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2010年1月

きょうの説教は

  きょうの説教はひろ子先生だ。手伝いがあるわけでもないのに、いつもより10分早く家を出た。日陰の小路もかなり氷が解けている。いつもの日曜日よりも交通量が少ない。10分違いだからか。教会近くの小路もきょうはまったく対向車がなかった。

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 賛美歌、バッハのミサ曲ロ短調のDVDで聴いたアルトのアリアが思い出された。もう体全体で、顔の筋肉でさえ発声に向けられている。自ずと真似ていた。いつもよりも声がよく出る、そう感じた。神への賛美、神に最高の歌を聴いていただきたい。しかしこうも思った。ここに響くすべての声とのハーモニーを神は望んでおられるかもしれない。一致、調和。心を合わせての賛美を。

 ハイチのことも祈られた。教団のこと、盛岡教会の会員のこと…。思えば自分がいまこうして教会に座を占めていることも、國光牧師夫妻、会員の方々、また多くの兄弟姉妹のたゆまない祈りのお陰である。

 ひろ子牧師の説教の中で私が深く同意の思いを持ったのは

「主はわたしの出来、不出来によって私から離れたり近づいたりされる方ではない。……主に近くに居ていただくように頑張って何かをするのではなく、主がいつもともに居てくださる事実のほうに着目することなのだと……」
 

            私の心が苦しみ、
       私の内なる思いが突き刺されたとき、
         私は、愚かで、わきまえもなく、
         あなたの前で獣のようでした。
      しかし私は絶えずあなたとともにいました。
           あなたは私の右の手を
          しっかりつかまえられました。
             詩篇73:21~23

   ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 きょう15時から盛岡バッハ・カンタータ・フェライン出演のミサ曲コンサートでした。合唱の圧倒的なすばらしさ。コンサートになかなか足の向かない主人に強いて勧め、同行したのは間違いではなかったようです。
 まだ頭の中でキリエ、サンクトゥス、ホザンナが繰り返し鳴っています。終盤を聴きながら、わたしはこれだけの合唱を聴く機会を得たことを神に感謝したことでした。 

 
 

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バッハ ミサ曲ロ短調 考2

 バッハのミサ曲ロ短調、31日の盛岡公演とまったく同じメンバーで、きょうは仙台公演が15時からあったはず。永島陽子(アルト)さんが、追加出演される。
 この2時間の大曲を、朝から数回に分けて聴いていたが、20時半になろうという今、全曲を聴き終えた。最後の28CORO(合唱)のOsannaを聴きながら、この曲が全曲盛岡で演奏されるのは本当かしらん、と思った。本当なんだ。最後のDona nobis pacem.が終わりに近づくにつれて、勿体ない、消えてくれるな!! これは聴くたびに思ったことだが、まして生で聴いたなら、取組みの熱意こもる生きた合唱とアリア、オケの感動が突き上げてきて、終わってしまう無念さに涙、涙の予感しきりだ。
spade

 この曲は、 
   KYRIE(キリエ)憐れみの賛歌    1~4   
   GLORIA(グローリア)栄光の賛歌  5~13   
   CREDO(クレド)ニケーア信経    14~22
   SANCTUS(サンクトゥス)感謝の賛歌 23
   Osanna,Benedictus,
      Agnes Dei & Dona nobis pacem
             (ホザンナ、ベネディクトゥス、
      アニュス・デイ、ドナ・ノービス・パーチェム)
                                24~ 28
から成り、手持ちのDVDでは全演奏時間は129分。リリング先生はまた若干違うかも知れないが。
    1~4  までが演奏時間 約20分
     ~13            約60分
     ~22            約1時間39分
     ~23            約1時間45分
     ~28            約2時間
これでメリハリを付けたり、長い時間に心備えしながら聴くことができる。
spade

わたしが聖霊の働き(信仰者にとっては、聖霊が力の源)を感じたのは、
    10、17、18、19、22
押しつけがましくない静謐な霊妙さに打たれた。
spade

主観だが2、4、5、9、10、11、16、17~20はもう引込まれっぱなし。
ほんとうにこれだけの大曲を歌う〝労力〟も大変なものと思う。
OEKの管の響き、弦のやわらかさ。
明日が楽しみだ。
spade

18 Crucifixus etiam pro nobis sub Pontio Pilato,passus et sepultus est.

われらのためにポンティオ・ピラトのもとに十字架につけられ、苦しみを受け、葬られしものを。

 

        

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J.S.バッハ ミサ曲ロ短調ー31(日)盛岡市民文化ホール(マリオス)15時開演ー

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指揮ヘルムート・リリング氏(1933年生まれ)
 リリング氏はバッハの専門家として世界的に定評がある。バッハの合唱曲を全曲録音した最初の人物であり、170点以上にのぼるCDに1000曲以上が収録されている。(Wiki)
 
 オーケストラ・アンサンブル金沢は
岩城宏之氏が永久名誉音楽監督。プロのオーケストラだ。ルーマニア、ブルガリア、オーストリア、ハンガリー、フランス、ドイツ、オーストラリア、シンガポール、スロヴァキア、チェコ、ベルギー、中国、タイ、マレーシア、スペイン、デンマーク、ニュージーランド、インドネシアと海外公演をこなしている。
 
 リリング氏は、合唱指導の佐々木正利氏について、質の高い合唱をつくりあげると讃辞を語った。この佐々木氏が指導しているのが、盛岡バッハ・カンタータ・フェライン&仙台宗教音楽合唱団だ。リリング氏からも、金沢公演では、オケ、合唱ともに「バッハを愛する気持と情熱を感じる」との言葉を受けている。

 ここのところロ短調を聴いてきたが、ミサ曲はたいくつだという方があるかもしれない。しかし、このロ短調はそういった先入観を覆すだろう。

 

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詩 この道をゆけば

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きょうはやっと晴れました
青空に岩盤のように浮かぶあの雲が
地上の憂鬱をすっかりかき集めて
ちっちゃな水の粒に変えてしまったようです

凍てつく道は
てかてかと光り
それこそ底まで光って
歩く影を曳いてくれます

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走らなくたっていいんです
急がなくたっていいんです
のろまだっていいんです

こずえがかさこそと笑い
風が顔をちくちくとつき刺しても

ただ
この道をまっすぐに
ただ
この道をひたすらにいけば

いまこの心にいまし
そしてこの先にいま立ちたもう

イエスのみもとにやがて着くはず


※きょうはくもりでしたが晴れの日のイメージで詩作しました。

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岩手県民オーケストラ、第九の思い出

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   樹の影の折れて落ちたる雪原に
   深き足あとわが跡も印す

      ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 岩手県民オーケストラが24日盛岡市民文化ホールマリオスで、ベートーベンの交響曲第7番、ドボルザークの第8番を演奏したと夕刊に載っていた。聴きたかったが行きかねた。

 一度だけ県民オケのステージに加えていただいた事がある。1974(昭和49)年の第二回演奏会のときだった。このことはいつかも書いたことがあるが。ベートーヴェン「エグモント序曲」、同じく「交響曲第9番」(合唱付)。合唱団が募集されたのだ。「ドイツ語」と聞き、一瞬迷ったが、何とかなる! と応募。合唱は松田晃先生のご指導。先生の奥様も合唱に参加しておられ、お声をかけていただき励まされたことも。

 アルトだった。思えば、オケとともに歌うことも、マエストロを間近にしたのも、これが最初で最後(たぶん)だ。指揮は濱田徳昭先生。今でも音楽知識は浅いが、当時のその浅さは…。よくもあれほど何も知らずに歌っていたものだ。

 宮古市に居住し宮古ジュニアオーケストラと出会い、梅村保氏を調べる一環として、県民オケの創立に尽力されたチェリストの村井正一先生にお話を聞きにあがった。花巻市に移転しては佐久間ヴァイオリン教室でおせわになった。アンサンブルもすこしだけできた。ヴァイオリンを習った息子が一時期は音楽を捨てるかに見えたが18歳で全面的にクラシックに復帰。といってもリスナーとして。就職のときコレクションを残していったところで、私の音楽三昧が始まった。あきるほどに聴いて尚あきなかったベートヴェンの交響曲第7番が24日に演奏された。私が第2回の端っこに入れて頂いてから随分と長い月日が流れた。

 思えば地元の音楽には無意識にも恩恵を蒙ってきたことを思う。


 

 

 

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ハイチ ー飢餓地獄ー

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 銃をもて飢えたる人を威嚇する

 飯を喰うきょうもわれ喰う3度喰う

 命に格差つけたる人は誰ぞ

  飢えて米盗った廉とて撃ち抜かる

    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 きょうは主人と共に、八幡平市にある「道の駅にしね」に、舅が好きな「八幡平赤鶏のひっつみ」を求めに行ってきました。もうすぐ舅の誕生日がきます。ひっつみはたまに作りますが、舅はこの「八幡平赤鶏のひっつみ」が好きです。

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 これをブログで宣伝しようかと思っていたのですが、テレビでハイチの続報を観るうちに、何ともいわれない気持になりました。 
 


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そこに生きるー北上山地ー

岩手県にはいったい何があるの?
そりゃ、いっぱいありますよ。
岩手に住むわたしも知らないことまでね。
一番に身近にすごいと思っていることといえば、
北上山地(航空写真)。四季を通じてすばらしい景観の連続です。

 山系の最高峰は中央山岳地帯に早池峰山。標高1917㍍。高山植物の宝庫です。その南には薬師岳。1615㍍。中央山岳帶を除けばあとは1400㍍以下の穏やかな隆起準平原です。西側は北上川、馬淵川に沿う低地帶。東側は太平洋に。特に宮古以北の海岸線の断崖群、北山崎は深い海の色とともに景観 がすばらしい。まさしく我が国屈指の外洋景観なのです。

 またミステリアスな洞窟も。安家洞は総延長23.702㍍で日本最長。龍泉洞は日本三大洞窟の一つ。一関市には幽玄洞があります。

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    ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 この北上山地のふところに朝な夕なに生きている人々がいる。そこを根城に、そこにあるものを守り、そこにあるものを生かし、自らが生き、他者をも生かしている人々。北上山地の主人公。

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 きょうはその中から、遠野市の荒川高原牧場のページにお邪魔してみました。むかし花巻市に住んでいたことがあり、遠野市は散歩コース(かなり主観が入っていますが)といった感覚。

 荒川牧場は、平成20年に国が支援する重要文化的景観に選定されました。柳田國男の『遠野物語』の原点をなす馬、馬産に関する代表的な景観地です。

 荒川牧場では見学を受け入れています。問い合わせ先はここです。

 年中無休となっていますが、放牧は5月からです。いま牛、馬さんたちは、それぞれの〝親元〟に帰省中。5月になると3戸の農家から集められ、牛馬およそ1000頭が放牧されます。冬も預かってほしいという農家もあり、いま畜舎には馬14頭、牛30頭がいます。

 この牧場は託児所ならず、〝託畜所〟とでも言いましょうか、預かり専門の牧場なのです。預かり料は仔うし・仔馬は一日一頭120円。成牛、成馬は170円。お産を抱えると帰宅させられます。

 とにかく空気を吸うだけ景色を見るだけでも癒しのスポットとなるはず!! 5月には新緑の高原のいたるところに躑躅が点在。それはすばらしい景色です。

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 柳田國男は、山の生活に着目し「願わくは平地人を戦慄せしめよ」と言いました。戦慄したい平地人の一人として紹介します。

※写真は現地のものではなく、イメージ写真です。

 

 

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教会へ ーすこし緊張、けれども自然体ー

  日曜は教会へ、というわけで、さて出発! いつもより15分はやい。きょうは正餐式がある。教会総会がある。というわけで、すこし緊張ぎみ。

 フロントガラスのむこうは曇っているけれど、バイパスはすっかり雪も解けてラクラクだけれど、すこし緊張ぎみ。日陰の小路はやっぱりテカテカで、タイヤがツルン。教会の辺りは凍った圧雪でバリバリと砕ける音が。

 気取る必要なし、気負う必要なし。雪の重たさも、氷の冷たさも、ちょっとさしこむ解かしてくれそうな日差しも、自然体で受けとめている庭木のような心持ちで、十字架から手をさしのべているイエスの御前にすすみ出る。

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   オルガンは荘重に、なつかしく響き、心に染みいるのは

           インマヌエル讃美歌393

        
しみもとがも  けがれもなき
        こひつじわが主は  ほふられしや
        こはわがため  十字のうえに
        くぎもてさかれし  みからだなり  
 


          そしてきょうのことばは

       
      Ⅱコリント4:1.2
       
  私たちは、あわれみを受けて
       この務めに任じられているのですから、
            勇気を失うことなく
         恥ずべき隠されたことを捨て、
             悪巧みに歩まず、
           神のことばを曲げず
             真理を明らかにし


 現実や実情から目をそらしてはならない。それをしっかりと見据えましょう。私たちには、神のよみがえりの力があります。さまざまなところを通っても失望、落胆することはありません。
 
 きょうの牧者のお話をわたしは、こんなふうに聴きました。
 正餐式は感動でした。まことにこの葡萄液が自分のために流された血と信じて飲みました。


  
   
               
         
           
        



      

        

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オーケストラ・アンサンブル金沢

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これは2009年10月号のレコード芸術に載ったオーケストラ・アンサンブル金沢21(OEK)のCD(2009年シリーズ)の広告です。
写真が今一でまことに申し訳ないのですが、

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上から一枚目のCDは
 通算6回目となる2008年ヨーロッパ公演直前に行われた〝壮行コンサート〟
 堀内貴晃:小編成管弦楽のためのCapriccio
                 ~あばれ祭りに寄せて~
 アウエルバッハ:憂鬱な海のためのセレナード
 ベートーヴェ:交響曲第4番
 井上道義(指揮)

  
【録音】2008年7月26日 石川県立音楽堂

 CDの説明からも窺い知ることができるが、OEKは海外でも、アクティヴなコンサートを展開している。

 盛岡市で「バッハのロ短調」を歌う(1月31日)はずの〝盛岡隊〟が このOEKと1月24日ステージを共にする。バッハのロ短調は、24日は金沢、継いで30日は仙台に鳴り、そして

 31日盛岡市民文化ホール(マリオス)に!!

                  15時開演

 ヘルムート・リリング指揮

 合唱指導佐々木正利先生

 OEK&盛岡バッハ・カンタータフェライン

      仙台宗教音楽合唱団

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雑感

      

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午前中はある方のお葬儀に参列。大雪に除雪する姿をお見かけしたのだった。いまだこの辺りから永久に去られたという実感がない。まだご自宅にいつものようにいらっしゃるとしか思われない。pencil

 午後14時過ぎに某薬局で舅の薬を取った帰りに、ちょっとした用事があり、いつもお世話になっているM呉服店さんに立ち寄る。ちょうど二男の同級生のお母さんがいらしていた。子どもの同級生のお母さん同志は、いつまで経っても〝同級生〟といった感覚だ。小学校のときに二男の隣の席だったここのお嬢さんが外出のために出てきたのだが、もうすっかり社会人女性と見える。ボブの髪からのぞいた横顔が眩しかった。新しい時代が始まっている、そう思った。
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※写真は先月撮った高松の池です。

      ◆  ◆  ◆  ◆  

 著書「ネット君臨」の中に、日本ユニセフ協会大使アグネス・チャン氏の告発があった。ミャンマーでのこと。

 彼女たち(9歳と見える女児)は「いつも来るのは日本人のお兄ちゃん」とか「最初のお客は日本人のおじいちゃんだった」と言った。現地のNGO(非政府組織)の人には何回も責められた。「日本人はお金があるから、何でも買える」と。
 少女たちが撮られた写真が、インターネットに流されているという。その禁止ばかりでなく、単純所持も禁止すべきだ、と氏。
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 また小泉英明・日立製作所フェローの警告は。

 人間の脳には短期的な記憶をつかさどる「ワーキングメモリー」の部分があるが、ネット検索に依存し過ぎると、無意識のうちに脳のこの部分を使わなくなる。最近の研究で、ワーキングメモリーは学習や経験で蓄積された長期の記憶を引っ張りだす際に重要な機能を持っていることも分ってきた。これが働きにくくなると、過去に記憶していたことも思い出せず、認知症に近くなることも考えられる。

 学習や経験で蓄積された記憶は恥ずかしながら薄っぺら。必然失うものも多くはない自らではあるが、それさえも引きだしにくくなるのか。これはエライことだ! このような理屈ばかりでなく、ネットのやり過ぎは、精神的に不健康になるのを体験済みだ。それでなくとも手薄な家事がさらに疎かになっていたりする。気づくと丸一日、それで過ぎてしまったことも。いまはできるだけ、PCから離れるように努力している。pen

 

 

 

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「運命の歌」

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  ブラームスの「運命の歌」。ドイツの詩人フリードリヒ・ヘルダーリンの詩に作曲されている。
 
だが、私たちには
憩いの場所は与えられていない。
衰えるのだ、落ちるのだ。
悩みを負う人間は、
でたらめに
時から時へと。
水が断崖から
断崖へと投げられ、
幾年も不確かさのなかに落ちていくように。
(訳:石田一志)


重く暗い詩だ。いまのこの時世に臨む心境を言い表しているようでもある。
被災地、失業の問題と現実は重い。
しかしだからこそ、この詩は、このような心境にあるものには共感され慰めとなり得るのかもしれない。
 

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セバスティアン・サルガド

 火曜日は家人が午前中図書館に行くというので、留守役を務めた。久しぶりにゆっくりと過ごす。半年ぶりかで映画のビデオを観た。主演はサンドラ・ブロック。

 インター・ネットをテーマにしたサスペンス・スリラー「ザ・インターネット」(1995年)だ。
主人公のアンジェラ・ベネットはコンピューターアナリストだ。ある日仕事の関係者でカシードラル社員のディルからネットのプログラムで見つけた政府の機密データを明かされ、アンジェラはディスクで手に入れてしまう。ディルは事故死。アンジェラはメキシコでのバカンスで知り合ったジャックに心を許すが、ジャックは豹変、非情な手段でディスクを一旦は奪われるが殺されそうになりながらもデスクを取り返し、波にもまれるうちに修道女に救われる。

 帰国するとアンジェラの存在は消えていた。つまりネット上の彼女に関する情報が売春、傷害などの犯罪歴のあるまったく他人のものとすり替えられていたのだ。元恋人の精神科医アランに救われるかに見えるが、ジャックの医療工作でアランも殺される。アンジェラがアンジェラではないと立証するにはどうにかしてデータを書き換えるしかなかろうと思うのだが、逮捕、拘留されてしまい身動きもできない。

 警察の取調を受けるうちに、アンジェラは気づく。
 カシードラル社はゲイト・キーパーというハッカー防止プログラムを開発する。政府の導入が決まっていた。アンジェラはこれを悪用し、国家を脅かそうとする陰謀に自分が巻き込まれてしまったことに気づく。FBIと名乗るものに釈放されるが、贋と見破り逃走。カシードラル社に潜入し、停電の状況に陥れた隙に自分になりすました女のコンピュターで、プレトリアンと名乗る黒幕を洗い出す。
 消防隊員になりすまし脱出。見本市のコンピューターを使って事件を暴露し証拠のデータをロス警察に送信する。そしてついにハッカー事件を起こし、政府にゲイト・キーパーの導入を勧めたプレトリアン・カシードラル社の社長は逮捕される。
 アンジェラの情報も正しく復元される。

 フロッピー時代の映画ということで、飛躍的に進化したいまに照らして懐かしくもあるのだが、迫力、迫真、面白く観た。

 ある日突然、何者かによって、自分の情報がすべて書き換えられていたとしたら。病院、市役所、学校など。盲腸が癌と書き換えられ、たとえば太駄野という名前が喜那無とでも書き換えられていたら。音楽部だったはずが水泳部と書き換えられていたら。そうではない、わたしはそうじゃないんです、といくら主張しても誰も信じてはくれなかったら。あり得ないことではない。むしろ現実味を帯びている。ネット社会の怖さだ。どんなセキュリティも完全とはいえない。ウィルスバスターもどうだろう。どんな間隙からも土台から人生を覆す恐怖は入り込む。

 一瞬にして世界を網羅するネット。いま何を食べ、何を話し、火曜日にこの映画のビデオを観たこと、そしてこのビデオを都南図書館へ日曜日の4時頃に借りに行ったことさえもが、次の瞬間には、全世界を駆けめぐるかもしれないのだ。

   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 火曜日、午後になって、T子さんから「お茶いかが」と。新年初。14時ごろお伺いしたところ、観せてくださったのが、セバスティアン・サルガドのビデオだった。
 きょうはむしろサルガドを中心に書きたかったのだが、映画のほうに多くを注ぎ込んでしまった。
 サルガド。もし私が写真家だったら、このような写真を撮ろうと模索しただろう。労働者の写真は圧巻だった。どの写真にも人間の尊厳が映し出されていた。すばらしかった。

 

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負のスパイラルを抜けて

 著書「マエストロそれは無理ですよ」ー飯森範親と山形交響楽団の挑戦ーにある山形交響楽団を巡っての興味深い事柄はたくさんあるが、ここでは自分に参考になったことを掻い摘んでみたい。

「山響は、演奏にあれだけのクォリティを持っているにも拘わらず、なぜか世間に認知されていない。それは、自分たちがそのことを自覚していない、もっと言えば自分たちの演奏や存在意義に自信がないからではないか。
 自信がないから積極的に宣伝しない。
 広報的なノウハウもないから集客に結びつかない。
 団員のモチベーションも上がらず、演奏面で〝あるラインを超えることができない。
 客からは「この程度か」と見切られて、次のチケット売上げに結びつかない。
 こんなことを繰り返しているから、いつまで経っても負のスパイラルから抜け出せないのだ。」本文より

 飯森氏は山響にこういった見解を下す。そして以下の改革案だ。
〈年間プログラムをカラー刷りの冊子にする〉
〈音響の良い『山形テルサ』での公演を増やす〉
〈定期演奏会にはソリストをなるべく毎回呼ぶ〉
〈開演前に指揮者が『プレ・コンサート・トーク』を行う〉
〈CDをたくさんリリースする〉

 すべて経済事情が絡んでくる難題だ。しかしこれには飯森氏自身が乗り出し実業家の協力を取り付けたようだ。それにしても、CDのリリースはいったい……
「新しくレーベルを作りましょう。山響が原盤権を持つんです」の飯森氏の言葉には、山響の事務局ならず、この単なる一読者も唖然。これも飯森氏が自ら『オクタヴィア・レコード』の協力を取り付けた。このCD制作が演奏レベルアップにも繋がる。
 飯森&山響、
オクタヴィア・レコートSPEX発売、ブラームス『ドイツ・レクイエム』は『レコード芸術』(音楽之友社2008年7月号)において声楽部門の特選盤に選ばれている。

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「レコード芸術」から

畑中良輔 評 「…すばらしい緊張感。そしてブラームスの底を支える〝やさしさ〟と〝つよさ〟の見事なバランス。…何よりすぐれているのは各楽器の各セクションの中のゆるぎない『自信』と『余裕』だ。十分に練り上げられた合唱がこれまたおどろきである。ことに女声がすばらしい。女声の充実に対して男声はいまひとつの充実が望まれる。フーガの入りが男声で始まるときなどに、今後の課題がある。しかし、このオーケストラとコーラスの作り出したブラームスの、何とブラームス的なことか。指揮の飯森範親の力量あってのこととはいえ、山形のオーケストラと合唱団の相性はよい。」

喜多尾道冬 評 「…しかしこれほどいたわり深い包容力と隅々までやさしい眼差しの行き渡った演奏もめずらしい。指揮は…オーケストラも合唱も長丁場にくたびれることなく、ゆとりをもって安心してついてゆくことができるように配慮している。…さらにタメのきいた音の運びでドラマの盛り上げもみごとだ。…合唱から真摯さは伝わってくるが、全体は模糊として聞こえる。…ほとんどモノーラル録音風に聞こえる。いわば薄暗がりの風景に目を凝らす感じになる。ただその中からヴァイオリンと低弦がアクセントとなって突出し、また木管がときおりアドリブ風の彩りをそえ、全体をリードしてゆく。…薄墨絵画の効果も見られる。」

 さらに飯森路線で斬新なのは、音楽と特産物&温泉、音楽とその地のプロスポーツ界とのコラボ。

岩手にこれを応用するとしたら、うーん、負けないくらいはある、と、すっかり愉快になった。

何れクラッシクの既成の概念に捕われない、何らかの不足、欠乏に諦めない、意識をポジティブに作り替えること。出来ない、無理ではなく、先ず可能性を信じ踏み出すことなのだろう。そして相手に喜んで貰うことを考え出し、適切な距離を踏まえてサービス精神を忘れないことなどだろうか。

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岩手大学(合唱団) in 山形

 飯森範親氏をステージ上に拝見したのは、2007年12月21日盛岡市マリオスであった。マーラーの「復活」の東北初演である。このとき、氏は、急性胃腸炎で本番直前まで点滴、立っているのもやっとの状態だったらしい。それでも最後まで振りきった。プロの凄絶さだ。
 円熟の粋のマエストロを立て続けに見ていた目には、まったく予備知識もなく、若すぎはしないか、マーラー大丈夫かしらんと映っていた。当日の演奏は申し分なかったと思う。リスナーの反応も良く、成功だった。大丈夫かしらん、は無知なるゆえの杞憂だった。
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 1月31日にヘルムートリリング指揮&オーケストラ・アンサンブル金沢&盛岡バッハ・カンタータ・フェライン/仙台宗教音楽合唱団によるバッハのミサ曲ロ短調が、盛岡市のマリオスで演奏される。リリングはこの盛岡が振りおさめとなるのか。今回聴き逃した場合に、むこう10年か20年のうちに聴くことができるかどうか。今回がチャンスと馳せ参じるつもりだ。
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 この31日のコンサートに出演する盛岡バッハ・カンタータ・フェラインのメンバーも参加(岩手大学としての立場で)している岩手大学20数名の方々が、14日~17日まで山形入り。16、17日の飯森範親氏指揮&山形交響楽団によるブラームス「運命の歌」にエキストラ出演。雪深い山形に、自家用車に分乗し、或いは電車で駆け付けた(この方は仕事のため一旦岩手に帰り、その日のうちにまた山形に戻られた。この寒空に!)のだ。飯森氏お気に入りの響きの良い山形テルサホールでの2日間のコンサート、なぜ2日間演奏するのかは、「マエストロそれはムリですよ」ー飯森範親と山形交響楽団の挑戦ーに書かれています。山形のステージに華!!精力的なご活躍、ほんとうにご苦労様でした。
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 ブラームスのピアノコンチェルト第一番に招かれたピアノのコルネリア・ヘルマンさんは若手実力派ピアニスト。ザルツブルグ生まれ。ビジュアルもグー。また山響作曲賞21の入選作の演奏もあったようだ。山響、アマデウスコアとの交流も果たし、今朝などは氷点下9、7℃にまでギリギリと冷え込む盛岡に、その数時間前、23時20分、無事帰られました!!歌声とともに、スタッドレスの性能、運転技術もバッチリだったようです。岡山、東京でもロ短調を歌ってきたメンバーの方々やその応援組も無事帰還したもようです。note

 この頁、当初は、「マエストロそれはムリですよ」を読んで、ポジティブな模索の軌跡といった側面から書こうとのつもりでしたが、ついつい、盛岡勢山形入りの紹介記事となりました。

 

 

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日曜日は教会へ

轍(わだち)ゆく車の窓にすっきりと
十字架の見ゆ深き雪にも

こう思いながら教会の玄関に。

インマヌエル讃美歌3番を歌う

天地こぞりて かしこみ讃えよ
み恵あふるる 父み子み霊を


 こぞりて、と歌いながら、さまざまな風景が脳裡を過ぎった。冷えているときも、温もっているときも、どんなときにも「かしこみ讃えよ」置かれた状況に拘わらず「讃えよ、父、み子、み霊を」。そこから勇気が、力が湧いてくる。それがわかる。

 説教からきょう心に残ったのは
軟禁状態にあってもキリスト論をまとめあげ、これをチャンスとしてカイザルに近い人々にもキリストを伝えたパウロ。逆境を有益なときに変えたパウロのキリストにある楽観主義だった。

       私は、
私を強くしてくださる方によって、
 どんなことでもできるのです。
      ピリピ4:13

     

   





    

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ハイチ

 ハイチ。死者20万人に達する可能性。約300万人が被災。緊急に約510億円が必要であるところ約327億円の援助が表明されるに留まっている(毎日)という。気が遠くなる。報道陣などが入るところはそれなりの配慮が見られるかもしれない。しかし衆目から遠い範囲では、死者がどのような扱いを受け、窮状にある方々がどのようであるか。空恐ろしい光景を浮かべてしまう。

 183億円足りない。現実もっと足りないのだろう。単純に、これを文明を最も享受している国の数で割ったら、いくらになるのか。さらにその国の人口で所得別に割り振ったら何円になるのか。飲み代一回分、食事代一回分、タバコ一箱分、スイーツ一回分…と、全員が何かを一回分減らして募金したら、どれぐらい集まるだろう。

  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 今夜は冷えている。17時ごろで、もう硝子窓の結露が凍っていた。今時間の予報は-5℃と出ていたが、もっと冷え込んでいる感じがする。

 きょうは、もりおか童話の会の新年会だった。東京、北上の遠隔地のメンバーも参加、全員が揃った。まったく申し訳ないことに、私が30分の遅刻。新年初の×となってしまった。驚く話、意外な話と楽しんで聴いた。特に、親の介護と平行して、またそれに押しつぶされずに書き続けてきた先輩諸氏には共感。 とにかくみな書きたい、書くことが好きなメンバーばかりだ。童話の会ではあるが、いまは全員が小説を書いている。
 


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雑感 ー肩書きは?ー

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  滝沢村の巣子に、詩と音楽とコーヒーの店「僕らの理由」がある。詩人のOさん経営。この方が、多彩な詩活動を盛り込んだ情報紙「CHAG」を全国に向けて発行している。

 たまたま、ある店に置かれていたいわての文芸誌「天気図」VOL.7の論文をご覧になったという。「CHAG」に原稿を書くチャンスを下さった。大いに喜んだのは言うまでもない。

 そこで訊かれたのは、「肩書きは?」であった。私は
まだ小説らしい小説は書いていない。エッセイストというには口幅ったい。詩人というには継続的な詩作をしていない。まして歌人、俳人ではない。「専業主婦ということで」と申し上げた。そこですこしやり取りがあった。弱ってしまい自費出版の本と文芸誌をお渡しして「そちらで肩書きをつけてください」と私はいった。そして、つけて頂いた肩書きは、「随筆家」であった。随筆で受賞歴はない。歴とした随筆家に申し訳ない気がする。いましばらくは大目に見て頂き、何とかこの肩書きに相応しくなるよう頑張らなねばならない。pen

 いつか民主の成り行きを追いたいと書いたことがあるが、征爾(音楽の征爾先生)の見張り番はほんのすこしは務まるかもしれないが、政治の見張り番を務めるには、やはり役不足に過ぎた。
 去年8月衆院選で民主党が圧勝、政権交代を目の当たりにしたときには、一気に期待感が高まった。ところが、鳩山氏の母親の不正資金提供問題についで、小澤、ではなかった小沢氏の土地取引疑惑までが浮上。政治の世界で正義を貫くことは所詮無理なのか。
 やはり音楽世界の方に目を注いでいるほうが、性に合いそう。政治よりは征爾、小沢よりは小澤。小澤征爾先生一日も早い快癒を!
pencil

 書いているうちに真夜中の0時を越えてしまった。またカレンダーに穴が一つ。残念!!

 

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ハイチに大地震

 

ハイチで、13日(水)午前6時53分(日本時間)、M7.0の地震が。阪神淡路は7.2だった。その後M4以上の余震が20回あったようだ。死者は数千人に達する恐れと。(時事通信)

 こういった災害があると、なぜか、自分はその日その時、何をしていただろうかと振返っている。13日は大雪が降った。よほど教会を休もうかと思ったが、凸凹路に車を走らせた。雪掻きをする姿がそちこちに。小型のブルがよけるの待って十字架に続く道に新たな二本の直線を印した。
 開かれたのは詩篇107:1「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵はとこしえまで。」
 
 國光牧師はこう語った。
「主が命じられた嵐。嵐ふくとも、この嵐の背景には厳然と主がおられる。」

 そして祈りについて学んだ。

 帰りは、文芸誌「天気図」を読みたいといってくれた知人宅の郵便ポストに差込み、真っ直ぐに帰宅。午後は短時間ネットを開いたり、本などを開き穏やかに過ごした。きょうは午前は舅の定期検診の付き添い。14時帰宅。以降読みかけの本を開く。

 理由は分らないが、遊んでいなくて良かったと胸をなで下ろす自分がある。なぜそう思うのかもよくわからない。それはたぶん、それはやはり、自分と被災者とは無関係ではないからだろう。被災者のために大層なことができるわけではない。ボランティアとして現地入りできるわけでもない。けれども無関係ではない。

 政府はハイチに対し、約4億5900万円を上限とする無償資金を緊急支援すると発表した。(時事)  

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大雪

 今朝外をみると、視界が真っ白な綿菓子に覆われている。積雪31㌢。青空駐車の車もすっぽりと雪の中、温かそうだ。運動不足と見たか、天は汗を流すようにとこんな大雪をくださった。「カメラ」と思いもしたが、やることは別にある。撮らなかった。

 午前中はバイパスも凸凹の圧雪。よく車の部品が落ちないものだと感心。もし部品が次つぎに落ちたら…と想像し吹き出してしまった。

 路地の乗り入れにためらいが。至るところに除雪車が出動。その後ろは車の渋滞。

 県では運搬トラックなども含め140台の除雪機械を繰り出すはず。

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 たとえ何億、何十億かかろうとも(正確な数字は見つけかねました)除雪費は投下される。放置しても春には解けてなくなる雪に、この不景気の最中、巨額を注ぎ込む。何億、何十億が一瞬にして解けて消えた感じが。注ぎ込まなければトラブル続発となる。暮しが立たない。これが車社会なのか。ふと映画「命の山河」を思いだし、人命もかかっているな、と思い直す。
 とはいうものの、降雪のない気象の方がもっと怖そう。

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※写真は11日撮影のものです

 

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区界高原ー南部鮭加工研究会開発 区界冷燻ー

      

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月曜日に主人と区界まで買い物に行きました。

ところでNHKで紹介された岩手県下閉伊郡川井村の「南部鼻曲鮭区界冷燻」を取り扱っているのは、区界道の駅のレストラン「ビーフビレッジ区界」内と岩手県宮古市にある山口商店です。そこで一括して仕入れ、盛岡市のフェザン内の山口商店に配送しています。百貨店やスーパー、他の魚店にはありません。このブログでも紹介したことがあるのでお知らせいたします。

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  緑色のミニサイロのような中で鮭が燻されています。11日は祭日で工場はお休みでした。

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兜明神岳(標高1005㍍)。白樺やダケカンバの混成する登山道を登ります。

 




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プチネット短歌

○○○○を斬って斬って斬りまくるそれでも入る○○○○広告pencil

○で書く○で書かねばまた入る遠慮ことわり謝りもなくpencil

いつの間に飛んでいったかわが写真知らぬネットにすまし貼りつくpencil

ずかずかと土足の跡のそちこちにネット広告涼しげな顔pencil

刻々と滝のごとくになだれこむ聖邪美醜の坩堝の待機はpencil

細きランケーブルに膨大な情報はめぐる果ての果てまでpencil

      @   @   @   @   @  @   

「ネット君臨」(毎日新聞取材班) 2007年発行

を半ばまで読んだ。新聞読者向けであるから、比較的わかりやすい。

 ワープロからパソコンに切り替えたのは10年ほど前だったろう。いまのパソコンに替えたのは4年前。ブログを始めたのは2007年。メール、ネットもその頃からだ。校正の機能にはこちらの頭が下がった。ネットも以前は図書館で苦労して調べたことが一項目二項目程度なら手軽に手に入るようになった。図書館のミニュチュアを持った気分だった。

 ブログのコメントに非常にしばしば○○○○が入ってくるのにはほんとうに困った。IPアドレス、関連語彙などのカットを入れても、すぐに同じ番号が入ってきたりする。あまりに酷いので社会的、学問的に有益なホームペーシを閉鎖した例もあるようだ。

 私が危機感を持ったのはメールだった。切手を貼らなくてもポストに投函しなくても、瞬時に飛ばすことができる。相手がまともな方でも、何かネット回線に引込まれてしまうような悪魔的な力、それはいま思うと、機能を使用する心構えが未熟な自分を引きずりこもうとするネットの負の力であったと思う。相手にも迷惑をかけてしまった。繰り返しはならないと気づいてから、メールからは遠のいた。身内以外は、できるだけ葉書などを使うように心がけた。いまでもそうである。

 ミステリーめいた想像だが、最悪には掲載した写真に加工をほどこしたり、着信メールに編集を加えて誹謗中傷に用いることだってあり得ないとは限らない。もうこれはほんとうに訴訟ものだろう。決して放ってはおかれない。

 こういった本を初めて読んだが、パソコンを使う始めから読んでおくべきであったと思う。オールマィティになったかの錯覚に陥ったときもある。プラス面も大きいがマイナス面も大きい。一夜明けて叩きに叩かれ疲労困憊し裁判に持ち込んでものらりくらりと交わされる、そんな事態に巻き込まれる危険は常時つきまとっているわけだ。巨大なサイトではないからと安閑としてはいられない。弱小であればまたそれなりの危険はあるだろう。

 それにしてもこのブログの記事の数は今日で801件。善意の方々によって支えられてきたともいえる。神が閉じられるまでは書き継ぎたい。

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きょうのことば

  あっ、また車のフロントガラスがカリカリ。貼り付いたざらめ雪をガキガキと削り落としてするりと車に乗り込む。

 ふだんよりも幾分交通量が多い。んっ? 何の日だったかな? 思い当たらない。気にしないことにして、最初の青信号をすいと通過。次はどうかな…と思ううちに赤が青に切り替わり、15台ほどの車が徐に動き出し、ブレーキを踏むことなく難なく信号通過。こんな調子で、教会に着くまでに押しボタン式信号を含めて16箇所の信号のうち、赤で停止したのは一箇所のみ。こんなことは滅多にない。

信号の青また青のつづきゆく彼方に雪の峰の寒さよ

 きょうは講壇に花を飾る係だ。花材は白いストック、黄色いカーネーション、橙の百合、榊。ストックを雪に見たてて、その中に黄色い花が埋もれ咲き、百合の蕾はアクセント、希望とし、足元には緑の葉を埋めこんで安定感をなどと目論んだが、独創的とはならず無難な形に。神さま今日のお花はこんなふうです。どうぞご覧ください。

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  きょうは詩篇119:103と105と130が取上げられた。とくに130節

みことばの戸が開くと、光が差し込み、わきまえのない者に悟りを与えます。

は自分にぴったりの言葉でした。説教で語られたとおり、聖書の言葉に親しまないときには神との関係が狂いました。しかし、神の言葉に自然体で真面目に親しんだときには、神との関係が調整され、神に対して素直になったときには、人に対しても素直になれました。

 そしてまた、これに関連して詩篇119:71も開かれました。

苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。

 私が神に立ち返った理由の一つは、さまざまな苦しみにあったからでもありました。自分が招いたこともあり、またなぜ? どうして? ということも。しかし今になるとその事があったからこそ、こうした心境になることができました。

 苦しみの最中には、なぜ? どうして? と懊悩し、苦悶しますが、そのときはとても「苦しみにあうことが幸い」などと自分に思いこませることすら無理なのです。しかしやがては、「たしかにそうだったな」という日が来るのもまた確かでした。

  ☆  ☆  ☆  ☆  

 きょうは教会に素敵な若き女性4人が来てくださいました。誰なのか、どうして来たかなど書くことは差し支えがあるかもしれません。いずれ嬉しい驚きであったとだけ記しておきます。

 

 

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「天気図」新年会

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 けさの6時半頃に、この雲が除かれてぽっかりと輝く真っ青な空が頭の中に広がりました。「美しい」。こんなことばが浮かび、そう思いました。こういった頭の中に作り出されたモザイクを〝見る〟こと、これもまた一つの不思議、祝福ではないかと思っています。
 写真は一昨日撮ったものです。

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 田圃に積った雪の凸凹に陰影が。

        ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 きようはいわての文芸誌「天気図」の新年会がありました。
皆様の中に入れていただき、それぞれのお話を伺いながら、学ぶところがありました。
そしてイエスさまのお話もすることができたのは感謝でした。

   聖霊汝らに注がれるとき汝ら力を受けん

 たとえ聖書の言葉を何も語らなかったとしても、自らが神とともにあるならば、どこにあっても神は、そこのところにあって楽しませてくださる、そう実感した一時でした。

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氷柱

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影を包む光

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山べには
藍色のすみれをとじこめた雲が
重たげにかかっています。
頭上には
一物もない
空っぽの
胸襟をひらく真っ青な空。
風はなく
肌寒く
指先に染みる冷たさ。
けれども
背中には
ことばなく
つつと背中をおす
慈愛の光。
進んでは
立ちどまり
また進んでは
立ちどまる影を
むしろ鮮やかに際だたせ
懐ふかく
あたたかく覆うその光。

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大雪

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 きのう朝の時点で盛岡の積雪は22㌢。写真は昨朝撮ったものです。きょうで幹線道路はみな解けましたが、路地は重いシャーベット状に。ハンドルを取られたタイヤの蛇行が目立っていました。

 きょうは友だちと一緒に教会に行くことができました。ほんとうに嬉しいことでした。それぞれの年頭の心境を述べあいました。わたしの番に来たとき、わたしはこのような事(簡略化して書きます)を言いました。

「人様から見た場合、あなたはクリスチャンだっていうけれども、じゃ、この点はどうなの? この点はどうなの? と、まださまざまに指摘される所があると思います。失敗もします。欠点もあります。それ故の引け目も感じてきました。しかしわたしは今年から、引け目を感じることで臆することは止めようと決めました。それよりも今このときに、自分がイエス・キリストに立脚しようと努めているかどうか、そして今立脚しているかどうかの方に気を遣い、そうあろうと努めます」

 もしこの世に神がおられなかったなら、この世の闇はいよいよ深くなることは確かです。神はわが力、わが砦、悩めるときのいと近き助けです。イエス・キリストへの信頼は、絵画に音楽に優る癒しです。

 このように雪深い最中にも、あたたかな春は秘められています。主の御愛が慈愛がこの冷気のなかにも満ち満ちています。

 自らの欠けと足らざるとを主の御前にお詫びしつつ。

※ふだん暗喩はできるだけ用いないように心がけています。しかし不覚にも言葉が人様に予期せぬ不快感を与えていることがあるとしたら、深くお詫び申し上げます。

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絵画の価値

 きのうブログに昔、絵の値段を当てようとしたことなどを書きましたが、当たったこともあり当たらなかったことも多々。絵画の値段が何で決まるかといえば、美術年鑑、掲載雑誌などの号価格と経歴に基づいたり、或いは画家が自分でというケースがあるようです。
 巨匠のオークションの落札価格となると、ピカソの「パイプを持つ少年」が約118億円だったとか、ターナーの「クリスティーズ」が41億円だったとかもう自分の世界をはるかに超えています。
 鑑賞のためにも購入しないわたしが、まして資産としての価値を知ったところで、アマチュア小説を書くときにネタとして生かせるかどうかぐらいのものです。

 絵画展を一巡して感動したり、驚いたり、圧倒されたりすることはあります。

 もっと身近に、絵画の有り難さを知ったのは昨年末のことでした。台所を片づけていたのですが、一息ついて眺め回したときに、閉塞感に息苦しくなったのです。壁面を張り替えたほうがいいかななどと手だてを考えていたところ、絵を飾ることを思いつきました。といっても、しまい込んである60㌢×50㌢大の写真。画集の中の一枚です。

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 これは写真の写真ですから、かなり色合いは違っています。けれども、これを壁に留めて眺めたときに、あたかも自然の息吹に直に触れているかの開放感に満たされたのです。実をいうと、画集の一枚としてみたときには、飾るにはすこし暗いなと思っていたのです。取り出したときも、「これでも貼っておこうか」といった軽さでした。ところがどうでしょう。実際に壁に貼ってみると、この絵は私が認識できなかった、思いもかけない効果を発揮してくれたのでした。この絵画が持っている力の素晴らしさ。
 
 カミーユ・コローの「川辺の少女」です。

 この絵の実物が時価いくらかはわかりません。コローが1Fいくらで取り引きされているかなど検索する気にもならない。たとえその写真であっても、台所に所を占めて、ふと目を注ぐときに、癒しと平安をくれる「川辺の少女」は、私にとっては世の評価額の外にある、まことの芸術性を備えた最高の絵画なのです。

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画廊めぐり

 「青のクレヨン」に銀座の画廊のことが出てくる。「正確に数えたわけではないが100や200はあるだろう」とある。もっともこの著書は1999年が初版。11年経っている。今はどうかわからない。100と200では大変な違いだと思うが、このような書き方をするには恐らく理由があるに違いない。

 本の中の「彼女」にエスコートされながら文字上の画廊を歩くうちに、仙台、東京に及ばないまでも、盛岡の画廊という画廊を丹念に歩き回った頃を思いだしていた。20代のときだ。駄作、贋作、名画。具象、抽象、版画、モダンアート。水彩、油彩、デッサン、パステル、クレヨン画。解説はすこしは読んだが、評論はまったく読まなかった。一枚一枚をとにかく得心するまで見る、これを繰り返した。しだいに自分なりの何かを掴めるようになっていった。一時は値段を当てるゲームに没頭した。そのあたりから芸術品にも〝市場価格〟といったものがあると気づく。解説、評論に加えて、〝価格表〟〝相場〟に意識が至ってからは画廊巡りには没頭しなくなった。絵画の価値は、確かなようであるが、流動的であり儚くもあり、奇怪でもあり、化け物のようでもある。そんな気がした。

 画廊を通りかかっても入ってみようという気はあまり起きなくなっていたが、4、5年前だったろうか、ある画廊の中に掛けられてある人物画に惹かれて入ってみた。回りながらふとカウンターを見ると、オーナーと見える女性が目に留った。美しかった。黒いゆったりめの衣服に身を包み、漆黒のロングヘヤー。高慢すぎない慎ましく控えめな鼻梁。紅色の唇。目元もなかなかに蠱惑的だった。洗練された化粧がそう見せていたかもしれない。いまでこそ外見的な美しさにはあまり惹かれなくなっているが、そのときの私はすっかり魅入られてしまっていた。それから二度訪れた。一度は居るには居たがすぐに奧に消えてしまった。一度は居なかった。ふと女の私でさえこうなのだから、まして彼女に魅入られる男性は後を絶たないだろうと思った。

 もう通りかかっても入らなくなった。気づくと画廊は消えていた。移転したのだろうか、それとも閉店したのだろうか。

 去年、友だちの家でお茶のみ話をしているうちに、画廊の話になった。驚いたことに友だちは彼女のことをよく知っていた。亡くなられたという。
 話したこともないからこそ、一人の美女を半ば偶像化さえしていた私は、「死」の一文字に、あたかも謎めいた一枚の絵画が永遠に失われたかの思いがしたのだった。

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2010年初の日曜礼拝にいざ

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 今朝眼をさましたとき、詩篇46篇が心に通った。
   「神はわれらの避け所、また力。
    苦しむとき、そこにある助け。」

 教会のある大館町の道に入ると圧雪だった。タイヤ痕がくっきりと残る真っ白な道。

 まだ乗り切らねばならない課題がある。なぜか重たいと感じてはいない。……そうだ、人にではなく、オールマィティな神の腕に信頼することだ。ハンドルを握る手に思わず力が入った。

 教会では20代の兄弟姉妹の姿が目だった。帰省組だ。
元旦礼拝に続いて、2010年二度目の礼拝となる。
きょうは旧約聖書のハバクク書3章1~2節からだった。

神はこの日この時、ここから、いったい自分に何を語ろうとしているのか。

この箇所の背景は、イスラエルという一つの国が、ソロモンの治世の後、イスラエル(北王朝)とユダ(南王朝)という二つの国に分裂し、北王朝はアッシリヤに滅ぼされ、さらにユダはバビロンに滅ぼされてしまう。背教が招いた悲劇とはいうものの、なぜ神の民がこれほどまでに酷い目にあわなければならないのか。これがハバククの払拭されない神への疑問、異議申し立てだった。不信仰はもってのほかだ。落ち度はある。しかしどうしてよりによって、神は自分たちより更に更に酷いバビロンを用いて我々を苦しめるのか。

神の答えを見るまでは、物見所に身を置き、見張り所、砦にしかと立って、
私の訴えに神が何と応えるかを見よう。
神の声を聞こう、神の答えを見よう、聞くまでは、見るまでは、とのハバククの真剣な姿勢がある。
このハバククに対する神のお答えが

「主よ。わたしはあなたのうわさを聞き、
主よ、あなたのみわざを恐れました。

この年のうちに、それくり返してください。
この年のうちに、それを示してください。

激しい怒りのうちにも、
あわれみを忘れないでください。」ハバクク3:1~2

であった。

青い字を文語訳にすると
「主よこの諸(もろもろ)の年の中間(あいだ)に汝の運動(わざ)を活溌(いきはたら)かせたまへ
此の諸の年にこれを顕現(あらわ)したまへ

即ち

この困難な時代に、我々を生き返らせ、新しくし、再び躍動させてください!!

必ずや、神は応えてくださる、わたしはそう信じる。


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2010年のスタートに感謝しつつ

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  新年に入ってゆったりした時間が流れている。お三度を省くことはないが、あとの家事は洗濯を除いてほとんど休業。

 これまで文学書も読まず、必要なときにはネットで必要な箇所を読むという具合だったが、この二日間は手近にある本を開くよう努めた。気が散ってなかなか集中できないときは、音読でスタート。家人が図書館から借りた本だが「青のクレヨン」(川本三郎)。このような系統をじっくり読んだことがなかった。日常的なありふれているとも思われる風景、光景がどのように描写されているかを、取上げられた絵画に惹きつけられながら読み進んだ。

 帰省中の息子もたまに友だちに会いに出かける他は、携帯したノーパソを開いて緊張感からは解かれた作業をしている。二男は、若干時間はみなとずれるかもしれないが、食事どきには帰るだろう。

 シューマンのピアノ協奏曲を初めて聴いた。なかなか説得力がある。歌謡曲、ポップスも嫌いではない。この中にも名曲はたくさんあるはず。ただ聴く機会がないうちにいまどのような曲が流行っているのかも分らなくなった。それでも2010年の地上の仲間に入れて貰っている。

 OA機器の最先端がいまどこにあるか把握していない。それでもいまに息をついている。ただあと10年経つうちに社会に新たに導入されるシステムに果たしてついていけるかどうか……。ついていけるよう努力するしかなさそう。楽隠居は来そうにない。

 2010年の静かな滑りだしに、今に生かされていることに感謝しつつ。

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2010年元旦 ー日々新たー

      2010年元旦

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        教会のSさんの書です。

      
   「日々新生」

2010年、新しく清々しく生かされ、輝く日々でございますように、心からお祈り申し上げます。

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