チャレンジ
いよいよ12月スタート。今年があとひと月しかないってホント? そんな気分だ。忙しいという実感がいまだ湧かない。
クリスマスがやってくる。子どもたちが幼い頃はほんとうに楽しかった。それは今おもうと、子どもと同じ気持になれたからでもあった。クリスマスはいつでも聖なる夢をくれた。
しかし今年のクリスマスへの思いはすこし違っている。それはとても現実的なものだ。地に足をつけて見据え見極めようとするときの心境に似ている。一種の畏れといった感情もある。
水を葡萄酒に。5000人の施食。盲人の眼を開く。病を癒す。その他多くの奇跡が伝えられている。ワインの発酵、成熟には最低でも1年以上かかる。10年寝かせるか20年ねかせるか、それは随意だ。5000人分の給食にしても、これを学校で行うとすれば、どれほどの器具、燃料、食材、スタッフを要するか。まったく見えない眼を見えるようにするには、どの程度の優れた医療技術を要するのか。死人を生き返らせるのは、これは正しく神でなければ不可能だろう。神だから奇跡を行うのは当たり前と思いがちだが、必要な時間を瞬時に凝縮し、完璧なノウハウを備えている。これまで考えてもみなかったが、不可能を可能にするとは、これほどすごいことなのだ。たとえば結晶するのに300万年かかる宝石だって瞬時に制作する技術を持っていることになる。物理化学には疎いので、言えるのはせいぜいこんなところでしかないが。
そんな超能力をもった存在が、この地上を歩き、人の眼には幾たびかの奇跡と見えるが、実は地上でその持てる力を示したのは、ほんの片鱗であったろう。この〝超人〟がただ贖罪を成し遂げるために、ただ十字架への道をあゆむために来た。十字架で流す血で、人類を、わたしを洗い潔くなすためにベツレヘムに出現したのだ。
その〝超人〟が、「わたしを呼べ、そうすればわたしはあなたに応え」ると言っている。すべての創造の源、オールマィティなこのお方が、「わたしに依り頼め」と言っている。
クリスマスとは、こういう〝超人〟がこの地上に出現された日なのだ。
わたしの「チャレンジ」は、この方を呼び、この方に依り頼むところからだ。
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