つの蕾がついている。ここにいれるのも不自然と思いつつ、思いつくままに。diamond

 今朝も白鳥がV字を成してはるか上空を飛んでいた。家の中にいても、白鳥の声は聞こえる。それから急いで出ると必ずといっていいほど、見逃すことはない。
 カウ、カウ、カウと聞こえる。

ー書いているうちに0時が過ぎてしまった。慌てて保存にしたが間に合わなかった。今月こそカレンダーを塗りつぶそうと思っていたが残念! ー

 白鳥はまるでヒトに、しばし滞在した地に別れを告げてでもいるかのようだ。甲高く鳴いて、いま去ります、と告げているようにも聞こえる。club

 

 

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食物の奪い合い

 朝まだき、心に賛美歌が流れた。note あっ、誰かがわたしの為にも祈っている。spade いつも誰かに祈られ生かされているのだ。club 祈りが何になるの? 祈るなんてナンセンス。眼に見える実効性なんか何もないじゃないの、そう思ったこともあった。けれども、いまは祈ることがどんなに大事かが分っている。眼に見える実効性など見えなくたっていいのさ、そう思ってさえいる。教会が、兄弟姉妹が、自分が真っ直ぐに進んで行けるように、たとえ倒れても起き上がることができるように祈ってくれているとしたらそれは素晴らしいことだ。diamond

 庭の仕事をするにはまだ寒い。チューリップや水仙の芽がからりと出揃っている。芽の数で、また球根が増えたことがわかる。硝子戸には黄砂が雨に流れたさまが描き出され乾いている。簡単に硝子拭きをした。

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「人はパンのみによりて生くるにあらず」、「衣食足りて礼節を知る」こんな言葉が浮かんだ。食のことを言ったところで、いまや陳腐なだけという思いがある。農にしてみたところで、農業関係著書の目次を拾っただけで、いまや地球規模の政治、経済、環境問題などあり、予め海外の日本への思惑を知らなければ方向を打ち出すことさえできないのではないか。そんなことを思いつつ、またそちこち検索していたところ、下記の記事があった。最新情報だ。

  共産党の代表と研究者が一堂に会した「農業と林業の今と未来を考えるつどい」(14日高松市)があった。パネリストは、東京大学大学院の鈴木宣弘教授ら。鈴木教授は、日本が「農業過保護な国」と思われているが、食料生産の関連予算は減り続け、さらなる貿易自由化にさらされていると指摘。日豪、日米、 日・EUのFTAなど自由化が続くと食料自給率は12%まで落ちると警告。「食料政策予算は国家戦略として確保する必要がある」とのべた。

 また港氏は、JAが取り組んでいる「新たな共同」について説明。木村氏は、森が荒れた原因として、木材の輸入自由化と価格下落をあげ、「大きな支援が必要だ」と訴えた。

 有坂氏は、鳩山内閣の戸別所得補償の問題として(1)補償水準が低い(2)転作作物への補助が大幅に減額される(3)輸入自由化促進と一体で進め ている―と指摘。価格保障と所得補償の組み合わせで再生産を保障する、輸入自由化をやめ、関税の維持・強化―という党の提案を紹介。農林業を守り住み続け られる地域づくりへ共同を広げようと訴えた。ー2010年3月23日(火)のしんぶん赤旗ー

 日本は自給率を50㌫まで引き上げるとしているが、やはり輸入自由化に楔を打たなければ、いくら躍起となって資金を投入しても、穴の開いたボトルに水を溜めようとするような結果しか得られないのではないか。輸入自由化を阻止できない〝元凶〟がある限り自給率の引き上げは成らないのではないか。日本にとって、この〝元凶〟を有り難いと受けとめるか、尚もやむを得ないと泣き寝入るのか、まことの元凶として断固退けられるのか、ここに掛かっているのだろう。この内容は更に学んでみないことには、この程度で言えることではないと思う。ただ、原剛はこういっている。(94年時点でのことだが)「地球温暖化による降雨パターンの変化…オゾン破壊で増える有害な波長の紫外線のもたらす植物の光合成の低下による作物の減収、地球規模で進む環境破壊、食料の輸出国輸入国がいつも平和でいられるか、日本の貿易収支は黒字であり得るのか、今世紀末63億人になる人類に食料生産が十分間に合うのか。途上国の農業は生産ベースに追いつけない。日本が食料自給を低くして、外国から大量に輸入することは、飢餓に脅かされている途上国の国民から食料を奪う事にもなりかなない」

 先頃のハイチでの、チリでの食料の奪い合いには、何とも言われぬ思いがした。しかし、もし自給率を上げることに手をこまねいた場合には、あの食料を奪い合う光景が、国家規模で、というよりも地球規模で起きることになるのだろう。弱く貧しい国々が、人々がとことん搾取される構図だ。

2010年3月24日現在の世界人口は68億5698万3625人です。

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ア・ラ・カ・ル・ト 雑感

 きょうのブログはセラ(休息)のときとしようと気楽にしていたところ、風が窓に唸り、硝子をゆらし駆け抜けていった。と、救急車の音。間近に迫ったが、50㍍先の角を折れた。しばし感慨にふけった。いまやっと我に返る。flair

 盛岡きょうは最高気温4、4度、最低気温マイナス2度。風があり寒く感じられる一日だった。
 午前中は教会の年一回発行の「葡萄の樹」の製本を手伝った。編集、印刷は牧師夫妻。敬愛する姉妹方と並んでの作業だ。冊子作りがこんなに楽しいとは!
 手作りだからいいのかもしれない。
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 一時期わたしは、生涯終えるまでに、あと一冊は本を出したいと思っていた。しかしどうだろう。それなりの経費をだして出版しても、特に自費出版であれば、友人知人が義理で購入してくれるぐらいのものだろう。舅がよく、「公害にも出版公害というものがある、自分史を書いて買ってくれと持ち回る者がおるが、本当はみな迷惑している」と言ったことがある。だから、一冊目を出版したとき、わたしは、書店に頭を下げて置いて貰ったものは別として、ほとんど売らなかった。手持ちのものは九割方差し上げてしまった。これが良かったのか悪かったのかは分らない。ただ人に迷惑をかけたくない一心だった。プロの方なら堂々と売っても誰も疑問とはしないが、わたしはアマチュアなのだ。
 出版するほどの内容を盛り込めるなら、その方は是非出版費をかけてでも出した方がよいだろう。
 私が今の段階で自分に関して思うことは、たとえ切れ切れでも、ブログに載せたほうが、まだしも読んでくれる方があるかもしれないということだ。わたしのブログは、間違いを訂正してくださろうという方、或いは、すこしは頑張っているようだから読んであげようかといった、前にも言ったが、こういった篤志家の方々に支えられている。それでも、思いがけず迷い込んできて、まあ読んで帰ろうかといった方もあるにはある。
 何れブログに書いておくほうが、本にするよりも経費もかからず、いくらかは人様にも読んでいただけるように思う。
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 「日本の農業」 原 剛 著
これを書店で見たときはたしか20回以上版を重ねていたはずだ。アマゾンで検索すると1円からあった。ただ版は古い。送料がかかる。古書店では店主が座っている目前に置かれていた。よほど買おうかと迷い止めた。書店で見たときからこれは必読の一冊だと思った。結局、図書館から借りた。
 この本に書いてあったことだが、

「政治、経済抜きに生物の生存条件という点から見ると、どの生物もエサ場は生息地の近くにもっています。それが生態学の法則です。農業技術と大量輸送のシステムが発達したので、われわれは世界中から食糧を持ち込み、エサ場から遠く離れて住むようになった。科学技術の勝利と見ることもできるでしょうが、基本的にはこういう生き方は、生態学の法則からはずれているということを認めるべきです。穀物自給率が30パーセントの日本人は、ひょっとすると生物としての機能が衰えてきているのではないかという疑問もわいてきます。『石油、食料、エネルギーを制するものが世界を制する』と見るアメリカ政府のリアルな状況判断に学びたいですね」ー内島善兵衛(農業気象学者)ー

 1994年発行と、古い版ではあるけれども、教えられた。

教えられつつも、最早この手で自分が食べる分量さえも作り出すことができず、牧畜や狩りさえもできない情けない自らとなってしまっているのに気づいた。


 

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きょうのことば

 きょうは風が強かったですね。千葉市では38、1㍍、旭川では34、1㍍メートルの最大瞬間風速だったようです。旭川は大正7年以来とか。ほんとうに現地の方々は生きた心地がしなかったことでしょう。ここ盛岡市では大きな被害は見られませんでした。小雨がぱらつくところ、教会に行こうと車に乗り込み、ワイパーをかけると茶色の水が流れ、黄砂がふったことに気づきました。雨がきれいに洗い流してくれました。昨夕40羽の白鳥がV字に隊列を成して帰っていくのを庭先に見送りましたが、もしかすれば、きょうこのように風と雨と黄砂に見舞われることを感知していたのでしょうか。今頃はどの辺を飛んでいるのでしょう。

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 この写真は晴れた日に撮ったものですが、きょうのように小雨が降ろうと風が荒れようとも、十字架はしっかりと立ちつづけています。白鳥さん、疲れたなら、どうぞここで休んでください。翼が折れたなら舞いおりてください。あなたが休むあなたのための席はいつでも用意されています。

   〒020ー0147盛岡市大館町12ー26 インマヌエル盛岡キリスト教会 ℡019ー646ー2924

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 きょうの國光牧師先生のメッセージは「十字架の福音」。聖書からの引用は、第一コリント15章1~11節。これは、パウロが、自分が伝えたい福音とは何であるのかを集約して述べている箇所です。この中の3~10節

「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、…次のことです。キリストは、聖書の示す通りに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中の大多数の者はいまなお生き残っていますが、すでに眠ったものもいくらかいます。その後、キリストはヤコブに現れ、それから使徒たち全部に現れました。そして最後に月足らずで生まれた者と同様な私にも、現れてくださいました。私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は、神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は、いまの私になりました。」

 パウロが自分を「月足らずで生まれた者」と言っているのは、彼はクリスチャン迫害の急先鋒であり、殉教者の血によって汚れているという自覚からでした。裁かれ滅ぼされて当然であるこの私が、神の恵みによって今の私になったと言っています。いま生きているのは、神の憐れみのほか何ものでもない。そして神の恵みは無駄にはならず、他の弟子たちよりも多く働いたが、これは私の力ではなく神の恵みによると語っています。

 「福音」の殻を割って中を示すなら、「聖書の示すとおり」のものであり、聖書が示しているのは、キリストの十字架と復活なのです。「福音」によって救われる事は、神の恵みによってなされることです。「福音」の裏付けは、すべて「聖書に示すとおり」 にあるのであって、信仰は感情に立脚しているのではありません。感情に信仰の拠り所を求めていると、感情が落ちたときに信仰がぐらつきます。感情の状態に拘わらず〝聖書がそう言っているから〟救われるのです。聖書が〝大丈夫〟といっているから大丈夫なのです。

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 さて、こんどは聖書が聖書全巻で最も伝えたい箇所はどこかというと、

ヨハネ3:16 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された、それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠の命を持つためである。」

なのですが、このお言葉の前にはこんなことが書かれてあるのです。

「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。」ヨハネ3:14

これはどういう意味でしょう。これは旧約聖書の民数記21章からの引用です。その昔エジプトの奴隷だったイスラエルを神は十の災い下して解放しました。荒野で食べ物が無かったときには、神は天からマナを降らせてイスラエルを養ったのです。しかし民はマナに飽き飽きし、こんなことならエジプトにいた方がまだましだとさえ不平を言うようになりました。神はこれを聞き、燃える猛毒の蛇をキャンプに送り込んだのです。イスラエルは次つぎに噛まれて死にました。神の恵みの中にいながら、その恵みを認めることが出来ず、つい不平不満を言ってしまう。こういった呟きが罪であり、罪を持ったものは裁きをうけなければならない。しかし神は、民に一つの解決策を与えました。モーセに命じ、青銅の蛇を作らせ、旗ざおの上につけさせ、それを仰ぎ見たものは救われるようにしたのです。旗ざおに上げるのは毒を持った燃える銅の蛇ではなく、青銅の蛇にしたのでした。罪を持った蛇ではなく、青銅の蛇を上げたのです。これはイエス・キリストの十字架の救いの雛形でした。「モーセが荒野で蛇を上げたように人の子も上げられなければならない」とは、

 本来なら、罪を犯した私自身が十字架に上げられなければならないところを、神は代わりに罪のないイエスを十字架に上げて、私たちはそれを信じるだけで救われるようにしてくださった、という意味なのです。そしてこれは聖書が示している事実なのです。

 イエスが十字架に架けられるのを目前にし覚悟したとき、弟子達がいったい自分をどのように理解しているかを尋ね確かめました。

イエスは彼らに言われた、「あなたがたは、わたしを誰だと言いますか。」マタイ16:15  シモン・ペテロがこたえて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」マタイ16:16

 この答えに頷かれたあと、イエスは、ご自分がエルサレムへ行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子達に示し始められたのでした。

「福音」は「聖書の示すとおり」に実現するのです。

来週はパームサンデー(棕櫚の聖日)です。

※この教会の一信徒が牧師先生の説教を聞き、概略を書かせていただきました。

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カラヤンの最晩年ーブルックナー交響曲第7番ー 

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 カラヤンは帝王、独裁者といわれているが、「フィルハーモニーの風景」(岩城宏之)によれば、「カラヤンは誰か一人を名指して注意するというようなことを、決してしなかった」らしい。ホルンの音程を注意したいときには、第一ヴァイオリンに向かって指揮しながら主席ホルン奏者にウィンクする、反応がなければヴァイオリンに注文をつけながら再びホルンの主席にウィンクして気づかせ直させたようだ。こうなると抱いていたカラヤン像の一側面が塗り替えられる。岩城は22、3歳のころ、直にカラヤンのレッスンを受けている。カラヤンは、「ドライヴ゙してはいけない。オーケストラをキャリーしろ」と説いている。これは乗馬にたとえたもので、「ドライヴ」とは「馬に跨り手綱を引き締め、どの瞬間にも馬をコントロールし続け、自分の意志の通りに馬を動かす」こと。「キャリー」とは「手綱を緩め馬を自由にしてやる。馬は乗り手の存在を忘れ、自分が行きたい方向へ好きなスピードで進む。しかし本当は完全に乗り手に統御されている。指揮とはこうあるべきだ」と指導したらしい。実際には、カラヤンの棒を超えて、ウィーン・フィルという馬が走りまくった一幕も。カラヤンは平然を装い振っていたという。とはいうものの、やはりカラヤンは音楽監督として君臨し続けた帝王だった。

 最晩年、世間は、「以前の華麗な指揮ぶりがみられなくなった」とカラヤンの衰えばかりを騒ぎ立てたらしい。しかし岩城宏之は「彼の指揮はとてつもなく高い次元に到達した」と見ていた。

 カラヤンの生涯最後の演奏会は1989年、ウィーン・フィルとのアントン・ブルックナーの「交響曲第7番」だった。同年7月16日にはザルツブルクの自宅で急逝。81年3ヶ月の生涯だった。ーカラヤン読本Herbert von  Karajan(1908ー1989)ー

 この交響曲は齢60歳のブルックナーに初めて作曲家としての大きな成功をもたらした。簡潔明快な構成、動機の対位法的処理、重厚な和声、抒情的旋律の美しさと崇高さは、この交響曲の印象をいっそう深いものとしており、主題の並置による展開や同型反復の多用も、独自の有機的関連を豊富な楽想に与えることになっている。ー解説 萩原秋彦ー

 ブルーノ・ワルターは「ブルックナーは神を見た」と言っているが、この作曲家ブルックナーの7番を聴いて明日に備えようと思う。

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穴あきキャベツ、曲がった胡瓜も

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 花巻では借家に住んでいた。家の周りは畑だった。毎朝、窓から朝日に輝く竹林や草をむしる人が動く姿を眺めながら食事をしたものだった。この畑の野菜は、殆ど無農薬で作られていた。タバコの吸い殻を水で溶かしたものを根元に撒いたり、木酢液を薄めて散布していた。それで十分虫の駆除もできるのだろうと思いこんでいた。
 ある日この畑の方から、立派なブロッコリーを頂いた。茹でようとしたところ、キアゲハの幼虫ほどの大きさの青虫が5、6匹ついているのにぎょっとし、食べる気が失せたのだった。1、2匹ならこわごわ取りのぞいて茹でたと思う。5、6匹に度肝を抜かれてしまったのだ。キアゲハやアゲハの幼虫には嫌悪感を持たないのに、見慣れぬ青虫にはそんな反応だった。いま検索してみたが形状からしてヨトウムシだ。芋虫というべきだろうか。呉れた方がほどなく戸口に現れ仰るには、「虫ついでだの、あげだったがもしれない、こっち、どうぞ」と虫のついていないブロッコリーを差し出される。恐縮してしまった。
 ならばスーパーで売っているまったく虫もついておらず、形も良く、色もきれいな野菜はどうすればできるのか。いまのところ農薬とそれなりの手作業の投入だろう。
  しかし、遅ればせながら 「日本農薬事情」を読むうちに、なぜ誰もが農薬の害を知りながら、きれいな野菜、虫のつかない野菜を、生産者に薬害という犠牲を強い、過剰な労働を投下させてまで食べなければならないのだろうと疑問が湧いてきた。わたしなどは遅きに過ぎるのであって、すでにそういった意識をもって生産している方、消費者としての自覚を持った方々、健康を守ろうとする方々がいらっしゃるが、これがもっと多くの消費者に浸透していかないのは何故だろう。1990年の本で言うのも何だが、公開ヒアリングなどで、農薬会社は、「指摘された危険性は予想以上に少ないとか、ラベルの変更や使用規制で少なくできるとか、この農薬を使用することによる利益の方が危険性を上回る」などと反証しているらしいが、いまでもそうなのだろうか。
 新薬の開発は、「一般に実験室で化学合成された化学物質が農薬登録を修得して売りにだされるまで、最低10年の年月と、直接経費だけで20億円を超す費用が必要」らしい。「実験室で合成した約一万個の化学物質をスクリーニング(効力選抜試験)して、10年後に一個がモノになっていたら成功」だという。時間、経費がこれだけかかるというわけだ。しかしどんなに時間、経費をかけて開発されるものだとしても、人に、自然に害を為すとなればどうだろう。ただ農薬には〝必要悪〟という側面がないではない。
  農薬を使わない野菜は高くつくという側面もある。こうなると我が家などもエンゲル係数に頭を痛めることにはなる。すでに痛めてもいる。
  各家庭の家計のそれはそれとして、もっと農薬の害について、各省庁や、販売する以上責任のある製薬会社が資金を注ぎ込ぎこんで、わたしのような一主婦に、子どもにも、目に留り、耳に残るようにキャンペーンを張ったらどうか。たとえば残留農薬をシンプルな図式にして映し出すとか、曲がった胡瓜や虫で穴の開いたキャベツを美味しそうに食べている光景を楽しい音楽と共に流してみたらどうだろう。たまにテレビを点けたとき、グルメかなにかをいかにも旨そうに食べて見せている番組に出くわすことがある。同じ食べ物の番組を制作するなら、むしろ、食を問い直すようなものを制作してみてはどうか。
 やはり主婦が、ヨトウムシの5、6匹に脅えるようではならないだろう。こんな有様も含めて、見目の良い味のよい形の良い野菜果物を求め食べることに、不自然さと違和感を覚えるこの頃である。
 

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いちばん大切なのは

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                                                     spade                

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                       club
  
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                  空気
                     青い空
                 白い雲
                     蕗の薹
                どれも月並みだな
           
ちっとも面白くない                
                                        
                    だけど
                   月並みで
                ちっとも面白くない
                どってことないものほど
              ほんとうは
           いちばん大切なのさ
 

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「我は葡萄の樹」

ヨハネ伝15章5節
「我は葡萄の樹、なんじらは枝なり。人もし我にをり、我また彼にをらば、多くの実をむすぶべし。汝等我を離るれば、何事をも為し能わず。」


庭に植えてある葡萄はナイアガラだ。ナイアガラは大粒種の生産がない時代には量産されていたらしい。いまはそれほど多くはないようだ。
 実がなる時期には、内心、何もこんな葡萄を植えなくても、もっと甘くて大粒の美味しい葡萄があるのにと思っていた。食べたくもなかった。
 一方、裏庭に植えた林檎の樹には、なかなかまともな実がならない。店先に並んでいるような林檎を穫るには、摘果などはともかく、農薬も必要、しかも、袋かけ、玉廻し(裏側にも日光を当てる)、尻あぶり(地面に銀色のシートを敷き、日光を果実の尻に当てて着色をよくする)、葉摘み、人口着色(蚊帳を張って散水しながら光に当てる)までするようだ。
 ところが、ナイアガラにはほとんど手がかからない。というよりも、何もしなくても結構均一な大きさの香りの良い実がなる。これは凄いことだと気づいた。大風が吹き荒れたときも落ちなかった。出荷する葡萄となれば、こうはいかないかもしれないが。
 何れナイアガラの凄さがわかった。ワインにも多用されているようだ。薬をかけなくとも実がなるところが凄い。病気にも強いということになる。余所のナイアガラはどうか分らない。大差ないとは思うが。これからは、賞賛しながらナイアガラを感謝して食べようと思う。

 イエスさまが言った葡萄の品種は何だったろう。品種改良された大粒の甘い葡萄ではなかったろう。ご自分と信仰者との関係を葡萄の樹に譬えられている。やはり葡萄の樹は優れているのだ。夥しい数の実。なんという豊かさだろう。

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バッハ:ミサ曲ロ短調ーレオンハルトー

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1月31日にリリング指揮で盛岡バッハ・カンタータ・フェライン、仙台宗教音楽合唱団参加するコンサートを聴いた。あの時は、あまりに曲に埋没して聞いてしまったという反省がある。細大漏らさずに聴こうとするあまり、終始意図的に自らを緊張させ、本来あるべき鑑賞の在り方からは若干逸脱していたように思う。しかしそのような意図をも包み込み納得させてくれた心に響く演奏だった。この演奏をいま一度と思いつつも、このコンサートの盤がないので、代わりに、ハード・ディスクに入れてあるレオンハルト盤で聴いてみた。特に第二部のホザンナ、ベネディクトゥス、アニュス・ディを繰り返し聴いた。ホザンナはチェンバロの指さばきを思わせる切れのよさだベネディクトゥス(いと高きところにホザンナ)の黄金色といえば月並みだろうが、金管楽器の金管色の光芒とも聞こえる光の屈折。アニュス・ディ(われらに平和をあたえたまえ)では、もうすこし男声の低音部の支えが欲しいと思ったがどうだろう。それにしてもヤーコプスはレオンハルトの影響でカウンターテナーになったという。プールナールはバロック、古楽の音声。エグモント、カンプも古楽の歌い手だ。

 リリンク指揮のもとでの合唱団の取組みの意気込み、そしてあの歌の心を思い出すとき、このレオンハルトの録音には若干物足りなさを覚えた。レオンハルトを生で聴いていないからかもしれない。

 ただ実に聞きやすい。ミサ曲をすんなりと聴かせてくれる一枚であることは確かだ。

アーティスト  レオンハルト(グスタフ)

       ソプラノ(仏)  プールナール(イザベル) 
       メゾソプラノ     ロランス(ギュメット)
       カウンターテナー(ベルギー) ヤーコプス(ルネ)
       テノール(英)   エルウィス(ジョン)
       バリトン(オランダ) エグモント(マックス・ファン)
       バス(オランダ)   カンプ(ハリー・ファン・デル)


指揮 レオンハルト(グスタフ)
作曲 : バッハ
演奏 : ラ・プティット・バンド
演奏 : クイケン(シギスヴァルト)
レーベル : BMG JAPAN
リリース日 : 2008-11-26

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林檎の〝おくすり〟

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 いま我が家で食べている林檎は富士だ。これは11月に収穫される。いまのところ年中切らさずに食べている。バラ科だというのにはすこし戸惑ったが納得。林檎は現在7500以上の品種が栽培されているという。品種改良に次ぐ品種改良の結果らしい。出始めの千秋、ジョナゴールドに始まり津軽、王林、富士の順番で食している。購入先は朝市に店を構えているおばちゃんからだ。配達もしてくれる。食べるのが勿体ないようなきれいな林檎だ。

 林檎はよく聖書中でアダムとエバとともに描かれているが、ヘビがそそのかして食べさせたのは林檎ではなく「善悪を知る木の実」であった。ギリシャ神話の中では、林檎で美女を選ぼうとした一幕も。アップル社のかじりかけのりんごマークにはすっかり感心したものだった。林檎が描かれた絵画としてはセザンヌの『林檎の籠』があるようだ。かくも書かれ歌われ描かれる林檎なのだが。

 林檎は、みかん、葡萄と並んで、我が家では最もスタンダードな果物だ。
息子が庭に林檎を植えたいと苗を購入。植樹はしたものの、実を見るまえに就職で遠隔地へと移住してしまった。林檎は花がとてもきれいだ。花には、美しい赤い林檎を十分に予感させる質感もある。
 植樹して3年目で一つなり、4年目で数個、一応の実はついた。5年となると、その2、3倍はつく。しかし何とか赤くはなるものの売っているような立派な実にはならない。そんなレベルの実をつけるには、農薬が必要であるのに気づいた。いくら虫を手で駆除しても限界がある。キャベツと同じで、美味しいものほど虫もつけば、鳥も食べにやってくるのだ。しかし農薬を使うことはやめた。したがって赤々とした立派な実がなったことは一度もない。農薬を使わないで、ある程度収穫することは可能だろうが、その技術を学ぼうとまではしなかった。きれいな花が見られたらそれでよいことにした。多分農薬は、花の咲く前に一回、葉が繁りだしたころに一回、実がある程度大きくなった頃に一回、あわせて3回ぐらいかなと単純に思っていた。

 ところが、「日本農薬事情」(河野修一郎 著)によると、平成2年の青森県編なのだが、「りんご病害虫防除暦」が作られている。4~8月、11月にわたって毎月2~6種類の薬剤散布が書き込まれている。それも一月に2回ないし3回、通年で14回の散布だ。特に林檎の場合は、着色増進、収穫前落下防止、貯蔵果実ぼけ防止(以上を括ってダミノジッドとなっている)、やはり収穫前落下防止(ジクロルプロップ)といったものまで含まれている。これは商業化のためのものだ。ここまで多用途に薬の開発が為されていることに驚き半ば呆れてしまった。

 りんごは一例で、ほんとうに薬漬けだ。人ばかりではない。野菜も、果物も、家畜も。生産者の収入を考えると、これを一概に否定することができないのが辛いところだけれども、基準値、使用法などを設けているとはいえ、ただ浴びせられている当の野菜、果物、家畜、土、その他これを吸収する総てにとって、良くないことは確かだろう。ヒトに良くないことも誰だってわかっている。

 製薬会社は要望、必要から製造していると言うだろう。薬で莫大な利益をあげ、名器を買い入れて貸与などの文化貢献をしているところもある。こうなると、ここまでやれる製薬会社が疑問にもなってくる。どこまで、何をどう言えばよいか、片隅をしっただけで言えることでもないとは思う。

 ただ、ベートーヴェンの『田園』がよく似合う農村地帯で、『牧場の朝』、『モミの木』の響きそうな山林で、こののどかさ爽やかさ清々しさとは裏腹の何かとてつもなく恐ろしい事態が進行している。誰もが知っていて、周知の事として聞き飽きてさえいる。しかしこの事態が弛まず休まずに進行しているのだ。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょう蕗の薹をふたつ見つけた。チューリップや水仙、クロッカスの芽がたくさん出ている。いまは雨がふっている。雨足が強くなってきているようだ。亡き毛藤美代先生が思い出された。ピアノの傍らにベートーヴェンが立ったとおっしゃった方だ。ヘルムート・ドイチュの「雨の歌」を弾かれたことはあったろうか。空き家である先生の部屋で、いまピアノが鳴っていると想像してみた。悪くない。誰も居ない部屋でピアノが鳴りつづける、これも悪くない。

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國光牧師夫妻 37年目

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 インマヌエル綜合伝道団の任命式で、盛岡教会には、再び國光牧師夫妻が就任。ほっとしました。かなり張り切って礼拝に参加。いつもより30分まえの到着です。何しろ年会後初の説教、居眠りしてはいられません。尤も昨年度通じて集中力が途切れたことはあっても、居眠りは皆無。日曜礼拝も、出版記念会のため一回欠けたけれども後は全出席。水曜の祈祷会もほぼ皆出席。ことしもイエスさまを見上げてドンマイ、ドンマイ、前進しま~す。

 國光夫妻は1974年に盛岡に着任。大雪の年でした。開拓伝道です。盛岡市大館町6番の会堂で3年間、天昌寺町に移転して7年間、大館町12ー16(℡019-646-2924) に教会が新築(写真の会堂)されてより現在まで牧会してこられました。

 きょうは出エジプト記17:15からの説教で、題は「アドナイ・ニシ」(主はわが旗)
 約BC1400年にエジプトの奴隷だったイスラエル民族はモーセに率いられてエジプトを脱出。目的の地はカナン。それがおかしな事に、神は、カナンまでの最短コースを行かせなかった。むしろひどい荒野を選んで歩かせた。それも40年間も。しかしこれはイスラエルの民が自らをよく知り、神の戒めを肝に銘じるための旅となった。もう駄目だ! もう万策尽きた! そんなときに、神は紅海を分けるという奇跡を起こし、海のど真ん中に乾いた道をひらきこれを歩かせた。また民族が数世代にわたるも、その民族性を保つために、斯くあるべきと、十戒を与えた。また天のまことの礼拝のひな形としての幕屋を与えた。エジプトを出てからの40年間の放浪、荒野の試練の後についにカナンに至るのだが、このモーセとともなる旅路は、われわれのゴールである天国に至るまでの実物教訓なのだ。示唆がいっぱい詰まっている。

 この旅の途中で、モーセ、ヨシュア率いるイスラエルに戦いを挑んできたのがアマレクだった。この「アマレ 対 イスラエル戦」が出エジプト記17:15に書かれているのだ。エジプトの奴隷に過ぎなかった無防備なイスラエルの大ピンチ。いったいどうやって戦ったのか。

 さて、アマレクとはいったいどんな質の敵なのか。  聖書には申命記という書物がある。絶対にこれだけは忘れちゃならないよと、からくどいばかりに戒めや教訓が繰り返し語られている。その中に、「あなたがたがエジプトから出て、その道中で、アマレクがあなたにした事を忘れないこと。」とある。絶対に忘れてはならぬ!!というそれとは

「彼は、神を恐れることなく、道であなたを襲い、あなたが疲れて弱っているときに、あなたの後ろの落伍者をみな、切り倒したのである。」

 アマレクはイスラエルの弱点に襲いかかってくる。悪魔は信仰者の欠点、弱点から襲いかかり、信仰から切りはなし、切り倒していく。

 戦いのとき、モーセはアロンとフルとともに山の頂きにのぼった。そこでモーセが手を挙げているときにはヨシュアが陣頭指揮するイスラエルが優勢となった。けれどもモーセが疲れて手を下ろすと、アマレクが優勢になる。そこでモーセが疲れたとき、モーセを石に座らせ、アロンとフルがモーセの手を支えた。手をあげるとは、祈る事です。この戦いには二通りあり、一つはアマレクとイスラエルが戦っている戦場。そしてもう一つは、山の上で手をあげる、謂わば祈りの戦いです。教会の働きもこれと同じです。祈りなくして勝利はありません。先ず祈りで勝利しなければ、戦場での勝利はないのです。アマレク即ちサタンは、弱いところを狙って祈りの手を下げさせようとします。

 教会にはアロンとフルのように祈りを手伝う存在が必要です。イエスでさえ、十字架を覚悟したとき、ゲッセマネで、ペテロやヤコブ、ヨハネに一緒に祈ってくれることを望みました。祈りの手が上がっているか下がっているかで戦いの勝敗は決まります。

 イエスはいま神の右の座に着き、我々信仰者のために執り成しの祈りをしています。我らの大祭司は我らの弱さをよくご存じです。その祭壇こそアドナイ・ニシ(主はわが旗)であり、これは我らのために十字架につけられたイエス・キリストの印しです。コンスタンィヌスは戦いに臨むときに、十字架の印しを見、「汝これにて勝て!」 という言葉で、十字架の旗を心に翻しながらいで行きました。

「神がわたしたちの見方であるなら、誰がわたしたちに敵対できるでしょう。わたしたちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに恵んでくださらないことがありましょう。」ロマ8:31~32

ー以上、牧者の説教から自分が受けとめた感覚で書いてみました。ー

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咲かんとす生きんとす

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やわらかな春の日ざしに桜木の枝の伸びいて咲かんとす生きんとす

     ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 古書店で手に入れた本。「何かの役に立ちそう」というだけで買ってきてしまう。しかし読むときになって、大丈夫かな、と不安になってくる。発行年代が気になる。「日本農薬事情」は1990年。買うときには、20年前か、ちょっと古いけど参考になるかも。しかし「商業的に注文可能な化学物質は約2万5000」を読み、ん? 今もそうかな? もっと増えてるんじゃないかな、などと揺れてくる。労力かけて読んで、結局現在と少しでも違っていたりすると徒労となるだろう。
読んでいても落ち着かない。それを置いて、これならば、とやはり古書店からの岩城宏之の「フィルハーモニーの風景」に持ち替える。ウィーン・フィル、ベルリン・フィルのプライドの高さ凄さ! それなりに面白い。ところが、「ウィーン・フィルには女性の楽団員が一人もいない」には、あれっ、そうだったかな? いまでもそうかな? だけどいまDVDで確かめる気にはならない。何年刊行だっけ、1990年。20年経ってる…  

 やっぱり、新しい本が要るな~。理想としては、アマゾンからでも1円ぐらいで買って、傍線や○などをぐちゃぐちゃとつけながら読むのが一番読んだ気になる。怪しからんのだろうが、付箋を貼ったりするよりも、自分としては都合がいい。自分の買った本はもう誰も読まないと思うし、後生大事に保管してもいつかは、誰かによって処分される命運なのだ。

 ただ、もしこれが自分が書いた本だとしたら…やはり残念だが、仕方がないと思う。ちょっぴりでも役に立たせていただくところがあれば、それだけでも幸いとする。

 今後わたしは、今時点で言うことだが、本を出版しようという思いはない。自分の書いたものが、出版費をかける値打ちがあるかどうか、? である。今は、本に出費する場合ではないと思われる。だからこの先自分の本が粗末に扱われることを嘆くことはないかもしれない。

 話は逸れたが、何れ、何かを正確に知ろうとすれば、恒常的に新しい本が必要となる。その点、文学書、古典は有り難い。図書館、古書店のもので、不安に思うこともなく安心して読むことができるだろう。マザー・テレサの記録も永遠、決して朽ちることはない。歴史書も史実を覆す発見や論文がでない限りは安心だ。

 以上、さして読書をしていないものの戯言でした。

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 花が咲くまではやはり青空がいい。

近所の友だちT子さんから頂いた桜の枝が花瓶に挿してある。高松の池で剪定され雪の上に挿してあったそうだ。T子さんの家に何日か置き、ちょうど1、2輪開いたところで、一本下さった。

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 室内の温度で開いたとはいえ、この春一番の桜、ほんとうに格別な思いがする。この室温で咲かせる方法は、もともとT子さんから教えていただいたのだった。

      温室に咲きいる桜窓べにて桜の硬き蕾を眺む
 

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イヌワシさんの涙

 精悍なイヌワシさんも、きょうは悲げ。原因は、トキの死亡広告だ。佐渡トキ保護センターに突如テンが押し入り、9羽のトキたちを死亡させた。おまけに、ハトの名を着るリーダーの「温室ガス25㌫減」が、またまた企業の猛反対にあっている。これにはイヌワシさんも、もう、ぽろぽろと涙。pencil

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 牛舎につながれた牛さんたちは、広い牧場に、どれほど出たいかしれやしない。牛舎の窓からこんな青空を見てるだろうか。水分をたっぷりと含んだ青草だって食べたかろう。そういえば養鶏場のニワトリさんたちも悲惨。服を着た二本足はみな怖い!?pen 

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乳価の矛盾

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 毎日おいしく飲んでいる牛乳。価格もメーカーによってさまざまですが、無調整で何と1㍑145円のときがありました。今日行ったスーパーでは178円、230円。さらには1000円程度のものなど、も~う、どうしてこんなに違うの? と思うほど。成分も様々です。

「基本的に草を食べさせて得られる牛乳の乳脂肪率は3.0~3.5㌫。夏は牧場に放牧し、水分の多い青草を食べるので3.0程度。冬は牛舎につなぎ、乾草やサイレージ(牧草を乳酸発酵させて作った飼料)を与えるので3.5程度。こういった自然な牛の飼育では、乳脂肪率がこの水準を上回ることはまずない。
 ところが酪農の現場では3.5~3.8という高脂肪路線となっている。何故か。それは、1987(昭和62)年に、メーカーと農協によって、3.5を下回る生乳が出荷された場合、出荷価格(単価)を半値とするルールが導入されたのだ。」(「黒い牛乳」中洞正著から)
 牧場飼育で乳脂肪率が一定した牛乳は得にくい。乳脂肪率に拘り、買い上げないとなると、これは理想的な山地酪農の切り捨てであるともいえる。常時高脂肪率の生乳を得るには、牛を一年中牛舎につなぎ、輸入穀物主体の飼料を与えるとよい。そこで酪農家は、放牧をやめて、このスタイルに転換したという。山地酪農を推し進めてきた中洞正さんは、現在ホルス(乳牛)を飼っていない。詳しい事情は訊いていないが、理由はこんなところにあったのだろうか。

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 飼料の輸入先は主に米、オーストラリア。トウモロコシのおよそ92、7㌫はアメリカからの輸入で、このほとんどが飼料用である。2008(平成20)年に乳価が上がったが、これはトウモロコシなどの輸入穀物が、バイオ燃料の原料に回されたり工業化が進む中国で需要が増したためであるという。

 オーストラリアは地球温暖化の大きな打撃を受け、降雨量が2年連続で過去10年間の平均を下回る大干ばつだった。小麦栽培に大きな被害が出た。特に南部のニュー・サウス・ウェールズでは史上最悪の旱魃による大被害だった。

 一方アメリカでは、小麦、大豆、トウモロコシの穀物価格が一年間に2倍に上がった。アメリカでは穀物をエネルギー原料として出荷するのと食糧としての出荷と2通りある。いまのアメリカの農家の関心事はWTOの交渉経過ではなく、原油価格の動向であるという。

 現在の穀物価格急騰を作っているバイオ燃料需要も、このまま続くとは予測しないとフィッシュラー氏は見解を出してはいるのだが。

 「なぜ自給率が低いと言いながら米が余っているの?」とスウェーデン記者が訊いたという。不思議だろう。フランスのワインとおなじコメにたいする文化意識という事情があるようだ。しかし、もはやこの意識にも変革が迫っている。「日本の米問題は休耕地活用も含めた休耕地活用も含めた水田生産力の新たな可能性をさぐる必要がある。当然日本農業のアキレス腱である家畜生産と結びつく飼料米喫緊(きっきん)の課題となる。トウモロコシの代替飼料穀物として生まれ変れれば一大穀物として甦るであろう。」(「海外ジャーナリストが見た日本の農業・農村」から)

 何れ地球規模の温暖化、旱魃などで、輸入穀物が入って来ない事態は常に予測される。アメリカの穀物生産量はほぼ一定しているという。緊急には、これの奪い合いとなるのか。或いは他から買い付ける道を模索することになるのか。

 何れ減反などしている場合だろうか。休耕地を放っておくべきだろうか。もしこのまま通年牛舎型酪農をつづけるとしたら、コメも家畜に与えざるをえないのではないか。しかしそれも家畜より人に回さなければならない事態も起こりうる。農協がメーカーと組んで、山地酪農の牛乳価格を切っているばあいではない。乳脂肪率に関わらず生乳を、農政の補助をもってしても同じ価格で、否むしろ高値で買い上げ、穀物ではなく草を食べさせて生乳を得る山地酪農を保護するべきと思う。山地酪農では乳量が多く得られないという課題はあるかもしれないが、保護することによって、或いは、こういった酪農に取り組もうという意欲を引きだし、従事者を若干でも増やせるのではないか。乳脂肪率が低ければ低いなりに技術を用いて消費する手だてを講じることができるのではないか。


 
 

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雑感

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 この写真はきのうの青空だ。きょうはまた天気が下り坂、撮っておいて良かった。

 23時近いいまはまた雪。窓を開けると冷え切った空気が流れ込んでくる。心地よい。眠る住宅地に青く穏やかな景色が広がっている。そういえば今夜はめずらしく一度も救急車のサイレンを聞いていない。静かだ。

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 青空を見上げていると、鷹になってみたくもなる。オオタカは水平で時速80㌔、急降下で120㌔で飛ぶ。そんな羽で自在に飛んでみたいものだ。

 主を待ち望むものは新しく力を得、鷲のように翼をかってのぼることができる。イザヤ40:31

 

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松田晃歌曲リサイタル ー音楽生活50年+9ー

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 お陰様で今年も松田先生のリサイタルを聴くことができた。今回は、中澤敏子先生が賛助出演。会場にいらしていたもうお一方と中澤先生とは「同じ下宿で、ともに宿題をやった間柄」と松田先生。それからもう60年経つと中澤先生が仰る。凄いのはお二人がかくもお元気であられ、このような楽しいコンサートを開いてくださったことだ。note

 松田先生は現在、岩手県合唱連盟顧問、(社)全日本合唱連盟名誉会員、日本合唱指揮者協会会員、岩手声楽研究会名誉会長、雅声会代表。
 盛岡コメット混声合唱団指揮者であり、全日本合唱コンクール東北支部大会入賞48回、同全国大会入賞20回。また岩手日報文化賞など数々の表彰に輝いている。

 中澤先生は茨城放送の「中澤敏子四季を歌う」に出演、これがCD化されている。驚いたことに、2000年11回奏楽堂日本歌曲コンクールに於いて奥田良三賞を受賞。アンコールでは、この時の「淡路島」をご披露くださった。自ら「69歳で受賞」と仰っていた。
 ピアノ伴奏は雫石環先生(第46回岩手芸術祭で芸術祭賞受賞)。平田雅子先生(第13回カワイクラシックオーディションピアノ伴奏部門入賞。第15回仙台市芸術祭優秀賞受賞)。

 今回は平成17年度以来2度目の〈日本歌曲による演奏会〉だった。
松田先生歌われた「ふるさとの空」「雪のふるまちを」「嫁ぐ娘への子もりうた」。滋味のあるお声で心に残った。とくに「嫁ぐ娘への子もりうた」はさだまさしの世界を歌曲で聴くという趣き。興味深かった。
 中澤先生の明るい色調のお声。やはり明るく弾んだ童謡が耳に残った。また「小面幻想」を面白く聴いた。
 両先生が齢を超えてこれだけ声を鍛錬されていることに驚きを持った。
 15分時間を取ってのコーヒーサービスもあった。頂きたかったが、どうも県下の教職員の方々も多くいらしている気配、大人しく椅子にいることに。
 プログラム最後の歌曲集『沙羅』はどれも聞き応えがあった。特に、(8)ゆめ でその世界に引き入れられた。

 最後のシューベルトの「楽に寄す」。もしかすればわたしはこの最後の曲が聴きたくて出かけてきている。音楽人生。芸術家の人生がこれだ。何かじんわりと染みるのだ。


            
楽の音
          わが悩むとき
         心をおとづれては
        あたたかき愛を充てつつ
          清らかなる境に
         わが身をともないぬ

         妙なる琴のひびきの
        さやかに鳴りわたれば
        この世にも天つ幸あり
         くすしきかな楽の音
          とうとしや楽の音


 こうなると音楽人生50+10のチャレンジが楽しみだ。もう平成23年3月13日(日)15:00の岩手県民会館中ホールは予約済み。+10の「楽に寄す」が聴きたい。
 その前に、平成22年11月14日(日)13:10、松田晃・順子先生の合唱指揮105年記念演奏会が岩手県民会館大ホールである。105年……一世紀分の含蓄とは!!




    

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命を食べ命を飲む

 びっくりするような題です。
今日、教会では正餐式が執り行われました。
パンと葡萄酒。
イエスさまの御体を象徴するパンと、イエスさまの御血を象徴する葡萄酒(この教会では葡萄液)をいただきました。そのことです。

 旧約聖書の中では、人が罪を赦されるためには、夥しい動物の血を流さなければなりませんでした。しかしキリストは、十字架に架かり肉を裂かれ血を流すことによって、もはや多くの動物の血を流さずとも、この血が、自分の罪の身代わりであると信じる人は救われるように犠牲を払ってくださいました。

 たとえあなたが、誰かの言葉や応対で、自分の負の部分を引き出され、自分は実はこんな者なのだ、これが本当の自分、これが自分の本音なのだ、あたかもこういう自分が自分の代表と思いこんでいるなら、その自覚はそのまま意味あるものです。値があります。なぜなら、こういった意識も次への足がかりとなるからです。だから、どんな事態も唾棄すべきものではありません。そしてそのままのあなたで、尚も十字架を信じることです。主はいまあなたに近くあられます。あなたは救われます。 大丈夫! 大丈夫!! また救われて、何か違った、どこか違ったあなたの性質に、また必ず気づきます!!

 いま私が書くにあたって、祈ったならば、以上のような言葉が出てきました。これは、何のことはない、神様からの私へのメッセージであると思われます。きょうの教会の礼拝説教よりも先に書いてしまいました。正餐式を思い起こしているうちに。

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


どうか、あなたのしもべへのみことばを
     思い出してください。
 あなたは私がそれを待ち望むように
      なさいました。
  これこそ悩みのときの私の慰め。
 まことに、みことばは私を生かします。
      詩篇119:49、50
 

 悪に染まるどう猛なバビロンを用いてイスラエルを蹂躙するのを、なぜ神はただ黙って見ておられるのか。信仰生活を良心的に行っているものが納得のいかない扱いを受けるとき、神に対する疑問が湧く。
 こんな事態に遭遇したときには、見張り所に立って、神がこれに何というか答えが来るまで待とう。主の答えを待とう。ー今日のメッセージからの引用ですー


 午後からは例会がありました。日常の様子、感想などを、飾らずにお一人お一人がお話なさいます。順番が回ってきたとき、私は言いました。「牧師夫人の誕生日は4月10日です。ゴマ擦りかと思われるかも知れませんが、ゴマ擦りです。しっかり擦ります」。もう一つ、「私はスピード狂の傾向があります。ただ、いまは、主の旗を立てているので控えめにしています」

ポンピングブレーキ、エンジンブレーキ、ポンピング、エンジン、ポンピング、エンジン、……

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讃美歌461番 「主われを愛す」

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賛美歌461番 「主われを愛す」 

主われを愛す 主は強ければ
われ弱くとも 恐れはあらじ

(くりかえし) わが主イェス わが主イェス
わが主イェス われを愛す

わが罪のため さかえをすてて
天(あめ)よりくだり 十字架につけり

みくにの門(かど)を ひらきてわれを
招きまたえり いさみて昇らん

わが君(きみ)イェスよ われをきよめて
よきはたらきを なさしめたまえ

 これは日本人が始めて日本語で歌い、日本人に最も愛唱されたと言っても過言ではない讃美歌です。
 元々の歌詞(英語)は1860年に出版されたアンナ・ワーナー(Anna Bartiett Warner/1820-1915)の小説「Say and Seal(1860)」の第2巻第8章の一節。 主人公の少女フェイスが見守るなか天に召されようとする幼いジョニーの口から漏れ聞こえる歌であった。 その後David Rutherford McGuireによって新たな節が加えられ、1862年にブラッドベリー(William Batchelder Bradbury/1816-1868)によってメロディーが付けられたときにコーラス部分が付け加えられた。

 この「主われを愛す」のメロディーは、明治26年には唱歌「運動」、明治後期には唱歌「虹」など、日本でいくつかの唱歌に用いられている。

ー以上は表題をクリックしていただければ分りますが、「主われを愛す」のHPからですー

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奥羽の鷹使い

奥羽の鷹使いー日本の狩猟習俗ー
        (岩手県立図書館蔵ビデオ)

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クマタカはイヌワシに次ぐ猛禽類だ。飼い慣らして狩に使うこの地方にだけ残された狩猟習俗があった。クマタカ狩ではノウサギ、タヌキ、テンなどを捕える。ノウサギは冬場の山村のタンパク源であり、毛皮は耳当てなどの防寒具、また生活用品ともなる。クマタカ狩の起源は不明だが、昔から鷹の羽音を真似た音を出す道具を使って獲物を脅し、音と影にすくんで動けなくなったり、穴に逃げ込んだウサギを捕える威嚇猟法があったようだ。

 この記録に登場する松原英俊さんは、春先の繁殖期に雛を手に入れ育てた。昼夜傍を離れずに見守り育てるのだ。成鳥になってからの訓練はとても興味深く面白い。11月始めに鷹を入れておく小屋から出す。痛んだ羽を切ったり、爪の先端にヤスリをかける。これは、鷹を載せるときに手に巻く手甲から、鷹が飛び立つときにひっかからないようにするためだ。両脚にこあし縄という縄をつけて、3本の指にかける。

 鷹を暗箱に移し、20日間絶食させる。体力があるとなつかない。空腹に慣れさせながら、毎日深夜に真っ暗闇の中で鷹を手甲にすえる(留らせる)訓練をする。やがて少しずつ明るくして鷹使いがいることを教える。鷹はしだいに警戒心を解いていく。すえまわしの訓練は、夜ずえ(夜に外を歩く)から、朝ずえ、野ずえと進む。鷹が手甲に安心してすえるようになったら、水を飲むことを教える。最初は肉片を入れて水を飲ませ、3,4日たつと肉片が無くとも水を飲むようになる。3日に一度水を飲ませる。調整、訓練を初めて10日目には、さらに車の音、町ずえ(町の騒音、雑音)にも慣れさせる。20日の絶食の後にお椀一杯の肉を与える。10日おき、5日おき、3日おきに与えていく。絶食をさせながら、獲物を欲しがる状態に持って行く。次には縄をつけたままで、手甲に呼び戻す訓練をし、いよいよ獲物に突っ込む訓練となる。

 鷹使いは、鷹の体力の調整に注意を払わなければならない。常に空腹にさせ、しかも飛べるだけの体力は保つようにしなければならない。暗箱に30~40日入れて体重は3分の1に落ちる。空腹で絶えず泣くようになる。

 狩の実地訓練を終えて、鷹は獲物を捕っても山に飛び去ってしまうこともなく、獲物をがっしと捕えたまま鷹使いが駆け寄ってくるのを待つ。狩は12月末~4月までつづく。3月のかた雪のときが最も良い。2006年で絶滅危惧1B類となった。

 それにしてもイヌワシよりも若干小型というだけで、体重はやはり4,5㌔あるのではないか。鷹を片腕に歩く姿は何とも風格がありカッコいいのだが、この重さでは、けっこう難儀だろう。いま鷹狩の技術を持っているのは、山形県旭村の松原英俊さんと秋田県羽後町の武田宇市郎さんだという。この記録に見たクマタカ、ほんとうに威厳、風格があった。鷹狩のこんな風情が、いつまでも奥羽の山々とともにあって欲しい。

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マザー

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 マザー、この福寿草をご覧下さい。見ないでいるうちに裏庭に咲いていました。すこしくぐもったような青空のもとで、まだ硬い蕾ばかりの梅の木を仰ぎながら、ちっちゃな白いはこべの花を足元に、明るく楽しそうに咲いていました。
 天国はいかがですか。そこに死を待つ人はいないはずです。 涙も嘆きも悲しみもないでしょう。
 古書店に「マザー・テレサ愛を語る」がありました。きちんと書架に座を占めていました。良い本として扱われていました。
初版昭和57年。平成5年14版発行。まだまだ版を重ねるでしょう。捲りながら、素直に内容を受けとめている自分に気づきました。なぜかな? マザー、それはあなたが本物だからです。イエス・キリストへの完全な愛を求め、維持し、キリストから直に注がれた愛をそのまま人々に注いだのです。そして注ぎつづけたのです。自分を捨てきり、清貧を選び、主の愛を体現し続けたのです。本物だから、人に迷い、惑い、疑いを抱かせる余地は持たないのです。本物だからひとの心を打つのです。

 あなたは、キリストがいったいどこに、どんな状況下に顕れるかも教えてくれました。あなたが〝その名〟においてノーベル平和賞を受けたその人々。

「私は、社会に望まれず、愛されず、顧みられていないと感じるすべての人々、社会の負担となってみんなから避けられている人々、お腹をすかせている人々、障害者、盲人、ホームレスなど、こういう人々の名においてノーベル平和賞をうけることを、ありがたく思っています。」とあなたは仰いましたね。

マザー、あなたの愛の実践は及びもつきません。

「私の秘密をおしえましょうか。私は祈ります。キリストに祈るということは、キリストを愛することと同じなのです。」  マザー・テレサ

 

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イヌワシさん

 イヌワシさんは、東北、北陸、中部地方中心に全国で約650羽いるらしい。夜になっちゃったけど、ねぐらにはちゃんと帰っているでしょう。
 嘴の先から尾の先端まで81~89㌢。翼を広げた長さ1.7~2.1。体重4~5㌔。飛ぶスピードがすっごく速く(時速何キロぐらいだろ)、行動範囲が広いそうだ。
 とにかくカッコイイ! イヌワシになったつもりで大空を飛びかけてみる。ハングライダーやパラグライダー、単調な飛行機などはものの数じゃない。
国の天然記念物という歴とした〝肩書き付き〟、誇り高い鳥なのだ。

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 たぶんイヌワシさんたちも、自分たちの仲間がぐ~んと減ってるのにもう気づいているだろう。
 何しろ絶滅危惧1B類だ。分類で、もっとも悲劇的なのは1A類で「ごく近い将来絶滅の危険性が極めて高い種」。1Bというのは「1A類ほどではないが、近い将来に絶滅の危険性が高い種」なのだそう。大好物のノウサギを見つけるのも近頃はしんどいらしい。やっぱり1Bだって相当悲劇的だ。
 生き物たちが悲劇的だってことは……、どきっ! 次つぎに順番がやってきて、やがては自分の番?

  だけど、イヌワシさんは誇り高い。真っ青な大空にワッシワッシと翼をしならせながら、岩手の大地のように力強く生き抜くだろう。

 樹を植えよう、野菜を植えよう、草を生やそう。だけどそれだけじゃ、どうにもならないんだろうなあ~  

 

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「海外ジャーナリストが見た日本の農業・農村」

 音楽も聴きたい、聖書もメッセージもいいが、聖書に出てくる植物も面白そうと思いつつ、先日図書館で借り集めたのは農業関連。発行年の新しいものがあまりないので、数字などは不安。検索であらっ! 立松和平さんが、子ども向けの牧場ものを出していた。「酪農家族4 牛が学校にやってきた」河出書房新社 置き所は集密。楽しく書いたこんな本が沢山あったなら…

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 興味ひかれたのが「海外ジャーナリストが見た日本の農業・農村」(平成20年刊)
 その中から、海外ジャーナリストの疑問は…

「日本の食糧自給率は非常に低い。米ばかり作っていてもうちょっと食用油になる菜種、大豆やカロリー自給率のあがるような作物(麦・飼料作物等)になぜ転換ができないのか。」
「減反政策で政府はどのような作物栽培を指導しているのか。何も植えられていないところもあった。」
 

 世界の食糧自給率の約半世紀の推移(農水省HP)
日本  1961年78㌫ 06年39㌫
輸出国以外の国では…
英国  1961年42㌫ 06年70㌫
スイス(欧州で一番低い)
     1961年51㌫ 06年49㌫
さらにEU(スイスは非加盟国)では農業や環境は条件不利地域の環境支払いの後押しを受けている。環境支払いはEUの人々にも支援されている。…日本のように食糧自給率を半減させた国は世界のどこにもない。  

 
「赤字なのに、何故酪農を続けるのか」。記者が質問する。
「酪農家には所得補填があるだろう。いくら貰えるんだ」とフィシュラー・元EU農業大臣。
 販売価格が下落したり、コストが急増した場合、欧州の農家は、一定の所得補填を受けることができる。しかし、日本にはない。 ー以上は著書からー

         

taurus    aries    taurus   aries

 本著ではアニマルウェルフェア(家畜福祉)にも触れている。EUでは家畜倫理の基準づくりが進んでいるようだ。こういった基準づくりの機運があるということは、既に見過ごしにできない実態があるからだろう。牛の断尾もそうだ。ヨーロッパの記者の目には牧草地や穀物畑が見えないことが不思議な酪農風景と映るようだ。牛舎につなぎ、輸入飼料を与えている場合にそう見えるわけだ。

 乳量をあげるためとは別に、ビヴァルディやモーツァルトを牛舎に流したらどうだろう。働く人々の気分を和らげることによって、家畜にたいする扱いも違ってきはしないか、或いは牛のストレスを軽減できるかもしれない、とたわいのないことを考えた。

 一番は農政がテコ入れしてくれることなのだろうが…

チリ地震津波で、養殖に被害。平均株価1万代を維持するも、経済に好転の兆しも薄。厳しい時世だ。

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もの言わぬ石

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              波の底の揺らめき
            くったくのない子らのたわむれ
              もの言わぬ石

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