J.S.バッハ:ミサ曲 ロ短調
さてどの曲を聴こうかなとの手掛かりの一つに、コンサートのある機会を生かし、すこしでも理解できるように備えるという場合がある。
新年の1月31日にリリング&OEK(オーケストラ・アンサンブル金沢)&MBKV(盛岡バッハ・カンタータ・フェライン)の演奏会がある。
手持ちのB.S.バッハ「ミサ曲 ロ短調」、カール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団で予習するとしよう。
つい最近までの合唱への理解は、声は便利なもの、声をさえだせば合唱は成り立つという単純さだった。しかし仕上げるまでには、体全体を使っての発声か ら、言語、音楽表現、或いは、各パートが一つのパーツとなるまでの歌いこみといった積み重ねがあるようだ。楽譜にある音楽が音楽たり得るまでの練習が彷彿 とする。この大作を歌ってくださる方々の努力に見合う聴き方で聴かせていただこう。
ミサ曲。魂をとおし、何かが神に伝わるだろう。
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コメント
yocomoさま
深い意味をにれはみ捉えながら練習なさっているのですね。
バッハの音の厚みというか、それをほんとうにドラマティックに動かしている(こんないい方が許されるかわかりませんが)、そんな感じがしました。
聴いている最中にもあれやこれやで中断しながらの鑑賞でした。4、10、あたりが聴きどころかなと。たぶん聞き逃したところにまだあるでしょう。
>不思議な一体感
全的調和の至福のときなのでしょうね。作曲者が頷いている瞬間かとも。
心身ともに最高の状態で臨まれる日となりますように。
リリングの創意に期待し、またご成功を祈りつつ待たせていただきます。再度の訪問有難うございました。
投稿: 中ぶんな | 2009年11月27日 (金) 20時35分
日記に書いてくださってどうもありがとうございました。
ミサの通常文は簡潔な言葉で深いものだと感じつつ練習しています。
イエス・キリストの一生を数少ない言葉(読めば数十秒)であらわしていますよね。
バッハは、それをとてもドラマティックに描いているように感じます。
フーガでは合唱と器楽に次々に現れるテーマが楽しみです。
歌いつつ耳を働かせると、不思議な一体感が生まれます。
歌うにも聴くにも体力が必要な曲ですが、
H.リリングはどう作るか、とても楽しみです。
投稿: yocomo | 2009年11月27日 (金) 09時27分