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信仰と聖霊に満ちた人とは?

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きょうはきれいな青空が。受付の係だったので、すこし早めに。
教会の何に気持がやすまるかといえば、一番は賛美歌。牧師夫人やいつも音楽指導をしてくださる若い姉妹の弾くオルガンや自動演奏の賛美歌には、ほんとうに心が癒されます。
説教は二番目かというと、これは一番目のときと二番目のときがあります。というのは、自分にとって、きょうは辛口だな、つまり、ちょっぴり刺される、指摘されるということもあるからです。とはいうものの癒されたり励まされることの方が圧倒的に多いです。辛口説教もまた自重につながり、もしかすれば、これこそ一番なのでしょう。

信仰と聖霊に満ちた人とは、いったいどんな人?
きょうのお話はこれでした。
信仰と聖霊に満たされた人ピリポ、ペテロ、ステパノ。
使徒の働き8:5で、
「ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。」ことが語られ、また、使徒の働き2:14~39では、ペテロが旧約聖書に登場するヨエル、ダビデの語ったことばを引き、イエス・キリストの十字架を信じ、悔い改め、罪から救われ、聖霊を受けるべき事を烈々と説教したこと。特に2:22「神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと不思議としるしを行われました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。」

 また、ステパノはイエスを語りに語り続けたが、人々はこれに堪えられなくなって、ステパノを殺してしまった事件がありました。

信仰と聖霊に満ちた人とは、聖書に通じており、聖書のどこを開いても、そこからイエス・キリストを指さすことができる、そういう人です。聖書の色々なところからイエス・キリストを見出すことのできる人になってください。

使徒の働き1:8
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
ここでいう力とは、ダイナマイトのような力であり、私の証人となるとは殉教者となることと語られました。

信仰と聖霊に満ちた使徒達は、全身全霊をもって、先ず、イエス・キリストを宣べ伝えたのです。

これは大幅に要約しており、また若干の聞き違いがあるかもしれません。その時にはご容赦ください。

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