補填
きょうは文化の日。盛岡の最低気温は0度。最高は6度(ヤフー)。
朝に霰(あられ)が降った。まるで白磁の細かなかけらを撒いたよう。
霰に打たれつつも咲くアンカーたち。

ベルンケアはよくこのブログにも登場。ギャロップで咲きつづけている。

お向かいの塀の実。
なかまたちはもうゴールイン。わたしはゆっくり咲くとします。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一日の流れ、できごとを気をつけてみると、ほんとうに不思議に満ちているのを思う。そそっかしく、さして人様に秀でている何かがあるわけではないが、いつも誰かに何かに生かされている、つまり天の配在の妙に生かされているのを思う。![]()
今朝見た夢は、「時間を守りなさい」「もうすこしきちんと自分のものを整理しなさい」という警告であったようだ。![]()
ある会合に遅れていったところ、もう空いている席が一つしかなかった。左右をよく見もせずに慌てて座った。気づいてみると、そこが所謂世の中で言うお偉い方の隣だった。当然顰蹙ものとなったことがある。そんなわけで居心地の良さは末席が一番。これほど自分にぴったりの席はない。![]()
ところが教会には末席というものがないらしい。教会の席はみな〝上席〟と知る。 はて、これは困った。けれども最近になって、わたしはやっと分った。それは自分の足りない分には神からの補填があり、〝上席〟につくに間に合うものにしてくださる。だから心配は要らないのだ。その補填を神の恵みというのだと。![]()
「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」
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