プチネット短歌
○○○○を斬って斬って斬りまくるそれでも入る○○○○広告![]()
○で書く○で書かねばまた入る遠慮ことわり謝りもなく![]()
いつの間に飛んでいったかわが写真知らぬネットにすまし貼りつく![]()
ずかずかと土足の跡のそちこちにネット広告涼しげな顔![]()
刻々と滝のごとくになだれこむ聖邪美醜の坩堝の待機は![]()
細きランケーブルに膨大な情報はめぐる果ての果てまで![]()
@ @ @ @ @ @
「ネット君臨」(毎日新聞取材班) 2007年発行
を半ばまで読んだ。新聞読者向けであるから、比較的わかりやすい。
ワープロからパソコンに切り替えたのは10年ほど前だったろう。いまのパソコンに替えたのは4年前。ブログを始めたのは2007年。メール、ネットもその頃からだ。校正の機能にはこちらの頭が下がった。ネットも以前は図書館で苦労して調べたことが一項目二項目程度なら手軽に手に入るようになった。図書館のミニュチュアを持った気分だった。
ブログのコメントに非常にしばしば○○○○が入ってくるのにはほんとうに困った。IPアドレス、関連語彙などのカットを入れても、すぐに同じ番号が入ってきたりする。あまりに酷いので社会的、学問的に有益なホームペーシを閉鎖した例もあるようだ。
私が危機感を持ったのはメールだった。切手を貼らなくてもポストに投函しなくても、瞬時に飛ばすことができる。相手がまともな方でも、何かネット回線に引込まれてしまうような悪魔的な力、それはいま思うと、機能を使用する心構えが未熟な自分を引きずりこもうとするネットの負の力であったと思う。相手にも迷惑をかけてしまった。繰り返しはならないと気づいてから、メールからは遠のいた。身内以外は、できるだけ葉書などを使うように心がけた。いまでもそうである。
ミステリーめいた想像だが、最悪には掲載した写真に加工をほどこしたり、着信メールに編集を加えて誹謗中傷に用いることだってあり得ないとは限らない。もうこれはほんとうに訴訟ものだろう。決して放ってはおかれない。
こういった本を初めて読んだが、パソコンを使う始めから読んでおくべきであったと思う。オールマィティになったかの錯覚に陥ったときもある。プラス面も大きいがマイナス面も大きい。一夜明けて叩きに叩かれ疲労困憊し裁判に持ち込んでものらりくらりと交わされる、そんな事態に巻き込まれる危険は常時つきまとっているわけだ。巨大なサイトではないからと安閑としてはいられない。弱小であればまたそれなりの危険はあるだろう。
それにしてもこのブログの記事の数は今日で801件。善意の方々によって支えられてきたともいえる。神が閉じられるまでは書き継ぎたい。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 5月に行った絵画展-大信田時子個展・青の会展ー(2023.05.31)
- 音楽の連なりに、コーヒーがわりの絵画ブレーク(2022.11.15)
- 友人・大信田時子さんの作品ー水曜デッサン会でー(2019.06.15)
- 額縁の中に今一つの世界ー絵画展ー(2019.05.24)
- 伊藤真理子さんの絵画(2019.05.17)


コメント